にっこうしょうにん原殿はらどのへん』にたまわく
 延沢のぶのさわまかそうろうこと面目めんもくなさ、本意ほいなさ、もうつくがたそうらへども、かえあんそうらへば、いずくにても聖人しょうにんおんあいまいらせてそうらわんことこそせんにてそうらへ。
 さりともとおもたてまつるに、ことごと敵対てきたいせられそうらいぬ。
 日興にっこう一人いちにんほんしょうぞんじて本懐ほんがいたてまつそうろうべきじんあいたっておぼそうらへば、本意ほいわするることなくそうろう



 本日は、第二祖日興にっこう上人様しょうにんさまおんとし88歳の正慶2年2月7日、大石寺のそばちかくにあるがくもんじょおもんだんしょにおいてあんじょうとして入滅にゅうめつあそばされてより690年のしょうとうであります。
 よって、ただいまつつしんでほうおんごんぎょうほうしゅうさせていただいただいであります。
 まことに、日興にっこう上人しょうにんこそ本仏ほんぶつ日蓮にちれんだいしょうにんだいほう一分いちぶんあやまりもなく正しく清らかに後世にお伝えくだされたただ一人いちにん聖者せいじゃであられる。
 もし日興にっこう上人様しょうにんさまがましまさなかったならば、末法まっぽう三毒さんどく強盛ごうじょうの我等ぼんがどうしてだいしょうにんさま遠元初おんがんじょ受用身じゅゆうじん末法まっぽうしゅの本仏と知りたてまつことができたか。
 そして、どうして三大さんだいほうを正しく受持・信行して一生成仏を遂げる身となれたでありましょうか。
 このゆえに日興にっこう上人しょうにんを「末法まっぽうしゅそうぼう」とそんそうたてまつるのであります。
 日寛にっかん上人しょうにんは『とうりゅうぎょうしょう』において次のごとくなんくだされております。

 「おんがんじょぶっぽうそうすなわまっぽうしゅつげんしてわれやくたまう。
 さんぼうちからあらずんば、ごくあくぜんわれいかでかそくしんじょうぶつん」

おおせなんですね。
 この三宝さんぼうというのはぶっぽうそうであります。
 「この三宝さんぼう末法まっぽうに出現して一切いっさい衆生しゅじょうやくしてくださる」おおせであります。
 末法まっぽうには遠元初おんがんじょぶっぽうそう三宝さんぼうが出現される。
 この三宝さんぼうとは、具体的にえば、遠元初おんがんじょ仏宝ぶっぽう日蓮にちれんだいしょうにん御事おんことであり、遠元初おんがんじょ法宝ほうぼうとは本門ほんもん戒壇かいだんだい本尊ほんぞん御事おんことであり、遠元初おんがんじょ僧宝そうぼうとは日興にっこう上人しょうにんであられる。
 この遠元初おんがんじょ三宝さんぼうおんちからでなければ、末法まっぽう極悪ごくあくぜんの我等は到底一生成仏をことはできないのであります。


令和4年 2月7日 日興上人御報恩勤行会 浅井先生指導