タクシーに乗ると、彼は黙ってあたしの手を握った。
そう・・・
手をつないだこともなかったんだ。
「だいじょうぶ、いつかは来ることだから、一緒に乗り越えような。うちで全部聞くから」
タクシーを降り、エレベーターに乗った時あたしは思わず彼にすがりついてしまった。
彼は頭をポンポンしてくれた。
最高のバランスで保たれていたものが壊れそうになっていた。
いつもこれで行けると思ったら指の間から砂がばらばらとこぼれおちるように崩れていく。
でも・・・今は
そう、彼がいる。
もう、ひとりじゃないんだ。
そして
もしかしたらこれこそが彼との始まりかもしれない。
夜に来る彼の部屋は趣がちょっと違った。
「そこ、すわってて」
彼はてきぱきと、マックで買ったコーヒーや、ハンバーガーを取り出した。
さっきまでの空気は何だったんだろうか?
「まずは食べなきゃ。冷めないうちにねー。腹が減っては戦ができないでしょ。これからいろんなこと起こってくるから、対策を練らなきゃなー」
あたしって・・・
彼にとっては本当にビジネスパートナーでしかないんだろうか?
常温になって冷めたポテトを食べながら涙がこぼれた。
「だいじょうぶ?」
まさか、自分が女として見られてないことに傷ついているなんて彼は思いもしないだろう。
ううん。
自分に起こったことをとにかく聞いてほしいと思ってたんだった。
おなかが膨れてくると気持ちが落ち着いて、あたしはあったことを淡々と話した。
「キターーーって感じだね。現実は現実として受け止めなきゃな。よし!マルキュー存続プロジェクトだ!でも、プレッシャーかけて追い詰めるようなまねをしたらおれが許さないから」
「自分が・・・コレクションとか無理って言われた気がした」
「そんなことないよ。おれがみこんだんだから!ずっといろんなデザイナーさんと、社長を見てきたから」
それから彼はこれまでのことを話してくれた。
デザイナーが入社しても1年続いたためしがないと。
社長はいつもデザイナーの自信を喪失させて、結局みんなやめていくって。
何の前触れもなく、飲みかけの缶コーヒーを残したまま来なくなった人もいるそうだ。
「あのとき唐突だったけどきみを誘ったのは、いきなり会社を辞めてしまって二度と会えなくなったりしたら取り返し付かないと思って」
彼はあたしを必要としてくれている。
それだけでもよしとするべきかもしれない。
「じゃ、これ食べたら今日は休もうか。明日は朝から仕事できるね」
不意に現実に引き戻されて胸の奥がきゅんとした。
(つづく)
あゆみです
夢をかなえる
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では、また明日ね!
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