【癌の話】最終章 急降下
日曜の午後、叔母の容態が急変しているとと連絡が入った。すぐに病院へむかった。着いたら、叔母は目を閉じて口をガクッと開けて、いつもの叔母の様子と違って見えた。看護師さんが、携帯用なのか手のひらサイズの小さなモニターを見せてくれた。心拍確認の画面だった。それは、ただ横一直線の線になっていた。30分ほど前から心臓が止まっていると。でもまだ血液は流れていて、耳は聞こえていると思うから話しかけてあげてください、と言われた。少しくらいは意識があると思っていたから、この急展開ぶりについていけず、ただ、ぼー然とした。15時、叔母の死は確定し、18時には、葬儀屋にいた。病院は、この手の準備は慣れたもので早いのね。医師による死亡確定後、さささーっと、霊安室担当の方が来て、体を拭いたり着替えをさせ、お化粧もしてくれて。荷物を片付けて、方々に連絡しているうちに葬儀屋さんのお迎えが来た。駐車場までどうやっていくのかと思っていたら、なんのことはない、黒いベルベット地の布に包まれた遺体の乗ったストレッチャーが普通に、病室の廊下を通り、エレベーターに乗り、駐車場に出て、車に乗った。その間、偶然、誰にも会わなかったけれど、もし面会の人や、入院患者と遭遇したらば、ギョッとするに違いない。私だったら、ひっ!となる。結局、入院してから11日目だった。入院したら、快適なのはいいけれど、途端、体が動かせなくなり、食べれなくなった。家にいた時は、毎日大変だったけど、自分でトイレに行き、ご飯を食べ、電話に出て、と、生きる緊張感があったのか、なんとか体が動いていた。そもそも、4月の時点であと1ヶ月と言われていた。夏を越せるかどうかとも言われていた。身体中癌に侵されていたに違いない。なんの治療もしていないのだもの。なのに、痛いとも辛いとも言わなかった。弱音は一切吐かず、自分は死ぬわけはないと思っていた。「みんな私がすぐ死ぬと思って見舞いに来るのよ」と笑いながら話していた。そのパワーが、叔母の生命を少しでも長らえさせる力になっていたと、そばで見ていて心底思う。最後は、薬でも治療でも食べ物でもない、ただただ、その人の持ってるポジティブな気持ちが命を支える。葬儀は今週末。生死を考える今週の日々。