いとこが自殺して、急にいなくなって、
理解できた感覚。
 
「あなたは何もしていなくても、
 そこにいるだけ、生きているだけで価値がある」
 
 
よく耳にする言葉のように思う。
 
ポジティブに考えてそう思うことはあっても、
本当にそうだな、と思えたことはあっただろうか。
 
 
彼女は生前、鬱のようになっていて、
ボサボサの髪に、だらけた服装で、毎日家にいた。
気が向くと、たまに散歩がてらウチにきた。

小学生の子供がいるというのに、
仕事もできず、親のスネをかじって、
タバコを吸い、昼間からお酒を飲んで、
ぼーっとして暮らしていた。
 
 
自立できぬ娘と同居せざるを得なくなった叔母は、
彼女を「お荷物」扱いで、
いつになったら元気になって働いてくれるのかと
いつもボヤいていた。
 
 
日がな一日、そんなふうに過ごしているから、
息子が学校から帰宅する時は、
いつも家に彼女がいた。
 
 

でも、今はいない。
ふと、叔母が言った。
 
「何もできない子だったけど、
 あの子が家にいるだけで、
 学校から帰ってきた息子も私も、
 それでよかったんだわ」
 
 

掃除も洗濯もせず、
自分の携帯代さえ支払えず、
子供の面倒も見ない。
 
そのくせ、
ご飯は食べてタバコは吸って、お酒は飲んで、
妙な行動や発言を繰り返し、
なのに、
病院に行こうともせず、
回復しようと努力しているようにも見えなかった。
 
子持ちの母で、そんな人が家にいたら、
かなり厄介だなと思う。
こっちまで気がおかしくなりそう、とさえ思う。
近所に住んでいる私でさえ、そう思う時があった。
 
だけど、死んでしまった今、
社会的役割を、一切果たしていなかった彼女でも、
ただ家にいるだけでよかったと
振り返る。
生きていて、ただそこにいるだけで、
それで十分よかった。
 
 
 
生きていると、
 
もっとちゃんとして、
せめて仕事はして、
子供の世話ぐらいは、
ましてタバコやお酒なんて
・・・
 
とか、
もう言い出したらキリがないくらい
もっともっとと欲張って求めてしまうのだけど、
 
 
いなくなることに比べたら、
そんなこと本当にどうだっていいことだって
 
いなくなって気がついた。
 

極端に聞こえるかもしれないけど、
死んで目の前からいなくなることに比べたら、
それ以外のどんなことも、
全く大したことではない。


生きていると、そこにその人がいることが当たり前すぎて、
気づけないんだけど、
 
「あなたは、ただ生きているだけで、十分価値がある。」
 
 
本当に、そう思う。