彫刻家 山本 哲三さん 第5回 ~伝説の彫刻シンポジウム 作品「ジャパン・ライン」について②~
みなさま、こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
今日は素敵な作家をご紹介いたします。
彫刻家 山本 哲三さんです。
山本 哲三さん
前回までの片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんからのリレーでご登場いただきます。
彫刻家 片桐 宏典さん
第1回
第1回続き
第2回目
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
彫刻家 ケイト・トムソンさん
第1回 第1回続き 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 番外編
第5回の今日は、山本哲三さんが1970年に参加された、オーストリアのサンクト・マルガレーテン彫刻
シンポジウムについてお伺いします。
このシンポジウムは彫刻シンポジウムの父と呼ばれる彫刻家カール・プランテルさんによって
サンクト・マルガレーテン採石場で開催された彫刻シンポジウムです。
1970年までに既に10年開催されていましたが、プランテルさんがもっと新しい事をしたいという想いから
日本人のみ5人での共同制作をする回に参加された貴重な体験談を2回にわたってお聞かせ頂きます。
その2回目の今日は、日本人の共同制作の実際についてお届けします。
ここで作られた作品「溝」は、幅70センチ、深さ80センチで、採石場の垂直壁と丘の石がある所に
彫られた実質の長さで約60メートル、風景全体の長さでは200メートルに及ぶ壮大な作品です。
そして、関係者から「ジャパン・ライン」という栄誉な名前で呼ばれることとなりました。
どうぞお楽しみいただけましたら幸いです。
**********************************
サンクト・マルガレーテェン採石場(写真中央の遠景に垂直壁と丘が見える)
サンクト・マルガレーテン採石場、「溝」が彫られる前の垂直壁(白くカッコた所に刻印がある)
垂直壁に、5段の作業ステップの足場を組み、メンバーが同時にステップの前の壁を掘った。
「溝」の上と下の境を貫通させた直後の写真
(チームは手彫りにこだわった)
ノミ切りで平面を作らなければならなかった(左の写真)
会期後半には、サンクト・マルガレーテン採石場の石工さんが2人手伝ってくれた
当時のシンポジウム代表マリア・ビルガーさん、
来客も多く、サロンでシンポジウムに関する議論がプランテルさんを交えてよく行われていた。
オープニングパーティーには、マルガレーテン村の村長さんが、マルガレーテンワインを多量
にプレゼントしてくれた。
2012年夏、京都の造形作家ノブコ・ウエダさ がプッチングの
故プランテルさんアトリエを訪問され、奥さんや娘さんに
案内されたジャパン・ライン。
サンクト・マルガレーテンの石切り場一帯は大きく様変わりをしていた。
(垂直壁の上段には入れないようにフェンスで囲われている)
グーグル地図検索の航空写真でもその様子が伺える。(部分写真)
垂直壁の採石跡からみて、右手の採石跡の窪みには、野外オペラの舞台や
駐車場が出来ている。 (夏場の野外オペラは沢山の観客を動員する)
日下
前回は、サンクト・マルガレーテンの彫刻シンポジウムの背景とメンバーについてお伺いしました。
制作の実際という点ではいかがだったでしょうか。
山本 哲三さん
僕の場合は、コンセプトを作るプロセスとか、いろんなアイデアを出していくということも
勉強になりましたけど、肉体的にものすごく一つの何かを超えたという気がしましたね。
自分で制作している時は、疲れたら休むというように、わりあいと気ままに制作することができますが
グループでやる場合、やっぱり集団として何時から何時まで仕事するとかいう行動パターンみたいなのを
みんなで話し合って決めたりするでしょう。
そうすると、朝、もう何時か忘れてしまったけど、かなり早い時から、夜遅くまで仕事をするんですね。
それで目いっぱい、石を彫ったりするんですけどかなり、きついもんですよね。
僕なんかは、そこまでの体ができてなかったから、2ヵ月間かなりのヒーヒーいう感じでやってました
けどね。
日下
彫られた「溝」の長さからすると凄く過酷な制作だったようですよね。
山本 哲三さんの紀要(※)によると合計62.5m彫られたとのことですが。
※ 山本 哲三さんの大阪芸術大学の研究紀要
「彫刻シンポジウムと共同制作ー日本人の参加した彫刻シンポジウム記録誌編纂の機会を得てー」
※「溝」の制作コンセプト⇒上記、紀要8~9ページ参照
山本 哲三さん
そうですね。
間隔があいている状態で、他をかわした全長ということであれば、200mくらいなんです。
それは結局、丘があって、そこに露出している岩のところに直線があたるところだけ彫ってい
ったということですから、そのぶつ切りを足していくと60mくらいですけどもね。
その直線の端から端ということになれば200mくらい、そういうことでかなり雄大な形の作品ですね。
日下
山本さんの紀要を読ませて頂いて、私は「溝」という作品のコンセプトを理解することができました。
読者の方に伝える言葉として改めて、「ジャパン・ライン」と呼ばれるようになった作品のコンセプトを
簡潔に短く言って頂くとすると、どんなことでしょうか。
山本 哲三さん
その共同制作する時のコンセプトはね、いろいろと話し合ってあの作りあげてるけれど、
あの「溝」に関していえば、何かそこへ象徴さすものとか、意味をもり込むとか一切考えてなかった
ですね。
言い方が、適切かどうかわからないですけど、
本丸を落とすのに「外堀を埋める」という言い方がありますけれども、
城郭を作っていて、そしてそれを省いていった時に、最後に残ったのは「溝」という感じですよね。
だから、コンセプトを考え出して「溝」に辿りついたんじゃなくて、消去法というかね。
グループ制作をするという大前提があるという、
今までシンポジウム10年で出来上がってきた個人的な作品のようなものを
共同制作でまた作っても、ちょっと意味がないんじゃないかということが一つありますね。
それと、サンクト・マルガレーテンの石切り場で、しかも石を使った塊のものでない作品を作る
ということは、どういったものかなってことを、それぞれ意見を出しあったわけですよ。
その時に、一つのきっかけになったものが、古い時代に、石を取った後に残っている石の壁
やったんですね。(インパクトのある平面性)
そして、その石の壁の端の方に一応、その石の壁ができた年代が書いてあって、
文化財的なくらいのかなり古い年代のものが書いてあったんですけど、
それを別に使っても構わないということが出てきたんですね。
それで我々は、その石切り場全体を見て回ったら、その石の壁というのは
かなり圧倒的な一つの掘り跡として目につきますからね。
だから、これを作品に出来ないかなと、だんだん意識として芽生えてきたわけですね。
そして、それを使えるという風になって、
さて、どうするかという風な所あたりから、だんだん溝みたいなことに思考したんですけどね。
日下
なんかその、紀要を拝見すると、その「溝」の直線が世界を一周するイメージだということですね。
山本 哲三さん
そこがね、直線というものを考えた時に、限りある直線でもなかったわけですね。
結局、その丘というものに線を引くということで、石のあるところだけに引いていくということは、
点線になるわけです。
そうすると、どこでもなんぼでも伸ばせるよねっていう話になってきたわけです。
だから、この直線っていうものは、そういう意味では世界も一周するような意味の直線やなって
いう風なことをみんな言い出してきたわけですね。
そういう、その世界を一周するような直線を最初から作ろうって話ではないわけです。
そういうこともすべて後付けですね。
だからね、とにかく、あの共同制作をするということと、そこのサンクト・マルガレーテンの場所
というものを見て行きながら、塊的な作品ではなくって、もっと空間に広がるような作品って
みんな思ってたからね。
それを、詰めていった時に、その場にああいう背の大きな壁があったわけですね。
それを使うということであの直線っていうものをやる。
その直線に辿り着いた一つの理由として、個人のいろんなものを主張しないってことも一つ
あったわけですよ。
だから、それを一番、主張しない形というのはどういうものかと言ったら、やっぱり直線ではないか
ということも出てきたわけですね。
日下
はい。
山本 哲三さん
最初に、バウハウスの点線面というような考えというのは、
案外どこか、みんなの中にあったものかもしれないですけどね。
日下
そうですか~。直線というのは、とても最少の要素の表現だと思いますが、
現地関係者から「ジャパン・ライン」という名前がつけられるくわけですから
やはり、それまでに作られたものと比べて、すごく衝撃があったのでしょうね。
山本 哲三さん
それね、誰かが適当につけた名前なんですけれどね。
日下
とはいえカール・プランテルさんをはじめ、それまでの個人制作のムードを打破したいと思って
いらした方々にとっては、とてもインパクトがあり、期待に応えるものだったわけですよね。
山本 哲三さん
そうですね。
日下
素晴らしいですね。
このローマ時代の刻印がある垂直壁というのは?
山本 哲三さん
向って右側のね、端の方の上の方にあんまり大きくなくって、こんなカルトシュウ(?)っていうんですか、
エジプトのなんかほら王様の名前を書いたりする時に、まわりこう囲むでしょう。
へこみがあるでしょう。
そういう囲みの線の中にそういうのが書いてあって。
日下
エンブレムみたいなものでしょうか?
ジャパン・ラインの「溝」線が、彫ってある右側に四角っぽいものが見えるのがありますが、
それでしょうか?
山本 哲三さん
それかも知れないですね。
日下
すごく貴重なものですね。ローマ時代って長いですよね。
どのくらい前なのでしょう?
山本 哲三さん
その辺は、良くわからないんですけど。
例えば、パリの街は地下を掘って出た石を上に積み上げているんでしょ。
サンクト・マルガレーテンの石切り場のから取った石は大体、ウィーンに持って行って、建物は
みんなそれを使っているらしいですね。石灰岩ですけれども。
だから、ウィーンの街の一番最初を作り出した頃、出来上がった頃がローマ時代くらいからあるんじゃ
ないですかね。採石場の歴史がウィ―ンの歴史と平行している感じなんですね。
ローマ帝国というのはずいぶんヨーロッパにきてますよね。
遺跡なんかもたくさん南仏なんかに行ったら沢山あるしね。
日下
そうですか~。すごいですね~。
写っている全景が凄く広大ですね。
山本 哲三さん
ウィーンの真ん中にサン・シュテファンドーム
といった教会があるんですけどね、
カトリックの大きなその教会修理や、それに隣接している広場の敷石も修復するとかねえ。
そういう工事にやっぱりマルガレーテンの石を持って行ってやったというね。
我々がその共同制作という一つのやり方を、成功させたという言い方が出来たわけですが
その1,2年後、ああいうことが出来るということで、その後プランテルさんなんかが、
そのシュテファンドーム広場の造形の仕事があるっていうことで、ヨーロッパの彫刻家たちに
呼びかけてね、あそこの石を使って、何か敷石のところにもやってみようということをやり出したみたい。
なかなか、そんなにうまくいかなかったみたいですけどね。
みんな、それぞれの自己主張が強かったっていう。
日下
そうですか~。和を重んじることが出来る日本人だからこそやり得たお仕事だったのかもしれませんね。
素晴らしいお話をありがとうございました。
ある日の夕立の後に天使の梯子が、サンクト.マルガレーテン村の
教会の上に現れた。
手前はブドウ畑、ブルゲンランドは葡萄酒作りが盛んです。
***********************************
編集後記
今回、片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんのご紹介で、初めて山本哲三さんにお話しをお伺いしました。
山本 哲三さんは大阪芸術大学の教授を数年前にご退職された、活動歴豊富で多彩な彫刻家で
いらっしゃいます。
片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんからは1969年にオーストリアのサンクト・マルガレーテンの
採石場で開催された日本人のみ5人での共同制作の伝説的な彫刻シンポジウムに参加された
素晴らしい彫刻家の一人としてご紹介を頂きました。
山本 哲三さんはその彫刻シンポジウムをオルガナイズされた、彫刻シンポジウムの父と呼ばれる
彫刻家カール・プランテルさんに贈る冊子「ARIGATO PRANTL SAN」という、
日本人の参加した彫刻シンポジウムの記録冊子編集にも尽力されていました。
今日は、そんな山本 哲三さんが参加された伝説の彫刻シンポジウムについて、お話をお伺いしました。
ローマ時代からある採石場の垂直壁と丘に、総延長200メートルにもわたって彫られた「溝」の直線が、
地球を一周するというイマジネーションを呼び起すというのは、本当にシンプルでいて力のある表現
だからこそではないかと感じました。
石の塊ではなく、地球そのものを彫刻したともいえる作品でとっても感動しました。
その後、ヨーロッパの彫刻家達が共同制作に挑戦したけれども、上手くいかなかったというお話が
ありました。 日本人による共同の回が、伝説的なシンポジウムと呼ばれるようになったのは、
山本 哲三さんら日本人五人のそれぞれの精神性の高さと、協調して制作するというチーム・スピリットをもって秀逸な作品を作り得たからこそではないかと感じました。
次回からは、その共同制作を体験された後の山本 哲三さん個人の彫刻制作についてお話をお伺いしてまいります。
どうぞ、お楽しみに。
**********************************
◆ 山本 哲三さんのホームページ
◆ 山本 哲三さん著
「彫刻シンポジウムと共同制作
―日本人の参加した彫刻シンポジウムの記録冊子編纂の機会を得て―」
(大阪芸術大学 紀要)
◆山本 哲三さんが編集の一員を勤められた資料集
冊子「ARIGATO PRANTL SAN」のプロジェクトホームページ
ビバ! 彫刻シンポジウム
日本人彫刻家が参加した世界の彫刻シンポジウム 参加記録・作品写真集のホームページ
◆ 山本 哲三さんの展覧会情報
アートでびっくり!干支セトラ(午)展
前半2014年12月5日(金)-23日(火)
後半2015年1月9日(金)-25日(日)
毎週、金・土・日と祝日のみ開廊/AM11時-PM5時
〒489-0042瀬戸市中切町3TEL0561-83.0484(開廊日のみ対応)
Art-Setスタジオのfacebook
◆山本 哲三さんお薦めの彫刻シンポジウムに関するレポート
文化資源学,文化経営学の研究者 柴田葵さんのホームページ
本日もご訪問くださいまして
ありがとうございました。
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クリスマス演奏会
皆様、こんにちは
おいしいお茶で癒しと健康をお届けする【下総屋茶舗】五代目の金久保です。
寒い日が続いていますね
関東地方では空気の乾燥した状態が続き
インフルエンザが流行しているようです
近隣の小中学校でも学級閉鎖が出たそうですよ
外出時やお休み前などマスクや手洗いをしたり
お茶でうがいをして予防に努めましょうね
お茶カテキンの殺菌効果はスゴイんですよ
さて、先週末の土曜日
いつもお世話になっている羽生市の純真短期大学で
クリスマスコンサートが催されました
学長先生からお招きをいただいたのでお邪魔してきましたよ
二部制のコンサートで間に食事が入ります
前半は、なんと琴と尺八という和楽器による演奏でした
和楽器で洋楽を演奏するのは大変難しいそうですが
お二人の若い御嬢さんが和装で、楽しく演奏してくれました
演奏の合間のトークでお琴や尺八の知識を紹介してくれたりして楽しかったです
曲目もホワイトクリスマスからディズニー映画アラジンの曲から
子供さん達が楽しめる選曲になっていました
さすが将来の保育士さんを育成する学校らしいですね
そして、最後はやはり邦楽の名曲「春の海」を演奏してくれました
それまでも演奏と楽器の躍動感が違いましたね
やはり和楽器にあった作曲だと楽器の個性や演奏方法がイキイキします
よくお正月などに耳にする新春をイメージする曲でしたが
生の演奏で聴くとすばらしい響きを感じることができましたよ
お楽しみの食事はカフェテリアでビュッフェ形式でしたが
どれも美味しくて大満足でした
後半はフルート、サックスとピアノによる演奏でした
こちらも学生さんですが男性3人組みで
息もぴったりの名演奏でした
「学生たちに本物に触れる機会を増やす」という
藤田学長の心のこもった教育方針に合った
すばらしく感性を高める機会でした
音楽、食事、イルミネーション・…
五感でたっぷりクリスマス気分を味わわせていただきました
すてきな機会を創ってくれた学長始め関係者の皆さんに
心から感謝をし、何かお返しができないかなという気持ちになりました
師走で皆さん忙しいでしょうが
たまにはこういう時を過ごすのも
健康のためにも必要なんじゃないでしょうか
ストレスが健康や老化の最大の原因ですからね
今日も健康に感謝。
がんばっている女性のあなたへ~「『やる』か『やらないか』の間には深い川がある。」体験談シェア
皆様、こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
私は尊敬する女性の週一回配信の無料メルマガを購読しています。
それは、女性応援企業エグゼクティブクルー株式会社の熊谷留美子さん の
「本当に頑張っている女性のあなたへ」
というものです。
このメルマガでは、熊谷さんご自身が成功へむけて行動される中での
気づきの体験談をシェアしてくださっています。
特に無意識に抱いている、成功を阻害する考えをクリアする体験談は、
本当に頑張られている方々にとっては一読の価値ある内容です。
このメルマガでは、熊谷さんの体験談を読んだあとに
読者も同様のテーマでの体験談をシェアしあえる双方向のやりとりが展開されています。
これからここに書くのは、
11月28日の熊谷さんのメルマガと
それに対しての私の体験談のシェアです。
以下、大分長くなりますが、
成功に向けて頑張っていらっしゃる貴女さまにも
楽しんで頂けましたら嬉しいです。
*********************************
日下育子さん、こんにちは。
女性応援企業エグゼクティブクルー株式会社の熊谷留美子です。
このメルマガは、本当にがんばっている女性の方々と温かく見守ってくださっている
ナイトの男性の方々にお送りしています。
今回のテーマは、「『やる』か『やらないか』
放送作家の鈴木おさむさんと作詞家の秋元康さんの対談本「天職」
響いたということは・・・、はい、
深い溝ではなくて、「川」かぁ。
私はアマゾン川級だぁ。
2日前、私は友人とある事業について話していました。
17~22:30まで。
それには、数千万円のお金が必要なために、まさに「
やらない・・
ふたりの中ではやらないことは大きな後悔になるだろう・
ふたりとも潜在意識を活用すること、
決断するとすごい事が起きる・・
その時間はとても深刻でなく、
そして「本心」に従い、「やる」ことになりました。
まさにそのとき、一本の電話がありました。
夜の10時ということ、
必ず意味あることだと思い、出ました。
はい、その数千万を生み出す方法を知っている人でした。
感謝いたしました。
まさに私たちが、「やる」決断をするのを待っていたかのように、
用意されていたのでした。
自分を守るためだったらやらなかったと思いますが、
楽しく過ごす・・・、
おそらく、まだまだいっぱい用意されていると思います。
それに気づけるようにしていきたいと思いました。
「やる」か「やらない」かは、決断だけで、
日下さん、
シェアしていただくことで、読者の方が喜んでくださるので、
楽しみにしています。
*********************************
以下、私からの返信です。
こんばんは。
今回のテーマの私の体験談は、『やる』となったら、
そしてうまくいくです。
先日、
人気カメラマンにもかかわらず、私の希望日に、
作品運搬の運送屋さんはお互いの手違いで、
また撮影前日までかなりの雨、当日早朝も濃霧でしたが、
最高の写真が撮れました!
やると決めれば、天の応援が入ることを実感した体験でした。
日下育子
*********************************
本当にがんばっていらっしゃる方のご参考になるようでしたら幸いです。
本日も、ご訪問くださいまして
ありがとうございました。
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山本 哲三さん 第4回 ~伝説の彫刻シンポジウム 作品「ジャパン・ライン」について①~
みなさま、こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
今日は素敵な作家をご紹介いたします。
彫刻家 山本 哲三さんです。
山本 哲三さん
( ↑ 1970年サンクト・マルガーテレン彫刻家シンポジウムで垂直壁に(H10m)に溝を穿つ作業中。柔らかい石灰石の岩盤なので、クランプン(小型ツルハシ)で掘ることが出来る。)
前回までの片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんからのリレーでご登場いただきます。
彫刻家 片桐 宏典さん
第1回
第1回続き
第2回目
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
彫刻家 ケイト・トムソンさん
第1回 第1回続き 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 番外編
第4回の今日は、山本哲三さんが1970年に参加された、オーストリアのサンクト・マルガレーテン彫刻
シンポジウムについてお伺いします。
このシンポジウムは彫刻シンポジウムの父と呼ばれる彫刻家カール・プランテルさんによって
サンクト・マルガレーテン採石場で開催された彫刻シンポジウムです。
1970年までに既に10年開催されていましたが、プランテルさんがもっと新しい事をしたいという想いから
日本人のみ5人での共同制作をする回に参加された貴重な体験談を2回にわたってお聞かせ頂きます。
今日は、日本人の共同制作が企画された背景と参加メンバーについてお届けします。
ここで作られた作品「溝」は、幅70センチ、深さ80センチで、採石場の垂直壁と丘の石がある所に彫られた実質の長さで約60メートル、風景全体の長さでは200メートルに及ぶ壮大な作品です。
そして、関係者から「ジャパン・ライン」という栄誉な名前で呼ばれることとなりました。
どうぞお楽しみいただけましたら幸いです。
**********************************
日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
1970年サンクト・マルガレーテン彫刻家シンポジウム
日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
1970年サンクト・マルガレーテン彫刻家シンポジウム
(古代ローマ時代から採石されていた石切り場、正面の壁は約10mの高さ。)
日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
1970年サンクト・マルガレーテン彫刻家シンポジウム
日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
・垂直壁から背後の丘に続く溝。
日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
・丘から垂直壁方向の眺め。
サンクト・マルガレーテンの丘の入り口のカンバン。
(G.ヒュンメル・ローマ時代の採石場、ST.MARGARETHEN)
後方は丘、手前に過去のシンポジウムで制作された作品が展示されている。
後方の垂直壁から北方向に直線を求める作業中のメンバー。
細紐を道糸に張っている。
道糸(直線)に引っかかった露出した岩盤に溝を穿つ。
石切り場内にある彫刻家の家(Bildhauerhause)のサロンでミーティングするメンバー。
日本人5名による共同制作風景。
・垂直壁に溝を穿つために架けられた足場。
(5段のスレップに分けられて、5人がそれぞれの段で掘削を行った。)
日本人5名による共同制作風景。
・垂直壁上部平坦場所に穿たれた溝の寸法を確認中のメンバー
(左から、 広瀬、山口、藤原、庄司)
日本人5名による共同制作風景。
・丘の最高部にあるカペル(祠)横の岩盤を掘る山本。
(溝の、垂直壁の反対側の最端部。)
・庄司達さんは、この共同制作の記録として日誌を付けている。
図は、期間の終盤の8月28日の作業場所がしるされている。
右が垂直壁で、左下段が丘の最高部。垂直壁から丘カペルまで200m弱。
日下
前回お聞かせいただいた5月革命を含む留学体験の後に、
伝説的な彫刻シンポジウムに参加されたのですね。
山本哲三さん
そうです。ちょうど、’98年11月か12月に留学から帰国して、すぐ翌年に
オーストリアのサンクト・マルガレーテン のシンポジウムの誘いを先輩から受けたんですけれども。
思いがけないことでした。
僕が留学しようと思ったきっかけになった先輩は、そのままヨーロッパにいましたからね。
その先輩も同じようにやっぱりフランス政府の奨学金が貰える給費留学生でボザールに
入ったんですが。
※ボザール⇒エコール・デ・ボザール
日下
藤原信さん という彫刻家の方でしょうか。
山本哲三さん
そうです。藤原さんの方はもっと真面目やからね。
自分がやりたいことをもうちょっとしっかり持ってたし、
ボザールでのやり方は、もう京都の高校で経験していたわけやから、
何か違うことを探されたんでしょうね。
ウィーンの美術学校の先生でヴォトルバっていう、アカデミックではない作品を作っている彫刻家が
いるんですよ。
その作品はまさにキュービスムのような構成的な作品なんですけどね。
藤原さんはきっと、何か作品集でその作家の人の作品を見はったと思うんですけれども、
京都美大で習ったものが、まさにそういう時代のものだったわけですから、
だからそれを見て「これや!」ということでもう1年経つか経たんうちに、その、もうパリからウィーンの方に移ったんです。そして、彫刻シンポジウムというものを知ったんやね。
日下
ああ、そうでしたか。
山本哲三さん
知ったというか、もうちょっと先から知ってるね。
彫刻家カール・プランテルさん (※)と出会って、彼がやっている別の彫刻シンポジウムに
プランテルさんに誘われて出たのかな。
そこでの付き合いからプランテルさんにかなりの信頼を得たと思うね。
たしかオーストリアとスイスのクラスタルというシンポジウム、そこは石の出るところがあるんです
けれども。
※カール・プランテルさん
⇒山本 哲三さんのHP記事 [カール・プランテル氏について四方山話]
日下
そのシンポジウムの名前は、片桐宏典さんからお聞きしたことがあります。
山本哲三さん
プランテルさんがウィーンの1970年の時のマルガレーテンのシンポジウムでは、
何か面白いことを思いついていた頃、
日本では大阪万博っていうのがあったんですよ、エキスポ’70っていうね。
エキスポ’70の前の1969年に、そのプレイベントの要素のある大阪で国際鉄鋼彫刻シンポジウム(※)
というのがあって、それは飯田善国 っていう彫刻家がオルガナイズしてたんですけど、
その時にプランテルさんを招待して、助手に藤原さんがついてきたわけです。
そこで、プランテルさんは、 「KAWASAKIへの道(瞑想のための彫刻)」 (※)という、
長さ6m位、幅1m位、厚み25センチのステンレスの細長いインゴットがあるんですけれども、
それを削って形を作るという作品をやったんやね。
ステンレスを削って形を出すんですから、そりゃもうすごい労働力だと思いますけどね、
藤原さんはそういう作品の手伝いをしたわけですね。
※国際鉄鋼彫刻シンポジウム⇒ 参考資料 柴田葵さん著
※「KAWASAKIへの道(瞑想のための彫刻)」 ⇒ 神戸市東遊園地噴水横にあります。
日下
それは、見てみたいですね~!
山本哲三さん
やっぱり万博の時は、ワーッと熱気で盛り上がっていたわけですから。
プランテルさんはそんなのを見て日本人の勤勉さみたいなものとかエネルギーに感動はったんやろうね。
そんなんで、ウィーンに帰ってから、サンクト・マルガレーテンの70年のシンポジウムでは、
日本人でチームを作って何か面白いこと、新しいことができんかという事を藤原さんに言ったみたい。
で、共同制作ということで、藤原さんがメンバーを集めて全部で5名のメンバーになったんやけれど、
そのうち僕も入ってたわけです。
日下
山本さんはその5人の作家さんの中では、すごくお若いですよね。
山本哲三さん
一番若いんです。それは、藤原さんが高校の先輩でもあったし、その後のパリ留学かて、
後について行った形だし、留学中にも、藤原さんの所へ訪ねていったりしてたんですよ。
その、クラスタルのシンポジウムなんかもね、
だからわりあい接触があったこともあって、誘ってくれたと思うんですけれども。
まぁ、一番若いメンバーで行ったんですけどね。幸運にも、その「溝」の共同制作に参加できたわけ
ですけれどね。
日下
山本さんに頂いた「ありがとうプランデルさん」の本の中には、
私が20代の頃に参加したアーティスト・インキャンプ・イン・カサマをオルガナイズされた
彫刻家 松田 文平さん (※)も載っていました。
確かそこで、オーストリアで日本人が「溝」を彫ったシンポジウムがあったと、
ちらっとお聞きしたことを思い出しました。
それを、やはり今回頂いた資料を拝見してよく、あぁ、これだったのかと・・・。
山本哲三さん
流れが繋がったわけですね。
日下
はい、断片的だったものがつながりましたし、山本さんのお書きになった大阪芸大の紀要 (※)を
拝読して感動しました。
紀要の中では、「溝」の制作コンセプト(※)をA~Fまでの6つ、アルファベットをふって書かれて
いますね。
コンセプトの中で印象的なものを少し挙げると、
「個人のための表現を避ける」とか、
「場所に優劣や特別な価値の差をつけないで、単なる場所として考える」とか、
「作品が環境と呼応するように、一つの状態として存在することを目指す」ということがあります。
私はこれらのコンセプトは空間と作品がダイレクトに関わっていくという点で本当に素晴らしいですし、
とても新鮮ですし、進んでるという感じがします。
山本 哲三さんはこの現場に参加されていかがでしたか。
※ 山本 哲三さんの大阪下う術大学の研究紀要
「彫刻シンポジウムと共同制作ー日本人の参加した彫刻シンポジウム記録誌編纂の機会を得てー」
※「溝」の制作コンセプト⇒上記、紀要7~8ページ
山本哲三さん
シンポジウム終盤、記録を付けていた庄司さんがまとめたのですが、総括ですね。
すごく論理的思考のできる人がメンバーにいたんです。
庄司さんとか、山口牧生さんとかです。山口さんなんかは、年配の方で遅くから石彫を始められた方
なんですけれども、もともと京大の哲学科を出られるんですね。
日下
あー、そうなんですか!
山本哲三さん
その他は僕にしても、藤原さんにしても、それからもう一人、広瀬孝夫という人も、
どっちかっていうと実行派というかそういうタイプの人やったんですけれども、
その二人の結構、論理的な頭脳の持ち主がメンバーにいてたということですね。
日下
そういう5人が集まられたというのは、素晴らしいご縁でしたね。
共同制作のコンセプトを作る段階では、どのように話し合いが進んだのでしょうか。
山本哲三さん
共同制作をするにあたって、藤原さんご自身もある程度前もって考えていたことがあって。
というのは、藤原さんはまだ学生の頃に、2,3人で何か作ったことがあったようなんですね。
だいたい彫刻や絵というのは、1人でやることに価値があると思っているから、
みんなで作るということを彫刻に当てはめてみるとすごく新鮮ですけれども、
その他の世間では、特に工業製品なんかではもの作りのあり方として共同制作は
みんなやってるあたり前のことなわけですよね。
日下
はい。
山本哲三さん
それをどんな風に彫刻に当てはめられるかというのが、
あそこに箇条書きにしてきたコンセプトではないかと思うんです。
個人云々というのは、そのサンクト・マルガレーテンの彫刻シンポジウムは僕らが行く前には
もうすでに10年程続いていたわけですよね。
そこでやられてきたことというのは、やっぱり彫刻家個人の自己表現をいかに強く
出すかといったことだったわけですよね。
ところが10年続いてくると、人間というのはなんぼ個人だと言うたとしても、何人もの人が同じようなことをやっていると、だんだんみんな同じような顔になっていってしまうというようなことがありますよね。
必然的に真新しいものが出てこないということをプランテルさん自体が結構思っていて
もっとなんか新しいことができないかと考えてきたわけです。
だからそこで共同制作となった時に、何か個人から抜け出るようなことをやれば、
別のものが出てくるんじゃないかということを考えたんじゃないかと思うんですけどね。
日下
はい。
山本哲三さん
藤原さんご自身がそれを感じていたかは知らないけど、
最初みんな寄った時にそういう下地のことを説明してましたけれどね。
その時に「個人の」ということを、「閉ざされた感覚、アイデア」というか、
そういう風なアイディアを盛んにしてましたけどね。
それは、どういう所から来ているかあんまり知らないんですけど。
メンバーの中に非常に論理的な仕組みの人たちがいてたから、
かなり物事が整理されて、完成に向かっていったんちがうかなという風に思いますけどね。
日下
そうですか~。
とっても貴重で興味深いお話をありがとうございました。
「二つの椅子」(制作中)
赤色砂岩、H160cm
1970年
カイザーロートンA.D.F彫刻シンポジウム
(クローラー・ミューラー採石場、旧西ドイツ)
※こちらは山本 哲三さんがサンクト・マルガレーテンの次に参加された
彫刻シンポジウムで、作品は山本さんの個人の作品だそうです。
******************************************
編集後記
今回、片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんのご紹介で、初めて山本哲三さんにお話しをお伺いしました。
山本 哲三さんは大阪芸術大学の教授を数年前にご退職された、活動歴豊富で多彩な彫刻家で
いらっしゃいます。
片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんからは1969年にオーストリアのサンクト・マルガレーテンの採石場で開催された日本人のみ5人での共同制作の伝説的な彫刻シンポジウムに参加された
素晴らしい彫刻家の一人としてご紹介を頂きました。
山本 哲三さんはその彫刻シンポジウムをオルガナイズされた、彫刻シンポジウムの父と呼ばれる
彫刻家カール・プランテルさんに贈る冊子「ARIGATO PRANTL SAN」という、
日本人の参加した彫刻シンポジウムの記録冊子編集にも尽力されていました。
今日は、そんな山本 哲三さんが参加された伝説の彫刻シンポジウムについて、お話をお伺いしました。
「(前略)世界の一部として、場所として、考え、開かれた思考とイマジネーションを重視し、
個人の感覚ではなく人々の中に純粋に訴える感覚に立場を置いて形態を決定する。」
(山本さん、紀要のコンセプトCより抜粋)、として考えられた「溝」の作品は、
個性の違う日本人5人の彫刻家によって生み出されたというお話でした。
プランテルさんが、日本人の熱気やエネルギーに感動されて企画されたというお話を伺うと、
このシンポジウムについては、山本 哲三さんの紀要(とても読みやすく分かり易く書かれております)
をお読みいただくと、より全体像が見えてお楽しみいただけると思います。
次回はこのシンポジウムでの制作の実際についてお伺いしていきます。
どうぞ、お楽しみに。
**********************************
◆ 山本 哲三さんのホームページ
◆ 山本 哲三さん著
「彫刻シンポジウムと共同制作
―日本人の参加した彫刻シンポジウムの記録冊子編纂の機会を得て―」
(大阪芸術大学 紀要)
◆山本 哲三さんが編集の一員を勤められた資料集
冊子「ARIGATO PRANTL SAN」のプロジェクトホームページ
ビバ! 彫刻シンポジウム
日本人彫刻家が参加した世界の彫刻シンポジウム 参加記録・作品写真集のホームページ
◆ 山本 哲三さんの展覧会情報
アートでびっくり!干支セトラ(午)展
前半2014年12月5日(金)-23日(火)
後半2015年1月9日(金)-25日(日)
毎週、金・土・日と祝日のみ開廊/AM11時-PM5時
〒489-0042瀬戸市中切町3TEL0561-83.0484(開廊日のみ対応)
Art-Setスタジオのfacebook
◆山本 哲三さんお薦めの彫刻シンポジウムに関するレポート
文化資源学,文化経営学の研究者 柴田葵さんのホームページ
本日もご訪問くださいまして
ありがとうございました。
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お香典返しの進物は
皆様、こんにちは
おいしいお茶で癒しと健康をお届けする【下総屋茶舗】五代目の金久保です。
あっというまに12月に突入しましたね
時が経つのを早く感じるのは年をとったせいでしょうか?
日々が充実しているお蔭でしょうか(笑)
ある先生が「時間の長さは、感情できまる」とおっしゃてたのを思い出します
何かで急いでいる時、待ち合わせに遅れそうな時など10分があっという間に感じ
病院や何かで待たされている時などは10分が凄く遅く感じる
だから時間の早い遅いはその時の感情できまるという様な事でした
さて、今日あたりからまた寒風が吹きまくり
寒さを感じるようになってきましたね
季節の変わり目などはお亡くなりになる方が多いですね
お茶専門店をやっていると
よくおご身内に不幸のあったお客様から
お香典返しの進物のご注文をいただきます
最近では葬儀屋さんが一括でやってしまう事が多いですが
専門店の確かな品質を好んで直接ご注文下さる賢いお客様もいらっしゃいます
葬儀店さんのギフトは中間マージンが高いため
値段の割に粗悪であったり、量が少なかったりします
取り込み中なので、何もわからず葬儀店さんに丸投げすると
彼らは沢山マージンを出すギフト業者の儲かる品物を用意する訳です
私の知る限りでは50%はマージンをとられていますので
葬儀のギフトの納入価格は半値以下
当然原価は販売価格の三分の一から四分の一ならいい方です
100g1000円で売る茶葉を180~200円で納めさせられると嘆く問屋もいます
まあ、普段お茶の専門店とお付き合いがある方は少ないでしょうから
知らないので仕方ないと思いますが
葬儀の後で親戚からも指摘されて品質の悪さにガッカリされる方も多いようですね
私の店でもお香典返しのご注文をいただくと
式場(公共葬儀場や寺院)に搬入から袋詰め、引き換え
返品処理までスタッフがついてお手伝いできるようになっていますので
葬儀店さんに注文した場合と同様に一切お任せで安心していられます
ただし、葬儀業者の私設ホールへは持ち込みできなかったり
持ち込み料金を取られたりしますので注意が必要です。
私達専門店はお客様の満足とお店の信用が第一なので
そのような高マージンを取られる葬儀やさんとは提携していません
お客様が葬儀店さんの提案をお断りして
「返礼品はこちらで用意します」ときっぱり断って
専門店に直接ご注文くだされば
より確かな良心的な返礼品をお返しすることができますよ
急な大量の注文や追加・返品にも柔軟に対応できるので
ぜひ専門店にお任せくださいね
それから、この時期は「喪中のハガキ」を出しますよね
これを出すと不幸を知らなかった方などが
後からお香典を送ってくれたりご訪問くださったりします
すると返礼品をまた用意しなければいけないので
そういうお客様もこの時期は多いですね
元々遣唐使などの高僧たちが
健康を守るために宗教と一緒に日本に茶を持ち帰り
感謝をこめて仏前にお茶もお供えしていたことに由来して
仏事には良くお茶が使われるようになったので
進物も先様の健康に配慮して送るなら
健康によいお茶を贈るとういのは
日本人らしい素敵な思いやりなんですね
今日もおいしい緑茶で健康に感謝。
運動を始めよう!
皆様、こんにちは
おいしいお茶で癒しと健康をお届けする【下総屋茶舗】五代目の金久保です。
あなたは連休をどのように楽しみましたか?
関東は温暖で絶好のレジャー日和りでしたね
身近で紅葉や町おこしイベントを楽しんだ方も多かったのかな
家は商売人なのでいつも連休はありません
月曜は定休日なので休みますが
年末・年始もお歳暮やお年始の進物が売れるので
お店は元旦以外営業です
ゴールデンウィークは5月2日が八十八夜なので新茶セールで大忙し
お盆は盆参りの返礼ギフトや帰省みやげのギフトが売れるので
これまた休みなし・・・
世間の会社員の皆さんが長期休暇を取れる時は仕事なんです
もう慣れちゃいましたけどね
逆に年末年始やG.W.、お盆などは渋滞や混雑があり
旅行代金も高かったりするので
そこを外して遊ぶ方が快適と思えますね
私の友人たちは栃木の大田原マラソンにチャレンジしてきたり
深夜にスタートの100kmウルトラマラソンにチャレンジしたりと
すごい連中がたくさんいます
そんな基準の高い仲間の影響で
私もトライアスロンをやってるんですけどね
で、月曜日はいつも通り午前3時半頃に起きて
大洗にサーフィンに行って来ました
日の出を待って海に入り1ラウンド3時間くらい楽しんで
急いで帰宅して妻とランチ
その後電車に飛び乗って千駄ヶ谷の東京体育館へ
フルマラソンにチャレンジするためのランニング講習会に参加しました
で、夕方電車に飛び乗って帰宅し
いつものトレーニングジムへ
昔は運動嫌いの私でしたが
遊びで始めたサーフィンをきっかけにスイミングも始め
自転車とランニングを加えてトライアスロンにまで発展しました
一度アスリートの肉体を手に入れ
その基準の健康状態を味わうと
そこからレベルを落としたくなくなるんですね
それどころか加齢と戦う意地と闘志も加わってさらに上を目指しちゃう
56を目前に「57歳の誕生日までにアイアンマンレースを完走する!」なんて
目標を宣言しちゃたりするわけです
普通に考えたらちょっとクレージーなんじゃない?って感じでしょうが
そういう仲間の間では「いいね~」とお祝いされ応援されちゃうんで
やれる気になっちゃうんですよ
アイアンマンレースはトライアスロンの最高峰の長距離レースです
スイム3.8km→バイク(自転車)180km→フルマラソン42.195kmの競技です
私の仲間ではこのアイアンマンも何人もいるんです
日頃運動から遠ざかっている皆さん
健康のためには運動は必須ですよ
日常的な軽い有酸素運動だけでも様々なホルモンバランスが正常に働いたり
血液やリンパの循環器も健康に機能し
結果、免疫力や基礎代謝、骨密度が上がったり
癌になるリスクが運動しない人より70%も減ったり
体型もカッコよくなってスタミナついて、モテモテで良い事ずくめですよ
逆に運動なしでの脂肪燃焼はあり得ませんkら
サプリメントや食事だけでは健康に痩せるのは無理ですよ
あなたも健康のために軽い運動から始めてみてはいかがでしょうか?
緑茶を運動前に飲むと脂肪燃焼効率が高まるんですよ
痛みがある方は無理をしない方がいいですが
やっているうちにほぼすべての人が膝や腰の痛み、肩こり等が改善しますよ
いつまでも元気でいることは幸福の基本です!
ぜひお試しを~(^o^)/
今日もおいしい緑茶で健康に感謝。
がんばっている女性のあなたへ~ 、「できないと思っているのは誰?」の体験談シェア
皆様、こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
私は尊敬する女性の週一回配信の無料メルマガを購読しています。
それは、女性応援企業エグゼクティブクルー株式会社の熊谷留美子さん の
「本当に頑張っている女性のあなたへ」
というものです。
このメルマガでは、熊谷さんご自身が成功へむけて行動される中での
気づきの体験談をシェアしてくださっています。
特に無意識に抱いている、成功を阻害する考えをクリアする体験談は、
本当に頑張られている方々にとっては一読の価値ある内容です。
このメルマガでは、熊谷さんの体験談を読んだあとに
読者も同様のテーマでの体験談をシェアしあえる双方向のやりとりが展開されています。
これからここに書くのは、
11月14日の熊谷さんのメルマガと
それに対しての私の体験談のシェアです。
以下、大分長くなりますが、
成功に向けて頑張っていらっしゃる貴女さまにも
楽しんで頂けましたら嬉しいです。
*********************************
日下育子さん、こんにちは。
女性応援企業エグゼクティブクルー株式会社の熊谷留美子です。
このメルマガは、本当にがんばっている女性の方々と温かく見守ってくださっている
ナイトの男性の方々にお送りしています。
今回のテーマは、「できないと思っているのは誰?」です。
今週は前半は千葉県に行って、一軒家の改装を実際に行い「壁塗り」をしていました。
なぜ、壁塗り?
(理由)
約8年まえに読んでいたロバート・キヨサキ氏の「金持ち父さんシリーズ」の本が目に入りました。
今の私のアンテナは、「女性の方々が収入の柱を増やす」です。
これはもちろん私自身のテーマでもあります。
本には、これからの時代はお金を自分自身で生み出すことが必要だと書いてありました。
国は守ってくれませんよ。 (心の声、たしかに日本だって国の借金がいっぱいある)
その方法としては
1.株式投資
2.ネットワークビジネス
3.不動産投資
の方法が一番いいと書いてありました。
1.の株は、先を見越す能力はいまのところないしなぁ・・・、プロには適わないしなぁ。
2.のネットワークビジネスはもう21年やっているので、これは今後も続けて行こうっと。
3.不動産投資・・・なんて、全く考えていませんでした。
だって、怖いもん!
面倒だもん!
管理なんてできないもん!
その大金はどこから用意するって言うの?
と一瞬にして考えがグルグルと巡ってきました。
ただ、右脳トレーナーの私としては、すでに大きなアンテナが立っていましたので、
ある女性のブログ「パート主婦、"戸建て大家さん"はじめました! 」
が目にドドドーンと入ってきました。
パートの主婦が300万円を元手に2年間で戸建て5戸手にして、
家賃月収30万円達成されていたのです。
よくよくブログを拝見したら、新しく購入された中古の家の
「改装工事をしますので、興味ある方はどうぞ。体験できますよ」
って書いてあったのです。
ピンときたら行動の私は、「ハイ」と手をあげて参加したしだいでした。
「捨ててもいい服で参加」が条件でしたので、それはそれはすごい格好で参加!
2階の家の壁という壁を下塗りから本塗りまで、実に楽しく、
いっぱいペンキをつけながら1日行いました。
なんとそこに参加した人は、平日にも関わらず14人! 東京、神奈川、千葉、仙台の私。
すでに大家さんになっている方、これからなる方、親の相続でやっている方、いろいろ様々でした。
そして、思ったこと。
だって、怖いもん!
面倒だもん!
管理なんてできないもん!
その大金はどこから入るって言うの?
って思っていた私・・・、少しずつ行動してわかったのは、
「行動もしないで一人で判断していたなぁ」ということでした。
今回のテーマは、「できないと思っているのは誰?」です。
そう、できないって思っていたのは私だったのです。
ということは・・・・。
他にもいっぱい「できないぞ」って決めつけていることがいっぱいあるかも・・・でした。
自分のいままでのそう多くない経験を参考にして、「できない」という狭い考えをもっていたのでした。
さぁ、日下さん、「できないと思っているのは誰?」の経験はありませんか?
もし、よかったらその経験をシェアしてもらえたら楽しみです。
もしかしたらご披露されることで支援体制か、応援がはいるかもしれません。
このメルマガにそのまま返信できます。
楽しみにしています。
*********************************
以下、私からの返信です。
こんばんは。
私の「出来ないと思っているのは誰?」の体験は、まさに今の状態です。
今現在、これまで数年にわたっての夢だったことを始め、
欲張りに四つ五とどれもが自分にとっての最優先事項を並行している状態です。
これまで、何か一つに集中すると他のことは長期間後回しになり、
どうしても複数の事を並行して完遂が出来ませんでした。
今も、短期間にこんなに出来そうもないとこれまで通り怖じ気づいてしまいそうです。
けれども、一部、ほかの方のお力を借りる選択をして滞らないように出来たことがあります。
もう少し、協力が得られたらと思うこともあります。
出来ないと思っている自分を覆して、軽く前進したい気持ちが心の奥にあります。
天の力を借りてトライしていこうと思っています。
日下育子
*********************************
私の返信最後の「天の力を借りてトライしていこうと思っています。」の意図を
紹介させて頂きますね。
一つには、私のお気に入りの本、
「奇跡を起こす 目覚めのレッスン」
著者・・・ジョー・ヴィターレさん
では、 人が、本当に精神的に自立して成功できるようになるステップを
「犠牲者意識」、「めざめ」、「手放す」、「ゆだねる」の四つのステージに分けて
明快に説明してくださっています。
「天の力を借りて・・・」というのは、この「ゆだねる」にあたります。
もう一つには、かつて私のメンターが、
「目標や願いを達成すると決めたら、
それを一旦横に置いておいて、目の前の困っている人のために行動する」
ということを教えてくださっていました。
この、「一旦横に置いて・・・」、行動に邁進するということを、
私なりの感覚的な言葉で述べさせて頂いたということです。
本当にがんばっていらっしゃる方のご参考になるようでしたら幸いです。
本日も、ご訪問くださいまして
ありがとうございました。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
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山本 哲三さん 第3回 ~フランス留学で五月革命に遭遇しました~
みなさま こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
今日は素敵な作家をご紹介いたします。
彫刻家 山本 哲三さんです。
前回までの片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんからのリレーでご登場頂きます。
彫刻家 片桐 宏典さん
第1回
第1回続き
第2回目
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
彫刻家 ケイト・トムソンさん
第1回 第1回続き 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 番外編
第3回今日は、山本 哲三さんがパリに給費留学生で留学された頃のお話をお伺いしました。
山本さんは留学中に五月革命という出来事に立ち合われていますが、
その革命の内容は、100年も200年も前から続くアカデミックな教育を批判する学校変革だった
というお話をお聞かせ頂きます。
山本 哲三さんが京都美術大学で受けられたバウハウスのカリキュラムを倣った美術教育が
実はアカデミックなものに対して新しく取り入れられたものだったという興味深い内容です。
どうぞお楽しみ頂けましたら幸いです。
************************************
「4号歩専用道路修景、垂直壁及びベンチなどの景観石」
(ケイト・トムソン氏と共同制作)
田原石(閃緑岩)、H300cm
1990年
パークヒルズ田原彫刻シンポジウム(四条畷市)
大理石+能勢石+鉄板+和紙
1989年
AD&Aギャラリー個展(西本町地下ギャラリー)
大理石+鉄板+和紙、H45cm
1989年
AD&Aギャラリー個展(西本町地下ギャラリー)
大理石+木材+和紙+玄武岩、H75cm
2005年
AD&Aギャラリー個展(京町堀)
大理石+安山岩+木材+和紙+玄武岩、H120cm
2005年
AD&Aギャラリー個展(京町堀)
大理石+木材+和紙、H65cm
2005年
AD&Aギャラリー個展(京町堀)
伊達冠石(安山岩)+木材+和紙、H35cm
2000年
AD&Aギャラリー2Fグループ展(京町堀)
日下
山本さんは卒業後すぐにフランス留学されていますが、
これは石の彫刻をやると決めて行かれたのでしょうか。
山本 哲三さん
いや、その頃は、あんまり彫刻家でなんかやっていこうとか、
そんな意識は、まるでなかったんですね。
日下
そうですか。
山本 哲三さん
ただその当時外国へ行くということは、わりあいとまだまだ困難な時代やったわけです。
外貨の持ち出しもすごく制限があるし、1ドルがまだ確か360円かそんなんやったし。
その頃風潮的にも、とにかく外国へ出て行っていろんなものを見るということが出てきました。
外貨の割り当てはあるにしても、その範囲内でみんな一応豪華な旅行はできましたけどね。
と言うか、JALのパック旅行とかね。
僕らの若い時は、そんなにお金をかけずにヒッチハイクとか、誰かの所に泊めてもらうとか、
無銭旅行なんて言葉があったりして。
世界を見て歩くことの面白さを、新聞とか雑誌とかでも旅行紀みたいなものがとりあげられ出して
それを読む人も、わりあい出てきていました。
僕もとにかく1回ちょっと行きたいなぁ、という気持ちがあって、わりと親しい高校からの先輩が
まず行ったんですよ。それが自分でお金を出すのではく、フランス政府の給費留学生という
奨学金をもらって行くという方法があると分かったから自分もそれを目指そうと思って。
もう卒業してたから、専攻科に入ってモラトリアムの時期を作って、その間、奨学金を貰おうと。
それには一応フランス語の試験があって、通らなきゃいけないということで日仏学館の
フランス語講座へ勉強しに行きました。
まぁ、幸い京都から応募する人が少なかったのか、彫刻で受けた人がいなかったせいか、
(今から思うと彫刻科の先生方の教育方針が新しいものやった、からかな)、
ともかく奨学金がもらえたのです。
日下
素晴らしいですね。
山本 哲三さん
なんか、すごくラッキーやったですね。
日下
そのフランス留学で日本の美術教育と違いを、感じるようなことはありましたでしょうか。
山本 哲三さん
それはね。僕らの行ってた時は、パリのボザール(※)という所で、勉強できたんです。
その後は、その奨学金をもらっていた留学生でも、そこには行けない状態になったんですけど
ね。
※ボザール⇒エコール・デ・ボザール
日下
そうなんですか。
山本 哲三さん
それは、日本の言い方にしたら誰誰先生の教室というふうなアトリエで、
毎日モデルが来ていて、とにかくそれを塑像で作るという授業なんですよ。
だから学科はそうなくて(正規の学生はそうではない)、皆が(学年関係なく)一緒くたに
やってるわけですね。
ボザールの教育というのは、先生が週2回来て、午前中9時から12時までの授業なんですけれども、
順番にここはこうだとか、いろんな話をずっと学生と話しっぱなしなんですね。
人数も一つの教室に20人位いてるんで、ひと通りそれぞれの学生に一巡しようと思ったら、
時間がかかるんですよね。本当にとにかく学生たちが先生をつかまえて喋りに行って、
ほっとかないわけです。
日本だったら先生はずっと見てて、すぐ研究室に引っ込んでしまって、学生との接触というのは、
来た学生には話するけど・・・、というふうな形なので対照的でした。
午後からは、実材を扱える所があったりとか、大きな石膏室、図書館、常時裸婦がポーズしている教室、版画室、他の所へ働きに行く学生や、どこかに遊びに行く学生や、思い思いの所に行ってました。
週の中で先生が来る2日間は、それだけの学生もいるけど、普段の時はそんなにいなくって、
まぁー適当なんです。
教室の運営は、級長さんみたいな学生がいて、例えば、石膏取りなんかの時に、みんなで買う
石膏代のお金を集めたりとか、あるいは、モデルのポーズをきめる時の先導役になったりとかね。
そういうことを学生が仕切っているような授業なんで、あんまり勉強になったという、
思いはないんですよね。(今から振り返ると、勉強のやり方を知らなかった、のですね。)
日下
そうですか~。何か意外な感じがします。
山本 哲三さん
僕は丁度11月からそこへ通いだしたんですけども、すぐに冬休み、春休みですね。
美術館なんかも、もの凄くボリュームがあるし、(セーヌ川を渡ればルーブル美術館)休みに
あちこち見学旅行に行くってことが面白いですから、友達とギリシャの方へ旅行に行ってたんです。
本当は給費生は外国に出てはいけないらしんだけれど、全然こっちが、知らなかったというか
かまへんって感じで、旅行に行たんですね。
日下
そうでしたか~。良いですね~。
山本 哲三さん
2週間ほど。帰ってきたらね。
いわゆる五月革命
っていう学生紛争が、パリのソルボンヌ大学を中心起こってましてね。
だから、美術学校のボザールなんかも全部閉鎖です。
何週間かは毎晩、カルチエ・ラタン
の所で、機動隊と学生が衝突しているわけです。
そして、パリはピンコロ石の敷石でしょう。
あれを学生が全部掘りあげて、それを機動隊に向かって投げるんですよ。
それとか駐車してある車を道路の真ん中に引きずり出してきてバリケードを作るんですよね。
そして、自動車に火つけたり、それを機動隊が散らしに行ったりという、もの凄く激しいことも
ありましたね。
後から労働組合が学生運動に参加してですね、ジェネストなんですよ。
日下
ストライキなんですか。
山本 哲三さん
ジェネラルストライキ。交通とか、水道とか、さすがに電気は止めなかったけど公共機関が、
全部ストップしてしまったわけですね。
学校へ行くにしても(閉鎖してた)、地下鉄とか全部止まっていて、歩きでしか行けないようなね。
夜になるとデモ隊と機動隊の衝突があるので、それを見によう行きましたね。
日下
そうですか~。凄い体験をされているんですね。
山本 哲三さん
それがだいたい1ヶ月か2ヶ月くらいあって、ボザールもソルボンヌも完全に学生が
学校を占拠してしまってたわけですよ。
ところが労働者が参加することによって、どんどんそのデモの規模が膨らんで、
一時期ものすごく一大事になってしまって。
その時、ド・ゴール大統領という軍人出身の大統領やったんですけども、その人が軍隊に戦車も要請
して、パリの郊外まで戦車を持ってきて制圧するぐらいまでいったんですよ。
(後の評価ですが、学生運動で主張をアピールする手段にポスターが多量につくられ街に貼られました。
ボザールの版画教室が印刷工場の一つになっていました。ポスターの歴史では、商品などの広告以外 の 用途でポスターが作られた初めてのこととされています。)
日下
パリの市民にとっても、山本さんのような留学生にとっても大変な事態ですね。
山本 哲三さん
それから、その労働者側と政府のとの話し合いが続いて、そこまで大きくなったから
逆に早く終わったんかもしれないんですけどね。
結局、労働者の方は労働者の権利の拡大とか、それなりにの要求は通ったんですけれども。
(後に分かってきましたが、五月革命以後フランスの人たちの意識が大きく変化します。例え
ば、婚姻制度などもより自由になったなどです。)
学生紛争は、もともと学生が始めたことなんでね、それは何かと言うたら、学校の改革なわけですね。
ソルボンヌ大学なんていうのは、100年とか200年前に出来たシステムのままずっときてたわけです。
まぁ、ボザールにしても先ほど言ったように、ただ制作しているというだけのやり方やったわけです。
だからそういう学校のシステムを新しく変えていかないと今の時代ダメなんじゃないかということで、
学生たちがストをやったんですよね。
一つスローガンとして、学校の運営なんかを学校側の教授とか事務系の人たちでやる。
そこへ学生も入れての共同経営をしろとか、そんなことを結構言ってたんですね。
まぁ、実際には、紛争が終わった後もそこまで行ってないですけども、
その後一年間位はボザールにしても、ソルボンヌのパリ大学にしても、学校がストップして
その間にかなり新しいやり方を取り入れて変革をしたみたいです。
留学中の半分位はそんなで学校がなかったんで、結局、旅行とか美術館を巡ったりとかね、
自分でアトリエで制作したり、イタリアのカラーラ
という所に行ったりして、大理石を彫ったりとか
していましたね。
当時、カラーラのニッコリ工房を使わせてもらい制作した作品
日下
そうだったんですか~。ご自身でイタリアで大理石を彫られたのは素晴らしいですね。
山本 哲三さん
でも、行った時の内容はそんな感じで、
そのアカデミック、アカデミーというのは、まだ王様とか貴族とかがいる時代のシステムなんですよね。
当時の政治は王様たち貴族たちが握っていて、王宮や彼らの肖像を描いたりとか。
彼らが宮殿や大きなお寺を作るときには画家とか彫刻家を使うわけですけど、
ある技術のレベルに達してない人たちをそういうところには参加させないわけですから、
そのレベルを上げるための教育機関としてアカデミーというものを作ったわけですよね。
その時のやり方としてヨーロッパの場合は、ギリシャ美術、ギリシャ・ローマ美術から始まってるでしょう。
ルネッサンスというのもあってね。
アカデミーでは、それら昔の時代に作られた本物はなかなか見られないけど、石膏模型というのは
できますので、それを模刻したり、模写したりというところから始まるわけですよね。
だから日本の美術教育は、明治時代に明治政府がイタリアから彫刻の先生、絵画は絵画で
アカデミックな先生を招聘して、そういうやり方を取り入れて作ったでしょう。
東京芸大で、そういうアカデミックなやり方でずっときてるわけですけれども。
明治時代から、そういうやり方が他の私学なんかでもやられているというか。
日下
はい。そうですね。
山本 哲三さん
話が戻ってしまうけれど、そういうやり方でなく、別のやり方としてそのバウハウスの点・線・面という
考え方を参考にした美術教育をやってみようということで始めたのが京都美大の彫刻科なんですよね。
日下
とっても分かりやすくお話して下さってありがとうございます。
では、山本さんの場合は、日本で学ばれていたことの方が、当時のヨーロッパの美術教育よりも
ある意味、先を行っていたということですよね。
山本 哲三さん
先、そういうことですね。
日下
それは、面白いですね。
パリの歴史やアカデミーの由来のお話をお聞かせ頂けて、改めてとっても勉強になりました。
ありがとうございました。
「開運はかり/芽の出る石(182.0kg)・見道し石(185.0kg)」
大理石+木材+和紙、H65cm
2005年
AD&Aギャラリー個展(京町堀)
************************************
編集後記
今回、片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんのご紹介で、初めて山本 哲三さんにお話を
お伺いしました。
山本 哲三さんは大阪芸術大学の教授を数年前にご退職された、活動歴豊富で多彩な彫刻家で
いらっしゃいます。
片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんからは、1969年にオーストリアのサンクト・マルガレーテンの
採石場で開催された日本人のみ5人での共同制作の伝説的な彫刻シンポジウムに参加された
素晴らしい彫刻家のお一人としてご紹介を頂きました。
そのシンポジウムで、山本 哲三さんを含む日本人5人が制作した素晴らしい作品は
シンポジウム関係者から『ジャパン・ライン』と栄誉な名前で呼ばれることとなりました。
これから後の回で、たっぷり紹介させて頂く予定です。
山本 哲三さんはその彫刻シンポジウムをオルガナイズされた、彫刻シンポジウムの父と呼ばれる
彫刻家カール・プランテルさんに贈る冊子「ARIGATO PRANTL SAN」という、
日本人の参加した彫刻シンポジウムの記録冊子編纂にも尽力されていました。
今日は、そんな山本 哲三さんがパリに給費留学生で留学された頃のお話をお伺いしました。
私は美術においては何事もヨーロッパが先端というイメージを持っていましたが、山本さんが
留学された頃のヨーロッパの美術教育のアカデミックな昔からのもので、山本さんはむしろ日本で
バウハウスに倣った新しい美術教育を既に受けていらしたというお話が、とっても興味深く感じました。
これから数回にわたって、山本 哲三さんの彫刻の学びと活動の歴史、そして
伝説のシンポジウムについても貴重な写真資料と共にお届けしてまいります。
どうぞお楽しみに。
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◆ 山本 哲三さんのホームページ
◆ 山本 哲三さん著
「彫刻シンポジウムと共同制作
―日本人の参加した彫刻シンポジウムの記録冊子編纂の機会を得て―」
(大阪芸術大学 紀要)
◆山本 哲三さんが編集の一員を勤められた資料集
冊子「ARIGATO PRANTL SAN」のプロジェクトホームページ
ビバ! 彫刻シンポジウム
日本人彫刻家が参加した世界の彫刻シンポジウム 参加記録・作品写真集のホームページ
◆ 山本 哲三さんの展覧会情報
アートでびっくり!干支セトラ(午)展
前半2014年12月5日(金)-23日(火)
後半2015年1月9日(金)-25日(日)
毎週、金・土・日と祝日のみ開廊/AM11時-PM5時
〒489-0042瀬戸市中切町3TEL0561-83.0484(開廊日のみ対応)
Art-Setスタジオのfacebook
◆山本 哲三さんお薦めの彫刻シンポジウムに関するレポート
文化資源学,文化経営学の研究者 柴田葵さんのホームページ
本日もご訪問くださいまして
ありがとうございました。
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食後や帰宅後は緑茶で健康維持
皆様、こんにちは
おいしいお茶で癒しと健康をお届けする【下総屋茶舗】五代目の金久保です。
いよいよからっ風のシーズンになってしまいました
埼玉県北部は冬なると冷たい北西風が吹きます
日本海からの寒気が西高東低の冬型気圧配置のせいで
群馬の雪山を越えて関東平野に吹き降ろすんです
赤城山を超えてくるので赤城おろしともよばれます
昔のTV時代劇に「木枯らし文次郎」っていうのがありましたが
その背景になっている風です
びゅーびゅーと音を立て容赦なく吹き付けます
3階の屋上の洗濯物などたまに物干しごとなぎ倒されます
停めてある自転車もこの強風で倒れることもしばしば
自転車といえば…
私は毎晩ロードバイクでトレーニングに行くので辛いですね
行きはもろに向かい風でなかなか進みません
帰りは追い風だからスピードが出て快適な時もありますが
憎いことに行きは強く吹いてた風が帰りには弱~くなってたりします
まあ、ストレッチだと思えば
筋力が付くのでありがたいと思うしかないですけど
怖いのは横風ですね
フルカーボン製のロードバイクは軽いので横から突風が吹くと
車道の方に煽られたりバランスを崩し易いのでヒヤッとします
先日もお茶の配達のために
郊外の田んぼの中を北進中に横風に吹かれて大変でした
で、目的地を少し北に行くと利根川の堤防があります
この堤防上にサイクリングロードが整備されているので
少し脚を伸ばしてみました
なんと以前は市営の貸自転車の施設がたった場所は更地になってました
しかも、その向かい側は遺跡発掘中の看板が!
地元で遺跡が出るとは思ってなかったので
何が出るのか楽しみですね~
脱線しましたが
風が強く空気が乾燥する季節は
風邪などの感染症が広まり易いので予防が必要ですね
外出後の手洗いやうがいが大切ですが
お茶でうがいをするとカテキンの殺菌作用で
さらに強力に予防できるのでお勧めですよ
また、食後の熱めに淹れたお茶も
カテキンが口中をさっぱりとさせ
口臭予防や食中毒予防効果もあるので
ぜひ、食後やお出かけから帰ったら
お茶でホッと一息いれながら健康維持に努めてみてはいかがでしょうか
今日もおいしい緑茶で健康に感謝。
埼玉県 個人邸への彫刻設置事例 ② 作品「萌エル」
皆さま、こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
10月26日土曜日に、
埼玉県川越市の長島様邸に彫刻3点を設置させて頂きました。
埼玉県 個人邸に彫刻彫刻させて頂きました① ~作品と設置の経緯~
今日はその中から作品 「萌エル」 (作品制作の思い ) についての
詳細をレポートをお届けしたいと思います。
↓ 2013年12月、制作着手前に下見にお伺いしたときの設置場所の様子です。
このゾーンには緑の植栽が一杯ありました。
↑白い窓枠の中は居間で、この窓からも作品が見える高さに設置なさりたいとの
ご希望をお伺いしました。
この場所は、今回3点設置させて頂いたうち、長島様邸の門を入って
お庭で一番最初の場所でもあります。
↓ もともとの「萌エル」の作品はこういう作品でした。
今回、長島様より、上写真の設置場所に設置するのにあたり、
・居間の窓から彫刻が見えるようになる高さの台座
・大地からのエネルギ―を感じるような形の台座
というご希望をお伺いしました。
そこで、私なりに台座のプランを考えさせて頂き、
以下のような形になりました。
台座素材は、茨城県産の真壁石という
白く、特に目の細かいものを選びました。
今回の彫刻に合わて、周りの植栽はこれから丈の低いものに
植え替えして下さるとのことですが、
周りに緑が来たときに、色彩として重くならず、軽快で清楚に見える
白御影石をご提案させて頂きました。
(軽快で清楚に見える白御影石の台座と、重厚感のある黒御影石の台座、
両方をご提案させて頂き、長島様にはお薦めした白い方をお選び頂くことができました。)
台座の形は、上の彫刻本体に向かって、
大地からのエネルギーが上昇するような形、
本体も再制作にて、新しい作品を納めさせて頂きました。
長島様がどのような思いで彫刻を設置されたかが、
お子様、お孫長島様の代まで伝わるように、題名と共に
「これから芽吹く、新しいスタートへの想いを込めて」という一言が刻んであります。
それから建立者の長島様のお名前、その下に
長く制作者の責任の所在が分かるように
私の名前も入れさせて頂きました。
周りの植栽培は、設置後から春までに植えられ、
彫刻と馴染むであろう来年の秋ごろ、改めて写真撮影にいらして下さいねと
お招きを頂いております。
長島様には大変、充実した制作をさせて頂き心より感謝申し上げます。
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彫刻工房くさか では、
クライアント様のご希望を丁寧にヒアリングさせて頂き、
ご希望に沿った最善のプランをご提示させて頂いております。
私で何かお役に立てることがございましたら
精一杯、協力させて頂きます。
ご質問、お問い合わせはどうぞ、お気軽に。(24時間受付中)
彫刻工房くさか 日下育子
090-4319-7439
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