山本 哲三さん 第4回 ~伝説の彫刻シンポジウム 作品「ジャパン・ライン」について①~
みなさま、こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
今日は素敵な作家をご紹介いたします。
彫刻家 山本 哲三さんです。
山本 哲三さん
( ↑ 1970年サンクト・マルガーテレン彫刻家シンポジウムで垂直壁に(H10m)に溝を穿つ作業中。柔らかい石灰石の岩盤なので、クランプン(小型ツルハシ)で掘ることが出来る。)
前回までの片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんからのリレーでご登場いただきます。
彫刻家 片桐 宏典さん
第1回
第1回続き
第2回目
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
彫刻家 ケイト・トムソンさん
第1回 第1回続き 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 番外編
第4回の今日は、山本哲三さんが1970年に参加された、オーストリアのサンクト・マルガレーテン彫刻
シンポジウムについてお伺いします。
このシンポジウムは彫刻シンポジウムの父と呼ばれる彫刻家カール・プランテルさんによって
サンクト・マルガレーテン採石場で開催された彫刻シンポジウムです。
1970年までに既に10年開催されていましたが、プランテルさんがもっと新しい事をしたいという想いから
日本人のみ5人での共同制作をする回に参加された貴重な体験談を2回にわたってお聞かせ頂きます。
今日は、日本人の共同制作が企画された背景と参加メンバーについてお届けします。
ここで作られた作品「溝」は、幅70センチ、深さ80センチで、採石場の垂直壁と丘の石がある所に彫られた実質の長さで約60メートル、風景全体の長さでは200メートルに及ぶ壮大な作品です。
そして、関係者から「ジャパン・ライン」という栄誉な名前で呼ばれることとなりました。
どうぞお楽しみいただけましたら幸いです。
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日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
1970年サンクト・マルガレーテン彫刻家シンポジウム
日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
1970年サンクト・マルガレーテン彫刻家シンポジウム
(古代ローマ時代から採石されていた石切り場、正面の壁は約10mの高さ。)
日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
1970年サンクト・マルガレーテン彫刻家シンポジウム
日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
・垂直壁から背後の丘に続く溝。
日本人5名による共同制作(ジャパンライン)完成直後。
・丘から垂直壁方向の眺め。
サンクト・マルガレーテンの丘の入り口のカンバン。
(G.ヒュンメル・ローマ時代の採石場、ST.MARGARETHEN)
後方は丘、手前に過去のシンポジウムで制作された作品が展示されている。
後方の垂直壁から北方向に直線を求める作業中のメンバー。
細紐を道糸に張っている。
道糸(直線)に引っかかった露出した岩盤に溝を穿つ。
石切り場内にある彫刻家の家(Bildhauerhause)のサロンでミーティングするメンバー。
日本人5名による共同制作風景。
・垂直壁に溝を穿つために架けられた足場。
(5段のスレップに分けられて、5人がそれぞれの段で掘削を行った。)
日本人5名による共同制作風景。
・垂直壁上部平坦場所に穿たれた溝の寸法を確認中のメンバー
(左から、 広瀬、山口、藤原、庄司)
日本人5名による共同制作風景。
・丘の最高部にあるカペル(祠)横の岩盤を掘る山本。
(溝の、垂直壁の反対側の最端部。)
・庄司達さんは、この共同制作の記録として日誌を付けている。
図は、期間の終盤の8月28日の作業場所がしるされている。
右が垂直壁で、左下段が丘の最高部。垂直壁から丘カペルまで200m弱。
日下
前回お聞かせいただいた5月革命を含む留学体験の後に、
伝説的な彫刻シンポジウムに参加されたのですね。
山本哲三さん
そうです。ちょうど、’98年11月か12月に留学から帰国して、すぐ翌年に
オーストリアのサンクト・マルガレーテン のシンポジウムの誘いを先輩から受けたんですけれども。
思いがけないことでした。
僕が留学しようと思ったきっかけになった先輩は、そのままヨーロッパにいましたからね。
その先輩も同じようにやっぱりフランス政府の奨学金が貰える給費留学生でボザールに
入ったんですが。
※ボザール⇒エコール・デ・ボザール
日下
藤原信さん という彫刻家の方でしょうか。
山本哲三さん
そうです。藤原さんの方はもっと真面目やからね。
自分がやりたいことをもうちょっとしっかり持ってたし、
ボザールでのやり方は、もう京都の高校で経験していたわけやから、
何か違うことを探されたんでしょうね。
ウィーンの美術学校の先生でヴォトルバっていう、アカデミックではない作品を作っている彫刻家が
いるんですよ。
その作品はまさにキュービスムのような構成的な作品なんですけどね。
藤原さんはきっと、何か作品集でその作家の人の作品を見はったと思うんですけれども、
京都美大で習ったものが、まさにそういう時代のものだったわけですから、
だからそれを見て「これや!」ということでもう1年経つか経たんうちに、その、もうパリからウィーンの方に移ったんです。そして、彫刻シンポジウムというものを知ったんやね。
日下
ああ、そうでしたか。
山本哲三さん
知ったというか、もうちょっと先から知ってるね。
彫刻家カール・プランテルさん (※)と出会って、彼がやっている別の彫刻シンポジウムに
プランテルさんに誘われて出たのかな。
そこでの付き合いからプランテルさんにかなりの信頼を得たと思うね。
たしかオーストリアとスイスのクラスタルというシンポジウム、そこは石の出るところがあるんです
けれども。
※カール・プランテルさん
⇒山本 哲三さんのHP記事 [カール・プランテル氏について四方山話]
日下
そのシンポジウムの名前は、片桐宏典さんからお聞きしたことがあります。
山本哲三さん
プランテルさんがウィーンの1970年の時のマルガレーテンのシンポジウムでは、
何か面白いことを思いついていた頃、
日本では大阪万博っていうのがあったんですよ、エキスポ’70っていうね。
エキスポ’70の前の1969年に、そのプレイベントの要素のある大阪で国際鉄鋼彫刻シンポジウム(※)
というのがあって、それは飯田善国 っていう彫刻家がオルガナイズしてたんですけど、
その時にプランテルさんを招待して、助手に藤原さんがついてきたわけです。
そこで、プランテルさんは、 「KAWASAKIへの道(瞑想のための彫刻)」 (※)という、
長さ6m位、幅1m位、厚み25センチのステンレスの細長いインゴットがあるんですけれども、
それを削って形を作るという作品をやったんやね。
ステンレスを削って形を出すんですから、そりゃもうすごい労働力だと思いますけどね、
藤原さんはそういう作品の手伝いをしたわけですね。
※国際鉄鋼彫刻シンポジウム⇒ 参考資料 柴田葵さん著
※「KAWASAKIへの道(瞑想のための彫刻)」 ⇒ 神戸市東遊園地噴水横にあります。
日下
それは、見てみたいですね~!
山本哲三さん
やっぱり万博の時は、ワーッと熱気で盛り上がっていたわけですから。
プランテルさんはそんなのを見て日本人の勤勉さみたいなものとかエネルギーに感動はったんやろうね。
そんなんで、ウィーンに帰ってから、サンクト・マルガレーテンの70年のシンポジウムでは、
日本人でチームを作って何か面白いこと、新しいことができんかという事を藤原さんに言ったみたい。
で、共同制作ということで、藤原さんがメンバーを集めて全部で5名のメンバーになったんやけれど、
そのうち僕も入ってたわけです。
日下
山本さんはその5人の作家さんの中では、すごくお若いですよね。
山本哲三さん
一番若いんです。それは、藤原さんが高校の先輩でもあったし、その後のパリ留学かて、
後について行った形だし、留学中にも、藤原さんの所へ訪ねていったりしてたんですよ。
その、クラスタルのシンポジウムなんかもね、
だからわりあい接触があったこともあって、誘ってくれたと思うんですけれども。
まぁ、一番若いメンバーで行ったんですけどね。幸運にも、その「溝」の共同制作に参加できたわけ
ですけれどね。
日下
山本さんに頂いた「ありがとうプランデルさん」の本の中には、
私が20代の頃に参加したアーティスト・インキャンプ・イン・カサマをオルガナイズされた
彫刻家 松田 文平さん (※)も載っていました。
確かそこで、オーストリアで日本人が「溝」を彫ったシンポジウムがあったと、
ちらっとお聞きしたことを思い出しました。
それを、やはり今回頂いた資料を拝見してよく、あぁ、これだったのかと・・・。
山本哲三さん
流れが繋がったわけですね。
日下
はい、断片的だったものがつながりましたし、山本さんのお書きになった大阪芸大の紀要 (※)を
拝読して感動しました。
紀要の中では、「溝」の制作コンセプト(※)をA~Fまでの6つ、アルファベットをふって書かれて
いますね。
コンセプトの中で印象的なものを少し挙げると、
「個人のための表現を避ける」とか、
「場所に優劣や特別な価値の差をつけないで、単なる場所として考える」とか、
「作品が環境と呼応するように、一つの状態として存在することを目指す」ということがあります。
私はこれらのコンセプトは空間と作品がダイレクトに関わっていくという点で本当に素晴らしいですし、
とても新鮮ですし、進んでるという感じがします。
山本 哲三さんはこの現場に参加されていかがでしたか。
※ 山本 哲三さんの大阪下う術大学の研究紀要
「彫刻シンポジウムと共同制作ー日本人の参加した彫刻シンポジウム記録誌編纂の機会を得てー」
※「溝」の制作コンセプト⇒上記、紀要7~8ページ
山本哲三さん
シンポジウム終盤、記録を付けていた庄司さんがまとめたのですが、総括ですね。
すごく論理的思考のできる人がメンバーにいたんです。
庄司さんとか、山口牧生さんとかです。山口さんなんかは、年配の方で遅くから石彫を始められた方
なんですけれども、もともと京大の哲学科を出られるんですね。
日下
あー、そうなんですか!
山本哲三さん
その他は僕にしても、藤原さんにしても、それからもう一人、広瀬孝夫という人も、
どっちかっていうと実行派というかそういうタイプの人やったんですけれども、
その二人の結構、論理的な頭脳の持ち主がメンバーにいてたということですね。
日下
そういう5人が集まられたというのは、素晴らしいご縁でしたね。
共同制作のコンセプトを作る段階では、どのように話し合いが進んだのでしょうか。
山本哲三さん
共同制作をするにあたって、藤原さんご自身もある程度前もって考えていたことがあって。
というのは、藤原さんはまだ学生の頃に、2,3人で何か作ったことがあったようなんですね。
だいたい彫刻や絵というのは、1人でやることに価値があると思っているから、
みんなで作るということを彫刻に当てはめてみるとすごく新鮮ですけれども、
その他の世間では、特に工業製品なんかではもの作りのあり方として共同制作は
みんなやってるあたり前のことなわけですよね。
日下
はい。
山本哲三さん
それをどんな風に彫刻に当てはめられるかというのが、
あそこに箇条書きにしてきたコンセプトではないかと思うんです。
個人云々というのは、そのサンクト・マルガレーテンの彫刻シンポジウムは僕らが行く前には
もうすでに10年程続いていたわけですよね。
そこでやられてきたことというのは、やっぱり彫刻家個人の自己表現をいかに強く
出すかといったことだったわけですよね。
ところが10年続いてくると、人間というのはなんぼ個人だと言うたとしても、何人もの人が同じようなことをやっていると、だんだんみんな同じような顔になっていってしまうというようなことがありますよね。
必然的に真新しいものが出てこないということをプランテルさん自体が結構思っていて
もっとなんか新しいことができないかと考えてきたわけです。
だからそこで共同制作となった時に、何か個人から抜け出るようなことをやれば、
別のものが出てくるんじゃないかということを考えたんじゃないかと思うんですけどね。
日下
はい。
山本哲三さん
藤原さんご自身がそれを感じていたかは知らないけど、
最初みんな寄った時にそういう下地のことを説明してましたけれどね。
その時に「個人の」ということを、「閉ざされた感覚、アイデア」というか、
そういう風なアイディアを盛んにしてましたけどね。
それは、どういう所から来ているかあんまり知らないんですけど。
メンバーの中に非常に論理的な仕組みの人たちがいてたから、
かなり物事が整理されて、完成に向かっていったんちがうかなという風に思いますけどね。
日下
そうですか~。
とっても貴重で興味深いお話をありがとうございました。
「二つの椅子」(制作中)
赤色砂岩、H160cm
1970年
カイザーロートンA.D.F彫刻シンポジウム
(クローラー・ミューラー採石場、旧西ドイツ)
※こちらは山本 哲三さんがサンクト・マルガレーテンの次に参加された
彫刻シンポジウムで、作品は山本さんの個人の作品だそうです。
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編集後記
今回、片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんのご紹介で、初めて山本哲三さんにお話しをお伺いしました。
山本 哲三さんは大阪芸術大学の教授を数年前にご退職された、活動歴豊富で多彩な彫刻家で
いらっしゃいます。
片桐 宏典さん、ケイト・トムソンさんからは1969年にオーストリアのサンクト・マルガレーテンの採石場で開催された日本人のみ5人での共同制作の伝説的な彫刻シンポジウムに参加された
素晴らしい彫刻家の一人としてご紹介を頂きました。
山本 哲三さんはその彫刻シンポジウムをオルガナイズされた、彫刻シンポジウムの父と呼ばれる
彫刻家カール・プランテルさんに贈る冊子「ARIGATO PRANTL SAN」という、
日本人の参加した彫刻シンポジウムの記録冊子編集にも尽力されていました。
今日は、そんな山本 哲三さんが参加された伝説の彫刻シンポジウムについて、お話をお伺いしました。
「(前略)世界の一部として、場所として、考え、開かれた思考とイマジネーションを重視し、
個人の感覚ではなく人々の中に純粋に訴える感覚に立場を置いて形態を決定する。」
(山本さん、紀要のコンセプトCより抜粋)、として考えられた「溝」の作品は、
個性の違う日本人5人の彫刻家によって生み出されたというお話でした。
プランテルさんが、日本人の熱気やエネルギーに感動されて企画されたというお話を伺うと、
このシンポジウムについては、山本 哲三さんの紀要(とても読みやすく分かり易く書かれております)
をお読みいただくと、より全体像が見えてお楽しみいただけると思います。
次回はこのシンポジウムでの制作の実際についてお伺いしていきます。
どうぞ、お楽しみに。
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◆ 山本 哲三さんのホームページ
◆ 山本 哲三さん著
「彫刻シンポジウムと共同制作
―日本人の参加した彫刻シンポジウムの記録冊子編纂の機会を得て―」
(大阪芸術大学 紀要)
◆山本 哲三さんが編集の一員を勤められた資料集
冊子「ARIGATO PRANTL SAN」のプロジェクトホームページ
ビバ! 彫刻シンポジウム
日本人彫刻家が参加した世界の彫刻シンポジウム 参加記録・作品写真集のホームページ
◆ 山本 哲三さんの展覧会情報
アートでびっくり!干支セトラ(午)展
前半2014年12月5日(金)-23日(火)
後半2015年1月9日(金)-25日(日)
毎週、金・土・日と祝日のみ開廊/AM11時-PM5時
〒489-0042瀬戸市中切町3TEL0561-83.0484(開廊日のみ対応)
Art-Setスタジオのfacebook
◆山本 哲三さんお薦めの彫刻シンポジウムに関するレポート
文化資源学,文化経営学の研究者 柴田葵さんのホームページ
本日もご訪問くださいまして
ありがとうございました。
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