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これ観た

基本アマプラ、ネトフリから観た映画やドラマの感想。9割邦画。作品より役者寄り。なるべくネタバレ避。演者名は認識できる人のみ、制作側名は気になる時のみ記載。★は5段階評価。たまに書籍音楽役者舞台についても。

マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』(2024)東急シアターオーブ

原作 ウィリアム・シェイクスピア

 

音楽 セルゲイ・プロコフィエフ

演出・振付 マシュー・ボーン

 

ロミオパリス・フィッツパトリック、ジャクソン・フィッシュ、ロリー・マクラウド

ジュリエットモニーク・ジョナス、ハンバ・クレマー、ブライオニー・ぺニントぺ

ティボルト:マシュー・エイモス、キャメロン・フリン、ダニー・ルーベンス、アダム・ガルブレイ

(太字は観劇日のキャスト)

 

タニシャ・アディコット、ターシャ・チュウ、アダム・デイヴィース、アニャ・ファーディナンド、ユアン・ガレット、ルイス・ハリス、ディラン・ジョーンズ、釜萢来美(かまやちくるみ)、デイジー・メイ・ケンプ、ケイト・リオンズ、ブルー・マクワナ、レオナルド・マッコーキンデイル、エレナー・マクグラス、イヴ・ンボコタ、ハリー・オンドラック‐ライト、ライラ・トレグラウン、アラン・ヴィンセント

 

 

 

 

近未来。反抗的な若者を対象とした矯正施設。男女の接触も許されず自由を奪われ厳しい監視下に置かれた若者たち。そんな中でもマキューシオ(ロリー・マクラウド)バルサザー(ハリー・オンドラック‐ライト)は互いに想い合っていた。

ひときわ暴力的な看守ティボルト(ダニー・ルーベンス)は収容されているお気に入りの女子を性のはけ口にしていた。ジュリエット(モニーク・ジョナス)もその犠牲になる。

ある日、モンタギュー上院議員(アダム・ガルブレイス)の息子であるロミオ(パリス・フィッツパトリック)両親(デイジー・メイ・ケンプ)に見放され収容される。

ロミオとジュリエットは出会いはな惹かれ合い、恋に落ちる。看守らの目を盗み、協力的なローレンス牧師(デイジー・メイ・ケンプ)や仲間たちのおかげで恋の成就となるが、思いのほかジュリエットにご執心のティボルトが酒に酔った勢いで不埒な仕打ちをし、乱闘となり、マキューシオが銃弾に倒れてしまう。怒りが頂点に達したジュリエットはロミオら仲間とティボルトを手にかける…。

施設は大荒れとなり、ショックで精神を病んでしまったバルサザー始め収容されてる者たち。ジュリエットも自死を考え始める。いったん家に戻されたロミオだったが、再び施設のジュリエットのもとに行くが…。

 

 

 

 

悲恋は悲恋。

反抗的な若者とあるが、これ思想矯正施設じゃないのかな。近未来なのでわからないけど、ロミオの家が政治家なのでそんな気がするし、いやもしかしたら精神病院かもしれない。ティボルトの横暴さもひどいもんだし。ジュリエットの出自はわからない。

マキューシオとバルサザーはゲイカップル。親身になってくれるローレンス牧師は女性。

ティボルトの仕打ちに男同士無理やりキスさせる性的暴力があった。どうせお前らゲイなんだからと言わんばかりのいやがらせで実に今風。余談だが、観劇日、インターナショナルスクールの生徒も観劇していてすぐ後ろにいた。このシーンで笑い声が上がってびっくりした。笑い声は男子だし、まだ中高生か、幼いこともあろうし照れ隠しかもしれない。でも、もしかしたら文化の違いというもう少し大きい問題だったら…とすれば、人種の壁、国家観の壁は高い。まぁ、本当のところはわからん。

 

そうそう、驚いたのは声を出していたこと。叫び声だったり笑い声だったり鼓動を伴う吐く息だったりだったけど、ダンスって身体表現なのでパントマイムの要素が強いと思っていたから、台詞はもちろん息遣いを含めた声を表現のひとつに加えるとはびっくりした。新しいのか、コンテンポラリー(バレエというくくりのようだけど)では普通のことなのか、マシュー・ボーンだからなのかわからない。

同じく、そこまで表現するのかと思ったのは、愛を形にするいわゆるベッドシーン。なかなかの艶めかしさだった。また、キスを続けたまま舞台上を右へ左へ上へ下へと踊るのは画期的というかすごいダンスパフォーマンスだった。

 

オープニング、お馴染み「モンタギュー家とキャピュレット家」は一気にこの世界観に連れて行ってくれる効果てきめんだった。

 

ロミオとジュリエット定番のバルコニーのシーンはモノは違えど再現されていた。

 

表現の幅の広さを実感できる作品、とても興味深かった。

(同じダンスパフォーマンスということで、2年前に観たシッキンの公演を思い出した。あの時も身体表現の可能性に感動した)

 

↓カーテンコール↓

 

 

(観劇日 20240417)

 

 

東京:東急シアターオーブ 0410~0421

 

 

 

 

 

 

 

『不適切にもほどがある!』(2024)TBS 0126〜全10話

 

脚本 宮藤官九郎(『GO』『ピンポン』『TOO YOUNG TO DIE!』『土竜の唄』シリーズ、『木更津キャッツアイ』『IWGP』『タイガー&ドラゴン』『あまちゃん』『ゆとりですがなにか』『いだてん』『俺の家の話』他)

演出 金子文紀(『木更津キャッツアイ』『タイガー&ドラゴン』『逃げるは恥だが役に立つ』『G線上のあなたと私』『俺の家の話』『100万回言えばよかった』他)、坂上卓哉古林淳太郎渡部篤史井村太一

音楽 末廣健一郎MAYUKO宗形勇輝

振付 八反田リコ

ミュージカル作曲 MAYUKO

 

阿部サダヲ、仲里依紗、河合優実、吉田羊、磯村勇斗、坂元愛登(さかもとまなと)、山本耕史、古田新太、錦戸亮、八嶋智人、袴田吉彦、中島歩、三宅弘城、中田理智(なかたりち)、イワクラ、円井わん、ファーストサマーウィカ、山本博、板倉俊之、赤羽健壱、トリンドル玲奈、矢作兼、他。

 

1986年。高二の娘不良少女の純子(河合優実/幼少期:山田詩子)と二人暮らしのシングルファーザーで中学教師及び野球部顧問の通称「地獄の小川」小川市郎(阿部サダヲ)は、ある日乗った路線バスで2024年にタイムスリップしてしまう。

2024年で小川は社会常識、文化の差異に驚き感化され、EBSテレビに勤めていたシングルマザーの犬島渚(仲里依紗)と出会い、その関係でEBSのカウンセラーに就き、乗った路線バスがタイムマシンであったこと、行きつけだった「喫茶&BARすきゃんだる」のトイレから1986年に戻れることを知る。ただ、「すきゃんだる」のマスター(1986年:袴田吉彦/2024年:沼田爆)が異音がするからとトイレを改装してしまってからは戻れなくなってしまう。その代わり、2024年から1986年にやって来たフェミニストの社会学者向坂サカエ(吉田羊/1986年:前田織音)とその息子中学生のキヨシ(坂元愛登)から、路線バスのタイムマシンで往復出来ることを知らされる。というのも、キヨシの父親、サカエの元夫が、小川の教え子で野球部員でもある井上昌和(2024年:三宅弘城/1986年:中田理智/2054年:小野武彦)で、そのタイムマシン開発者だったのだ。

向坂親子は、純子に夢中かつ1986年が気に入ったキヨシのため、またサカエは社会学者の立場からも、小川家に居候し1986年をしばらく過ごす。

小川は2024年を体験するうち1986年の生きにくさ、サカエは1986年を体験するうち2024年の窮屈さを知る。

そんな未来で小川は、渚が実は純子とその後出会うディスコ「マハラジャ」の黒服から六本木の覇者となった犬嶋ゆずる(1986年:錦戸亮/2024年:古田新太)との子供であり、純子と小川自身は1995年の阪神淡路大震災で命を落とすことを知る。それもあって、純子を渚と過ごさせたくて、純子には未来を告げないまま、純子を2024年に送ったり渚を1986年に招いたりする。その過程で純子は勉学に目覚め、スケバンスタイルをやめ、青山学院大学を目指すことになる。

サカエはキヨシの通う中学(小川の中学)の担任安森(中島歩)との間に恋心が芽生えたり、キヨシは井上、同じクラスの不登校生徒佐高強(1986年:榎本司/2024年:成田昭次)、純子の憧れの先輩近藤真彦好きのムッチ先輩こと秋津睦美(1986年:磯村勇斗/2024年:彦摩呂)と交友を深める。そのムッチ先輩の息子アプリ開発会社に勤める秋津真彦(磯村勇斗)は2024年での小川の居候先であり、小川の計らいでやがて渚と交際することになる。

最後はタイムマシン稼働の資金が絶えるに伴い、小川は1986年に、サカエとキヨシは2024年に戻ることになる。そして、キヨシが2024年でゲーム好きが転じて成功をおさめた佐高と再会、井上に出資してくれることになる。それが「すきゃんだる」のトイレのタイムトンネルを作り出す…。

 

面白かった。特に3話目の八嶋智人(本人役)とEBSテレビプロデューサー栗田(山本耕史)のやりとりが最高だった。クドカンの作品はいつも最初は凪で数回目でドカンと来る。あとは強弱こそあれ、笑いと人情が絶えない。


山本耕史と磯村勇斗のせいか、「風と木の詩」が差し込まれていたのはウケたし、名作など作品のオマージュ、とにかく全編通して色々、伏線も振りも芸も細かく、回収がみごとでワクワクした。


純子と渚の母娘シーンは泣けるし、ここはクドカンとばかり小泉今日子(本人役)を出してくるし、まさかの成田昭次も出るなど、毎回のゲストも豪華だし(2024年純子とデートする美容師ナオキ岡田将生、渚の元夫フリージャーナリストの谷口柿澤勇人、女装子が発覚する中学校長赤堀雅秋、校長代行佐伯宍戸開、病んでしまうEBSの社内カウンセラー池谷中村靖日、脚本家エモケン池田成志、EBS不祥事アナウンサー倉持小関雄太本人役松村雄基など)、ふっくらしてる磯村勇斗の未来が彦摩呂なところ、錦戸亮が古田新太になるとか、最後は歯抜けの小野武彦とか、役者自身がエンターテイメントに徹してて、吉田羊も、こんな役もハマるのかとものすごく良かった。

 

そしてラストは2054年の話に続くわけで、「時代による言語表現や文化・風俗の変遷を描く本ドラマの特性に鑑み2024年の表現をあえて使用」の断り書きは締りがいい(それまでは1986年)。タイムパラドックスファンタジー。

 

毎回のテーマは今よく取り沙汰されてるような賛否あるもの。セクハラ、パワハラ、モラハラ、マタハラなどハラスメントについて、ノイジーマイノリティに配慮した放送業界の自制自粛、実体の見えないコンプライアンス、一度の失敗がその後の人生に影響する社会、釈然としない多様性について、カテゴライズ社会、SDGs、LGBT、厨二病的憧憬は性同一性障害の誤認(話題にもなってる「トランスジェンダーになりたい少女たち」にもつながる様相)、認知の歪み、隠蔽疑惑憶測の怖さ、SNSの弊害、やらやら、一般的に不適切に当たる事柄、それらが問題視されていなかった1986年との比較でどこで線引きするか問題提起している。クドカンは最終的には「寛容になろう」と言っている。これも締めとして落ち着く。

 

ところで、ミュージカルパートもあったのだが、回を重ねるほどにカラオケのようになっていったのはどうなんだ?笑

やはりミュージカルは状況や心情を明確に表現するのに良い手法。

 

★★★★★

 

 

1986年とのことだが、当時を知らんでもない私からすると多少のズレもあったように思う。ざっくり80年代の文化が混合されてた感じだ。懐かしくもあり、今にして思うと小川のように「あれはひどかったな…」と思うものも多々。


そうそう、エモケンの回、「昔話をしてるんじゃない、17歳の話をしてるだけ」という台詞は良かった。そうだ、他人にとっては若者にとっては昔話だけど本人、当事者にとったら昔話とくくれない。一方で「おやじになると未来に希望が持てなくて昔話をしがち」というのももの悲しくも摂理。

 

 

 

 

 

 

『オッペンハイマー』(2023/日本公開2024)

原題『Oppenheimer』

原作 カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン

 

監督・脚本 クリストファー・ノーラン

音楽 ルドウィグ・ゴランソン

 




原子爆弾開発者である「原爆の父」と呼ばれた天才理論物理学者J・ロバート・オッペンハイマーの半生。

 

オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)はハーバード大学卒業→イギリスのケンブリッジ大学留学→ドイツのゲッティンゲン大学留学へ。ここでニールス・ボーア(ケネス・ブラナー)ヴェルナー・ハイゼンベルグ(マティアス・シュヴァイクホファー)の影響を受け理論物理学に進む。博士号取得後アメリカに帰国しカリフォルニア大学バークレー校で教鞭を取りつつ、自身の研究(核分裂応用の核爆弾)上、また自身がユダヤ人でもある故に、ナチス・ドイツの動向に注目していた。

第二次世界大戦が始まると、ナチスドイツの勢いに焦りを持ったアメリカは、アメリカ陸軍レズリー・グローヴス准将(マット・デイモン)指揮のもと、オッペンハイマーを原子爆弾開発製造「マンハッタン計画」のチームリーダーに抜擢する。そしてニューメキシコ州にロスアラモス国立研究所を立て、全米各地からの優秀な科学者、及び欧州からの亡命科学者を集め、原爆開発に着手。各国の開発競争も頭に、ナチス・ドイツより先に完成、投下させることを目標としていた。また、さらに強力な水素爆弾の登場も危ぶんでいた。そんな中、1945年、ナチス・ドイツが降伏。使うあてがなくなったに見えたが、いまだ交戦を続ける日本に標的が変わる。7月16日に史上初の核実験を成功させ、ハリー・S・トルーマン大統領(ゲイリー・オールドマン)は日本への無条件降伏、またソ連への牽制も兼ね、8月6日広島、8月9日長崎に原爆を投下する。

第二次世界大戦は終結したが、英雄に祭り上げられたオッペンハイマーは果たして原爆開発は正しかったのか、それを使うことは許されることなのか、爆発の威力に、事後の惨状に、逡巡苦悩する。その後ソ連による原爆開発成功を耳にして、国は次は水素爆弾だと核兵器製造所持推進話が進み、オッペンハイマーは規制へと動くが…。

 

映画はソ連のスパイ疑惑を受けたオッペンハイマーの1954年の聴聞会、それを企てた首謀者政治家ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)の1959年の公聴会から始まるので、予備知識がないと何が何だかわからない。私の場合、外人の顔の識別がつかず、名前も覚えられないので、ラストを迎える頃ようやく「ああ、あの人がこうだったのか。この人はアレだったのか」というざっくりな理解で終わった。そんなでも、この2シーンから匂い立つ、嫉妬、自尊心、保身、損得、利権は醜い限り。

 

原爆による悲惨かつ残酷な映像は一切ないが、オレンジ色の爆発の光、轟く爆音、空気の振動のみを感じる無音のコマ、いわゆるキノコ雲はその下にいる生きている人間を容易に想像させ、胸が締め付けられる思いだった。それは日本人だから、写真や映像、絵画、漫画では「はだしのゲン」など多くの表現物に触れてきたからこその連想力かもしれない。でも、映画の中で原爆投下後の映像を見た者たちのなんともいえぬ表情がそういった気持ちを物語っていた。知れば核がどんなに恐ろしいか、人間に対して使ってはならないと思うのは、おそらく万国共通の感情だと思う。一方で、科学者と国を動かす政治家及び軍隊、その立場立場での相違は仕方ないとも思う。

 

オッペンハイマーは決して核を肯定的にとらえていない。夢にうなされるなど映像効果から、アインシュタイン(トム・コンティ)との会話からも、心の中でのせめぎ合いがわかる。なので、日本人としてはアメリカの原爆投下は腹立たしいが、映画自体は「まぁ、有りかな」と思えた。

 

オッペンハイマーの私生活も描かれている。妻キャサリン(エミリー・ブラント)、愛人ジーン(フローレンス・ピュー)、弟フランク(ディラン・アーノルド)との関係、大学時代からの交友関係、同僚との関係、また共産主義者の立ち位置など。

 

科学者の探求欲という点では、柳楽優弥主演の『太陽の子』を思い出した。あれも科学者の立場を描いた良い作品だった。

 

★★★★

 

 

 

 

配給 ユニバーサル・ピクチャーズ、ビターズ・エンド、ユニバーサル・ピクチャーズ

 

 

『姪のメイ 冬キャンプ編』(2024)テレ東YouTube公式ドラマチャンネル

脚本 さかもと良助

監督 広瀬奈々子

音楽 會田茂一(あいだしげかず)

 

本郷奏多、大沢一菜、橋本淳、街裏ぴんく、忽那文香、尾上眞秀、他。

 

両親を失った春日部メイ(大沢一菜)が叔父の小津高一郎(本郷奏多)と福島県樽葉町に住むことになって、二人の関係性、住民らとの交流を描いた前回に続くもの。「冬キャンプ編」。

 

メイとキャンプの約束をしたのに急な仕事だからとキャンプのことなど忘れて東京に向かってしまった小津。がっかりしたメイだが、あえて文句を言うこともせず、せいぜい探していた名刺入れを知らんぷりしたくらい。

一人で行こうかと考えていると、小津が留守を心配して面倒をみてくれるよう差し向けた岩倉(橋本淳)がやってくる。メイは岩倉を誘ってキャンプに出かけることに。

キャンプ場では母親(忽那文香)と将来のことでケンカして家出をしてきたという少年とも(尾上眞秀)と出会う。ともとともを迎えに来た母親の様子、岩倉と話すことによって、メイは小津との関係性を見つめ直す。小津もまたメイを思いやる気持ちを自覚し、二人の間がまた縮まる。

 

いい話。3話構成でわずか30分足らずのドラマ。優しさが溢れてる。

 

★★★★

 

 

本編はこちらから↓

 

 

 

 

 

『こちらあみ子』(2022)

原作は今村夏子の小説。

 

監督・脚本 森井勇佑

音楽 青葉市子

 

大沢一菜(おおさわかな)、井浦新、尾野真千子、奥村天晴、大関悠士、橘高亨牧(きつたかとまき)、播田美保(はりたみほ)、黒木詔子、桐谷紗奈、兼利惇哉、一木良彦、柿辰丸、他。

 

他の子と違う風変わりな小学生のあみ子(大沢一菜)は、お父さん(井浦新)と兄孝太(奥村天晴)、新しい命がお腹にいる新しいお母さんさゆり(尾野真千子)と広島で暮らしている。

さゆりは自宅で習字教室を開いており、あみ子はそこへ通ってくる同じクラスののり君(大関悠士)が好きで何かとちょっかいを出すのだけど、のり君のほうは迷惑そう。とにかくあみ子はトラブルメーカーなのだ。

誕生日プレゼントにトランシーバーをもらい、生まれてくる弟とやりたいとご機嫌なあみ子だったが、さゆりが流産してしまう。あみ子も残念だし、何よりさゆりが元気がない。そこであみ子は弟の墓を作る。昆虫や金魚のお墓と並べて得意そうにさゆりに見せるが、さゆりは喜ぶどころか糸が切れたように号泣する。墓を見た孝太はいたずらと一掃、そもそも弟ではない、妹だった。

それからさゆりは寝込むようになり、習字教室もしまい、孝太は非行に走り、お父さんは男手ながら奮闘するものの、あみ子が中学生になった頃には家の中は荒れ、疲弊していった。

そんな中でも相変わらずのあみ子は異様な物音がする、オバケだと騒ぎ出す。やがて著名な人物の亡霊までをも妄想し出す。結局それは鳥の巣だったとわかるのだが、それと前後して、あみ子はのり君に告白し、こっぴどく振られる事件がある。そしてついにお父さんは祖母(黒木詔子)の家にあみ子を一人預ける選択をすることになる…。

 

あみ子は自閉症だろうな。友達はいない。授業をまともに受けず、勉強は出来ない。漢字が読めず、何気に気にかけてくれてる坊主頭(橘高亨牧)に壁に貼り出された習字のうち、のり君の作品がどれかを教えてもらってる。その坊主頭があみ子を想ってくれてる存在であるのは暖かい。坊主頭の存在は癒し。

優しい兄孝太は度々面倒をみてくれるが、非行に走ってからはほぼ助けにならない。おそらく葛藤もあったろう。父親の他にあみ子をわかっているのは孝太しかいないのだから。

新しいお母さんさゆりはあみ子を理解しようとしてくれていたが、その手のかかりようは想像以上だった上、自分の初めての子供が死産となり、限界を超えたのだろう。お父さんが出した答えがあみ子よりさゆりを取ることだったのが、わからないでもないだけになんとも辛く切ない…。

 

現実であれば面白いではすまされないが、のり君がクッキーの真実を知って、その上あみ子から告白もされて、限界だったのだろう、あみ子に対してひどい暴力をふるう。どうしたことか、これが面白かった。笑えた。

そして引越しをするというので、てっきり父母は離婚するものと思ってたのが、実はあみ子だけが捨てられた形になる。これは辛いけど、やはり、祖母の家で淡々と日常が始まるさまはコメディかと思うくらい微笑ましく見える。

ラスト、早朝の海で、舟に乗った妄想の亡霊たちがあみ子を手招きする。あみ子は足の脛くらいまで海に浸かっているが、でもさよならの手をふる。そして通りすがりのおじさんの「まだ冷たいじゃろ」との声かけにあみ子は元気よく「大丈夫じゃ!」と答える。亡霊たちの手振りをあみ子は内心どうとらえていたのか。ただ、生きる力はあるのだと思えて、問題は深いのだけどホッとする。

 

情景描写が素晴らしく、間が丁寧。行間を読む、という感じの映画。とても良かった。

 

自閉症、発達障害など、疾患のある子供を持つと大変だなと思う。思うのは周りの人間で、本人、当事者はただただ必死であり自然であり、出来ないことが当たり前でそれ以上でもそれ以下でもないのだ。この折り合いをつけるのは周りの妥協しかないのではないかな。

 

大沢一菜がとてもいい。ドラマ『姪のメイ』でも独特のカラーで面白かった。

奥村天晴の表情も良かった。

保健室の先生播田美保。雰囲気が好きな女優さん。

 

★★★★★

 

 

 

 

配給 アークエンタテイメント

 

 

『市子』(2023)

原作は戸田彬弘主宰の劇団チーズtheater旗揚げ公演作品。

 

監督 戸田彬弘

脚本 上村奈帆(『書くが、まま』他)、戸田彬弘

音楽 茂野雅

 

杉咲花、若葉竜也、森永悠希、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆり、中田青渚(なかたせいな)、石川瑠華、倉悠貴、大浦千佳、他。

 

川辺市子(杉咲花)長谷川義則(若葉竜也)が出会って一緒に暮らすようになって3年の夏。長谷川はプロポーズをし、喜びに涙した市子だったのに、翌日姿を消した。プレゼントした浴衣を着て花火に行こうと言ったのに、わけがわからない長谷川。市子の所有物が入ったボストンバッグがベランダに置かれたままだっただけに、すぐに戻るかもしれないと捜索願を出さず日を過ごしていると、一人の刑事後藤修治(宇野祥平)が訪ねて来た。市子を探しているというが、その市子は存在しない人間だという。

東大阪市生駒山の土砂崩れ跡から8年以上経過した白骨化した遺体が見つかったことにより、市子の過去、これまでの軌跡が市子と関わった人々〜市子の家庭の事情など多くをよく知り罪の共有をする高校時代の友人北秀和(森永悠希)、市子がホームレス状態の時に新聞配達の仕事と寮を紹介してくれ友人関係にあったパティシエを志す吉田キキ(中田青渚)、高校時代の市子の交際相手の田中宗介(倉悠貴)、市子が小学校に上がる前から知っている同じ団地の山本さつき(大浦千佳)、小学生の時、男子にからかわれてるところをかばい友達になった幸田梢、そして市子の人生を根底から左右していた母親の川辺なつみ(中村ゆり)と、社会福祉士のなつみの元恋人小泉雅雄(渡辺大知)〜を通して明らかになっていく…。

 

生きることについて考えさせられる作品だった。

 

とにかく杉咲花と若葉竜也が素晴らしい。めちゃくちゃいい。もちろん森永悠希も。

あと、石川瑠華がキャスティングされてたのは嬉しい。心に闇を抱えるキャラクターとか、闇とまではいかなくても陰の部分の表現力が素晴らしい役者さんだと思う。

 

プロポーズされて嬉しさが込み上げてくる市子の涙のシーンはすごく良かった。普通に生きたい市子、一つ一つ普通のことがしたい、長谷川と出会って、それができて嬉しいのにその生活を捨てるしかない悲しみもよく表れていた。ここは長谷川の嬉しさが自然とあふれる照れの表情もまた秀逸だった。

 

ところで、高校時代、宗介とのディープなキスシーンは度肝を抜かれた。「え、杉咲花が!?」と、衝撃だったがあるとないとじゃまるで流れが違ってくるだろう必要なシーンだった。そういう点で素晴らしいシーン。

 

ずっと夏の話なのがまたいい。暑さには狂気が内包されてるのかも。

 

これ、戯曲とのことだけど、舞台でどう観せたんだろう、気になる。証言だけなのか、証言とともにスポット芝居も入ってるのか。映像用に脚本を書き直したんだろうか、それくらい映像力が強い作品だった。

 

★★★★★

 

 

 

制作 basil

配給 ハピネットファントム・スタジオ

 

 




 

 

【以下ネタバレメモと感想】

 

 

市子はなつみの最初の夫との子で、妊娠したまま離婚、夫のDVから逃げてることもあり戸籍を取ることをしなかった。再婚で妹月子が生まれ、また離婚。その後小泉と知り合うが、月子は2歳の時に指定難病にかかり寝たきりで介護が必要になる。おまけに知的障害もあった。戸籍のない、社会的に存在しない人間、市子は月子になりすまし就学することになる。

だから、同じ団地の幼馴染みさつきは、同い年なのにしばらく会わないなと思ったら4学年下に月子という名で小学校に上がってきた市子のことが不審でならなかった。それもあってはずみでケンカもしている。

一緒の学年になった友達梢との家庭環境の違いからの落差が苦しい。初めて仲良くなれた友達なのに。

 

市子は4歳下の妹、月子として学生時代を生きてきた。その後戸籍を取る相談にも行くが、月子を手にかけたこともあり指紋採取で手続きを諦めている。

ずっと月子の介護を任されていた市子は高校生の時、月子の人工呼吸器を抜いた。この時、なつみに「ありがとうな」と言われてる。なつみも疲弊していたわけだ。そして小泉となつみによって月子は生駒山に埋められたのだろう。

その後、なつみは失踪し、残された小泉は市子と関係を持つようになる。小泉も転落の人生だ。何度目か、慰みものになろうとしてた市子が耐え切れず小泉を刺殺してしまう。市子に想いを寄せていた北がストーキングしていた結果、その現場を見てしまい、市子の力になろうとする。小泉を線路に寝かせて自殺を装うのだが、その時市子はすでに姿をくらましていた。

ボロボロのホームレス状態の市子に声をかけたのはキキで、働き口も住まいも紹介し、ゆくゆくは二人でケーキ屋をやろうと夢描き邁進する。実際、新聞屋が潰れてからキキと同じケーキ屋で働き始めている。支援団体に戸籍取得の相談に行ったのはこの前後か。この時点で罪の共有関係にある北が市子を見つけているが、市子はまともに生きたいと北を拒否している。昔の人とつながりたくない市子。未来を手にしたい市子。罪を共有してるため市子に固執して自分の存在価値に実感を得たい北。北が気の毒。

北に見つかったことで市子はまた居場所を変える。そして長谷川と出会う。

 

市子にも、なつみと小泉、月子とで籍は入れてなくても四人で幸せな時期もあった。その頃の誕生日ケーキを前に撮った記念写真を後生大事に持っていた。たぶん、希望を待てたのがキキとの夢で、次に幸せだったのが長谷川との暮らしだ。

 

長谷川は北と市子の間にある秘密までたどり着き、全てを知るわけだけど、市子を見つけることは出来ないまま終わる。だけに終わらず、生きなおそうとする市子は北の連絡先を使ってサイトで自殺ほう助希望の北見冬子(石川瑠華)とコンタクトを取る。その後和歌山で海に車ごと落下した男女の遺体が発見される…というラスト…。

 

戸籍がないのはこの世にいないのと同じで、社会的恩恵は何一つ得られない。まともな職に就くことも出来ないし、病気になっても病院にも行けない。ましてや結婚なんて出来るはずもなく。それでも市子の生きるしかない、生きていこうとする生命力が悲しい。そして、どこか頭のネジが外れているんだと思う。そういう人間に育つ環境というものがあるのだと思った。

 

 

『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師(2024)東京建物Brillia HALL

19世紀イギリスの伝説スウィーニー・トッドを題材とする。とのこと。

 

作詞・作曲 スティーヴン・ソンドハイム

脚本 ヒュー・ホイラー

演出・振付 宮本亞門

翻訳・訳詞 橋本邦彦

訳詞 中條純子宮本亞門

音楽監督 山下康介

 

スウィーニー・トッドベンジャミン・バーカー:市村正親

ミセス・ラヴェット:大竹しのぶ

乞食女:マルシア

アンソニー:山崎大輝、糸川耀士郎

ジョアンナ唯月ふうか、熊谷彩春

ターピン:安崎求、上原理生

ビードル:こがけん

トバイアス武田真治、加藤諒

(Wキャストの太字は観劇日のキャスト)

 

アンサンブル:石井雅登、榎本成志、小原和彦、下村、高田正人、高柳圭、俵和也、茶谷健太、山野靖博、岩矢紗季、川合ひとみ、北川理恵、鈴木満梨奈、髙橋桂、永石千尋、福間むつみ、安立悠佑

スウィング:西尾郁海、大倉杏菜

 

 

 

 

18世紀末ロンドン。フリート街で理髪店を営み、妻ルーシーと幼子と幸せに暮らしていたベンジャミン・バーカー(市村正親)だったが、美しいルーシーに横恋慕した悪辣判事ターピン(上原理生)に濡れ衣を着せられオーストラリアへ流罪となってしまう。

長い年月をかけやっと流刑地から脱出、漂流しているところを水夫アンソニー(糸川耀士郎)に助けられ、15年ぶりにロンドンの地を踏み、かつて自分の店があったフリート街へと向かう。そこには気の狂った乞食女(マルシア)が居ついていた。理髪店の下に暮らすパイ屋、ミセス・ラヴェット(大竹しのぶ)は健在で、スウィーニー・トッドと名を偽ってるベンジャミンだが、すぐにそれとバレる。そしてルーシーが悲惨な仕打ちの後自死したこと、一人娘はターピンの元にいることを知る。怒りに震えるスウィーニー・トッド(市村正親)はターピンとその部下ビードル(こがけん)に復讐を誓う。

ラヴェットがベンジャミンの商売道具銀のカミソリを大事に持っていたことから、理髪店を再開し、そのカミソリでターピンの喉を掻っ捌き亡き者にしようと計画する。同情したラヴェットも共謀する。それにはまず腕前を評判にする必要があり、競合するピレッリに打ち勝ち名をあげる。ところがピレッリはベンジャミンのことを覚えていて、逃亡したことを脅迫してくる。トッドは思わずピレッリの喉に刃を立てる…ピレッリには弟子のトバイアス(武田真治)がいて、この日も連れて来ていた。ラヴェットと相談し、トバイアスには嘘でごまかし、ピレッリの遺体はミートパイの材料にしてしまう。ラヴェットのミートパイは不味くて評判だったが、これを機に美味と大人気になる。トッドはターピンを手にかけるまでの練習として、ラヴェットはミートパイの材料として利害が一致、大量なる殺人が進む。

一方で、アンソニーはジョアンナ(唯月ふうか)と出会い恋に落ちる。ジョアンナはターピンの異常な愛と束縛にずっと悩まされてきた。アンソニーとともに駆け落ちを計画するが失敗に終わり、ジョアンナは精神病院へと隔離されてしまう。そんな事情をも知ったトッドは更に復讐心に燃え、ついにそれを果たすが、仕方なくパイ屋の下働きに雇ったトバイアスが秘密を知る他、トラブルが起き、一気に悲愴な結末へ…。

 

 

 

 

メイクがすごい。ちょっと見、中の人がわからない。

スウィーニー・トッドは本当に復讐に囚われた悪魔だった。悲しくも。


 

以下、ネタバレ含む。

 

トッドの助言でアンソニーはジョアンナをうまいこと精神病院から救い出したものの、娘と気づかないトッドがジョアンナを手にかけるすんでだった。殺ってしまうのかと思ったら(娘と知らずに手にかけるというのが定石かと(^^;)それは免れ、アンソニーとともに無事で終わるのだが、実はルーシーだった乞食女を殺してしまう。ずっと乞食女の存在が不思議だったが、そういうことかと。この結果の方が残酷。

ラヴェットによると、死ぬまではいかなかったものの気のふれた乞食女をルーシーだと教えるのも忍びなかったのだと言う。なかなか情のある。だけどそれが裏目に出て、トッドに殺されるわけだが。ラヴェットにはトッドに惚れていく過程もある。なれば、なおさら言えないだろう。やり手なわりに女らしい可愛さもある(大竹しのぶだからかも)。

頭の足りない(純真無垢?)トバイアスがラヴェットを慕うその関係性にも愛や優しさを感じる。結果、トバイアスはラヴェットを殺したトッドを殺してしまう…というのがなんとも…。

アンソニーとジョアンナには若いからこその恋の形を見せられた。

ターピンには性的倒錯を見せられた。

度々、映像だったらどこぞから批判がきそうな台詞やシーンがあるが、原本や時代性を大切にする舞台で良かったと思った。

ちょいちょい小ネタ(時事ネタだったり)を挟み、笑わせながらも重く、深い話だった。面白かった。

 

演出が宮本亞門になってから(初演から26年目に再演)5回目の上演。

市村正親と大竹しのぶ、武田真治は続投とのことで、作品のファンも多そうだった。

 

ところで、初めて行った劇場(その前の豊島公会堂は知ってる(^^;)だが、音響がイマイチな気がする。ストレートプレイには影響ないだろうけど、ミュージカルにはどうだろう?

 

 

(観劇日20240327)

 

 

東京 東京建物Brillia HALL:0309~0330

宮城 東京エレクトロンホール宮城:0412~0414

埼玉 ウェスタ川越大ホール:0419~0421

大阪 梅田芸術劇場メインホール:0427~0429

 

 

 

 

 

 

 

『リア王』東京芸術劇場プレイハウス(2024)

 

ウィリアム・シェイクスピア

翻訳 松岡和子

演出 ショーン・ホームズ

美術・衣装 ポール・ウィルス

 

リア:段田康則

エドガー:小池徹平

コーディリア:上白石萌歌

ゴネリル:江口のりこ

リーガン:田畑智子

エドマンド:玉置玲央

コーンウォール公爵:入野自由(いりのみゆ)

オズワルド:前原滉

オールバニー公爵:盛隆二

道化:平田敦子

ケント伯爵:髙橋克実

グロスター伯爵:浅野和之

貴族・使用人・兵士:秋元龍太朗中上サツキ王下貴司岩崎MARK雄大

 

 

この、キービジュアルの表情の魅力たるや…フライヤーの裏面も段田安則の顔が素敵だ。

 

 

 

ブリテン国王リア(段田安則)は退位するにあたり三人の娘に領地を分割し与えることにした。その際に、どれだけ父リアを想っているかを問い、大小持分を違えることにした。長女のゴリネル(江口のりこ)、次女のリーガン(田畑智子)は甘美な言葉を並べたが、末娘のコーディリア(上白石萌歌)は口下手の正直者なので世辞など言えず、リアの機嫌を損ねてしまう。結果、コーディリアは勘当、同時にコーディリアをかばった忠実な家臣ケント伯爵(高橋克実)をも追放してしまう。リアは愛溢れる言葉を信じ、ゴリネルとリーガンのもとを渡り歩くことになるのだが、結局どちらにも手ひどい扱いを受け追い出されてしまう。名を変え身分を隠したケントがリアをこっそり支え仕えるのだが、放たれた荒野でリアはどんどんひどい状態になっていく。

一方で、家臣でもあるグロスター伯爵(浅野和之)にも問題が起こる。愛人の子エドマンド(玉置玲央)が嫡男のエドガー(小池徹平)を陥れ、その地位を我がものにすべく画策、ゴリネルにもリーガンにも取り入るのだった。そんな中、グロスターはリーガンの夫コーンウォール公爵(入野自由)の怒りを買い、両目を潰され追い出されてしまう。その先で気の違った「哀れなトム」(小池徹平)と名乗る男に救われ、そのトムがエドガーだったと全てを知ることになる。

リアの窮地を知ったフランスへ嫁いだコーディリアは助けに行くのだが、逆に命を取られてしまう結果に。その惨状にリアはようやくコーディリアの深い愛に気づき、自分の間違いに気づくのだが、グロスター同様、時すでに遅し…。

 

 

21世紀のリア王ということだが、確かに舞台美術が変わっていた。プロジェクターや複合機、ウォーターサーバーが点となってあるオフィスのような広い空間に、簡易な椅子、王の座る椅子だけが背もたれが高くクッションの効いた社長椅子で在る。壁はスクリーンも兼ねるので白い…紙で出来ていて、床も白。この白は汚れや落下物、場面転換を示すホワイトボード的役割を果たしてた。

内容は「リア王」なのだけど、舞台ならではの危うい台詞がヒヤリとさせる(映像作品では注釈が必要だ)。そして長台詞の応酬。

ストレートプレイは台詞とその抑揚、あと動きに重点がいってると思ってる。表情は遠い席ではつかめないし、動きといっても大振りすりゃあいいってもんでもなく、この作品では台詞の後ろで体で表現をしていて、こうしたゆっくりとした過度にならない動きが心情表現として有効だなと思った。しかしながら台詞と声色の演技が一番重要。そんなことをありありと感じる作品だった。

 

気になったのが飛び交うハエ(虫)の羽音で、ことごとにまとわりつく。追い払ったり潰したりするのだが、これが何を表しているのか。邪心か良心か、その都度起こる心のざわめきなのか、よくわからなかった。

欲と愛と裏切り、死に際の改心、人間の全てが詰まった普遍的な話なので、どんな演出にしても見せたいものは変わらないのかもしれない。でも、何か他にテーマがあるんじゃないかと探してしまう。前衛的な演出と言ってしまえばそれまでだが、1回で把握できるものではなかった。まあ、集中力が要るし、疲れる作品だった。たぶん、3回観ればつかめる…。

 

段田安則はもちろん、浅野和之、上白石萌歌、田畑智子、小池徹平…素晴らしかった。段田安則のリア王は単純でありながらプライドが高く、結果人間らしい。浅野和之のグロスター伯爵は淡々としていながら忠義深く、上白石萌歌のコーディリアは声色からも心根が美しいのがわかる。田畑智子のリーガンは大胆でクセが強い。小池徹平のエドガーは優しく頼りなく感情移入しやすい。前原滉執事オズワルドは情けなくもズルく面白かった。とても前原滉らしい。平田敦子道化は自閉症の子供みたいだった(褒めてる)。他の役者さんも実力派なのでとてもいい。贅沢なキャスティングだと思うし、それだけに見応えもある。総じて良かった。

 

 

(観劇日20240322)

 

 

東京:東京芸術劇場プレイハウス 0308~0331

新潟:りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館劇場 0406~0407

愛知:刈谷市総合文化センターアイリス大ホール 0413~0414

大阪:SkyシアターMBS 0418~0421

福岡:キャナルシティ劇場 0425~0426

長野:まつもと市民芸術館主ホール 0502

 

 

 

 

 

『ジゼル』Kバレエ (2024)Bunkamuraオーチャードホール

1849年フランスで初演のバレエ作品。

 

原振付 マリウス・プティパ

音楽 アドルフ・アダン

演出・再振付 熊川哲也

芸術監督 熊川哲也

 

ジゼル:日高世菜→岩井優花、浅川紫織、飯島望未

アルブレヒト(ロイス):ジュリアン・マッケイ、堀内將平、山本雅也

ミルタ:小林美奈、戸田梨紗子、成田紗弥

ヒラリオン:石橋奨也、杉野慧、ニコライ・ヴィユウジャーニン

ベルタ:ジリアン・シヴィー

クールランド公爵:栗山廉

バチルド:戸田梨紗子

従者ウィルフリード:グレゴワール・ランシェ

6人の村人の踊り:成田紗弥吉田周平佐伯美帆田中大智長尾美音山田博貴

ウィリのモイナ:成田紗弥

ウィリのズルマ:戸田梨紗子

(太字が観劇日のキャスト)

その他、村人、狩人、ウィリ:K‐BALLET TOKYO
 


 

 

中世ドイツの農村。

心臓が弱いが踊りの好きな村娘ジゼル(岩井優花)にはロイス(ジュリアン・マッケイ)という恋人がいる。しかし、そのロイスは実は身分を隠して村人になりすましている公爵アルブレヒト(ジュリアン・マッケイ)。ジゼルに想いをよせるヒラリオン(石橋奨也)はそのロイスを怪しんでいる。

村は葡萄収穫祭に沸き、ジゼルは今年の女王に選ばれる。ロイスも一緒に喜び踊りに興じるが、ジゼルの母親ベルタ(ジリアン・シヴィー)は「踊りに夢中になってると死んでしまう、結婚前に死んでしまったら死後ずっと踊り続けるウィリという精霊になってしまう」と案じ、説き伏せる。

そこへクールランド公爵(栗山廉)が娘のバチルド(戸田梨紗子)を連れ、狩人の一行と共にやって来る。実はバチルドはアルブレヒトの婚約者。ジゼルはバチルドとも挨拶を交わし、ネックレスももらう。ロイスはうろたえ、その様子を見たヒラリオンはついにロイスの小屋から貴族の証拠である剣を見つけ、みんなに正体を暴露する。

ジゼルはロイスの裏切りにショックを受け、正気を失い踊り狂い息絶えてしまう。

 

ウィリたちが彷徨うジゼルが眠る森の中の墓。ウィリの女王ミルタ(小林美奈)がジゼルをウィリの仲間に招き入れる。

悲しみに暮れる二人の男。墓参りにやってきたヒラリオンはウィリたちによって狂ったように踊らされ命を取られ、次にやってきたアルブレヒトも同じ目に合わせようとしたところ、ジゼルがミルタに談判、アルブレヒトを救う…。


 

悲劇は美しい。

見どころの一つ 、2幕のウィリたちのコール・ドがみごとに揃い、きれい。

ウィリとなったジゼルのゆらりゆらり揺れ舞うグラン・パ・ド・ドゥ(アンダンテ)がまさに精霊(というか死霊なんだけど)のようで美しかった。

 

日本のバレエ団(員)の技術は昔と比べたらはるかに上がった。海外のバレエ団を待たなくても充分見応えがある。少なくともKバレエは安心して観られる。


今回、「ブラーヴォ!」の掛け声もあり、コロナ前の状態に戻りつつあるのを感じる。歌舞伎も大向こうがあるのかな。


大胆な方へ目が行きがちだけど、よくよく見るとパがすごく細かくて、いちいち感嘆する。倒れていても手足に緊張が走ってるのがわかる。全て美しい型にはめているのだ。やっぱりバレエは目の保養になる。

 



 

(観劇日20240320)

 

Bunkamura オーチャードホール:0316~0324(計7公演)

 

 

 

 

ジゼル


編集

『街のあかり』(2006/日本公開2007)

アキ・カウリスマキ監督による「敗者三部作」の三作目。原題は『Laitakaupungin valot』、英題は『Lights in the Dusk』

 

監督・脚本・製作 アキ・カウリスマキ

 

 

 

 

ウエスタンアラーム警備社で警備員の仕事をするコイスティネン(ヤンネ・フーティアイネン)はその仏頂面からか強面からか、はたまた性格の問題か、半ばいじめのように同僚に無視され続け、友達も出来ず孤独だった。唯一、キッチンカーのアイラ(マリア・ヘイスカネン)だけが夢のような野望を自慢げに語れる、口をきいてくれる相手。そんなコイスティネンに、ある日魅惑的な美女ミルヤ(マリア・ヤルヴェンヘルミ)が声をかけてくる。なんとなく男女の付き合いが始まる。しかしミルヤはマフィアのリンドストロン(イルッカ・コイヴラ)の仲間で、指示を受け接していたに過ぎなかった。リンドストロンは警備員であるコイスティネンを罠にかけ宝石泥棒を企てていたのだった。そしてついにその時が来たわけだが、ミルヤに惚れてるコイスティネンはバックにマフィアがついてるとはつゆも思わず、ミルヤをかばって逮捕され1年の懲役刑となる。出所すると元のアパートも仕事もない。紹介された簡易宿泊所に住みレストランの皿洗いに就く。そのレストランでミルヤとリンドストロンが一緒にいるところを見て、全てを理解したコイスティネンはリンドストロンに復讐をはかるが…。

 

やはりちょいちょいのアイテム使いがうまい。全て情につながり深みが増す。1週間も放置されてる犬とか、路上の有色人種の少年(ヨーナス・タポラ)とか、長いエスカレーターで地上へ向かうオープニングとか、著名な作家の絶望的な人生を比べる通行人とか、友達なんかいないコイスティネンの事業相談相手が有料のセミナーだったり、ミルヤとリンドストロンの関係がレベルアップしていく様とか、ディスコのバンドに割く尺とか、コイスティネンと同じような孤独を抱えた受刑者がいる刑務所だからこそのシンパシーから時と共に笑顔がこぼれるようになる、とか。

 

敗者……

 

最終的にはずっと見ていてくれた女性アイラがいたと知ったことで、敗者はようやく自分の人生の出発点に立ったということなのかな。

 

スーパーのレジ係にカティ・オウティネンがいた。

 

★★★★(★)