これ観た

これ観た

基本アマプラ、ネトフリから観た映画やドラマの感想。9割邦画。作品より役者寄り。なるべくネタバレ避。演者名は認識できる人のみ、制作側名は気になる時のみ記載。★は5段階評価。たまに書籍音楽役者舞台についても。

2020年7月の下旬から10月までの3ヶ月で100本を超える作品を配信で観ていました。単純計算で1日3~4本。(今はさすがにそんなに観ません。)
こんなに観てると内容を忘れてしまうだろうと、当初覚え書き程度に都度都度Twitterに書いてたのですが、ツイートは他のことも書くので流れてしまってメモにもならない、そんなわけで10月17日スタートで、ブログにすることにしました。
ただ、観ていた本数が多いのと、観出したきっかけが三浦春馬の急逝だったので、一応流れを考えて調整し、8月26日が初投稿になってます。

以降、これまで観てツイートしてきたものを、観た順番ではないですが、毎日1本ずつ加筆してアップしてます。また、新たに観た作品はブログのみに書くことにしました。
本当は記憶を手繰るためにもネタバレまで書きたいのですが、そこはまあ人目に触れることへの配慮で、今のところ、たまにやってる程度です(タイトルに明記してます)。

※2023年11月より不定期更新になってます※
     ↓
※2024年2月より毎週月曜と金曜に更新に変更※
     ↓
※2025年1月より毎週月曜、水曜、金曜に更新に変更※

ー★評価基準ー

★★★★★ 面白かった。オススメ。
★★★★ 良かった。
★★★ ふつう。可もなく不可もなく。
★★ イマイチ。好みに分かれる。
★ つまらない。
(★)は0.5


なお、内容の解釈はあくまでも私が感じたものであって、作品が伝えたい事と合致してる可能性は低く、つまらないと思ったものも、1年後に再視聴したら面白いかも、その程度の感想になります。あと、小生意気なうんちくみたいなものをたまに垂れてますが、素人なので言えることとご理解ください。


【補足】

●たまに、音楽や書籍、舞台の感想、役者さんについて書いたものもあります。それらでは★評価はつけていません。

●各補足についてはWikipediaを参照してます。

●新たに補足するもの(キャストスタッフ名、リンク先など)が出た場合、遡り更新しています。

●監督、脚本家、その他スタッフの手がけた作品名は私自身が観たことがあるもの、または有名作新作だけ載せています。

●タイトルは基本作品名になってます。

●敬称は略しています。

●予告編などの動画はなるべく公式のものを貼っていますが、リンク切れあった場合はごめんなさい。(※大河ドラマ『青天を衝け』に関する投稿のリンクは公式サイト削除でほとんど切れていますが、記録のためそのままにしています。)



(コメント欄、いいね、ペタなど交流ツールは閉じています。すみません。)



基本的に演技にクセや節がなく、作品の中に溶け込める役者さんが好きです。

『ムーンライト』(2016/日本公開2017)

原題は『Moonlight』

 

原案・原作 タレル・アルヴィン・マクレイニー

監督・脚本 バリー・ジェンキンス

 

主人公の成長に合わせ、3パートからなる作品。各パートのタイトルは、当時、主人公が多く呼ばれていた名前(愛称)になっている。

 

1.リトル(エレメンタリースクール時代)

育児放棄気味の母親(ナオミ・ハリス)と二人暮らしのシャロン(アレックス・ヒバート)。引っ込み思案で内気、親しい友達もいないひとりぼっちのシャロンは「リトル」と呼ばれからかわれ、いじめの標的だった。その日もいじめっ子たちから逃げ、廃墟に身を隠している時に、ドラッグの売人であるフアン(マハーシャラ・アリ)と出会う。だんまりを決め込むシャロンに手を焼き、フアンはとりあえず自宅に連れ帰り、同棲中の恋人のテレサ(ジャネール・モネイ)の助けを得る。食事を与え、一晩過ごし、ようやく自宅へ送り届けることができた。

学校では変わらずいじめを受けているが、少し気を使ってくれるケヴィン(ジェイデン・パイナー)の存在、フアンとの交流が力になっていく。しかしそんな時、母親がフアンからドラッグを買っていることがわかる。シャロンの母親への憎しみに、フアンは自分が売人であることに心傷める…。

 

2.シャロン(ジュニア&ハイスクール時代)

相変わらずいじめっ子テレル(パトリック・デシル)のグループにいじめを受けているシャロン(アシュトン・サンダース)だが、ケヴィン(ジャレル・ジェローム)とは仲が深まり、荒れる母親のことで行き場がなくなった時にはフアンとテレサのところへ避難するなど他人との交流が保たれている。

女子との性行為があることを自慢げに話していたケヴィンだったが、ある日の夜、ケヴィンの家の近くの浜辺で共にマリファナを嗜み、雰囲気でそのままキスを交わし、ケヴィンはシャロンに手淫を施す。そんなことがあった矢先、テレルの命令でケヴィンはシャロンに暴力を振るうことになる。そのまま数人でボコボコにされるシャロンだったが、手をあげた者の名前を一切出さなかった。そして翌日、授業を受けてる無防備なテレルに椅子を振り落とす…。

 

3.ブラック(20代〜大人時代)

フアンは亡くなり、テレサと母親のいる地元を離れ、少年院上がりのシャロン(トレヴァンテ・ローズ)は別天地でドラッグの売人となっていた。「ブラック」と名乗り、がたいも良くなりゴールドのアクセサリーで箔をつけ、その風貌はフアンに似ている。

ある日、あれ以来連絡をとってないケヴィン(アンドレ・ホランド)から電話が入り、ケヴィンの店を訪ねる。ぎこちない会話もやがて柔らかくなり、ケヴィンは暴力のことを謝り、シャロンは自分の体に触れたのはケヴィン一人だけであることを告白する…。

 

子供もいて離婚をしていたケヴィンは、まぁ、バイだろう。ラストシーンでは、どうなるのかわからないけど、シャロンの甘酸っぱい想いは遂げられたということだ。

母親は薬物治療施設に入っていて、親子関係は修復とはいかずも前進はあったように終わった。

 

いじめっ子からはずっと「オカマ」と揶揄されていた。弱々しくナヨナヨしてる感じだからかもしれないが、もしかしたらいじめっ子であるテレルはシャロンを好きだったんじゃないかなと思った。


ブラックはケヴィンがつけた愛称だ。ニガーとも言う。黒人の街であるのに、さらに区別があるのだろうか?例えば生まれがどこか、ハーフかクォーターか、肌の色の強弱など。どうなんだろう。もちろん、ケヴィンは差別的な意味で呼んでいるのではないけども。

 

フアンが老婆から聞いた話をする。「月明かりの下では黒人の肌は青く光って見える」のだという。タイトルは黒人であることの悲しさと、だけど生きていく強さを表しているのかなぁ。

 

★★★(★)

 

 

 

 

 

 

『LOVE LIFE』(2022)

1991年の矢野顕子の楽曲「LOVE LIFE」から着想を得て制作された作品。

 

監督・脚本・編集 深田晃司(『淵に立つ』『海を駆ける』他)

主題歌 矢野顕子「LOVE LIFE」

 

木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、嶋田鉄太、田口トモロヲ、神野美鈴、三戸なつめ、緒形敦、福永朱梨、他。

 

市役所に勤める大沢二郎(永山絢斗)と1年前に再婚をした妙子(木村文乃)。前の夫の子である敬太(嶋田鉄太)と共に集合住宅で幸せな日々を暮らしている。その日はオセロ大会で優勝した敬太を祝うため、同じ集合住宅の対面に暮らす義父大沢誠(田口トモロヲ)と義母明恵(神野美鈴)が集まる。しかしそれだけではなく、実は誠の65歳の誕生日も同時に祝うため、二郎の同僚も集まる。その中には二郎の元カノ山崎理佐(山崎紘菜)もいたが、二股をかけられた状態で別れることになった理佐の傷は癒えてなかったのでギリギリで参加をやめた。誠は妙子との結婚を許したわけではなかったし、理佐の方を応援していた。けれど、支度されれば宴は盛り上がりを見せる。そんな中、敬太が風呂場で溺死する。

突然起こった不幸な事故に動転しているのに、葬儀には元夫のパク・シンジ(砂田アトム)が現れ、いきなり妙子に平手打ちをし、騒ぎになる。

パクは聾唖者で日韓ハーフだが、手話は韓国語。妙子のもとを黙って去って数年音沙汰もなく、今はホームレス。生活保護を受けに役所に来るが、そううまくいかない。妙子の手話通訳によって、とりあえず仕事を斡旋してもらい、情の残ってる妙子は、ちょうど義父母が引越した後の部屋をパクに与える。義父母の引越しの手伝いに出かけた二郎もまた、体調不良で実家に帰省中の理佐と連絡を取り合う…。

 

胸糞悪くなったんで、たぶん良い作品。

 

妙子のわりと本音で話す姿勢は、言葉数が限られる聾唖者のパクのせいじゃないかな。やんわり優しいことばかり言ってやりすごすような表面的な会話ばかりじゃ通じない。だから健常者にはそこが冷たく、またはっきりものを言う人だと近寄りがたく感じたりする。二郎は和を重んじる感じで、視線を合わさないのも、面倒を避ける意識があるんじゃないかと想像。現状の幸福度を壊したくないのだ、たぶん。

 

敬太の死をどうとらえるか、で、明恵は自分を納得させるため宗教に頼る。二郎は自分たちの子供を望む。妙子はどう前へ進むか足掻く。面白いのは、パクで、敬太の死を忘れず生きろと言う。これ、たぶん国民性ではないかと思う。また、ほんの少しのエピソード、会話のシーンから、人種の違いを感じた。言葉にするのは難しいけど、日本人は乗り越えて前を向くけど、韓国人は乗り越えるのではなく飲み込み血肉とする、そんなふうに見えた。

 

手話が世界共通だったらいいのにと思う。

 

★★★★(★)

 

 

 

 

配給 エレファントハウス

 

 

 


 

 

ラスト、ネタバレすると、

 

義父母のもとから帰宅した二郎は、義父母の元部屋で楽しそうにふざけ合う妙子とパクを見かける。修羅場になるかと思いきや、冷静な妙子とパク、そしてパクの飼い猫が脱走したことやパクの父親の危篤を知らせる手紙が届いて、それどころじゃなくなる。渡航費を援助し、パクを送るが、寸前で妙子が一人には出来ないとパクについて行く。二郎は腹立たしさでいっぱいになるが、特に引き止めることもしない。

一方で、韓国に着いたパクと妙子だったが、危篤は嘘で、パクの前妻との息子の結婚式に呼ばれたのが真実だった。このクズに妙子はピッタリだなと思った。クズ男にダメ女。当然、パクの中に妙子はもういない。それはとっくの昔から。

そうして一人帰宅した妙子は、二郎とふつうに会話が始まる。お昼がまだの二人は、お腹空いてないからと散歩に出かける…というラスト。

 

この、どうにもならなそうな、何かどっちかに傾かなきゃいけないような、危うい感じが、これぞ人生!!という感じで好みなので、面白かった。もちろん、そこまでになる過程がきちんと描かれてこそ。

まあ、2年の内には別れるかな。子供も出来ないだろうし。

 

 

『あん』(2015)

日本、フランス、ドイツ合作映画。

原作はドリアン助川の著書。

 

監督・脚本・編集 河瀬直美(『朝が来る』他)

音楽 David Hadjadi(デイビッド・ハジャジ)

主題歌 秦基博「水彩の月」

 

樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、市原悦子、浅田美代子、水野美紀、大賀(仲野太賀)、兼松若人、高橋咲樹、竹内海羽、村田優吏愛、他。

 

どら焼き屋の店長を務める千太郎(永瀬正敏)。馴染み客は女子中学生(高橋咲樹竹内海羽村田優吏愛)くらいで、その中で地味で控えめなワカナ(内田伽羅)には焼き損じたどら焼きを大量にあげるなど、細々とした営業スタイル。

ある日、アルバイト募集中と知った老婆吉井徳江(樹木希林)が、働きたいと申し出るが、千太郎は年齢的な理由から断る。しかし、再びやってきてどら焼きの「餡」について感想を述べ、自分が作った「餡」を味見してくれと置いていく。その「餡」の美味しさに千太郎は徳江を雇うことを決める。女子中学生たちの間でも評判良く、あっという間に世間に人気が出て、行列の日々が続く。けれど、オーナー(浅田美代子)に徳江に関する良くない話をされ、同時に客数も減っていき、変わらず現れるのはワカナくらいになる。そうして徳江は働けなくなる。

実は徳江はライ病(ハンセン病)で、いまだにある収容施設に暮らしていた。そこの食堂でずっと小豆を炊いてきたのだった。

そんな状況下、オーナーが店を拡大し、ゆくゆくは甥(兼松若人)に任せたい旨、聞き、実は過ちを犯した身で、オーナー夫婦に借金があった千太郎は岐路に立たされる…。


アパート住まいのワカナには動物は飼えないが、マービーと名付けたカナリアを飼っていた。近所に知られたことや、母親(水野美紀)の意向もあり、飼えなくなったら徳江が預かる約束をしていた。そして実際預かるのだが、次に訪ねた時、徳江は亡くなっていたし、マービーは預かった翌日には放たれていた。徳江には自由を求めるマービーの声が聞こえたという。カナリアだけじゃない、そよぐ木々、流れる水、自然界のあらゆる動植物から息吹を感じるようだ。それは迫害を受け続けてきた結果かもしれない。人間に限れば言葉の裏が聞こえるのだろう。

 

"わたしたちはこの世をみるためにきくために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくてもわたしたちには生きる意味がある"

なるほどだった。

 

晩年は晩年だけど、施設〜居住区にいる徳江は一気に老け込んでいる。出会いから半年ほどしか経ってないはずなのだが。樹木希林は入れ歯を抜いている。これが効いてるんだろう。

アドリブと思われる会話も多かった。うまいなぁ。永瀬正敏も浅田美代子も、少ししか出てないけど水野美紀も。徳江の友人佳子役の市原悦子も。

そういえば、ワカナの先輩で食堂の店員役で大賀も出てた。ほぼちょい役なのに良い仕事をする。

 

内田伽羅って樹木希林の孫娘だった。お父さん(本木雅弘)似かな。

 

★★★★★

 

 

 

配給 エレファントハウス

 


『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988/日本公開1989)

イタリア映画。原題は『Nuovo Cinema Paradiso』

劇場版とディレクターズカット入りの完全版があり(50分ほど長い)、観たのは一般に普及している劇場版。

 

監督・脚本 ジュゼッペ・トルナトーレ

音楽 エンリオ・モリコーネ

 




サルヴァドーレ通称トト(少年期:サルヴァドーレ・カシオ/青年期:マルコ・レオナルディ/壮年期:ジャック・ベラン)は、父が戦争に行ったっきり消息が知れず、母親マリア(アントネッラ・アッティーリ/老齢期:プペッラ・マッジョ)と妹と三人暮らし。トトの住むシチリア島の村の楽しみは教会に設置された映写機でアメリカを始めとする外の世界の映画を観ること。教会がそのまま娯楽施設の映画館なのだ。でもそこのアデルフィオ神父(レオポルド・トリエステ)の検閲があり、上映作品は男女のキスシーン〜ラブシーンはカットされたものだった。それでも人々は映画を観に通いつめ連日盛況。トトも母親の反対を押し切り通う。ただ、トトは映写機を回す映写技師アルフレード(フィリップ・ノアレ)の作業の方に興味津々。やがてアルフレードと仲良くなり、映写機のノウハウを教わるようになる。

ある日、フィルムから発火し、火事になってしまう(昔のフィルムは発火しやすかった)。消火のため逃げ遅れたアルフレードを、小さいながらもトトは助け出す。けれど、火傷がひどく、アルフレードは盲目となってしまう。

これで教会とはいえ映画館がなくなってしまうのかと心配されたが、運良くサッカーくじを当てた男スパッカフィーコ(エンツォ・カンナヴァーレ)が映画館「新パラダイス座」を新設し、支配人につく。それからはラブシーンもノーカットで上映し、更に映画は人気となる。トトはそこで映写機を回すことになる。

青年期を迎えたトトは、自身でフィルムカメラを回すようになり、美しいエレナ(アニューゼ・ナーノ)と出会い恋に落ちる。けれどエレナは村を、トトは兵役へと発つことになる。エレナと連絡が取れないまま、兵役を終え村に戻ってきたトトに、ずっとトトを見守ってきたアルフレードは、古いしがらみから抜け新しい道を模索しろ、ローマにはそれがある(意訳)、と助言をする。トトはローマへ発ち、映画監督への道へ入る…。

 

という概要が、


映画監督として名が上がったトトはある日、母親からの電話でアルフレードが亡くなったことを知る。トトは30年帰ってなかった村へ、アルフレードとの最期の別れをしに行く。技術の革新、時代の変遷で「新パラダイス座」も閉館になっていた。


…に伴い思い出として紡がれる。


アルフレードがトトに残したフィルムがあり、それにはトトの撮ったエレナ、その後に、神父の指示に従ってラブシーンをカットしたものの、戻す場所がわからなくなったカットフィルムが繋げられていた。少年期に交わした行き場を失ったカットフィルムはトトにあげるという約束が果たされたわけだ。

親子ほどの歳の差でも友情みたいな愛のような、温かい人間味が感じられて、国や人種は越えられるんじゃないかと勘違いしそうだ。

 

田舎は、というか田舎に限らずだけど、生まれ育った土地は居心地はいいだろうけど、生温い環境に違いなく、やがて、なぁなぁで人生が終わる。アルフレードは学はないが沢山の映画から多岐にわたる人生を見てきた。もちろん自身の不遇が基の人生観もある。それらからの、トトへのアドバイスだったのだろう。何十年かして村へ帰ってきた時、自分を知る者は少なくなっているだろう、中にずっといると気づきにくいが、人は生活のため自分の人生のため移動しているのだと。

 

名作100選に入るくらいの作品で、タイトルは何度も聞いたことあるのに、今回初めて観た。面白かった。

 

完全版にはエレナとのすれ違いの理由も描かれているようだ。

 

★★★★

 

 

 


『はい、泳げません』(2022)

原作は髙橋秀実のエッセイ。

 

監督・脚本 渡辺謙作

音楽 渡邊琢磨(『あの子は貴族』『先生、私の隣に座っていただけませんか?』『人数の町』『ナミビアの砂漠』他)

主題歌 Little Glee Monster「magic!」「生きなくちゃ」

配給 東京テアトルリトルモア

 

長谷川博己、綾瀬はるか、麻生久美子、小林薫、阿部純子、伊佐山ひろ子、広岡由里子、上原奈美、占部房子(うらべふさこ)、他。

 

大学で哲学を教える小鳥遊雄司(長谷川博己)は水が怖い。これまでの人生、とにかくあらゆる水を避けてきた。当然泳げない。けれど、それを克服したい気持ちはある。そんなわけで、スイミングスクールに様子見に行って、水泳を教えているコーチ薄原静香(綾瀬はるか)に強引に入会させられる。哲学者らしく何かと御託を並べては泳げない言い訳に転換するが、静香コーチの的確な指導のもと、また一緒に習う歯に衣着せぬ陽気なおばさん四人組(伊佐山ひろ子広岡由里子占部房子上原奈美)との交流もプラスに働き、水泳を一段一段とマスターしていく。

そんな中で、どうして小鳥遊が水泳を習う決意に至ったのか、別れた妻美弥子(麻生久美子)との間に起こった不幸、現在交際のあるシングルマザーの奈美恵(阿部純子)との未来が描かれる。

 

コメディかと思ったらさにあらず。いや、コメディ要素はあるけれど、なかなか深い心理が描かれていた。それは人がいかに過去のトラウマを乗り越えて前向きに生きていくか、どう人生と向き合うか、そもそも人が明日を生きる意味にもつなげられる話になっていた。まさに、哲学的であり、心理学的でもあった(心理学教授も出てくる←小林薫)。

おばさんたちの会話がいかにもで、気恥ずかしさがあり、おばさんはおばさんという性別になるというのがわかる笑。キャスティングもぴたり。ふつうに面白かった。

 

★★★(★)

 

 

 

 

 




 

 

 

ネタバレすると、小鳥遊は息子トモヤを川の事故で亡くしている。泳げない水嫌いなのに思わず飛び込み助けようとするが、岩に当たって気を失い、そのままトモヤは溺れて亡くなる。その時の記憶がないこともあり、現実感がない小鳥遊は涙を流して悲しむことが出来ない。そこに意識の差を感じた美弥子とはうまくいかなくなり離婚となった。

理容師の奈美恵には亡くなったトモヤと似たような年頃の息子ジュンヤがいて、もしかしたら重ねたのかもしれない。交際に至るまでのエピソードがないので何がきっかけで何に惹かれたのかはわからない。だから、一度別れ話になった時は、そうだよね、やっぱり静香コーチにいくよね、と思ったけど違って、静香コーチは最後まで静香コーチだったし、小鳥遊は水泳のおかげでトモヤの最期を断片的にでも思い出すことができ、逆に本当に奈美恵を好きでジュンヤのことも大切だと自覚して元さやに収まった。脚本がうまいな、順当だと思えた。

 

 

『サラの鍵』(2010/日本公開2011)

原作はタチアナ・ド・ロネの著書。

フランス映画。原題は『Elle s'appelait Sarah』(彼女の名前はサラ)、英題は『Sarah's Key』

 

監督 ジル・パケ=ブランネール

脚本 ジル・パケ=ブランネールセルジュ・ジョンクール

 

1942年7月16日、ユダヤ人の居住区であったパリのマレ地区サントンジュにフランス警察によるユダヤ人一斉検挙が行われる。ユダヤ人のスタルジンスキ一家の少女サラ(少女期:メリュジーヌ・マヤンス/成長後:シャーロット・プトレル)は、その時機転を効かせ弟のミシェルを壁の一部になった隠れ納戸に鍵をかけてかくまう。

サラは父母(アルバン・バイラクタライナターシャ・マスケヴィッチ)と共にヴェルディヴ(競輪場)に連行された後、収容所へと移動となり、両親とも離される。サラは鍵をかけたまま置いてくる結果になったミシェルの無事がずっと気になっており、収容所で知り合った少女ラシェルとともに脱走を図る。

その後、デュフォール夫妻(ニエル・アレストリュプドミニク・フロ)に助けられたものの、ラシェルはジフテリアで亡くなってしまう。サラはミシェルのことを話し、夫妻と共にサントンジュのアパートへ向かう。しかしサラのアパートはすでにテザック家が越してきており、他人の住まいになっていた。それでも上がりこみ、ずっと大切に持っていた納戸の鍵を開けるが、そこには変わり果てたミシェルが…。

1ヶ月が経っていたのだ。サラはそのままデュフォール一家に引き取られるが、1952年姿を消す。

2009年、夫ベルトン・テザック(フレデリック・ピエロ)と娘とパリで暮らすジャーナリストのジュリア・ジャーモンド(クリスティン・スコット・トーマス)は仕事で1942年のユダヤ人検挙について記事を書くことになった。そのため、取材を重ねていて、義父であるエドゥアール・テザック(ミシェル・デュショソワ)から譲り受けることになったアパートが、ユダヤ人のものだったことを知る。さらに、生存の有無がわかっていないサラの存在を知る。ちょうどジュリアは第二子となる子の妊娠がわかるが、45歳という年齢からベルトンに反対されていて、人生の岐路でもあった。

エドゥアールは幼少期当時、同じような年頃のサラに会っていた。けれどずっと詳しいことは聞かされていなかった。唯一、父親(ジュリアから見れば義理の祖父)からサラからの手紙などが入った貸金庫を譲り受けていた。サラのサポートのため、デュフォール夫妻と金銭的な繋がりがあったのだった。ジュリアはサラに興味が湧いていく。

ジュリアはデュフォール家から出たサラの足跡を追い、ニューヨークへ飛び、結婚相手であるリチャード・レインズファード(ジョージ・バート)を尋ねるが、サラはすでに40年も前に亡くなっており、リチャードにも会えなかったが、再婚相手(ジョアンナ・マーリン)に息子であるウィリアム・レインズファード(エイダン・クイン)がフィレンツェにいることを教えてもらう。さっそく訪ねるが、ウィリアムは自分にユダヤの血が流れていることさえ知らなかった。あらためてウィリアムは母サラが事故死ではなかったことなど、ショッキングな真実を父親が持っていたサラの日記から知ることになる。

全てがつながり、過酷な一人の少女の人生、迫害を受けていたユダヤ人の惨状がわかった頃、ジュリアはベルトンと離婚を決め、一人子供を産み育てる。子供の名前はサラと名付け…。

 

大きな歴史のうねりの中の小さいひとつの人生、その血脈が次へ次へと繋がっていってる、人間の営みになんとも言えない気持ちが起こる。ロマンというと安っぽいし、「歴史」とまとめると大仰な気もして、適切な表現が見つからない。


そんな中で、ここ数年の「戸籍」をないがしろにする選択的夫婦別姓問題はやはり日本においてはやめてほしいと思った。正式な記録なくして家系図は辿れない。家系図からは代々続く血脈を知れ、伝統を感じられる。遺伝子の重要性まで広がる。

 

戸籍が辿れないと自分のルーツがわからない。サラはユダヤ人であることを隠すためにも、もっと広い世界、当時人種のるつぼでもあった夢のニューヨークへわたる。みごと、素性、姓を隠し新しい人生を歩む。それは本人にとって人生をやり直し辛い過去との決別にもなり、さらに続くかもしれない血の継承で、未来ある生命に負担をかけずに済む。

なんてことを考えると、戸籍制度を大切に感じない人は、例え消したいルーツであっても、それは当人の問題であり、後人のことを思ってないことになる。

戸籍をたどることは、生まれた人間全員がするわけではない。でも、もし、何代にも続く血脈のうち、10人に1人であってもたどりたい人が現れたら、未来の誰かの知の欲求をとざすことになる。

ウィリアムはショックを受けるし、知ったことで何かが悪い方へ変わったかもしれない。でも、先祖の想いを知ることが出来た。そこには確かに自分に繋がる人の命があったことを実感できたはずだ。


戸籍は大切。ちなみに皇族の男系継承も、遺伝子が変わるということを考えれば、そうあるべきなのだ。調べていけば、代々継がれてきたY遺伝子を変えてはならないのがわかる。

 

人は歴史。

 

★★★★(★)

 

 

 

 

 

『52ヘルツのクジラたち』(2024)
原作は町田そのこの小説。
 
監督 成島出(『八日目の蝉』『脳男』『ちょっと今から仕事やめてくる』『ファミリア』他)
脚本 龍居由佳里(『四月は君の嘘』『ラストケア』他)
脚本協力 渡辺直樹
音楽 小林洋平(『マッチング』他)
主題歌 Saucy Dog「この長い旅の中で」
 
杉咲花、志尊淳、小野花梨、宮沢氷魚、桑名桃李、金子大地、西野七瀬、真飛聖、余貴美子、池谷のぶえ、倍賞美津子、他。
 
母親(真飛聖)から虐待を受けて育った三島貴瑚=きこ(杉咲花)は、高校卒業後、寝たきりになった義父の介護を押し付けられ、母親からの虐待も続いていた。疲弊しきった貴瑚は死ぬつもりでふらふらと道路に出ていったところ、中高時代の友人牧岡美晴(小野花梨)と、一緒にいた岡田安吾通称アンさん(志尊淳)に助けられる。
まったく連絡が取れず心配していた美晴は、職場の先輩のアンさんと共にただならぬ様子の貴瑚をそのまま飲みに誘い、事情を聞く。その後も親身になって助言を惜しまないアンさんと美晴によって、貴瑚は母親と義父のもとから離れ生活を一新する。
貴瑚を「キナコ」と呼ぶアンさんのことを好きになっていくが、アンさんからは友人関係以上の感情を得られなかった。そんな中、勤め先のトラブルがもとで、社長の息子である新名主税=ちから(宮沢氷魚)と親しくなる。二人は恋人同士になり同棲までいくが、主税は親から取引先の娘との縁談を持ち込まれる。貴瑚を愛してはいたが、アンさんが送ったとされる怪文書で破談になったのを機に、貴瑚に対する暴力が始まり荒れていく。そんな折、アンさんが自ら命を断つ。
貴瑚は祖母が暮らした海の見える街で出直しを図る。しかしそこで出会ったのは、母親琴美(西野七瀬)から「ムシ」と呼ばれ虐待を受けてる失語症の少年(桑名桃李)。アンさんがそうしてくれたように、貴瑚も少年に新しい人生を与えたくて美晴と共に少年の幼い頃を知る叔母を訪ねるなど行動していく。やがて琴美は少年を捨てて街を出ていく。そうして貴瑚が選んだのは、少年と暮らすこと…。
 
クジラの鳴き声を聞いただけで涙が出そうになるし、なんてことない笑い合うシーンでも泣きそうになる。ラストの貴瑚、愛、美晴、村中の祖母(倍賞美津子)の会話に聞き耳を立ててた村中(金子大地)の姿だけでも涙腺が緩んだくらい、何度も何度もそうして胸に響くものがある。100回泣ける勢い。とても良かった。
 
とにかく志尊淳が素晴らしい。
小野花梨もこのくらいのキャラクターが合う。
少年役の桑名桃李も、目にめちゃくちゃ力があった。
金子大地の割り込み方も良かった。
その他、これだけ適材を揃えるなんて、キャスティングが上手い。
 
★★★★★
 

 

 

 
制作プロダクション アークエンタテインメント
配給 ギャガ
 
 
 
 


 
 
以下、感想付きネタバレ。


 
52ヘルツのクジラとは、他の誰にも聞こえない高い声(周波数)で泣くクジラのことで、どんな苦しみも悲しみも自分一人で抱え込んで生きている状態になぞらえている。そういう人、同じ境遇、痛みを持った人は必ずいる、とクジラの鳴き声を聞くことが生きる力と希望に繋がるということのようだ。このクジラの声を教えてくれたのはアンさんで、どうにも辛い時に聞くのだという。それが貴瑚に渡り、少年に渡る。
貴瑚がアンさんから「キナコ」と呼ばれるようになったのは、安吾→アンコから、アンコとキナコになったとかなんとか。でも、安吾がアンゴでもなくアンコでもなく、アンさんと呼ばれるのには、もう少し違う事情も考えられる。
「魂の番(つがい)」を教えたのもアンさんで、人にはこの人だという魂の番が現れるとのだそう。貴瑚はアンさんがそうであって欲しかったが、叶わず。それもそうで、アンさんも抱えて生きるには辛すぎる事情があった。アンさんは性同一性障害だった。幼い頃からそうだったのに、母親さえも気づかなかったし言い出せなかった。最初、アンさんの独特の喋り方、諭すようで包み込むような口調に、もしかして信仰宗教斡旋の人? または詐欺師?と思ったけど、納得だった。まっすぐに、52ヘルツのクジラのつもりで、ただ、寄り添っていたのだ。想いが募れば募るほどそうするしかなかった。薄く生えた顎髭も妙に不自然で気になっていたが、そういうわけかと溜飲が下がった。ついでに志尊淳の甘い顔も、ホルモン剤を欠かせない身、中途半端に女性が残っていてキャスティングの勝利でもあるなと思った。
アンさんの名前はあんずの季節に生まれたことから「杏(あんず)」と書いて「あん」と読む。男女の区別無しの「アンさん」という呼び名も、主税がその呼び名に女性だと思ったこともなるほどだ。
少年は琴美からは「ムシ」と呼ばれ心底嫌われ、その呼び名はあんまりだと新しい呼び名をつけようとすると、「52」を希望した。アンさん、貴瑚と受け継がれたクジラの鳴き声が少年にまでいった図。探し訪ねた叔母は亡くなっていたが、近所の人(池谷のぶえ)から名前は「愛」と書いて「いとし」と読むと聞く。ここで「愛(いとし)」とは…少年の名前よ…泣ける。あと、少年は長髪なのだけど、叔母の病気の役に立とうとヘアードネーションを考えていたからというのも、少なくとも叔母には愛されていたのだなぁとまた涙腺緩む。
ちなみに琴美の子嫌いは別れた男の子供で、欲しくなかったのにどうにも出来なかったという、なんとも母親の前に女である「女の姿」が腹立たしかった。しかも元から直情的ですぐに手が出る。育ちに何か起因するものがあったのかもしれないけど、物語の中では描かれてなく、どこにも同情の余地がなかったのが潔い。また、琴美は貴瑚の家の修理に出入りする職人村中の同級生で、貴瑚が少年とコンタクトを取れるようになったのは村中が一役買ったから、なのもその後の関連性や展開がスムーズ。
その村中は貴瑚に想いを寄せている。なんとか近づきたくて色々誘ったり。おそらく、魂の番にはならないだろうけど、長く付き合っていける友人という存在にはなるんじゃないかな。今後。と想像。
美晴にも魂の番たる恋人(井上想良)が出来て結婚へと向かうから貴瑚と愛とは一緒にいられないけど、この二人もずっと、信頼し合える友人であるのだろう。
さて。アンさんには自傷癖があった。辛かったのだろう。貴瑚を愛してはいたが言い出せなかった。そして主税は貴瑚とのことでアンさんの母親(余貴美子)を呼び寄せ執拗に攻め、アンさんが性同一性障害であることも母親、貴瑚にバレる。だけど、母親はもうひとつ、アンさんの立場からものが言えなかった。そこに絶望も感じたのだろう、地元田舎へ帰ることになった日、手首を切る。

アンさんが亡くなって、その事情がわかった貴瑚は、アンさんが男でも女でも気持ちは変わらないのにと言うのだが、果たしてそうだろうか? そこが気になった。
 
 

『九条の大罪』(2026)Netflix Season1全10話

原作は真鍋昌平の漫画。

 

監督 土井裕泰=どいのぶひろ(『涙そうそう』『花束みたいな恋をした』他)、山本剛義=やまもとたけよし、足立博

脚本 根本ノンジ

主題歌 羊文学「Dogs」

 

柳楽優弥、松村北斗、池田エライザ、町田啓太、音尾琢磨、ムロツヨシ、吉村界人、後藤剛範、岩松了、仙道敦子、光石研、石川瑠華、水沢林太郎、田中俊介、渡辺真起子、菊池亜希子、長谷川忍、香椎由宇、生田斗真、黒崎煌代、原田泰雅、他。

 

ヤクザや半グレ、前科待ちなど社会的には悪とされる人たちの弁護ばかり引き受ける九条間人=くじょうたいざ(柳楽優弥)だが、依頼人を守るのが弁護士の仕事という信条を持つ。しかし法のギリギリを狙いその量刑を軽くする悪徳弁護士という評判の方が高い。その九条法律事務所に、東大法学部を主席で出たエリート弁護士烏丸真司(松村北斗)が入る。ソーシャルワーカーの薬師前仁美(池田エライザ)と共に交流を深めつつ、案件を片付けていく中で、九条と烏丸のそもそもの出会い、二人の家庭の事情、九条を頼り相談を持ち掛けるバッグにヤクザ京極清志(ムロツヨシ)がいる壬生憲剛(町田啓太)の過去、何かと絡む刑事嵐山(音尾琢磨)の過去などから関連性があきらかになっていく。もともと九条に興味があり事務所へ入った烏丸は、九条の弁護士としての被告への向き合い方に少しずつ共鳴していくが、バッジが飛ぶかもしれない案件を前に、最終的には自分の信条から九条のもとを去ることを選ぶ…。

 

実は人権派とも言える九条だった。ていうか、10話じゃ完結しないし、要のところは何も片付かないし、わからない。いいところで切られニラニラするほど、面白かった。続き、はよ!


今回の話は、伏見組のヤクザ京極をトップにおいたその下で暗躍する者たちの悪行を描いたものだった。京極>菅原(後藤剛範)>壬生>久我(吉村界人)といった感じで、これに、この壬生の周りの人間たちが依頼人として絡む。壬生の下にいて代わりに投獄されてる半グレの犬飼(田中俊介)、介護施設の代表とは名ばかりの反社菅原、その施設のスタッフに潜り込んだ久我、菅原とも関係するAVメーカー社長小山(長谷川忍)、そのAVに取り込まれるトーヨコに居つく雫(石川瑠華)、ドラッグ常習者の森田(佐久本宝)、運び屋の曽我部(黒崎煌代)、売人金本(原田泰雅)などなど。

その他、九条の恩師である山城弁護士に岩松了、九条と同期のフェミニスト系弁護士亀岡香椎由宇、九条の信頼する人権派弁護士流木光石研、刑事嵐山の下につく深見水沢耕太朗、有能な雑誌記者市田菊池亜希子烏丸の母親仙道敦子、九条の実兄で検事の鞍馬蔵人生田斗真、など脇が秀逸。

あと、老人ホームで亡くなった父親の遺産訴訟を依頼する娘家守渡辺真起子、さすが。

九条が飼うことになるドーベルマンブラックサンダー(タレント犬なので本名はNINAというらしい)もいい。

 

配役が素晴らしく、頭の足りない搾取される女の子笠置雫役の石川瑠華は最高だった。こんな役やらせたらピカイチ。同じく足りなそうな、ヤクザや半グレに親(水澤紳吾)子揃っていいように使われる曽我部聡太役の黒崎煌代も良かった。そして香椎由宇、久しぶりに見たけど相変わらずきれいだったし、演技も良かった。

 

社会問題を扱ってるし、その問題に関してどちらがどうとも言及しない。事件を起こしたり、被告人となったりしたその背景から抜け出し、新たな人生を歩むことの難しさをたんたんと見せてるのが刺さる。壬生の愛犬おもちのエピソードは辛かった。

 

面白いので早く2やって。

 

★★★★★

 

 

 

 

『ナイトフラワー』(2025)

 

原案・脚本・監督 内田英治(『下衆の愛』『獣道』『ミッドナイトスワン』『タイトル、拒絶』『異動辞令は音楽隊!』『マッチング』

音楽 小林洋平(『マッチング』『異動辞令は音楽隊!』他)

エンディングテーマ曲 角野隼斗「Spring Lullaby」

 

北川景子、森田望智、佐久間大介、渡瀬結美、加藤侑大、渋谷龍太、田中麗奈、瀧七海、内田慈、池内博之、光石研、渋川清彦、他。

 

借金を残して夫が蒸発した。小学生の小春(渡瀬結美)と保育園生の小太郎(加藤侑大)の二人の子供を抱えて永島夏希(北川景子)は大阪から東京へ逃げて来た。ラブホテルの清掃と地球儀製作会社とスナックのホステスを掛け持つも、食べ盛りの子供に好きなものも食べさせてあげられない、財布の中の小銭が全財産という困窮状態だった。それでも明るく前向きにを心がけて子供に接している。

小春はヴァイオリンを習っていて、東京でも無償で教えてくれる教室に通っている。でも、本当はわずかだが月謝がかかっていたことを知る。そのお金は小春がストリートミュージシャンがごとく、街角で演奏して得たお金で賄っていたのだ。夏希はたまたま見かけたドラッグの売買トラブルから、売人で稼ぐ決意をする。

一方で、ジムの看板格闘家として地下リングに立つ芳井多摩恵(森田望智)。それだけでは生活できないし、経営難のジムにプラスになればとデリヘル嬢としても働く。街で偶然夏希がドラッグの売買で詰められ怪我をしたのを助け出会う。その後、ジムの会長(光石研)が飛んだのと夏希がドラッグの売人として稼ぎたいというのと目的が合致し、デリヘルの車係であり幼い頃から似た境遇で一緒に支え合ってきた池田海(佐久間大介)のツテで、正式に売人の元締めサトウ(渋谷龍太)を紹介してもらうことになる。

小春には中古だがヴァイオリンを買って本格的に習わせてあげることができ、小太郎には大好きな餃子を食べさせてあげることができるようになった。多摩恵も存続が危ぶまれたジムから、熱心にサポートしてくれるコーチ(池内博之)のおかげもあって、表のリングに立つことが決まった。夏希と多摩恵は家族のようにいつも一緒にいるようになっていく。が、ドラッグを買いに来ていた女子大生星崎桜(瀧七海)が亡くなったことで夏希と多摩恵は窮地に追い込まれる。また、小太郎が他の園児を傷つけたことでより稼がなくてはならない状況になっていく。

桜は父親の言いなりの母親みゆき(田中麗奈)という冷え切った家庭が嫌で家出をした。その前からドラッグに手を出してる遊び友達とつるんでいて、やがて自分でも買うようになったのだ。みゆきはそんな桜を街で見かけ、元刑事の探偵岩倉(渋川清彦)に調査を依頼していた。そして桜の死を機に、夏希への恨みが行動に出る…。

 

商店街のシャッター前でヴァイオリンを弾いてお金をもらう小春の姿、それを見つけて涙が溢れる夏希、また小春が弾く曲「ラ・フォリア」で、胸がつまる。時には感情的になってしまう夏希だが、基本的には子供には優しく、明るく接している。小春はそんな母親の苦労を知っているからこそ、手を煩わすことないよう行動している。その上でのシーンなのでグッときた。

 

小太郎が(おそらく)発達障害なのもなかなかつらい。他の園児を傷つけてしまった時に、夏希自身、小太郎が他の子とは違うことをわかっていたと思える節がある。だからといってどうすることも出来ない、そこまで手が回らない生活だったということがしんどい。

 

海の多摩恵への気持ちも良かった。頭が足りないんだろう、人間が弱い。その弱さが悲しい。まあ、出てくるキャラみんな弱い。弱いながらも強くあろうとする姿が切ない。

良い作品だった。

 

でも。

森田望智がキャラを作り過ぎてるのが残念だった。戦ってるシーン、練習してるシーン、ナチュラルに子供らと触れ合ってるシーンなどほぼ台詞のないシーンはとても良かっただけに、なんであんなお粗末な芝居つけたんだろうと惜しくてしかたない。普通にうまいのに。そして逆に北川景子の演技力に驚いた。若い頃のよく連ドラに出ていた頃とは大違いで、顔をぐしゃぐしゃにして泣くシーンとか、最高だった。元がきれいだからどうやっても良く見えるんだろう、だからこそ良かったのかもしれないけど。

佐久間大介がいい仕事してる。


ナイトフラワーは、スナックのママ(内田慈)が客から贈られた花で、そのまま夏希がもらって帰ったもの。

 

★★★★

 

 

 

 

制作プロダクション DASH

配給 松竹

 

 

 

 

 




以下、ネタバレ?考察。 


 

ラストは夏希と多摩恵は下手を打ったとして、サトウの組織に追い込まれることになる。その二人を紹介し、かばっている点からまず海がやられ(おそらく命をとられる)、次に多摩恵のところにサトウが始末をつけに行く。母親という存在について一定の思想があるようで、答えによっては助けないでもないみたいに、最後に多摩恵に母親について問うシーンがあるが、何を聞いたのか何と答えたのかはわからない。

夏希のところにはみゆきが岩倉に用意してもらった拳銃を持って訪ねるが、団地の前で小春と出会す。もちろん夏希の娘だとわかっているみゆきは、おもむろにバッグから拳銃を取り出し銃口を小春に向ける。部屋では四人で海へ出かけようと楽しそうに新しいスーツケースに荷物を詰め込んでいる夏希と小太郎。外で銃声がパンと一発聴こえる。数秒で嫌な予感がよぎり青ざめる夏希だったが、次の瞬間玄関のドアがガチャガチャと乱暴に開く。夏希の悪い予感ははずれ、多摩恵と小春が楽しそうに入ってくる。そしてベランダに置いてあったいつ咲くかと待ち望んでいたナイトフラワーが咲く。昼間なのに…。

 

というものなのだが、ふたつの考察があるようだ。

ひとつはこの通り、難を逃れた四人。もうひとつは、ドアがガチャガチャ鳴ったところまでが現実で、その後は幻、夏希の空想だという説。これがまたどっちとも取れるように作られてるのがすごいなと思った。ただ、ナイトフラワーは夜にしか咲かない。

 

私的には、ナイトフラワーが咲いたことで、奇跡が起こったんだと思いたい。おそらく、暴行を受け瀕死の海は山中に埋められるだろうけど、運良く助かる。小春がみゆきに銃口を向けられてるところへ、サトウの温情を受けた多摩恵が現れ、みゆきは慌てて何事もなかったようにその場を去る。ちょっと様子のおかしい小春は気になるものの二人で夏希と小太郎のいる部屋へ向かう。その後、みゆきは銃口を自分に向け自ら命を絶つ。犯罪が糾弾されずに逃されるラスト。サトウたちさえも日常が続く。そんなふうに思いたい。

 

 

『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。(2026)

原作は写真家地引雄一の経験と事実に基づく80年前後のインディーズシーン記録的著書。

 

監督 田口トモロヲ

脚本 宮藤官九郎

音楽 大友良英

 

峯田和伸、若葉竜也、吉岡里帆、仲野太賀、間宮祥太朗、中島セナ、神野美鈴、浜野謙太、大森南朋、中村獅童、マギー、松浦裕也、米村亮太朗、渡辺大知、森岡龍、山岸門人、三浦獠太、大友律、他。




 

1978年、ロンドンで生まれたセックス・ピストルズに触発された面々が、東京で新しい音楽のムーブメントを起こす。


田舎から上京してきたカメラマン志望のユーイチ(峯田和伸)は、ロックミニコミ誌「ロッキンドール」に出会い、ライブハウスへと足を向ける。そこで「ロッキンドール」の発行者サチ(吉岡里帆)と初めて会い、ボーカルモモ(若葉竜也)率いるバンドTOKAGEとも出会う。その音楽とスタイル、表現に衝撃を受け、以降ユーイチはモモやサチに促されるまま、東京のライブハウスを中心とした音楽シーンに入って行く。

ニューヨーク帰りのS-TORA(大森南朋)が開いたスタジオ兼ライブハウス「S-TORAスタジオ」に圧倒的な表現力を持ったバンドが集まり、若者を熱狂させ、メディアにも取り上げられ「東京ロッカーズ」と呼ばれるようになる。次から次へとパンクミュージックを主体としたバンドが生まれてくる中、メジャーとマイナーの違い、売れることとやりたいことの乖離にモモを始めとするミュージシャンたちがそれぞれジレンマも抱えるようになる。そうして東京ロッカーズという名称は翌1979年には消滅(解散)する。しかし、このミュージックムーブメントは収まらず、各々が自分の理想や夢を追う道を行った結果、のちにインディーズとくくられるジャンルになり、ユーイチもまたレーベル(テレグラフ・レコード)を立ち上げ世に彼らの音楽を放っていく…。


以下、配役。確認できたものだけ。

 

TOKAGELIZARD(モモ:若葉竜也→モモヨ、ワキ:

三浦獠太ワカムー:肥田日向コーベリィ:瑠己也=るきや→ベルタツ:大友律カツ)※前身は紅蜥蜴

ロボトメイアZELDA(サチ:吉岡里帆→チホ/小嶋さちほ、加世子:中島セナ→サヨコ/高橋佐代子)

軋轢FRICTION(DEEP:間宮祥太朗→レック)

S-TORAS-KEN(大森南朋)

ごくつぶしじゃがたら(ヒロミ:中村獅童→江戸アケミ)※じゃがたらは名称をエド&じゃがたら、財団法人じゃがたら、暗黒大陸じゃがたらなど何度か変えている

解剖室スターリン(未知ヲ:仲野太賀→遠藤ミチロウ)

No!No!BandNONBAND(ボーカル:重盛玲架ノン

 

懐かしくて、ライブシーンが流れる度に座席から立ち上がりたくなる。残されてる映像や地引雄一撮影の写真がちょいちょい入り、違和感がない。そりゃあ心躍る。ほぼ知ってる曲だったし、LIZARD(劇中:TOKAGE)ZELDA(劇中:ロボトメイア)じゃがたら(劇中:ごくつぶし)は盤もある。そんなだからラストの「宣戦布告」が終わると、拍手をしたくなるくらいだった。

 

当時、モモヨ(劇中:モモ)が何を思っていたのか、なぜ覚醒剤に手を出してしまったのかがわかり(原作未読)、さらに、当時メジャーデビューして売れていったバンドのイメージは間違ってなかったと答え合わせもできた。自分でも抑えられない衝動や、どうしていいかわからないもどかしさを音楽という表現で発する、私はそういうインディーズが好きだったのだと改めて思った。

 

座席はほぼ満席。客層は当時を知る年配層といった感じの人がやはり多かった。

実は田口トモロヲというとミュージシャンという認識だったので、役者としてドラマに出始めた頃、ケラ同様、なぜ芝居!?と不思議だった。ずっと演劇には関わっていたのね。知らなかった。

 

配役、モモ役若葉竜也もチホ役吉岡里帆も忠実にというか最高だった。心配した未知ヲ役仲野太賀も正解。そしてヒロミ役の中村獅童には感動さえした。素晴らしい。モモの母親役に神野美鈴LOFTの店長渡辺大知

 

そんなわけで郷愁効果で最高だった。

 

★★★★★

 

 

 

 

配給 ハピネットファントム・スタジオ

 

 

 

 






以下、回顧録。



実は「ストリート・キングダム」は持ってるつもりだったが、私が持ってたのは佐藤ジンの写真集「GIG」だった。これも一連のインディーズムーブメントを撮ったもの。



私は東京ロッカーズは体験してない。だから拠点となったS‐KENスタジオは知らないし、そこから生まれた東京ロッカーズに入るミラーズやミスター・カイトも名前しか知らない。同じくボーイズボーイズ(劇中ではモンキーモンキー)も知らない。でもそのすぐ後、サヨコがボーカルに迎えられ 、ZELDAがモモヨのプロデュースで「Ash-Lah」を出したあたりからハマっていった。LIZARDはモモヨファンの友達についてキーボードのコー推しで、渋谷屋根裏や新宿ロフトに観に行った。

スターリンの臓物騒ぎは行ってないが、うわさは知ってるし、他のバンドもきわどかった。「CHANGE 2000」は数冊読んだし、好きだったアーント・サリーからのPhewを特集された号はいまだに持ってる。

ZELDAはサヨコファンだったので招き猫カゲキ団、サヨコオトナラまでは追っていたし、ローザ・ルクセンブルグ~BO GUMBOSも好きだったので、チホさんとどんとのユニットまでは追ってる。

そうそう、ZELDAはギターのヨーコさんもスレンダーでかっこよかった。

 

 

ちなみに、音楽は洋楽から入った。日本でも人気だったベイシティローラーズからだ。夢中になったのはJAPAN。ジャンルだとブリティッシュパンク、ブリティッシュロック、ニューウェイブ(スカ、ツートーン)、オルタナティブロック、ハードコアと移っていった。雑誌なら、「ミュージックライフ」や「音楽専科」が「フールズメイト」や「ドール」「ロッキングオン」に変わっていった。



カトゥラトゥラーナがテレグラフから出てたのは知らなかった。

そうだ、私が六本木で行ってたライブハウスは「インクスティック」だ。