雨のあとのにおい -8ページ目

何がこんなに急がせる。

ふと気を抜くと、ぼくの意識はあちらこちらへ飛んでいき、

せかせかせかせか、歩き回っている。

いろんなことに、反射でこたえている。

なぜ?と問いかけるのを怠っている。

こんなでは、ぼくの感情は置き去りだ。

こんなでは、深い喜びや感動にはたどりつけやしない。

誰も何も、求めてなんかいないのに、

どうして、ぼくは急かされたように、じりじりとした焦りに飲み込まれてんだ。

どうでもいいことに振り回されていることに自覚的でなきゃいけない。

本当に大事なことなんてほんのわずかだ。

自分がいったい何をしなくちゃいけないのか、考えなければいけない。

「やらなきゃならないことをやるだけさ」って、

ボブディランからみうらじゅん、アイデン&ティティと峯田和伸を経由して届いた言葉。

その時その時でも、当てはまる言葉ではあるけれど、もっと大きな目で見てみると、

生まれてきたからには、ぼくにも何か「やらなきゃならないこと」があるんじゃないかって思ってる。

それが何なのか、早くわかればいいなと思う。

素晴らしい日

お伊勢さんに行ってきた。

ちょっと出足が遅れて人が多かったけど、やっぱり伊勢神宮はすごい。

鳥居をくぐると、もう辺りの空気が違う。

冬の凛として張りつめた空気もすごかったけど、

夏のお伊勢さんの空気は樹の匂いがとても強くて、

それなのに、整えられた空間らしく、混沌さはまったく感じられない。

夏の野山は雑多な匂いがするけど、ここの空気にはまとまりがある。

それと、地面からズドンと突き上げて、空を刺す木々。

そのふっとい幹に手を当てると、ジワジワーっと何かが体内に満ちてくる感じがする。

とたん、肩の力が抜けて、ふと呼吸が楽になり、深呼吸してみる。

そうするうちに、とても心地がよくなってきて、身体が歓喜する。

神道とか詳しいことはよく知らないけれど、伊勢神宮があり、それを維持しているっていうことが

とても素晴らしいことだなあと、しみじみ感じた。

やっぱ月イチくらいで来たいものだと、ほんとに思う。


さて、伊勢神宮に感銘を受けたあと、立ち寄らねばならぬところがある。

それは、おかげ横丁の気に入りの店たちだ。

ひとつは赤福本店。

もうひとつは全国から取り寄せた調味料や食材のお店、味匠館だ。

ここには、岐阜の名品「明宝ケチャップ」が置いてある。

あと、ウコンなど、独特な風味を醸す石垣島ラー油も。

素晴らしい名品の数々が、一同に介しているのだから、たまらない。

そしてそして、赤福本店にて、赤福氷なるものを体験してきた。

なんと、氷の中に赤福餅が入っていて、上から抹茶シロップがかけられている。

赤福を氷の中に入れてしまうとは恐れ入ったが、なかなかそれがうまい。

うーん、と思いながら、ぼんやり人の行き交う様を見ていたら、この夏の真昼間ゆえ、

驚くべきスピードで氷が溶けていた。


そんなこんなで、伊勢神宮内宮を後にし、宇治山田駅へ。

もう少しいたかったが早めに切り上げてきた。

というのは、高校野球の決勝を見たかったから。

北海道人として、結構気にかけていたけど、まさかここまでくるとは思ってなかった。

で、家まで帰っていたら試合は終わってしまうので、宇治山田駅構内のテレビにて

観戦することにした。

近鉄宇治山田駅

両チームとも、ミスからの得点や、内野安打での得点など、

見るほうとしては、かなりドキドキさせられる試合で、

他にも熱心に見入っている人がいたけど、大半は京都を応援していたから

(三重県代表が1回戦で京都に負けたことも影響か)

ひとりだけ相手側アルプスにて応援している気分だった。

そして、手に汗握る9回表、2アウトのとき、電車の時間にてダッシュ。

ⅰモードにて結果を知ったのでした。尻すぼみ。

しかし、すごいよ駒大苫小牧。ありがとう。おめでとう。


そんな気分で帰宅。

調子に乗って、酒屋へ向かい、悟の越州を購入。

帰り道、でっかい満月を東に眺め、西に稲妻を見やり、

さらにテンションは急上昇。

新物の秋刀魚を焼き、鯛のあら汁を炊き、

ご機嫌な豆腐「喧嘩上等やっこ野郎」をあけ、

おおいに酔っ払ったのでした。

それにしても秋刀魚の肝のなんと甘くジューシィだったこと!

越州もとても素敵なお酒であった。

そんなわけで、You know 今日はとても素晴らしい一日だったのです。

お伊勢さん

明日は早起き三千文の挙句、

遠路はるばるお伊勢参りして

赤福氷なんてのを食べたりしてきたいと思っております。

とてもよい心がけでありましょう。

身も心もリフレッシュして、きれいになってきます。

たのしい川べ

休みの日のための本がある。
ケネス・グレアム著 石井桃子訳 E・Hシェパード挿絵の「たのしい川べ」がそうだ。
文庫本にもなって出版されているが、あえて単行本を手に入れた。
これはハードカバーであるうえに、ケースもついている。
そのジャケットのなんと素晴らしいこと。
この絵を見ているととても幸せな気持ちになる。
この絵を描いている人は、クマのプーさんの挿絵も描いている人で、
そっちも、たまらなく好きだ。
 
ディズニーのキャラクターも悪くはないと思うけど、
絵からくる情報量には圧倒的な違いがある。
それに、物語との相性が素晴らしい。
どちらも、この絵を含めてひとつの作品であるとしか言いようがないようにおもえてくる。

「たのしい川べ」はいまのところ、休みのうちに少しずつ読んでいる。

なんだか一気に読んでしまうともったいないような気がして。

休みの日に窓際に横になって、飲み物なんか用意して、のんびり読む。

ところどころおかしくて、クスッとしてしまい、なんだかとても平和だなあなんて思ってしまう。

なんていうんだろう、すごく温かい世界がそこにあって、読んでいてとても心地がよくなってくる。

周りの景色の描写も素晴らしくて、ふと顔を上げて、家の外に目をやっていることもたびたびで、

普通に見ていたら気づかないようなことなんかに気づいたりする。

そう、読んでいると感受性が高まってくるのがわかって嬉しくなる。

休みの日の午後、そんなちょっとした楽しい時間を持つと、子どもの頃の夕方に帰れる気がする。

高山なおみさん

今日、NHKを見ていたら「今日の料理」に高山なおみさんが出ていた。

月に一度「高山なおみのゆっくりご飯」とかいって、出ているみたい。

今日は梅干を使った料理だったんだけど、

その、高山さんの漬けた梅がとても美味しそうで、奥歯の奥がいーってした。

出てきたメニューもとても美味しそうで、たまらなかったな。

高山さんの本は持ってるけど、実際に料理をしているところを見るのは初めてで、

でもなんだか、雰囲気とか思ってたような感じで、とても素敵な人だなあって思った。

時々だんなさんの話をするところとか特に。

あと、途中で段取り間違えそうになってるところとか。

なんか、やっぱり料理は人柄だなあ、なんて思ってしまったよ。

そんなぼくは、今日は久しぶりに焼きそばを作りました。

ばかみたいに野菜をたくさん入れて。

明日は絶好調間違いないね。

散歩デビュー

先週、3度目のワクチン接種を終え、ユキが散歩できるようになった。

最初はぼくの足にまとわりついたり、じゃれついていたけど、

少しずつ慣れてきたようで、意気揚々とぼくを引っ張っている。

でも、リードが伸びきると、ぼくのほうをチラッと見て、様子をうかがったりする。

そして、名前を呼ぶとぼくの目を見たりもする。

だけど、ユキのすごいところは、来る人来る人だれかれかまわずじゃれついていくこと。


おばちゃん、こども、怖そうなおじさん、ヤンキーっぽい若者たち、アメリカ人、自転車に乗ってる人、

おじいちゃん、忙しそうなサラリーマン、綺麗なお姉さん、腰のまがったおばあちゃんなどなど、

誰にでもものすごい勢いでじゃれついていく。

犬が好きな人は、「かわいいわねえ。」なんていって、じゃれさせてくれたりするけど、

強面のおっさんとか、ぼくは内心「勘弁してよぅ~。」なんて思っても、ユキは構わず飛び掛っていく。

アメリカ人のお兄ちゃんのときは、ぼくはちょっと参ったなあなんて思っていたけど、

「Hey,puppy!」なんつって、結構かわいがってくれた。

「アメリカのウチに犬がいるんダケド、しばらく会ってなくて、サミシインダヨ。」って、日本語上手だったし。

英会話教室の先生なのかなあ。

でも、すごいなあと思うのは、犬を連れていると、そこにコミュニケーションが生まれるってこと。

普通に歩いてりゃ、関わることもないであろう人たちと、普通に会話している。

おばあちゃんは、「かわいがってた犬が去年死んじゃって…。」って思い出話たくさん聞かせてくれたし、

同じキャバリアを飼っている人には、「2歳までには落ち着きますよ。」なんて教えてもらったり、

こどもには「また明日も来てね!」と言われるし。

なんだかすごいや、と思いながら歩いてる。

ユキのおかげで世界が広がっていくような気がするなあ。

なんだかね、だれかれ構わずじゃれかかっていくユキと、そこで出会う人たちと話していると、

ぼくがこれまで生きてきた中で、色んな枠組みを作って、

そこから、物事とか人とかを見てたんだなあということをありありと感じる

それはそれで必要なことなんだろうけど、いつでも実際は想像以上なんだね。

今後も、ユキからいろいろなことを教わりそうです。

そんなぼくに火がついたの

鶏のもも肉のトマトソース煮&タンブランのパン


思いつきで作ってみたこの料理、なんというか、

並々ならぬものを感じました。

もとは親子丼でもしたろ、と買ってきた鶏のもも肉でしたが、

トマトソースが食べたい気持ちで一杯になり、

この料理が生み出されたわけです。

畑で取れたナスや唐辛子なども入って、スウィート&スパイシー。

適当に考えて作っている割に、美味しいの。

タンブランのパンもどっしりと小麦の味わいにて、唸ります。

あと、このほかにローストビーフのサラダもつきました。

ここにワインがないのが不思議ですね。

あまりワインを飲まないのでワインに疎いのです。

そしてね、ひとりで出来のよい料理を食べるとき、どうしても

少しの寂しさを感じてしまいますが、それは気を紛らわすしかないのです。

愛する人に、素敵な料理を作って、それでもって、「すっごくおいしいよ。」なんて、

チャーミングな笑顔で褒められて、素晴らしい時間を過ごせる日だって、

いつか来るんでしょう。いや、きっと来るはずさ。なんて、思ってみるしかないのです。

それしか打つ手はないのです。

独り身を謳歌するにはそんな気分を乗り越えなければいけないのです。

きっと、ご飯を食べているうちに、お酒もまわり、機嫌もよくなってきて、

最高な気持ちに近づいていくのです。

そんな夜に、唐辛子の辛味が上手に効いた一皿を食べるうち、

ぼくの料理魂にふつふつと火がついてきたのです。

それはとめどない勢いで。

ビター・スウィート

今日は何ともいえず月がきれいで、とっても透きとおった夜空だった。
ぼくは仕事のために花苗や、花の種をホームセンターなんかに買いにいった。
店を出て、むわっとした空気を吸い込んだらちょっとむなしくなった。
小学生の頃、夏に初めて北海道を出たときに感じた、むわっとした空気。
ぼくは、いつの間にかそんなことが当たり前の土地にひとりで暮らしている。
ぼくはどこからきて、どこへゆくのか。
いったい、ぼくはなにをするのか。何をしなくちゃいけないのか。
それにしてもなんなんだろ、この世界は。
はー。はー。はー。
今日の昼間、女の子が、熟さずに落ちてしまった
とてもきれいな黄緑色の栗のいがを拾っていた。
その子はいがを強く持ってしまって、とても痛かったことやなんかを
すごく嬉しそうに話してくれて、ぼくはなんだか嬉しくなった。
そんなことが、たくさんあったらいいのに。

青春時代

夕べ、友人と酔っ払って話したのは、青春時代のこと。

思い出すと、恥ずかしく、ばかばかしく、情けなく、しかしとても愛おしい。

高校生のときに夢中になったファッションのことや、

馬鹿みたいに繰り返し聴いた音楽のこと、

女の子のこと、

とても恥ずかしくて人には言えないような思い出の数々、

中学時代の甘酸っぱい記憶や

ある夏の夜の出来事などなど。


同い年のぼくらは、まったく違う土地で過ごしてはいるものの、

同時代の文化の影響は同様に受けていて、

話していると、どんどんとその頃のことを思い出した。

夏の夜更けにぼく達はとてもくだらない話に花を満開、

ばかみたいに笑った。

いまじゃとても目も向けられないような思い出の数々。

しかし、お互いにもてないぼく達は、結局女の子の話なんかして、

妄想世界を分かち合い、ちっとも変わりゃしないね、と

また笑った。

身体が夏休みに入っている

ぼくはしばらく振りに、夏休みのない夏を過ごしている。

ぼくの人生に夏休みというものが持ち込まれて以来、初めてのことだ。

いつも暑い盛りの1ヶ月くらいは好きに過ごす時間があって、

退屈と怠惰とばかばかしいくらいまぶしい景色のなかを

なんにもかんがえないでいることができた。

それがどうだろう。

いま、ぼくは毎日仕事に行く。

夏休みじゃないって、わかっているから。

でも、

身体は長年の習慣を簡単には切り替えられないみたいだ。

8月に入った途端、ぼくは阿呆になったように、何も考えられなくなって、

身体は低空飛行、全細胞がブレーキをかけてるみたいに重たくなった。

身体が「怠惰せよ。」って命令する。

夏のきらめきを逃すなよって教えてくれている。

だけど、ぼくはそれに従うわけにもいかず、

重たい身体と、節約中の電気メーターのようにゆっくり回る頭を抱えて、

ため息ひとつついてみる。

「こんなのおかしいじゃないか。」って。

考えれば考えるほど、狂っていることが多すぎるけど、

仕方ない。とりあえずいまは我慢。

そのうち、この美しい夏を全身に浴びて、毎日を過ごすように、

なるからね。