プロムナード -37ページ目

プロムナード

古いこと、新しいこと
いつでも、どこでも
思いつくまま、気の向くまま


日本でもオーガニックの食材はそれなりに販売されているが、米国のオーガニックものは色々な意味でハンパない。

Whole Foods」というスーパーは、そうしたオーガニック商品の専門スーパーで、売り場面積もきわめて広い。扱い品目としては食材に限らず石鹸洗剤に至るまで、様々なオーガニック商品が陳列している。 

Whole Food market, Cupernito, California

調べたところによると、陳列される商品については相当に厳格な審査があって、それにパスしたものだけが並んでいるという。いきおい、販売価格はオーガニックということで高めであるため、Wal-Martなどの安売り店舗に比べると、客層としては富裕層が多い気はする。

さて、下の写真はそうした専門店とは別のオーガニック食品売り場。これは、米国カリフォルニア州にあるサニーベール市のダウンタウンでのFarmer's Marketでのオーガニックトマトの写真だ。


いかがです?このハードボイルド感。



「これ、商品?」そう疑いたくなる様な面構えだが、ある意味、これが本当のオーガニック食材なのだろう。

このFarmer's Marketは、毎週土曜日の午前中に同市やその他のダウンタウンにて開催されるものであるが、もちろん、写真にあるトマト以外にも果物や他の野菜もたくさんあって、いつも相当な賑わいとなっている。

リンゴなども、他の一般スーパーに並んでいるようなワックスピッカピカのものじゃなく、まるで野生のリンゴの様な形や色彩のものが陳列されていて、そのワイルド感がなんとも心地が良い。

しかし、くだんのトマトに手を出すのには、さすがに気がひけた。悪いけど、旨そうには見えなかった。ひょっとするとそのまま食べるのではなく料理に使う目的用のものなのかもしれないが、オーガニック云々とかのたまう輩は、こういうトマトに何の抵抗も持たないことが基本だろう。

今からして思えば、トライすればよかった。次回の宿題だ。


オーガニックと言う以上は、消費者としてそれなりの「覚悟」が必要。

価格もそうだが、容貌についても原始的であることを理解する必要がある。味についても甘くないものや固いものなどを抵抗なく受け入れるための努力をはらい、慣れ親しみ、意識することなく摂取でき、更にそれらの方が旨いと思える様に、自己鍛錬することが必要だ。

そう考えると、我国のオーガニック信者には、どうも「ライトなオーガニック派」や、ともすれば「なんちゃってオーガニック派」が多い気がするのだが。。。



「なんで、AKB48が好きなの?」
と、よく聞かれる。

次に聞かれることは、
「押しメンは誰?」

ええっと(^^;

言わずと知れた、AKBシアターのあるアキバの中心地

昨年のAKB48による経済効果は200億円から300億円といわれており、国内経済を回転させるという云う意味で大きく貢献しています。それは、財界人も認めている。東京都知事選挙の投票の促しまで行っている。いよいよ政界まで影響力を持つようになったということか、なんちゃって。。。。

しかし、日本経済をグローバルな視点で鑑みると、そもそも経済とは、諸外国との間に於ける相対的なものだから、

外国からの貨幣が入らなければ、本当の意味での経済効果が上がったとはいえません。

つまり、日本国内で金を動かしているだけでは経済が回転しているとはいえない。早い話、「収支ゼロ」なワケで。。。

話、長い予感しません?

ままま、そのまま聞いてくださいまし。

現在その経済が低迷しているということは、つまり日本製品が売れないということなのだ。

その原因はずばり「円高」だと思う。

わが国はエネルギーも食料も地産地消が出来ない国。ライフラインであるこの二つを外国に頼っているという現状がある。

日本を壊滅させるためには、このエネルギーと食料の一つでも止めてしまえばいい。

その二つの命題を克服するためには、技術力はもとよりそれを支える経済力が必要。

今、その資金が枯渇している。打開するには国策として円高対策が必要なのです。ところが、今の政府は全く無能な状態を露呈するのみと云う体たらく。
技術に対する投資が出来なくなっている。

ここだけの話だが、大東亜戦争を仕掛けた「日独伊」の連合って、すごかったと思う。今思ってもスゴイ選択肢だった。

 (i)   イタリアのデザイン
    (ii)   ドイツのこだわり
    (iii)  日本の職人芸

そして、アメリカを市場としてのターゲットにすると云う世界戦略。

これ、すべてがうまくいって皆がハッピーだったら、「Win-Win」なんですね。

但し、戦争という手段はイクナイ。だって、人が死ぬから!親や子供が死ぬから。。。

さて、AKBに戻ります(本題)

そうした、つまり国策が円高に対して無策な今、AKB48は中国・インドネシア・台湾などにローカライズした現地法人を設立し、そこで経済を回転させながらライセンスやロイヤルティを日本にもたらせるという新たなビジネスモデルに挑戦している。

また、諸外国は日本のサブカルについて極めて関心を寄せている。小生はAKB48を単なるサブカルだとは思ってはいないが、それでも諸外国から見て、サブカルの延長上と捉えられても問題はないと考えている。

サブカルと言えば、アニメかな?

小生、アニメはあまり興味がないが、本流の文化とは異なる「サブ的なもの」には大変興味がある。アニメそのものには興味はないけど、アニメヲタには研究対象として興味深い。

某国では、ここ暫く日本製品不買運動が起きている。ところがその国で行われたAKBの現地オーディションには、48人の選抜に対して一万人をはるかに超える応募があったそうだ。ここに大きなヒントがあります。

最近、AKB48という子供たちの一部を海外派遣させる戦略に踏み切った。その心は、日本を離れて「風向きを感じろ」、或いは「野生の勘を鈍化させるな」、だと思う。

プロデューサの秋元康氏は54歳。価値観こそ違えど、生まれ育った時代背景は小生とほぼ同等。小生等が若いころ、大人たちが性懲りも無く繰り返す同じ茶番を見て育った。今のAKB48は、それに対するアンチテーゼとも考えられなくはない。自然淘汰は試行錯誤であって、自然の流れなんだと思う。

秋元康氏がよくいう、

「予定調和を崩す」という手法、小生には出来ないことだが、それによる経済回復もありうるのではないかとも考えている。

まぁ、それが日独伊かどうかは分らないけど。。
最近、モーニング娘。が復活してきている。かつてファンだった小生としては大変喜ばしい。

当時の動画はVHSでの供給だった


今世紀初頭のころ、小生は2ちゃんねるの「モーニング娘。(羊)」という掲示板の中にあった議論系スレで、あるコテハンを用いて、同様のコテハン連中とたくさんの議論を行ったものだった。その内容は、「今後、モーニング娘。をどうプロデュースしていくべきか」という内容。いわゆる典型的な脳内妄想的なスレだったのだが、スレ立て人の了解の下に、小生がスレを先導する形で議論が進み、様々なアイデアが出てきた。


そのアイデアとして今でもよく覚えているのが、「ドキュメンタリ番組を作成せよ」とか、「地震が発生したら、チャリティコンサートを開け」、「海外進出を図れ、ただし欧米ではなく、東南アジアで」といった内容だった。

このアイデア、ある意味当たり前の展開かもしれないが、それでも「議論厨」達はお互いの意見を言いあって、提案書的な雛形まで出来上がったものだった。

今、それ等を紐解いてみると、今のAKB48の活動のそれに良く似ている事に気付く。


何しろ議論厨達の意見交換の場となっていたから、他のスレからは「驚愕の長文スレ」と揶揄されたものだったが、「議論したければxxのスレへ行け」と誘導されて議論に加わった人も多くいた様だ。

実際、1000スレまで行かなくても、容量オーバーとなってDat落ちしたことがあったほどの文字数だった。たしかスレはパート3~4ぐらいまで継続していたから、総てをあわせれば恐らく1冊の本になるほどの量だったと思う。

この手のスレは、相手の年令や性別、住居地、更に国籍だって全く不明なのだから、どの様に展開させたら良いかは全くの手探り状態での議論となるため、カキコ方法について随分と勉強になった。

当然、アンチ的な意見も多く出てくるし、逆に目からうろこな意見もたくさんあり、それらの意見をまとめるという作業は相当な体力を必要としたものだったが、アンチもまじめな意見として出ている意見については、きちんとした論理があるわけだから、それを尊重すべきという理論展開が必要となる。

そうやって意見をまとめるということは、ある種、自分自身のマネージメント能力の育成にもなったのではないかと思う。


たかがインターネットの掲示板ではあるが、議論したい輩もたくさんいる。ある意味、お互いになんの利害関係もないわけだから、そういう人たちを相手とし、忌憚のない意見を出しあって妥協点を見出すという手法は大変勉強になる。

実際のビジネスを展開させる上でも、雑多な意見調整の手段は、スキルアップの重要な手段の一つとなる。この手のスレをもっと活用して、意見を纏めるトレーニングに役立てることも、検討に値すると考える。

現在、米国出張中。かつては年に8回ぐらい来たこともあった。しかし最近はこのご時世、思うように出張することが出来ない為に定点観測が出来ず、変化が読み取れなくなりつつあるが、それもまぁ仕方ない。

ところで今回、ふと思い立って、空き時間にリサイクルショップに行ってみた。以前からリサイクルショップは好きなので、ブックオフとかハードオフ、トレジャーファクトリーなどへは時間があれば見に行く。今回、そういえば米国のリサイクルって行ったこと無いと言うことに気付き、出張の空き時間に開拓してみた。写真はGoodwillという店舗。

Goodwill in Sunnyvle

日本人に限らないと思うが、異国に行くと、やはりその土地でないと売っていないものというものにそそられる。米国の場合、違法とならない限りは大半のものが日本に輸出されているが、それでもまだまだ日本で調達できないものはたくさんある。

今回行ってみたリサイクルショップでは、日本が輸入するほどのビジネス価値もないと言う判断がされたものがたくさんあることが分った。

写真は米国が誇るアメリカ航空宇宙局「NASA」のロゴが入ったポロシャツ。ホントはパチモンなのかもしれないが、ブランド物という位置付けでもないので、この場合はよしとする(^^)


ということで、早速調達した。たまたまサイズも、米国人の標準以下のサイズだったので問題ない。これはいい買い物をしたと満足。因みに、価格は4.99ドル。悪くないよね。


ところで、これを調達した店は、「Goodwill」という店舗。実はこの店舗、見た目は服や雑貨などの中古品を販売している日本のハードオフみたいなリサイクルショップと良く似ているが、

寄付品を販売し、それを資金として障害者やホームレスなどの人々に雇用機会を与えるという非営利団体なのだ(日本にも同名の会社がありますが、全く別)。

詳しい活動内容については勉強不足だが、資源の有効活用と雇用機会の均等を同時に司るという仕組みは素晴らしいと思う。ビジネスモデルとしても有効だろう。こういう活動とか運動って、日本にもあるのだろうか?

アメリカという国、やはり広い。IT関連やカジノで億万長者になる人もいれば、善意の寄付品の売上で、かろうじて職業訓練が受けられる人もいる。

小生、「アメリカという国家」は他国に対してアレコレと干渉してくるから、どうも好かないのだが、フェアと言う言葉が好きで常に分り易い行動をする「アメリカ人」は愛すべき人種だと思っている。

拙宅のAV環境にBD/Rが加わった


仕事の上では長らく高画質画像の伝送技術に携わっているにも拘わらず、いざ自分が買うとなると、BD/Rはこれまで値段が高かったので、ずっとDVD/Rを使い続けていたのだが、せっかくのハイビジョン映像がSDに落とされることに、さすがに嫌気がさしてきたのでBD/Rの調達に踏み切ったというワケ。


しかし、安くなるには理由があったね。

買ってみて、なるほどと思った。従来使用していたDVD/Rには、機器接続としてS端子やD端子があったのだが、これが省略されている。D端子については、今のTVは(少なくともBDを接続しようというTVは)、HDMI付だから問題ないと思うが、CATV用STBとの接続などはコンポジットでやれ、またはiLINKでということらしい。


それと、アナログチューナが廃止されている。なるほど、こういうところでコストダウンしているってわけね。SPDIF端子も省かれている。AVレシーバと接続するなら、ARCサポートのHDMIを使えばいいじゃんということか。


ただし、画質は旧来のDVD/Rよりも格段に進歩している。

これをデグレードさせることはさすがにしないようだ。あたり前か。というか、そもそも使用される画像処理用のスケーラやIP変換チップがどんどんと高性能化しているので、搭載する機器の性能は黙っていても向上するというもの。



さて、画像伝送の件、拙宅にあるSTBにはiLINKがないから、これまではS端子で接続していたのだが、なにしろBR/R側にS端子がないので、コンポジットでの接続を余儀なくされることになった。これはいかがなものかなぁ。所詮、両方とも映像信号は480のインターレース信号だから大差ないとはいえ、それでもS端子の方が多少は良かった。これがコンポジットにダウングレードされるのは、いかんともしがたい。


また、拙宅の場合、2台目のTVとSTBを繋げられるようにと、S端子にはセレクタをつないであるので、最悪、これも買い換えなくちゃならない。。。ということで、S端子からコンポジットに変換するアダプタが必要となってきた。


このアダプタ、量販店で売っているやつは1800円もする。Y/C分離信号をコンポジットの映像信号に変換するとはいえ、そんな大掛かりなものじゃないのに、何でこんなに高いんだろう。もっと安いもんあるはずもんね。ということで、わが第二の故郷であるアキバへ繰り出した。





調達先はこの店。写真では分かりにくいが、この奥まで所狭しと、それはもうおびただしい数のコネクタや変換アダプタが並んでいる。というか、ぶら下がっている。この中から、目を皿のようにして探し出すわけだ。


結果、なんと195円で調達が可能だった。やった!多少、ノイズっぽくてたって、どうせイ480のインターレースだし、大差ないだろうということで早速調達し、実験。動作に問題ないことが確認できた。


さすがアキバ、いつも小生を裏切ることはありません。



しかし、BDで高画質に録画がダビングできる環境が整うとなると、それを使わないのはどう考えても宝の持ち腐れだ。今度はSTBからのビデオもなんとかならないか、と考えるようになる。それが人間の欲ってヤツだ。


だって、今日び、地デジ程度の画質がダビングできるのがアタリマエとなっているのだから、STB経由といえども、HDDへ記録される段階でSD画像へ劣化するなんて、絶対許せん。ということで、ついにSTBの交換にまで踏み切った。

つまり、iLink端子の付いているSTBに変更してもらうということ。ところがこれが難航。なぜなら、iLinkとHDMIが付いているSTBはHDDが付いており、これをレンタルするとなると、月額で800円の追徴となるということらしい。これは避けたい。

それを打開するためには少々技が必要だった。いや、技術的な技ではなく、交渉技。


即ち、早い話、ごねた。映像出力がHDMIじゃなくてD端子でもいいから、iLinkが付いているのはないかと問い詰めた。その結果、窓口を代わってもらい、技術担当者との一騎打ちとなった。曰く、古い機種でよければあるという。

但し、既に製造中止品だし、保証も切れているとかのたまうが、所詮レンタルだもんね。構わん。これは交渉成立。

ところが、別途、出張に伴う工事費が必要だという。


そこで、考えた。そういえば、拙宅のSTB、ごくたまに電源が入らなくなることがあった。即ち、電源コードの抜き差しによる、本格的なPower On Resetが必要となることがあったという事実。これを持ち出した。

これは技術の世界では良く知られている現象で、ファームウェアのバグであることが多い。機器は主電源を切っても、機器の一部には通電がされている常態となっている。電源をオフとしても、主電源のLEDが点灯しているのはそのためだ。

つまり、回路の一部は生きた状態となったままなのだ。通常のシステムリセットは、この状態でもきちんと働くのだが、何らかのシーケンスが重なったり、或いは干渉しあうと、コントローラのステートマシーンが永久ループに入り、システムリセットが効かなくなることがある。この手の障害はまれに起きる場合が多いので、品質試験においても再現が難しかったり、そもそもその可能性すら見抜けないまま製品化してしまうことも多々ある。

従って、たとえ同じ機種と変更しても、既にその機種はEOLになっているだろうし、アップデートサービスはないと思われるので、同じ現象は再現されると考えられる。


ということを指摘して、機器の入れ替えが前提であるということを説得し、結果、工事費についてもめでたくチャラとなった。

で、めでたくiLinkでの接続も出来て、ハイビジョン映像が録画が出来るようになったのだが、ところが、何故か予約録画するとTSではなくて、SD画像で録画されてしまう。どうやら映像信号がデフォルトのコンポジット入力だけしか入らないみたいなのだ。

とにかく、マニュアルには、「STBなどの外部入力から録画する時はL1を選んでください」としか書かれていない。これをTSとしたい。

さんざん試した後、ようやくわかった。要するに、Irの赤外線信号を使って録画情報をレコーダ側に送ると、「排他的にコンポジット信号を録画する」という仕様なのね。

だったら、マニュアルに「HD画像で予約画する場合、iLinkにて予約情報は送信されますのでIrは接続しないください。Irがつながっていると、SDでの伝送となります」と書いておいて欲しかったな。

しかし、まあ勉強にはなりました。


我国には237種類の蝶が棲息しているという。小生が小学生の頃、近所にあった古本屋で買った保育社発行の「原色日本蝶類図鑑」に記載されている蝶の種類数はそれよりも少なかった(当時は沖縄が米国統治下にあったので、本土と沖縄が別々に記載されているところに時代を感じさせる)。

写真の蝶は、先日、埼玉県の行田市自然公園で撮影したアカボシゴマダラ

実はこの蝶、いわくつきなのだ。


この蝶を見かけたとき、ヒラヒラと優雅に舞う姿や翅の紋様などから、当初はアサギマダラだと思った。アサギマダラ自体、埼玉県ではそれほど見かけない蝶なので、木の葉に止まるのを待って撮影したのだが、撮影しながら、どうもアサギマダラとは違うと思った。とにかく撮影して自宅に戻り、図鑑で確認したところ、この蝶はアサギマダラではなく、アカボシゴマダラであることが分った。


このアカボシゴマダラ実は日本に棲息していない蝶らしい。

よく調べて見ると、朝鮮半島や台湾に棲息している蝶であり、日本では数年前、突然発見されたものだという。しかもピンポイントで埼玉県の荒川河川敷で、だ。


蝶に限らないと思われるが、棲息地域の拡大は拡散によるものであり、拡散過程で、離れた場所に現われることはない。つまり、連続であるはずだ。ところがこの蝶の出現は極めて特殊で、朝鮮半島や台湾から遠く離れた埼玉県に突如として出現したということになる。

地球温暖化の象徴とも言われるツマグロヒョウモン、この蝶は南方系の蝶であるが、序々にその棲息地域を北上させていき、1980年に初めて埼玉県で発見されて以来、今日現在では埼玉各地でごく普通に見られるようになっているが、棲息地域はそういう具合に拡散していくものなのだ。ところがアカボシゴマダラについては全く不連続に出現したということになる。


どうやらその理由は、何者かによる放蝶によるものらしい。



ということは、ブラックバスみたいなものか??


ブラックバスは生物の生態系を乱すということで問題となっているが、蝶は別の蝶を摂って喰うということはないものの、自然の流れとして拡散していく結果であるならばともかく、人間が関与して棲息地域を変えるということは如何なものかと思う。


いつの間にか日本に住むことになってしまったこの蝶。罪があるのは人間だ。そう考えながらこの蝶を見てると、困惑しているようにも見える。

蝶には何の罪もない


この蝶が繁殖することにより、他の蝶が排除されてしまったり、或いは植物の植生が変わってしまったりということがない様に祈るばかりだ。



我国に於ける小中高校生の自殺者数は、学校関係からの報告によると年間200人になるという。一方、警察署の統計では350人。この数字の違いは、学校からの発表時、親御さん等からの「事故扱いとして欲しい」という訴えがあるために、学校発表の自殺者としての数字は少なくなっているそうだ。


もしも死因がいじめによるものであれば、事実関係を明らかにし、再発を防止するためにも事故扱いとはせず、徹底的に危険分子を抽出して抹消することは大変重要だが、自殺理由が校内でのいじめと特定できない場合には、つまり子供が自殺した理由が我にありと云う可能性もあるともなれば、親としても世間体的に隠しておきたいのだろう。その心理、理解できないこともないが、それまでの自分の行動をデバッグするためにも、断罪を受ける必要もあると思う。


子供たちの自殺は決して事故じゃない。


日経ビジネス記者、吉野氏による記事「反日デモとAKB48」

日経ビジネスの記者である吉田氏の記事によると、インドネシアではJKT48の成功を期待し、相次いで日本企業が現地でスポンサーを名乗り出ているという。ここ暫く韓国企業などに押されている日本企業にとって、JKT48の成功はまたとないチャンスと見ているらしい。


JKT48は、グループとしてのフォーマットをAKB48のままとしながら、旨い具合にローカライズを実現した例だ。メンバーは基本的に現地人で構成されるから、現地の人々の感情移入がしやすい。しかしながら、そのフォーマットは日本方式そのものであるから、完全に日本を離れて現地化しているわけではないというところがミソだ。つまり、聴衆はJKT48を見つつ、その後ろに必ずAKB48の姿をみることになる。

かつて、ソニーやホンダが米国で現地法人を起こして現地生産し、現地販売を行い、ついぞはソニーやホンダが日本企業だとは知らない米国人がたくさん生まれたという話を聞いたことがあるが、JKT48の場合はそういうビジネスモデルではなく、飽くまでも「日本方式の輸出」であって、しかしながら、日本からタレントそのものが進出するということではないという、新しいビジネスモデルなワケである(尤も、AKB48から2名が出向することになったが)。

また、同記事には、

「反日の中国でも、SNH48のオーディションに3万8000人が応募。不買運動の対象となった日系進出企業の間では期待が高まる。広告に起用することで、反日感情は和らぎ、日本製品への親近感が回復していく――。そんな役割を、少女たちは担ってくれるだろうか。」

とある。

「北風と太陽」の話を彷彿とさせる手法、それに気付いて現在の閉塞感の中で血路を見出すことが、オトナがすべき仕事ではないかと思う。

国は違えど、共通する価値観はあるはず。押し付け的な親善大使を任命することよりも、このビジネスモデルのほうがよっぽど実りのある仕事をしてくれる気がする。

このモメンタムは、更に他国への展開も十分可能だと思う。トロイの木馬とか揶揄されない様に、協調しながら成功して欲しい。


最近、iPS細胞の研究成果が認められ、京大の山中教授がノーベル賞を受賞した。素晴らしいことだ。

ところで、この細胞というかこの技術、今後の管理方法や運用方法を間違うととんでもないことになることも同時に理解しておく必要はある。その危険性については雑誌等でたくさん述べられているので、ここで蒸し返しはしないが、とにかく,

先端技術というものは、両刃の刃を持つということを忘れてはならない。


両刃の刃といえば、今や鬼っ子となってしまった原子力についてもしかり。湯川博士をはじめ量子力学に携わる多くの学識者がノーベル賞を受賞しているが、原子力発電はこうした量子力学理論が直接間接にもたらした「輝かしい」実績であったはずだ。現在、学者達が日夜勤しんでいる高エネルギー粒子の研究にしたって、放射能とは切っても切れない関係にある。


その輝かしい研究についても、不幸にして事故が発生すれば、今日の原発の様な体たらくとなる。もしもあの忌まわしい事故さえ起きなければ、原子力は永遠のエネルギーを生成する源として今でもチヤホヤされていたはずだ。iPS細胞にしても、万が一管理や運用に不備があって事故が生じれば、想像を絶する事態も起こりかねない。それを未然に防ぐことも、極めて重要な研究のテーマとなる

原発については、技術的な欠陥というより、運用に於ける未熟さや怠慢が事故を呼んだことは東電も認めている。iPS細胞にしても、管理ルールがどんなに立派なものができたとしても、それを実際に運用する人間たちがミスを犯せばひとたまりも無い。




福島原発事故以来、大学に於ける原子力関連の学部が不人気だという。国の政策が揺れ動き、いまや原子力に携わるというだけで白い目で見られかねない今日この頃だから、原子力に関する夢や希望なんて全く期待できないご時世となってしまったからだろう。無理も無い。


しかし、それでいいのだろうか??



小生思うに、こういうときこそ、原子力の安全性を高めるとか管理方法などを確立させていくために、原子力に関する正しい知識が必要となると思うのだが。

超高圧変電所

 つい最近まで、日本の原子力技術は世界でも最高レベルだったはずだ。自ずから発展途上国の期待も大きいはずだが、後継人がいなくなってしまったら、どうなってしまうのだろう。それに、これまで培った技術について、既に他の技術では他国に追いつかれ追い抜かれている現在、原子力技術まで他国に遅れをとってしまっていいのだろうか?


原子力発電で培った技術は原子力だけの技術ではない。当然、他の分野での進歩がある。それが途絶えてしまう。残念でならない。


エネルギーを扱うのだから危険は伴う。そんなの当たり前だ。
だからこそ、しっかりした管理が必要なのだ。

小生は、東電事故について、ある意味、原発に関する管理をしっかりと見直す良い機会となったと思う。原発を捨て去って猿の様な生活に戻るのか、原発に置き換えられる将来の新エネルギー源が開発されるまで、管理方法を改めて運用していくか、二者択一が迫られている今、原子力技術の抜本的見直し(廃炉にするとかそういう次元の話じゃなく)を行うべきなのであって、学生達に対しても、その重要性や将来性についてもっとアピールすべきだと考える。


アメリカでは一年の間に、3人がワニに食われ、30人がスカイダイビングで、40人がサソリに刺され、143人が落雷で、300人がカーチェイスで(そのうち100人は見物で)、さらにこともあろうに3761人が自慰行為中にこの世を去っているらしい。

マジすか??

尤も、自慰行為というのは、どうやらアヤシイ器具を使ったり、或いは電気製品を本来の使い方ではない方法で使用した結果の感電事故が主だという。しょうがないないなぁ。。。

 
4月4日のブログに、「発電方法別死亡率」という記事を書いたが、これも一般には語られることの無い死亡理由でもある。


そういえば、我国でも、浴室での死亡者が年間15,000人近くいるという。これは交通事故での死亡者よりも多いのだ。つまり、道路よりも浴室の方が危険だということか??


これらの死亡は事故ということになるが、不慮の事故というより、事前の危険回避によって、100%とはいえないものの、相当な確度で防げる事故でもある。


自宅からコンビニに行く途中の道路にワニがわんさかいるとか、自宅の庭にコオロギの数ほどサソリが闊歩しているとか、そういう環境の中で生活している人もいるのかも
しれないが、そういうリスクが最初から判っていることであれば、事前対処は可能だと思われるので、事故の発生は不慮というより不注意による事故という可能性のほうが高い気はする。


交通事故といえば、我国の統計では、1日当たり13人が死亡している。これを避ける方法として手っ取り早い方法は自動車を廃止することだが、これはどう考えても不可能だろう。風呂にしても、風呂を廃止すれば浴室事故が無くなるという論理となる。こういう議論は意味が無い。


アタリマエのことだが、事故を防ぐには、出来る限りリスクを抑える事前対処で防ぐしかない。
但し、飽くまでも「出来る限り」だ。交通事故を防ぐために自動車を廃止するなどの極論は問題外だが、原発も万が一を考えるとアブナイからすぐに廃止せよという考えもこれに近い。事故の事前対策として車や風呂を廃止せよと言っているのと、あまり変わらないと思う。

回避できるリスクは出来るだけ回避するという事前対処は必要だ。それによって、死亡リスクを低く抑えることが可能となる。一方、

リスクを恐れるあまり、リスク発生の源をすべて排除するというのは現実的じゃない。

原発問題についても、廃止論の温床でもあるセンチメントとヒステリックという感情にだけ流されてしまうと、後々取り返しの付かないリスクを背負い込むことになる。