9月18日のAKB48じゃんけん選抜で選抜となった勝者16名の勝因を分析してみた。
かなりいい加減な分析だから参考にはならないかもしれないが、時間があれば、もっと詳細に分析してみたい。
16人のじゃんけん回数: 56回
パーで勝った回数: 25回
グーで勝った回数: 19回
チョキで勝った回数: 12回
つまり、
「パーを出せば勝つ」と言う確率が最も高いことになる。しかし、相手がこのことを意識しているとすれば、勝つ確率が最も低いはずのチョキで勝てるのだ。
因みに、優勝した島崎遥香さんは、
パー/パー/パー/チョキ/チョキ/チョキ/チョキ/
という経緯で優勝している。
二位だった仁藤萌乃さんは、島崎さんに負けるまで5回ともパーだった。
さて、どうしよう。。。。
若干古いデータだが、2010年までに全世界で導入された太陽光発電の発電容量はおよそ40GW。つまり、原発の約40基分。そのうちの75%はEUにあり、17GWはドイツにあるという。
早い話、ドイツには全世界の太陽光発電のうち、実に44%の太陽光発電所があるという計算になる。
ところが、
これだけの発電所があっても、実際の消費から見ると総電力量のわずか2%しか賄っていないという。これが実態らしい。あのドイツにしてその体たらくか
太陽光発電大国であるドイツにしてこの状態。要するに電力エネルギー事情として、再生可能エネルギーの代表といえども、需要としてのエネルギー総量に対しては殆ど非力であることが判る。
山梨県北杜市にある、NEDOの大規模電力供給用太陽光発電系統安定化等実証研究施設
小生、仕事上で太陽光発電についてシステム技術に拘わっており、今後の技術革新、即ち高効率化や低コスト化、そして発電期間を加味して検討されるLCOE(均等化発電原価)の低減に対して貢献できればいいと常に考えてはいるものの、太陽光発電が原発を置き換える存在として君臨できるとはさらさら思っていないのだが、こういう数字を見ると、やはり現実はそうかと思わざるを得ない。
また、準再生可能エネルギーともいえる水力発電についても、我国における揚水式発電の設備容量国内合計は約2,540万KWとなっているが、これを運用するためには夜間の揚水が必要であり、そのためには莫大な電力を必要とする。ところがこの作業はもっぱら夜間に行われるから、くだんの太陽光発電方式は役を果たさない。
つまり、それをまっとうするためには、どうしても原子力発電が必要なのだ。
以前、このブログでも言ったことだが、小生、基本的には原発のようなあぶなっかしいものはできるだけ早く廃炉にした方が良いと思っている。思ってはいるが、上述の様な台所事情を鑑みれば、必要悪でもある原発は、厳重なる管理体制を行うという大前提の基に当面の間は稼動し続けさせる必要があると思うのだ。
結局、安定的にエネルギーを供給するためには、以前紹介した京都大学が研究を進めている、
宇宙太陽光発電やジェネシス計画の様な、人類が団結して初めて達成しうる遠大な計画の立案と遂行が必要なんだろう。或いは、レーザー核融合ですかね、次世代は。
早い話、ドイツには全世界の太陽光発電のうち、実に44%の太陽光発電所があるという計算になる。
ところが、
これだけの発電所があっても、実際の消費から見ると総電力量のわずか2%しか賄っていないという。これが実態らしい。あのドイツにしてその体たらくか

太陽光発電大国であるドイツにしてこの状態。要するに電力エネルギー事情として、再生可能エネルギーの代表といえども、需要としてのエネルギー総量に対しては殆ど非力であることが判る。
山梨県北杜市にある、NEDOの大規模電力供給用太陽光発電系統安定化等実証研究施設
小生、仕事上で太陽光発電についてシステム技術に拘わっており、今後の技術革新、即ち高効率化や低コスト化、そして発電期間を加味して検討されるLCOE(均等化発電原価)の低減に対して貢献できればいいと常に考えてはいるものの、太陽光発電が原発を置き換える存在として君臨できるとはさらさら思っていないのだが、こういう数字を見ると、やはり現実はそうかと思わざるを得ない。
また、準再生可能エネルギーともいえる水力発電についても、我国における揚水式発電の設備容量国内合計は約2,540万KWとなっているが、これを運用するためには夜間の揚水が必要であり、そのためには莫大な電力を必要とする。ところがこの作業はもっぱら夜間に行われるから、くだんの太陽光発電方式は役を果たさない。
つまり、それをまっとうするためには、どうしても原子力発電が必要なのだ。
以前、このブログでも言ったことだが、小生、基本的には原発のようなあぶなっかしいものはできるだけ早く廃炉にした方が良いと思っている。思ってはいるが、上述の様な台所事情を鑑みれば、必要悪でもある原発は、厳重なる管理体制を行うという大前提の基に当面の間は稼動し続けさせる必要があると思うのだ。
結局、安定的にエネルギーを供給するためには、以前紹介した京都大学が研究を進めている、
宇宙太陽光発電やジェネシス計画の様な、人類が団結して初めて達成しうる遠大な計画の立案と遂行が必要なんだろう。或いは、レーザー核融合ですかね、次世代は。
別の考え方としては、全人類が電力の需要を一斉に落とせばいい。「全人類」とした理由は、一部の国が電力需要を減らすとなると、その国の経済や科学の発展に負の力が及ぶ。そのまま進めば、他国から追いつかれ追い越され、あっという間に見る影すらなくなることは自明。だから、全世界が一斉に電力需要を落とすことが必要だ。
競争という宿命を持った人類が、全世界規模でおとなしく電力需要を落とすということは想像し難い。
ひょっとすると、いずれそうなるのかもしれないが、小生が生きているうちはゼッタイ無理だろうナ
ひょっとすると、いずれそうなるのかもしれないが、小生が生きているうちはゼッタイ無理だろうナ

「暑さ寒さも彼岸まで」という。
この花が咲いているのを見ると、秋になったんだなと思う。
本当に毎年、お彼岸を挟んで気候が変わる。しかも、夏の訪れがゆっくりしていることに比べ、夏は何だか突然終わる気がする。
あまりに突然だから、
この頃になると、夏の中に何か忘れ物をしてきてしまった様なもどかしさを、毎年感じます。
なんかちょっと切ないよね
彼岸花に来たこのキアゲハ、翅がボロボロだ。成虫で冬眠する蝶も、春先には翅がボロボロになってしまうことが多いが、このキアゲハは、鳥とかクモのような天敵からたくさんの攻撃を食らったんだろうね。空中戦とか罠から逃れてきたってことか。
どんなことがあったのか、聞いてみたいものだなぁ。
蝶の翅の損傷を調べ、どの様な天敵がいるのかを研究している論文を読んだことがあった。トカゲにつかまった時と鳥につかまった時では、明らかに翅に受けた損傷の形が異なるという。いわば歯型みたいなものだろう。
その研究が何の役に立つのかは良く判らないけど、研究テーマは色々あるってことだな。
キアゲハは蛹で越冬する。これから卵を産み、それがかえって幼虫となり、冬に入る直前に蛹化する。蛹はマイナス200度近い気温でも越冬できるのだそうだ。
昆虫の持つ生命力のナゾ。これこそ最大の研究テーマだね。
彼岸花 (アマリリス、曼珠沙華、Spider Lilyともいう)
この花が咲いているのを見ると、秋になったんだなと思う。
本当に毎年、お彼岸を挟んで気候が変わる。しかも、夏の訪れがゆっくりしていることに比べ、夏は何だか突然終わる気がする。
あまりに突然だから、
この頃になると、夏の中に何か忘れ物をしてきてしまった様なもどかしさを、毎年感じます。
なんかちょっと切ないよね

彼岸花に来たこのキアゲハ、翅がボロボロだ。成虫で冬眠する蝶も、春先には翅がボロボロになってしまうことが多いが、このキアゲハは、鳥とかクモのような天敵からたくさんの攻撃を食らったんだろうね。空中戦とか罠から逃れてきたってことか。
どんなことがあったのか、聞いてみたいものだなぁ。
蝶の翅の損傷を調べ、どの様な天敵がいるのかを研究している論文を読んだことがあった。トカゲにつかまった時と鳥につかまった時では、明らかに翅に受けた損傷の形が異なるという。いわば歯型みたいなものだろう。
その研究が何の役に立つのかは良く判らないけど、研究テーマは色々あるってことだな。
キアゲハは蛹で越冬する。これから卵を産み、それがかえって幼虫となり、冬に入る直前に蛹化する。蛹はマイナス200度近い気温でも越冬できるのだそうだ。
昆虫の持つ生命力のナゾ。これこそ最大の研究テーマだね。
蟻を見たことが無いという輩はいない(と、思う)。
また、蟻は高度な社会性を持っていることも良く知られている(と、思う)。
また、蟻は高度な社会性を持っていることも良く知られている(と、思う)。
ひたすら体の「なにか」が気になる蟻さん
一方、蟻組織の運営方法については、まだわからないことがたくさんあるそうだ
(蟻に聞けば判るかもしれないけど)。
蟻といえばプロジェクトの管理や運営について、8:2の法則というのがよく言われる。
8:2の法則とは、蟻全体のうち、およそ20%の蟻が「働かない蟻」であるという観察結果のこと。これ、興味深いことに、その組織から働かない20%を排除し、働く蟻だけで再組織化させるとどうなるかというと、なんとその新しい組織の中で、再び20%の蟻が働かなくなるというのだ。
果たして「働かない蟻」は本当に働いていないのか??
最近の研究によると、実はこの「働かない蟻」たち、実は働かないということではなく、働く蟻たちの活動ベクトルとはあわない別のミッションを持っているらしいことが判ってきたという。
そういえば、くだんの「働かない蟻」、単に眠ったまま全く動かないということではなく、うろついて何か
(蟻に聞けば判るかもしれないけど)。
蟻といえばプロジェクトの管理や運営について、8:2の法則というのがよく言われる。
8:2の法則とは、蟻全体のうち、およそ20%の蟻が「働かない蟻」であるという観察結果のこと。これ、興味深いことに、その組織から働かない20%を排除し、働く蟻だけで再組織化させるとどうなるかというと、なんとその新しい組織の中で、再び20%の蟻が働かなくなるというのだ。
果たして「働かない蟻」は本当に働いていないのか??
最近の研究によると、実はこの「働かない蟻」たち、実は働かないということではなく、働く蟻たちの活動ベクトルとはあわない別のミッションを持っているらしいことが判ってきたという。
そういえば、くだんの「働かない蟻」、単に眠ったまま全く動かないということではなく、うろついて何か
していることが観察できる。
では一体何をしているのか?
蟻は始めランダムにうろつき、エサを見つけるとフェロモンを分泌し、跡を付けながら巣へ戻る。他の蟻がその経路を見つけると、ランダムな彷徨を止めてその跡を辿り始め、経路を補強しながら戻ってくる。こうやって、蟻はエサと巣の間で経路を確立させ、エサを運び込む。
一方、「働かない蟻」は、こうした作業に加わらずに、相変わらず付近をうろついている。およそ20%の蟻がこの作業に加わっていないことから、8:2の法則が見つかったわけだが、実はくだんの「働かない蟻」というレッテルを貼られた蟻たちは、どうやら徘徊することによって、当初確立した経路以外の経路を「偶然」見出すという責務を負っているらしいということが判ってきたというのだ。
つまり無駄な動きをしているのではなく、もっと別の経路、ひょっとすると
既存の経路よりも更に高効率でエサと巣を往復することが可能な経路を見出すかもしれない、ということらしい。
但し、冗長性があるので効率は悪いと思うが。
考えてみれば、確立された経路というのは、そもそも地面にフェロモンの跡が付いているだけとという、極めて単純な道しるべだけなわけだから、突発的な何らかの事故でその経路が遮断されてしまうことだってある。そういう事故が発生した時に、くだんの「働かない蟻」が付近をうろついた挙句に見つけ出した新たな経路が活かされることがあるというのだ。
確かに高度な社会性を持つ蟻といえども、人間のように管理者の目を盗んでサボるとか、仕事しているフリをするなどという芸当はできないだろうから、全体としての仕事を見た上で本能的に別の仕事を受け持つことをしているのかもしれない。
これを人間の組織で考えるとどうなるか。
あるプロジェクトがあった場合、すべての人員が一丸となってプロジェクトを遂行させることがアタリマエと考えられているが、突発的な事故が生じた場合、それを回避するリスクヘッジへの配慮は、確かに欠落していそうだ。
プロジェクトを起こす場合に、たとえ非効率的であったとしても遊軍的な存在を配備することは必要なのだろう。
余裕が無いからという理由でそれを削除してしまうとリスクへの対応ができなくなり、プロジェクトそのものの存続も危ぶまれる事態が生じるということを、蟻は教えてくれている気がする。
では一体何をしているのか?
蟻は始めランダムにうろつき、エサを見つけるとフェロモンを分泌し、跡を付けながら巣へ戻る。他の蟻がその経路を見つけると、ランダムな彷徨を止めてその跡を辿り始め、経路を補強しながら戻ってくる。こうやって、蟻はエサと巣の間で経路を確立させ、エサを運び込む。
一方、「働かない蟻」は、こうした作業に加わらずに、相変わらず付近をうろついている。およそ20%の蟻がこの作業に加わっていないことから、8:2の法則が見つかったわけだが、実はくだんの「働かない蟻」というレッテルを貼られた蟻たちは、どうやら徘徊することによって、当初確立した経路以外の経路を「偶然」見出すという責務を負っているらしいということが判ってきたというのだ。
つまり無駄な動きをしているのではなく、もっと別の経路、ひょっとすると
既存の経路よりも更に高効率でエサと巣を往復することが可能な経路を見出すかもしれない、ということらしい。
但し、冗長性があるので効率は悪いと思うが。
考えてみれば、確立された経路というのは、そもそも地面にフェロモンの跡が付いているだけとという、極めて単純な道しるべだけなわけだから、突発的な何らかの事故でその経路が遮断されてしまうことだってある。そういう事故が発生した時に、くだんの「働かない蟻」が付近をうろついた挙句に見つけ出した新たな経路が活かされることがあるというのだ。
確かに高度な社会性を持つ蟻といえども、人間のように管理者の目を盗んでサボるとか、仕事しているフリをするなどという芸当はできないだろうから、全体としての仕事を見た上で本能的に別の仕事を受け持つことをしているのかもしれない。
これを人間の組織で考えるとどうなるか。
あるプロジェクトがあった場合、すべての人員が一丸となってプロジェクトを遂行させることがアタリマエと考えられているが、突発的な事故が生じた場合、それを回避するリスクヘッジへの配慮は、確かに欠落していそうだ。
プロジェクトを起こす場合に、たとえ非効率的であったとしても遊軍的な存在を配備することは必要なのだろう。
余裕が無いからという理由でそれを削除してしまうとリスクへの対応ができなくなり、プロジェクトそのものの存続も危ぶまれる事態が生じるということを、蟻は教えてくれている気がする。
9月18日、武道館で行われた恒例のじゃんけん選抜で、島崎遥香さんが晴れてセンターポジションを勝ち取った。
島崎遥香さんといえば、現在放映中の「マジすか学園3」のテッペン役として出演中だ。この辺りのキャスティングは運営側の思惑によるものだろう。
結構じゃないですか。
彼女のフツーな感じといい、清楚系だし、毒を感じさせないし、これまでの濃いメンバーと比べて相当に「ゆるキャラ」だから、ヲタ以外の一般人にも評判は良いと思う。ポンコツとか言われているらしいが、そのことを知っている本人も深くは考えず、受け入れているようだし。
自信過剰であったり、或いは野心が目に付く様なタレント性は、AKB48のような「ファンが育てるアイドル」というカテゴリに合わないだろう。
おめでとうございます

島崎遥香さんといえば、現在放映中の「マジすか学園3」のテッペン役として出演中だ。この辺りのキャスティングは運営側の思惑によるものだろう。
結構じゃないですか。
彼女のフツーな感じといい、清楚系だし、毒を感じさせないし、これまでの濃いメンバーと比べて相当に「ゆるキャラ」だから、ヲタ以外の一般人にも評判は良いと思う。ポンコツとか言われているらしいが、そのことを知っている本人も深くは考えず、受け入れているようだし。
運営側としては、これまでのモーメンタムを持続させるために世代を交代させたいと考えていることは理解できる。
世代交代がうまく行けば、現世代には別の道を歩めさせ、新世代にはこの大きな組織をずっと牽引させる。運営側としては理想的な流れだ。
世代交代がうまく行けば、現世代には別の道を歩めさせ、新世代にはこの大きな組織をずっと牽引させる。運営側としては理想的な流れだ。
ただし、以前このブログでも言った様に、世代交代させるには、現世代を上回る高性能や高機能というウリが必要だ。
世代とは交代させるものではなく、していくもの。消費者が次世代に対して魅力を感じれば、自ずから世代は交代する。
世代とは交代させるものではなく、していくもの。消費者が次世代に対して魅力を感じれば、自ずから世代は交代する。
一方、世代交代を促すにはもう一つの要因があることを感じた。
風向きが変わると、世代が交代するかも知れないということ。
消費者は気まぐれだし、飽きっぽい。どんなに高性能であっても、どんなに高機能であっても、長期間使用し続けると新しい物を求めるようになる。たとえそれが現世代と比べて機能面や性能面で差が無いとしてもだ。
風向きが変わると、世代が交代するかも知れないということ。
消費者は気まぐれだし、飽きっぽい。どんなに高性能であっても、どんなに高機能であっても、長期間使用し続けると新しい物を求めるようになる。たとえそれが現世代と比べて機能面や性能面で差が無いとしてもだ。
これは、気まぐれに部屋の模様替えをすることに似ている。
あらたな刺激を求める上では、何も新しい家具が必要ということではない。現存する家具であっても、その配置を換えることであたらな刺激となる。こういう気まぐれさも、世代交代をもたらす原因となりそうな気がする。
あらたな刺激を求める上では、何も新しい家具が必要ということではない。現存する家具であっても、その配置を換えることであたらな刺激となる。こういう気まぐれさも、世代交代をもたらす原因となりそうな気がする。
島崎遥香さんが、この世代交代の尖兵となるのかどうかはわからないが、現在の選抜軍団と比べると、性能や機能といったパラメータを超えた、新しさ、新鮮さを感じる。ポンコツだからこそ、性能や機能とは次元の異なる新鮮な味が出せるのかもしれない。
また、運も世代交代に大きく左右するだろう。マジすか3という、恐らくAKB48のファン以外は殆ど知らない番組でテッペンをやっていることよりも、じゃんけん選抜で優勝したことの方が遥かにインパクトは大きい。
運とは、自信を持っているところに現れるという。
その運が奏功して本人が少しずつでも自信を持てるようになれば理想的な展開となるはずだ。
運とは、自信を持っているところに現れるという。
その運が奏功して本人が少しずつでも自信を持てるようになれば理想的な展開となるはずだ。
運は、ある意味カオス的であって、現在の科学では説明しきれない要素がたくさんあり、今回の様に運営側の意向と本人の運がぴったり合ったということは、そこに何か神秘的な法則があるようで大変興味深い。
それはともかく、もともとキワモノ感があったこれまでのAKB48とは別に、フツー感のある彼女の登場は、案外面白い展開となる可能性がありそうだ。
それはともかく、もともとキワモノ感があったこれまでのAKB48とは別に、フツー感のある彼女の登場は、案外面白い展開となる可能性がありそうだ。
自信過剰であったり、或いは野心が目に付く様なタレント性は、AKB48のような「ファンが育てるアイドル」というカテゴリに合わないだろう。
島崎遥香さんの、今後の活躍を期待しよう。
AKB48の高橋みなみさんが、6月の総選挙の時に、「努力は必ず報われる」と叫んで以来、その後もことあるごとに、物議を醸し出している(といっても一部のヲタのあいだではあるが)。
昔から、人生勝ち組の執筆者による「成功の秘訣」とか「ここを抑えれば成功する」的な成功本が、ところ狭しと本屋さんの店頭に並んでいる。「この人はこんなことををしたから成功したのか」と云う参考になるとはいえ、残念ながら、書いてあることを実践すれば誰でも成功するということではないようだ。
つまり、
数学的・論理学的に云うと、記述されていることは、成功するために「必要である」けれども、「十分ではない」ということになる。
早い話、その手の書物に煽られて、書いてあることを100%実践したとしても、誰もが100%成功するとは限らないということを前もって理解しておく必要がある。そうでないと、後々逆恨みをすることになる。
なぜか、と考えました。
実は成功するためには「競争」があるから。努力した結果として、競争に勝てるとは限らないから。
検定試験のような「基準点」があって、そこに到達すれば目的を達成できるということであれば、努力や頑張りで合格できると思うが、ビジネスの様に、相対的な順位、つまり「上位何位までが成功者、それ以外は脱落者」と云う境目がある場合には、努力や頑張りだけではだめで、「他を出し抜く」という大きな命題の克服が必要。
きれいごとを並べた指南書は役に立ちません。また、きれいごとだけじゃなく、どうやって相手を蹴落としたかと云うことを実践(実戦?)例として書いた本があったとして、その本を競技参加者全員が読んで実践したとしても、結果に順位が付く以上、つまり、競技参加者全員が1位と云うことが無い以上、脱落者は必ず発生する。
世の中が不条理であり、不条理な世界がバランスを取りながら世の中が成り立っている事に気付くと、結構気分が楽になるとは思うが、それでも成功したいのであれば、競合者を蹴落とすしかない。
但し、そんな世知辛い仕事ばかりじゃないから、
その不条理に気づき、競争ばかりの職種を離れることができる人も、ある意味、成功者かも知れない。
総選挙の「ポスター」
彼女が言わんとすることは理解できるが、努力が報われたという人が云いがちなこの手のセリフは、いま努力をしているすべての人に当てはまることではないのです。昔から、人生勝ち組の執筆者による「成功の秘訣」とか「ここを抑えれば成功する」的な成功本が、ところ狭しと本屋さんの店頭に並んでいる。「この人はこんなことををしたから成功したのか」と云う参考になるとはいえ、残念ながら、書いてあることを実践すれば誰でも成功するということではないようだ。
つまり、
数学的・論理学的に云うと、記述されていることは、成功するために「必要である」けれども、「十分ではない」ということになる。
早い話、その手の書物に煽られて、書いてあることを100%実践したとしても、誰もが100%成功するとは限らないということを前もって理解しておく必要がある。そうでないと、後々逆恨みをすることになる。
なぜか、と考えました。
実は成功するためには「競争」があるから。努力した結果として、競争に勝てるとは限らないから。
検定試験のような「基準点」があって、そこに到達すれば目的を達成できるということであれば、努力や頑張りで合格できると思うが、ビジネスの様に、相対的な順位、つまり「上位何位までが成功者、それ以外は脱落者」と云う境目がある場合には、努力や頑張りだけではだめで、「他を出し抜く」という大きな命題の克服が必要。
きれいごとを並べた指南書は役に立ちません。また、きれいごとだけじゃなく、どうやって相手を蹴落としたかと云うことを実践(実戦?)例として書いた本があったとして、その本を競技参加者全員が読んで実践したとしても、結果に順位が付く以上、つまり、競技参加者全員が1位と云うことが無い以上、脱落者は必ず発生する。
世の中が不条理であり、不条理な世界がバランスを取りながら世の中が成り立っている事に気付くと、結構気分が楽になるとは思うが、それでも成功したいのであれば、競合者を蹴落とすしかない。
但し、そんな世知辛い仕事ばかりじゃないから、
その不条理に気づき、競争ばかりの職種を離れることができる人も、ある意味、成功者かも知れない。
今日現在、利根川水系の最奥部地域では降水不足となっており、首都圏は「節電から節水」へと軸足を変えた対応を迫られている。
このあたりの事情については連日報道されているので周知となっているが、一方、この水不足が電力生成に及ぼす影響については、今のところ大きな影響が無いことから全く報道されていない。
各ダムの貯水状況を、ここに記載しておく。
9月14日現在の貯水量と貯水率(東京都水道局より)
ダム名 貯水容量(万) 貯水量(万) 貯水率(%)
矢木沢ダム 11,550 764.0 7
奈良俣ダム 7,200 2,547.6 35
藤原ダム 1,469 1,378.9 94
これらのダムはすべて水力発電に使用されており、特に藤原ダムは玉原湖とペアとなって玉原発電所の揚水式発電に用いる重要な水タンクを構成している。ちなみにこの玉原発電所の出力は1,200MWあり、原子力発電1基分を超える出力となっている。
利根川水系主要発電所
矢木沢発電所 240MW
須田貝発電所 46MW
奈良俣発電所 12.8MW
藤原発電所 22.2MW
玉原発電所 1,200MW
現在のところ、この藤原ダムの貯水量は94%となっているので指し当たって問題はないが、
もし藤原ダムまで枯渇するとなれば、原発一基分の電力生成が停止することになる。
水力発電は、準再生可能エネルギーとしてカウントされているのだが、太陽光発電や風力発電の様に、四六時中出力が変動するということはないものの、天候の影響をじわりと受ける発電方法であるし、降水が無ければ停止しまう発電方法だ。
我国は極端な水不足となる国ではなく、一度台風が通れば、なんなく水不足が解消するという水資源豊かな国だが、
昨今の様々な異常気象を考え合わせると、近い将来に降水不足のまま一年が過ぎるということが起きる可能性もあるかもしれない。
再生可能エネルギーというものは、所詮このように不安定である。今回の水不足で、そのことを再認識せざるを得ない。
このあたりの事情については連日報道されているので周知となっているが、一方、この水不足が電力生成に及ぼす影響については、今のところ大きな影響が無いことから全く報道されていない。
各ダムの貯水状況を、ここに記載しておく。
9月14日現在の貯水量と貯水率(東京都水道局より)
ダム名 貯水容量(万) 貯水量(万) 貯水率(%)
矢木沢ダム 11,550 764.0 7
奈良俣ダム 7,200 2,547.6 35
藤原ダム 1,469 1,378.9 94
これらのダムはすべて水力発電に使用されており、特に藤原ダムは玉原湖とペアとなって玉原発電所の揚水式発電に用いる重要な水タンクを構成している。ちなみにこの玉原発電所の出力は1,200MWあり、原子力発電1基分を超える出力となっている。
利根川水系主要発電所
矢木沢発電所 240MW
須田貝発電所 46MW
奈良俣発電所 12.8MW
藤原発電所 22.2MW
玉原発電所 1,200MW
現在のところ、この藤原ダムの貯水量は94%となっているので指し当たって問題はないが、
もし藤原ダムまで枯渇するとなれば、原発一基分の電力生成が停止することになる。
藤原ダムと、併設された藤原発電所
玉原ダムと藤原ダムが水圧鉄管路で接続され、
地下に建設された玉原発電所で発電される。
地下に建設された玉原発電所で発電される。
夜間は藤原ダムから玉原ダムへ揚水される。
水力発電は、準再生可能エネルギーとしてカウントされているのだが、太陽光発電や風力発電の様に、四六時中出力が変動するということはないものの、天候の影響をじわりと受ける発電方法であるし、降水が無ければ停止しまう発電方法だ。
我国は極端な水不足となる国ではなく、一度台風が通れば、なんなく水不足が解消するという水資源豊かな国だが、
昨今の様々な異常気象を考え合わせると、近い将来に降水不足のまま一年が過ぎるということが起きる可能性もあるかもしれない。
再生可能エネルギーというものは、所詮このように不安定である。今回の水不足で、そのことを再認識せざるを得ない。
前田敦子さんや大島優子さんの素行が週刊誌でスクープされ、ヲタの間で大騒ぎとなっているが、小生は、テレビに映っているときやステージにいるとき以外の場面では、法律を遵守し道徳と倫理が常識の範囲を超えてさえいなければ、別にいいんじゃないの?なんて思っている。
アイドルだって人間なんだから、とかそういう意味じゃなくて、そもそもアイドルというのは架空なものであり、外面と「中の人」とは自ずから異なっていて当たり前。
ディズニーランドに行って、子供達がミッキーマウスに出会い、「あーっミッキーだ!」と大喜びしている横で「あれ、中に人間が入っているんだよ」などと野暮なことを言う大人はいないはず。
とはいえ、ヲタ層の大半がくだんのアイドルと同世代であることを考えれば、「中の人」の価値についても評価対象として重要な要素になるとは思うが、オフィシャル以外の時間に於ける行動については、多少のことは許すぐらいの度量があってもよい気はする。
ただし、小生の様な考え方をするファンは圧倒的に少ないことは確かだろうから、ファンあってのアイドルであることを鑑みて、ファン心理を逆撫でするような行為は極力避けるべきだとは思う。それが鬱陶しいのであれば、かつてのアイドルたちの様に潔く引退してしまって伝説化するという方法もある。
従って、アイドルたるもの、現役のまま人気を維持したいのであれば、倫理と道徳の常識という閾値が一般人とは異なることを再認識し、プライバシーの範囲も一般人と比べて相当に狭いということも理解しておく必要があるだろう。
一方ファンも、アイドルは一般人とは異なる倫理観や道徳観を持っているということを理解する必要がありそうだ。その異常性こそ、アイドルが持つ、いわゆるオーラのエネルギー源でもあるかもしれないからね。
リーダーとセンターは、自ずから役割が違うにも拘らず兼任している、或いは兼任させられていることが多い。
この兼任こそが、組織を運営する上で大きな間違いとなっている。
センターというのは、みんなの先頭に立ち、お手本として君臨する存在。後ろを振り向くことよりも、先へ進む役割を担う。間違っているかどうかよりも、自信家としてひたすら走らなければならないし、それを天性とする素質が必要だ。
リーダーは皆をまとめる存在。常に組織の状態を鑑み、極力脱落者を防ぎ、しかし組織運営で弊害になる場合には心を鬼にしてその分子を排除する勇気が必要である。更に、ある意味「ワル」であることも、皆を導く上では有効だ。
一方、組織の中に先輩といわれる人物がいる組織は、先輩という「自分を映す鏡」があるために、揉まれながら成長している自分の姿が見えるので、自分の成長度合いを客観的に見ることが可能となる。この先輩こそ、リーダーとセンターであり、組織運営には必要不可欠な存在である。これが欠如すると、先の「仲良しクラブ」になってしまう。趣味で集まるだけの組織であればともかく、敵がいる戦場では、リーダーとセンターのいない組織は排除されていくだろう。しかし、リーダーとセンターの役割は別々である。
ところが多くの組織ではこのリーダーとセンターが兼務となっているので、方向が間違っていても、それが見えにくい。いわば、脱落者へ気配りをすることなく後進たちの手を引っ張りながら先へと進んでいる状態。集団遭難はこういう事態で発生するのだ。
極地探検や冬山登山の様な危険を伴う集団行動を行う場合、このリーダーとセンターの役割を明確に分離し、各々の責務を全うすべく組織を作り上げることが必要だ。
組織運営はリーダーとセンターの役柄の定め方で、勝敗が決まる。
これは、会社組織にも言えることだし、AKB48だって同じだ。高橋みなみさんをリーダーとし、前田敦子さんをセンターとすることで組織が活性化した。この役割を一人が兼務する、或いは分けたとしてもキャスティングが逆だったら、組織としての運営は崩壊していたかもしれない(歴史に仮定はご法度だけどね)。
秋元康氏は、高橋さんに対して
リーダーたるもの、嫌われる勇気を持て
と激を飛ばしたと言う。けだし名言であるが、言う相手をキチンと見極めているところがスゴイと思う。
前田敦子さんが卒業した後、今後の組織で誰をどの様に配備するか。いま、大変興味深いゲームが始まった。
この兼任こそが、組織を運営する上で大きな間違いとなっている。
センターというのは、みんなの先頭に立ち、お手本として君臨する存在。後ろを振り向くことよりも、先へ進む役割を担う。間違っているかどうかよりも、自信家としてひたすら走らなければならないし、それを天性とする素質が必要だ。
リーダーは皆をまとめる存在。常に組織の状態を鑑み、極力脱落者を防ぎ、しかし組織運営で弊害になる場合には心を鬼にしてその分子を排除する勇気が必要である。更に、ある意味「ワル」であることも、皆を導く上では有効だ。
ドラクロワ【民衆を率いる自由の女神】
若い輩だけが集まっている組織は活気があって楽しいそうで良いが、仲良しクラブ的な組織は、実は粗結合であることが多い。構成している個人が成長しているかどうかは判り難いものだ。一方、組織の中に先輩といわれる人物がいる組織は、先輩という「自分を映す鏡」があるために、揉まれながら成長している自分の姿が見えるので、自分の成長度合いを客観的に見ることが可能となる。この先輩こそ、リーダーとセンターであり、組織運営には必要不可欠な存在である。これが欠如すると、先の「仲良しクラブ」になってしまう。趣味で集まるだけの組織であればともかく、敵がいる戦場では、リーダーとセンターのいない組織は排除されていくだろう。しかし、リーダーとセンターの役割は別々である。
ところが多くの組織ではこのリーダーとセンターが兼務となっているので、方向が間違っていても、それが見えにくい。いわば、脱落者へ気配りをすることなく後進たちの手を引っ張りながら先へと進んでいる状態。集団遭難はこういう事態で発生するのだ。
極地探検や冬山登山の様な危険を伴う集団行動を行う場合、このリーダーとセンターの役割を明確に分離し、各々の責務を全うすべく組織を作り上げることが必要だ。
組織運営はリーダーとセンターの役柄の定め方で、勝敗が決まる。
これは、会社組織にも言えることだし、AKB48だって同じだ。高橋みなみさんをリーダーとし、前田敦子さんをセンターとすることで組織が活性化した。この役割を一人が兼務する、或いは分けたとしてもキャスティングが逆だったら、組織としての運営は崩壊していたかもしれない(歴史に仮定はご法度だけどね)。
秋元康氏は、高橋さんに対して
リーダーたるもの、嫌われる勇気を持て
と激を飛ばしたと言う。けだし名言であるが、言う相手をキチンと見極めているところがスゴイと思う。
前田敦子さんが卒業した後、今後の組織で誰をどの様に配備するか。いま、大変興味深いゲームが始まった。
武道に心得を持つ、ある親しい友人のブログに書かれていたことなのだが、
武道の世界で「名人」「達人」と呼ばれる人は、判で押したような生活を送るものだという。
なぜかというと、そうすることによって日常生活のなかに起きる小さな変化を,
読み取る感覚を研ぎ澄ますことができるからだそうだ。
身の危険を逸早く察知し、次なる行動へと瞬時に移れる。武術家は、常日頃そういう訓練をしているという。まぁ、訓練というより、そういう能力を持っている人が武術の名人、達人ということなのだろう。
(尤も、くだんの友人が達人名人かどうかは不明ww)。
そういえば、ステレオタイプな生活を送る輩というと、ネガティブなイメージが先行して「しょうもない奴」と思いがちだが、どうやらそうでもないらしい。これは大変興味深いことだ。
逆に、小生など毎日毎日同じことを繰り返すのが苦手で、出勤経路もわざと通る路を変えてみたり、或いは通る時間を変えてみたりと、いつも変化を求める習癖がある。旅行などでも往復では出来る限り別の道を通っているし、目的地も別のところを選んだりする。因みに、自己紹介では、「初めてする、を毎日最低一つする」と書いている。
そうしたことで新たな発見があるのだと、勝手に思い込んでいたのだが、発見とはそういうことだけで得られるわけじゃないということを知った時は、まさに目からうろこが飛び出てきた。
繰り返す日常の中から、変化を見出すこと。要は、
感性を研ぎ澄まして日常を観察することにより、変化への気付きが得られる
ということ。
なるほど、と思った。
実は、
この方法、科学の世界にもいえる。
トンネルダイオードの発見
科学的な大発見をした人たちは、毎日のように同じ実験を繰り返しながら、そこに僅かな差異を見出し、それにこだわる。こだわってこだわってこだわった挙句、これまで知られていなかった大発見をするのだそうだ。
ちょっとしたデータの違いとか、実はそこにもきちんと説明しうる理由がある。考えて見れば当たり前のことなのだが、これが見落とされる。それが凡人の限界ということなのだろう。
実を言うと(というか、そういう人の方が多いと信じたいが)、学生時代に「電気実験」という課程があり、毎週何らかの実験を行って実験結果とそれに対する考察を提出するという必修科目があったのだが、慣れてくると結果が想像できてくる。というより、そもそも小生たちB級学生にさせる実験なんて基礎中の基礎の実験だから、ずっと昔から知られているアッタリマエの実験であり、実験結果が理論と狂うわけが無い。
ということで、実験中にリニアリティのないデータが生じた時には、適当に改竄して「理論通りの実験結果が得られました」とばかり、秀逸なレポートを提出したものだった。しかも高学年になった頃には、研究室にあった電算機を用いて先にデータをはじき、グラフ化しておいてそのデータを元に実験を済ます、という暴挙もした。
そんなことばかりしていたから、今になってもこの体たらくなわけだが、しかし、卒業に当たっての成績表には、電気実験科目には「優」の文字が並んだ。これが奏功して今、この体たらく

やはり、成功する人は努力を惜しまず、努力する過程においても人一倍優れた観察力、洞察力、そしてそこで得られた結果を分析する体力や気力を持っているということなのだろう。
成功するということ、必ずそこには理由がある。
「偶然は準備をしていない人の前には現れない」という。
この準備というのが観察力なのだろう。それによって日常の中から差分を見出せるということは、日ごろの訓練の賜物なのかもしれない。
武道も科学も同じだ。












