木曜日には、人事異動の内示があった。
僕は該当しなくて、またストレスフルな1年間をこの職場で過ごすことになった。
示された人事通知書には「あと2年」と書いてあって、それを見たとたん、自分でも意識せずに顔色が変わったらしい。
何も言わなかったのに、上司があわてて「人事だから。都合によっては、1年でも。」となだめるように言った。


少なくともあと1年かあ。
正直、やだなあ、という気持ちの方が強い。


名古屋で一緒に仕事をしていた女の子から電話が来る。
女の子と言っても、もうお母さんだ。
「人事異動、どうでした?」
「なんにもなかったよ。」
「N君、東京から長野に帰ってくるらしいですよ。」
「そうなんだ。彼は、長野で合コンしてそのときの彼女と付き合っているらしいよ。」
「そういう話って、あなたはどうしてないの?」
「わからない。呪いでもかけられてんのかなあ。」
「若い頃、邪険にした女の子に。」
「そんな子いたっけなあ?」
楽しそうな、彼女の声を聞きながら、俺は結構、つらいなあって思っていた。


木曜日の夜には人事異動があったということで職場の飲み会になった。
僕は飲まずに、ウーロン茶とかオレンジジュースなどを飲んでいた。
金曜日は朝8時から会議があるし、飲んだら悪酔いしそうだった。
実際にアルコールを飲んでいる人は少なくて、10人くらいのうち飲んでいるのは4人しかいなかった。


帰り道、運転をしながら、自分が気分的に少し高揚しているのを感じた。
落ち着いて運転しろよ、と何度も自分に言い聞かせた。
飲まなくても飲み会の雰囲気に酔うってことがあるんだ、ということを初めて知った。


週末は実家に帰った。


高速道路を2時間ほど運転する。
帰り道、車が何度も強風にあおられて怖かった。
嵐になる、と天気予報でも言っていた。
なのに、僕は部屋の窓を少し開けて、それから洗濯物も干して、ベランダに空き缶のゴミを袋に入れて置いていた。
帰ったらひどいことになっているかもしれないな。
洗濯物が舞い散り、空き缶が風に飛ばされて5階から1階に落ちていく様を想像する。
でももう今さらどうすることもできない。


土曜日の午後は、お墓参りをして、その後、母を連れて天竜峡までドライブをした。
南信州はもう春だ。
風も穏やかで、暖かな光のなか、オオイヌノフグリやハコベといった小さな花がたくさん咲いていて、きれいだった。


実家の台所のシステムキッチンを入れ替える工事を来週あたりにするらしい。
土曜日の夜に姉が来て、冷蔵庫の中身の整理と吊り戸棚のなかの拭き掃除をするように、と僕に言う。


日曜日の朝、言いつけ通りに冷蔵庫のなかを掃除していると、信じられないくらい古いものが隠れていたりする。
凍り付いた松茸も出てきた。
もったいないと思うけれど、ゴミバケツに直行。


小雨が降るなか、庭に穴を掘って、台所のいろんなところから出てきた生ゴミと一緒に放り込む。
土をかけながら、ちゃんと分解されるかなあ、と不安になる。


吊り戸棚のなかを拭いていたら、母親がよくテレビでCMをしている「ココマジック」というスプレー式の洗剤を渡してくれる。
「こんなものを買うやつって、本当にいるのかって思っていたけど、こんな身近にいたんだ。」
文句を言いながらスプレーをしたら、信じられないくらい汚れが落ちて驚いた。
「すごいな、これ。」


疲れると、2階の自分の部屋で本を読みながら寝た。
「伊藤真の商法入門」(日本評論社)を、有価証券法の部分をすっ飛ばして読み終えた。


My Kiasu Life in JAPAN-商法入門

スタンダードな会社形態はしっくり来るけれど、委員会設置会社あたりになると、どうもピンとこない。
伊藤真も昔の会社形態の話に引きづり込もうとしている感があって、新しいタイプの会社形態についての説明は今ひとつという感じだった。


月曜日には、また長野に帰った。


職場に直行しようとも思ったけれど、家のベランダが心配でいったん家に帰った。
特に何もなかった。
洗濯物はちゃんと洗濯竿にぶら下がり、空き缶はビニール袋のなかで居心地が良さそうにじっとしていた。
それから仕事に行った。


2時間ほど仕事をしているうちに、自分がした大きなミスに気づき、頭を抱えた。
明日はこの仕事の始末から始めなくては、とスケジュールを組み直した。


試験に向けて、やはりペースメーカーを作ろうと思って、ユーキャンの「司法書士試験講座」を申し込んだ。
家に帰って、その口座のテキストや問題集を受け取る。
小さな段ボール1箱分。
意外と少ないんだな、という印象だった。
俺が今週末に実家に運び込んだ書籍の半分程度だ。


さっそく、パラパラと眺めてみる。
憲法や民法についてはある程度はわかるけれど、不動産登記法などはまだ何が難しくて、何が簡単なのかすらもわからない。
でも、最後までやり切ろうと思った。


今日は「17歳のカルテ」を少しだけDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-girls interrupted

まだ最初の方だけど、アンジェリーナ・ジョリーの演技が素晴らしい。


My Kiasu Life in JAPAN-girls interrupted1

この続きはまたゆっくりと観たいと思う。

昔お世話になった上司が退職をするので、金曜日に退職を祝う小さな飲み会があった。
その会を終えたら、すぐに家に帰るつもりだったけれど、会が終わるとなんだかまだ飲み足りないような気分になって(←大誤解。大馬鹿。)、お腹がいっぱいのはずなのに、ラーメンを食べて、それからまた飲みに行った。
記憶はしっかりしていたけれど、帰ってきたのは3時近くだった。


翌朝、自己嫌悪とともに8時頃に目を覚ます。
週末には真剣に勉強をしようと思っていたのに、結局飲み過ぎて2日酔いになっている自分が情けない。
民事訴訟法や憲法の本を眺めているうちに、だんだんと気分が悪くなってきた。
今までは酔っぱらっていて、これから回復期に入るという気持ち悪さだ。


本格的に気持ち悪くなってきた9時頃。友達から電話がかかってきて「部屋の掃除をしてくれる」という。
「二日酔いなんだ。」
「じゃあ、4時頃に行く。」


結局、1時頃まで、たまに民事訴訟法の本を読みながら寝ていた。
起きて、洗濯を始める。
エントロピーの法則の通り、部屋中に散らばっているゴミを集めてゴミ袋に入れる。
まだ気持ちが悪いので、動きがぎこちない。
風呂に入ったりしていたら、すぐに4時になった。


「汚い!」
友達が来たときには、まだ流し台の上にぎっしりと調味料(既に空になった複数のオイルの瓶等も含む)が並び、シンクには洗ってない食器が放り込んである状態だった。


「洗い物くらいしておけばいいのに。」
「まったく。」


流し台まわりは友達が掃除をしてくれるというので、頼んで、自分は部屋の片付けの続きをした。
2時間ほどで、部屋は見違えるほどきれいになり、薄汚れて、スポンジ置き場に真っ黒なカビが生えていたシンクも金属的な輝きを取り戻していた。



My Kiasu Life in JAPAN-kitchen
(流し台の平らな部分には、調味料やパスタ等が所狭しと並んでいて、まな板が置けなかったので、今まで、シンクの角の部分にまな板を斜めに置いてバランスを取りながら切っていた。小さな流し台でまな板を置く場所もないと今まで文句を言っていたけど、あったんだってことを今回知った。)


「バイト代、払うよ。」
「車のガソリン入れてくれればいいよ。それとこれから妹と食事するからコンビニと中華をおごって。」


いったいどんなタンクをしているのか不思議に思うほど彼女の車には大量のガソリンが入った。
近くの中華の店で受け取った、2人前の大きな固焼きそばのお皿を持って(2人前の固焼きそばを注文したら、1つの皿に2人分盛ってあって、笑った)、友達は帰っていった。


部屋に戻ると、改めて、随分ときれいになったな、と思う。
多少、お金がかかっても、きれいな環境に住めることの方がずっと価値がある。
誰かが来てくれなければ、部屋は汚いままで、気分もずっと暗いままだったと思う。
きっかけを作ってくれた友達に感謝をして、それからできるだけ、この状態をキープしたいと思った。


日曜日は午後から仕事に行った。
たまたま来ていた年配の女性と仕事をしながら話しをする。


「その掃除に来てくれた子って彼女なの?」
「違うよ。本当に友達なんだ。彼女には彼氏がちゃんと別にいるよ。」
「不思議なつきあいね。」
「そう?」
「ガソリン、いくらくらいかかったの?」
「6000円。」
「そんなにガソリン入るの?そんなに大きな車なの?」
「普通の車だよ。でも不思議なくらい入ったんだよ。」
「でも、きれいになったんだからいいわよね。」
「超いいよ。大体掃除に来てくれるとか言われなかったら、ずっと汚いままだったんだ。何かきっかけがないと、掃除ってなかなかしないからね。」


この週末はあまり勉強をしなくて、自分に対しては残念だったけれど、でも部屋がきれいになったことは、本当に嬉しかった。

仕事で、客観的な視点では何も落ち度がないと思われることで、呼び出されて随分と怒られた。
明らかに相手の主張の方が非常識だと思うけれど、机を叩いて怒っている。
上司も呼べというので、呼ぶ。
意図も意味もよくわからないけれど、上司と一緒に謝る。
謝りながらも、相手への軽蔑心と嫌悪感が増すのをどうしても止められなかった。
俺はこんな仕事をずっとやって行くのかと思ったら心底うんざりした。


男の仲間に男として尊敬を得るのは、負けないことではなくて、打たれ強いことだ、というのはよくわかっている。
どれだけ打たれても立ち上がる姿が大切なこともよくわかっている。


でももう本当に仕事が嫌になった。
週末に当たり前のように呼び出されるのも、18時から当たり前のように始まる会議も、一度意欲を失うと、かなりの重荷に感じる。


だからといって、じゃあどうすればいいのか。
冷静になって考えてみると、僕は資格もいくつかあるけれど、どれもが趣味の領域だ。
この資格があれば職に困らない、大丈夫だと言えるような資格は何もない。


「司法書士の資格でもあればなあ。」なんて思いながら、ベッドに寝ていた。
いろんな悔しさが胸に浮かんできた。
俺、ちゃんとした資格を目指すことから逃げていたのかな?と思う。
「使う使わないはともかく、予備プランを立てておく」ことの重要性を、ジェフリー・アーチャーを読んでいた10代の頃から知っていたはずなのに、自分がそれを持っていないことにがっかりした。


今からでも遅くないから、何か使える資格を取ろうと思った。
いろいろと考えて、やっぱり司法書士の資格を目指そうと思った。
試験は7月。
今からではとても無理だと思うので、来年の7月を目指すことになりそうだ。


どこまで自分が頑張れるものか、自分を試したい。


週末の土曜日は朝8時30分から午後2時まで仕事だった。
家に帰ってきて昼寝をして、夕方6時過ぎからネイルケアをしてもらいに、ネイルサロンに行った。
爪を磨いてもらっていると、なんだかホッとした気分になる。


日曜日は、雪のなかを運転して、髪を切りに行った。
帰ってきてから、以前上司から借りた、岩崎夏海の「もし高校野球のマネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(ダイヤモンド社)を読んだ。
この本を読むと、経営学の基礎が学べるらしい。


My Kiasu Life in JAPAN-高校野球のマネージャー

野球部のマネージャーが、ドラッカーの『マネジメント』を熟読して、野球部を甲子園に導くという物語。


高度なことを平易に書いているのか、もともとそれほど難しい内容ではないのかはわからないが、読みやすい本であるのは確かだ。


僕の率直な感想は、おとぎ話だ、というものだったけれど、自分自身に実感が伴わないのは、自分に部下がいないことや、今までまともにマネージメントをされた経験がないことが原因なのかも知れないとも思った。


実際に人を組織立てる場合には、この視点が大切になるのかもとは思ったけれど、現実にはまだまだ遠い話しだ。


そしてこれからは、なるべく勉強に集中して、息抜き以外ではもう、こういう本もあんまり読まないようにしようと思った。

金曜日に、久し振りに名古屋の弁護士に会った。
もう5年くらい会ってないように思うけれど、相変わらずだった。
30人くらい来れば十分と思っていた彼の講演は思ったよりも多くの人が聞きに来て、90人を超えた。
途中で用意していた資料が足りなくなって、慌てて増刷しなければならないほどだった。


篠ノ井の駅前で、20分ほどビールを飲んで、駅で別れた。
昔、一緒に司法試験の受験をしていた彼らは、今どうしているのだろう?
もう連絡も取れないよ。
そんな話しをしていた。


外は雨が降っていたけれど、どこか生暖かかった。
春に近づいている感じがした。


最近、会社でやっかいな問題がひとつある。
日曜日にはその解決のための準備をするために、仕事に行かなくてはならない。


土曜日は憂鬱な気分のまま映画を観たり、マンガを読んだりしていた。


日曜日には、職場に行く前に、クリーニング店に寄った。
「先々週だけど、間違ったズボンを渡しちゃったみたい。」
「あ、本当に?」
「あなたのズボンがまだここにあるのよ。違うズボンなかった?」
「全然気づかなかったけどなあ。」
そういえば、と思いながら、今回クリーニングに出そうと思ったズボンを調べてみる。
確かに、買った覚えがまったくないズボンだ。
「このズボンじゃない?俺、全然気がつかずに今まで履いていたよ。」
「あ、そうそう。このズボン。よく気がつかなかったわね。」
「本当に気がつかなかったよ。他の人のズボンだったのか。」
そのズボンのクリーニング代は無料にしてくれるのだという。よくわからないけど、さらに300円おまけしてくれる。
今度からズボンを履くときに、本当に自分のズボンなのか、少し確かめようと思った。


日曜日の仕事。
もっと早くから始めるつもりだったけれど、クリーニング店に行ったあと新しいパスポートを県庁まで受け取りに行ったりしていたので、職場に着いたのは11時30分頃だった。
それから午後5時30分まで残業をして家に帰った。
実はまだ終わってなくて、終わらなかった分は明日に回すことにした。


土曜日にDVDで観た映画は「少年メリケンサック」。パンクロックの映画だ。


My Kiasu Life in JAPAN-少年メリケンサック

一時期、パンクロックもよく聴いていた。
圧倒的にスターリンや遠藤ミチロウを聴いていた。


改めて買う気はさらさらないけれど、みちろうの「ベトナム・レジェンド」や新生スターリンの「JOY」などのアルバムは今聴いても十分聴けるアルバムのように思う。


My Kiasu Life in JAPAN-JOY

My Kiasu Life in JAPAN-ベトナム・レジェンド

スターリンのすごさは、基礎がしっかりできているところだと思う。
ギターもベースも驚くほどうまい。
パンクバンドには楽器が下手なバンドも多いけれど、楽器がヘタだと曲を買う気にはなかなかならない。


そういう意味では、「少年メリケンサック」はかなり下手なバンドだ。
ギターも走ってないし、ベースも頼りない。
そして、ボーカルは何を歌っているのかすらわからない。


My Kiasu Life in JAPAN-少年メリケン1

そんな中年バンドと、マネージャーの宮崎あおいが日本を旅する話しだ。
思っていたよりもかなり面白かった。


My Kiasu Life in JAPAN-少年メリケン2

この映画のコピーは「好きです!パンク!嘘です!」だけど、正直、今の僕の気持ちもその通りだ。


ジャンルがまったく違う音楽の映画、「奇跡のシンフォニー」という映画も観た。


My Kiasu Life in JAPAN-奇跡のシンフォニー

孤児院で育った少年が、音楽に素晴らしい才能を見せる。


My Kiasu Life in JAPAN-奇跡のシンフォニー1

後半から音楽の才能を開花させていくあたりは、あまりにすご過ぎて笑ってしまう程だ。


My Kiasu Life in JAPAN-奇跡のシンフォニー2

大人が観るには、できすぎの感があって今ひとつリアリティに欠けるけれど、中学生や高校生が観るにはいい映画のように思う。

僕は、たとえ才能が追いつかなくても、彼を守った黒人の少年にとても親近感を感じる。


佐々木倫子のマンガ「チャンネルはそのまま」(小学館)の1~2巻を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-チャンネルは1

My Kiasu Life in JAPAN-チャンネルは2

ここのところ、佐々木倫子のマンガがあまりに取材で得たものをそのまま書くので、うんざりしていたのだけれど、このマンガは久し振りに面白かった。

総務省の電子申請システム広報ポスターが職場に貼られている。
「インターネットで申請できるなんて、便利だねえ。」ってポスターに使われているのが泉谷しげる。
「おまえが政府広報なんかしちゃダメだろ。反権力だろ。基本的なスタンスは。」
怒りながらポスターを見ていたら、別の課の女の子に「何を見てるんですか?」と声をかけられた。
「アイドルが広報するのは許せるけど、泉谷は許せない。」と説明をする。
「きっと考え方が変わったんですよ。」
そうその子は笑って去っていく。


確かにロックが反体制だなんて感覚がもう古いのかも知れない。
GRAYだって、表現の自由を認めない中国の首相とにっこり笑って握手をしている。


矢沢永吉だって、「あったまいいね。ソニーのブルーレイ」なんてCMやってるけど、頭がいいなんてことに価値を認めてたっけ?
頭なんて悪くていい。熱く生きろって言うのが彼のメッセージだったように思うけど。


「きっと考え方が変わったんですよ。」
そうかも知れない。俺が変わらなすぎなのかも知れない。
俺もいろいろと考え方を変えなくてはいけないのだとも思う。


近々受ける試験も、何の予定もなく、週末はほとんどベッドの上で過ごした。
ときどき、映画の脚本を作りはじめて、すぐに挫折する。
人はどこまで怠惰になれるかの実験をしているみたいだった。
本を読み、パソコンでチェスをして、あとはDVDで映画を観ていた。


上映時間200分もあり、以前から持っていたけど、いつ観るのか自分でも不思議だった「ゴッド・ファーザー パート2」をようやく観た。


My Kiasu Life in JAPAN-godfather2

こんな名作を、僕は今までパート1しか観たことがなかった。

それもほとんど記憶がないほど昔観ただけだ。
真に豊かな人生とは何なのか。


My Kiasu Life in JAPAN-godfather2-1


頂点に立つ者の孤独をこれほどまでに感じる映画もないだろう。
この映画の本当の意味を知るのには、僕はまだ何年かかかりそうな気がする。


My Kiasu Life in JAPAN-godfather2-2


その一方で、もっと前に観るべき映画でもあったようにも感じる。
こういう映画は、何年もかけて、人生の節目に観るべき映画のように思う。


上映時間167分のこれまた長いデ・ニーロの映画、「グッド・シェパード」も観た。


My Kiasu Life in JAPAN-goodshepherd

CIAの誕生から、そこで官僚として人生を捧げた男の苦悩が描かれている。
「誰も、決して信じるな。」


My Kiasu Life in JAPAN-shepherd1

誰もが秘密を持たされ、人には言えない過去を持つ。
無実の者を殺し、罪のある人間に目をつぶった過去が。
全力で上手に仕事をこなした結果、彼はいったい何を得たのか。


My Kiasu Life in JAPAN-goodshepherd1

国家とは、仕事とは、そして人生とは何なのか。
いい映画だとは思うけれど、誰もがいいという映画でもない。

人には薦めづらい映画ではある。


ソリッド・シチュエーション・スリラー(特定の状況下でのスリラー?)の傑作と言われている「SAW2」も観た。


My Kiasu Life in JAPAN-saw2

1作目もそうだったが、2作目も見事にだまされた。


My Kiasu Life in JAPAN-saw2-1

アイデアの鮮やかさは素晴らしいが、僕にはあの映像はどうもむかつき、気分よく観ていられない(もちろん、気分よく観られるやつは少数だと思う。そのように作ってあると言われればその通り)。


My Kiasu Life in JAPAN-saw2-2

続編を見るかどうかはまだわからないけれど、なるほどなあ、よく考えてあるなあ、ってこの映画に感心することは確かだ。

日曜日に、パスポート用の写真を撮りに行った。
パスポートのせいで外国に行けないなんて、もうこりごりだった。


昔、名古屋で仕事をしていた頃、女の子が海外旅行に行こうと思ったのに、パスポートを忘れて、行けなかったという話しをしていた。
「成田空港まで行って、気がついたの。千葉に彼氏がいてよかった。そうじゃなければ、本当にショックだった。」
そんな話しを、当時は僕にはまったく関係がないような気持ちで聞いていたのだ。
今なら、彼女の気持ちもとてもよくわかる。
「それって、つらいよな。」
今の僕なら、彼女にそう声をかけてあげることができる。
今さら意味のない能力だけど。


証明写真を撮ってくれた店では、国生さゆりの「バレンタインデー・キッス」の曲が流れていた。
随分と場違いな音楽が流れているんだなあ、と思っていたけれど、後から、今日はバレンタインデーだった、ということを思い出した。
俺には関係のない行事なので、すっかり忘れていた。


車に乗って、ジェヴェッタ・スティールの「コーリング・ユー」を聞く。
この曲を聞くたびに、映画「バグダッド・カフェ」の砂漠のなかをブーメランが回転しながら飛んでいく映像が頭に浮かぶ。


My Kiasu Life in JAPAN-bagdad cafe
http://bagdadcafe.jp/
「ここではないどこかに、私を待っている人がいる。」
あの映画の主題はそんなところにもあった。
こんな音楽を聴けばつらくなるのに、俺はときどき自分が一番つらいことをしたがる。


コーリング・ユー(あなたを呼んでいる)(訳は俺が適当にした。)


ラスベガスからどこでもない場所に行く砂漠のなかの道
あなたが住んでいるところよりはましな場所
ちょうど曲がり角のあたりにある小さなカフェには
修理が必要なコーヒーマシーンがある


私はあなたを呼んでいる
聞こえない?
私はあなたを呼んでいる


熱く乾いた風が私に吹き付ける
赤ん坊が泣いて、私は眠れない
でも私たちは変化がやって来ることを知っている
だんだんと近づいて、やさしく解放してくれることを


私はあなたを呼んでいる
聞こえない?
私はあなたを呼んでいる


ジャカルタにも、僕を呼んでいる誰かがいたような気がする。
そこに行けば、何かがカチッとはまって、みんなが幸せになれるようなことが起きたような気がする。
気のせいかも知れないけれど、そんな気がして、僕は喪失感に襲われる。


上司から貸してもらった、トム・ロブ・スミスの「グラーグ57」(新潮文庫)の下巻を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-グラーグ57

前作である「チャイルド44」は、レオの弱さが垣間見れるリアリティがあったが、この「グラーグ57」でレオは超人的な活躍をする。確かに、家族は崩壊の危機にあり、レオは度重なる拷問と国家の非情な仕打ちに苦悩はするが、肉体的・精神的にとても普通の人間では耐えられないような強さを発揮して、ちょっとやりすぎのような気がした。


上司が買ってきた平林都の「接遇道」(大和書房)も職場で昼休みに読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-接遇道

「立ち読みで読み切れる」と別の上司から聞いていたけれど、本当に昼休みのうちに読めてしまった。
僕には、彼女がサービス業の人に求めている基準が過剰のように思えた。
本当に世の中の人は、ここまでの平身低頭、お客様の身になったサービスを人に求めないと気が済まないのだろうか。
僕にはこんなサービスはいらない。普通にしてくれればそれでいい。
僕は彼女のような人を絶対に好きになれないし、彼女と関わりのない人生でよかったと思う。


DVDで「ブレイブワン」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-the brave one

恋人同士が突然襲われ、恋人は殺される。


My Kiasu Life in JAPAN-the brave one1

My Kiasu Life in JAPAN-the brave one2

半殺しの目にあいながらも何とか生き延びたジョディ・フォスターが、社会の悪や犯人に復讐する話しなのだけれど。
ジョディ・フォスターっていい女優だよなとは思ったけれど、ストーリーは今ひとつで、特に人にも勧めない。


「ウォーリー」もDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-walle

ウォーリーは機械なのにかわいげがあって、アメリカの映像技術はもうこんなことまでできるんだって、感心した。

My Kiasu Life in JAPAN-walle1

でも、子供向けの映画なので、少しは泣けるのかと思ったけれどそんなこともなく、大人の俺がとやかく言っちゃいけない映画だよなって思った。

2月11日から14日までインドネシアのジャカルタに旅行に行くつもりだった。
陰鬱な雲の垂れ下がる長野の寒い気候に、もううんざりしていたので、熱帯に行きたかった。
狭い職場も、いろんな人に対する気遣いももううんざりだった。
誰も知らない国に行って、いろんな体験がしたかった。
観光をウリにしている国なら、それがアジアであれば、日本人なんかミッキーマウスに見えるはず。
特に俺なんかは日本の飲み屋でも金払いがいい、気遣う必要がなくて本当に楽って誉められる(?)くらいだから、アジアに行けば、みんなが親切にしてくれる予感があった。
そこそこ英語も話せるし、ビール1缶60円、普通の人の1月当たりの給料が1万円の国に行って、だまされたってたかが知れている。


特にジャカルタがよかったわけでもないけれど、思い立ったのが遅かったので、JALのマイレージで無料で行ける場所がここしかなかった。
行ったら、フェイスマッサージ、リフレクソロジー、全身アロママッサージをしてくれるというフルマッサージ5時間30分というのを体験するつもりだった。
それだけやっても日本円で4000円もかからない。


JALの無料チケットも手配して、ホテルも予約を取った。5つ星ホテルでも格安で、2泊で2万円程度だ。
友達も誘ったけれど、誰も乗ってこなかったので、初めての海外1人旅になるはずだった。

ジャカルタに着いたら、昨年まで働いていた激務の部署宛に「みんなも暇ですか?」って絵はがきでも書いて送ろうかと思ったりもした。


パスポートがそろそろ期限切れになる自覚はあった。でもちゃんとチェックをした。
有効期限は2010年2月23日まで。大丈夫、まだ10日ある。


2泊3日の短期間だし、行った先にも店はあるのだから、山登りほどの準備もいらない。
着替えとかゆみ止め(これがないと俺は死んでしまう)とパスポートだけ用意したら、基本的に準備は完了だ。


行く前日の10日の夜には消防訓練があって、僕はそれに出席していた。
消防訓練に行く前に少し時間があり、上司が「ビザは取ったのか?」という。
「ビザ?そんなのいるんですか?」
調べたら、到着後に米ドルで10ドルほど観光ビザ代がかかるらしい。
「大丈夫ですよ。向こうの国で買います。」
「あと、パスポートの残存期間が6か月以上必要らしいぞ。」
「マジですか。本当に?向こうの係官にちょっとお金を握らせればいいんじゃないですか?」
それから消防訓練に行ったけれど、不安に襲われて、訓練に身が入らなかった。


消防訓練終了後に、旅行会社で働いている友達に聞いてみた。
「パスポートの残存期間って必須なの?」
調べてくれて、それから「成田に来るだけ無駄だね。出国できないよ。」という。
万が一、行った先の国に入れず送還される事態になった場合、航空会社がその料金を支払う必要があるため、そもそも航空会社が乗せてくれないのだという。


某県で長い間、パスポート発行業務をしていた友達にも聞いてみた。
「一晩のうちに新しいパスポートって発券できないの?」
「できるけど、それはその国で親族が死んじゃった場合とか、緊急性が高い場合だけ。」
「そういえば、俺のおじいさん、インドネシア人で危篤だった。」
「うそじゃん。それじゃダメ。」
みんなの言う結論は同じ「諦めろ」だった。


上司には一応、お礼を言う。
「おかげで成田まで行かなくて助かりました。」
あまりのショックで、泣きたい気分だった。


帰りに、今まで一度も入ったことのない、近くのタイ料理屋に行ってラーメンを食べる。
これに似たようなものを食べるはずだったんだよなあ。
帰りがけに、タイ人のお客から「おにいさん、これから飲んでいかない?」って言われたけれど、そんな元気もどこにもなかった。


翌朝、いつもと違って、5時に起きてしまった。
本来は、その時間に起きて、パッキングをするつもりだった。
必要もないのに起きてしまった自分が悔しかった。


時計を見るたびに頭のなかで組み立てていたタイムスケジュールが浮かび、悔しかった。
成田の第2ターミナルの様子がありありと目に浮かんできて、その度に吐きたいような気分になった。


本を1冊読んで、映画も1本観た。
本当なら、飛行機のうえでこの本も読んで、映画も観ていたんだよなあ。
そう思うと、悲しくなり、人はこうして悲しみに暮れ、鬱になるのだと思った。

名古屋にいる弁護士の先生に、2月下旬に講演をしてもらうことになった。
先生とは言っても、大昔には市ヶ谷にある研究所で一緒に司法試験の勉強をした仲なので、そんなに緊張しなければならないような相手でもない。
必要以上に身長が高い。

下北沢のオンボロアパートに暮らしていたときは、小さな風呂に体全体が入らなかったのだという。
「仕方がないから上半身と下半身を順番に入れるんだよ。おまえだったらちっちゃいからいいよな。溺れちゃうだろ。」
「ふざけるな。」


名古屋の偉い先生が来て講演をしてくれるというお知らせチラシの原案を事務所にFAXで送る。翌朝、電話がかかってきた。
「あのさあ、チラシなんだけどいろいろと手を入れてまた送るよ。」
「了解。」
「君のところってさあ、夜は電話転送されるの?」
「そうだよ。夜は守衛のところに電話が回されるんだよ。」
「そうなのかあ。おまえの名前を言ったら、どちらの(部署の)○○さんですか?って聞いてくるから、思わず、ちっちゃいほうの人です、って言ったけど繋がらなかった。」
「当たり前だ。ふざけるな。」
それでも意外と真面目に講演のことを考えてくれているようで、少し安心した。


土曜日の朝5時頃、夢を見ていた。
車に乗っている夢で、「そのうちに迎えに来るから」と言いながら皆が去って行ってしまう。
車のなかは寒く、あまりにも寒かった。
震えていた。とてもリアルな寒さで、そこで目が覚めた。


僕は自分の車の助手席に乗って震えていた。
金曜日に3時30分頃まで飲んでいて、代行で帰ってきたことを思い出した。
お金を支払って、そのまま眠ってしまったのだ。
エンジンは切られていたので、車のなかは冷え切っていた。


家に帰って顔を洗う。まだ酔っている感じだ。
友達から頼まれた仕事を始めようとするが、集中力が続かない。
午後になるときっと酔いが覚めて、気持ち悪くなるだろうと思った。
ベッドに倒れ込む。何もする気が起きない。


10時頃、気持ち悪さで目を覚ました。完全な二日酔いだ。
それから、ずっとベッドの上で気持ち悪さが消えることを祈りながら目をつぶっていた。


3時30分頃に無理をして起きた。友達にネイルサロンに連れて行ってくれるように頼んでいたからだ。
以前から爪が欠けるたびにネイルケアっていうのをして欲しいなって思っていた。それで、友達に無理を言って、普段は男性客を取らないというネイルサロンに連れて行ってもらうことにしたのだ。


ひどい二日酔いだと言ったら、運転もしてくれるという。
4時30分頃に車に乗って、千曲市にあるネイルサロンに連れて行ってもらう。


「二日酔いだっていうけど、そんなに飲んでストレスの発散になるの?」
「ならないな。自分がダメな人間に思えてくるだけだ。」
話しをしているうちに、俺もそろそろ行き方を変えないとダメだなと思った。
「今はさあ、小さな幸せが欲しいよ。」
「そうだね。それがいいかもね。」


ネイルサロンでは、とても感じのいい女性が爪の手入れをしてくれる。
ぬるま湯に指をつけて、甘皮の処理をしてもらっていると、とてもいい気持ちになる。
「いい形の爪をしてますね。」
「そうなんだ。」
「爪は大切なんですよ。爪がないと物が持てなくなります。」
「本当に?どうして?」
「爪がないとふにゃって指が曲がっちゃうんです。」
「そうなんだ。」


最後に爪を磨いてもらったら、爪が、輝いていた。
「すごい。何か塗ったの?」
「磨いただけです。」
「そうなんだ。すごいなあ。」


昔、カリスマ美容師が流行っていた頃、女性はきれいにしてくれる男を好きになってしまう、という話しを聞いて、あんまり信じていなかったけれど、爪をきれいにしてくれた女性のことを好きになってしまいそうだった。
俺にも磨けば輝くところがあったっていうのが新鮮な驚きだった。


家に帰ったら、二日酔いもほとんど回復をしていた。


日曜日は朝5時に起きて、友達から頼まれていた仕事をほとんど終わらせた。
そんなにいつまでも迷惑をかけていられない。


それから除雪の当番だったので、7時に家を出て、職場の雪かきに行った。
除雪機を使って除雪していたのだけど、そのうちの1台がエンストを起こして、それを運ぶのが大変だった。
基本的に重機なので、一度故障すると運ぶのも一苦労だ。
手作業もあわせて大体の除雪を終えるまで、2時間30分ほどもかかった。


それから髪の毛を切りに行き、カットをしてもらいながら、人生のこととか真剣に考えた。
もうお酒を飲むのもほどほどにしよう、と思った。
もう一度人生を立て直そうと、思った。
目をつぶって、いろいろと考えていたら、スピーカーからインストールメンタルにしたジョン・レノンの「スターティング・オーバー(再出発)」が流れてきた。


ああ、そういうことなんだな、と思って、これが終わって家に帰ったら友達から頼まれた仕事だけはさっさとしてしまおう、と思った。
それからちゃんと生きようって思った。

金曜日は夜9時を過ぎてから、友達とスナックに飲みに行った。
友達は、そのスナックでバイトをするので、基本的には僕は一人きりだ。
思ったよりもお客が多く、席も7割方埋まっていた。
次々とカラオケがリクエストされる。
カウンター席に座って、ぼんやりとタバコを吸いながら、カラオケの画像を眺める。
この店以外ではほとんどタバコを吸わないので、タバコを吸うのも2ヶ月以上ぶりだ。


仕事の絡みで30分くらいの短い映画を作ろうと思っていて、ビールを飲みながらいろいろと考える。


先日、通勤途中にNHKのラジオ放送でいつものように「まいにちフランス語」を聞いていたら、レナという講師と先生が最後にこんなことを言っていた。
レナ「昔の話なんですが、ある少年と出会ったんです。そのとき、胸がきゅんとして、こんな感覚は初めてだって思ったんです。それから私はいいました。「こんにちは、恋。」って。あれ?先生、私の話なのに、どうして先生の顔が赤くなっているんですか?」
先生「日本中が赤くしてますよ。」


この話がとても印象深くて、これをきっかけとして話を組み立てていたら、それなりのものができそうな気がしてきた。
ついつい真剣になって考え込んでいたら、お店の女の子に何度も「死んでる?」って声をかけられた。「ぜんぜん。気にしないで。」
「あとで若い女の子つけるから。」
「本当に気にしなくていいよ。」
12時30分まで飲んで帰った。
家に帰ると、体中にタバコのにおいが染みついている。
普段はタバコ嫌いなので「ああ、もう最悪」などと言いながら服を脱いで洗濯機に突っ込んで歯を磨いて寝た。


週末は実家に帰った。
友達から頼まれた仕事をする必要もあったし、実家にしかない資料も取りに帰る目的もあった。
実家にしかないはずの資料、それはずいぶんと前の「キャラコママ」という雑誌だった。
以前、名古屋の弁護士とその雑誌上で、「しんちゃん助けて」という法律相談コーナーを連載していたのだ。
今回、仕事上その雑誌が必要になった。


それでわざわざ実家まで取りに来たのに、どこにもない。
僕の部屋は押し入れの中も部屋に積み上げてある段ボールの中も本だらけだ。
そこも探したけれどやはりどこにもない。
しかたなく名古屋の弁護士の先生に連絡をして、そのページをFAXで送ってもらうことにした。
電話口の向こうで「俺はちゃんととってあるけどね」と少し自慢げだ。
「どこいっちゃったんだろうなあ。」
どこに行ったのかは今もって謎だ。


夕食を食べて風呂に入り、友達から頼まれた仕事を始める。
こちらも一応の締め切りは2月1日で余裕がない。
ちょっと行き詰まって、上司から借りたトム・ロブ・スミスの「グラーグ57」(新潮文庫)を読み始めたら、止まらなくなってしまい、結局上巻の最後まで読んでしまった。


My Kiasu Life in JAPAN-グラーグ57上


「グラーグ57」は、「チャイルド44」の続編で、スターリン死後のフルシチョフ政権に突入する。スターリン時代に無実の人を苦しめていた国家保安省捜査官が、今度は熾烈な批判の目にさらされることになる。
旧国家保安省捜査官だった主人公のレオも、自分自身の過去から自分自身を守りきれない。家族も崩壊の危機に直面し、そこに共産主義から外れた犯罪集団の手が伸びる。
ソ連の恐ろしさを感じさせる作品で、ついついかつて読んだスラヴォール・ラウィッツの「脱出記~シベリアからインドまで歩いた男たち」(ソニーマガジンズ)まで段ボールから取り出して読み始めてしまった。



My Kiasu Life in JAPAN-脱出記

おかげで、友達から頼まれた仕事は半分程度しか進まなかった。
日曜日に長野に帰ってきたけど、再び本を読んだりして、やはりなかなか進まない。
締め切りを延ばしてもらうしかないな、と思った。

久し振りに、職場に行かずに週末を過ごした。
職場には行かなかったけれど、友達から頼まれた仕事もいくつかあり、完全にフリーな週末というのはまだ少し先になりそうだ。


週末は、上司から借りたトム・ロブ・スミスの「チャイルド44」という小説を読んで過ごした。


My Kiasu Life in JAPAN-child44



舞台はスターリン統治下のソ連。
恐怖が支配する社会のなかで、国家保安省捜査官であるレオは、国家に対する忠誠心が疑わしいものを次々と捕らえ、監獄に押し込めていた。
この国では「疑わしい=有罪」である。
スパイの疑いがあれば、捕らえられ、自白するまで拷問にかけるからだ。
その結果、処刑され、よくても強制収容所送りになる。


My Kiasu Life in JAPAN-child44-2

次々と無実のスパイと疑いをかけられた者が捕まり、殺される。
ひとりのスパイに逃げられるより、10人の無実の人間を苦しめる方がどれほどかまし、だと彼らは教え込まれている。


ソ連の社会主義の社会には、犯罪は存在しない。
従って、警察組織というのは弱い組織でしかない。
妻がスパイの疑いをかけられたレオは、拷問を受け、その後地方の警察巡査長となる。
そこで、子供ばかりを大量に殺している犯人を絞り込むが、そんな犯人がいるということを口にしただけで、国家体制批判になってしまう。


他の警察小説と違い、この小説では国が本気で捜査の邪魔をする。
ヘタをすれば処刑まである。
証拠も重要視されず、自白だけが頼りの刑事裁判で、レオがどうやって犯人を捜し当て、生き延びていくのか。
対国家という視点が斬新で、ソ連は恐ろしい国だったんだ、と読んでいて改めて思った。


マイケル・シェイボンの「ユダヤ警官同盟」も読み終わったが、こちらは苦労して読んだ割に最後まで感動がなく、ところどころ楽しいシーンもあったものの今ひとつだった。


My Kiasu Life in JAPAN-ユダヤ警官同盟

DVDで「007 慰めの報酬」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-007

ダニエル・クレイグの鍛え抜かれた肉体は素晴らしいし、アクションもすごい。
環境保護団体が、金儲けに走っているという設定も悪くはない。


My Kiasu Life in JAPAN-007-1

でも今ひとつって感じだった。


My Kiasu Life in JAPAN-007-2

My Kiasu Life in JAPAN-007-3

彼が何のために戦っているのか、それがよく見えなかったからなのかもしれないし、もうこういう派手なアクションシーンに僕が飽きているせいなのかもしれない。


DVDで「マン・オン・ワイヤー」も観た。


My Kiasu Life in JAPAN-man on wire

映画の作りは「運命を分けたザイル」に似ている。当時の状況を関係者が話し、疑似映像または当時の映像を流す。
ただ、今回は登山ではなく、綱渡りだ。
パリのノートルダム寺院、オーストラリアのハーバーブリッジを綱渡りで渡った男が、地上411メートルのワールドトレードセンターの2つのタワーを結んだワイヤーを渡ることを試みる。
命綱はない。


My Kiasu Life in JAPAN-man on wire-1

もちろん違法で、夜のうちに忍び込み、2つのタワーの間にこっそりとロープを張らなければならない。
諸事情があって、渡る前にすでにクタクタになっていた。


オーストラリアのハーバーブリッジを渡る映像を見ると、まるで人が宙に浮いているように見える。
「エッジを歩かなければ、人生に意味がない」
彼の行動は、彼の人生を表しているようだ。


My Kiasu Life in JAPAN-man on wire-2

ところで、この映画ではエリック・サティの「ジムノペディ」が使われている。
素晴らしい曲で、このサントラを買ってしまったおたふく豆さんの気持ちもわからないではないけれど。


スネークマンショーを聴いて育ったので、この曲が流れるとすぐに伊武雅刀の「嫌いだ。君のことが嫌いだ。君の匂いを嗅ぐのが嫌いだ。」と怪しく囁く声が頭に浮かんできてしまって、その点は残念だった。