土曜日から志賀高原に2泊3日のスキー旅行に行った。
泊まったのは西発哺温泉ホテル。途中から合流する人もいて、総勢では24名のパーティーだった。


My Kiasu Life in JAPAN-西発哺温泉

行き方がよくわからず、一緒に行った大先輩の方にナビをしてもらった。
ついでに雪道の運転の仕方も教えてもらう。


細くアップダウンの激しい雪道を走るときには、基本的に、1速か2速で決して止まらず、10~20キロぐらいでゆっくりと走り続けるのがコツらしい。
何度も速すぎる、と注意を受けた。


12時頃に宿に着くと、早速スキーを滑ることになった。
スキーも2シーズンぶりだ。
まだ一度も使ったことのない、短くて軽いカービングスキーで滑った。
雪質はパウダー状態でとてもよかった。


同行した人は、青森県出身の偉い人と、スキー一級の腕前の持ち主だった。
速くてとてもついて行けない。
余計な力があちこちに入っているのだろう。
2人が快適に滑っているのに、僕は1人だけエアロビでもしているんじゃないかと思うほど消耗した。


志賀高原のジャイアントスキー場では、1本滑るのに3回も転び、ゴーグルのなかも雪だらけになって、悲惨だった。


My Kiasu Life in JAPAN-志賀高原ジャイアント

体重移動も今ひとつだったし、ストックでリズムが刻めない。
「何やってんだ、俺」って感じだった。
持ち運びに便利だからと購入した短くて軽い板も、衝撃を吸収してくれない。


先に温泉に戻って、スキー靴を脱いだら、足が痛くて階段も上れないほどになっていた。
それでも熱い温泉にゆっくりと入って、ビールを飲んでいるうちに、だんだんと気分がよくなってきた。


後から合流予定だった人たちも到着して、一緒にビールやワインを飲む。
思ったよりもはるかに楽しい会だった。
夕食を食べて、そこでもビールを飲んで、部屋でも飲んだ。
大量の甘い千葉のイチゴや、同僚が焼いてきたというホールのケーキが3つも出された。
飲み物も食べ物もふんだんにあった。
僕は飲み疲れと、本当の疲れで力尽きて午前1時で寝たけれど、2時30分近くまで飲んでいた人たちもいたらしい。


翌日は朝からスキーを滑った。
天候が悪く、雪が吹いたり、真っ白なガスに覆われたゲレンデを滑った。
僕は午後1時頃には上がり、温泉に入ったり帰りの用意をしたりしていた。
全身が気だるい疲れに満ちていて、すぐにでも眠れそうだった。


帰りも圧雪された道路を運転して帰ってきた。
家に着いたのは6時過ぎ。
疲れたけれど、楽しかったなあ、という思いが残った。

小学校1年から中学3年まで剣道をしていた。
そのせいか足の幅が大きく、なかなか合う靴がない。
以前、シューフィッターのいる店に行ってきちんとサイズを測ってもらったら、右足が25.5センチで左足が25.0センチなのだという。
「左右、違うサイズでも売ってくれる?」
「できません。」
幅広の上にサイズも違う。
俺に合う靴はないのだと、基本的には諦めて暮らしている。


インターネットショップの「夢隊web」というところで「甲高幅広らくらく6Eウォーキングシューズ」というのを売っていて、少し高かったけれど、買ってみた。


My Kiasu Life in JAPAN-甲高幅広の靴

いつも何足も玄関に靴が散らかっていて、適当なものを履いて出て行くのだけど、最近はこの靴を選んでいることが多い。
締め付け感がなくて、楽な気がする。


来週、スキーに行くので、久し振りにスキー靴を出して履いてみた。
昔からのことだが圧迫感を感じる。
6Eの、できたら左右でサイズが違う俺に合ったスキー靴を誰か作ってくれないかなあ。
1秒ほど考えて、「あり得ないな」と思う。
「だから、スキー人口が減るんだ。」
ビンディングに靴がはまるか確かめながら、あまり賛同者のいない説を提唱してみたりした。


久し振りの連休で、職場にまで行く必要がない。友達から頼まれた簡単な仕事があるだけだ。
本屋で伊藤真の「続ける力 仕事・勉強で成功する王道」(幻冬舎新書)を買ってきて読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-続ける力

伊藤真は、伊藤塾の講師で、以前はLECという司法試験予備校の講師だった。
僕も彼の講義を受けて、法律の基礎を学んだ。
この本にも書いてあるように、彼は「子供の頃から、何をやってもそこそこできる優等生で、挫折や失敗の経験が少ないまま大人になっ」たような講師だったけれど、講義はとてもわかりやすくて、僕は今でもときどき、当時のノートを見直すことがある。


この本は読みやすくてすぐに読み終わってしまい、正直、特に得るところもないけれど、彼をよく知るにはいい本かも知れない。
報道番組で中途半端なコメントをしているコメンテーターを見るたびに、どうして伊藤真じゃないのかなあと思う。もっとマスコミに多く出てくるべき人のように思う。


「マルコヴィッチの穴」という映画をDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-malkovich

天才的な人形遣いの男が、7と2分の1階にある会社に就職する。
あるとき、その会社の棚の後ろに穴が開いているのを見つけ、その穴をずっとたどって行ったところ、その穴が、俳優マルコヴィッチの脳につながっていた。


My Kiasu Life in JAPAN-malkovich1

My Kiasu Life in JAPAN-malkovich2

その穴に入ると、マルコヴィッチの目で見て、マルコヴィッチの耳で音を聞くことができる。
そして、その人形遣いは、その穴を通じてマルコヴィッチを操作しようと試みる。


My Kiasu Life in JAPAN-malkovich3

よく仕組みは理解できなかったけれど、発想が面白くて、最後まで楽しく観た。
最後までほろ苦く、いろいろと考える余地が残されているのも気に入った。


「チェイサー」という昨年公開された韓国映画もDVDで観た。
あのおたふく豆さんが誉めていたからかなりいい映画だという期待は大きかった。


My Kiasu Life in JAPAN-chaser

http://www.chaser-movie.com/

デリバリー型の風俗店を違法経営している男が、女を派遣する。
ある男に女を派遣すると女がいなくなってしまう。
きっとその男が女を売っているのだと思う。
実はその男は、派遣されてきた女を殺していたのだ。


My Kiasu Life in JAPAN-chaser3

派遣していた男は、殺人犯の男を追う。
元刑事。でも、今は風俗店の違法経営者。

My Kiasu Life in JAPAN-chaser2

若くもなく、何一つとして人に誇れるものは持っていないが、殺人犯の男を追う。
彼に母親を殺されたら、一人ぼっちになってしまう少女のためにも(この少女が生意気だけど驚くほどかわいい)、彼は男を追う。


My Kiasu Life in JAPAN-chaser4

My Kiasu Life in JAPAN-chaser5

こういう映画は、確かに日本ではもう撮れないような気がする。
追う男の熱さは、かつての日本人が持っていた無駄な熱さだ。
いつか捨ててしまったその熱さが、映画では眩しく見える。


いくらなんでも、それだけ怪しい男をDNA鑑定も待たないで釈放するなんて、韓国にもそんな検事はいないだろうとかツッコミどころは多少あるものの、すごい映画だ。
観てない人には是非、薦めたい。

1月2日にまた長野に戻ってきた。
腹が痛くて、熱も出てきたような気がする。


年末から、海産物を大量に食べていた。
生牡蠣が届いたので、水の冷たさに震えながら、今年も50個ほどの生牡蠣の殻を剥いた。
橙(だいだい)という果実を絞って食べたら、あまりにおいしくて、一人で3ダースくらいは食べた。
それから、トラフグも鍋にしたり雑炊にして食べた。
エビやカニもたくさん食べたので、何かに微妙に当たったのかもしれない。


テレビ番組にまったく興味がないので、実家では、村上春樹の短編集を読み進めたり、DSで英単語を覚えたりした。

My Kiasu Life in JAPAN-めくらやなぎと眠る女

My Kiasu Life in JAPAN-英単語DS

酒もビールも飲まず、その割にはよく眠った。
家に帰ると、どういうわけか普段の倍以上眠ってしまう。
今気づいたけれど、食べすぎが原因なのかもしれない。


今まで貯めたJALのマイレージを使って、1月8日からロサンゼルスに行くつもりだった。
ずっとキャンセル待ちで、帰りの便の予約は取れたけれど、結局、行きの便の予約が取れなくて、すべてがキャンセル扱いになってしまった。
クリスティーナもクリスも楽しみにしていてくれただけに、残念な気がする。
JALのマイレージは海外旅行に行かなければ、貯めていてもほぼ意味がない。ろくな引き換える商品がないからだ。
使えなかったマイレージをどうするか、少し冷静に考えたいと思う。


友達から頼まれていた表やグラフの作成をして、一応できあがった。
これでいいのかという根本的な不安がある。
まあ、だめなら次の連休にでも考えたい。
ロサンゼルスに行けなくなったから暇なのだ。


3日の朝、外を見たら雪が降っていた。
10センチ以上の雪が降ったら、朝8時から職場の除雪をしなければならない。
見た瞬間に、10センチを超えていることはわかったので、車を運転して職場に行く。
相変わらず、腹が痛くて、頭も痛い。
風邪をひいたのかも知れないな、と思った。


除雪作業は2時間くらいかかった。
疲れて、家に帰って寝ていたら、再び腹が痛くなり、苦しいなあ、と思いながらDVDで映画を2本観た。


コーエン兄弟が監督をした「バーン・アフター・リーディング」。


My Kiasu Life in JAPAN-burnafterreading

「ノーカントリー」並の緊張感を期待していたので、完全に肩すかしを食った感じだ。
サスペンス色のあるコメディとでも言えばいいのか。


My Kiasu Life in JAPAN-burnafterreading

My Kiasu Life in JAPAN-burnafterreading2

My Kiasu Life in JAPAN-burnafterreading1


ブラピの演技力はすごいなあ、と思ったけれど、感心したのはそこだけ。
今年、初めて観た映画としてはかなり残念だった。


「パーフェクト・ストレンジャー」というサスペンスも観たけれど、昔からよくあるタイプの映画で、こんな展開はアガサ・クリスティの頃からざらにある。


My Kiasu Life in JAPAN-perfect stranger

それなりに面白かったけれど、「ワイルド・シングス」のような鮮やかさもなく、ハリウッド映画だよな、という感想しか持たなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-perfect stranger2

My Kiasu Life in JAPAN-perfect stranger4

昨年職場の最後の勤務日に、僕は残業をして、職場を出たのは9時頃だった。
駐車場に駐めていた車の窓に薄く氷が張っていて、それを擦り取って車に乗った。
今年最後の日だというのに、仕事はスムーズに終わらない。
何人かの人が相談ごとを持ってきて、明らかに原因が俺ではないのに、問題が発生したのは俺のせいであるかのように言う。
夜中に550枚の印刷をかけなければならないのに、やっかいごとが起きていつまでも終わらない。
疲れのせいでとてもイラついていた。


家に帰ると、ウイスキーを瓶ごとラッパ飲みした。
右のわき腹の辺りが痛むような気がする。
飲みながら「明日の夕方、実家に帰って、正月の間くらい禁酒しよう」と思った。


夜の11時くらいまで、それでも英語の勉強をしながら飲んで、それから本当に起きているのが嫌になって寝てしまった。


翌日は9時頃、ゆっくりと起きて、外を見たら雪は降っていなかった。
洗濯をして、部屋も軽く掃除をする。
見ることもなくテレビをつけていたら、俺が昨年まで同僚だった男の名前が出ていた。
車にはねられて死んだのだという。
「まさかな。」
スパゲティーを茹でて、食べていたら、昨年まで同じ職場にいた同僚から電話があって、テレビに出ていたその彼が死んだと告げられた。


最後の勤務日に、仕事が終わった後、みんなで酒を飲んでタクシーで帰宅したあと、タクシーを降りた場所で座り込んだか、寝てしまったらしい。そして、後続車にはねられて死んだのだという。


あの忙しい職場で、残業代も出ないのに土日もつぶして働いて、その結果が、これかよ。
「今夜、お通夜だから。」電話の向こうで、前の職場の同僚が言う。
悔しくて、涙がこみ上げてきた。


人の話を聞いているんだか、聞いてないんだかわからないようなやつだった。
「わかってんのかよ。」と聞くと「なんでしたっけ?」などと聞き返してくる。
それでも俺なら大変だと思う仕事をいつの間にか片付けていて不思議なやつだった。
「おまえ、優秀なんだな。」
「ええっ!いや。そんな。」
褒めるといつも大きなリアクションをして、否定していたけれど、僕は優秀なやつだと思っていた。


そんなかわいそうな死に方ってあるのかよ。


お通夜に行くと、前の職場の同僚がたくさん集まっていた。
先日、僕と一緒に4次会まで飲んで帰ったら、この寒いのになぜか裸で寝ていて、風邪を引いてしまった、という男もいた。
「みんなが、一緒に飲んだ人が悪かったって言うんですよ。」
「そうだよな。俺は自分が無理してでも、君にお酒を付き合ってあげちゃうからな。」
「違いますよ。先輩が無理やり私を連れて行ったんですよ。見る人が見れば拉致だと思われますよ。」
「まあな。でも「助けてー」って口では言いながら、君が僕を引きずって連れて行ったんだよ。腕がちぎれるかと思った。」
そんな風にいつもは気楽に冗談を言い合えるけれど、このときばかりはあまり気の利いたことも言えなかった。


こんな気の重い通夜もなかった。


そんなにお酒を飲まなければ。
タクシーを降りて、もう数歩歩いたところにいれば。
車の通りが少ないところで、タクシーを降りていれば。
そんな「たら」「れば」を誰もが考えていたと思う。
喪主をするはずの彼の父親も、今は入院中なのだという。
彼の母親の顔を、気の毒であまり見ることができなかった。


死に顔のほとんどは、傷ついていたせいかガーゼで覆われていた。
悔しかった。
一緒に仕事したよな。一緒に訳のわからない通知に腹を立てたよな。
お前は優秀だったよ。
飾られている写真を見ているだけでも、涙が何度もこみ上げてきた。


告別式は翌日だったけれど、僕は出席しないことにしていた。
お通夜の会場から、そのまま実家まで車を走らせた。
「彼は死んでしまったのだ。」
「なんで?なんで彼だったんだっけ?」
なかなか納得がいかない自分がいて、ああ彼の死は、俺にとってもつらい話なんだな、と改めて思った。

なんてこった。また誕生日を迎えちまった。
毎年のことだが、何もいいことがあるわけではない。
「めんどくせえなあ」
誕生日で日曜日だというのに仕事をしに出かけていく。
今日は11時30分から5時30分まで仕事をした。
なんて誕生日だと思う。


疲れて苛つきながら家に帰ったら、カリフォルニアのクリスティーナがフェース・ブックで「お誕生日おめでとう」とコメントを入れてくれていた。
彼女は毎年クリスマスカードも送ってくれる。
今年はオーストラリアのキングス・キャニオンで夫と肩を組んでいる写真だった。
僕は彼女にクリスマスカードの返事を書いたことがない。
ひどい話しだと自分でも思う。
いつまで送ってくれるかわからないけれど、彼女のカードを見ると、いつも心が温かくなる。


ニューヨークのキアや、バンクーバーに帰省中のアーチーもメッセージをくれた。
みんな優しいなあ、と思う。


姉からも「お誕生日おめでとう」と留守電に伝言が入っていた。
日本人は姉だけ。やれやれ。


誕生祝いに、自分に旅行用の4万円ほどのコンピューターと6.5千円くらいのDVDドライブ、それからデータ通信用のUSBスティック(これは無料)を買った。
それで得たポイントを使って、一番安い値段のミキサーと、任天堂のDSソフト、「TOEICTEST英単語スピードマスターDS」と「ユーキャンペン字トレーニングDS」を交換した。


My Kiasu Life in JAPAN-英単語DS
My Kiasu Life in JAPAN-ペン字DS


字が汚いのは昔からのコンプレックスで、司法試験の受験生の頃には、論文試験対策としてペン習字のクラスにも出席したくらいだ。
今から考えれば1時間ほどの講義で体に染みついた汚い字が魔法のようにきれいになるわけもなく、コンプレックスをますます深くしただけで終わった。
DSのソフトがどのくらいの威力を発揮するものなのか知らないけれど、これから少し努力をしていきたいと思う。


それから誕生日の記念に、ミキサーも使って野菜のパスタを作って食べた。


もう1年も終わりだ。


今年読んだ本のなかではこの7冊が印象深かった。


1 ゴールデン・スランバー(伊坂幸太郎)「グラス・ホッパー」もよかった。


My Kiasu Life in JAPAN-ゴールデン・スランバー

2 告白(湊かなえ)「贖罪」もよかった。


My Kiasu Life in JAPAN-告白

3 ミレニアム2、3(スティーグ・ラーソン)


My Kiasu Life in JAPAN-ミレニアム

4 1Q84 上、下(村上春樹著)


My Kiasu Life in JAPAN-1Q84

5 DNA(J.D.ワトソン)


My Kiasu Life in JAPAN-DNA

6 金持ち父さん貧乏父さん(ロバート キヨサキ)


My Kiasu Life in JAPAN-金持ち父さん、貧乏父さん

7 4つの約束(ドン・ミゲル ルイス)


My Kiasu Life in JAPAN-4つの約束



映画はこの6本が印象深かった。しかし、これ以外に料理番組を(特にジェイミー・オリバーを)よく見た年だった。


My Kiasu Life in JAPAN-ジェイミーズキッチン

1 うつせみ(監督キム・ギドク)「弓」「絶対の愛」もよかった。


My Kiasu Life in JAPAN-うつせみ

2 イングロリアス・バスターズ(監督クエンティン・タランティーノ)


My Kiasu Life in JAPAN-inglorious busters

3 シャイン・ア・ライト(監督マーチン・スコセッシ)


My Kiasu Life in JAPAN-シャイン・ア・ライト

4 大阪ハムレット(監督光石富士朗)


My Kiasu Life in JAPAN-大阪ハムレット

5 ノーカントリー(監督コーエン兄弟)


My Kiasu Life in JAPAN-ノーカントリー

6 ロスト・イン・トランスレーション(監督ソフィア・コッポラ)


My Kiasu Life in JAPAN-ロストイントランスレーション


今年取った資格は3つだった。語学の資格を上に伸ばさなかったのが心残りではある。
1 漢字検定2級
2 カラーコーディネーター2級
3 砂利採取業務主任者


ちなみに昨年まで取った資格をずらずらと悪趣味に並べてみると、こんな感じになる。資格の数と幸せは正比例の関係にないことがよくわかる。


普通自動車免許、電話級アマチュア無線技師、行政書士、宅地建物取引主任者、一般旅行業務取扱主任者、乙種第1~6類危険物取扱者、採石業務管理者、秘書検定2級、実用英語技能検定準1級、TOEIC765、アロマテラピー検定1級


来年は、いい年にしたいと思う。今年はいろいろと頑張ったけれど残念だった。
腐らずに前向きに、毎日、少しでも努力をしていきたいと思う。



**おまけ**


残り野菜でも簡単にできる「野菜スパゲティ」の作り方


1 野菜を切る。タマネギはみじん切り、セロリ・ズッキーニ・ネギは5ミリくらいの輪切りにする。アスパラは頭の部分だけは5センチくらいに、残りは1センチ程度の輪切りに切る。ジャガイモは皮をむいて適当に切る。軽く塩を振ってボールに入れておく。


2 圧力鍋にオリーブオイルを入れ、つぶして刻んだニンニクを入れて加熱する。アンチョビ(缶詰)、刻んだ唐辛子を加える。


3 2に1を入れて、適当にかき混ぜる。冷凍のむきエビ、トマトの缶詰1缶を入れて、さらにかき混ぜる。


4 すりおろしたしょうがを入れ、塩、コショウを適当に振ったら、コップ半分ほどの水も加え、圧力鍋のふたをして加熱し、ピンがあがってから5分ほど煮る。


5 5分ほどしたら、別の鍋で5分で茹で上がるスパゲティを4分30秒くらい茹でる。


6 ピンが下がった圧力鍋のふたを開けると、煮詰まった野菜でいっぱいになっている。中からおたま2杯分だけ野菜を取り出し、ミキサーに入れてペースト状にして、また鍋に戻す。レモンを半分搾ってさらにかき混ぜる。味見をして、ソースのできあがり。


7 茹で上がったスパゲティをザルにあけ、皿に盛りつける。6のソースも上からかける。


8 刻んだバジルとパルメザンチーズを大量に振りかける。野菜スパゲティのできあがり。



今週の木曜日と金曜日は松本で研修があった。
2日間の事例検討。どちらの日も長野から松本まで車で通った。
偉くなったら楽できるなんて思っているんじゃないぞ!ということをわざわざ教えてくれる親切な研修だ。
リーダーシップとは何か?部下を持つということはどういうことなのか?
実際、一人も部下のいない僕には遠い世界のお話ではある。
理屈はなんとなくわかったけれど、身についたという実感がないままに修了証を手にした。


研修2日目の帰り道、松本は晴れていたが、長野は雪だった。
明科トンネルを抜けた辺りから、雪は深くなり、降りも厳しくなった。
前の車のテールランプを頼りに運転をする。


いつも雪の降る道を走るとき、レイダル・イェンソンの「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」(写真はソニー・マガジンズの文庫本、僕は単行本で読んだ)の冒頭の「降る雪に催眠術をかけられた。」という一節を思い出す。


My Kiasu Life in JAPAN-my life as a dog2



初めて読んだときは意味がわからなかったが、雪道を運転していると、なんだか催眠術をかけられているような気がすることに気がついて、それからは雪道を運転するたびにこの一節が頭に浮かんでくるようになった。
「降る雪に催眠術をかけられた。」


金曜日の夜は職場の忘年会があった。
今年、転勤してきたばかりだが「すごい忘年会だ」という話しは聞いていた。


実際、すごかった。
結婚式場を借り切り、ステージで想像以上にきつい下ネタが披露される。
「徹子の部屋」のパロディや、人気投票など、爆笑ものの企画も多かった。


偉い人たちに混ざって2次会に行き、そのあと1人で飲みに行った。
どれだけ飲んでも、あまり酔わなかった。
代行が混んでいるらしく、なかなか確保ができない。
雪を15センチほども積んだ僕の車が店の前に到着し、僕が帰れたのは4時近かった。


土曜日は朝から髪の毛を切りに行き、山のように本を買って帰ってきた。
来年はとりあえず英語の勉強をしっかりとして、それから福祉住環境コーディネーター2級(3級って受ける気がしないんだよな)を受けようと思う。
もし恋でもしたら、そんな時間はとてもないだろうけれど、今のところは残念なことに心配がいらない。


日曜日は午前中2時間程度仕事をして、帰りに西友で買い物をした。
昼にマスタードを効かせたエビのサンドイッチを作ることにしていた。
生食用にボイルしたエビを買っていたら、ばったりと大昔に付き合っていた女と会った。
もう2人くらい子供がいるはずだ。
「何してるの?」
「エビのサンドイッチを作ろうと思って。」
「女できたの?」
「いや。全然。」
「そんな風になんでもできちゃうから、できないんだよ。」
「まあな。それだけじゃないと思うけどな。」


べつに本格的に付き合っていたわけでもなく、喧嘩も一回もしたことがなかった。
いつの間にか自然に関係が終わっていた。
それからしばらくして彼氏ができたと言って電話がかかってきた。
「今、そこに彼氏がいるの?」
「いるよ。年下なんだよ。」
「彼氏に、今夜は絶対ベルトを外すなって言えよ。」
「ねえ。早くベルトを外せって言ってるよ。外しなさいよ。」
「俺は外すなって言えって言ってるんだよ。」
「早く外さなくちゃ。怒ってるよ。」
電話口から、ベルトを外す音やら笑い声やらが聞こえてくる。
「おまえなあ。聞いていられないから切るぞ。」


何もかもが甘く苦い思い出だ。


最近、どうも憂鬱な気分が抜けない。
風呂に入りながら、以前買ったまま大して読まなかったマイケル・シェイボンの「ユダヤ警官同盟」(新潮文庫)を読む。


My Kiasu Life in JAPAN-ユダヤ警官同盟

少し難しい小説だが、主人公が惨めで、哀しく、でも反骨心を忘れない刑事で今の俺に妙に合う。
重要な情報を握っている女性を乗せたリムジンの後部座席に飛び乗ろうとして、引きずられ、命からがら乗ったあげくに「ああ、これは自家用車ですか。間違えました。てっきり61番のバスだと思っていました。」という主人公が俺は大好きだ。


村上春樹の「めくらやなぎと眠る女」(新潮社)を読み始めた。


My Kiasu Life in JAPAN-めくらやなぎと眠る女

短編集だが、今まで、どこかどこかで読んだことがある小説ばかりだ。
でも、今読むとだいぶ印象が違う短編が多い。
それは、僕が成長したからなのかもしれないけれど、知らなくていいことまで知ってしまったからのような気もする。
読んでいて、少し苦い気分になった。


**おまけ**


エビのサンドイッチ


1 8枚切りのパン2枚にクリームチーズを塗る。
(2)卵1個、マスタード、酢をボールに入れてかき混ぜる。
(3)(2)を2分くらいしたあと、オリーブオイルを入れてかき混ぜるとマヨネーズができるらしい。俺はできたためしがない。「ふざけんなよ」などと言いながらボールを流しに放り投げることになる。今回も大失敗。
2 市販のマヨネーズに、マスタードをたくさん入れて、レモンを搾る。簡単にカラシマヨネーズができる。パセリをみじん切りにしてマヨネーズに混ぜる。コショウも振って混ぜる。実にスムーズ。料理はこうあるべきだ。
3 生食用のボイルしてあるエビを、鍋で煮る。塩と味の素をいっぱい入れる。うまくなるような気がする。
4 煮立ったら、ざるに空け、殻をむく。熱い熱いと言いながら剥くのはたいへんだが楽しい。永遠にクリーム状にならないマヨネーズを作るより100倍もましだ。
5 剥いたエビをざっくり適当に切る。今思ったけど、切らなくたっていいと思う。
6 ベーコンをフライパンでカリカリに焼く。
7 片方のパンの上に、マヨネーズを塗り、エビを適当にばらまき、レタスでふたをする。
8 その上に、トマトをスライスして置き、さらに6のベーコンを載せる。
9 もう片方のパンにも軽くマヨネーズを塗ってふたをすればできあがり。君がめんどくさがりやでなければ、見栄えがよくなるようにパンを斜めに切ってもいい。
10できあがり。まあまあうまかった。マヨネーズを自分で作ろうなどと無謀なことを思わなければ10分もあれば余裕でできる。

火曜日に飲み会が1つあった。
上司がいない気楽な飲み会だったので、僕は飲み過ぎる自覚があった。
日頃たまっている代休を使って、水曜日の午前中を休みにしていた。
案の定、飲み過ぎてしまい、起きたら11時を過ぎていた。
3次会でテキーラを飲んで、ジャックダニエルもストレートで飲んだ記憶があるけれど、その先の記憶がない。
パジャマを着て寝ていたから、無事に帰ってきたのだと思う。


体の不調は大したことはなかったけれど、水曜日の午後に出勤したら、9月30日(締切日)に国に提出した書類のことで電話があり、「ここの数字の根拠は何か」などと突然聞かれ、あまりに昔のことで答えられないでいると「10ページ分の数字を直して明日までにメールで送るように」などと言う。
「今まで見てもいなかったくせに、明日までかよ。」
頭に来て仕事をしていたら、二日酔いのことなんかどうでもよくなってきた。
夜遅く、帰る頃には二日酔いもすっかり回復し、また飲みに行きたいような気分になっていた。


昨年の11月末頃、カナダの友人に4万円を貸した。
「12月から就職するのだけれど、今は職がなくて家賃が払えない。就職したら必ず返すから、1か月でいいから4万円貸して欲しい」携帯電話の向こうで、そう彼は言った。
「ああ。いいよ。口座番号を教えて。」
貸したけれど、お金は返ってこなかった。
就職するって話しは嘘だったのかなあ、なんて思いながら、でもかわいそうに思えて催促はしなかった。


先日、突然、彼から電話が来た。
「お金を返すのをすっかり忘れていた。ごめんなさい。」という内容だった。
「気にするな。ちゃんと就職できた?」
「働いてるよ。僕は・・」それから3分くらい話しをした。元気そうで安心した。
家に帰ったら、メールも届いていた。簡単に訳すとこんな感じだ。


「僕だ。なんてこった。心の底からごめん。君から昨年!借りたお金を返してないことに数日前に気づいた。本当にごめん。僕はきっと地獄に落ちて火で焼かれるだろう。
長野に行ってお金を手渡ししたいところだけど、どうか銀行口座を教えて欲しい。
必ずその口座に入金するから。
ほんとうにほんとうにごめん。僕を撃ってもいい。」


返事を書いた。
「久し振り。君にお金を送って1か月待ったけれど、何の連絡もなかったから、きっと就職ができなかったんだって思った。
でも、カナダに帰るお金もないだろうから。
だからテレビのニュースで「年越し派遣村」が映っていたとき、君がいないかどうか探したんだよ。でも見つからなかった。」
久し振りに彼と話せて、そしてメールが来て嬉しかった。
翌日、口座を見たら5万円も入金してあった。


先日、仕事をしていたら上司が「タイガー・ウッズは愛人を12人も作ったらしい」と言いながら職場に入ってきた。
「すごいな。彼は。」感心してしまう。
「18ホール、作ろうとしていたんですかね。」
上司が大笑いしたあと、周りに何人も女性がいることに気がつき、今のは俺が言ったんじゃなくて風が吹いた音だ、って思わせようとしたけど、うまくいかなかった。
どうもついてない。


金曜日は特に飲み会もなく、普通に残業をして、その後長野グランドシネマズに行ってレイトショーでやっていた「イングロリアス・バスターズ」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-inglorious busters

調べたら、上映時間が2時間40分もある。
昔の映画のように、「休憩があるのかな?」と思った。


最近、冬眠前の熊のようにブルーな気分なことが多い。仕事はストレスフルで、楽しいことがない。久し振りに映画館で映画を観て、この憂鬱な気分を吹き飛ばしたかった。


映画は冒頭から緊張感に溢れていた。


My Kiasu Life in JAPAN-inglorious busters2

レザボア・ドッグスを初めて観たときのように、タランティーノの世界に引き込まれる。


My Kiasu Life in JAPAN-inglorious busters3

休憩はなかった。でも、まるでカジノで高額のブラックジャックをしているかのように2時間40分、集中力が切れなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-inglorious busters1

「カリフォルニア」のときのようにブラピが素晴らしくよく、ラストも気に入った。


先日読んだ、ジェームス・ワトソンの「DNA」(講談社)によれば、ナチスのユダヤ人迫害の思想的な背景となったのは、アメリカの科学者ダヴェンポートやグラントのレポートによるところが大きい。
彼らの研究によると、移民の約80%は知能が低く、優秀ではない(=排除してもよい)ことになっていた(もちろん、それは知能テストが英語で行われたからである)。
こういった劣った者は子孫を残さないようにすべき、また排除すべきという本が、ベストセラーになり、ヒトラーのバイブルになっていた。


My Kiasu Life in JAPAN-inglorious busters4

だから、ユダヤ人迫害も元をただすとアメリカ発なのだ。アメリカは、アメリカに逃げてきたユダヤ人もドイツに送り返している。
そしてユダヤ人の運命は、ヒトラーに握られることになった。



My Kiasu Life in JAPAN-inglorious busters5

だから、この「イングロリアス・バスターズ」に出てくる、アメリカ人がユダヤ人を助ける話しというのはどこかおかしな感じもするし、この映画の中では歴史の真実なんか思いっきり歪めちゃっているけれど、それでもこの映画はよかった。
自分に正直になりたいと最近は思っている。
世間の評価は低くても、シールを剥がした後の粘着材のようにしぶとく僕の心に貼り付いていた憂鬱な気分がなくなっていたのだから、僕が高く評価するのは自分自身として当然だと思う。


DVDで「ジェイミー’s キッチン3」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-jamie's kitchen3

15人のフリーターを1年で一流シェフにする番組の集大成。
僕はこの番組を見るたびに、ジェイミーの心の広さを感じる。
俺なら、会って数時間で見放すだろう人をどこまでも見守り、励ます。
そして、ジェイミーが信じているように本当に人は育つのだ。
レシピ的には参考にはならないけれど、ストレスフルな環境で、それでも前向きなジェイミーを見ることで、僕も頑張らないといけないという気分になった。


図書館に「Dr.林の笑劇的救急問答-上巻-」というDVDがあったので、興味本位で借りてみた。


My Kiasu Life in JAPAN-Dr.林の笑劇的救急問答

医者向けのDVDなので、なんの基礎知識もない僕が見てもほとんど無駄なんだけど、それでもDVDを見ている間はわかったような気になっていた。
子供を車の中で寝かしているうちに、熱中症になった場合、効果があるのは「霧吹きでぬるいお湯をかけ、うちわで扇ぐこと」だそうだ。
そして、熱中症はその後の合併症が怖いこともよくわかった。
その後回復しても、必ず病院に行くことが大切だ。


カリフォルニアのクリスに薦められたロバート・キヨサキの「金持ち父さん 貧乏父さん」(筑摩書房)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-金持ち父さん、貧乏父さん

「一生懸命働けば、お金が入ってくる」なんて考えだったらずっと貧乏だとこの本は言う。
金持ちには金持ちの考え方があり、その考え方をこの本は示している。
俺が信頼できる人と結婚していれば、こういった冒険もできるのになあ、と少し悔しい思いをしながら読んだ。
「持ち家なんか資産じゃない。負債だ。」そう言い切る作者には抵抗感を感じる人は多いだろうけれど、ベースにある考え方にはとても共感ができた。
思ったよりも、かなりまともないい本で、クリスの意外な面を見た気がした。


**おまけ**
今週の失敗レシピと成功レシピ


日曜日も午後から残業して、疲れて帰ってきた。
なにかうまいものを作ろうと思ったけど、作るのが面倒なので、超簡単なレシピを思いついて作ってみた。


(失敗レシピ)
1 炊飯器の内釜に米を入れて、軽く研ぐ。
2 水を切った米のうえにホールトマトを1缶丸ごと投入。
3 シーチキンの缶を開けてそれも1缶丸ごと投入。
4 小さめのタマネギを1つ丸ごとみじん切りにして、それも投入。
5 木のへらでトマトとシーチキンを押し切りする。
6 適当に塩、コショウで味付けして、少しだけ水も足してご飯を炊く。
7 炊きあがったら、チーズを大量にふりかけて食べる。


失敗の理由。
全体にぼんやりとした味で、つかみ所がない。
もう少し、パンチの効いた食材か調味料があれば、味が締まったかも。
今のところ決め手となるのはチーズの味だけど、ろくなチーズがなかったから。


ご飯が炊きあがるのを待つ間に、サンドイッチを作って食べた。
簡単にできて、すごくおいしかった。
(成功レシピ)
1 サンドイッチ用の小さな薄切りスライスした食パン(今回は「Pasco超熟サンドイッチ用パック14枚」を使った)2枚に、マヨネーズを薄く塗る。
2 それぞれにコショウ、刻んだパセリを振りかける。
3 その上に薄切りのロースハムを載せる。
4 切れているカマンベールチーズ(今回は「明治北海道十勝カマンベールチーズ 切れてるタイプ」を使った)を適当に指でつぶして、広げる。
5 3で4を挟めばできあがり。


最後に、ジェイミーからの受け売りだけど、料理が上手になる秘訣の1つを教えたい。


「いろいろな店をよく見て歩くこと。そしてどこの店に何が売っているのか、ちゃんと覚えておくこと」。


今回は使わなかったけれど、クラフトのチェダーチーズのスライスチーズ、いつもまとめ買いするんだけど、限られたスーパーしか売ってないんだよ。
このチーズ、すごくおいしいから、売ってる店を見つけたら絶対に忘れないようにした方がいい。

砂利採取業務主任者試験の結果が届き、僕は受かっていた。
成績はわからないけれど、かなり迷う問題が多かったので、受かっていてホッとした。


「結果がわかったら、教えてください。」
そんなかわいいことを言ってくれた女の子がいたので、早速報告する。
「俺、砂利採取業務主任者試験、受かったよ。」
「砂利…。バカじゃないの?」
本音が返ってくると思わなかったので、少し驚いた。


確かに馬鹿げたことかも知れないけれど、資格を取りに行ったときの気持ちは真剣で、そのときの気持ちを「僕は僕が知っているからいいんだ」と思う。
「僕は僕を知ってる。」
たぶん清志郎の歌「君が僕を知ってる」が元なんだと思うけれど、僕はこの考え方を小林じんこのマンガ「風呂上がりの夜空に」(講談社)を読んで学んだ(ような気がする。)。


My Kiasu Life in JAPAN-風呂上がりの夜空に

誰もほめてくれなくても、僕は11月の仕事が忙しいなか、僕がよく頑張ったことを知ってるから、それでいいんだと思う。


友達から頼まれていた接遇についての約6000字の文章を作成しなければならない。
当初の締め切りが10月31日だったから、1か月以上遅れてしまった。
何としても今週末には仕上げないと、友達に迷惑をかけてしまう。


金曜日に職場の忘年会があって、ついつい1時過ぎまで飲んでしまったせいで、土曜日は動くのも嫌でずっと寝転がって本ばかり読んでいた。


日曜日。
頼まれていたのは約6000字だったが、残りは3000字くらいだった。


「もう全然、終わらない。」
朝からずっと取り組んでいるのに、思ったように進まない。泣きたくなってきた。
何度も嫌になって、そのたびに料理を作ったり洗濯をしたりDVDで映画を観たりして気分転換をした。


途中で車にガソリンも入れに行った。
本来であれば、そろそろスタッドレスタイヤに換えなければいけない時期なんだけど、それは来週することにした。
セルフのガソリンスタンドでガソリンを入れていたら、隣で軽自動車にガソリンを入れているおじさんに声をかけられる。
「にいちゃん。すごい車だね。国産かい?」
「国産だよ。三菱。」
「そんな車乗っていたら、彼女なんかいっぱいできるんだろうなあ。」
「そんなことないよ。全然いないよ。」
ガソリンを入れて、じゃあ、といって笑顔で別れたけれど。
おじさんの頭のなかだけにある、三菱の車に乗ってるだけで、もてる国に行ってみたい気がした。


こうやって書き出してみると、なかなか文章ができなかった理由もわかる気がする。
要は気分転換が長すぎたのだ。
それでも夕方になってようやく形が定まってきた。
ただ、予定していたよりも1500字近くも多くなってしまった。


でもまあ、とりあえずこのまま出してみる。
見直す気力も今はもうほとんどない。
優秀な友達が上手にカットをしてくれるのではないかと思う。


ジェームス・D・ワトソンの「DNA」(講談社)をようやく読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-DNA

遺伝学の誕生、暗黒時代から現在までを、おおよその時系列に従って描き出し、遺伝学をわかりやすく論理的に説明をしている。
この本を読むと、遺伝子組み換え作物への無用な抵抗感がなくなる。
また、遺伝学がナチスによるユダヤ人の大量虐殺に結びついたというその過程も丁寧に説明がされており、政治と疑似科学のつながりがいかに不幸なのかがわかった。


なかお白亜のマンガ「麻酔科医ハナ」も2巻まで読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-麻酔科医ハナ

リアリティがあるのかないのかもわからないけれど、医師って職業も大変だよなって思う。
健康で病院に行ったことがない人ってすごく少ない。
それを医者の立場から見たら、治しても治しても患者が来る。
嫌になっちゃうと思うんだ。毎日病人ばかり診ていたら。
麻酔医ハナは、そんなマンガだ。
深くもないし、思い入れもできないマンガだけど、それなりには面白い。


「ノン子36歳(家事手伝い)」をDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-ノン子36歳

昔、アイドルでマネージャーと結婚して離婚。
36歳のノン子が、実家でやさぐれた生活を送っている。
20代の若者と出会い、一緒に生活をし始めたところに、前のマネージャーがもう一度やり直そうと言ってくる。


My Kiasu Life in JAPAN-ノン子36歳1

体当たりの演技なのか、俺にはどうでもいいことだけど、こんなに「人のセックスなんか見るもんじゃない」と思った映画も珍しい。
なんか、本当にセックスがリアルで「している、さかってる」って感じなんだよ。


My Kiasu Life in JAPAN-ノン子36歳1

俺も子供じゃないから、キスなんかレモンの味なんかじゃなくて、よだれの味だとか知ってるよ。
でもそんなこと、あえて言わないだろ。
「彼と初めてあったとき、ときめきを感じて、胸がきゅんとしました。」ってのはありだけど「初めてあったとき、なんていうか、感じたんです。すごい性欲。」ってのはなしだと思うんだ。
この映画は、そういうことを言っちゃってるような気がする。
見ていてつらかった。俺には向かない映画だと思った。


「カプリコン・1」という映画もDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-capricornone

NASAが火星への有人飛行を計画し、実現をする。
ロケットは打ち上げられるが、実はロケット組み立ては失敗していて、このままでは宇宙飛行士を火星に運ぶことは不可能。
宇宙飛行士は別の場所に連れて行かれ、火星に似せたセットで火星着陸の演技をする。
宇宙飛行士達は、こんな茶番を演じていていいのかと苦悩をするが、断り切れない。


My Kiasu Life in JAPAN-capricornone1

火星からのロケットは、地球への再突入の際、耐熱シールドが剥がれて消失。
ロケットが消失した以上、宇宙飛行士達だけが生き残るわけにはいかない。
国から命を狙われた3人の宇宙飛行士は、追ってくる国の機関から砂漠のなかを逃げる。


My Kiasu Life in JAPAN-capricornone2

発想も脚本もなかなか面白く、楽しんで観たけれど。
今となっては古い映画で、似たような映画もその後いっぱい作られて、僕はそっちを観ているので、どうも今ひとつって感じだった。

今週は会議や出張が多い週だった。
出張も嫌いではないけれど、その間、通常業務を誰かほかの人がしてくれるわけでもないので、その点が出張していても気がかりだ。
特に今週末は、月末の締め切りをいくつも抱えているにもかかわらず、金土日が3日続きの東京研修だった。
29日の日曜日も夕方5時までびっしりと研修。


11月はあと30日の1日しかない。
本来であれば、今週末は職場で残業をしていなければいけないのに、俺はこんなところで、役に立つのかどうかも不明な研修などに来ていていいのだろうか、と研修帰りの夜道でお月さまに問いかけてみたりした。
東京では大きさを比較するものが多いためか、夕日も月も妙に大きく見える。


今回の研修会場は水道橋駅の近くだった。
研修開始の2時間前に東京駅に着いてしまったので、JRお茶の水駅で降りて、それから水道橋駅まで歩いて時間をつぶすことにした。


お茶の水。
僕は東京でこの町が一番好きだ。
学生が多く、本と音楽の店が多い。
僕は浪人時代、このお茶の水にある駿台予備校に通っていた。


駿台予備校で、僕は文2βというクラスに通っていた。
成績順に並ぶそのクラスで、僕の席の4列前に「しょうこ」と友達から呼ばれているとてもかわいい子がいた。
あと、もう少し勉強ができていれば、彼女の隣の席に座れたのに。
僕は彼女の隣に座りたい一心で、夏ごろまでかなり勉強をした。
現役のころ、日本史は平安時代までしか勉強が進んでいなかったが、室町時代くらいまで勉強を進めた。


秋の席替えで、僕は驚いた。
僕はしょうこちゃんを抜きすぎてしまい、クラスまで替わってしまった。
僕は悲しかった。
あまり予備校にも行かなくなり、友達と高尾山に登りに行ったり、友達の家を飲み歩いたりしていた。
大学に入ってワンゲルに入部したとき、同期の1年は僕と同じ駿台予備校文2βのクラスだったという。
「俺、おまえのこと覚えているよ。浪人生のくせに派手なやつがいるなあっていつも思ってた」と彼は言った。
そう。当時の僕のファッションセンスは派手しかなかった。


長野の田舎ではどこに行っても知り合いがいて、狭くて嫌だとずっと思っていた。
神田にある三省堂の絵本売場で、僕は朝から晩まで立ち読みをして、それでも誰も声をかけてこないのに驚きもあったし、嬉しかった。
東京って自由な街なんだって思った。


その頃、お茶の水にあった美容院に毎月通っていて、お姉さんと仲良くなって、いつもいろんな話をした。
あるとき、僕が遊び歩いていたとき、帰り際に、店の外まで追いかけてきて「ちゃんと勉強しなさい!」って怒られたりした。


新年になって、僕はしょうこちゃんに手紙を渡すことにして、心を込めて手紙を書いた。
彼女が帰るときに、追いかけた。
立ち食いそば屋の前で追いついて、手紙を渡した。


手紙を渡したとたんに、僕は自分の気持ちの整理ができて、それから初めて真剣に勉強を始めた。
新年になってからの本格的な勉強だったから、かなり遅かったけれど、それでも日本史も江戸初期くらいまで終わった。


そんなわけで、江戸中期以降の問題が出た大学は軒並み落ちたけれど、そうでもない大学には受かった。
もともと地学だけは自信があったので(駿台予備校でも2位だったことがある。文系なのに。)、最終的には公立大学に進むことができた。
しょうこちゃんにはあれ以来、一度も会っていない。


お茶の水の駅で降りて、予備校まで歩いてみた。
変わったところも変わらないところもある。
あの立ち食いそば屋はまだあって、嬉しかった。
随分ときれいになっていたけれど、僕が通った予備校の校舎もまだあった。


考え方も未熟で、甘さと不器用さばかりがあったあの頃のことを思い出すと、いろんな意味で残念な気がする。
でも、そんな自分も許せる気持ちがあるのも事実だ。


水道橋まで歩く。
水道橋にあるLECという司法試験予備校に、大学3年から4年にかけて、僕は大学よりも長い時間通っていた。


水道橋駅近くの日大の教科書を売っている店に入ると、何もかもが変わっておらず、ついつい「択一受験六法」や「伊藤真の商法入門」などを手に取ってしまう。
「もうこういう勉強やめたんだろ。」
はっとして、手を離したりする。


時間があったので、「さかいや」という山の道具を売っている店にも行ってみた。


My Kiasu Life in JAPAN-オピネルのナイフ

随分とおしゃれに、そして専門化しており、記念にオピネルのナイフでも(フランス製の折りたたみナイフ。すごく安いが1回の山行で必ず錆びだらけになる。このナイフがすごいのは、錆びだらけになることを計算してあり、錆びて開かなくなっても、岩に柄尻を叩きつけると開く構造になっていることだ)買って帰ろうかと思ったけれど「今さら何に使うんだよ」と思ってやめた。


研修は思ったより厳しかった。
何度もロールプレイをしたのだが、求められていることが高度で、とても疲れた。

東京に出張している間に、カリフォルニアに住むクリスから勧められたドン・ミゲル・ルイスの「四つの約束」(コスモス・ライブラリー)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-四つの約束

こういうスピリチュアル系の本は、あまり手に取らないし、危ない気もしていたけれど、内容はとてもまっとうで、読んでいるうちに心が少し軽くなった。
「社会ではなく、自分に対して正直に生きることが大切。そして、いつもベストを尽くせ。」
人の評価を生きていくうえでの基準にするな、という教えがとても筋が通った話のように感じて、その点がよかった。


和田仁孝と中西淑美の「医療コンフリクト・マネジメント-メディエーションの理論と技法-」(Signe)も読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-医療コンフリクト

少しは学べた気がするが、紛争解決をできる自信は僕にはまったくない。


長野に着いたとき、雨が降っていた。
明日からの仕事を思うと気が重くなる。
俺、週末、お茶の水と水道橋にいたんだっけ。
今となっては、何もかもが遠い世界の話しのような気がする。

17日から19日までの3日間にわたる大きな会議が終わった。
資料は1か月前に完成していた予定だったが、大幅にずれ込んで、結局、16日の夜に完成した。

まあ、そんなもんなんだろうとは思う。
出来上がったファイルの幅を測ってみたらメインの資料だけで3メートル10センチもあった。
これを7人の審査官が見て、質問をし、回答をする。
変な質問が出ないように祈るような思いだった。
それでも緊張した3日間は無事に過ぎ、特に大きな失敗もなく終わった。


19日の夜は打ち上げで、僕はテキーラを飲み過ぎ、途中から記憶がなかった。
偉い人も多く来ていた飲み会で、かなり陽気に飲んでしまい、記憶をなくすと自己嫌悪に襲われる。
翌日、ひどくブルーな気分になり、もう偉い人たちとお酒を飲むのはやめようと思った。


週末は実家に帰った。
実家に帰ると眠れて仕方がない。
食事をしては眠ることを繰り返していたので、あっという間に2キロも太った。
寝ながら、ずっと読みたかったジェームス・D・ワトソンの「DNA」を読み、ほとんど読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-DNA

遺伝子にまつわるインチキな科学本を何10冊も読むよりも、こういったきちんとした本を1冊読むことが重要だと思った。


夜、今年から大学生になった姪が来た。
胸を強調した服を着て、7センチ近いヒールを履いている。
目のやり場に困るなあ、と思っていたら、姉が「もっと襟元を上げなさい」と言ってくれて助かった。
「知ってる?バリウムとか誤飲するときって、必ず右側の気管に入るんだよ。」
「その右側っていうのは、俺から見て?それとも相手側から見て?」
「それは…。よくわからない。」
使えるんだか使えないんだかわからないような知識を教えてくれる。


週末は、ほかにも山口正人の劇画「修羅がゆく」(日本文芸社)を10巻まで読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-修羅がゆく

任侠の話しだが、出てくる銃器の数も被害者、加害者の数もすさまじく、戦国時代のように命のやり取りをして自分の覇権を拡大していく。
現実にはあり得ないことだとは思うけれど、暴力団の間の抗争については全くのでたらめではなさそうなところに怖さを感じた。


月曜日は再び長野市に戻ってきた。
平安堂でヴィム・ヴェンダースの「パリ、テキサス」というDVDを買ってきて観た。


My Kiasu Life in JAPAN-パリ、テキサス

長い映画だった。


My Kiasu Life in JAPAN-パリ、テキサス1

My Kiasu Life in JAPAN-パリ、テキサス2

My Kiasu Life in JAPAN-パリ、テキサス3


トラヴィスはなぜ、いつまでも歩き続けるのか、最後まで僕にはわからなかった。
「なんで、行っちゃうんだよ。」


生きているっていうことは美しく、そして悲しいことなんだってことだけがよくわかった。