昨年職場の最後の勤務日に、僕は残業をして、職場を出たのは9時頃だった。
駐車場に駐めていた車の窓に薄く氷が張っていて、それを擦り取って車に乗った。
今年最後の日だというのに、仕事はスムーズに終わらない。
何人かの人が相談ごとを持ってきて、明らかに原因が俺ではないのに、問題が発生したのは俺のせいであるかのように言う。
夜中に550枚の印刷をかけなければならないのに、やっかいごとが起きていつまでも終わらない。
疲れのせいでとてもイラついていた。


家に帰ると、ウイスキーを瓶ごとラッパ飲みした。
右のわき腹の辺りが痛むような気がする。
飲みながら「明日の夕方、実家に帰って、正月の間くらい禁酒しよう」と思った。


夜の11時くらいまで、それでも英語の勉強をしながら飲んで、それから本当に起きているのが嫌になって寝てしまった。


翌日は9時頃、ゆっくりと起きて、外を見たら雪は降っていなかった。
洗濯をして、部屋も軽く掃除をする。
見ることもなくテレビをつけていたら、俺が昨年まで同僚だった男の名前が出ていた。
車にはねられて死んだのだという。
「まさかな。」
スパゲティーを茹でて、食べていたら、昨年まで同じ職場にいた同僚から電話があって、テレビに出ていたその彼が死んだと告げられた。


最後の勤務日に、仕事が終わった後、みんなで酒を飲んでタクシーで帰宅したあと、タクシーを降りた場所で座り込んだか、寝てしまったらしい。そして、後続車にはねられて死んだのだという。


あの忙しい職場で、残業代も出ないのに土日もつぶして働いて、その結果が、これかよ。
「今夜、お通夜だから。」電話の向こうで、前の職場の同僚が言う。
悔しくて、涙がこみ上げてきた。


人の話を聞いているんだか、聞いてないんだかわからないようなやつだった。
「わかってんのかよ。」と聞くと「なんでしたっけ?」などと聞き返してくる。
それでも俺なら大変だと思う仕事をいつの間にか片付けていて不思議なやつだった。
「おまえ、優秀なんだな。」
「ええっ!いや。そんな。」
褒めるといつも大きなリアクションをして、否定していたけれど、僕は優秀なやつだと思っていた。


そんなかわいそうな死に方ってあるのかよ。


お通夜に行くと、前の職場の同僚がたくさん集まっていた。
先日、僕と一緒に4次会まで飲んで帰ったら、この寒いのになぜか裸で寝ていて、風邪を引いてしまった、という男もいた。
「みんなが、一緒に飲んだ人が悪かったって言うんですよ。」
「そうだよな。俺は自分が無理してでも、君にお酒を付き合ってあげちゃうからな。」
「違いますよ。先輩が無理やり私を連れて行ったんですよ。見る人が見れば拉致だと思われますよ。」
「まあな。でも「助けてー」って口では言いながら、君が僕を引きずって連れて行ったんだよ。腕がちぎれるかと思った。」
そんな風にいつもは気楽に冗談を言い合えるけれど、このときばかりはあまり気の利いたことも言えなかった。


こんな気の重い通夜もなかった。


そんなにお酒を飲まなければ。
タクシーを降りて、もう数歩歩いたところにいれば。
車の通りが少ないところで、タクシーを降りていれば。
そんな「たら」「れば」を誰もが考えていたと思う。
喪主をするはずの彼の父親も、今は入院中なのだという。
彼の母親の顔を、気の毒であまり見ることができなかった。


死に顔のほとんどは、傷ついていたせいかガーゼで覆われていた。
悔しかった。
一緒に仕事したよな。一緒に訳のわからない通知に腹を立てたよな。
お前は優秀だったよ。
飾られている写真を見ているだけでも、涙が何度もこみ上げてきた。


告別式は翌日だったけれど、僕は出席しないことにしていた。
お通夜の会場から、そのまま実家まで車を走らせた。
「彼は死んでしまったのだ。」
「なんで?なんで彼だったんだっけ?」
なかなか納得がいかない自分がいて、ああ彼の死は、俺にとってもつらい話なんだな、と改めて思った。