名古屋にいる弁護士の先生に、2月下旬に講演をしてもらうことになった。
先生とは言っても、大昔には市ヶ谷にある研究所で一緒に司法試験の勉強をした仲なので、そんなに緊張しなければならないような相手でもない。
必要以上に身長が高い。

下北沢のオンボロアパートに暮らしていたときは、小さな風呂に体全体が入らなかったのだという。
「仕方がないから上半身と下半身を順番に入れるんだよ。おまえだったらちっちゃいからいいよな。溺れちゃうだろ。」
「ふざけるな。」


名古屋の偉い先生が来て講演をしてくれるというお知らせチラシの原案を事務所にFAXで送る。翌朝、電話がかかってきた。
「あのさあ、チラシなんだけどいろいろと手を入れてまた送るよ。」
「了解。」
「君のところってさあ、夜は電話転送されるの?」
「そうだよ。夜は守衛のところに電話が回されるんだよ。」
「そうなのかあ。おまえの名前を言ったら、どちらの(部署の)○○さんですか?って聞いてくるから、思わず、ちっちゃいほうの人です、って言ったけど繋がらなかった。」
「当たり前だ。ふざけるな。」
それでも意外と真面目に講演のことを考えてくれているようで、少し安心した。


土曜日の朝5時頃、夢を見ていた。
車に乗っている夢で、「そのうちに迎えに来るから」と言いながら皆が去って行ってしまう。
車のなかは寒く、あまりにも寒かった。
震えていた。とてもリアルな寒さで、そこで目が覚めた。


僕は自分の車の助手席に乗って震えていた。
金曜日に3時30分頃まで飲んでいて、代行で帰ってきたことを思い出した。
お金を支払って、そのまま眠ってしまったのだ。
エンジンは切られていたので、車のなかは冷え切っていた。


家に帰って顔を洗う。まだ酔っている感じだ。
友達から頼まれた仕事を始めようとするが、集中力が続かない。
午後になるときっと酔いが覚めて、気持ち悪くなるだろうと思った。
ベッドに倒れ込む。何もする気が起きない。


10時頃、気持ち悪さで目を覚ました。完全な二日酔いだ。
それから、ずっとベッドの上で気持ち悪さが消えることを祈りながら目をつぶっていた。


3時30分頃に無理をして起きた。友達にネイルサロンに連れて行ってくれるように頼んでいたからだ。
以前から爪が欠けるたびにネイルケアっていうのをして欲しいなって思っていた。それで、友達に無理を言って、普段は男性客を取らないというネイルサロンに連れて行ってもらうことにしたのだ。


ひどい二日酔いだと言ったら、運転もしてくれるという。
4時30分頃に車に乗って、千曲市にあるネイルサロンに連れて行ってもらう。


「二日酔いだっていうけど、そんなに飲んでストレスの発散になるの?」
「ならないな。自分がダメな人間に思えてくるだけだ。」
話しをしているうちに、俺もそろそろ行き方を変えないとダメだなと思った。
「今はさあ、小さな幸せが欲しいよ。」
「そうだね。それがいいかもね。」


ネイルサロンでは、とても感じのいい女性が爪の手入れをしてくれる。
ぬるま湯に指をつけて、甘皮の処理をしてもらっていると、とてもいい気持ちになる。
「いい形の爪をしてますね。」
「そうなんだ。」
「爪は大切なんですよ。爪がないと物が持てなくなります。」
「本当に?どうして?」
「爪がないとふにゃって指が曲がっちゃうんです。」
「そうなんだ。」


最後に爪を磨いてもらったら、爪が、輝いていた。
「すごい。何か塗ったの?」
「磨いただけです。」
「そうなんだ。すごいなあ。」


昔、カリスマ美容師が流行っていた頃、女性はきれいにしてくれる男を好きになってしまう、という話しを聞いて、あんまり信じていなかったけれど、爪をきれいにしてくれた女性のことを好きになってしまいそうだった。
俺にも磨けば輝くところがあったっていうのが新鮮な驚きだった。


家に帰ったら、二日酔いもほとんど回復をしていた。


日曜日は朝5時に起きて、友達から頼まれていた仕事をほとんど終わらせた。
そんなにいつまでも迷惑をかけていられない。


それから除雪の当番だったので、7時に家を出て、職場の雪かきに行った。
除雪機を使って除雪していたのだけど、そのうちの1台がエンストを起こして、それを運ぶのが大変だった。
基本的に重機なので、一度故障すると運ぶのも一苦労だ。
手作業もあわせて大体の除雪を終えるまで、2時間30分ほどもかかった。


それから髪の毛を切りに行き、カットをしてもらいながら、人生のこととか真剣に考えた。
もうお酒を飲むのもほどほどにしよう、と思った。
もう一度人生を立て直そうと、思った。
目をつぶって、いろいろと考えていたら、スピーカーからインストールメンタルにしたジョン・レノンの「スターティング・オーバー(再出発)」が流れてきた。


ああ、そういうことなんだな、と思って、これが終わって家に帰ったら友達から頼まれた仕事だけはさっさとしてしまおう、と思った。
それからちゃんと生きようって思った。