こんにちは。
ミャンマー編 その4☆その4の続きです。
お付き合い頂けましたら幸いです。
バガンから飛行機でマンダレー到着、空港からタクシーで市内のホテルへ。
ちょうど朝の通勤時間帯でした。
さて、
マンダレーはミャンマー第2の都市。
イギリス占領前まで王朝があった場所なので見所が多い模様。
ホテル到着と同時に車とドライバーさんを手配。
マンダレーは一泊だけですが、少し遠出してミングォンにも行きたい。
事前に調べたところ、ミングォンは船かバイクタクシーじゃないと行けない模様。
まずは
ミングォンの鐘
ここから登ります。
お寺なのでここも裸足。
次の目的地のザガインヒルに到着。
1976年に建立されたそうです。
ドライバーさんによれば、以前は日本からここに団体で来る方が多かったみたいけど、そういった方は高齢になられたからか減ってるみたいですよ、との事。
船の場合はツーリストボートは朝9時発のみ。
それを逃すと一隻チャーターせねばならないと書いてあった記憶が。。
で、ドライバーさんに、ミングォン行きボート乗り場まで行って下さいと言ったところ、
え?何でクルマで行かないの?とのこと。
目的地までクルマで行けるらしい。
話がまとまり、早速向かいます。
普通に陸路で行けましたので、私が見た情報は古かったみたいです。
エーヤワディー川を渡ります。
まずは
シンピューメェ
バーヂードー王が、王即位より前に亡くなった夫人のために建てた仏塔で、須弥山の山頂にあると言われる寺院をイメージしているそうです。
上まで登り遠くを見ると、、
ミングォン・パヤーが!
あれが見たくてミングォンに来たので、はやる心を抑え、次は
ミングォンの鐘
そして、今日のメイン
ミングォン・パヤー
ここから登ります。
お寺なのでここも裸足。
暑くて足の裏が焼けそうでした〜
こんな景色が。
上まで登ると
こんな景色が。
丘全体に沢山の仏塔や僧院があります。
ウーミンコーゼー・パヤー
ウーミンコーゼー・パヤー
第二次世界大戦中の旧大日本帝国軍の作戦の中で、大きな失敗だったとされるインパール作戦。
日本陸軍の拠点だった旧ビルマからインドへの侵攻を始めるものの、後方補給の体制なく、多くの兵士が病と飢餓等で亡くなり、その撤退の道は白骨街道と呼ばれるとか。
ドライバーさんによれば、以前は日本からここに団体で来る方が多かったみたいけど、そういった方は高齢になられたからか減ってるみたいですよ、との事。
車に戻るたびに、冷やしたコロンおしぼりをくれます。