








で、静岡東宝会館です。今回初めて訪れました。


ブライアンの周囲は彼を傷つけないよう、愛情を持って彼を保護しているように見える。その状況は幸せなのかもしれないけど、観ていてなんとなく切ないです。彼の天才があれほど感動的な音楽を産むのも、どこか悲しい。あんなに美しいのに悲しい。この映画は僕にとっては今ひとつでしたけど、興味のある方はぜひ映画館で楽しんできてくださいね。
映画館を出た後は、ビーチボーイズを聴きたくなるでもなく、コンビニでパスタを買って車中で食べて、帰りました。本当は、連休だから一人で外食も考えてたけど、入ろうとしたラーメン屋がたまたま凄く混んでて、結局コンビニのお弁当です。人前でマスクを取らずにご飯を済ませたのは良しとしますよ。感染対策ですもの。

触るといえば、連休中にパソコンの音楽ソフトをいじりたい。こちらも触って身体で覚えなきゃと思う。そちらはまぁ、娘が部活始まってから一人の時に手を出すかな。ちゃんとやらなきゃな。作りかけの歌も、休み中に、ぼちぼち詰めていきたい。












6月には達郎と拓郎、そして7月に元春と今回のオサリバンで、僕がこの初夏に楽しみにしていた《ベテラン新譜4連発》は完結。四組とも無事に手元に来ました。そのどれもが素敵なアルバムだったことが驚きと喜び。やってくれると信じてたよベテラン勢。
マシス


お客さんはもちろんのこと、歩道を歩く人が何組も足を留めて聴いてくれて嬉しかったです。楽しくて舞い上がっていっぱい失敗しました。終わってすぐハルさんが《良かった》と言ってくれたのでホッとした。




奇数月第三土曜日の恒例、袋井市のライブ喫茶マムゼルにてフリーダムフォーク集会、昨夜7月16日は通算179回目のフリーダムが無事開催されました。






ずいぶん昔に山下達郎が自身のラジオ番組で、リスナーから《達郎さんの嫌いな音楽を特集してくれ》というリクエストハガキを読んだ時に、《やりません》と一蹴したことがありました。
《僕はそういうネガティブな特集はやりたくないです》と達郎さんキッパリ仰って。その事が僕はとても印象的で、よく覚えているのです。
僕は嫌いな音楽、明確にあります。僕は好き嫌いはとてもハッキリしていて、嫌いな音楽はとことん苦手です。でも、達郎さんも言う通り、公の場ではそれを誰とは書きません。当たり前ですが、インターネットへの書き込みは第三者に読まれてしまう媒体だから。
仮に、僕が苦手と思ったって、それを心より愛しているファンは居るわけで、その音楽で幸せな気持ちになれているファンに、わざわざ悪口を読ませることはないのです。その人は幸せで救われているのだから、それに水を差すのは野暮。愚の骨頂です。
実際、インターネットなんて悪口中傷のルツボですから、ネットを始めた当初は僕も、自分の好きなミュージシャンをクソミソに貶してる書き込みを読んで、ハラワタの煮えくり返る思いをよくしたものです。
それで思ったのは、自分は絶対にこれ(悪口)をやめよう、自分がされてイヤだと思ったことは、他人にしないよう気をつけよう、と。自分の書いたもので誰かが不快になっていないか、そこは最低限、書き込む時に注意しよう、と思いました。
【書かないこと】
・嫌いな音楽を名指しした文章
・ライブ、音源への悪口感想
・しつこい愚痴、泣き言、恨み言
・高圧的に相手を威嚇、恫喝する文章
・思わせ振り、独りよがりと読まれる文章
・自慢話が鼻につく文章
・政治に関する意見
・明け透けな性的発言
・周囲に考えを強要したり扇動する文章
・自分自身を必要以上に卑下した文章
・特定の個人、団体を攻撃する文章
要は、ネット上で自分が読まされてイヤだったこと、内容を避ければいいワケで、だいたい上記のことには触れないようにして、楽しいことだけを抽出して書くようにしています。
時に、時事問題に関して《こんな時に何も意見を言わないなんて》と騒ぐ方もいますが、時事に関心がないわけじゃなく、自分の日記にそれを僕は書き残したくない、って意味の、書かないこと、です。
いろいろ良かれと思って投稿する人は、どうなんでしょうかね。考えてますかね。自分の書いたもので誰かが不快になってないか、って。書いたものは残りますからね。
自分の書いたもので誰か不快になってないかって?
そう、今回の日記を読んで、不快に思った方がもしいたらごめんなさいね。僕だって怒ればつい当て擦りを書きます。誰にもエラソー言えないのです。
その手の思いはネットの日記でなく、然るべき場所で自分の口で云おうと思います。自分のSNSの場所とフリーダムフォーク集会の場くらいは楽しいことだけで占めていたいです。自分の目の届く場所くらいは、です。
マシス