僕がルー・リードの音楽を知ったきっかけは、毎度のことですが佐野元春からの影響です。
元春がその昔、雑誌のインタビューにて、
《僕の場合、情景描写の組み立て方はルー・リードに、歌詞の視点の動きはボブ・ディランにそれぞれ負うところが大きいようです》、
と答えていたのを読んで、おお、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(ルー・リードの率いていたバンド)を聴いてみたい!と、当時10代だった僕は早熟にも思ったものでした。
で、駅前のCD屋さんでヴェルヴェット・アンダーグラウンドのベストアルバムを見つけ、買ったのですが、これが全く訳が分からず、何が良いのかちんぷんかんぷんで、すぐに手放してしまいました。
後年、オリジナルアルバムでヴェルヴェット・アンダーグラウンドは買い揃えるのですけど、元春を魅了した、という歌詞の情景描写の組み立ての妙は、僕はいまだによくわかりません。けど、ルー・リードとボブ・ディランを聴くことで、ボソボソ歌う人に免疫がついた。最初こそ、メロディを歌い上げないあの歌唱には戸惑いましたが、聞き慣れてくると、こういう人こそ歌が上手いのだ、と楽しめるようになってきました。
先日、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのサードアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド Ⅲ』を何の気なしに、通勤時に聴こう、と車に積んで出かけました。

実際は朝でなく、仕事を終えた帰り道にCDを交換して聴き始めたのですが、
仕事で遅くなった帰路、辺りはすっかり暗く、前を走る車のテールランプが赤々と灯るのを見ながら、ちょうど流れてきたのがアルバム4曲目の「ペイル・ブルー・アイズ」というバラードで、
《良い曲だなー》と思うのと一緒に、なんとも言えない不思議な気持ちが込み上げてきました。
フロントガラスの中をゆっくり揺れるテールランプの灯りが、まるで映画のワンシーンを観てるようだ、と思った瞬間、言葉がポツポツと頭の中に浮かんで溢れてきたのです。まるで車を運転している自分が映画の登場人物になって、そのシーンに合わせたナレーションを聞くように。
何年も、
何度も、
この道を走って、家に帰る自分は
結局は、こうして、家に帰るために生きているのだ、
みたいなことを(正確な文章は残念ながら忘れちまいました。帰ってすぐメモを取れば良かった)。
ただただ、車を運転してる自分の状況を口にしただけなのですが、その時は、家に帰るという行為そのものが、自分にとってどれだけ特別なことか、と身に沁みて、すごく胸が熱く幸せな心持ちになれたのです。古い良質な映画を観るかのように、ルー・リードの歌に全身で浸っていました。
「ペイル・ブルー・アイズ」が終わり、次の「ジーザス」が始まったとたんに、まるでスイッチが切れるように、フッと現実に戻りました。
自分でもかなり突飛な精神状態になってたとわかった。どんな音楽を聴いても、こんな風になったことは未だかつてないので、ポーッとしてしまいました。
この体験をもう一度、と思って、翌日も『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド Ⅲ』を聴いたのですけど、もう「ペイル・ブルー・アイズ」を聴いても、前日のあの気持ちが再現されることはなかったです。
でも、こんなことがあると、この『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド Ⅲ』というアルバムが自分にとって特別なものになります。もう一度あの気持ちを味わえないものか、と、これからも「ペイル・ブルー・アイズ」を聴いてしまうことでしょう。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドといえば、名盤の誉れ高きファーストアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』があって、次の人気アルバムはセカンドの『ホワイトライト・ホワイトヒート』でしょうか。
僕は今回のこともあって『ヴェルヴェット・アンダーグラウンドⅢ』と、それと四枚目の『ローデッド』を贔屓にしています。

ファーストやセカンドに比べてポップなので、曲や音が親しみ易い。人によっては、こんなポップなアルバムはヴェルヴェットらしくない、と評価が別れるようです。でも、ポップだからって侮れません。『ペイル・ブルー・アイズ』みたいな綺麗な曲ですら、時に僕の精神をユサユサ揺さぶるのだから、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは油断ならない。
そういえば今日、職場で別の部署の同僚に《マシスのCDくれ》といきなり言われました。その同僚が聴くのかと思いきや、知り合いの息子さんがマシスに興味を持ってくれたそうなのです。どうして僕を知ってくれたのか?詳しいいきさつはわかんないけど、興味を持ってもらえたのはありがたく嬉しいことで。明日、職場で会えたら渡そう。
マシスのCDのダイジェスト動画↓