「誰もがなりたいものになれるわけではないが、
 なりたいと思わなければなれないのは事実である。」
禅問答のような言葉であるが、
以前、大学受験を控えた生徒たちに担任として話した言葉である。
おそらく、何かその手の本を読んで、ありがたくいただいた言葉である。

「プロ野球の選手になりたいからといって、
 誰もがそうなれるわけではない、というのはわかるよね。
 じゃあ、東大に入りたいと言ったらどうだろう。
 東大の合格者は数千人です。
 それくらいの数になると、『自分にもチャンスはあるかな?』と思うかな?
 ちなみに、僕がこの学校の採用試験を受けたとき、募集人数は1名でした。
 また、僕は結婚していますが、妻のパートナーになれるのは1人でだけです。
 のろけや自慢ではありませんが『何かになりたい』と思ったときに、
 倍率とか確率とかを恐れずにチャレンジしなければいけない岐路は、
 誰にでも必ず来ます。そのときどう思うか。
 そこが人生の分かれ目です。勝ち負けではありません。
 勝ったか負けたかなんていうのは、『あいだみつをさん』ではありませんが、
 自分の価値観です。真価は、わかる人にはわかります。」

最近、この「折り合いをつける」という言葉がキーワードかな、と思います。
モンスターピアレントという言葉が流行していますが、
保護者に限らず、『これが正論でしょう!』と(根源は怪しいですが)、
なにか筋を通そうとして、
自分のやりたいようにやろうとしている大人が多い、ように思います。
世知辛い世の中です。
でもおそらく昔から、正論(ときには暴論)を唱える人は多かったでしょう。
でもそれでもやってこられたのは、
『折り合いを付ける』ことが出来た、
『折り合いを付ける文化』があったからでは、
と思います。

生徒たちは、「KY」という言葉をよく使います。
私はこの言葉が、嫌いで嫌いで仕方ないのですが、
実は使ってます。いかにもわざとらしく。
生徒にも「KYって言葉が大嫌いなんだ」とさんざん言ってます。
にも関わらず、
「○○くん、この空気(文脈や題意)、読んでね。」
と言います。
生徒は瞬間、大爆笑ですが、
そのうちに笑いが消えます。
それは僕が真顔で言っているからです。
『コミュニケーション』という言葉も流布して十数年経ちますが、
こういう言葉が流行るということは、
それが必要となったからだと思います。

子ども達は授業中、別のことを考えているようです。
「何か質問ありますか?」
と授業中、3回は言うようにしています。
誰も質問をしませんが、
授業後、「質問がある」と生徒が数名来ます。
すると、何を質問するのだろうと、他の生徒もよってきます。
私は廊下から教室に戻り、黒板に図を書いたりして、
質問に答えます。すると、
「俺もそこがわからなかった。」という声が聞こえてきます。
「だったら質問すればいいのに。」
「いや、質問して『そんなこともわからないのか』と言われないか、
 心配で質問できません。先生に『空気読め!』と言われるかあと。」
「逆だよ。それこそ、空気読め。
 みんな、
 『いまのところわからないなあ。誰か、質問しないかなあ』、
 と思ってるんだよ。
 俺が『なんだ、その質問は!』って怒ったことあったか?
 質問はしてほしいんだよ。
 ちなみに、高校生はするよ。」

先生は生徒や保護者、同僚と折り合いをつけて、
仕事をやっていかなければなりません。
生徒もいろいろな人と折り合いを付けなければやっていけないでしょう。
自分の人生も、住所や学力、学費などと
折り合いを付けてやっていかなければなりません。

よりよい明日の自分のために、
ときにはそれは妥協と言われるかもしれませんが、
自分の心や他者の心と折り合いをつけましょう。
それを教えてくれるのが学校かな、と思います。
小学生の頃、
「学歴で人間が評価される世の中はよくない」と教わった気がするが、
現在、私はその学歴社会を再生産する仕事についている。
「仕事に貴賤がないように、大学にも上下はない。」と思ってはいるが。

また、この仕事に就いて知ったことは、
「難易度というのは塾・予備校の評価」ということである。
社会の認知度や評価は、必ずしも予備校の評価の通りではなく、
またあのようにめまぐるしく変化するのもではない。
しかしながら、受験生やその保護者にしてみれば、
大手の塾・予備校の設定する偏差値や難易度以外に、
「自分が受かるか・受からないのか」ということを予測する手だてがない、
というのも事実である。
結局、受験生もそれを受け入れるこちらも(大学もそうだと思うが)、
そこのあたりとうまく「折り合い」をつけていかねばならないのである。

先日、出張で行く際に週刊誌を買った。
このブログで批判している、
大学合格ランキングなんかを垂れ流している雑誌である。
理由は出身校の名前が乗っていたからである。

実は、妻には内緒だが、小遣いの一部を少しずつ寄付している。
自分もそうであったが、苦学生の足しの一部にでもなればと思っているからだ。
本校の卒業生も通う、「母校」。
今の自分がこの職場に勤めることができたのは、
やはり半分は出身校の名前があったからである。
(残り半分が自分の評価だと思ってはいるが。)

大学時代のことは回想したくないくらい、
多くのあやまちや悔いが残っている。
一番の悔いは、
「何で、もっと数学の勉強をしなかったのか」
ということであるが。
一方で、大学に対する恨みもある。
私立ゆえなのか、あの大規模教室での講義はちょっといただけない。
また事務の人の対応も不親切だった。
先日、ちょっと大学の様子をのぞきに行ったら、
書類の発行は自動になっていた。
もしあのころも自動だったらなら、
私も何も、事務室のドアを蹴ったりすることはなかった。
読みにくい、受け手側にたっていない要項の数々。
アドバイスが的確でない、アドバイザー役の院生。
ああ、ちょっと思い出すだけでも腹が立つ。
それでも大学には世話になったと感じてる。
失敗ばかりだったが、あのとき考えたこと・感じたことは、
今の自分の根幹になっている。

雑誌や大学から送られてくる会報を読む限り、
大学も学生の立場に立ったような改革をしているようである。
雑誌によれば、
「私立大学はブランド力を高めないと生き残れない」
そうだが、大学を含め学校のブランド力というのは、
どう突き詰めても、
個々の学生(主に現役の学生。大きな意味では卒業生)である。
このことを忘れないで、
よりいい大学になってほしい、と願っている。

こういった反面的な態度も母校に対する愛ならば、
私も立派な学歴主義者である。
そうであるならば仕方ない。
生徒にも、「より、いい大学に通うようなってほしい」と、
伝わってしまうだろう。また再生産である。
いま、テレビのニュースで大分県の教員採用試験の
不正についての報道がさかんにされている。
しかしながら、収賄があるかどうかは別にして、
いわゆる「口利き」なんてことは、むしろ常識だったのでは?
と個人的には思っています。
もちろん、それがいいか、と聞かれれば、
それは良くない、と答えます。
だって私が地元に戻らず、
地方都市の私学に勤務することを決めたのは、
やはり「口利き」の話を聞いたからでした。

1994年頃、都道府県などの教員採用数(中学・高校)は極端に少なく、
本当に「狭き門」でした。
私個人的も、試験の準備が間に合わず、
「こりゃ、無理だ。」と諦めムードでしたが、
同じ大学の友人のAくんは、同郷で、ばったり試験会場で会いました。
優秀なAくんは、1次試験は合格し、2次試験で不合格でした。
私は早々と進路変更(大学院進学)を決め、「2年後」を目指しました。
Aくんは、翌年も1次試験をパスしましたが、やはり2次試験でダメでした。
Aくんは優秀な学生だったので、私に1年遅れることになりますが、
「もう少し勉強しよう」とやはり大学院に遅れて入学してきました。
その後は私も忙しくなって、現在に至るので、
その後のAくんの活躍は知りませんが、
あれだけ優秀で堅実なAくんですから、
どこかの学校で活躍していることでしょう。
このAくんが不採用になった試験で、
同郷で別の大学に進学したBくんが合格した、と風の噂で聞きました。
「えっ、マジで」
「募集人数、若干名」のところを、Aくんを差し置いてB?
失礼ながら、高校時代のBくんの学力レベルからして、
Aくんのテストをの点数を上回っているとは思えませんでした。
Bくんに親しい友人に話を聞いてみると、
「ああ、Bくんの両親は教員で、お父さんは有力な人らしいよ。」

ええっ~。
そんなんで教員採用って決まるのか?
世襲制じゃん、そうしたら。
「若干名採用の枠」なんて、ほとんど埋まってしまうじゃん!
当時、大学の研究室の教授や
リフレッシュで研修室に在籍していた社会人(教員)の方に、
この話をしたら、
「まあ、そういうのはあるよ。コネか、金か。
 持っている人は強いよね。」
まあ、とはいう私も、
田舎の地縁社会で育ってきましたから、
この手のことに免疫がないわけではありません。
自分の近くで目の当たりにしたので大騒ぎしたのであって、
すぐに
「ああ、そういうものか」
と割り切ることができました。
逆にこれで、
「母さん、ごめん。俺、もう、田舎には戻らない。
 こんな俺でもを採用してくれる私学があったら、
 そこに行くよ。」
もとより、末っ子のため、親から相続する土地もありません。
「まあ、勝手にしい。
 おまえが東京の大学に行ったときから、
 こっちで就職するのは諦めていた」と母親。

学歴社会が批判されることが多々あります。
うちの学校でも、やはり出身校には偏りがあり、
そういわれれば、カラーはあるかも。
でも派閥はないし、
「我関せず、我が道を行く」先生が多く、気楽な感じです。

私は田舎の地縁社会がイヤで都会に出たところがあります。
○員や警○官などの公○員など、一般の方からすると、
「良識ある方々」ほど、じつは縁故や縄○りを気にするという、
逆説的な話を聞いたことがあります。

縁故社会だったら、学歴社会のほうが実力が反映されるので、
「まだマシ」と思うのは私ぐらいでしょうか?
回想してます。
いま担任している子達が、近い将来、どんなことで悩むのか。
その悩みに対して、私はどう答えるのか。
その答えを見つけるために、同じ年頃の頃、
自分が何をどう悩んでいたのか、
を思い出したいと思ったからです。

…回想の続き…
同じクラスの親友の二人、
「ファイテンション・ボーイズ」はなんと個人面談がコンビでした。
「おまえらの面談は一緒でいいや。いいだろ?」
と聞かれたハイテンション・コンビは、「まあ。いいです、一緒で。」
と答えてました。
それを見て、内心、「おまえらもよく考えろ!」って言われるぞ、
と思ってました。ところが、
二人が一緒だったのは、
目指す方向性が一緒で、学力レベルが一緒だったからでした。
「電気あるいは電子工学科・志望」

「えっ、よく考えろって言われなかったよ、俺たち。
 おれらは電気工学系行くから。
 なんでおまえ、そんなこと、言われたの?」
カクカクシカジカ…
「おまえ、バカか!そんな、サッカーで大学選ぶか、フツー。
 山手線の内側?アホか。
 大学は、学科とレベルとラベル。レベルとラベルよ、分かる?
 何?まだ学科決まってないの?
 俺らより、成績良いくせに。
 何、教員志望?
 おまえ、そんなことになりたいために勉強してるの?
 こんな教員なんて、貧乏くじだよ。
 先生なんて面倒じゃん。
 俺はそんなのになるために数学を勉強したくないよ。
 なぁ、相棒。」
「おうよ」

微分積分と確率統計の試験で満点近くとった男が、
おそらくクラス最低点だろうと思われる二人に、一笑された。
・°・(ノД`)・°・
「俺って、おかしい?」

とりあえず、まず文系転向はやめた。
この高校のカリキュラムでは難関国立大理系の現役合格は難しいが、
文系学科に興味のある分野はなかった。
4月からはじめた赤ペン先生の附録のマンガや合格体験談を読みあさる。
とにかく開くページは理学系。
ついつい開いてしまう。
生物はダメだ。虫は苦手。
化学実験は面倒くさそう。
物理実験も。俺はそんなに気が長くない。ニュートリノは見えなさそう。
電気?機械?実感、涌かず。
どうしても、真理追究的なページや学科に目がとまる。
あるいは情報通信。

担任の物理の先生は、微分積分を使って授業をする先生だった。
「束縛条件がこうなっているので、両辺を時刻tで微分して、
 この運動方程式が得られます。」
なして、物理で数学使う?
「いま君たちが勉強している数学と物理は同じものです。」
はあ?
高2の時の物理の先生(別人)は、まともに授業をしなかった。
「理系殺し」の異名を持っていた。
僕は、家で有名な参考書で独学していた、物理は。

「あの先生、高2の時からあんな授業?」
高2のときもこの先生に習っていたファイテンションボーイズが答える。
「高2の時は、微分積分の勉強だけ。よくわからなかった。」
何ー!同じ高校にいて、なんだ、この差は、ありか?
仕方ないので質問にいった。
「どんな本読めば、この辺が分かりますか?」
「駿台予備校の『物理入門』かな。」

おもしろかった、この参考書。
授業もだんだん分かってきた。
「ここは外積だから、この方向にこれだけのベクトルが。」
「なるほど」

ところで、じゃあ、ベクトルの内積って何のためにあるのだ?
内って何?内って。
スカラー?スカラーって何?
実数?実数って?

部活動のサッカーは、あっけなく終わった。二回戦敗退。
個人的には、夏バテで、調子は最低だった。
腰のケガもあり、大学でサッカーを続けるというのは、
それほど現実的で、また夢のあることではなくなっていった。
「物理数学とか、数理物理学とかって分野、ないのかな。」
おおよそ志望は固まりつつあった。

「やっぱり数学の教員になる可能性は残しておきたいです。
 わかりやすく数学を教えられる先生になりたいです。
 大学では、微分積分の応用とか、解析とか勉強してみたいです。
 また一方で、中学の時、図形の証明とか好きだったので、
 幾何学とかも勉強してみたいです。
 だから数学科を受けます。
 あっ、東京理科大だけ物理学科を受けます。
 なんでも、看板の学科と聞いたので。また数学の教員免許も取れるし。…。」
11月の三者面談の時、母は、僕が東京の有名大しか受けないと言うので、
「無理だ、受かるわけがない」
と担任に言われると思っていたらしい。
いや、言ってほしかったらしい。
で、できれば「地元の国立大なら、…」って言ってもらって、
学費が安く済むようにしてほしかったらしい。
実際、出願の際も、
「地元の国立大は?出願して!」としつこく言われた。
ところが、
「息子さん、受かりますよ。
 本人が受けたいって言って勉強してますし。
 受かるでしょ、山手線の内側の大学。
 全部は無理だけど、どれか受かりますよ。」
僕もがっくりきた。
「よく考えろ、出直してこい。」と言われてから半年。
担任の先生のコメントが真逆に聞こえた。

そして3月。担任の予感は当たった。
山手線の内側の大学に受かった。
母に懇願されて出願した、地元国立大の試験には行かなかった。
「僕は東京の大学に行きたいです。」
母も父も許してくれた。
家計への負担は甚大だったが。
(本当に感謝している。
 それでも大学での生活は、留年しそうなくらい不安定だったが。)

高校の時、倫理で、ソクラテスの対話法「産婆術」のことを
何度も聞かされた。例の熱血の世界史の先生だった。
「もうわかりましたよ、先生。」
僕は授業中、悪態をついたことがある。
いや、ちっともわかっていなかった。
いや、いまもわかっていないかも。

「答えは自分で見つけるしかない。」

(これで回想を終わります。
 うっすらと記憶をたどることで、
 自分の選択に自信・確信を持てました。
 あと運命を感じました。
 匿名性を高めるために、多少の脚色はあります。
 ご容赦下さい。)


思い出話です。
高校3年生の4月、担任の先生と1対1で面談をしました。
進路について、です。
担任の先生は物理の担当で、
国立の難関大学を卒業して、
超大手企業に就職したにもかかわらず、
それをやめて、公立高校の教職に就いた方でした。

「大学に行って何をやりたい?」
「クラブ活動でサッカーをやりたいです。」
「いや、クラブ活動でなくて、何を勉強したいか、ということ。」
「うーん、とりあえず理系。
 理系の方が就職がいい、と兄が行っていたので(1988年当時)。
 勉強したいのは、物理か数学。
 教職にも興味はあります。
 でもまあ、一番興味があるのはコンピュータ。
 プログラミングとか、半導体。
 そういえば先生も、あの企業に勤めていたんですよね?」
「半導体?やめたほうがいいよ。」
「えっ、何でですか?
 いま新聞で話題になってますよね?」
「新聞で話題になってるからって、いま最先端ってわけではない。
 日進月歩の世界だから、…。」
「そういえば先生の噂を聞きましたが、
 先生はどうして、その大手企業を辞められたのですか?」
「まあ、僕の話はいいから。
 一言で言うと、同期採用が何千人といてね(おそらく団塊の世代)。
 その中の1人というのがね、もうちょっといやになってね。
 ところで君はどこの大学に行きたいの?」
「W大学です。」
「どうして?」
「東京のJR山の手線の内側にあるからです。
 どうせ東京行くなら、都心がいいです。
 山手線の内側にある理工系の大学は少ないですよね?
 あっ、でも東大は除きます。
 あとW大の体育の授業は、サッカーがあって、
 そのサッカーの先生が有名な方なので…。」
「ロベルトくん、悪いことは言わないから、
 考え直したほうがいい。
 数学科には行ったOBがいる。
 たしか、そいつも名前で大学を選んで行った感じだった。
 物理学科はやめておけ。
 機械でも電子でもあるだろう。
 理学系じゃなくて、おもしろそうなところに行ったら?」
「ああ、ロボットや車にも関心はあります。」
「ロボットねぇ…。
 とにかく今日はここまで。もう少しよく考えて。」

「よく考えて」の意味がわからなかった。
どうして理学系はだめなんだろう?
クラブ活動も大学生活の大部分を占める。
たしかにそんなにうまくはないが、まだまだサッカーは続けたい。
サッカーも勉強も続けられる大学を選ぶ。
それのどこがいけないのか?
高校もそれができるから、家から近いここを選んだのに。
(のちに、兄に「大学でもサッカーを続けたい」と言ったら、
 「W大などは、スポーツ推薦を事前にやっていて、
  レギュラーのほとんどはそれで決まっている。
  一般入試で入学してくる部員でレギュラーになれる人はそういない。
  俺の友人も入部したが、4軍・5軍だったと言う話だ。
  まして裕福でない我が家。部活動は諦めろ。
  東京の私立大学へ行くだけでも、相当の負担だ。
  アルバイトでもして家計の足しにしろ。」と言われた。)

そうなのか。
大学の部活動って、
高校の部活動みたいに、放課後集まってやるののではないのか。

いま後悔しているのは、この兄の意見に飲み込まれてしまったこと。
まあ兄は我が家のことは分かっているので、
両親のことを考えてそういったのでしょうが。

そういえば、僕はどうして理系に進んだのだったかな?
数学の成績が良かったから、だけだっけ?
そういえば、高校3年生になるとき、
私の所属する学年は理系希望者が多くて、
予定しているクラスの定員に入りきらないからと言って、
1人1人面談して、理系クラスへの進級を決定したなあ。

他の学校でもそんなモンなんだろうか?
理系・文系に進める定員は決まっている。
定員を上回ったり、下回ったりしたら、面談で決める。
(私の勤める学校がこういう手法をとってません。)
でも、文系か理系か、けっこう悩んだのに、
私の面談はあっさり終わったなあ。
高2の時の担任の先生は、世界史担当の熱血な人だった。
でも、あっさり。
「ロベルトは数学の成績がいいから問題なし。」
「ああ、でも一応、理系進学の理由は用意してので。」
「じゃあ、どうぞ。」
「ロボットとか車とかに興味があります。
 人間にできないことをするような機械をつくること。
 コンピュータにも。
 人間の未来の社会を明るくするような…。」
(←「おまえはドラえもんか~いー!」と、 
   髭男爵のツッコミが聞こえてきそうですね。)

先日のかみなり雲を見ていたら、
自分の中学・高校時代のことが思い出されてきました。
いま、目の前の生徒たちに未来をどう示したらいいのか?
経験からしか語れない僕は、
自分の進路選択を振り返る必要があるのかな、思いだしました。
進路選択の思い出話、もう1回、続きます。

今日はクラブ活動の引率で、近所の公立中学校に行った。
試合の合間にトイレに行く途中で、テニスコートが見えた。
テニスコートでは、女子テニス部が軟式テニスをしていた。

(そういえば、軟式テニスって日本オリジナルのスポーツなんだよなあ。
 確か軟式野球もそう。
 体格と栄養に恵まれなかった日本人が考え出したスポーツと聞いたことがある。)

怖そうな男性・女性の顧問の先生の見守る中、
水道のそばでは、
水を掛け合って体操服を濡らしあう女子部員が3人くらいいた。

そういえば、ひとつもうまくならなかったけど、
中学校のクラブ活動は楽しかったなぁ、こういうことが。

昔、私が中学生のころ、
練習の合間の休憩で、水を飲みに行くと、
昔のテレビ「どっきりカメラ」であったような仕掛けがあって、
うっかり油断して水を飲みに行くと、
バケツで頭から水をかけられたり、
蛇口に仕掛けがあって、いきなり大量の水が飛び出したり。
まちがって、女子がその被害にあって泣き出したり。
それでまた、濡れた体操服に透けた下着が淫靡で、
子ども心に「ドキッ」として、
「ああ、いかん、いかん。」と思った中学生の頃であった。

私の実家は農村にある。
その農村は大きな河川のそばにあるので、
夕方になると、たびたび夕立がきた。
夕立が来たら部活動は中断(中止)。
かみなり雲が近づくと、
職員室から先生が、
「教室に入れ!」と叫んで、
雨と雷が過ぎゆくのをやり過ごしたものだった。

教室の窓から見る雷雲や稲光は、けっこう美しく、
またその後の雨上がりの夕焼けはキレイだった。
教室で僕たちサッカー部や野球部、テニス部が
にぎやかに過ごしていると、練習を続けてもいいはずの
女子バレー部やバスケ部も教室に来て、
雷の光るのや、光ってから何秒で雷鳴が聞こえるか、
数えていたりした。
一緒に数えていた数人の中にちょっと気になる女子がいたりして、
夕立で教室に避難する、
というこの避難訓練は、けっこう良い思い出としてメモリーされている。

ちょっと成績が良いせいで、
先生に気に入られたせいか、ちょっと目立っていたので、
ガラの悪い先輩に絡まれたり、殴られたりしたこともあって、
思い出したくないことも、忘れたいこともいくつもあるが、
やはり中学校は楽しかった、
ということを最近思い出し続けている。

新聞では、「中1ギャップ」が問題だ、といった論調の記事が目立つが、
子どもが成長していく際に、逆にギャップが必要なのではないか、
と最近、思っている。

トイレから戻ると、隣の中学校の気さくな顧問の先生が、
「♪おとなの階段のぼ~る、君はまだ,…♪。
 子どもの成長は1つずつだよねえ、ロベルトさん?」
と言っていた。
「そうですね」
とわかったように返事をしておいた。
(たしかあの曲は、「思い出がいっぱい」という題では?)

いつか誰かが通った道をまたとおって、子どもはおとなになっていく。
そんなに急ぐこともないなあ、
と不出来なうちのクラスの「文字と式」のテストを思い出して、そう思った。
もうすぐ夏休みである。関西ももうすぐ梅雨明け、だそうだ。
最近忙しい理由の一つに、
夏休みの「塾への学校説明会」の台本作成もある。
田舎の中学生だった頃、高校入試に差し迫って、
半年ほど私も塾に通った。
この塾に通うことで成績があがり、
志望高校への入学を果たしたのは間違いない。
たしかにこの塾の理科と数学の先生は、
他の教科同様の学生アルバイトではなくて、
それを生業としている大人の授業だった。
あれから十数年。塾の立場は、それ以上の存在になっている。

話はいったん変わって、
息子がサッカーをやっている。
いまはただ、楽しそうにボールを蹴っているようだが、
教育熱心な両親は、その有望選手のプロへの道を想像している。
小学校に入ったらあのチームに入れて、
中学では、あのJリーグの下部組織に入れて、
(それがかなわなければ、他県で評判のいいあのチームに入れて)
高校は、技術育成で定評のある私立高校に入れて、
大学はやはり、東京の私立大学にサッカー推薦で入れて…。

やはりこの想像でも、公立の小学校・中学校のイメージは薄い。
なぜだろう?
昔、私は中学校に入学するのが楽しみで仕方なかった。
部活動でスポーツを本格的に学べる、
教科も専門の先生に学べる。
それがどうして、いまは魅力的に映らないのか。

また話は変わって、
新聞に挟まれてくる塾の広告は、色鮮やかで見事である。
カリキュラムも、
理論的なのかどうかははなはだあやしいが、
なんか説得力があるようにみえる。
「何より、保護者の潜在的な欲求に応えている感じが好評」、
のように見える。
保護者のニーズに応え、小綺麗な教室で、
投資した分だけ成功するという、「対費用効果」が期待できそう。
それを選べる塾という存在。

また話は変わるが、先日、
職場に置いてあった「全私学新聞」なるものを初めて読んだ。
その中のコラムの一節で、
「公立学校でなく、官立学校が正しい表現」
とあった。
いま、評判の悪い「官」。
「それ、ホンマか!」と驚愕な仕事ぶりで怠慢もはなはだしい「官」。
「お役所仕事」とはよく言ったものだ。
ところで、そのコラムの肝は、
「官立学校となると、安価であること、
 公平・公正の大義名分のもと、どこでも同じ量・質であること、
 が求められる。しかし、それは教育の本質ではない。」
だから私学の独自性が…、と続く。

都市の中高一貫の私立学校と私塾とは共依存の関係である。
知的に優れた人材の育成・輩出という点では、目的は一致している。
違うのは、営利目的か、非営利な仕事か。
どちらであっても良いから、
教育の本質だけはおろそかにならないようにしてほしい。

サッカーでは最近、そういった育成過程がきっちりしすぎたせいか、
魅力的な選手が減っているように見える。
まさか塾と本校で手塩にかけて育てた人材も同様であるまいな?

まさか本校のOBが「官」となり、それまでの教育投資分
(あるいは自分の子どもたちへの投資分)を回収しようとして、
不誠実な行動に出ているのではあるまいな?

週刊誌が「~ランキング」なんて、庶民の小さなプライドを煽るから、
都市圏の私学にいると、何もしないことでもストレスを受ける。

とにかく、いまは忙しい。
夏は受験生にとっては勝負の時期。
でも一方で、「市場原理に飲み込まれないでね。」って、
渦中の中から、教育を叫んでいます。

お後がよろしいようで。
気を失っていたら、次に日になってました。
気を失っていたら、7月になっていました。
忙しいけど、忙しいとは言いません。
以前、新聞のコラムで「忙」っていう漢字は、
「心を亡くす」って書くから、って書いてありましたから。
何も考えず、1つずつ、事務的なことはこなしていきます。

代数も「文字と式」になって、
生徒のミニ・テストの正答率も下がりました。
これでは定期テストも採点はじめたら…。
やはり、「数」と「文字の使用」の間にはギャップがあるのか?

ベテランの先生も、
「やっぱり、文字は関門だねえ…。」
と言ってました。
私の場合は、
「文字なんて、形式的な操作だけだから、実際に数字を計算するより簡単」
と思っていましたが、
私よりも優秀な生徒たち。
実際の「数」の方が、感覚的に馴染んでいるのでしょう。
ルール・ベースの形式操作に、まだ不慣れな様子。

教えていくことで学ぶことって、
まだまだたくさんあるなあ、って思いました。
とりあえず、今日も生徒に「ゲキ」を入れるか!
数学科に在籍する大学生も読んでくれているようなので、
本来の姿に戻って、数学の授業の風景について書きたいと思います。

今日の幾何の授業は、立方体を平面で切ったときの切り口の形について。
かなり想像力を要する作業だと思います。
美術の技能はないのですが、黒板に立方体を描くことができます。
生徒もノートに立方体らしき図を描きます。

「えーと、平面は通る3点が定まれば1つに決められるので、
 えーと、これはこの3点を通るとき。
 次の図は、この3点を通るとき、切り口がどんな形になると考えられる?」
間髪おかずに、
「三角形!」
と比較的、成績の芳しくない子が叫ぶ。
「そうだな。」
黒板に、切り口が三角形、四角形(平行四辺形、ひし形、長方形)になるパターンを
次々と描いていく。
今日は、チョークはいろんな色を用意してきた。
「こことここの点を結んだ線は真っ直ぐ切れる。
 この面と向かいの面も、こう平行に切れる。」
黒板に説明を書くことはない。
「じゃあ、この3点の場合は?」
「正六角形でしょ。」
予習済みの生徒がつぶやく。
「そうだな。じゃあ、どう切り口の辺は描ける?」

「この辺を延長して、直線と見る。これはこの壁と底面の交線だからね。
 この線の平行線が向かいの面をこう切るので、ここが交点で。」

生徒は平行線は描ける。
あとは見えない切り口の辺をどう描くか。
授業の終わり、真面目な生徒が質問に来る。
「先生、この切り口の形は…。」
ちょっと柔軟な思考ができない様子。
まあ、おもしろがって。
次の時間は中3の幾何。
内容は、ピタゴラスの定理の空間図形への応用。
「え~、さっき中1に切断の仕方を教えてきたばかりですが…。」
「ああ、俺たちもやった、やった。」
「はい、じゃあ、この3点を通る平面で切ったとき、立方体の切り口は?」
「あれ、どうするんだっけ?」
「ここの辺を延長して。これはこの2平面の交線ね。」
「あっ、そうか。」
「というわけで、これは五角形。次にこの切り口の面積を求める。
 ちょっと、この切り口の対称に注目して。」
「ほう、ほう。」

無理数はスゴイね。
これがあれば、すべての計量ができる気がします。
ん、実際、この平方根記号があればすべての量は表せるのか?
ピタゴラス学派が、
しばらく秘密にしたという気持ちは、わからないでもない。
無理数で拡がった数の世界。
でもまあ目の前の生徒は計算で精一杯。
「次は、この頂点をふくむ方の立体の体積で、…。」
「うげーっ」
「これは中点連結定理で、1:2。だから、」
「おお。」
「次は、正四面体に内接する球の半径ね。
 これは上手く図が描けない。描くのには技量がいるね。」
また平面に正四面体を描き、
その中に球を埋め込む。
「これが垂線で、これが四面体の重心。
 で、これと頂点を結ぶと、同じ三角錐は4つできて。」
「おお、そうか。」
「それで、これが内接球の半径。
 ちなみにこれが外接球の半径ね。これはこうして。
 大学入試にもでるよ。」
「…、期末テストにもでますよね。」
「そりゃ、出るだろ。」

以前、数学セミナーの巻頭言に、
「チョークと黒板以上に上手に、数学を伝えることができる道具はない。」
と著名な大学の先生が書いていたが、そのとおりである。
黒板という平面に立体を描き、その切り口の形という平面図形を描く。
人間の想像力ってすばらしい。
ときには説明という論理もいらない。
黒板には、いくつもの立方体だけが、
色鮮やかに、いくつも描かれているだけだった。
中学の内容だけでも、数学ってすごい魅力だな、
数学のすべてをここから学べそうだ、と思ってしまう。
でも実際は、高校で命題、論理と集合を学ばないといけないのか。

あらためて、
結構、重要な時期を担っていることを意識した1日
だった。
ちまたの中学・高校は期末テストの時期ではないかと思います。
私も今日は、高校3年生の文系数学の採点をしました。
文系の数学は、高校で学ぶカリキュラムはすでに終えて、
大学入試問題の序の口を解いています。

よく勉強している生徒は、もうアートともいえる解答を書いてくれます。
「文系でも、ここまで数学を理解してくれているかあ。」
と感心しきり。
一方で、logもsin、cosも満足に計算できない生徒も同居しています。
「高3で数学を選択しておいて、こんなんでどうすんだ?」
ちょっと覚悟を決めて、1からやり直す。
そんな根性を期待するのは間違いでしょうか?
でも、
「やっぱり数学ってのは難しいんだろうなあ、普通。」
と同情も涌いてきます。

私もそれほど数学が得意というわけではありませんでした。
「数学科に行く。」
と友人に告げたところ、
「そんなん、やめとけ。
 数学科には数学オリンピックに出たような猛者が集まるらしいぞ。」
数学オリンピック?
そんなん、あるのか?
ノーベル数学賞がないから、世界一を決める選手権が出来たんか?

今年届いた資料に目を通すと、たしかに私が高校生の頃は、
日本数学オリンピックの黎明期だったようですね。
それにしても、俺の友人、そんなん良く知っていたな。

そんなんじゃない。
ちょっと数学ってどうなってるのか、知ってみたいだけ。
のぞき趣味みたいな感じ。
数学は絶対役に立つだろ。
当時はバブル。
どんな学科だって、
ちょっと有名な大学に行けば就職には困らないと聞いて入った、
という本音もある。

自分はそんな特別な才能を持った人間ではない。
ところが一方、生徒の前では
「数学のことで知らないことはない」くらいの態度で生徒に会い向かう。
いいのか、このギャップ。

でも最近は、開き直れるようになってきた。
もう私も若くない。
「どんな問題でも持ってこい!」
みたいな火炎は吐かなくても良くなった。
いま担任している生徒には、
数年後、能力的には追い抜かれるんだろうなあ。
いや、もう計算速度では追い抜かれている。
今日も昨日も、授業準備以外の雑用で睡眠不足だった。
暗算が遅い。(*´Д`)=з

自分にしかできないことがあるだろう。
そう信じている部分もある。
一方で、自分は偉大な数学の前では無力である、
みたいな謙虚な気持ちもある。
でも、生徒からは、
「頼りがいのある先生、何でも教えてくれる先生」
みたいにカッコつけたい部分もある。
目立ちたいような、目立ちたくないような。
定員40名の学科を目指しておきながら、
倍率が3倍を越えたら、「合格ないかも」と思う感覚。

振り返ってみれば、
現在の勤務校の募集人員も、
妻のパートナーとなることも定員は1名。
総理大臣になるわけではないが、
だれもがなりたいと思ってなれるわけではない。
自信と謙虚。
梅雨時に考える、教師ロベルトでした。