回想してます。
いま担任している子達が、近い将来、どんなことで悩むのか。
その悩みに対して、私はどう答えるのか。
その答えを見つけるために、同じ年頃の頃、
自分が何をどう悩んでいたのか、
を思い出したいと思ったからです。
…回想の続き…
同じクラスの親友の二人、
「ファイテンション・ボーイズ」はなんと個人面談がコンビでした。
「おまえらの面談は一緒でいいや。いいだろ?」
と聞かれたハイテンション・コンビは、「まあ。いいです、一緒で。」
と答えてました。
それを見て、内心、「おまえらもよく考えろ!」って言われるぞ、
と思ってました。ところが、
二人が一緒だったのは、
目指す方向性が一緒で、学力レベルが一緒だったからでした。
「電気あるいは電子工学科・志望」
「えっ、よく考えろって言われなかったよ、俺たち。
おれらは電気工学系行くから。
なんでおまえ、そんなこと、言われたの?」
カクカクシカジカ…
「おまえ、バカか!そんな、サッカーで大学選ぶか、フツー。
山手線の内側?アホか。
大学は、学科とレベルとラベル。レベルとラベルよ、分かる?
何?まだ学科決まってないの?
俺らより、成績良いくせに。
何、教員志望?
おまえ、そんなことになりたいために勉強してるの?
こんな教員なんて、貧乏くじだよ。
先生なんて面倒じゃん。
俺はそんなのになるために数学を勉強したくないよ。
なぁ、相棒。」
「おうよ」
微分積分と確率統計の試験で満点近くとった男が、
おそらくクラス最低点だろうと思われる二人に、一笑された。
・°・(ノД`)・°・
「俺って、おかしい?」
とりあえず、まず文系転向はやめた。
この高校のカリキュラムでは難関国立大理系の現役合格は難しいが、
文系学科に興味のある分野はなかった。
4月からはじめた赤ペン先生の附録のマンガや合格体験談を読みあさる。
とにかく開くページは理学系。
ついつい開いてしまう。
生物はダメだ。虫は苦手。
化学実験は面倒くさそう。
物理実験も。俺はそんなに気が長くない。ニュートリノは見えなさそう。
電気?機械?実感、涌かず。
どうしても、真理追究的なページや学科に目がとまる。
あるいは情報通信。
担任の物理の先生は、微分積分を使って授業をする先生だった。
「束縛条件がこうなっているので、両辺を時刻tで微分して、
この運動方程式が得られます。」
なして、物理で数学使う?
「いま君たちが勉強している数学と物理は同じものです。」
はあ?
高2の時の物理の先生(別人)は、まともに授業をしなかった。
「理系殺し」の異名を持っていた。
僕は、家で有名な参考書で独学していた、物理は。
「あの先生、高2の時からあんな授業?」
高2のときもこの先生に習っていたファイテンションボーイズが答える。
「高2の時は、微分積分の勉強だけ。よくわからなかった。」
何ー!同じ高校にいて、なんだ、この差は、ありか?
仕方ないので質問にいった。
「どんな本読めば、この辺が分かりますか?」
「駿台予備校の『物理入門』かな。」
おもしろかった、この参考書。
授業もだんだん分かってきた。
「ここは外積だから、この方向にこれだけのベクトルが。」
「なるほど」
ところで、じゃあ、ベクトルの内積って何のためにあるのだ?
内って何?内って。
スカラー?スカラーって何?
実数?実数って?
部活動のサッカーは、あっけなく終わった。二回戦敗退。
個人的には、夏バテで、調子は最低だった。
腰のケガもあり、大学でサッカーを続けるというのは、
それほど現実的で、また夢のあることではなくなっていった。
「物理数学とか、数理物理学とかって分野、ないのかな。」
おおよそ志望は固まりつつあった。
「やっぱり数学の教員になる可能性は残しておきたいです。
わかりやすく数学を教えられる先生になりたいです。
大学では、微分積分の応用とか、解析とか勉強してみたいです。
また一方で、中学の時、図形の証明とか好きだったので、
幾何学とかも勉強してみたいです。
だから数学科を受けます。
あっ、東京理科大だけ物理学科を受けます。
なんでも、看板の学科と聞いたので。また数学の教員免許も取れるし。…。」
11月の三者面談の時、母は、僕が東京の有名大しか受けないと言うので、
「無理だ、受かるわけがない」
と担任に言われると思っていたらしい。
いや、言ってほしかったらしい。
で、できれば「地元の国立大なら、…」って言ってもらって、
学費が安く済むようにしてほしかったらしい。
実際、出願の際も、
「地元の国立大は?出願して!」としつこく言われた。
ところが、
「息子さん、受かりますよ。
本人が受けたいって言って勉強してますし。
受かるでしょ、山手線の内側の大学。
全部は無理だけど、どれか受かりますよ。」
僕もがっくりきた。
「よく考えろ、出直してこい。」と言われてから半年。
担任の先生のコメントが真逆に聞こえた。
そして3月。担任の予感は当たった。
山手線の内側の大学に受かった。
母に懇願されて出願した、地元国立大の試験には行かなかった。
「僕は東京の大学に行きたいです。」
母も父も許してくれた。
家計への負担は甚大だったが。
(本当に感謝している。
それでも大学での生活は、留年しそうなくらい不安定だったが。)
高校の時、倫理で、ソクラテスの対話法「産婆術」のことを
何度も聞かされた。例の熱血の世界史の先生だった。
「もうわかりましたよ、先生。」
僕は授業中、悪態をついたことがある。
いや、ちっともわかっていなかった。
いや、いまもわかっていないかも。
「答えは自分で見つけるしかない。」
(これで回想を終わります。
うっすらと記憶をたどることで、
自分の選択に自信・確信を持てました。
あと運命を感じました。
匿名性を高めるために、多少の脚色はあります。
ご容赦下さい。)
いま担任している子達が、近い将来、どんなことで悩むのか。
その悩みに対して、私はどう答えるのか。
その答えを見つけるために、同じ年頃の頃、
自分が何をどう悩んでいたのか、
を思い出したいと思ったからです。
…回想の続き…
同じクラスの親友の二人、
「ファイテンション・ボーイズ」はなんと個人面談がコンビでした。
「おまえらの面談は一緒でいいや。いいだろ?」
と聞かれたハイテンション・コンビは、「まあ。いいです、一緒で。」
と答えてました。
それを見て、内心、「おまえらもよく考えろ!」って言われるぞ、
と思ってました。ところが、
二人が一緒だったのは、
目指す方向性が一緒で、学力レベルが一緒だったからでした。
「電気あるいは電子工学科・志望」
「えっ、よく考えろって言われなかったよ、俺たち。
おれらは電気工学系行くから。
なんでおまえ、そんなこと、言われたの?」
カクカクシカジカ…
「おまえ、バカか!そんな、サッカーで大学選ぶか、フツー。
山手線の内側?アホか。
大学は、学科とレベルとラベル。レベルとラベルよ、分かる?
何?まだ学科決まってないの?
俺らより、成績良いくせに。
何、教員志望?
おまえ、そんなことになりたいために勉強してるの?
こんな教員なんて、貧乏くじだよ。
先生なんて面倒じゃん。
俺はそんなのになるために数学を勉強したくないよ。
なぁ、相棒。」
「おうよ」
微分積分と確率統計の試験で満点近くとった男が、
おそらくクラス最低点だろうと思われる二人に、一笑された。
・°・(ノД`)・°・
「俺って、おかしい?」
とりあえず、まず文系転向はやめた。
この高校のカリキュラムでは難関国立大理系の現役合格は難しいが、
文系学科に興味のある分野はなかった。
4月からはじめた赤ペン先生の附録のマンガや合格体験談を読みあさる。
とにかく開くページは理学系。
ついつい開いてしまう。
生物はダメだ。虫は苦手。
化学実験は面倒くさそう。
物理実験も。俺はそんなに気が長くない。ニュートリノは見えなさそう。
電気?機械?実感、涌かず。
どうしても、真理追究的なページや学科に目がとまる。
あるいは情報通信。
担任の物理の先生は、微分積分を使って授業をする先生だった。
「束縛条件がこうなっているので、両辺を時刻tで微分して、
この運動方程式が得られます。」
なして、物理で数学使う?
「いま君たちが勉強している数学と物理は同じものです。」
はあ?
高2の時の物理の先生(別人)は、まともに授業をしなかった。
「理系殺し」の異名を持っていた。
僕は、家で有名な参考書で独学していた、物理は。
「あの先生、高2の時からあんな授業?」
高2のときもこの先生に習っていたファイテンションボーイズが答える。
「高2の時は、微分積分の勉強だけ。よくわからなかった。」
何ー!同じ高校にいて、なんだ、この差は、ありか?
仕方ないので質問にいった。
「どんな本読めば、この辺が分かりますか?」
「駿台予備校の『物理入門』かな。」
おもしろかった、この参考書。
授業もだんだん分かってきた。
「ここは外積だから、この方向にこれだけのベクトルが。」
「なるほど」
ところで、じゃあ、ベクトルの内積って何のためにあるのだ?
内って何?内って。
スカラー?スカラーって何?
実数?実数って?
部活動のサッカーは、あっけなく終わった。二回戦敗退。
個人的には、夏バテで、調子は最低だった。
腰のケガもあり、大学でサッカーを続けるというのは、
それほど現実的で、また夢のあることではなくなっていった。
「物理数学とか、数理物理学とかって分野、ないのかな。」
おおよそ志望は固まりつつあった。
「やっぱり数学の教員になる可能性は残しておきたいです。
わかりやすく数学を教えられる先生になりたいです。
大学では、微分積分の応用とか、解析とか勉強してみたいです。
また一方で、中学の時、図形の証明とか好きだったので、
幾何学とかも勉強してみたいです。
だから数学科を受けます。
あっ、東京理科大だけ物理学科を受けます。
なんでも、看板の学科と聞いたので。また数学の教員免許も取れるし。…。」
11月の三者面談の時、母は、僕が東京の有名大しか受けないと言うので、
「無理だ、受かるわけがない」
と担任に言われると思っていたらしい。
いや、言ってほしかったらしい。
で、できれば「地元の国立大なら、…」って言ってもらって、
学費が安く済むようにしてほしかったらしい。
実際、出願の際も、
「地元の国立大は?出願して!」としつこく言われた。
ところが、
「息子さん、受かりますよ。
本人が受けたいって言って勉強してますし。
受かるでしょ、山手線の内側の大学。
全部は無理だけど、どれか受かりますよ。」
僕もがっくりきた。
「よく考えろ、出直してこい。」と言われてから半年。
担任の先生のコメントが真逆に聞こえた。
そして3月。担任の予感は当たった。
山手線の内側の大学に受かった。
母に懇願されて出願した、地元国立大の試験には行かなかった。
「僕は東京の大学に行きたいです。」
母も父も許してくれた。
家計への負担は甚大だったが。
(本当に感謝している。
それでも大学での生活は、留年しそうなくらい不安定だったが。)
高校の時、倫理で、ソクラテスの対話法「産婆術」のことを
何度も聞かされた。例の熱血の世界史の先生だった。
「もうわかりましたよ、先生。」
僕は授業中、悪態をついたことがある。
いや、ちっともわかっていなかった。
いや、いまもわかっていないかも。
「答えは自分で見つけるしかない。」
(これで回想を終わります。
うっすらと記憶をたどることで、
自分の選択に自信・確信を持てました。
あと運命を感じました。
匿名性を高めるために、多少の脚色はあります。
ご容赦下さい。)