ヒマジンノ国 -18ページ目

 ヒマジンノ国

ブログの説明を入力します。

基本的にはここまで書いてきたことと同じことを書いていきます。

 

ロシアとウクライナの争いを喜んでいる人など、おそらくいないと思います。長期化すればするほど、ロシア側はほとんど被害が出ないが、ウクライナ側の被害は甚大になります。ウクライナ人の死者について、自分も恐ろしいことだと思います。

 

いつまでもこのようなことが許されて良いとは思いません。

 

しかしながら、ロシアの軍事侵攻を必ずしも「是」とはしませんが、現状それが起きてしまっている以上、その前提で話をします。

 

あくまで政治的な観点を強調してでの私見ですが、ウクライナは悲劇以上の何物でもありませんが、それでもなお、今の本邦内のロシア憎しという、マスコミのあり方は非常にバランスを欠いていると思っています。

 

自分は、正直マスコミが戦争を作っているとさえ思います。

 

今回は、今ある欧米のマスコミの作り出している、プーチン大統領がヒトラーの様な独裁者という認識は、かなりの程度の創作が入っているという認識で書いていきます。

 

 

初めに少し時系列に沿って、見てくいためにビッグローブ・ニュースから引用します。NATOの東方拡大についてです。

 

<さて、1989年11月にベルリンの壁が崩壊し、ワルシャワ条約機構(WPO)の解体が遠からず予想された1989年末の欧州には、共通の敵がいる限り同盟は存続するという国際政治の一般原則を根拠に、共通の敵のいなくなったNATOはまもなく解体するであろうと予想した専門家が少なからずいた。

 しかし、現在に至ってもNATOは存続し欧州の安全保障の要として重要な役割を果たしている。

 しかも、加盟国の数は旧WPO加盟国であった中・東欧諸国やバルカン諸国が加盟し冷戦終結時の16か国から30カ国と増加した。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、冷戦が終結してドイツが統一されるに際し、東西陣営間で「NATOは東方に拡大しない」という約束があったが反故にされたと主張する。

 口約束だったのか、文書による約束だったのかについてプーチン大統領は言及していない。>(ビッグローブ・ニュースから)

 

冷戦終結後、NATOは東方へと拡大を続け、今となってはロシアの隣国、ウクライナとジョージアなどの少数の国が、加盟していないだけの状況となりました(フィンランドなども)。しかし、かつてのキューバ危機のようにウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアの喉元に匕首を突き付けられるようなもので、これをロシアは認めません。以下もビッグローブ・ニュースからです。

 

<プーチン大統領が、強硬にウクライナのNATO加盟に反対する背景には、欧米に対する根深い不信があるようである。プーチン大統領は、欧米は、歴史的文化的なつながりや経済的な結びつきの強い、血を分けた“兄弟国”ウクライナまで、ロシアからもぎ取ろうとしていると見ているようである。

 それらを例証する最近のプーチン氏の発言を次に時系列に沿って述べる。

①2021年7月、プーチン大統領が、「ロシアとウクライナは一体」という趣旨の論文を発表した。

 大統領の署名による「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」というタイトルで、2021年7月12日付でクレムリンHPに掲載された。要旨は次のとおりである。

・ソ連の民族政策により、大ロシア人、小ロシア人、白ロシア人からなる三位一体のロシア民族に代わり、ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人という3つの個別のスラヴ民族が、国家レベルで固定化されたのである。

筆者注:かつてロシア人とは、大ロシア人(ロシア人)、小ロシア人(ウクライナ人)、白ロシア人(ベラルーシ人)の総称として用いられた。

・ウクライナは欧米によって危険な地政学的ゲームに引き込まれていった。その目的はウクライナをヨーロッパとロシアを隔てる障壁にし、またロシアに対する橋頭堡にすることだ。

・ウクライナには、ロシアとの提携を支持する人々が数百万人もいるが、彼らは自分たちの立場を守る法的な機会を実質的に奪われている。 ロシアはウクライナとの対話に前向きで、複雑な問題を議論する用意がある。

・私は、ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによってのみ可能であると確信している。ともにあれば、これまでも、そしてこれからも、何倍も強く、成功するはずだ。結局、我々は一つの民族なのだから。

②2021年12月17日、ロシア外務省が、プーチン大統領が提案した「NATO東方不拡大を保証するための米露2国間の条約案」を公表した。

 米側は条約草案の内容自体は「受け入れない」ものの、ロシアと「協議する意向は示した」という。メディアは、同条約案が米国に対し「NATOに加盟していない旧ソ連諸国の領内に軍事基地を持たないこと」「これらの国々の軍事施設を使用しないこと」などを求めていると簡単に報じている。

筆者コメント:プーチン大統領は、日頃から米国は簡単に約束をほごにするため、同国が提案する安全保障上の保証については信用できないと主張している。そこで、今回は法的拘束力のある条約を提案したのであろう。

③2021年12月21日、プーチン大統領は、ロシア国防省で高官らに対し、ウクライナにNATOのミサイルが配備されればモスクワを数分以内に攻撃できるため容認できないとし、ロシアにとっては「玄関口」だと語った。

 そして、米国とその同盟国は「ロシアに後退する余地はどこにもないことを理解する必要がある」「NATOの非友好的な措置には、適切な軍事的・技術的な対応をとり、厳しく対処する」と言明した。

④2021年12月26日、プーチン大統領は、ロシア国営テレビとのインタビューで、NATOの東方不拡大などを求めるロシアの提案が受け入れられなかった場合のロシア側の反応は「軍事専門家の意見に基づいた最も広範なものになる」と述べ、軍事面を含むあらゆる手段で対抗すると警告した。>

 

少し時系列を無視して話しますが、そこに起こったのが2014年のウクライナにおけるマイダン革命であって、親ロシア派政権を、極右の西側寄りの政権に転覆したということになります。これにより、ウクライナのロシア系住民の弾圧が始まり、ウクライナ東方における、ロシアとウクライナにおける紛争の火種がまかれたということになります。

 

予備役の投入 |  ヒマジンノ国 (ameblo.jp)

 

↑、過去記事です。ウクライナ政権のバックには、彼らを戦争においやる勢力がいます。

 

そしてこれを主導しているのが、米国の軍産複合体(戦争屋・CIAなども含むといわれる)やネオコンなどということになります。

 

戦争屋 |  ヒマジンノ国 (ameblo.jp)

 

↑、過去記事です。ネオコンに対する簡単な解説。

 

ネオコンは戦争をすることによって、儲けを出し、肥え太っていきます。そのために世界中で紛争を起こし、米軍やNATOを用い、介入させていきます。例えばアフリカ合衆国の提案をした、リビアのカダフィー大佐は米国とNATOの軍隊(ここではフランス軍だったらしい)によって殺されました(ネオコンの1人、ヒラリー・クリントンが、メールで殺害の指示を出したといわれている)。

 

リビアのカダフィー大佐は微妙な人物で、言論弾圧を行っていた独裁者でしたが、同時に国民の生活水準をあげ、その後はアフリカをグローバル経済圏から脱却させるために、金本位制の「アフリカ共通通貨制度」の導入を画策していたようです。これは欧米にとって大打撃になる政策でした。

 

 

↓、以下はハフポストの記事。「ヒラリー・メール」は一時期記事になっていたと思います。ただし、公には、ヒラリーがカダフィを殺害した、とはいってはいませんが。

 

こうした戦争行為の最たるものがイラク戦争(第2次)で(日本政府も支持した)、当時の米国大統領、J・W・ブッシュJRはマスコミなどを使い世論操作を行って、「大量破壊兵器」があるという話を国民に信じ込ませ、2003年に多国籍軍と、米国によってイラクを侵攻し、フセイン大統領をとらえ、2006年に彼を処刑しました。しかし、肝心の「大量破壊兵器」は見つかっておらず、未だ謝罪もありません。

 

このとき多国籍軍はイラク各都市に空爆を行い、インフラを破壊、市民生活を追い込みました。占領後は市民を収監する収容所なども作られ、戦争での犠牲者は50万人ともいわれます。そのうち、戦闘員の死者は2万人程度ともいわれ、他は民間人の死者ともいわれます。

 

フセインがどんな人物だったにしろ、米国がこれを勝手にとらえて、殺して良いという話にはならないと思います。

 

そして米軍撤退後のイラクは混乱し、イスラム国などテロリストの温床となりました。

 

 

このようなネオコンの動きに強い批判を加えてきた大国の政治家の1人が、ロシアのプーチン大統領で、彼はタイミングを見ては演説し、そのことに触れています(D・トランプもネオコンのやり方に反対していた)。

 

4州併合時のプーチンの演説から、西側諸国に対する部分を一部抜粋します。

 

<西側は、新植民地主義体制を維持するためなら何でもするつもりだ。この体制の下で西側は、ドルの力と技術の専横により世界に寄生、つまり世界を略奪し、人類から真の年貢をかき集め、覇権への地代という不労所得の源泉を獲得してきた。この地代を維持することが、彼らの最重要かつ本当の、そして完全に打算的な動機なのだ。

だからこそ完全に主権を喪失させることが彼らの利益にかなうのだ。

西側による独立国家や伝統的価値観、独自の文化への侵略も、支配が及ばない国際・統合プロセス、新たな世界通貨、技術開発の中心地を台無しにする動きも、すべてそこが発端だ。あらゆる国がアメリカに自国の主権を明け渡すことこそが、西側にとってはきわめて重要なのだ。

一部の国々の支配層は、自主的にそうすることに同意し、自主的に家来となることに同意する。買収されたり脅迫されたりする国もある。

そしてうまくいかない場合は国家全体が破壊され、後に残るのは人道的破局と惨禍、廃虚、何百万という人の破滅した運命、テロリストの群雄割拠、社会的災害地帯、保護領、植民地、そして半植民地だ。西側にとっては、自分たちの利益さえ確保できれば同じことだ。

改めて強調したいのは、「西側集団」がロシアに仕掛けているハイブリッド戦争の本当の理由は、彼らの欲望、どんな制約も受けない権力を保持したいという意図にあるということだ。彼らはわれわれに自由になってほしいのではなく、われわれを植民地とみなしたいのだ。対等な協力ではなく略奪を、われわれを自由な社会ではなく魂のない奴隷の集まりとみなしたいのだ。>(NHK、国際ニュースナビから)

 

<西側諸国は何世紀にもわたり、自分たちはほかの国々に自由と民主主義をもたらすと言い続けてきた。何もかも正反対だ。もたらしたのは民主主義ではなく抑圧と搾取、自由ではなく奴隷化と暴力だった。一極集中の世界秩序そのものが本質的に反民主的かつ不自由で、どこまでもうそと偽善だ。

アメリカは、世界で唯一2回にわたって核兵器を使用し、広島と長崎を壊滅させた国だ。そして先例を作った。

思い出してほしい。第2次世界大戦中アメリカがイギリス人とともに、いかなる軍事的必要性もないのに、ドレスデン、ハンブルク、ケルンのほか、数々のドイツの都市を廃虚に変えた。これは見せしめのために行われた。繰り返すが、軍事的必要性はなかった。目的はただひとつ。日本への原爆投下もまた同様で、わが国そして全世界を威嚇することだった。

アメリカは、ナパーム弾と化学兵器で残虐な「じゅうたん爆撃」を行い、朝鮮半島とベトナムの人々の記憶に恐ろしい傷痕を残した。

今日までドイツや日本、韓国、その他の国を事実上占領し、その上で皮肉にもこうした国々を対等な同盟国と呼んでいる。これはどんな同盟関係なのだろうか。

こうした国の幹部が監視され、首脳の執務室だけでなく住居にまで盗聴器を仕掛けられていることは、全世界が知っている。これが本物の恥辱だ。仕掛ける側にとっても、この厚顔無恥を奴隷のように黙って従順に受け入れる側にとっても、恥辱だ。>(NHK、国際ニュースナビから)

 

自分は別にロシアびいきではありませんが、これらの発言は20世紀以降の歴史を見れば必ずしも間違っていないと感じます。

 

多分ロシアには、未だに日本の北海道などに目をつけている勢力もいると思いますが、そういったロシアの思惑とは別に、プーチン自身の考えそのものは違うと思います。北方4島、2島返還の話が出た時も、彼の出した条件の内の1つが、返還した島に米軍基地を作らないことだったそうです(つまりこの場合、日本がロシアに匕首を突き付ける、という形になる、モスクワからは遠いとはいえ)。結局この話は、流れました。

 

流れで見てくる限り、プーチンのいうことは、ロシアの国家としての自治権の確保と、安定にあるという発言が多く、その対義後として、欧米ネオコン中心の世界観に対する批判です。これが終始一貫している発言かと思います。

 

確かにはじめロシアはウクライナ全土にミサイルで攻撃をしましたが、おそらくこれはウクライナ全土にあった、バイオラボに対する攻撃だったようです(ウクライナのバイオラボの存在は、ビクトリア・ヌーランド自身が認めている)。

 

↓、マイダン革命の首謀者の1人といわれる、米国の高官、ビクトリア・ヌーランドの発言。

 

 

その後は結局ウクライナ全土に侵攻せず、当初のいい分通り、ウクライナ東側の4州付近に部隊を展開させたにすぎません。またかつて多国籍軍がやったように、初めからウクライナのインフラを直接狙った攻撃はしてきませんでした(ウクライナ4州併合後、クリミア大橋の破壊を受けてから、ロシアは初めて直接的なインフラ攻撃を開始、ですので今後はどうなるかは未知数です)。現状制空権を持っているロシアですが、航空機による無差別な爆撃もしていません。

 

領土闘争の理論的な展開をヒトラーは「我が闘争」で行い、ドイツの街頭で散々演説していたといいます。ウクライナ侵攻自体問題ですので(本来国際法違反ですが、同様に、ロシアは国際法で認められている自衛権の行使を主張している、ただしウクライナの東部4州は、理屈の上では、国ではないと思います)、完全弁護はしませんが、ネオコンやヒトラーのやり口に比べると、プーチンの方がはるかに筋を通そうとしているように見えるのが、現状、自分の実感です(だからといって、人殺しをしてよい理由などありませんが)。

 

だから、今CNNやBBCなど、ネオコンの御用達海外メディアの情報を垂れ流している、国内地上波の情報は行き過ぎだと思っています。

 

例えば、欧米のマスコミに煽られて「プーチンだけが悪だ」とやり続ければ、「話し合いの余地」は決して生まれないということです。その扇動を受け続ければ「戦争の片棒」を担がされているのと同じです( マスコミによって、ロシアは話す余地のない相手だという、情報操作はされているということ)。歴史を見れば、NATOやネオコンの方がやっていることは酷いといえます(今後は分かりませんが)。

 

プーチンは世界征服を目的とした軍事行動を行っているのではなく、自国の存続と、東欧の民族的問題のいざこざのために動いている、と見る方が妥当だと思います。

 

今回のプーチン像は、西側メディアが意図的に作り出して来た、「悪魔的な」像にすぎると思います。元々自分はプーチン擁護派でもありませんが、イラク戦争で「大量破壊兵器」があると思わせたように、メディアはその気になれば何でも偽の現実を作れると思います。

 

プーチンを止めさせるには、それを西側から煽っていた人たちも止めなければならない、といういうことです。

 

結局ロシアがウクライナを攻撃する以前に、わざと戦争を作ろうとしている人たちがいるということ。今回のウクライナの件も同様だということ。だから、戦争を故意に生み出している人たちを、本来まず論じなければならないということ。そして、ロシアに肩入れするにしろ、ウクライナに肩入れするにしろ、戦争をして喜ぶ人たちがいるということを知るということが、まずは重要であると思います。

 

まずは中立の立場でもって、一旦全体像を見渡してみるべきだと思います。

 

確かにロシアのやっていることは実行支配であり、問題かと思います。しかし、かつて戦後のどさくさに紛れ、北方4島を占領したのとは今回は内容が違い、スラヴ系の民族的問題と、グローバリストと国粋主義とのせめぎ合いと考えると、今回のロシアにおける、今の日本の保守という人々がいう形での、「実効支配」の意味合いも変わってきます。

 

そのために我々はロシア対ウクライナの件に対してはまず冷静に「中立」を保つということ、そしてどうやったら「停戦」にできるか?ということを考える方が重要だと思います。

 

4州併合が実際に行われてしまったので、中々先行きは不透明にはなってしまいましたが。

 

 

最後に、本当なら、ウクライナの政治的な安定が必要だったということです。

 

しかし、これは元来ゼレンスキーがすべきことだったように思いますが・・・。

 

彼はウクライナのロシア系住民を弾圧していた、ポロシェンコ政権を破って大統領に当選しました。これはウクライナの内戦を嫌がった、国民の支持があったからです。

 

 

ゼレンスキーは大統領になる前や、直後は、ウクライナのロシア系住民が弾圧されないように、という趣旨のことを語っていたようです(だから大統領になれた)。その後、ロシア系住民に弾圧を加えていたアゾフ大隊を、説得しようとする動画が残っています。

 

 

以下がアゾフに対して説得を試みる動画ですが、結局相手に半笑いで相手にされています。ポロシェンコの名前が出ていますが、彼はゼレンスキー以前の大統領で、ウクライナの内戦を始めた張本人です。

 

 

↓、ペトロ・ポロシェンコ。マイダン革命で生まれた、欧米の傀儡大統領といわれます。「彼ら」とはウクライナのロシア系住民を指します。

 

 

↓、以前もリンクした動画です。興味のある方は以下の動画もご覧ください。

 

DONBASS 2016 ドンバス ドキュメンタリー アン=ロール・ボネル Anne-Laure Bonnel【 日本語字幕】 (rumble.com)

 

つまり、まずマイダン革命があったことが、今回の戦争の原因の第1段階です。ウクライナの地政学的な位置付けを考えれば、ウクライナは親ロシア的な位置付けの方が理屈としても良かったと思います(マイダン革命以前はヤヌコビッチ大統領で、親ロシア派だった)。その後、ゼレンスキーがしっかり政治力を発揮して、ウクライナの極右勢力を止めていれば、戦争にならなかったはずです(ゼレンスキーは取り込まれ、以前よりも弾圧が激しくなったといわれている)。また米国で、D・トランプが大統領選で敗れたことも原因の大きな要素かと思います。

 

今後ロシアとウクライナがどうなるかは分かりませんね。もしかしたらロシア軍はゼレンスキーを捕らえにウクライナ西側に出てくるかもしれませんし、持久戦になるのなら、ウクライナへのさらなるインフラへの攻撃や、ロシアからの西ヨーロッパへのエネルギー供給も滞るかもしれません。

今年も、残り1月半ぐらいになりました。個人的には週1でブログを書いているので、残り10回をきりました。

 

年末に向けて、個人的な考えのまとめをしながら、数回書いていこうかと思います。

 

先日、米国の中間選挙がありました。共和党(トランプ側)が勝つといわれていましたが(バイデンは民主党)、いわれているほど大勝していないようです。そしてまた、再び、この選挙は不正選挙であるという話も出ています。

 

この不正選挙で問題になっている原因の1つが、選挙システムの「ドミニオン」という機械です。元々ベネズエラの大統領選挙で使われていた、といわれていますが、今では世界各国で使われているそうです。米国でも使われていて、今回も不思議なぐらい、共和党の有利な選挙区でこの装置が停止したり、不具合を起こしているそうです。

 

 

未だに選挙の結果が全部出ていないのは、このような装置などの問題があり、裏で色々なゴタゴタがあるからなのかもしれません。

 

一部で、違反選挙をちゃんと監視しており、そこに関わった者を逮捕するというような話が、トランプ陣営側から出ています。これは前回の大統領選挙の時もいわれていましたが、そうはなりませんでした。

 

11月15日(日本時間16日)にドナルド・トランプから重要な発表があるといわれていますが、どうでしょうか?違反選挙の摘発についての発表だ、という人もいます。単に次回の大統領選への出馬宣言だ、という人もいます。あるいはもっと別のことでしょうか?

 

D・トランプ氏の発言は今までも日和見的なところがありますので、状況をみながら発言は変えてくることもあるでしょう。これは当日にならないと分かりません。

 

今回の選挙は、バイデン政権に対する評価を問うているといわれていますが、この選挙結果がどの程度事実を反映しているか、中々分かりかねます。

 

下院は多分共和党が勝つといわれていますが、上院は接戦で分かりません(速報で、上院は民主党勝利という話のようです)。

 

正直、バイデン政権になってから何か良かったことがあったかは疑問です。ウクライナとロシアの戦いはトランプ氏であれば、起こらなかったともいわれています(米国はNATOを離れたかもしれません)。

 

また日本ではほとんど放映もされませんが、バイデンは物忘れや、いい間違いも多く、純粋に大統領としての資質も微妙かと思われます。本当に米国民がバイデン政権を支持しているのか、疑問はありますね。そう考えると、不正選挙があるという話もあながち嘘ともいえないと思いますが、事実がはっきりしない限り、有耶無耶した感じは付きまといそうです。

 

最近動画をアップすると、著作権が何たらで・・・という文句が出て、動画が削除されるようになりました。自分はクラシック音源のアップばかりなので、仕方ないですかね(;^ω^)。

 

我ながら、パブリック・ドメインになっていないものも普通にアップしてるしね・・・。ただ以前は著作権に関する文言は出てきませんでした。

 

ですので、基本動画のアップは止めようかと思います。とりあえず過去記事は残しますが、問題が出て来たら削除しようかと考えています。

 

おそらく、パブリック・ドメインであれば大丈夫なんでしょうけど。

 

ただパブリック・ドメインはTPPの施行後、権利無効に必要な時間が、50年から70年にまで引き延ばされたそうです。現代相当自由にフルトヴェングラーの音源なんか勝手に出回っていますが、本当はダメなのかもしれません。しかし、ユーチューブなんかでは、彼の音源はまだ残っています。申し立てが出ていないようではあります。何が基準かはよう分かりませんけど・・・。

 

今後はどういう書き方をするか、考えながらやるしかないですね・・・。

 
カール・ベーム指揮、モーツアルト「魔笛」(1955)。
 
SXL2215ー2217。
 
 
「魔笛」はモーツアルト、晩年のオペラ。
 
モーツアルトは秘密結社フリーメーソンの会員であり(クラシック作曲家がメンバーであることは多い)、晩年、その秘儀をこの「魔笛」というオペラで暴露したといわれています。ここには沢山のメーソン流のシンボリズムがあるといわれており、そのせいでモーツアルトは暗殺されたのだ、ともいわれてきました。
 
現代暗殺説は否定されているようですが、実際は何が本当かは分かりません。
 
王子タミーノは日本の狩衣を着て登場します。それ故この主人公は、日本人ではないかといわれているようです。タミーノは数々の試練をこなして、女王の娘、パミーナを助けますが、そこにはフリーメイソン流の修行が表現されているといわれています。悪役のザラストロが実は善人で、夜の女王が実は悪役だった、というような、善悪が引っ繰り返る話でもあり、火と水の試練を乗り越えるタミーノとパミーナの物語でもあります。
 
日本人が、善悪の引っ繰り返る世界で、数々の試練の乗り越えていくという物語が、フリーメーソンの秘儀になっているという、不思議な事実がここにはあります。
 
 
↑、カール・ベーム(1894-1981)。オーストリアの指揮者。独墺系の伝統を引き継ぐ指揮者で、生前はカラヤンの陰に隠れていた、ともいわれたりしました。死後も、評価はまちまちだという人もいましたが、どうでしょうか。今日、レコード屋にいけば彼のレコードは未だに人気があります。彼だけでなく、R・ケンペ、コンヴィチュニー、あるいはR・クーベリックなどでも良いですが、彼らのレコードは高値で取引されます。聴き方や、フォーマットなどで、どの指揮者も魅力的に蘇る可能性は充分あります。ベームの場合、グラモフォンの録音が多いので、デッカ、EMIのレコードは貴重です。世間一般の評価と価値というのは、多くの場合、誰かによって勝手に(独断で)作られています。受け手側は、慎重な見方がいると思います。まずは自分の耳で確かめなければなりません。
 
カール・ベームの「魔笛」といえば、1964年にベルリン・フィルを使ったものが有名です(演奏だけをとれば、こちらの方が、演奏が素晴らしいのは、これは多分真実です)。しかし、アナログ・レコードとなると、この1955年に録音したウィーン・フィルとの共演盤の方が名盤とされています。
 
確かに、ベルリン・フィル盤はオーケストラがシンフォニックで、聴き応えがあります。それに比べるとウィーン・フィル盤はオーケストラも表現も小粒です。しかし、やはり当時のウィーン・フィルのチャーミングな音色が、デッカのステレオ録音で味わえるというのが大きいです。
 
アナログ・レコードは会社ごとの音の優劣が出やすいこともあって、ドイツ・グラモフォンはUKのEMIとデッカに後塵を拝します。ここがCDなどで聴く録音とは違うところです。
 
植村氏が1956年に訪れたザルツブルグ音楽祭は、モーツアルト誕生200年記念で、例年よりも豪華な演奏者の布陣だったそうです。それと同様に、デッカはモーツアルト生誕200年に向けて、彼の3大オペラの記念碑的な録音を、当時開発したてであったステレオで用意しました。これが今日でもウィーン風のモーツアルト・オペラのスタンダードとして名高い、E・クライバーによる「フィガロ」、J・クリップスによる「ドン・ジョヴァンニ」、そしてこのK・ベームによる「魔笛」です。
 
 
↑、過去記事です。ウィーン風のまろやかな響きのモーツアルトです。
 
ベームの指揮はやや武骨な響きですが、ウィーン・フィルを使うことによって、響きの角が取れ、柔らかいしなやかな雰囲気になっています。
 
 
 
↑、第1幕の最後。パミーナとパパゲーノの優しさ溢れるデュエット。そしてザラストロを讃える合唱。パミーナはヒルデ・ギューデンで、新盤のイヴリン・リア―よりも蠱惑的で素晴らしいです。パパゲーノのヴァルター・ベリーはどうしても新盤の方の、フィッシャー・ディースカウには敵わないですが・・・(^-^;。
 
 
↑、第2幕の有名な「夜の女王のアリア」。魔笛を代表する曲です。ザラストロに復讐を誓う、夜の女王ですが、モーツアルトは復讐心など無関心で、超高音を扱う、コロラトゥーラの、華やかな音楽にしています。
 
「魔笛」はモーツアルト最後のオペラです。ジングシュピール(歌芝居)という形を使って、晩年の苦悩の中(貧困と病)にあったにもかかわらず、彼は作品の中に美しい音楽を散りばめました。「魔笛」は、彼の最高傑作の1つといわれています。
 
いろんな音楽を聴いてきた後に、モーツアルトを聴くと、とても不思議な思いがします。モーツアルトの音楽は初めから誰にでも分かるし、聴きやすい。だからすぐ飽きる気も、初めはします。しかし、ベートーヴェンの様な力強い音楽、ワーグナーの様な破格のスケール、ドビュッシーの様な感覚の洗練された世界、マーラーの様な分裂症の作品など、他の多くの作曲家の音楽を聴いた後、再びモーツアルトに戻ってくると、新しい発見の宝庫となります。
 
モーツアルトの作品こそは、肥大しない音楽であり、無理して洒落ようともしない音楽でもあり、バランスも最高に保たれている。そこに疾走するような、音楽の喜びが絡みます。そういう意味でモーツアルトを知ると、やっと初めて彼の音楽を少し垣間見た気になりますね。
 
完璧なんですよね。
 
しかし、あんまり完璧すぎるものは中々理解されないんだと思いますね。だから、あえていえば、万人には良く分からない音楽なんだと思います。モーツアルトの音楽は1つの神秘なんだと思います。
 
エリザベート・シュワルツコップによる、「ウィーン・オペレッタを歌う」(1957)。
 
SAX2283。
 
 
20世紀の名ソプラノの1人、エリザベート・シュワルツコップによるオペレッタの名曲集です。
 
彼女の夫が旧EMIのプロデューサー、ウォルター・レッグであったせいか、シュワルツコップは非常にレコードの多い歌手となっています。その中でもこのアルバムは「最後の4つの歌」同様、彼女の代表盤となっているようです。
 
シュワルツコップは独墺系の作品を歌う名歌手で、品の良さ、格調の高さ、声の美しさなどを備え、レコードに残る大指揮者との録音は数知れず、非常に有名な存在です。EMI(HMV,あるいはコロンビア)の録音を聴いている人ならば、否が応でも、どこかの録音で聴いている人だと思います。
 
戦中のナチスとの関わり合いの汚名を除けば、これだけ恵まれている人も中々いないかと思います。歌に宿る、品格と愛らしい雰囲気(ソプラノ・リリコ)、大人の雰囲気がある、理知的な美貌など、オペラ歌手として、とても恵まれていると思います。
 
 
↑、エリザベート・シュワルツコップ(1915-2006)20世紀、ドイツ・リートの第一人者といって良いのかもしれません。またレコード黎明期の名プロデューサー、ウォルター・レッグ(1906-1979)の妻でもありました。
 
オペラが素晴らしいのはもちろんですが(「ばらの騎士」や「フィガロの結婚など」)、オットー・アッカーマンとのコンビで数多くの軽歌劇(オペレッタ)も録音しており、こちらも美しいです。
 
 
↑、青銀(ターコイズブルー・レーベルとも)のレーベルによる、コロンビアのアナログ・オリジナル盤です。このシリーズは透明感と奥ゆかしさを備えた音が出ます。また、音の輪郭も必要ならキリっと際立たたせ、高音部の響きは、脂ののった美しさが出ます。シュワルツコップの、このアルバムは比較的よくレコード店でみます。だからあんまり人気がないのかと思っていましたが、聴いてみると非常に良かったです。とろけるような美しさがあると思います。多分、数多くプレスされたせいで、市場に出回るのも多いのでしょう。歌っているのはホイベルガーのオペレッタからです。これもオペレッタの名手といわれた指揮者、オットー・アッカーマンとのコンビです。
 
 
↑、過去記事です、R・シュトラウスの「最後の4つの歌」、その名盤といわれるシュワルツコップの録音です。ここでも書いていますが、有名なのはステレオのセルとの共演盤ですが、自分は旧盤を推します。ただし、これはアナログ・レコードで聴く、という条件付きですが・・・。
 
 
ヒルデ・ギューデンによる「オペレッタ・リサイタル」(1954)。
 
LXT5033。
 
 
ドイツにはシュワルツコップだけでなく、リーザ・デラ・カーザや、このヒルデ・ギューデンの様な名歌手が沢山いました。ギューデンは生粋のウィーンっ子で、シュワルツコップなどに比べると、気取ったところがなく、心から歌を楽しむ雰囲気があります。彼女もオペラだけでなく、多くのオペレッタを歌いました。
 
(オペレッタはオペラよりも軽いといわれる、歌劇です。レティターボがなく、通常のセリフと楽し気な歌から構成されことが普通です。喜劇が多いのも特徴で、これらが後に米国に渡り、ミュージカルとなりました。)
 
 
 
↑、J・シュトラウスの「ウィーン気質」から。ドイツのオペレッタはワルツが主流で、「ウィーン気質」は名手J・シュトラウスの最後のオペレッタです。本人は完成できずに他界しましたが、後に他の人たちがまとめました。J・シュトラウスの過去の作品(ワルツ)が多く引用されています。ここではちょっと編曲されれたものをギューデンが歌っています。「情熱にあふれるウィーンの血」と歌うワルツと、劇中の伯爵夫人の歌との混合です。ギューデンの歌は明朗で、屈託がないですね。
 
ウィーンの伝統 |  ヒマジンノ国 (ameblo.jp)
 
↑、過去記事です。レハールのオペレッタ「メリー・ウィドウ」です。あんまり状態の良くないレコードを使っています。ギューデンがハンナ・グラヴァリを歌っています。
 
「巨匠たちの音、巨匠たちの姿」植村攻著。
 
1950年代といえば、19世紀生まれのクラシック演奏家たちが活躍した最後の年代とでもいうべき時代です。1914年に欧州全体を巻き込む、世界戦争が始まり、後の2度目の世界戦争で、欧州のみならず、地球上の全世界はその風景をまったく変えてしまいました。
 
仮にもし、世界戦争がなく(帝国主義・植民地主義は問題ですが)、1914年までで潰えた、ロマン派やベル・エポック時代の延長線上に我々の世界を築けたのなら、世界は一体どうなっていたのでしょう?文化にしても、文明にしてももっと素晴らしい世界になっていたのでは?(日本はまた、違う歴史を歩んだでしょう。)
 
経済や効率、グローバリズムではなく、芸術や生活、希望が我々の主体になっていたのでは?
 
そして、19世紀生まれ(自分は1914年までと見ています)の演奏家たちの演奏は、そのような幻想を抱かせるのに、充分なものがあります。彼らの時代とその空気は、今の我々の世代よりもずっと希望があり、自由があったように思います。
 
これらの演奏家たちの音楽を聴くことが、多くの、現代クラシック愛好家たちの夢ですし、過去の録音に拘る理由の1つでもあります。また、この時代の生演奏を聴いた日本人は非常に少なく、特に戦後ドイツの音楽祭を聴いた人はほとんどいません。それ故、その記録は非常に貴重です。
 
銀行の外国支店勤務をしていた、植村攻氏(1928-2014)は1956年のザルツブルグ音楽祭、1958年のバイロイト音楽祭を聴き、ロンドンでは復帰後のクレンペラーの生演奏を聴くなど、非常に貴重な体験をしており、その記録をまとめたのが本書になります。
 
非常に面白い本です。とにかく、クラシックファンにしてみると、どんな話であれ、昔の演奏家の話を聞かされるのは非常に面白いものです。
 
「きいているうちに身体中が砂金かなにかで光り出すような感じがしましたね。」とはフルトヴェングラーの実演を聴いた、音楽評論家の遠山一行氏の言葉です。現代でも過去でも、フルトヴェングラーはドイツ最高の指揮者なんでしょうけど、実演を聴いたという日本人はほとんどいません。そして、レコードではどうやっても「身体中で砂金が光り出す」というような体験は再現できません。一体どういうものだったのだろうと思います。
 
植村氏はフルトヴェングラーは聴けなかったといいますが、1958年のバイロイト音楽祭で、ドイツ人でも羨ましがるという、ハンス・クナッパーツブッシュの「ニーベルングの指輪」のチクルスと、「パルシファル」を聴いています。
 
1954年にフルトヴェングラーは他界、しかも晩年のフルトヴェングラーは全盛期を過ぎていたというのが一般論です。片や、ドイツの演奏家に詳しい人たちの間では、当時、クナッパーツブッシュが一番素晴らしいといわれていたそうです。評論家の吉田秀和氏はイギリスで知り合った歌手、ユージニア・ザレスカから次のような言葉を聞いたそうです。「ドイツ・オーストリアに行って絶対にきくべきものは、ブルックナーを指揮するクナッパーツブッシュに止めをさす。フルトヴェングラーに往年の元気がなくなった以上、クナッパーツブッシュこそ、そのためにわざわざウィーンやミュンヘンに出かけていく価値のある唯一最大の指揮者だ。」
 
クナッパーツブッシュはフルトヴェングラー以上にドイツ・ローカルな指揮者で、ほとんど欧州でしか演奏を行わなかったので、録音で知られるまでは知名度が低いままでした。ただ植村氏は吉田氏がクナッパーツブッシュを推薦して居るのを知っており、バイロイトで聴くのが楽しみだったそうです。
 
やはり実際に聴いてみて、植村氏はほとんど圧倒される出来事だったようで、かなりのページをバイロイト音楽祭の記録に割いています。ヴィントガッセン、ホッタ―などの歌手も格別だったそうです。
 
また、自分にとってみると、クナッパーツブッシュ以外では、モーツアルト誕生200年を祝うザルツブルグ音楽祭の記録も、古き良き時代のヨーロッパの雰囲気などが伝わってきて印象に残りました。ブルーノ・ワルターの「レクイエム」、ミトロプーロスの「ドン・ジョヴァンニ」、ベームの「フィガロ」、ショルティの「魔笛」(舞台はココシュカ)などを聴いたといいますから、贅沢という言葉も通り越している気もします。
 
他にもクララ・ハスキル、バックハウス、シュワルツコップやカラスの話など、色々あって面白いです。
 
ハスキルなんかも評論家の宇野功芳ではないですが、録音では中々その良さが分かりにくい気がします。実演で聴くと、そのピアノの音色の美しさが比較を絶していたようですが、録音ではそこまで再現できていないようにも思えます。植村氏の感激した様子を読んでいると、羨ましいと思うばかりです。
 
 
↑、クララ・ハスキル(1895-1960)。修道女がピアニストになったような存在とでもいえば良いのでしょうか。自分は中々内心から良いと思ったことがなくて、悩み中です(^-^;。
 
ハスキルの演奏会にウォルター・レッグ、シュワルツコップ夫妻が来ていた話なんかも面白いです。
 
他にもデイビット・ロックフェラー(!?)宅に自分の聴いた演奏会の話をしに行ったりしたそうなんですが、どうなったらそういうことになるのでしょうか?
 
演奏会以外の話も面白い話が盛りだくさんでした。
 
 
↑、ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)。ワーグナーやブルックナーに特性を示した指揮者で、ベートーヴェンがフルトヴェングラーなら、ワーグナーはクナッパーツブッシュといったところでしょうか。戦後のバイロイト音楽祭の中心的指揮者で、あまりドイツからは出なかったようです。メトロポリタンのルドルフ・ビングが彼の演奏を聴いて、ぜひアメリカに招きたいと思い、白紙の小切手を渡しました。「好きな金額を書いてくれ」ということです。しかし、クナッパーツブッシュはこれに怒り、小切手をびりびりに破いてしまったそうです。お金ではないのですよ。彼は、バイロイトには無給で出演していました。元来、バイロイトはワーグナーの理想では、出演者、観客ともども無償で行いたかったのです。やむを得ず、出演者にも少額の出演料は出ますが、「理想」とか「志」が何かという問題なのです。
 
植村氏が聴いたという、1958年のバイロイトの音源を持っていますが、音が悪いので1951年の物で代用します。
 
 
「ゲッター・デメルング」(神々の黄昏)のラストです。
 
「神々の黄昏」は、R・ワーグナーの「ニーベルングの指輪」4部作(「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」)の最後になる楽劇です。さらにその、「神々の黄昏」の最後なので、「ニーベルングの指輪」のラスト、ということにもなります。
 

 
↑、これは、ブリュンヒルデによる「ニーベルングの指輪」の総括の部分。ジークムント、ジークフリート、共に英雄の生涯を見てきたのは、このブリュンヒルデだけ・・・。彼らが苦しみを元に自らの間違いを知らねばならぬという運命を嘆き、神々に訴えていきます(これは同様に被造物である、我々人類の代弁となっています)。
 
 
↑、「神々の黄昏」のテーマによる最後の盛り上がり。ブリュンヒルデは自らの役割を終えると、愛するジークフリートの亡骸が燃える炎に愛馬グラーネと共に飛び込みます。するとその炎は巨大な炎の柱となって、天の神々のいるワルハラ城を焼き尽くしていきます(作為的な神々の滅亡)。
 
 
↑、今度はライン川の水が溢れてきて、その炎を浄化し、そこへ流星の如く「ジークフリート」のテーマが飛び込んできて粉々に砕け散ります。「火」と「水」は日本でもつなげて「火水」で「神」と呼ぶように、「火」は垂直の力を、「水」は水平の力を表していて、キリスト教では十字架の形になります。
 
火と水の力に清められた、この14時間以上にも及ぶ歌劇のラストです。そしてこの後、新たな人類の始まりがあると、ワーグナーはしました。
 
クナッパーツブッシュは、各々の楽器の音色を生かしながら、独特の陶酔的な美酒の様な音色を創りだし(ゲルマン的な色彩)、同時に圧倒的な大きなを発揮していきます。ロマン派流のワーグナーを演奏した指揮者では、彼が最高峰だと思います。
大きな事件がない限り、しばらくクラシック音楽関係の話を書こうと思っています。
 
 
チェリビダッケのブルックナー交響曲8番の名演、通称「リスボン・ライヴ」のLPを購入しました。アルトゥスのレコードで、以前から発売されていた「海賊版」ではない、今回は「正規版」の位置づけのレコードです。
 
TBRLPー0005~0006
 
 
リスボン盤の海賊版はCDのみ所持。海賊版のLPは大体が4・5・7・8・9番のセットで、非常に高価(自分は7番のみ所持)。たまに単独でも出ますが、非常に入手困難です。今回はそのリスボン8番の正規版ということで、8番単独での登場です。CDでも出ていますが、自分はLPで購入しました。
 
アルトゥスのLPは高価で、音が悪いわけではないですが、多くの場合、音に魅力が不足しており、値段と音が釣り合ってないと思わせます(最近は値崩れして売られています)。ですので今回のLPも少し不安でしたが、これは中々良い出来だと思います。他の会社も含めて、今まで聴いてきたチェリビダッケのアナログ盤では1番良いぐらいだと思いました。
 

チェリビダッケのLP |  ヒマジンノ国 (ameblo.jp)

 

↑、過去記事です。

 

海賊版に比べると、音が繊細になり、緻密になりました。海賊版は全体のまとまりは良く、EMI版よりも音に瑞々しさがあり、決して悪くないのですが、音の輪郭はぼんやりしています。このリスボンの正規盤は、音の解像度が増し、より演奏が美しく聴こえるようになりました。細部の響きも素晴らしいと思います。音の輪郭も良く見えます。正規版にする価値はあったといえるでしょう。聴いていて、久しぶりにチェリビダッケを聴いている感慨が蘇ってきます。

 

EMIやソニーから発売されているブルックナー8番の演奏は、この特異な指揮者の演奏のあり方を存分に伝えています。

 

ですが、これらの録音は聴き手にしてみれば、テンポが遅く、全体に引きずった印象は免れません。しかし、このリスボン盤こそは、ほぼ同じようなテンポ(若干早い)かもしれませんが、全体に漲る高揚感、推進力において、全2者をしのぎ、非常にパワフルな印象を我々に与えます。不思議と引きずるような印象が消えています。

 

リスボン盤はチェリダッケの演奏哲学と、楽団員の意思疎通が見事に敵った、稀な時間の記録といえます。第3楽章のうねる音響、弦楽器の荘麗なまでの高揚する合奏は、他の録音からは聴けぬような、脂ぎった響きを聴かせます。精進料理の様な、EMI版の音とは何という違いでしょうか!

 

強音部の奥行きのある、巨大な音のふくらみなど、音が生み出す音響空間をこれほど味合わせてくれる録音は他にないでしょう。

 

海賊版の方がライヴ感は残っています。正規版は音が繊細になりました。どちらが良いかは判断付きかねます。

 

1994年、ポルトガルの首都リスボンでのライヴ録音です。

 

 
 
↑、第4楽章冒頭、提示部。ブルックナー曰く「私たちの皇帝は、当時オルミュッツでツァーリ(ロシア皇帝)の訪問を受けました。それゆえ弦はコサック兵の騎行を、金管は軍楽を、トランペットは両陛下が会見するときのファンファーレを(描いています)」。この4楽章の第1主題は、コサック兵の行進と軍楽を思わせます。いや、それ以上の高揚する精神の何かでしょうか?
 
 
↑、第4楽章は3つの主題からなり、この第2主題は瞑想的な逍遥を思わせます。第3主題は神秘的で、厳かな日没のようです。
 
 
↑、提示部の最後は各主題の提示の後、第1主題が大音響と共に戻ってきて、この楽章の雄渾な性格を露にします。チェリビダッケは余裕のある響きを目いっぱい響かせて、巨大な音の建造物を築きあげていきます。
 
展開部以降のブルックナーの音楽は実に巨大で、第1主題を基にした迫力ある行進を繰り返すたびに精神が高揚していきます。そしてコーダはこの世のものとも思えぬような、音のパースペクティヴでこの世を俯瞰し、圧倒的なオルガズムを迎えます。

 

ロシアとクリミアを繋ぐ、クリミア大橋が破壊されたそうです。クリミア大橋はプーチンの肝入りで2018年に完成された全長18キロに及ぶ大きな橋で、現在ロシア軍の重要な兵站になっている要所です。

 

ここを破壊された場合、プーチンは核の使用もあるとほのめかしています。片や、ゼレンスキーはNATOに核を使ってほしいというような発言も(クリミア大橋の破壊がウクライナ側によるかはまだ未定、追記:既に橋は修復されたそうです)。

 

他にも・・・。

 

 

中国に進出した日本軍に、当時の中国軍は軍事的に敵わないことを知っており、戦線を泥沼化させて、米英の参戦を待ったといいますが、ウクライナのゼレンスキーも、他国を巻き込んだ戦争にすることを考えているのではないのでしょうか?

 

 

ゼレンスキーをゲッベルスに例えた人がいましたが、本当にその通りかと思います。

 

プーチンもどうするつもりでしょうか?このままでは、欧米の罠にはまったということにもなり得ます。

 

自分も当初はロシアの体制は盤石で、戦況も有利かと思っていましたが、その考えも少し修正していこうかと思っています。見方が甘かったかもしれません。

 

プーチン体制は簡単に崩れない気がしますが、問題は戦争終結の落としどころがないということです。ずるずるやって、戦況を肥大化させるなら、我々にとっても不幸でしかありません。

 

今回も興味ない方はスルーでお願いします。あまり書きたくないことを書きていきます。カルトな内容で、まあ、戯れ人の「たわごと」ということで。

 

昔から「世の中の立て替え」がある、というのもいわれ続けてきましたが、どこか「あるある詐欺」みたいなところがあって、強く書き辛いところがあります。ただ、今後のことを考えると、今のうちに一応書いておいた方が良いと思って、書いていきます。

 

さて、アモラ・クァン・インの著作に、「瞬間カルマの法則」みたいなことが書いてあったと思いますが・・・要は悪いことをした瞬間に、その因果のカルマが現れる・・・というような話です。

 

今後の世の中も、そこまではいかないにしても、それに近い状況に近づいているような気がします。「悪いこと」をした人は心に不安を感じやすくなったり、今までは、ばれなかった悪事もばれるようになる、というようなことですね。また悪さしたもの同士がお互いを罵り合ったり、潰し合ったりするという状況に近づいているように思えます。

 

以下は過去に出た神示から抜粋です。

 

「そなたの体験することは、すべてそなたのしたいようになっているのぞ。そなたがしたいことをすべて体験しているのぞ。そなたができるわけがないと言うとずっとできないのぞ。そなたが外のせいにするのは神の法則違反であるぞ。だから、不都合や不調和を体験しているぞ。そなたがそれを外のせいにする限り、そなたは不調和を創りだそうとしているのと同じであるぞ。そなたは不調和を創って平気な顔をしているぞ。いつまで外のせいにし続けるおつもりか。この先は、神の法則違反をしている者にはビシビシ知らせていくぞ。神の声を生きているものにはお陰をどんどんやるぞ。今までと同じであると思ったら、大きな間違えであるぞ。この方が言ったことはすべてその通りになるぞ。取り返しがつかなくならないうちにこの方の言う通りに生きはじめることぞ。この方はすべて教えているのぞ。知らないとは言わせないぞ。後になって気づいてもこの方はもう知らんぞ。」

 

今回は今後に起こる「難」について少し書いていきます。

 

旧来から終末に起こる内容は、それなりに同じような内容が語られています。その中の一つを下に掲載していきます。

 

今回以下に掲載した内容は、読むと分かりますが・・・結構「怖い内容」です。個人的には「大難」のイメージです。

 

難は「小難」になったといわれています。仮に以下のようなことが起こるとしても、例えば10のスケールで起こることが、せいぜい5とか3のスケールで起こる、とか、あるいは全く起こらないとか、そういうことになるのでしょうか?

 

大体が68年前に書かれたことです。いっていること自体、正しいかどうかも不明ですが、日月神示とか日水伝文とかと同じようなことをいっているのは確かなようです。大本系の予言になります。

 

あくまで真剣になりすぎず、参考程度にお読みください。

___________________________________

 

瑞霊神天津日嗣ノ神示ス
-錦之宮三大神書の大要-
末の世の迫り来る時危ふけれ救主を頼みて只祈るのみ

(昭和二十九年頃天水氏が書いたものを後に辻登美古氏筆者)救世主は三ツの御魂の大神である。次の如く常に御神号を奉称すること。口と心と行とを以て真剣に祈れ、救いの綱は必ずかかる。


「三ツの御魂の大神 守り給へ幸へ給へ」
神ながらたまちはへませ。

みろくの神代は近づけり。「誠」こそ無上の宝、人々よ、金ある者、物ある者、地位ある者を羨む勿れ。「誠」以外みろくの神代には持ち行けぬ。

大峠が来る前に
○日本国内に革命、暴動、内乱が起こる。鳩山内閣が出現したらいよいよその時が近づいた時であると、昭和十八年一月に警告されている。未申(昭和五十四、五十五)年となれば大変なことになると昭和二十四年、既に予言されている。未と申が腹を減らして惨たらしい酉あいが始まるという事は、大本神諭に明言されている。世界各国の学者、政治家が平和を叫び、その為の会議や運動を始めた時が日本の一番危険な時であると示されている。一夜にして天地挙げての大騒動が起こると強く予言警告されてあるのだ。日本国内に革命、暴動が起こればその結果はどういう状態になるのか、裏の神示を総合すると大要次のようなことである。


  (欄外=昭和五十八年 亥年の秋ぞ偲ばるる・・・・・・のるかそるかの世の中じゃ/皇紀二千六百四十三年 二六四三総和六/丑 寅/寅の年 白赤の戦い 西暦一九八六総和六/辰巳の年に光出で・・・・・・錦の神救い給う)

二段目の苦行(何人もこの苦行を免れる事はできぬ)
○一夜にして革命、暴動各地に起こり、無政府状態になる。日本人同士が殺し合いを始める。
○交通、通信機関が全部途絶してしまい、身動きできなくなる。
○富も地位も宝も一切が御破算となり、人間は全部裸になる。皆一列平等の丸裸にされ、日干しにして鍛えられるのである。こうした荒行をさせねば無信仰の者を、大峠の際に助ける事が出来ぬのである。これは神の大愛であるが、信仰のない者はそれが判らぬから大変なことになる。
○宗教団体は全部潰れてしまう。神社仏閣も勿論破壊されてしまう。一時は神様のことを口に出す事さえ出来なくなる。神床はもとより取払わねばならぬ。従来の様な信仰の仕方 は全部駄目になる。
○住む家も食うものも衣るものもなくなり、衣食住の争奪戦が起こる。そうなると頼るところは全然なくなって、すべての人間は発狂状態になって、苦悶の末自殺する者が沢山出来て来る。白骨が至る所ゴロゴロする様になる。
○みんな一時はチリヂリバラバラになり、親子、兄弟、夫婦といえども、一所に居ることは出来ない様な状態が起こって来る。
○政治家も役人も宗教家も金持ちも、上に立って威張っている連中は全部投獄され、或いは殺されてしまう。苦しさのあまり獄中で自殺する者もある。金や物や地位がある為にかえって苦しみ、又は命まで捨てねばならぬ事になる。
○学者も商売人も金持ちも物持ちも、宗教家も医者も坊主も全部が一時は労働せねばならなくなる。万人が土の故郷に還るのである。信仰なく体を鍛えていない者はなかなか苦しい行である。
○こうなると学でも智でも見当がとれなくなる。況んや、金や物ではどうにもならなくなる。出てくれば皆分かるのだが、その時では遅い。今言うて聞かしても、そんな馬鹿な事があるかと鼻の先で笑っているが、出て来る時には何故言ってくれなかったかと文句をいう。そういう手合 いは灰になるよりしかたがない。
○今にえたいの知れない病気がはやり出し、この病気は医者でも薬でも癒らない。(梅干しの用意せよ)
○各村各町と各々の居る所で自給自足せねばならなくなる。そうなるとみんな共食いを始める事になる。
○治安が非常に乱れ殺人、強盗が横行する。警察も何もなくなるのだから、自分は自分で護らねばならなくなる。
○このような混乱状態になると、神の容れ物と獣の容れ物とがはっきり立て分けられる。獣の容れ物になっている人間は自らその正体を現し、暴れ出すが、だんだん苦しくなり七転八倒するのである。
○二段目の苦行が終わる頃になると、因縁あり且つ身魂の磨けた者は神が直接守護をなし給い神眼霊耳が許される事になる。こうなると三千世界のことが一時にわかる様になって来る。そこまでの荒行は並大ていではない。頑張らねばならぬ。

三段目の大苦行
○日本国内が右(上記)の様な状態になった時、全世界が束になって一時にどっと日本の国へおしよせてくる。その時大部分の日本人は外国へついてしまう。足腰の立つ者は殆ど兵隊として徴用されることになる。そうして戦闘は益々激しくなり、惨状言語を絶することになる。
○この時日本全土はナマスの如く切り刻まれ、丸潰れの状態になる。神も仏もあるものかと皆が神様をさかうらみする様な状態になる。もうどうなとなれという捨て鉢の気持ちになり、やけくそになって来る。此の時が一番大切な時である。
○この段階になると赤色勢力も白色勢力もへとへとに疲れ、腰が抜けて動きがとれなくなる。青息吐息ということである。悪と悪、鬼と大蛇のたたき合いはこうなる処まで徹底的にやるのである。
○この時分から雨の神、風の神、岩の神、荒れの神の本格的御活動となり、最後に地震の神の御出動となる。即ち九万九億の龍神界の総決起となって、地上物資界は最後の大洗濯をされることになるのである。「一二三四五六七八」と八き盡すのである。天地まぜこぜに練り直されるのである。
○かくの如く生神様の総活動が開始されると共に、人間界に於いては救世使によって言霊神軍が組織され、神人合一の救世神業が救世主神・三ツの御魂の大神の指揮下に展開されるのである。この段階に於いてはじめて「誠の言霊の威力」が万人に分かる様になると同時に、身魂の高下が判然とするのである。
○次に九の段階にある「九」はつくしである。此の世の終わりである「九と十」の間が真の大峠であり、この間には宇宙大変動が起こるのである。人郡物類ことごとく仮死の状態となる。「九」で終わってしまい灰になるか。神人合一して「十」となるか、万事はこの間に於いて決定されるのである。皆共に仮死していたのでは救世の大神業はやれない。仮死しない為には此の大峠が来るまでに神人合一できる迄に身魂を磨き、言霊の神法が活用できる様になっていなければならぬ。したがって普通の人々よりは激しい行をさせられるのである。因縁の身魂は勇猛心を出して進まねばならない。輝かしい弥勒の神代に一切を助け出して導く大使命を果たす為に。

■最後の大審判の実状と救世神軍の実際とは何れ詳細に説く時が来る。今はまだその時ではない。前記の様な段階を経て練り上げた者にのみその事は知らす事になるであろう。御神業は順序がある。順序を無視し、やることをやらず、また単に知識として知りたがる人間がいるがそういう人間は今後は何の役にも立たない。努力なくしては神は宝を授け給わぬ。

瑞霊神示
■宇宙動変の前期的現象
一、宇宙大気の動きの変化を五感が感じる様になる。
二、天地の間に悪鬼邪気ますます充満し、人身に影響が激しくなる。
三、月の周囲の変化が起こる故、よく注意する事。
四、呼吸困難になる様な事が一日に何回もあり出す。
五、太陽の色が種々に変化する故、よく注意する事。
六、動変直前になると東方上空の雲の色、動きに異常が起こるから注意する事。
七、終末近づくに従って智、学ともに働かなくなる。
八、町は火車の如くなり、倒れる物が続出する。
九、土が焼け水の温度が上昇し、非常に苦しくなる。
十、終末近づくに従って従来の学問、知識では判らぬ事が続出する。
十一、訳の判らぬ病気が非常に多くなる。
十二、動植物はこれを早く感知するからよく注意する事。
■動変直前の人心の動き(人間の種々相)
一、人間の心は俄に動揺し、不安の為いらいらしだす。
二、散る花の如く知覚を失うもの、発狂する者が続出する。
三、利口に立ち廻るものがある。
四、ぬらりくらりの者が類をもって集まる。
五、助けてくれとオンオン泣く者がある。
六、口先ばかりで上手に言って真実のない者がある。
七、今まで反対した者、悪口を言った者でも恥を知らず、図々しく頭を下げて頼みに来る者がある。
八、終末が近よっても尚それを冷やかし、からかっている者もある。

___________________________________

 

別に怖がらせようと思って載せたわけではありません。先もいいましたが、参考程度でお願いいたします。

 

簡単な私見を書きておきます。細かい内容には触れず、ざっくり書きていきます。

 

日本国内に革命、暴動があると書かれていますが、今のところ、そういう風にはなっていません。ただ現在、例えば「安倍氏」についての議論が国内を2分しているように、あまりそういうことに拘り過ぎると、書かれたようなことはありうるのかもしれません。ここでいう鳩山内閣は、当然鳩山一郎内閣を指しますが、不思議なことに後に鳩山由紀夫内閣ができました。国内民主党内閣は後の、自民党系保守派との分裂を招きました。また鳩山由紀夫氏は「日米合同委員会」の内幕を暴露しています。

 

2段目の行がどのような経緯で起こるか書いていないので、これも良く分かりません。しかしこの内容は何だか、いわゆる「Qアノン」のいっている事とはよく似ているような気がします。政治家などの逮捕は彼らがずっといってきた主張です。そうなると何となくEBSのことをいっているような気もしますが・・・さて?

 

3段目は中々怖い内容です。果たしてこのようなことが本当に起こるのでしょうか?日月神示や火水伝文にも同様の記述があります。しかし、後の大日月地神示では「大難」は「小難」になったとの記述がありますので、ちょっと良く分かりません。

 

一応簡単なコメントだけ書きます。

 

仮にこのような現象が起こるとして、日月神示には、その軍勢を引き連れる、「敵の大将」との記述があります。これが本当に起こるのならば、一体これは何者なのか?偽の救世主なのか?

 

神示のいうところは、「悪を抱き参らせよ」という話です。今の行われている争いは「善」と「悪」の戦いです。つまり今ある「善」が本当の「善」と思い込む者は、偽の救世主に引っかかるのかもしれません。それは例えば、少数派の「善」でもです(多数派であろうと)。どこまでも篩はかけられるということでしょうか。

 

日本を分割統治するという話は以前少し書きましたが、本当にそうなるのは嫌ですね。だから、そうならないことを祈ります。

 

しかし、こういう動きは何だか最近よくいわれる「ホワイトハット」とか「アライランス」の動きのようにも見えます。ただ、こういう存在が「正しい」といえるまでの証拠はまだ何もないようにも見えます。ちょっと良く分からないので、保留事項です。

 

他方、ネサラ・ゲサラ法さえ施行されれば良い、というような意見もあります。しかし元より、どんな良い立法でもそれを支える人間によって、良くも悪くもなります。

 

まずは「人間の質」が問われるのだと考えるべきだと思います。そして、このような「大峠」と呼ばれる舞台がある、というのは、「悪」と「善」を用い、人類への試金石にするため、ということではないでしょうか?

 

人は生まれながらにして「個」として「独立」しています。故に幼いものは「自分のこと」しか考えられません(あくまで例え話として)。「自分のことだけ」しか考えない存在を「ネガティヴな存在」といいます。しかし、どんな存在(神でさえ)でも他者と比較すれば「個」で存在しています。故に完全に「個」(ネガティヴ)の意識は批判しきれないということになります。それは自分自身を批判することになるからです。

 

故にその「個」を全体になじませる行為と考えが必要になります。「自分自身」のことしか考えないのでは、いつまでも経っても大人になれません。

 

しかし多くの場合、難しいことに、現代の「善」(ポジティヴ)は、単に原理原則だけの「善」であり、その中心にある「個」(ネガティヴ)がありません。

 

故に今ある「善」と「悪」はあくまで比較した形の、あるいは分離された形での、「善」と「悪」でしかありません。本当の善は、自身の中に「個」としての自分のあることも、自覚できねばなりません。故に「他者」を断罪するな、ということになるのです。やるにしても「必要悪」と呼ばれる行為となります。

 

それは単に「憎し」、「許せない」という感情だけから来るものではなく、あくまで他者を思いやっての「悪」となります。

 

それをできないものは、いくら正しいことをいっていようが、やっていようが、結果「争い」に巻き込まれるのです。今後は、自身が「争い」に巻き込まれる存在か否か、御自身で良く確かめてみる必要があると思います。それが御自身の内面の回答、ということになっていくと思います。

 

ロシアが予備役を投入するという話(30万人ほどといわれています)。実行支配したウクライナの4州が、住民投票次第でロシア領になる可能性が出てきました。ロシア側はこれを守る必要があるということでしょう。

 

ゼレンスキーは旧ウクライナ領を、全て奪還するまでは戦いを止めないと明言しているので、仮に4州がロシア領となった場合、「ロシア側」からすればこの4州への攻撃はロシア領への攻撃とみなされます。

 

元来この戦いで最大の問題だったのは、西側がウクライナをロシア攻撃の拠点に作り替えてしまったことだと考えます。ジョージ・ソロスやビクトリア・ヌーランド、あるいはクリントン財団など、米国戦争屋の意向に引っ張られ、ウクライナ東方のロシア系住民(ウクライナ国民に対するウクライナ軍の攻撃、この歪んだ行動のために、実行部隊は極右勢力が使われた)への弾圧がまずは問題でした。

 

 

↑、ビクトリア・ヌーランド。ウクライナについては、ヒラリーが国務長官だったときその腹心、ビクトリア・ヌーランド国務次官補が親ロシアのヤヌコビッチ大統領の転覆工作を行い、その結果、米国、NATOの極右傀儡政権が誕生。親ロシアそしてロシア語を母国語としていた住民が亡命したり、ウクライナ東部に移住しています。

 

以前から、プーチンは米国の戦争屋のやり方に強く反発しており、米国戦争屋にとって、このロシア人こそは、この世界での最大の敵の1人とみなされてきたわけです。プーチンは戦争屋たちが望む、世界統一政府の敵の筆頭といえるわけです。だからロシアを潰す口実を、戦争屋たちは探していたということです。これらの勢力にとっては、プーチン政権の排除と、ロシアの分割化が最終的な目標でしょう。ウクライナにおける、ロシア系の自国民への弾圧は、プーチン潰しの布石でした(反グローバリトにとってみると、プーチンは救世主に映る)。

 

当初マスコミはロシアが、かつてのナチスのように、侵略戦争を急に始めたような印象を作り出しましたが、それは明らかな間違いです。軍事作戦の原因は、西側がかなり強硬に、ロシアを戦争に引っ張り出そうとやっきになって、ドンバスやドネツク州への弾圧を強めたからです(この件については、アン=ロール・ボネルなどの取材を探してみてください)。ロシア側はかなり長い間、外向的な解決を試みてきたという話です。しかし限界を迎えたので、軍事行動に出た、という話にはなっているようです。

 

ただ今のウクライナ侵攻以前、ロシア側の行動も必ずしも誇れるものかは疑問もありますが。

 

それに加え、ロシアが戦いを本当に避けられなかったのか?ということは正直、今の自分には良く分かりません。今後精査されるべき問題です。

 

しかし、今後ロシアが隙を見せれば、米国戦争屋は当然NATOを使うでしょう。今回ロシアの予備役導入は、1つ間違えば、ロシア対NATOという戦争になる可能性が出てきました。これはオリバー・ストーンが予見した通りの展開です。

 

当初は幾分ロシア側に「大義」になる部分もあったと思いますが、軍事作戦を、短期間で終わらすことができずに、今後大戦争に発展するとなると、その「大義」も吹っ飛ぶ可能性は大きいです。

 

あくまで私見ですが、誰が救世主だ、みたいな話ではなくて、諸悪の根源であるネオコンの自由を許しているのは結局、それを見抜けない大衆にあるのであって、その大衆の無自覚の願望となって、「敵を作る考え」を産んでいるのだと考えます(潜在意識における選民思想)。だとすればそれが矯正されることが、こういった事件の最大の論点の1つであったはずですが、それができなかった「大衆」、そしてそれを伝えきれなかった「我々」にも責任が出てくるでしょう。

 

ワクチン問題やその他の問題にしても「大衆の無知と無自覚」が最大の問題になってきているように思われます。

 

 

↑、過去の記事でも使わせていただきましたが、Kan Nishidaさんのツイート通りになってきているのが現状だと思います。

 

ロシアも、国内では軍事作戦に反対する者は拘留され、実刑が確定すれば、最大10年出てこれないといわれています。ロシアのやり方も、かなり問題になってきていると思います。