カール・ベームによる「魔笛」 |  ヒマジンノ国

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カール・ベーム指揮、モーツアルト「魔笛」(1955)。
 
SXL2215ー2217。
 
 
「魔笛」はモーツアルト、晩年のオペラ。
 
モーツアルトは秘密結社フリーメーソンの会員であり(クラシック作曲家がメンバーであることは多い)、晩年、その秘儀をこの「魔笛」というオペラで暴露したといわれています。ここには沢山のメーソン流のシンボリズムがあるといわれており、そのせいでモーツアルトは暗殺されたのだ、ともいわれてきました。
 
現代暗殺説は否定されているようですが、実際は何が本当かは分かりません。
 
王子タミーノは日本の狩衣を着て登場します。それ故この主人公は、日本人ではないかといわれているようです。タミーノは数々の試練をこなして、女王の娘、パミーナを助けますが、そこにはフリーメイソン流の修行が表現されているといわれています。悪役のザラストロが実は善人で、夜の女王が実は悪役だった、というような、善悪が引っ繰り返る話でもあり、火と水の試練を乗り越えるタミーノとパミーナの物語でもあります。
 
日本人が、善悪の引っ繰り返る世界で、数々の試練の乗り越えていくという物語が、フリーメーソンの秘儀になっているという、不思議な事実がここにはあります。
 
 
↑、カール・ベーム(1894-1981)。オーストリアの指揮者。独墺系の伝統を引き継ぐ指揮者で、生前はカラヤンの陰に隠れていた、ともいわれたりしました。死後も、評価はまちまちだという人もいましたが、どうでしょうか。今日、レコード屋にいけば彼のレコードは未だに人気があります。彼だけでなく、R・ケンペ、コンヴィチュニー、あるいはR・クーベリックなどでも良いですが、彼らのレコードは高値で取引されます。聴き方や、フォーマットなどで、どの指揮者も魅力的に蘇る可能性は充分あります。ベームの場合、グラモフォンの録音が多いので、デッカ、EMIのレコードは貴重です。世間一般の評価と価値というのは、多くの場合、誰かによって勝手に(独断で)作られています。受け手側は、慎重な見方がいると思います。まずは自分の耳で確かめなければなりません。
 
カール・ベームの「魔笛」といえば、1964年にベルリン・フィルを使ったものが有名です(演奏だけをとれば、こちらの方が、演奏が素晴らしいのは、これは多分真実です)。しかし、アナログ・レコードとなると、この1955年に録音したウィーン・フィルとの共演盤の方が名盤とされています。
 
確かに、ベルリン・フィル盤はオーケストラがシンフォニックで、聴き応えがあります。それに比べるとウィーン・フィル盤はオーケストラも表現も小粒です。しかし、やはり当時のウィーン・フィルのチャーミングな音色が、デッカのステレオ録音で味わえるというのが大きいです。
 
アナログ・レコードは会社ごとの音の優劣が出やすいこともあって、ドイツ・グラモフォンはUKのEMIとデッカに後塵を拝します。ここがCDなどで聴く録音とは違うところです。
 
植村氏が1956年に訪れたザルツブルグ音楽祭は、モーツアルト誕生200年記念で、例年よりも豪華な演奏者の布陣だったそうです。それと同様に、デッカはモーツアルト生誕200年に向けて、彼の3大オペラの記念碑的な録音を、当時開発したてであったステレオで用意しました。これが今日でもウィーン風のモーツアルト・オペラのスタンダードとして名高い、E・クライバーによる「フィガロ」、J・クリップスによる「ドン・ジョヴァンニ」、そしてこのK・ベームによる「魔笛」です。
 
 
↑、過去記事です。ウィーン風のまろやかな響きのモーツアルトです。
 
ベームの指揮はやや武骨な響きですが、ウィーン・フィルを使うことによって、響きの角が取れ、柔らかいしなやかな雰囲気になっています。
 
 
 
↑、第1幕の最後。パミーナとパパゲーノの優しさ溢れるデュエット。そしてザラストロを讃える合唱。パミーナはヒルデ・ギューデンで、新盤のイヴリン・リア―よりも蠱惑的で素晴らしいです。パパゲーノのヴァルター・ベリーはどうしても新盤の方の、フィッシャー・ディースカウには敵わないですが・・・(^-^;。
 
 
↑、第2幕の有名な「夜の女王のアリア」。魔笛を代表する曲です。ザラストロに復讐を誓う、夜の女王ですが、モーツアルトは復讐心など無関心で、超高音を扱う、コロラトゥーラの、華やかな音楽にしています。
 
「魔笛」はモーツアルト最後のオペラです。ジングシュピール(歌芝居)という形を使って、晩年の苦悩の中(貧困と病)にあったにもかかわらず、彼は作品の中に美しい音楽を散りばめました。「魔笛」は、彼の最高傑作の1つといわれています。
 
いろんな音楽を聴いてきた後に、モーツアルトを聴くと、とても不思議な思いがします。モーツアルトの音楽は初めから誰にでも分かるし、聴きやすい。だからすぐ飽きる気も、初めはします。しかし、ベートーヴェンの様な力強い音楽、ワーグナーの様な破格のスケール、ドビュッシーの様な感覚の洗練された世界、マーラーの様な分裂症の作品など、他の多くの作曲家の音楽を聴いた後、再びモーツアルトに戻ってくると、新しい発見の宝庫となります。
 
モーツアルトの作品こそは、肥大しない音楽であり、無理して洒落ようともしない音楽でもあり、バランスも最高に保たれている。そこに疾走するような、音楽の喜びが絡みます。そういう意味でモーツアルトを知ると、やっと初めて彼の音楽を少し垣間見た気になりますね。
 
完璧なんですよね。
 
しかし、あんまり完璧すぎるものは中々理解されないんだと思いますね。だから、あえていえば、万人には良く分からない音楽なんだと思います。モーツアルトの音楽は1つの神秘なんだと思います。