横浜市街地ルをレッドブルF1が走ったそうだ
東日本大震災のチャリティイベントとしてレッドブルF1ショーカーが横浜・元町を走った―とニュースで見た。F1マシンが日本の公道を走るのはこれが初めて。
写真を見ると、お洒落な建物が並ぶ街並みの中をF1マシンが駆け抜けている。紛れもなく公道。
ドライバーはフジTVのF1中継では目の周りにクマができているような写真が使われて印象が悪いセバスチャン・ブエミ選手。
道の両脇には多くの人が詰めかけて、石畳でグリップなど無い路面。何かあれば人の中に突っ込んでしまいそうになりそうなところを「よく走れるな~」と感心してしまう。F1ドライバーとは言えプレッシャーはないのだろうか?
一昨年前に大阪城公園でD・クルサード選手が走ったショウランを見に行った。
公園内の道ではあるが、サーキットと異なる場所を走るF1マシンを見てとても感激した。
そう言えば'80年代初頭に「別府F2レース計画」というものがあった。別府温泉街で全日本F2レースを開催しようと企てられた。これが実現していたら日本初の公道レースとなっていた事だろう。
開催されれば「絶対に行こう」と友人数名と約束していたのだが…。
最初はモーター雑誌に取り上げられていたのだが「計画頓挫」の記事も無いまま消滅してしまっていた。いつしか人々の記憶からも消えて行った。
ドルフィンは今回のデモランで思い出したほどだ。
背後に建っているビルのガラスに大阪城天守閣が映り込んでいる
イベント本来の目的のとおり、震災からの復興に繋がって欲しいと願う。
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鮮やか! ベネトンB188 ナニーニ車
鮮やかな原色を使った車体カラーと、自然吸気エンジンながらターボ勢を喰う活躍で脚光を浴びたベネトン・フォーミュラF1チーム。ベネトンB188/フォードは優勝こそしていないもののチームを代表するマシンだ。
ミニチャンプス1/43ミニカーとしてはかなりロングセラーなのではないだろうか。No19 ナニーニ車だけでもスポンサーロゴが微妙に異なる仕様で数パターン存在しているようだ。特に前後ウイングのロゴやらくだのタバコ屋マーク等に変化がある。
ミニカーを入手した後で「お?ウチのはラクダマークが付いているぞ」と、その差に気付いたお気楽さだった。

'88年日本GPでのB188/ナニーニ選手
ミニカーを本格的に集め始めた頃はまだ“車種を厳密に選んで”入手していた。B188はその当時発売されていた商品だ。
ナニーニ選手のファンとしては一番欲しかった優勝したB189だが、発売される気配が全く無くかった(この5年後に発売)。
ナニーニ車が無くなってしまっては元も子もないのでB188に手を出したのだ。この辺りの気弱な心境は後のITCアルファロメオ155・ナニーニ車購入の際にも通じるものだ。
現在のF1マシンのように複雑なカラーリングではないところに少々“古めかしさ”を感じるものの、マシン形状やカラーリングの美しさは時代に流されない。

ロゴ入りエスプレッソ用コーヒー豆の缶
数年前、「リストランテ・アレッサンドロ・ナニーニ」が地元・静岡にオープンした。先に東京や名古屋に出店していたが、次いで静岡とは驚いた。
ナニーニ選手のファンなのでどんな店なのか興味に引かれてランチに行ってみたのだった。
オープン・キャンペーンで、予約ディナーした方に抽選でナニーニのベネトンB188がプレゼントされる―ということで、ミニチャンプス1/43モデルが飾られていたくらいで、レーシングな装飾は一切無いイタリアン・リストランテだった。
ちなみに― 昔、知り合いがイタリアからナニーニの実家であるナニーニ製菓のお菓子を買ってきてくれた。 トリュフ(キノコ)のような黒っぽいダンゴ状のカリカリッとした菓子だったが、甘ったるいだけでても1個食べ切れなかった…。日本人には合わないのかも。
和製スーパーカーの香り A60セリカXX トミカ・リミテッド
'81年、トヨタ・セリカXX(A60型)が登場した時は驚いた。「ついに日本もスーパーカーを作るようになったか!」と。
直線的ウエッヂタイプのボディフォルムにスーパーカーの必須機能・リトラクタブルライト。セダンではなくリフトバックなのがさらにカッコ良かった。
直列6気筒2.8ℓDOHCエンジンは200km/hを超え、まさにスーパーカーの域に達していた。カーナビの祖となる「ナビコン」装備が“最先端マシン”を感じさせた。
学校帰りに路駐していた発売されたばかりのセリカXXを発見した時は、友人数名と車を囲んで眺め回したものだ。
レース仕様、ましてやスーパーシルエットになっていたらどれだけシビレるスタイルになっていた事だろう?
近年ではクラシックカー・イベントでも見ることが無くなってしまった。
ところが、結婚式参列のため東海道線を利用した時の事。駐車場全ての車がセリカ&XX―というとんでもない光景を目にした。専門のレストア・ショップの駐車場だったのだろうか? 降りて写真を撮りに行きたかったほどだ。
5月発売のトミカ・リミテッドで遂にセリカXXが登場。今までこの車のミニカーは1台も持っていなかったので“待望”の発売だった。
ノーズのメッシュ部分に「2.8GT」と金文字が入っているところが細かい。ノーズやピラーのエンブレムやリアの文字も描かれている。専用ホイールも再現されているのが嬉しい。リアウインドウのワイパーもクリア材に立体成形&着色されている。車体底部までガンメタが使用されている。
若者憧れのスーパーマシンだけあって“サンルーフも”付いていて高級感タップリだ(笑)。
「免許を取ったらどんな車を買おうか」と話していた時代を思い出す。
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F2初のウイングカー PENTAXマーチ792 星野一義車
ロータス78~79の活躍でF1にウイングカーが広まった。それはF2にも波及した。
マーチ792はF2初のウイングカーである。フロントにラジエーターを置き、グラウンドエフェクトを生み出すサイドポンツーンは幅が狭く、まだ稚拙な感じがするのは否めない。それでも前年のマーチ782に比べると性能差は明白だった。
F2は“量産レーシングカー”である。日本では年式が異なるだけでほぼマーチのワンメイク・レースだった。
’79年、PENTAXマーチ792を駆った星野一義選手はJAF GPで優勝、鈴鹿F2チャンピオンを獲得した(当時は全日本とは別に鈴鹿シリーズだけでチャンピオンシップがかけられていたから面白い)。
PENTAX HEROES RACHINGのステッカーと
ステッカーに描かれたマシンはNOVA532
ミニチャンプス1/43モデルとしては珍しいF2のミニカーだ。星野選手のフィギャが乗っているところが良い。
現在のフォーミュラーカーに比べて単調なフォルムであるが、その代わり露出したエンジン部分が非常に細かく作られている。
フトントウイング無しのJAF GP仕様も販売されているが“あえて”フロントウイング付きのモデルを購入。何故かと言えば、星野車ではないがマーチ792のフロントウイングを持っているからである。
数年前に『鈴鹿伝説パッケージ』として星野車、長谷見車、中嶋車が再発売されたものの、人気が無かったため安売りされているのが悲しい。
3月の鈴鹿ファン感謝デーに行った時、ミニチャンプス製F1と2台1組で売られていた。「買っちゃおうかな~?」と心がグラついたが「結局は同じマシンは2台いらない」と誘惑を払いのけたのだった。

'80年末に大御神レース村で発見した792星野車のサイドプレート
アルミ製で現在のカーボンと違いかなり重い。2枚のプレートの間にスカートが仕込まれる。バネの固定が無くなっているため、手で抑えていないとズリ落ちてくる。

ウォルターウルフ・レーシング・ジャパン792のフロントウイング
'80年末レース村ガレージのジャンクの山から探し出し許可を得て頂いた。アルミ製で、ウイング底面が擦れている。
'80年台F2や初期フォーミュラニッポンのマシンも1/43モデルでリリースして欲しいものである。
サーキットで映えるマシン ザナヴィNISMO GT-R チャンピオン・パッケージ
'08年のスーパーGT選手権に満を持してサーキットに帰ってきたニッサンGT-R。
GT-Rのカッコ良さに「見てみたい」と思い立ち、8年ぶりに国内レース観戦に出かけた。―とは言っても鈴鹿1000㌔の予選だけなのだが。
市販モデルですらもはやスーパーカーである。GT仕様になるとカラーリングや付加パーツでカッコ良さは倍増していた。

NISMOがスポンサーのイメージカラーにとらわれず、独自カラーリングになったのはいつからだろうか。レースを見なくなっていた間にGr.A初期のように赤+グラデーションのマシンになっていた。
ニッサン全チームの中でもNISMOのマシンが一番色合いが派手でサーキットに映えるのがとても良い。
サーキットのように離れた場所から見ると分からないが、リアの黒い部分には細かな“ラメ”が入っていて間近で見るととても綺麗な塗料である。
近くで見ないと分からないとは、製造者の自己満足かスポンサーに対するアピールなのだろうか?
ルーフには「2008 CHAMPIONS SUPER GT SERIES」の記念ロゴが入る
京商1/64ミニカー「GT-Rレーシング」で全チームの'08年型GT-Rを持っていたのにも関わらず、ザナヴィNISMO GT-Rのエブロ1/43スケール・モデルの「チャンピオン・パッケージ」のネーミングと値引き率の高さ(←コチラが重要)に負け、気が付けばネット通販の「注文する」アイコンを押してしまっていた…。
1/43スケールとなるとかなり細かく作りこまれている。ハンデ・ウェイトが50Kgと30kgのステッカーまで貼られている。
ブレーキローターの溝やダクトの抜け。そして京商モデルで不満だった23号車と22号車を識別する車体前後の蛍光イエローもしっかり再現。
車体はチャンピオンNo「1」を付けフロントのカナードが無い'09年仕様になっている。
B・トレルイエ選手直筆サイン入りステッカーと
'08年の鈴鹿1000㌔から毎年土曜日の予選だけ観戦に出かけている。土曜日はサーキット入園料だけで済むからだ。とても真夏に決勝を見るだけの体力と予算(←コチラが重要)が無い。
「スペシャル・ナイト・セッション」を見て、友人とスーパー銭湯に入りながらアレコレ喋って、焼き肉を食べるのも楽しみなのだ。
決勝日の朝、観戦のために近鉄白子駅に降り立つ人々とは反対に特急に乗り込んで帰るのだった。
今年は資源節約のためにナイトセッションが無くて寂しい。
しかし、今は日本全体が協力してエネルギーを節約しなくてはならない時なので仕方がない。モータースポーツ自体が“大量消費するだけのイベント”なのだから。
それでもピット裏でモーターホームに使うエネルギーをカットしたり、スポンサー様やプレスへの過剰接待は止めないんだろうな…。
鈴鹿1000㌔ではお気軽にコンパクトデジタルで撮影していた
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実践未登場の6輪F1 マーチ761
グランドエフェクト機構が登場するまで、F1でトライされていたのはタイレルP34のように「小さな車輪を増やして空気抵抗を減らし、接地力を高める」方法だった。
マーチ761・6輪は、前輪と同径タイヤを後輪に4つ配置させる方式だった。当時のF1リヤタイヤは本当に大きかった。タイレルP34のように特種サイズのタイヤを開発せずに済むのでコストダウンだったはず。後ろの車輪は四輪駆動。
ミニカーコレクションを始めた頃に発売されたミニチャンプスの1/43モデル。「6輪マシンのミニカーは集めたい」と思っていたので絶好のタイミングだったが、実車同様、真っ白なボディで5,000円以上の価格では即決には至らなかった。
次にミニカーショップに行った時、セールで安くなっていたので「これならば」と決した。かなりマニアックな車なので売れ行きも芳しくなかったのかもしれない。
グランドエフェクトのベンチュリー機構が進化した現在では「車輪を増やして接地力を高める」方法は重量的にも得策ではないようだ。
『グランツーリスモ』とレッドブル・レーシングがコラボした「レギュレーションに囚われない最強レーシングカー」レッドブルX1は4輪ながらベンチュリー機構とファン吸引方式が取り入れられている。
日本でも実車の走行イベントをやって欲しいし、1/43ミニカーが出ないだろうか?
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プリンセス・トヨトミを観たら食べたくなる
映画『プリンセス・トヨトミ』を観たら食べたくなるのがお好み焼きである。
昼食に劇場があるアポロビル地階のたこ八へと向かった。
ふわふわの玉子生地をダシにつけて食べる明石焼きが美味しくて有名だ。
もちろんお好み焼きも注文。ランチ時はご飯とみそ汁がサービスになるので嬉しい。
明石焼き2人前
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大阪国 万歳!! ~ プリンセス・トヨトミ
堤真一サン、綾瀬はるかサン 岡田将生サンが出演する映画『プリンセス・トヨトミ』を観てきた。
エキストラに参加したのでいち早く観たかったが、試写会はどれもハズレてしまった。さすがはロケ地だけの事はある。
原作を読んだ知人やエキストラ参加者からは「原作は面白いから読んでおいた方がいいよ」と言われていたものの、新鮮な気持ちで映画を観たかったので原作は読まずに臨んだ。
エキストラ参加品のアルミボトルとトートバッグ(左、中央)
右は映画館で買ってしまった「大阪国総理大臣」が付けていたピンバッヂ
やはり一番の関心どころは「自分が映っているか否か?」だ。いつも嫁はんに「いつも自分にしか分からない位にしか映ってないんだから」と言われているが、今回はかなりハッキリと映っている(―と思われる)場所が3カットあるのだ。期待せずにはいられない。
手に汗握りそのシーンを待つ。先ず1カ所目。あぁッ…、自分が通り過ぎた後から場面が始まっている。歩き出すタイミングが早かったかぁぁ…。
2カ所目。やった! かなりハッキリと映っていた!! 予想ではもっとピンボケだと思っていたのだが。しかも綾瀬はるかサンに“頭をなでられている”ような構図になっている(実際の距離は50㍍くらい離れているが)。
3カ所目。実際は夕方だが夜のシーンになるためにフィルター処理がなされている。予想以上に暗くなっていて顔半分が影になってしまっていた。ここも一瞬ではあるがハッキリと分かる。
その他、後ろ姿が2カ所もあり、真夏の炎天下で出番待ちに耐えた甲斐があったというもの。
空掘商店街のキャラ・タニズキンの看板 これもセットらしい
ストーリーについて云々言っては、これから観られる方にネタバレしては失礼なので割愛するが、観て楽しい作品に仕上がっている。夏なのにわざわざCGで雪が積もった富士山を描いたり、「大阪全停止」と言っても観光客はいるだろ―なんてツッコミを入れたくなるほど強調した表現は映画ならではのスケール。
嫁はんはおなかを抱えて笑っていた。
親子の絆を描いている場面ではウルッときてしまった。これは自分、嫁はんともに父親が他界しているということもあるかもしれない。
できればTVドラマでリメイクしてキャラクターの設定をもっと生かしてほしい。
自分の映り込みは別にしても面白かった作品なので、レンタルDVD出たら借りてきちゃうだろうなぁ。
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可夢偉 よくやった! F1モナコGP
仕事から帰り、先に『ゴーカイジャー』と『仁』を見てしまったので、せっかくいつもより早い時間帯から放送が始まったF1モナコGPを結局は録画で見た。
午前零時を回っていたこともあり、スタート数周しないうちに“例によって”睡魔が襲った。
目を覚ませばファイナルラップ。最後に目を覚ませるところ、自分ながら凄いと思う(←まあ、寝なけりゃいいのだが…)。
小林可夢偉選手が5位フィニッシュ!? モナコで?
予選で新人パートナーに先を行かれた事から「壁にドッカン」か「エンジン、ボン」になるのでは?―と予想されたが、とんでもないことだった。
どうやって5番手まで浮上したのかは分からないが、気持ち良く“本睡眠”に陥ることができた。
観戦に行った日本人は湧いただろうなぁ。
モナコでの好成績はより良いチームに移籍する材料になるかもしれない。
モナコGPは友人が新婚旅行で行った。結婚した日は覚えていなくても、モナコGPが開催されると「アイツが結婚した時期だな」と思い出す。これはモナコに行っただけの価値ある効果だと感じる。
行った事が無いドルフィンにとってモナコは今でも憧れの場所だ。モナコの市街地をビン牛乳片手にサンドイッチを食べて歩きたい。そしてG・ヒルの写真を飾ってある花屋さんを探したいのだ(『赤いペガサス』参照)。
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ウイングカー時代の変わりF1 アロウズA2
'70年代後半のF1はウイングカー黎明期。発明したロータスでさえベストな状態がつかめず、各チームが模索し様々な形状のマシンが登場した。
全てのマシンが白塗りになっても、どの車がどのチームか分かるほど個性的なマシン達だった。あぁ、白塗りだとロータスとタイレルは違いが分からなかったか…(タイレル009はロータス79に酷似)。
ワルシュタイナー・アロウズA2もその中の1台。車体下部のウング構造だけでなく、上面でもダウンフォースを獲得しようとした。フロントサス周辺をもカウリングし、ボディと一体化した。当時の雑誌では「人間魚雷」と呼ばれていた。
当然、変わりF1大好きなドルフィンの琴線に触れるデザインだった。
日本でF1が開催されていない時期のマシンなだけに、御殿場オートパレス(現在は閉館)で実車を見られた時は感激モノだった。
展示されていたのはNo29のR・パトレーゼ車。アルミやFRPの質感に“古さ”を感じたが、雑誌で見たよりは軽そうな印象を受けた。
もっと底部を覗きこんで見たかったが、柵があり叶わなかった。
ミニカー集めを始めた頃の'06年にミニチャンプスから発売されたNo30のヨッヘン・マス車を購入。セールになっていた事とマスはサインをもらっていたのが購入のポイント。
ドライバーのフィギャは、当時F1で流行していたシンプソンのヘルメットを被っている。口元が角ばっていてスリットが入ったデザインは印象的でカッコ良かった。
シンプソンのデザインがとても好きで「ヘルメットを被ることがあれば絶対シンプソン」―と、子供心に決めていた。果たしてバイクに乗るようになってからカートレースを行っている時までシンプソンのヘルメットを被っていたのだった。

'84WECJAPANでロスマンズポルシェ956をドライブしたJ・マスのサイン
話が横道にそれたが、A2のモデルを持って、それまで見る事ができなかった“底面”を見たくて台座から外そうとした。ところが止めネジが固く、ネジ山を潰しそうだったので断念。未だに底面構造は謎だ。
1/43ミニカーになったアロウズは高木虎之介選手が駆ったマシン、A20とA2くらいなものだろう。互いに良い成績を残せなかったマシンなのが皮肉。
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