24年モノのベネトンブルゾン着て日本GP 鈴鹿サーキットで僕と握手!
F1日本GP観戦に金曜日だけ鈴鹿サーキットに行く。
金曜日チケットが発売になった2年前からベネトン・ブルゾンを着ていくようにしている。
'88年末に発売されたモデルなので24年モノになる。芳醇な香りは放っていない(笑)。
当時のベネトンチームのレーシングスーツのレプリカの“走り”だ。
ツヤ有りワシャワシャの生地も当時流行っていた。フジテレビF1ブルゾンも同じ素材だろう。
10年くらい前の日本GPで'77年頃に発売されたニキ・ラウダ・ジャンパーを着てきている方を見かけた。
発売された時は子供で当時の2万円弱の価格は莫大な金額で手が届かない存在だっただけに、ヨレヨレになったジャンパーでさえ「カッコイイなぁ」と感心したものだ。
'88年の日本GPには間に合わなかったが、以降は毎年このブルゾンを着て観戦に出かけた。いや、日常的にも着ていたほど気に入っていたのだ。
今は1年にこの時期にしか着ることは無い。
右腕にはワッペン(ウサギマークの初期のもの)を貼ってある。左腕にはパスケースが付いていて、そこには当ブログのタイトル写真になっているナニーニ選手+ベネトンB189の写真を入れている。
昼間は暑いので、ベネトン・フォーミュラ1の半袖シャツを着る。
マイル○セブンがスポンサーになった'90年代中頃に購入。ベネ以外のスポンサー名が入っていないので、何年も着られるところが良かった。
さすがにこのシャツはレース時しか着ないので、さほどヨレていない。
金曜日、鈴鹿サーキットでこのシャツかブルゾンを着ている者がいたら声をかけて下さい。
レースファンとして握手しましょう!!
京商「ランボルギーニ4」 探しの旅 一部配置
久しぶりのサークルKサンクス限定・京商1/64ミニカーの発売。しかも好きなランボルギーニの第4弾。
しかし、F1日本GP開催直前という時期は資金的に非常に苦しい。これは欲しい車種だけを確実にGETして出費を抑えるしかない。
注意しなくてはいけないのがディアブロだ。京商の前シリーズやCM’S、Gスペースといった、ランボルギーニを扱ったブラインドBOXミニカーでは、完全に台数合わせの“スカ”扱い。今回も出そうものなら引き取り手は見つからないだろう。
後は1車種1台だ。
ネットで配置表を調べ(UPしてくれている方、ありがとう!)、いつものサークルKサンクスに向かう。友人が夕方に行った店2軒では完売状態。ランボ人気恐るべし。これは配置表があっても手付かず状態で残っている店は無いのではないだろうか?―と不安がよぎる。
1軒目。見事に歯抜け状態。しかも買った方はドルフィンと狙いは同じようで“狙いどころ”が無いのだ!
これは2軒目に向かうしかない。そこでも同じようなら残りの数が多い方で買おう。
2軒目。奇跡の1個しか抜けていない状態。これなら配置表も生きると言うもの。
狙いどころから“みみっちく”1台ずつ買ってゆく。そうして適合する配置表を探すのだ。
ここしばらくは配置表と微妙にズレているか全く違う並びだったが、今回は完全に適合するものがあった。嬉しい。
被害を出さずに希望車種を入手することができた。
配置
奥
イオタ銀 /アヴェンタドール赤/ /ガヤルド黒
イオタ赤 /アニバーサリー赤/ /エレメント黒
/ / /
/ /エストーケ赤/RG-3#86
/ / /RG-3#88
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雨ニモマケズ貴重な旧車たち そして優勝マシンは… NCCR葛城
'12ニッポン・クラシック・カー・ラリーNCCR葛城 Vol.8
「クラシックカー・ラリー」と銘打っているのだから、やはり主役は旧車。
今となっては貴重な車達。雨天にさらすのはオーナーさん達はさぞかし心苦しかったことだろう。後のメンテも一層大変だ。
それでも愛車を披露し走らせてくれたのは、見ている側にとっても嬉しいことだ。
今回は「全車総覧」をやりたかったが、撮りこぼしもあったり作業時間の問題もあってできなかった。
また、ビデオも持って行き動画サイトにUPしたかったが、バッテリーチャージが不完全という凡ミスがあり、こちらもできなくてチョット悔しい思いをした。
1970年 アルファ・ロメオ・ジュリア GT1300 ジュニア
1969年 スバル360 ヤングS
1963年 コルチナ・ロータス
1934年 MG MG PA
80年前の車とは思えぬほどの美しさ。
昔はあれだけ走っていたのに現在では見かけることも稀。
今見ても可愛らしくてオシャレなデザインだ。
猫顔マークの補助灯・マーシャルが懐かしい。昔はシビエとともにレースでも使用されていたのだが、いつ頃からか見なくなった。
超高級車のEタイプとは異なるレーシングなスタイル。
NCCR葛城 総合2位。
1982年 ランチア・ガンマ・クーペ
1988年 ルノー・アルピーヌ1600ターボ
1991年 アルファ・ロメオ・スパイダー
多くの旧車&スーパーカーたちの頂点に立ったのは…
2012年NCCR葛城 優勝車
1989年 ミニ1000
優勝おめでとうございます。
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芳醇な抹茶の香り 千紀園のだいふく&チーズケーキ
近鉄阿倍野駅のコンコース内の期間限定店舗「千年の香り 千紀園」。
ショーケースに並んだグリーンのスイーツの数々が目に飛び込んできた。美味しそうで美味しそうで我慢できず、これから出かけようとしているのに買ってしまった。
宇治抹茶だいふく(税別219円)
手のひらに乗せて写真を撮っているが、この“小ささ”で200円を超す価格! どれだけ上等な菓子!?
だが、その観念を覆して余るほどの味を持っていた。
和三盆糖を使った白餡に抹茶がふんだんに使用されている。
「一般的に、抹茶スイーツは着色料としてクロレラが使われたり、苦みを出すため、煎茶粉などが使われていることが多いです。『千年の香り 千紀園』の抹茶スイーツは、本物の宇治抹茶のみを使用しています」―とパンフに書かれているとおり、鼻に抜ける香りと爽やかな苦みが心地良い。
チーズケーキとしても濃厚。ワイン、日本酒にも合いそう。
チーズの香りの後に抹茶の香りが抜ける。
他にも「クリームチーズ」と「竹炭」があったが、食べてみたくなった。
'64年型カレラGTSから'12年型まで新旧ポルシェが集った NCCR葛城
'12ニッポン・クラシック・カー・ラリーNCCR葛城 Vol.7
ポルシェも旧車から近年車両まで多くの台数が参加していた。
クラシックなスタイルが田舎道にマッチする。
オープンで走る姿はカッコイイ!!
9月の鈴鹿サーキット・アニバーサリーデーでもピットで待機しているレース車両を見た。
日本グランプリ・レースでも活躍したレーシングカーのホモロゲーション取得用生産車両。
当時としてもGT3のようにレーシングカーをそのまま公道に持って来たような超スーパーカーだったことだろう。
GTSが公道を走るシーンが見られるとは…!
ポルシェ専門雑誌「911DAYS」からの参加車両。
スタート時はルーフを付けていたが、帰ってくる頃にはオープン形態に。
1988年 ポルシェ930ターボ
『サーキットの狼』で早瀬左近の2台目マシンとして有名。
オーバーフェンダーと大きなリアスポイラー。世代的に「ポルシェ・ターボ」と言えばこの車を思い浮かべる。
1993年 ポルシェ964 ターボ 3.6
2004年 ポルシェ996 GT3 RS ゲンバラスペシャル
以前にNCCRで見た時とカラーリングが異なっていた。
2006年 ポルシェ997 GT3RS
2011年 ポルシェ987ボクスター
2012年 ポルシェ・パナメーラGTS
参加ポルシェの中で最新型。
ポルシェ初のフル4シーター・4ドアセダン。
正面から見たらフェラーリ599っぽい顔つきだ。
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365 & 512 2台のフェラーリBB フェラーリ新旧12気筒マシン疾走
'12ニッポン・クラシック・カー・ラリーNCCR葛城 Vol.6
旧車イベントで展示されているようなスーパーカーが走る姿を見られるのがNCCRの醍醐味。
今回は贅沢にも365と512、両方のBBを一緒に見ることができた。
'70年代のスーパーカー・ショーですら、ドルフィンの住んでいた地方都市ではあり得ない事だっただけに感激。
1974年型のスーパーカーがこうして疾走する姿を見られるのは嬉しい事だ。興奮して手ブレしないよう、シャッター速度は速くした。
安全運転ラリーなのでスピードは控え目。
フェラーリ512BB
ボディサイドのNACAダクトが特徴。今のフェラーリには無い魅力がある。
スーパーカー・ブーム最盛期の1978年型。
F50やエンツォを除けばミッドシップV12エンジンとしてはフェラーリ最後のフラッグシップ。
後のFR車と違ってくさび型したスーパーカー・スタイルなところが良い。
512Mの水平対向12気筒エンジン。近年車両のエンジンとは趣が異なる
フェラーリ599
フェラーリ・レーシング・デイズでも見なかった青いフェラーリ。
帰途ではドルフィンが運転する車の前に599が。じっくり走りを堪能させてもらった。
2009年発表の599改良版。620馬力のセミオートマ。
ゴールに向かう参加車を待ちうけている時にやって来た最初のマシン―と思ったら、一般の車だった。
モデナといいこの599といい、この田舎道はスーパーカーがそんなによく通るのか? それとも別のイベントがあったのだろうか?
フェラーリ612 スカリエッティ
クーペタイプの4シーターマシン。
599に似ているので、後部ピラーを見るまで気づかなかった…。
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30年ぶりの懐かしい味 復活!ファンタ・ゴールデングレープ
嫁はんとドリンクの話になったときに「ゴールデングレープってのが復刻で発売されてるよ」と教えてくれた。
ファンタ・ゴールデングレープの販売が復活!? 速攻、売っていたという大手スーパーに買いに行った。
ファンタ・ゴールデングレープ(以降GG)は1970年代後半に全国発売されていたと記憶するが、ドルフィンが住んでいた静岡県では早い時期に販売終了になった。
大阪に行った際に、販売が継続されていたのを発見。しかも通常の250ml缶ではなく、当時は珍しかった350ml缶だったのだ。
2泊3日の大阪滞在中は毎日350ml缶のGGを飲んでいた。
夏休み、春休みには大阪に行っていたので、GGを飲めるのがとても楽しみだった。
しかし、ある時から自販機から姿を消していたのだ。
ペットボトルにはなったものの、30年ぶりくらいに開けたGGのキャップ。懐かしい香りが広がる。
飲んでみると「あぁ、確かにこの味だった」と記憶がよみがえる。
―が、今となってはそう度々飲むほどでもない。最近では炭酸飲料もあまり飲まなくなったので。
嫁はんは「もっと香料臭いかと思ってたから、意外に美味しかった」と。
いつまで販売されるのか分からないが、またしばらくしたら買ってみよう。
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Gr.A/DTMホモロゲーション車両・メルセデス190E Evo2と新旧メルセデス
'12ニッポン・クラシック・カー・ラリーNCCR葛城 Vol.5
NCCR葛城には期待していたランボルギーニ・イオタは参加していなかったが、エントリーリストの中にメルセデス190E EvoⅡの名を発見して嬉々としてしまった。
190EはGr.A&DTMホモロゲーション・マシンで、日本には50数台しかない貴重な車。ドルフィンが東京の会社にいた頃、尊敬する大先輩が乗っていた事もある。見るのはその時以来となる。
1990年 メルセデス・ベンツ190E2.5-16エボリューションII
“顔つき”は旧型メルセデスだが「どんなやんちゃなお兄さんでもここまでやらんだろう!」―と思うほどエアロパーツ・ギンギンの車体。直4・2,500ccエンジンで235馬力を絞り出す。これが出荷状態なのだから恐ろしい。
通常市販車のメルセデスには全く興味は無いのだが、レースカーやベース車となると話は違う。
BMW M3Evoも一緒にあったら良かったのになぁ。一時期Gr.AやDTMを席巻したマシン達だ。
テレビやビデオで見ていたDTMのベース車はイイ。
このリアウイング、このオーバーフェンダー…スゴイ!!
初めて購入した京商1/64コンビニ・ミニカー・シリーズが「メルセデス・ベンツ」だった。当時はまだ価格にも抵抗あり“恐る恐る”3個くらい買っただけだった。
レースモデルは引き当てられなかったが、190Eは出すことができたのだった。
ミニカーの背景は、メルセデスのイベントで頂いた☆型キーホルダー(使い道無い…)。
1966年 メルセデス300SEクーペ
↑↓ C63AMGをAMG自らスペシャルチューンしたのが「ブラックシリーズ」。
シルエットは一緒だが、リアウイングや0-バーフェンダー、ノーズにカナードが付いた迫力ボディ。
駐車している時は「スポーティーなベンツだなぁ」と思っていたが、まさか日本に50台そこそこの希少チューン・モデルだったとは!
京商1/64ミニカー「AMG」シリーズでもブラックシリーズの黒が出たのだが、興味無かったので格安放出してしまった。もったいなかったかな?
心が震えるリアル「サーキットの狼」特別な3台 NCCR葛城4
スタートを待つ駐車エリアで、リアウイング付きロータス・ヨーロッパ、カレラデカール入りポルシェ・カレラ、トヨタ2000GTの3台が近くに停まっていた。このエリアを「リアル・サーキットの狼」と心の中で呼んでいた。
まだ「スーパーカー」との呼び名も無かった『サーキットの狼』初期に登場した3台は特別な存在だ。
乗用車以外に高性能スポーツ車種があると知らしめてくれた。
今でも、これらの車を見ると“あの頃”のの“めり込んだ気持ち”が蘇ってくるし、コミックスのコマも脳裏に浮かぶ。
ロータス・ヨーロッパ
ドアをあけて吹風裕矢が降りてくるようだ。
アイボリーのヨーロッパにはリアウイングが不可欠。当時はワイヤーで支えなくてはならなかった。取り付け方にも技術の進歩が伺える。
リアスポイラーにボディサイドに「Carrera」のデカール…、傍らにサングラスをした早瀬左近がに立っているようだ。
ドアにはドイツ軍隊マークの代わりにNCCRのゼッケンが付けられる。
トヨタ2000GT前期型
登場時は単なるキザなハーフだった隼人ピーターソン。日本を愛した彼が乗っていたのは後期型だが、この際細かいところは許してもらおう。
『―狼』連載初期の頃、劇中車で目にした初めての車両・トヨタ2000GTも前期型だった。友人の知り合いが所有していると聞き、カメラを持って自転車で隣町まで行って見せてもらった。
その時の思い出が蘇ってくる。
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