アリスライヴの後は 創作焼きを是非ここで「旨焼きと豚しゃぶ ぜひ」
アリス・大阪城ホールライヴの後、友人が「飲み会は是非とも行きつけの店で」―ということになり案内されたのが京橋にある「旨焼きと豚しゃぶ ぜひ」だった。
小ぢんまりとしているが清潔感あふれたオシャレなお店。
突き出し
アジの南蛮漬けと丹波黒豆。
美しく盛りつけられたお刺身。
左からサンマ、カツオのたたき、タコ、あぶりホタテ、メジマグロ(マグロの子供)。
「今日は小ぶりのものしか無くて」と出されたカキフライ。小さいながらも味が濃い。
付属のタルタルはピクルスとタマネギの代わりに漬け物が使用されている。何の漬け物かは実際に味わった時のお楽しみとして、このタルタルも絶品。
真鱈の白子 塩焼

丁寧に下処理され小分けされたタラの白子。コンブの上で焼かれて、更には上からも炙られている。
ふわとろ食感、コンブの香りと旨味が加わって「カキを越えた!」と感激した。
カツオが美味しかったので、再度注文。
全く同じ調理ではなく、炙りを深くし、更に薬味と一緒に食べることで味は全く違うものに。「カツオってこんな味の一面もあるのか」と感じた。
引き出しの多さを感じる。
とても美味しい店だった。友人が「他の店には行けなくなった」と言う理由が良く分かった。
またここで飲み会をしたいものだ。
隔週刊ラリーカーコレクションVol.5が出ているがCM'Sトヨタ・セリカGT FOUR
店頭には「隔週刊ラリーカーコレクション Vol.5」トヨタ・セリカGT FOUR(5代目T180型・1990)が並んでいる。
トヨタ・ドライバーとしてファンを魅了させたカルロス・サインツ選手が初優勝したマシンだ。
しかし、この紅白のマシンは今一つカラーリングのカッコ良さに欠けるのだ。翌'91年の“頬が赤い”カラーリングも同様だ。特にこの“頬赤”マシンを見ると『仮面ライダー』新1号編の怪人・エレキボタルを連想してしまうのだ。
現代ならこのようなベタなカラーリングには絶対ならないはずだ。

セリカGT FOURのミニカーはCM'Sラリーカー・コレクションの「トヨタ・ラリーカー・シリーズ」のカストロール・カラーになったモンテカルロ・ラリー仕様(1993)から持っている。
カストロールの曲線カラーはもとより、モンテの車検ステッカーまでウインドウに貼れている細かさ。車内はロールバーやシートベルトも着色されている。
造形に“やる気”が見られる商品だ。
F1日本GP開催時に駐車場で見た6代目T200型GT FOUR WRCレプリカ車
セリカGT FOURと言えばもう一つ挙げられるのが原田知世さん主演の映画『私をスキーに連れてって』だ。ラリーを知らなくてもこの映画でGT FOURを欲しくなった人は多かったはずだ。
ドルフィン世代にとって『―連れてって』は“憧れ”の世界だ。
ユーミンを聴きながら車でスキー場に行き、仲間内とはトランシーバーで連絡を取る…。全てをマネできなくても“似た世界観”を実体験できた。
今観ても面白い映画だ。リアルタイムではない若い世代の方にとってはどう見えるのだろう? バブルっぽさプンプンで太い眉と肩パットが笑えるかもしれない。
それは自分たちが親や伯父叔母が熱狂した石原裕次郎さんや加山雄三さんの映画を見て「それはヘン!」と感じるのと同じかもしれない。

『天国に一番近い島』の試写会時に撮影した写真と頂いたサイン
32年ぶりの アリス・大阪城ホールライブ~涙はしょっぱかった
アリスの大阪城ホールライブ2013~ It's a Time~ に行って来た。“やっと行けた”という感じだ。
2009年に再結成・全国ツアーを行った際チケットは取れた。しかし、インフルエンザが大流行していたので、病気療養中の義母にうつると危険なので「行くのはやめてくれ」と嫁はんが懇願。断念したのだった。
今回もライブ会場である大阪城ホールの席に着くまで「行けなくなる事由が発生するのではないか?」と不安な気持ちも大きかった。
アリスのライブはファイナルライブツアーの最後でレコード→レーザーディスク→DVDにもなった「アリス3606日 FINAL LIVE at KORAKUEN」以来、32年ぶり2度目だ。
左から写真集、1981ファイナルライブ・パンフ、2009復活ライブ・パンフ、そして右端が今回のパンフ
会場周辺には想像に違わず中高年の人々が集まっている。若い人となると親と一緒に来た“子”になる。若い者同士のグループなど皆無だ。
場所が大阪である。この会場に集まった人々の大半は『MBS ヤングタウン 金曜日』を聞いていただろう(笑)。「女性立ち入り禁止のコーナー」や「重いこんだらのコーナー」「ドラゴン作戦~机It’s My Life」で興奮し笑い燃えてきたのだ。そう思うと面白い。
「今回映像収録があります」と放送ががかかるとイッキにざわつく会場。さすがは大阪だ。
姿かたちは中高年だが、あげる声援はギャル(死語)だ。もうみんな“あの頃”に戻っている。
子供を連れてきた方は、いつもの“親”としての姿から打って変わってのハジケる姿を見せても恥ずかしくはないのだろうな。
ライブは懐かしの曲と今回のツアーのために26年ぶりにリリースしたニューアルバム「アリスⅪ」から織り交ぜた構成。
「ファイナルライブ~」ではメドレーだったヒットナンバーも、今回は一曲一曲歌った。ボーカル2人も最後までギターを弾き続けた。
懐かしの曲がかかると涙が出て止まらなかった。あの感情は何なんだろう? 嬉しい、懐かしい、思い出される当時の自分…。
曲の一つ一つに蘇ってくる映像がある。
一緒に行ったのもアリスを聴いてきた高校時代からの友人だ。彼がこちらを向いて笑い泣きしてヘンな顔になっているのを見られやしないかとヒヤヒヤした(笑)。
1981年ライブのチケット。後楽園球場スタンド立ち見席しか取れなかった
最初のトークの時にチンペイさんが台風の話をした。実は「ファイナルライブ~」でも最初のトークは台風だった。これだけでまた泣き。「あぁ、一周したんだな」と。
奇しくも席も同じベーやん側。あのときよりは1/3くらいの距離だが。
左右に大きなモニターが付いてくれているのも観やすくて良かった(最近はみんなこんな感じ?)。
映像収録に自分の声を入れ込みたいのか、歌の最後に“余韻を楽しんで”シーンとしている時に声援をあげるオッサンがいた。そこは違うだろ!?
ファイナルライブ後楽園
3人ソロのコーナーあり、爆笑トークもあり、キンちゃんのコンガ演奏ありで充実した構成だった。
ラスト近くの『狂った果実』になると涙が止まらない。高校時代、初めて全国大会に出場する時、大阪から東京までの車の中で聴いた超思い出曲だ。
予選突破し決勝に進めた事、予選落ちした同級生の悔し涙、憧れの女性先輩と一緒に旅できた事…。恥ずかしい言葉だが「燃えに燃えていた青春時代」が蘇るのだ。
あふれた涙が頬を伝う。口に入るとしょっぱかった。涙の味など何十年振りだろうか? 祖父母や親が亡くなった時のような悲しい時には涙は出なかったが、感動に対しては涙腺は緩い。
そもそもアリスは中学生時代の友人が好きで聴いていたのに影響されたのだ。
寮生活を送っていた高校時代は自分のNo1アーチストになっていた。
「チャンピオン」がクライマックス。青春時代の若くてアツイ血が蘇った。
アンコール曲になる「アリスⅪ」のラスト曲「Wonderful Day」で「現実の生活を強く生きよ」と言ってくれているようだった。あの頃のアツイ血を今の自分に戻して日々を送れと―
大阪城ホール(左)と大阪城
ライブ後は京橋で友人とサシで飲み会。
次のライブツアーの時もお互い元気で来ようと。
にほんブログ村
隔週刊ラリーカーコレクションVol.4が出ているが CM'S三菱ランサー・エボ
『隔週刊ラリーカーコレクション』Vol.4はトミ・マキネン選手の三菱ランサー・エボリューションⅥ。既に書店に並んでいる。
ランサー・エボリューションはWRCのホモロゲーション確保のためにバージョンアップした市販車を販売し続け、若者たちの人気を得た。
ラリーで活躍し、市販車は四駆+2ℓターボという軽量でスーパーカー並の走りができる。それでいて町のお兄ちゃんが頑張れば買える200万円台なのが凄い。人気が出ないはずがない。
町でランエボを見ない日はないくらいだった。
あまりに多く走りブイブイ言わせていたので、ドルフィンは“引いて”しまった部類だ。
褒められた事ではないがシロウトが“走りを競う”にしても“腕を磨く”のではなく“最初から速いマシンに乗る”方に重きを置いてしまっている。それで楽しいのだろうか?
昔はボロい車でも自分の好みに合わせてチューニンク(セッティング)する事に面白味があった。まあ、近年のマシンはハイテク化して簡単に触れない部分も少なくないので仕方がないところもある。
2005年東京モーターショーでのランサー・エボリューションⅨ。この頃はWRCに参戦していたんだなぁ…
CM’Sの1/72ミニカーの三菱ランサー・エボリューションⅦとⅨ。
三菱の車はスタリオンやランタボに憧れたがランエボはさほどでもないので「ラリーカーコレクション」は購入しなかった。
「ラリーカー―」は1/43で細部が良く分かる―と思いきや廉価版だけあって細部が省略されているので、意外に小スケールのCM’Sの方が出来が良いところもある。
小さくて出来が良いミニカーはコレクションの真髄。場所も取らないので大助かりだ。
100年の町並みが残る富田林じない町 後の雛祭り~昔の婚礼行列
10月12日に大阪・富田林市にある昔の町並みが残る「じない町」で『後の雛祭り』が開かれた。
江戸時代に関西を中心として重陽の節句に行われたという『後の雛祭り』。菊花とお雛様を飾ったことから『菊雛』とも呼ばれたそうだ。
春の『雛祭り』ほどではないが、町のあちらこちらに花とひな人形が飾られていた。
特別イベントとして「昔の婚礼」が再現された。
花嫁が嫁ぎ先まで歩く婚礼行列がじない町の中で行われ、多くの人が集まった。
古い町並みを歩く婚礼行列は趣のあるもの―なのだが、カメラマンが多く集まりそれどころではなかった。
カメラを構えてピントを合わせた瞬間に平然と前に割り込んでくる人達。
サーキットでキャンギャルのお姉さんを撮るために集まるカメラマンの中に混じる事はあったが、今回は高齢カメラマンが多く“フットワークが悪い”分、性質(たち)が悪かった。“撮ったら交代”することもしない。前にいても屈まず、動きも遅いので通路を塞いでどうにもいかない。
歳の甲で先陣切ってマナーを守って欲しかった。
もう途中で諦めてしまった。
にほんブログ村
F1日本GPの帰りに 近鉄特急・伊勢志摩ライナーに初めて乗った
F1日本GP観戦後、近鉄特急で大阪方面へ帰る際に伊勢中川乗り換えだった。
次なる特急を待っていると見かけぬ赤/白の特急がやってきた。いつもはオレンジのレギュラーか白のアーバンライナーなのだ。
車体には伊勢志摩ライナーと書かれていた。

携帯電話で流し撮り シャッターラグがぁぁ… 後ろがレギュラー車両
黄色い車両(これも伊勢志摩ライナー)は見たことはあったが、赤の車両は見るのも乗るのも初めて。
シートはブルー系4色で構成されていて「チョット違うぞ」的な雰囲気。
デラックスカーやサロンカーがあると書いてあったので、トイレに立ったついでに探検。
レギュラー車両とサロン車両の間にある。
テーブルを挟んで4人がけと2人がけになっているグループ専用車。
広々とした空間で宴会されているグループも。旅の思い出が語られているのだろう。
デラクスカー
横に3シートしかなく、1座席が広い。照明も落ち着いた感じだった。
特急料金の他に特別料金が必要らしい。
近鉄特急は鈴鹿に行く時にしか利用する機会が無いが、近年は多くの特別車を見るので“鉄っちゃん”ではなくても興味が沸く。
駿河湾の釜上げシラスをたっぷりのせたシラス丼
実家から駿河湾産の釜上げシラスが届いたので、贅沢にも炊きたてごはんの上にタップリ乗せてシラス丼にした。
秋のシラスはカタクチイワシの稚魚で、春のマイワシよりもプリプリしているのが特徴。
ご飯がすすみます!
吉本選手司会の中嶋ファミリー・トークショー F1日本GP
フリー走行終了後、グランプリスクエア特設会場で、中嶋ファミリーのスペシャルトークショー1回目が行われ、多くのファンがステージ前に集まった。
吉本大樹選手を司会に、中嶋悟監督、中嶋一貴選手、中嶋大祐選手が登場。
「トヨタの看板を背負ってるので3人一緒は初めてです」と一貴選手。トヨタ、ホンダとメーカーが別れてしまっているために3人そろってのトークショーは実現が難しかったようだ。
左から中嶋大祐選手、中嶋悟監督、中嶋一貴選手
一貴&大祐選手の名前の由来や日本GPラストランの思い出を語る悟監督。かなり独壇場。
大祐選手はまだトークに慣れていないのか、喋る機会が少なかった。しかし、悟選手が同年齢の頃に比べると“よく話している”のではないだろうか(笑)。
日本GPラストラン、S字で“突き刺さった”悟選手。「血が偏っっちゃった。歩いてて倒れちゃったらカッコ悪いから、戻るまでしばらくマシンから出なかった」と。
「コース横切って帰ってたけど、今ならアウト!」と一貴選手。「昔は良かったんだよね。近道だったし(笑)」と悟監督。
会話が温まってきたところで時間切れ。土曜日に続く―となってしまった。
鈴鹿レースクイーンのおねえさんと司会の吉本大樹選手
「中嶋(悟)選手の(F1)現役時代をこの鈴鹿で観られた片いますか~?チョット手を挙げてみて下さい!!」の呼びかけ。
ドルフィンも手を挙げたが、手を挙げている人の少なさにビックリ。皆恥ずかしくて手を挙げていないのだろうか?
今のF1人気を支えているのは中嶋選手の引退時をピークとしたF1ブームを知っている人達だと思っていた。歳が若い方は親世代が観てい事が大きいはず。
しかし、中嶋選手の現役時代を見ていない方が大半を占めているということは、'90年以降にF1を知って観戦に来ているということか? それとも単に鈴鹿に観に来られなかっただけ(当時はプラチナチケットだったので)なのだろうか?
歴代中嶋選手のF1マシンが一堂に集結
にほんブログ村
にほんブログ村















































