CLUB24-にいよんー -137ページ目

ヨシムラ60Thシュワンツ選手レジェンドチームで 2014年鈴鹿8耐

 本来のスケジュールなら2020年の鈴鹿8耐ウィークに突入直前のはずだっだ。

 今週のブログはプレイバック鈴鹿8耐ウィーク。

 

 2014年鈴鹿8時間耐久オートバイレース

 何と言ってもヨシムラ創業60周年記念として❝レジェンドチーム❞を結成しての2チームエントリーが話題だった。

 かつてコンビを組んだケビン・シュワンツ選手辻本聡選手青木宣篤選手が加わったライダー編成に、指揮するのが吉村不二雄代表という超豪華レジェンドチーム。スズキ&ヨシムラのファンでなくても「これは観たい!」と思わせる魅力があった。

 

2014年3月のファン感謝デーで発表された

 前年にTeamKAGAYAMAで現役復帰したケビン・シュワンツ選手が再び8耐を走ってくれる。しかも古巣のヨシムラで。

 世紀の一戦となったのだが、ドルフィンは本戦は仕事の都合で行く事ができなかった。

 この年はテスト1回しか行けておらず、決勝は家でネット配信観戦していた。

 ❝あの❞シーンでドルフィンも例外ではなく「う゛あ゛ぁ゛~ッ‼」っと家の中で大声を上げてしまった。

 

テスト日のヨシムラのトランスポーター

歴代ヨシムラ・ライダーがトランポにサインを寄せ書きしていた!

 

 ヨシムラはイベントで「60周年」のロゴが入った色紙でサイン会をしていて、それを見て「あの色紙に寄せ書きはいいな…」と羨ましく思ったのがきっかけで、走行写真が無いテスト観戦初回にはチーム・カードを自作してサインを寄せ書きしてもらうことを思いついのだった…それは2年先の話。

 

 その先駆けになったのが、8耐決勝観戦に行った友人がお土産で買って来てくれたヨシムラのクリアファイル。1年かけてレジェンドチームのサインを集めたのだった。

 

宝物:クリアファイルに頂いたヨシムラ・レジェンドチームのサイン寄せ書き

 吉村不二雄監督、青木宣篤選手、ケビン・シュワンツ選手、辻本聡選手

 

No.12 レジェンド オブ ヨシムラ スズキ シェル アドバンス/SUZUKI-GSX-R1000L4

ケビン・シュワンツ選手

加賀山選手と談笑後のシュワンツ選手。ヨシムラのツナギが良く似合う

 この日、シュワンツ選手とツーショット写真を撮らせて頂けた事がきっかけになり、チャンプ級選手とツーショット写真を撮り、その写真にサインを入れて頂く趣味が始まったのだった。

 

 

辻本聡選手

 辻本選手のヨシムラヘルメット姿が懐かしい。

 

青木宣篤選手

 レースなのだからアクシデントは仕方ないが、決勝日しか観戦に行けなかったシュワンツ・ファンの方にとっては残念だっただろうな。

 

 コロナ渦中で鈴鹿サーキットが期間限定で公開した過去の鈴鹿8耐動画

 2014年鈴鹿8耐を見ると、分かっていても❝あの❞シーンでは声が上がってしまう。声に驚く嫁はんからは「それ何度も見ているんでしょ?」と言われるのだ(苦笑)。

 2019年のジョニー選手も同様。

 

総合2位

No.34 ヨシムラ スズキ シェル アドバンス/SUZUKI-GSX-R1000L4

テスト日ならではのランデブー

 

津田拓也選手

 暴れん坊将軍がTOP10トライアルで2分6秒703を出してポールポジションを獲得。

 

ジョシュ・ウォーターズ選手

 鈴鹿8耐デビューは2011年にヨシムラから。

 

ランディ・ド・プニエ選手

 2012年までMotoGPで走っていたランディ選手は鈴鹿8耐初参戦。

 TOP10トライアルでは最高速288キロをマーク。

 

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亜久里選手のセクシーなメルセデス ’97鈴鹿1000㌔

 

7位:ベルント・シュナイダー/鈴木亜久里/アレクサンダー・ヴルツ組

/メルセデスベンツCLK GTR

 シュナイダー選手は選手権ポイント獲得のためか優勝した10号車とかけもちWエントリー。

 亜久里選手はITC鈴鹿に続いて鈴鹿1000㌔でもメルセデスのドライバーに抜擢された。

 忌まわしきF1ザクスピード以来のB・シュナイダー選手と鈴木亜久里選手がチームメイトとして走行した。

 

HIGH SPEED1/43ミニカー メルセデスCLK GTR#12

 このミニカーを見つけた時は嬉しかったなぁ。亜久里選手のマシンでグラフィックが有名なのでなかなか見つからなかった。

 グラフィックはオフセット印刷のデカール。

 ボンネットと左サイドにヌード(に見える)女性が右サイドに男性が描かれたセクシーなカラーリング。

鈴木亜久里選手

 

アレクサンダー・ヴルツ選手のサイン

 ’97年にベネトンからF1スポット参戦。翌年にはベネトンのレギュラードライバーになった。

 ドルフィンはベネトン好きだったので鈴鹿で会えた事が嬉しかったし、翌年にレギュラードライバーになった時も「やった‼」と大喜びだった。

 

ブリヂストンのお姉さん❤

 

12位:D・ブラバム/P・マッカーシー/O・グルイヤール組/パノス・エスペラントGTR-1

 ロングノーズのスタイルから「バットモービル」と兪やされていた。

 3強に比べれば弱小チームながら12位と健闘。

 

A.ウォレス/J.ウィーヴァー/Bu.ライツィンガー組/パノス・エスペラントGTR-1

 

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ポルシェ・ワークスも参戦 1997鈴鹿1000㌔ 2位メルセデスGLK

 2017年のポッカ鈴鹿1000㌔はマクラーレン勢はもちろんのこと、ポルシェとメルセデスのワークスチームも参戦し、さながらル・マン24時間レースのGT1対決を観るようでもあった。これだけのメンツがそろうのだから観戦に行きたくなるというもの。

 ル・マンに出場していたトヨタと日産が参戦しないのは残念だったが。

 

5位ハンス・J・スタック/ティエリー・ブーツェン/ボブ・ウォレック組

/ポルシェ911 GT1 Evo

 前年に911GT1を発表し’97年のワークスチームは❝涙目❞のエボを使用した。

 有名どころのドライバーをもってしてもメルセデスとマクラーレンに後れを取りポルシェ勢最上位でも5位。

 

ウイリアムズFW13の写真に頂いたティエリー・ブーツェン選手のサイン

 日本GPで3位になった写真を1枚持って行った。

 

 昨年(2019年)の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンにブーツェン氏がゲストで来られた際に、ポルシェ911GT1の写真にサインを入れて頂いた。

 

10位:ヤニック・ダルマス/アラン・マクニッシュ/ペドロ・ラミー組/ポルシェ911 GT1 Evo

 7号車も元F1ドライバーで編成されている。

 

全日本戦でもお馴染みSTPのお姉さん❤

 

2位クラウス・ルドヴィク/ベルント・マイレンダー組/メルセデス・ベンツCLK GTR

 DTM/ITCでメルセデス・ドライバーだった2人。ITC鈴鹿大会にも参戦していた。

 3名体制が多い中、2人で1000㌔レースを戦い抜いた。

 

マジョレット メルセデスCLK GTR

 車体はGT1ホモロゲーションをクリアするためのロードバージョン。

 

決勝でのドライバー交代

 

2位表彰台のルドヴィク選手とマイレンダー選手

 

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スズキNUDA、ホンダRC30登場 ’87名古屋モーターフェスティバル レーサー編

 1987年の名古屋モーターフェスティバル。お目当てはスズキが発表したファルコラスティコに続くコンセプトバイクのNUDA

 ’87と言えばF1日本GPが鈴鹿で初開催された年。費用の都合で前回のように東京までモーターショーを観に行く事は断念した。当時住んでいた名古屋での開催にもNUDAが来てくれるので安心した。

 

 スズキNUDA(ヌーダ)は❝変わりバイク❞大好きなドルフィンにとって押さえておきたいバイクだった。

 ―が、カメラのシャッターとストロボのシンクロ速度を間違えてしまい、このショーの写真はほとんどが一部暗くなってしまった。

 二輪駆動で前後片持ちサス。ハンドルは通常のものにされている。実走できたらしい。

 漫画『ふたり鷹』の終盤に登場したオリジナルレーサー「バトルホーク」も二輪駆動だったので「いよいよ現実に走れるバイクが来たか!」という思いだった。

 

表紙がバトルホーク

 

 ファルコラスティコよりもまとまりがあって現実味があったので、近い形で発売して欲しかったな。

 

水谷勝選手のウォルターウルフRG-γ500

 γ500はウォルターウルフ・カラーがカッコイイ!

 全日本ロード500ccクラスで水谷選手速かったなー。

 ウォルターウルフ・カラーはスポンサーではなくデザイン使用契約だった。市販車も人気が高まったので、そこまでした甲斐はあったと思う。

耐久選手権用GSX-R750

 

ホンダRC30

 技術の粋を投入しワールドスーパバイクで勝つために作られ、ホモロゲーションをクリアするために1000台販売された。まるで2輪のスカイラインR32GT-Rだ。

 「プライベーターがワークスに勝てるマシン」だったらしい。

 スケルトンカウルで内部を見せてくれていた。

 

ワイン・ガードナー選手のNSR500

 ヤマハのランディ・マモラ選手との闘いを制し、WGP500ccクラスでチャンピオンを獲得したマシン。

 全日本や鈴鹿8耐を走ったガードナー選手のチャンピオン獲得は嬉しかった。

 

耐久選手権用RVF750

 

エディー・ローソン選手のヤマハYZR500

 シーズン5勝したもののリタイアもあり、同じヤマハのランディ・マモラ選手にも及ばずランキング3位に終わった。

 

ヤマハが初めて鈴鹿8耐で優勝したTECH21ヤマハYZF750

 平忠彦選手が怪我によりレースに出られず監督として参戦。

 皮肉にもマーチン・ウィマー選手ケビン・マギー選手のコンビで優勝を飾ることになった。

 リア片持ちスイングアームも格好良かった。ホンダのように市販化はされなかった。

 

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A・オロフソン組マクラーレン勢最上位 & サードMC ’97鈴鹿1000㌔

 1997年のポッカ鈴鹿1000㌔はFIA GT選手権の1戦として開催された。ル・マン24時間レースを走ったチームが参戦しているので見応えがあった。

 

 スチール一眼レフカメラ+300ミリ望遠と自分の相性が良く、この頃が一番写真が上手く撮れていた気がする。

 F1と鈴鹿1000㌔は36枚撮りフィルムを10本近く持って行った。それでも今の一般的なデジタルカメラのようにバシャバシャ連写で撮れる訳でもないので❝一撃必中❞現像してみるまで結果が分からなかった。

 ’90年代頭に現像フィルムをTV画面で見られるメカを購入していて、大きな画面で良し悪しを確認してからプリントしていた。

 

京商1/64ミニカー ガルフ・ダビドフ・マクラーレン F1 GTR LM

 登場から3年目。年々進化してロングテールに。

 デザインでは’96年型の方が好きだった。

 

 

3位ピエール-アンリ・ラファネル/ジャン-マルク・グーノン/アンデルス・オロフソン組

ガルフ・ダビドフ・マクラーレン F1 GTR

 LMP1クラスが最強だった同年のル・マン24時間レースで総合2位、「GT1」クラス優勝しているメンバー。鈴鹿走行経験も豊富なドライバーなので表彰台を獲得。

 ル・マンでクラス優勝チームだけあって写真も多く撮っていたようだ。

 

 P-H・ラファネル選手は’88、89にF1スポット参戦。JTCCやJGTCにも参戦したので日本に馴染みがある。

 J-M・グーノン選手も’93、94年にF1参戦経験がある(フル参戦は無い)。

 A・オロフソン選手は言わずと知れた日産ワークス等で長く日本で活躍していた。

 

3位表彰台。左からラファネル選手、オロフソン選手、グーノン選手

 

ポッカコーヒーのお姉さん❤

 

影山正美/田中哲也 組/メニコン・サード MC8 97R

 トヨタMR2ベースのGT1。ル・マン24時間レース参戦をメインに、鈴鹿1000㌔にも3シーズン挑戦してきた。が、結果は芳しくないままプジェクト終了。

 この年の鈴鹿1000㌔も2台ともにリタイア。

 近年はサウンド・オブ・エンジンで走行してくれた。

 

サウンド・オブ・エンジンでのMC8

 

 

 

谷川達也/立川祐路/桧井保孝 組/大塚家具MC8 97R

 レース序盤にロータス・エリーゼGT1と接触。燃料漏れから引火して炎上してしまった。

 

レース終了後、パドックに戻って来たMC8

 

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ナニーニ組メルセデスCLK GTR優勝 1997年鈴鹿1000㌔ ポルシェ&ロータス

 前年観戦して❝夏のバカンスやしの木っぽくて楽しかったので、1997年ポッカ鈴鹿1000㌔観戦に出かけた。

 ただ、土曜日は仕事が外せなかったので金曜日の晩に一旦静岡に帰り、土曜日の晩に再び鈴鹿に向かったのだった。決勝後はゆっくりしたので仮眠してから帰ったので、家に到着したのは明るくなってからというハードな行程だった。

 それでも行きたかったのだ。

 ’97年、98年の鈴鹿1000㌔はFIA GT選手権の1戦として開催。メルセデス、マクラーレン、ポルシェのGT1マシンと、消滅して行き場を求めたDTM/ITCの選手がこぞって参戦していた。

 ドルフィンが好きなドライバー、アレッサンドロ・ナニーニ選手J.J.レート選手も参戦しているので、無理をしてでも行きたかった。

 

 当時はグランドスタンドのすぐ裏にジェットコースターやフリーフォールがあり、レーシングマシンと一緒に撮影するのは鈴鹿レースの象徴だった。一般観覧エリアからも撮影できた。

 

 金曜日の夕方からナイトランの練習走行があった。

 夕焼け空と一緒に撮影し、ナイトランが終わってから一旦帰ったのだった。

 

金曜日のナイトランを撮影

 

京商1/64ミニカー CLK GTR#10

 コンビニで引き当てられなかったので、オークションで落札。

 ナニーニ選手のマシンなので人気が高くて安く落とすのに苦労した。

 ワルシュタイナーがメインスポンサー。シルバーボディにゴールドのエンブレムが映えてカッコ良かった。

 メルセデスの車(市販車・レーシング共に)ってあまり好きではないのだが、このマシンは好きだ。

 

優勝アレッサンドロ・ナニーニ/マルセル・ティエマン/ベルント・シュナイダー組

メルセデスベンツ・CLK GTR

左からナニーニ選手、ティエマン選手、シュナイダー選手

 ベルント・シュナイダー選手はF1・ザクスピードで鈴木亜久里選手のチームメイトとして日本でも有名になった。DTMでもチャンピオンを獲得してマルセデスのエースだった。

 

 今のようにサインを貰うことにガツガツしていなかったので、有力選手の写真を1枚だけ持って行った。ピットウォークでサインを頂けた。

 

ITCアルファ155V6TIの写真に頂いたアレッサンドロ・ナニーニ選手のサイン

マルセル・ティエマン選手のサイン

ITCメルセデスCクラスV6の写真に頂いたベルント・シュナイダー選手のサイン

 

 

’90年F1日本GP以来のナニーニ選手の優勝を観られて嬉しかった~

 

冠スポンサー・ポッカのコスチュームを着る鈴鹿サーキットクィーンのお姉さん❤

 

GT1

E・コラール/M・バルディ/A・フェルテ組/ポルシェ911GT1

 マールボロカラーを纏った’96年型911GT1.

 

マウロ・バルディ選手

 ’80年代にF1・アロウズ、アルファロメオ、そしてスピリット/ホンダ、スピリットで参戦していた。

 並行して世界耐久選手権やWSPCでランチア、ポルシェ、ザウバー、プジョーをドライブ。’90年にメルセデスでチャンピオンを獲得している。

 

マウロ・バルディ選手のサイン

 

R・プルティラ/J・ポラカン/F・ジロワ組/ロータス・エリーゼ 

 

当時の新聞記事

 

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亜久里選手が王座/右京選手参戦 1988年全日本F3000・F3 第4戦&7戦

 正式に「全日本」タイトルがかけられた1988年全日本F3000選手権

 前年チャンピオンの星野一義選手と、中嶋悟選手に続く日本人F1ドライバー誕生の期待がかかる鈴木亜久里選手の対決になった。

 

 前年から鈴鹿サーキットでF1日本GPが開催され、F1のみならず国内レースの人気も上がって活気づいて来た。

 当時は名古屋から大阪に引っ越していたので鈴鹿サーキットまで少し遠くなってしまった。それなのに名古屋に住む彼女とデートがてらシーズン2回も観戦に行った。

 彼女を送迎するために大阪→名古屋→鈴鹿→名古屋→大阪と、当時の愛車・日産ラングレーGTを飛ばしていた。さすがに疲れるので彼女を送った名古屋で❝休憩❞してから帰ったのだが(←よけい疲れるやん!)。若かったので体力あったんだなぁ。

 

この年から鈴鹿開催のGCをPRするためにマシン展示

 彼女と一緒だったのでガツガツ写真は撮らず、シケイン席でゆっくり観戦しながら撮影。

 当時はまだ210ミリズームレンズしか持っていなかったので、シケイン席からでも少し遠かった。

 

フォーミュラジャパンレース決勝。スタート1周目のシケイン

 

優勝鈴木亜久里選手/Footworkマーチ87B/コスワース・ヤマハ

 鈴鹿を含む前半戦で3連勝して勢いがあった。

 シーズン中盤からレイナード88Dにチェンジ(↑トップの写真)。

 シーズン獲得トータルポイントでは星野選手に2点及ばなかったものの「ベスト6戦が有効ポイント」レギュレーションにより、逆に2ポイント差でチャンピオンを獲得。

 

2位星野一義選手/CABINローラT88/無限

 

片山右京選手/BA-TSUマーチ87B/無限

 サウンドオブエンジンにゲストに来られた際にサインを入れて頂いた。

 フォーミュラ・ルノーやフランスF3に参戦していた右京選手が’88年から全日本F3000にステップアップ。

 海外修行時代からモーター誌でコラムを書いていたので応援していた。

 シーズン前半は古いヘルメトカラーだった。

 

 

観戦チケットに合わせてか、展示GCマシンは国さんのもの

 朝のうちに降っていた雨も決勝レースまでには上がっていた。しかし路面はウエットコンディション。

 

グレート20決勝。スタート1周目のシケイン

 1周目からタイトル争いをする星野選手と亜久里選手の対決になっていた。

 

片山右京選手/BA-TSU ローラT88/無限

 果敢な走りを見せるもシーズン中ポイント獲得は菅生での5位1回きり。

 前を走るのは松田秀士選手TENORASマーチ87B/コスワース

 

Footwork SPORTS レーシングチームの2台

デイヴ・スコット選手/Footwork MC040/コスワース

 ムーンクラフト製オリジナルシャシーを使用していた。

 

ADVAN SPORTの2台

 

高橋国光選手/ADVANローラT88/無限

 

ロス・チーバー選手/ワコール ダンロップ・レイナード88D/コスワース・ヤマハ

 全日本F3チャンピオン獲得後、F3000にステップアップ。フル参戦初年。

 ローラやマーチよりもシャープなデザインでカッコ良かった。

 

ジェフ・リース選手/伊太利屋レイナード88D/無限

 

清水正智選手/トライデント・ローラT88/コスワース

 歯医者さんを営む日本一速いジェントルマン・ドライバー。F2時代から継続してフル参戦していた。

 

優勝星野一義選手/CABINローラT88/無限

 

岡田秀樹選手/MarlboroローラT88/無限

 JSPCポルシェで突然頭角を現した。あまりにいきなりだったので「岡田選手って何者?」という感じだった。自動車雑誌等でも特集が組まれたりした。

 活躍が目に留まり日本人初のマールボロ契約ドライバーになった。

 

森本晃生選手/CABINレイナード88D/無限と接触し、フロントウイングを飛ばしてしまう

 

全日本F3のバルーン

 F3000のサポートレースとして開催。

 後年、トップカテゴリーで活躍する選手が多く参戦していた。

 

#16 影山正彦選手 #佐藤浩二選手

 

シケインで4ワイド!

 若いのだからこのくらいガツガツさは良し!

シケインでの接触やコースアウトが多かった

 

村松栄紀選手

 

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ラルト・ホンダのRモレノ選手来日 ’84年全日本F2JAF-GP練習走行 HRCライダーにも会う

 1984年全日本F2最終戦・JAF-GPに欧F2チャンピオン・チームのラルト/ホンダが’83年に引き続きスポット参戦した。

 前の年に練習走行を観にってマイク・サックウェル選手に会えた事から、再び練習走行を観に行くことにした。JAF-GPは通常よりチケット代金が高くなるので練習日に行くのだ。

 秋はWEC JAPAN観戦のために資金不足なのだ。

 2017年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンにロベルト・モレノ氏がゲスト来場した際、↑この写真にサインを頂こうとしたところ「懐かしい」と、モレノ氏が所望。

 1枚しかプリントして来なかったが「ご本人に持っていて頂くのは光栄」と、プレゼントさせて頂いたのだった。

 

入園料1000円位だったかな?

 

マイク・サックウェル選手のラルトRH-6-84/ホンダ

 誇らしげな撃墜マークが7個。

 この時代「Powerd by HONDA」は強さの証だった。

 この年はサックゥエル選手にはお会い出来なかった。

 

 ラルト2台でヨーロッパF2選手権、11戦中9勝という圧倒的強さを見せていた。

 整備中のマシンはカウルレスなのでどちらの車両かは不明。

 修学旅行か行楽会か、制服の高校生も見に来ていた。アンタたち運がいいよ!

 

F2最強エンジン・ホンダRA264E 

 

アンダーカウルの跳ね上がりが分かる

 

ロベルト・モレノ選手

 モレノ選手に初めてお会い出来た。

 翌年には全日本F2にシリーズ参戦。’88年国際F3000チャンピオンを獲得。F1ではご存じの成績。

 割りと日本には縁のある選手だ。サウンド・オブ・エンジンでゲストに来られた際も多くのファンが集まった。

 

初めて頂いたモレノ選手のサイン

 色紙の端に控えめに書かれていた。全日本F2参戦時に頂いたサイン帳でも同じだった。

 

星野一義選手/LARKマーチ842/BMW

ラルトとは異なるマーチのアンダーカウル・エアトンネル

 

長谷見昌弘選手/佐川急便スピードスターマーチ842/BMW

舘善泰選手/スピードスターホイールマーチ842/BMW

 

中嶋悟選手/EPSONマーチ842/ホンダ

 

高橋国光選手/ADVAN・PIAAマーチ/BMW

 

松本恵二選手/LM SPORTS マーチ842/BMW

 

中本憲吾選手/エクイップマウラーMM81/BMW

 

ベッペ・ガビアーニ選手

 1979年の開幕戦・BIG2&4レースにスポット参戦し、いきなり優勝。

 ’83年の最終戦JAF-GPで、130Rで大クラッシュしたのはガビアーニ選手じゃなかったかな?

 

 ガビアーニ選手に会ったのは'84年かと思っていたら’83年だった。

 

 この練習走行日に、先にUPした全日本ロードレース・HRCラーダーにもお会い出来た。

 アルバムにはサイン入り写真とステッカーを一緒に貼って残している。

 

木下恵司選手

 

阿部孝夫選手

 

 鈴鹿サーキット遊園地の入り口近くにあったホール(現在、最初にある食べ物系お土産屋がある辺り)に少し前のマシンが展示されていた。

 

i&iレーシングのマーチ832/ホンダ

 現在もホンダコレクションホールに残されている。

 

 ホンダ車のみに限らず、他3メーカーのレーサーも展示。

 『熱風の虎』に出て来そうなBMWのサイドカー。

七夕2020_私のお願い事

 

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スタリオンラリー、シルビア、ケニーvsフレディ・レーサー展示 '83名古屋モーターフェスティバル

 地方のモーターショーは東京モーターショーの規模の何分の一かに縮小される。市販車やコンセプトカーは選抜され、レーシングマシンの台数は極端に減らされてしまう。

 1983年に初めて行った「モーターショー」は、当時住んでいた地域の名古屋モーターフェスティバルだった。

 

 友人に勧められて会場で行われる「国内B級ライセンス」講習会に一緒に参加してライセンスを取得した。ま、結局数年間保有してもペーパーで終わってしまったが…。

 名古屋港金城ふ頭で開催されたモーターフェスティバル。友人のホンダCB400の後ろに乗せてもらって会場まで行った。

 この友人とは同年の鈴鹿F2JAF-GP練習走行を観に行き、マイク・サックウェル選手と3人で写真を撮った仲だ。

 

一番好みだった三菱のお姉さん❤ 3枚も撮ってしまった

 

 オートバイメーカーのブースには、1983年のWGP500ccクラスで歴史に残る壮絶バトルを展開した2選手のマシンが展示されていた。

 

ケニー・ロバーツ選手のYZR500

 WGP現役最後のマシン。シーズン終わりたてほやほやだ。

 ドルフィンが初めて目にする❝神様❞のレーサー。

 ケニー選手、フレディ選手が互いに6勝、2位3回、リタイア1回とほぼ互角。3位と4位の差でチャンピオンが決定した。

 

憧れの市販車だったヤマハRZV500

 WGP500ccレーサーレプリカ。

 

フレディ・スペンサー選手のホンダNS500

 2ポイント差で初タイトルを獲得マシン。

 

耐久選手権用スズキGS1000R

 

 

三菱スタリオン・ラリー

 リトラクタブルライトを固定式にしゴッツイ顔つきになった。ワイドなボディでカッコ良かった。

 

CM’sラリーカーコレクションのスタリオンGr.B

 

トラスト・ポルシェ956

 一か月前のWEC JAPANに出場したてほやほやのマシン。

 

マツダ717C

 ’83年ル・マン24時間をはじめWEC JAPANにも参戦。

 

ニチラ・シルビア・スーパーシルエット後期型

 後期型を見たのはこの時のみ。

 30年後に日産ヘリテージコレクションで再会するのだった。

 

エブロ1/43ミニカー シルビア・スーパーシルエット

 

トラストのドラッグスター・トップフューエルも展示されていた

 

コンセプトカー トヨタFX-1

 最先端技術結集 スポーティ スペシャリティーカー。

 

コンセプトカー トヨタSV-3

 2座席ミッドシップ・スポーツカー。後にMR2として市販化。

 

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鈴鹿サーキットの旧、もてぎの新 ホンダコレクションホールのレーシングマシン

 

 鈴鹿サーキットボウルの地下にあったホンダコレクションホールが、ツインリンクもてぎ敷地内に立派なビルディングとして移転した。

 ホンダの2輪4輪の市販車、レーシングマシンが展示されている。

 係のお姉さんが羽毛のほこり落としで常に車両をきれいにしてくれている。優雅だ。

 

 自分の記憶ではファイヤストン500の後に寄ったと思っていたが、ホールの外が映り込んでいる写真を見ると明るくて人も写っていない。となると平日に行われたフォーミュラニッポン・テストの後が正解の気がする。

 当時持っていたコンパクトデジカメで撮影。

 

エディー・ローソン選手のNSR500(1989年)を手前に

フレディ・スペンサー選手のNSR500(1984年)等

 

チーム国光NSX ル・マン24時間クラス2優勝車 (1995年)

 

 

F2/ ジャック・ブラバム選手のブラバムBT18(1966年)

 

ジェフ・リース選手のラルトRH-6-80(1980年)

ジェフ・リース選手のラルトRH-6-81(1981年)

 

中嶋悟選手&ジェフ・リース選手の全日本F2・マーチ812(1981年)を先頭に

マイク・サックウェル選手の欧F2・ラルトRH-6(1984年)

マイク・サックウェル選手の欧F2・ラルトRH-6(1984年)

 鈴鹿JAF-GPに招聘された欧F2チャンピオン獲得のラルト。練習走行日に観に行ったなぁ。

 

ジョン・サーティース選手のホンダRA301(1968年)

 第一期F1参戦最後のマシン。

 

ジョー・スレッシャー選手のホンダRA302 (1968年)

 

ケケ・ロズベルグ選手のウイリアムズFW09(1984年)

 鈴鹿サーキットで行われた公開テストに来ていた同型なのでとても懐かしく思いで深いマシン。

 

ナイジェル・マンセル選手のウイリアムズFW10B (1985年)

 

歴代ホンダエンジン搭載ウイリアムズ

 

ロータス99T (1987年)

ロータス100T (1988年)

 

歴代ホンダエンジン搭載マクラーレン

 

中嶋悟選手のタイレル020 (1991年)

中嶋悟選手の全日本F2チャンピオン・マーチ86J (1986年)

 

 そして鈴鹿サーキットボウルの地下にあった旧ホンダコレクションホール

 現在のチケットセンターが入り口だった。

 1993年のGr.A鈴鹿スーパー500Kmの際に観戦チケットがあれば入場できたので入ったと思う。

 雑感撮影用のコンパクトカメラ(フィルム)で撮影。ストロボの威力が弱かったため暗く映ってしまった。

 

 展示スペースも1フロアしかなく展示台数は現在のように多くはなかった。

 

RC162高橋国光選手GP優勝車 (1961年)

 

レーシングホンダの原点・カーチス号 (1924年)

 

第一期F1参戦車

 

パンフレットが格好良かったのでアルバムに貼っていた

七夕2020_私のお願い事

 

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