ジョニー選手WSB5連覇、今年8耐用テストマシン展示のカワサキ これだけでも行った甲斐あった
全日本ロードレース最終戦MFJ-GP。GPスクエアに出展されたカワサキブースに行ってみて驚いた。
ジョナサン・レイ選手が2019年にワールドスーパーバイク選手権を5連覇したカワサキNinja ZX-10RRと、今年開催される予定だった鈴鹿8時間耐久オートバイレースに向けたテスト車・Ninja ZX-10RRが展示されていたのだァァァッ!
「昨年の8耐優勝車がカワサイワールドから出張して来ているかな? 転倒した傷面見られるかな?」と思っていたが、まさか今季の8耐テスト車を持ってきているとは! いやぁ、もうテンション上がりっぱなし。
これらのマシンを見られただけでもサーキット観戦に行った甲斐があったというもの。
ワールドスーパーバイク選手権を5連覇カワサキNinja ZX-10RR
昨年型WSBKマシンはカワサキワールドにも無かった。
昨年暮れにジョニー選手が日本に来てカワサキやショーワで感謝・慰労会やった時に展示された車両かな?
カワサキブースで案内をされていた桜名結衣さん@yui_sakurana
友人が「あのマスクカッコイイ」というので注意して見ると❝今年の鈴鹿8耐使用❞のマスクではないか!
顎部分に「suzuka8hours 2020」と年号まで入っているではないか! カワサキ応援席の購入特典になるはずだったのかも。サンプル制作分だろうか? 世に出ない貴重品だ。
お願いして写真を撮らせて頂いた。
髪をかき上げて下さったのでうなじがセクシー♡でドキドキ。
桜名結衣さんの案内で登録してフラッグ頂きました~。
2020年鈴鹿8耐用テスト車・Ninja ZX-10RR
マシンはKRTではなく日本で作られていたのか。
カワサキは本気で二連覇を狙って準備していたんだな。新車のままお蔵入り? このマシンだけでもGT3マシンが買えるくらいのはず。
左右のデザインが異なるアンシンメトリー。
このマシンでジョニー選手が、アレックス選手が、シャビ選手が鈴鹿でテストするところを見たかった。見るはずだった…。
来年こそは!
全日本ロードレース最終戦・MFJ-GP土曜日に行って来た
先週のスーパーGTに続いて全日本ロードレース最終戦MFJ-GP土曜日の観戦に行った。
体力的に不安があったが「ピットビューイング」券を購入して行く気満々(笑)。
本来(?)なら鈴鹿8時間耐久オートバイレースが7月から移った日程だった。
MFJ-GPはクラスが多いので過密スケジュールで朝が早い。
先週のスーパーGTと同じ時間だったのに、ゲートオープン待ちの列に並んだのはほぼ同じ位置。多くのファンが開催を待っていたんだなぁ。
ゲートに入る前にはサーモカメラによる体温チェックが行われる
当日券を買う列はスーパーGTよりも短く、すぐに買うことが出来た。
後から来た友人は「10分くらい待った」と話していたので、朝一だったからか。
今週もいい天気。遠く伊勢湾対岸がでハッキリ見える。
昨年のMFJ-GP以来の全日本戦がいよいよ始まる。
今回もヘアピンで撮影。さすがにスーパーGTのように朝からギッシリと言うことは無く、余裕で場所をキープできた。時間と共に混みあってきたが…。
今回もガールズライダー中心に撮影。
JP250
桐石世奈選手
梶山采千夏選手
J-GP3
岡崎静夏選手
ST600
平野ルナ選手
そしていよいよJSB1000の走行。スポット参戦ライダーが多くて嬉しい。
やはりJSBは迫力がある。
ヨシムラの渡辺一樹選手もスポット参戦
今年から新設されたST1000
シリーズ戦ではJSBよりも参加台数が多く、JSBで戦って来たライダー達が多く参加している。
同じ1000ccでも排気音が軽い気がする。ラップタイムで6秒くらい差がある!
走行が終わるとピットビューイング2回目に向かう。
列に並んで30分くらい経ったところで係員が何か叫んでいる。
どうやら1回目と2回目では並ぶ列の方向が違っていて、通常ピットウォークで列ができる観覧車側とは逆方向が正しいらしい。
逆バンク方面から来た方は正しい列に並べたが、逆方向に並んだ我々はその後ろに誘導されるハメに…。
観覧車側にきちんと案内する方が必要だった。
抗議する方もいたが(当然!)後の祭り。
多くの方が並んでいたように見えたが、入ってみるとガラガラだった。
本当にマシンを並べていただけ。
配布物は無く、選手やキャンギャルが出て来ているところがチョットだけあった。
午後からのJP250決勝レースは写真を撮りたいので逆バンクへ。
JP250決勝レース
JP250はクリーンなバトルが多いのでレース的には観ていて面白く好きだ。
熾烈なトップ争い
JSB1000決勝レース1はスタンド席で。スタンドで観るなんて久しぶりだ。
中須賀克行選手
マニュアルでピントを合わせられないコンデジのAFは手前の金網にピントが行ってしまって、なかなか奥にピントを持って行けない💦
レースをリードしたのは野左根航汰選手
速過ぎてストレートは追いかけられないッ!
優勝は中須賀選手
2位となった野佐根選手はチャンピオンを決定!
表彰式の後に暫定でシリーズチャンピオンのヒーローインタビューが行われた
GPスクエアではRVFミーティングが行われていた
今週は土曜日のみ。あっという間に楽しい1日が過ぎてしまった。
駐車場を出るまで30分かかった…。
「勝利の神様」は存在した 23MOTUL AUTECH VS 12カルソニック IMPUL
今世紀に入って初めての日曜日決勝観戦したスーパーGT鈴鹿300Km。
風は冷たかったが天気が良く、ヘアピンまでの往復は汗がじんわりと滲むほどだった。
ドライバートークショーはステージに登壇する代わりにプレスルーム(?)からリモートで行われた。予選上位ドライバーが来られたみたいだが、ヘアピンにいたので音声だけを楽しんでいた。
ピットウォークやステージでのイベントは無かったものの、予選日とは違った緊迫した雰囲気がサーキットを覆っていた感じだ。
人数は制限されているらしいが、普通にスーパーフォーミュラ決勝よりもお客さんは多いだろう。
優勝:松田次生/ロニー・クインタレッリ組/MOTUL AUTECH GT-R
今年からどちらのドライバーが乗車しているのかウインドウに表示されるので、写真を撮っていても後から整理しやすい。
ロニー選手の場合は「RQ」なのでレースクィーンが乗っているのかと思う―はずないか…。
タイミングによっては数字が表示されていて何故だろう?―と思っていたら「クラス順位」だとプログラムに説明が書かれていた。これはさらに面白く観られる。
この写真の直後にクラッシュ
相当スピードが乗っていたのだろう、カメラが追い付けなかった。
予選で松田選手が大クラッシュ。赤旗中断になった。
松田選手の身体は大丈夫だったのだろうか? 決勝当日になってもあまり情報が無く、心配のままスタートになってしまった。
恐らくクラッシュ直後にNISMO本社からパーツが運送されたのだろうな…。
決勝レースがスタートしてもなかなか上がってこれなかった。一晩で直したもののクラッシュの影響があるのだろうと思わされた。
そして運命のセーフティーカーラン
セーフティーカーが出た後「ちょっと待って下さいよぉ…」と始まりMOTUL AUTECH GT-Rがトップに躍り出た事を伝える場内アナウンスのピエールさん。
「え? 何で?」魔法でも見せられているような感じだった。
チームの事前打ち合わせやピットイン指示のタイミング、ロニー選手の状況判断等、色々あるが、全てが上手くいきピットロードクローズドにギリギリ間に合ってのコース復帰できるなど「勝利の神様」がいるとしか思えないほどの出来事。
こんな大逆転勝利を観る事ができるとは! 記憶に残るレースだ。
2番手カルソニックGT-Rが背後に迫る
徐々にカルソニックGT-Rに追いつかれてしまう。
レース後、松田選手はインタビューで「ピックアップを拾ってしまったのでタイムが落ちて追いつかれましたが、練習していたドリフト走行でピックアップを落とした後はハイペースで走れました」と話されていたが、リアルタイムで観戦している側にはそれが分からない。
「クラッシュの影響が出ていてタイムが伸びないのか?」とか想像してしまう。
「最後尾からの大逆転勝利」も見たいし「星野監督の優勝の喜び」も見たい。ハラハラしながら観戦していた。これが生観戦の醍醐味だ。
前日のクラッシュをはねのけて優勝に向けて力強く走った松田選手
2位:佐々木大樹/平峰一貴 組/カルソニック IMPUL GT-R
日産勢では最高の予選4番手を獲得。
序盤はポールスターとのARTA NSXにリードを許してしまう。
ARTA NSXをピット作業タイム差で追い抜いて2番手浮上。
佐々木選手から後退した平峰選手がみるみると首位MOTUL AUTECHの松田選手に追いついていく。
残り周回数はまだ多かったので逆転するかも? と思われるほどの勢いだった。
半面、背後にはARTA NSXが追い付いて来て予断を許さない展開になった。
首位のMOTUL AUTECH GT-Rの背後に迫るまで追い込んだ
2番手カルソニック、3番手ARTA、4番手CRAFTSPORTS、5番手ZENTがこの至近距離で連なる
カルソニックGT-R VS ARTA NSX
TV『GT+』で状況が分かった状態で復習するとまた違った印象を受けるんだろうな。
21年ぶりの日曜日決勝観戦 スーパーGT鈴鹿300Km 国歌斉唱はSHACHI スタート動画
終盤の首位攻防戦。ここまで差が詰まっていた!
2020年スーパーGT鈴鹿300Km・決勝。
日曜日に行われる決勝レース観戦は1999年のF1日本GP以来21年ぶり。
なかなか日曜日に休みが取れないので、今までは入園料だけでOKの土曜日観戦までにしていた。年パスを使うようになっても土曜日までだった(笑)。
今回は土曜日券が無く、当日券でさえ土日共通なので「それで土曜日だけではもったいない」との貧乏根性から日曜日に休みを取って2日観戦にしたのだった。
土曜日は友人と一緒に大阪から往復し、日曜日は一人で鈴鹿まで行ったのだ。
土曜日に西名阪が夜間通行止めだったのでネットで検索したところ日曜日は行わず「土曜日まで」だった。え? ということは土曜日の夜までって事? 日曜日の朝6時までは通れないの?
初めてのナビ操作して迷いつつも天理まで行くと本線から車がビュンビュン走って来る。料金所で聞くと「日曜日だから規制しないよ」と笑われた。せっかく早く出発したのにぃ…。
朝のサーキット周辺渋滞も怖かったが、スーパーGTの走行がお昼前からなので皆さんスロースタートのようで混雑はなかった。
好天の放射冷却で土曜日の朝よりも寒かった。
8時のゲートオープンまで列に並んで待つことにした。
密にならぬよう間隔を空け横に広がって列が作られた。既に多くのファンが並んでいた。
並んでいるうちに朝食をとる。
遊園地ゲートのオープンは予定より早まり、サーキットゲートが8時オープンになった。
前日もそうだったがゲートではサーモカメラで体温チェック。帽子とサングラスは外す。
GTフリー走行までヘアピンで撮影する事にした。
前日撮った写真をパソコンに落とす際にざっと見たところ、あまり良い出来ではなかったのでそのリベンジだ。
F4決勝レース2までさえ1時間45分もある。
まだ人が少ないとは言え、スタンド席に横たわって寝るのはお行儀が悪い。プログラムを読んだり目を閉じていたりした。アドレナリンが高まっているので寝付けない。
スーパーGTセーフティーカーのスープラ
夏にはさんざんツルを巻き付けて繁栄したであろうヘクソカズラも蔦は枯れオレンジの実が成っていた。
ヘクソカズラについては有川ひろさんの『植物図鑑』を読んで知ったのだった。
枯れているので触っても臭くないよね?
ヘクソカズラの実が成っている
F4決勝レース2
GT決勝前の国歌斉唱するのは名古屋のご当地アイドルTEAM SHACHI(シャチ)。
朝のうちに国歌斉唱の練習を行った。
F4レースの後にはメンバー2人が白と青のNSXに分乗してサーキット走行を体験した。
プログラム掲載の写真は渋めに映っていたがインタビューの声はアニメ声だった。
容赦ない攻めのドライビングに圧倒されたそうだ
こちらに向かって手を振ってくれている
国歌斉唱、朝の練習と本番を場内放送でお聞きください
いつもはキャンギャルは片手間に撮影する程度だったが、いざキャンギャルオンステージが無いと寂しい…。
スターティンググリッドには各チームのキャンギャルがボードを持って立つ。
いよいよ決勝。
❝スーパー❞GTになってからは初めての決勝観戦だ。
ローリングとスタート及びセーフティーカーと再スタート
セーフティーカーラン中はピットストップが行えない。昔、菅生だったかでセーフティーカー中に一斉にピットインしたためピット出口で接触事故が起こり、後続車が出られず詰まってしまった事があったからだろう。
絶妙のタイミングでピットストップを終えたMOTUL AUTECH GT-Rが最高尾からトップにのし上がった! これにはサーキット中がビックリ仰天。
かつて漫画『ドカベン』でスリーアウトになったのに得点されたの不可思議なゲームがあった事を思い出した。
その後のカルソニックGT-Rとの首位攻防戦や2~4番手までが超接近したりと❝生観戦❞ならではの迫力に圧倒された。やっぱり生観戦はイイッ!
優勝した松田次生選手/MOTUL AUTECH GT-R
混雑を避けるためにウイニングランを見たところで駐車場に向かった。その考えの方は結構多かったのだが…。
レース終了が3時過ぎだったのでまだ明るい内に帰途につけた。
意外にバイクも多かった
時間帯も速かったので帰りの名阪では行楽帰りの車も少なくて走り易かった。
ヤリスも色違いでバンバン走る。アキュラエンブレムのNSXも走る。ホンダCBR1000RR-Rファイヤーブレードも初めて見た。ランボルギーニ・アヴェンタドールSVJを詰んだポーターも見た。
おかげで早寝できた。途中何度か目が覚めたものの9時間くらいは寝ていた。それでも今日眠い…。
2日間も屋外で動くことなんて何カ月ぶりだったろうか。疲れが激しい。
今年初めての鈴鹿 スーパーGT鈴鹿300Km土曜日編
やっぱり寝とぼけていた。タイトルが「金曜日」になっていた。
土曜日が正しいものです。
ようやくこの日が来た。スーパーGT2020年第6戦・鈴鹿300Kmレース。今年初めての鈴鹿サーキット行きだ。
コロナ感染対策でピットウォークが無く選手に会う事も無いので、そんなに気持ちが昂る事も無いだろうな—と思っていたものの、1週間前から午前2~3時頃に目が覚めてしまう始末。結局ワクワクしとるやないか~ッ!
今回は一緒に行く友人の新・愛車に乗せて行ってもらう。
この↓マシンだッ! スゲ~ッ!!
スーパーGTはF1を除けば日本で一番集客がある4輪レースイベントなので、周辺渋滞を加味して早く出発した。
ところが西名阪道が集中工事でクローズド! これは知らなかったッ! 阪神高速はTVでCMして告知していたが西名阪も午前6時まで通行止めとは。
ナビを見ながら迷いつつ下道で天理まで行ったのだった。これで小一時間はロスしてしまった。
そこそこいい時間に到着するも、駐車場は奥の奥に案内される。早く到着した方が奥だなんて…。
ゲート前に到着したら間もなくゲートオープン。
ドルフィン達は年1カードを提示して1000円割り引かれる当日券なので、サーキットゲート前でチケットを購入だ。
このゲートをくぐると「鈴鹿サーキットに来た」と気持ちが高まる。
土曜日のフリー走行はヘアピンで写真撮影することにしていたのでチケット購入後にすぐに向かうも、ゲートオープンと同時に向かった方々には及ばず、到着した頃には最前列は❝密❞状態だった。
スタンド席の方は皆さん距離を保って座っていた。
朝一番からF4の公式予選。
小山美姫選手が走っていないので寂しいな。
全日本F3000にも参戦した元F1ドライバー、ミカ・サロ選手の息子マックス・サロ選手も参戦していたが、ちっとも速く無かった。
平良響選手/TGR-DC RSトムススピリットF4
そしてスーパーGTフリー走行。テスト日ほどではないが1時間45分の枠があるのでたっぷり堪能できた。
写真を撮りながら観るのは楽しい。
写真整理ができておらず、疲れて眠いので走行写真はこれまで。
風は冷たかったが日差しがある良い天気だった
伊勢湾はじめ遠くまで見渡せる空気が澄んだ日だった
GPスクエアにはメーカーブースが出展していて❝密❞
スケジュール最後のF4決勝を観ずに帰る事にした。
駐車場から出る所から渋滞。
途中から裏道使って名阪・関インター近くの川森食堂に向かう。ここで夕食。
ここの味も久しぶりだ。美味しい~ッ。
味噌焼きうどん定食
友人は土曜日だけだったが、ドルフィンは一旦帰って日曜日は一人で鈴鹿に向かったのだった。
海外選手が強かった1992年全日本F3000・富士
1992年全日本F3000第2戦・富士。
まだ国際F3000よりも「F1に近いカテゴリー」と呼ばれていた。
参戦したドライバーの1/3は海外からやってきた選手だった。後にF1にステップアップしていった選手も多いというところが凄い。
エディー・アーバイン選手/コスモオイル ローラT92/無限
日本で走っていながら初めてサインを頂いたのはF1に上がってからだった(笑)。
星野一義選手をリスペクトしている姿勢と暴れん坊ぶりが大好きだった。
優勝:パウロ・カーカッシ選手/ALEXELレイナード92D/無限
2位:トーマス・ダニエルソン選手/SUNTORY熱血ローラT92/コスワース
3位はマウロ・マルティニ選手
ミカ・サロ選手/アド・レーシング レイナード92D
日本で走っていながら初めてサインを頂いたのは2012年(!)のフェラーリ・レーシング・デイズだった。
あの時はあまりの変貌ぶりに誰か分からなかった(笑)。
アンドリュー・ギルバート-スコット選手/KYGNUS.TONENレイナード92D/無限
ローランド・ラッツェンバーガー選手//KYGNUS.TONENレイナード92D/無限
全日本F3000やJSPC、JTCにも参戦。
’94にF1にステップアップするも、サンマリノGP予選中の事故により帰らぬ人に。
ジェフ・クロスノフ選手/メイテック DL スピードスター ローラT92/無限
マルコ・アピチェラ選手/オムロン ダンロップ童夢F103/無限
ロス・チーバー選手/PROMISEレイナード92D/無限
8年間日本で走った。’91年はチャンピオン争いを展開した。
チーバー選手がチャンピオンを獲得していないのが不思議なくらい速かった。
星野一義選手同様「プロが金を払って走る事はない」と持参金でのF1シート獲得は蹴っていた。
フォルカー・ヴァイドラー選手/KAWAISTEELローラT92/無限
全日本F3000やGCで、カワイスチールカラー旋風を巻き起こした。
マツダ787Bでのル・マン制覇の貢献者でもある。
’92シーズン途中で突発性難聴により引退を余儀なくされた。残念だ。
バブル崩壊後の’92年 全日本F3000富士/日本人ドライバー&キャンギャル編
バブル経済が崩壊し、スポンサードしていた企業が続々と撤退しはじめていた1992年。
国内レースでは参加チームやキャンギャルの減少傾向にあったものの、まだこの年は持ちこたえていたように思う。
全日本F3000ではシャシーはローラ、レイナード、ラルト、童夢の4メーカー(主にローラとレイナード)、タイヤはBS、DL、ヨコハマの3メーカー、エンジンは無限とコスワース、ジャッドの3種の戦いになっていた。
予選用タイヤも使われ、鈴鹿サーキットではポールタイムはF1の中団くらいに割り込めるほどだった。
全てが共通ワンメイクではなく、ハードもメーカー争いがあったところが魅力的だった。
4月開催の全日本F3000第2戦・富士。
高橋国光選手/ADVANローラT92/無限
サインは昨年(2019年)のスーパーGT搬入日に入れて頂いた
ローラT92はハイノーズになっていて、フロントウイング翼端板の下側は内側に向かって整流版が伸びて「コ」の字状になっていた。ウイング下部を通るエアを全てアンダーボディに招き入れる意図があった。
「市販フォーミュラなのに空力アイデアが盛り込まれているなぁ」と感心した。
鈴木利男選手/UNIVERSALローラT92/コスワース
シーズン2勝したもののリタイアも多く、シリーズランキングは日本人最上位の2位。
服部尚貴選手/TOSTEMレイナード92D/無限
黒澤琢弥選手/CABINローラT92/コスワース
星野一義選手/CABINレイナード92D/無限
’92年は1勝もできず苦悩・不振のシーズンだった。富士の次、第3戦・美祢ではなんと予選落ちさえしてしまった。
マシンもローラ→レイナード→ローラと替え、エンジンも無限からコスワースに変えてみたものの駄目だった。
中野信治選手/PIAAレイナード92D/無限
前年でF1を引退した中嶋悟氏が監督に就任して注目を集めた。しかし、まだ❝元F1ドライバー❞としての❝形だけ❞の監督だったと思われる。
フォーミュラ・ボクスホールでの海外修行から戻ってF3000にステップアップしたものの、チームが注目されてばかりで上手く育てられなかったようだ。
中野選手は結果を残せず翌年には移籍した。
関谷正徳選手/ハギワラレーシング・レイナード92D/ジャッド
バブル崩壊と赤城社長の不正融資事件で「レイトンハウス」は消滅。
萩原光選手の弟でチームマネージャーの萩原任氏がチームを引き継いだ。
赤城社長は不正融資事件を起こしたものの、レース関係者は皆「赤城社長にお世話になった」と話していたそうだ。
田中実選手/PLUSローラ92D/コスワース
富士戦では『ギャルズ・パラダイス』誌創刊号の撮影が行われていた。
創刊号企画の手伝いをしていたので、撮影している横からチョコット撮らせてもらった。
当時は「キャンギャルの本を作るなんて」と馬鹿にされていたが、現在も続く人気誌になろうとは驚きだ。
表紙の撮影
ニッセキのお姉さん
キグナスのお姉さん
さようならこんにちは ホンダN-WGN納車
ホンダN-WGNが納車された。
安全運転支援システムが充実しライフスタイルに合った軽自動車を選んだ。
日産デイズと競合し、価格交渉と弟の「紹介」で、211,000円の値引き、下取り190,000円になり決定に至った。
ディーラースタッフが付けているレッドブル&アルファタウリ/ホンダのストラップも頂いた。
レッドブル&アルファタウリ/ホンダ・ストラップ
ホンダ車を2台所有している弟が「紹介」してくれたので、紹介した側、された側双方にギフトが頂けた。
寒くなって来たこの季節は「鍋!」ということで、備前牛を頂くことにした。これですき焼きだぁ~ッ!!
紹介ギフト
午前中に愛猫・ねるたんの予防接種に動物病院までドライブ。
モコたんの顔・色は愛猫の顔・色に似ているところも気に行っていた。
午後からホンダディーラーに行く前に洗車。雨だが、今まで一緒に走ってくれた愛車・モコたんと別れる最後の儀式だ。
MACHINE DOLPHIN Ⅵ・愛称モコたん
近場乗りが中心なので9年乗った割には走行距離は多くはない。
それでもモコたんで鈴鹿サーキットに行くようになった。数十年ぶりに西名阪・名阪国道を走った時にはめっちゃ緊張した。
第二東名走りたくて静岡帰省もした。軽での走行は怖かった~。
一箱古本市に参加するために荷物を積んで奈良市や川西市にも行った。年に1~2回は神戸にも行った。
事故無く無事に今日を迎えることが出来た。ありがとう。
ドルフィンの愛車は歴代「MACHINE DOLPHIN」の名を冠している。
元ネタは大好きな特撮ヒーロー『星雲仮面マシンマン』のマシンドルフィンだ。マシンマン=高瀬健が「ドルフィ~ン!!」と呼ぶところがイイ。
ハンドルネームのドルフィンもここから由来。
エヌ-ワゴンなので愛称は「ゴン太」。
ゴン太と言うと、こちらになってしまうのだが…。
MACHINE DOLPHIN Ⅶ・愛称ゴン太
ちょっとモコたんと顔が似ているところが嬉しい。
安全運転支援機構・ホンダセンシングはもとより、車としての装備も普通車並み。軽自動車装備の向上に驚かされた。
初のナビ装着車でもある。
ナビとホンダセンシングの使い方を取扱説明書読んで使えるようにしなくては!
さようならモコたん
こんにちはゴン太
マチャアキ、マッチさん、シノケンさん、亜久里さんが参加した2013年ラ・フェスタ・プリマヴェラ
近藤真彦さん/ALFA ROMEO GIULIETTA 1956年
クラシックカーのラリー『ミッレ・ミリア』の日本版の近畿版(ややこしい説明)、ラ・フェスタ・プリマヴェラ。
名古屋市を出発し、4日かけて紀伊半島をぐるり周回し、2013年は大阪でゴールだった。この年は著名人の参加が豪華だった。
スーパーカーイベントを検索していてその存在を知ったのだ。
2013年から数年間連続で観に行っていた。4月開催なので鈴鹿2&4レースを観に行くようになってからはラ・フェスタ・プリマヴェラの観戦はお休みしている。
初年は平日に連休が取れたこともあり「帰りが遅くなっても大丈夫」と、嫁はんと一緒に京都のチェックポイントに出かけた。
チェックポイントの建仁寺到着は午後3時なので、それまでは「けいぶん社」や「がけ書房」といった有名書店巡りをしたり、宮本武蔵縁の一条寺下り松や八大神社にも行った。
レクサスLFA
先導車は国産スーパーカーレクサスLFA。ラ・フェスタ・プリマヴェラでしかLFAが公道を走っているところを見たことがない。
クラシックカーと古都はとても似合っていた。
BUGATTI T22/T13R 1925年
BNC 527 MONZA 1927年
祇園・花見小路通をクラシックカーが走り抜けるのも京都での醍醐味。
AC ACE 1957年
STANGUELLINI 750 SMM 1953年
LOTUS 11 1957年
トヨタ2000GT 1963年
マチャアキ/堺正章さん/MASERATI 200 SI 1957
東の「ラ・フェスタ・ミッレ・ミリア」とともに大会の顔として連続出場されている。
子供の頃からず~っとTVで観て来た。
JGTCでチーム監督をされていた時に写真だけ撮らせて頂いた事があるが、サインを頂いたのはこの時が初めて。
ロングノーズのマセラッティは綺麗で格好良かった。
マッチ/近藤真彦さん/ALFA ROMEO GIULIETTA 1956年
コンドーレーシング監督の近藤真彦さん。マッチさんのファンの方も多く集まっていた。
トップに掲載した写真はスーパーGTの際にサインを入れて頂いたもの。
マッチさんの生ドライブシーンは’90年代の現役レーシングドライバーの頃以来。
マッチさんが乗っていた車両は、かつてマチャアキさんがラ・フェスタ・ミッレ・ミリアで優勝した時のものらしい。記念プレートが貼られていた。
鈴木亜久里さん/TRIUMPH TR3 1955年
ARTA鈴木亜久里監督も参加。ニット帽の下はARTAのキャップ。
サーキット以外でのドライブシーンは新鮮。
篠塚健次郎さん/HEALEY SILVERSTONE 1949年
日本人として初めてWRCとパリ・ダカール・ラリーで優勝した日本ラリー界の第一人者。
ラリードライバーの方とお会いする機会が無いので楽しみにしていた。
翌年の大会でシノケンさんのサインを入れて頂いた
大阪で開催されているクラシックカーラリーとは比べ物にならないほど古い車と参加台数の多さで圧巻だった。
嫁はんもカメラを持ってクラシックカーの撮影を楽しんでいた。
ここ数年見に行けておらず、今年はコロナ自粛期間で中止になった。
また観に行けるといいな。
'90 鈴鹿2&4レース TT-F1岩橋選手チャンピオンへの開幕優勝
TT-F1
優勝:岩橋健一郎選手/B.V.Dヤマモトレーシングチーム
岩橋選手は’90年TT-F1クラスのチャンピオンを獲得。
鈴鹿2&4レースで全日本TT-F1クラスも開幕戦を迎えた。
当時は空前のバイクブームだったので、2輪ファンも多く観戦に来ていた。特にTT-F1クラスは鈴鹿8耐に直結するので、有望な選手や各メーカーのマシンを観られるので人気も高かった。
2位:マイケル・ドーソン選手/ShinEtsuカワサキZXR-7
宗和孝宏選手/ShinEtsuカワサキZXR-7
種岡一吉選手/モリワキZERO-VX7
ピーター・ゴダード選手/伊太利屋ヤマハ・チームハヤシ
プログラムも残しておらず、ネットでも資料が乏しいため選手名やクラスはうろ覚え。
ジュニア250ccクラス
TT-F3















































































































































