年に一度の世界戦 '84WEC JAPAN ワークス・ポルシェ圧勝
まだF1日本GPが鈴鹿で開催される前、世界耐久選手権・WEC JAPANはF1やル・マン24時間経験ドライバー、海外チーム、海外のマシンがやって来る唯一の世界選手権だった。
秋のWEC JAPANはとても楽しみだった。
観戦2度目になる1984年の大会は、グランドスタンド券を購入した。スタート前のドライバー紹介やグリッドに着いたマシンをじっくり観られるからだ。
初観戦の時は車で前夜入りしたが、この年は…覚えていない。たぶん、土曜日に静岡の実家に行き、当日の朝に出発。国鉄とバスを乗り継いでサーキット入り。友人とは現地待ち合わせしたのだろう。帰りは夜行の大垣行きに乗って名古屋まで帰ったはず。資金が少ないので交通費は極力抑えたいのだ。
前年のWECで購入したマールボロのシャツを着て上着を羽織って行ったと思う。
感激した初観戦に比べたらどうしても記憶が薄くなってしまっている。
レースクイーンのお姉さん❤
イベントブース等は当時はまだ無かったが、グランドスタンドからはスタート前進行が見られるので時間を持て余す事は無かった。
決勝 ローリング~スタート
シリーズ戦なので海外からC1、C2クラスのマシンが大挙して来日。
優勝:ステファン・ベロフ/ジョン・ワトソン組/ロスマンズ・ポルシェ956
ベロフ選手はポールポジションも獲得。WEC JAPAN二連勝。
’84年からチーム入りしたのは前年までF1で走っていたジョン・ワトソン選手。’76&77年富士F1も走っているベテラン。『赤いペガサス』モナコ編にも登場している。
ジョン・ワトソン選手(左)、ステファン・ベロフ選手(右)
富士F1を走ったドライバーを再び観る事ができて嬉しかった。
ワトソン選手からベロフ選手へのドライバー交代
2位:ジャッキー・イクス/ヨッヘン・マス組/ロスマンズ・ポルシェ956
スタート以降、安定して1-2体勢を築いて走っていたが、2番手の状況を覆すことはできなかった。
優勝の#2に32秒差をつけられてはいるがワークス勢は圧倒的強さだった。
ヨッヘン・マス選手(左)、ジャッキー・イクス選手(右)
3位:バーン・シュパン/ハンス・J・スタック組/ISEKI PORSCHE 956
シュパン選手のチームメイトは元F1ドライバーのハンス・スタック選手。
前年に続いてプライベート・ポルシェ勢トップの3位。
バーン・シュパン選手(左)、ハンス・スタック選手(右)
#2ロスマンズ・ポルシェがトップでチェッカー
当時はまだコース脇でチェッカーフラッグを振っていた。
表彰式
これだけ近くで表彰式を観ているのにもかかわらず、この年は全くサインをもらっていない。ワトソン選手やイクス選手、スタック選手がいたのに…。
記憶が無いのだが、車で観戦に行った前年と違い公共交通機関を使用していたので帰りの臨時バスの最終に間に合わなくなるので惜しみつつも慌てて帰ったのかもしれない。
哀惜・石原プロ~ 覆面パト・マシンRS2 & 2003年六本木ヒルズmiu「西部警察2003展」
『西部警察』の西部署特殊捜査車両の1台、マシンRS2。
ターボモデルが追加された最新鋭のスカイラインRSターボをベースにしている。
RS軍団の中では情報収集機能が装備されているマシンとして位置づけられている。
刑事ドラマではお馴染みの「電話局員に扮して電話線をいじって盗聴する」必要も無く、特車サファリよりも小型化された電話盗聴機や全周波送受信機はもちろん、遠くの音声を受信して発生源の形態をCG処理して投影する装置もある。
劇中では一度も使用されていないが、トランクには四連装特殊弾発射装置が取り付けられている。照明弾か催涙弾を発射して使って欲しかった。派手な絵面になったことだろう。
あくまでもメカはダミーで機能設定だ。
ターボ車ながら❝速さ❞を表現したシーンは無いところが勿体ない。
パトライトはフロントスポイラー内、後部ウインドウ内リアトレイ、そして緊急時にはボディサイドに反転して左右に現れる。エアロパーツが派手ではあるが3台の中では唯一、ノーマル車の面影を残した覆面パトカーだ。
RS1、3と違ってルールに巨大パトランプが無い。これはサンルーフを付けているから。
劇中ではサンルーフを空けてそこから銃撃するシーンがしばしば見られた。RS2の機能の中で一番使われたのが❝サンルーフ❞だったとは…。
サンルーフから上体を出しやすいように後部座席は取り払われ、コクピットの床は鉄板敷きになっている。
マシンRS2のミニカーに関しては、内部メカが地味でもある事からアオシマ・スカイネット版しか持っていない。
外観の特徴であるボディ側面のパトライトは取り付けられている。
リアからルーフに伸びる長いアンテナは無い。
あまりにアンテナが長いので湾曲させて先端をルーフに取り付けているのだが、これがデザイン的にとても良い。爆破のある激しいシーンでは留め金が外れてアンテナが天に向けて伸びてしまっている場面もある。
見た目は市販車の面影を残しているので、ドルフィン的には一番格好良い。
ファンの方が自作するカスタムカーでも一番似せやすい。
2003年、所用で東京に出たので、できたばかりの六本木ヒルズを見に行った。
ちょうど六本木ヒルズmiuで『西部警察2003』展が開催されていた。
そこにマシンRS2が展示されていた。20年ぶりの対面。持って行っていたコンパクトデジカメで撮影。
連続ドラマとして企画されていた『西部警察2003』だったが、撮影中の事故により一旦はお蔵入りになった。熱望する声に応えて単発の『西部警察SPECIAL』として放送された。
ロータス・エリーゼ
マシンRS2と並べて展示。
コンピューターや兵器武装はしていないが、インパクトがあるスポーツカーを軍団車両として登用する精神は受け継がれていた。
ロータス・エリーゼも西部署警察車両として登場するはずだったようだが『SPECIAL』では使用されなかった。
『西部警察』台本
大門団長と鳩村刑事が使用したサングラス
使用された銃
「石原軍団」伝説のラーメン
哀惜・石原プロ~ ガルウイングドアが印象的 大門団長のスーパーZ
『西部警察PATRⅡ』から登場した大門団長の指揮車・SUPER Z。
メルセデス300SLを所有するほどガウルイング式ドアが好きだった石原裕次郎さんらしく、日産フェアレディZ Tバールーフをベースにガルウイング式ドアのマシンを作ってしまった。
最初、300SLのようにドア全体が開くものと思っていたのに、ドア半分までだったので「あれ?」という感じだった。が、見慣れてしまうとカッコイイものだ。
搭載されている催涙弾や煙幕等の機能は登場時メインで使用されたが、とにかくガウルイングドアは視覚効果バツグンだった。
ドアを広げて(開けてより翼のように「広げて」の方が合っている)大門団長がショットガンを打つ様は『西部警察』を代表するシーンだ。
20年くらい前に発売されていたアオシマ・スカイネット版の1/43ミニカーはドア開閉ギミックは無く、ウインドウも全て黒塗りだった。これではSUPER Zの魅力半減だ。
フロントライトもクリア材ではなく、着色。しかもご丁寧に❝メロンパン❞のように網目まで描かれている。
おもちゃ屋さん巡りでは発見できず、オークションで落札。ケースが傷物だったので普通よりは安く入手できた。
オシマ・ダイキャストムービーコレクションからガルウイングドアが開いた状態(固定)、内装再現の1/43ミニカーが発売された。これを待っていた。
やっぱりSUPER Zはガルウイングドアが開いた状態でなければ魅力が半減される。
撮影終了後に隣街のオートバックス開店記念にやってきた西部警察特殊捜査車両4台。
乗車可だったので着座。TV見て覚えた操作方法でガルウイングドアを閉めて催涙砲を動かすところまでやってしまった。
マイクを下げて「自分は西部署の大門だ」ポーズで友人に写真を撮ってもらったのは良い思い出だ。
ガルウイング部は透明アクリル板なので、ドアを閉めても明るい。夏場は暑かっただろうな。
おばけ煙突倒壊の全国ロケ・名古屋編が撮影・放送された時はまだ大阪に住んでいたのだが、正月スペシャル『燃える勇者たち』の撮影時は名古屋に住んでいた。
長島スパーランドでのイベントには学業の都合で行けなかったが、撮影&イベント帰りの車両運搬車に遭遇。この時に初めて特殊捜査車両を目にした。
「なんとなく遭遇しそう」な気がしてカバンにカメラを入れて持ち歩いていたのだ。
当時プリントした写真が残っていなかったので、ブログ掲載のために再プリントしたらかなり退色していた。
また、ドルフィンの師匠が学生時代に名古屋ロケ編の「あさくま爆破」シーンを観に行ってビデオに撮影。なんと自主製作映画で爆破シーンを使っていた。作品を見せてもらって流用アイデアに感心した。
スローや効果音までは使っていなかったので「パン」という軽い破裂音で一瞬炎が上がったくらいだった。スローにしていないとこんな一瞬だったのかと知った。
forever~ニッキー・ヘイデン選手 7月30日は誕生日 2016年鈴鹿8耐は土曜日だった
7月30日は元MotoGPチャンピオン、故・ニッキー・ヘイデン選手の誕生日。
数字の覚えが悪いドルフィンが覚えているのには訳がある―。
ホンダは2016年鈴鹿8耐のハルクプロのライダーとしてニッキー・ヘイデン選手を招聘した。
本戦の土曜日が誕生日で、トークショーが行われる先々でニッキー選手の誕生祝いが行われたからだ。
今まで経験した8耐土曜日の中で一番楽しかったなぁ。
合同テストでのニッキー選手
ニッキー選手が走ると言うので合同テストから観に行った。
天気が悪かったが逆にクリアバイザーで走ってくれたので、目元まで分かる写真を撮ることができた。
MotoGP時代からイケメン&ナイスガイとして知られていたニッキー選手。集まったファンにも丁寧に対応して下さっていた。
ピットに入りっぱなしではなく、フツーにパドックを出歩いていた。
ミニカーにニッキー・ヘイデン選手のサインを頂いた
本戦・土曜日は鈴鹿4耐決勝時間にGPスクエアでメーカー主催のトークショーが行われた。
ハルクプロのトークショーはホンダ・ブースからスタート
MCの合図で集まったファンが「ハッピーバースデー トゥ ユー♪」を歌う。
メッセージボードを持った方々や花束を渡す方々もおられた。
お気に入りの一枚
トークショーの合間にテスト日に撮らせてもらったツーショット写真を遠くから見せると「こっちこいよ」と手招きしてくれて、写真にサインを入れて下さった。とても嬉しく良い思い出になった。
ブリヂストン・ステージでのトークショー
メインステージでのトークショー
決勝は残念ながらマシントラブルでリタイア。
翌年またリベンジに来てくれると思っていたのだが…。
MotoGPとワールドスーパーバイクでWチャンピオン獲得を目指していたのに。
この季節になると特に強くニッキー選手を思い出す。
Nicky-Hayden keeps living in all heart eternally.
星野選手最多勝利を飾る ’84年富士グラチャン第1戦富士300㌔レース
1984年の富士グラチャン(GC)開幕戦・富士300キロスピードレースの観戦に行った。
富士GC観戦は前年に引き続き2回目。地元からFISCOが下道で1時間ということもあり、この時代は富士GCが自分にとっても観戦開幕だった。
富士GCは日本独自レースで、モーター誌でも特集が組まれるほど人気が高かった。
出走台数が多く、GCや富士ロングディスタンス・シリーズにだけ参戦しているドライバーも少なくはなかった。
前年最終戦での高橋徹選手の事故を受け、GCマシンもウイングカーが禁止になった。
なので、開幕戦から新型カウル・MCSⅤを使う選手が多かった。一部MCSⅢであったりオリジナルであったりした。
シャシーは旧型F2のものを流用。MCSⅣがカッコ良かっただけに勿体なかった。
レースクイーンのお姉さん❤
決勝日のみでグランドスタンドで観戦しているので、撮影している写真は皆同じ角度になってしまう。
グリッドに着いた時にほぼ全車撮影しておくのだった。
ヘアピン方面に行くには、スタンドの最終コーナー寄りにあるトンネルを使わなくてはならないので、耐久レースのように時間が無いとなかなか行けない。
スタート前ドライバーズブリーフィング
星野一義選手/LARK83S
ジェフ・リース選手/ADVAN-PIAA・MCSⅤ
序盤は星野選手とリース選手の一騎打ち
中嶋悟選手/EPSON MCS
使用シャシーは前年、高橋徹選手が使用したマーチ832だとか。
高橋国光選手/ADVAN・PIAA MCSⅤ
#24 高橋健二選手/ADVAN・PIAA MCSⅤ
#26 和田孝夫選手/グランドスラムMCSⅤ
長谷見昌弘選手/佐川急便スピードスターMCS
松本恵二選手/CIBIE MCSⅤ
赤池卓選手/スタンレーレノマ・マーチ
#2 片山義美選手/デサント-KN84S
#20 柳田春人選手/キャノン/コカ・コーラマーチ
優勝:星野一義選手
昔はコース脇でチェッカーフラッグが振られていた!
2位:中嶋悟選手
星野選手と当時の新聞記事
サポートレース
マイナーツーリング
人気絶頂だったグループ5・スーパーシルエット・レースが終了し’84年からJSSジャパン・スーパースポーツ・セダン・レースが始まった。
マツダRX-7と日産シルビアターボが大半を占める。
ロータリーは改造が成されているが、ターボは加給圧がノーマルのまま。
ポールポジション
赤池卓選手/エンケイ・タク・サバンナ
GCレースとWエントリー。
セカンドロウは岡田秀樹選手/セトラブユアーズマツダRX-7。
篠田康雄選手/ムサシノRRCシルビアターボ
高木政巳選手/トムスカローラレビン
北野元選手/インパルシルビアターボ
サインはサウンド・オブ・エンジンにゲストで来られた際に頂いた。
哀惜・石原プロ~ シャープな覆面パトだったマシンRS & RS3
昨日のお昼の帯番組でも石原プロについてトークが成されていた。
そこでも語られたのが、新人だった渡哲也さんが石原裕次郎さんに挨拶に行った時、一介の新人に対し、立ち上がって「石原裕次郎です。よろしく」と挨拶されたという話。
昔、そのエピソードを聞いて感動し、自分も社会人になって後輩新人が挨拶に来た時は必ずキッチリ挨拶をするように心がけるようにしたのだった。
日産スカイラインRSの販売に合わせて『西部警察PARTⅡ』から登場した特殊捜査車両・マシンRS。
外観はベース車の直線的なシャープなスタイルにエアロパーツを追加した❝完全覆面パトカー❞。緊急時にはフロントエアロ内と後部ボード上の赤色灯を発光させる。
このシャープな覆面パトのスタイルが好きだった。主に運転した沖田刑事・オキのイメージにも合っていた。
番組登場前に日産の広報誌で「RS軍団」の一員として生まれ変わった写真を見た時には驚いた。ルーフの巨大なパトランプやボンネットのスーパーシルエット風カナードが付いて仰々しくなっていたのだから。「悪夢であって欲しい」「TVに登場する時にはパトランプが外れていて欲しい」と願ったが、覆されることは無かった。
20年近く前まだ静岡に住んでいた時、友人に連れていかれたミニカーショップで初めて西部警察車両のミニカーを見た。さすがはオモチャの街・静岡。その時に「西部警察車両のミニカーが販売されていた」事自体を知ったのだ。
その店にあったのはアオシマ・スカイネットの「RS2」と「RS3」。一番人気の「RS1」は無かった。
後日、別の店で「RS2」「ガゼール」を、さらに他の店でも「ガゼール」を発見。
予算の都合で2台一気には買えない(それでも3,000円前後だったはず)ので、希少性から「RS3」を最初に買ったのだった。
スカイネット版はウインドウが黒で内装は再現されていない。
RS3は特徴的な助手席側にあるサーチライトとビデオカメラが❝ウインドウが閉まっていても❞取り付けられている。
ボンネットにある開閉式のエア導入口は閉じた状態に❝筋目❞だけが入れられている。
2010年初頭に発売されたアオシマ・ダイキャストムービー・コレクション「マシンRS」。
このシリーズでは内装が再現されている事がウリ。
「RS3」はスカイネット版を持っていたので「マシンRS」がリリースされるのを待って購入した。
このシャープなスタイルがカッコイイ!
マシンXよりも整然と配置された車内コンピューターや可動式サーチライト&ビデオカメラも収められている。
後部座席はマイコンを納め操作するために❝横向き❞に設置されている。
足元の鉄板やコンピューターのモニター画面、プリンターまでも再現。モニター画面はシグナルコントロールで使用される街の地図が映し出されているのだ。
マシンRSの機能として一番知られているのが「シグナルコントロール」。犯人車追跡のために進行方向の信号機を「青」にしてしまう装置だ。いきなり信号が変わってしまうのだから垂直方向の車はかなり混乱するはずだ(笑)。
見通しの良い道路で進行方向の信号が全て「青」だと「シグナルコントロールだ!」とテンション上がったものだ。
ミニカー内装と実車内装
番組終了後、地元隣町にオープンしたオートバックスに西部警察特殊捜査車両4台が来た。友人とバイクを飛ばして見に行ったのだ。
ドアが開けられていて乗車可だった。
今回を期に購入した『西部警察ファンブック マシンアルバム』は近年撮影した写真だけでなく、当時の写真も豊富に掲載されている。
これによると「助手席ドア内側には救急セットが納められていた」そうだ。オートバックスで見た時は助手席ドアは開けられていなかったので、この写真集↓で初めて存在を知った。
後部座席コンピューターのモニターには街の地図が!
劇中では後部座席に乗り込むシーンは描かれていないが、恐らく助手席側ドアから乗り込んだのだろう。
コンピューターを搭載するという「マシンX」からのアイデアや後部座席を横方向に収めたりする手法は、先人がいなかっただけに素晴らしい発想だと感心する。
『ファンブック』には開発のプロセス記事も掲載されている。
いよいよ市販か?と思わせたMID4Ⅱ ’87名古屋モーターフェスティバル 4輪編
1987年の名古屋モーターフェスティバル。
国内自動車メーカーのコンセプトカーや市販モデルの展示だけでなく「モータースポーツ・ゾーン」があり、F3000、Gr.Cカー、GCカー等も展示されていた。「流石、鈴鹿サーキットに近いだけのことはある」と感じた。モータースポーツをアピールして、より多くの方にサーキットに足を運んでもらいたいとの思いがあるのだろう。
日産MID4Ⅱ
’85年のモーターショーで発表されて「市販化待望」の声が大きくなっていた。
「Ⅱ」の発表で「市販も近い?」と雑誌等は煽り立てていた。
しかし…市販されることなく眠りについてしまった。
赤い車体でノーズの感じがNSXに似ている…。
2014年に日産ヘリテージコレクションを訪れた際に再会
日産パオ
Be1に続くマーチをベースにしたパイクカーシリーズ第二弾として大人気だった。
日産ザウルス
ワンメイクレース「ザウルスカップ」で使用された。
二座席スポーツカーとして公道で走るものと思っていた。
トヨタAXV-II
3年後に「セラ」としてバタフライドアそのままに市販化。変わった車が大好きなドルフィンは欲しかったなぁ。
ウイリアムズFW11B/ホンダ
同年のF1日本GPでドライバーズチャンピオンを獲得した#6 ネルソン・ピケ車。
長谷見昌弘選手の佐川急便スピードスター・ローラT87/DFV
日本でF3000導入初年のマシン。
マツダ757 #202
GTPクラスながら日本車最高の総合7位を獲得。
哀惜石原プロ~ 衝撃だった最初の特捜車両・マシンX『西部警察』
『西部警察』に登場した最初の特殊捜査車両・マシンX/スカイライン2000GTターボ・ジャパン。最初の特殊捜査車両だけあってインパクトが強かった。
『西部警察』を…刑事ドラマシーンを塗り替えた歴史的な警察車両であり、作品の人気の一端を担っている。
後に登場するマシンRSの方が性能の全てに置いて勝っているのだが、逆にマシンXの武骨さが好きだ。
アメリカドラマ『ナイトライダー』のように人工知能とハイテクの超SF的装備ではなく、時代の最先端の装備を取り付けていたところが現実的であり魅かれる部分なのだ。
現在なら映画『007』のようにハンズフリーでコンピューターが全て行ってくれるのだろうが、それでは面白くない。ホームズの虫眼鏡のように❝人間が操作❞する「捜査道具」だから魅力的なのだ。
“窓が閉まっているのに外付け”になっていたサーチライト
速さの象徴でもある「スカイラインGT」に加え国産二台目になる「ターボ」車というベースの凄さ。
無許可でゲリラロケをしたという東名高速道路で一般車をバンバン追い越して行くシーンは、まだ一般化していなかった「ターボ車の速さ」を感じたものだ。
まだフェンダーミラーだった時代。
ところが、今見るとこれがまた渋いのだ
マシンXのフロントグリルはレーダー波受信用の丸い切り込みがある。これもまたカッコイイところだ。
最近の車にも衝突回避レーダー波の受信用にグリルがカットされている車種があるが、つい「カッコイイ…」と思えてしまうのだ。
『ハチマルヒーロー』誌の西部警察車両特集号は持っていたが、今回を期に『西部警察マシンアルバム』を購入。分厚い!
誌面のための撮り下ろしだけでなく、当時の写真もふんだんに使用しているところが嬉しい。
マシン開発エピソードを読んで、発想の素晴らしさに感動すら覚える。
マシンXが現役としての最後の活躍は「PARTⅡ」静岡ロケ編だった。
静岡ロケ編というと、当時ネット局の「静岡けんみんテレビ」(現・静岡朝日テレビ)に勤めていた先輩の話では―
まだ再開発中の静岡駅前に小暮課長(石原裕次郎さん)がヘリコプターで着陸して静岡入りするシーンがあった。
爆破シーンに比べたら派手さはないが、実はかなり困難な撮影だったそうだ。航空法でヘリの市街地への着陸は不可能。それをクリアしての撮影。
おかげで、以降の地方ロケの撮影を手伝うネット局から「最初からハードルを上げるな」とか「『静岡ではここまでやってくれた』と言われて困った」と、局に苦情の電話が来たそうだ。それも静岡県民テレビの誇りなのだそうだが。
静岡・前編のラストシーンでは、マシンXと特機隊が久能海岸沿いにある友人宅前を通っている(笑)。
実車の写真が無いので日産ヘリテージコレクションのジャパン
ミニカーコレクションを始めた時には「西部警察のマシンはそろえたい」と思っていたので町のおもちゃ屋さんを巡ったり、ネット通販を探したものだ。
20数年ほど前にアオシマ・スカイネットのディスプレイモデルが発売されていた。ウインドウは黒塗りで車内は作られていない。
マシンXを通販で発見した時は「まだ残っていた!」と喜びに奮えた。オークション等ではプレミア価格を付けていたが、通販は定価販売だった。
2008年にアオシマから車内装備も作り込まれたダイキャストムービー・コレクションが発売された。
一番最初にリリースされたのは西部機動車両第1号であるマシンX。ライトがルーフにある初期タイプだ。
せっかく車内を再現しているのにウインドウの透明材が湾曲して見え難い欠点があった。後に発売となった車内パトライトの後期型ではサイドウインドウを外して見易く改良されていた。
座席は運転席のみ。レカロのバケットシートも再現されている。後部座席は取り払われロールバーも設置されている。後のRSはバケットシートまでこだわりが無かった。やはり最初のマシンならではだ。
レカロのバケットシートや車内コンピューターが再現(デカール)されている
車内装備が再現されているダイキャストムービーだが、造形的にはスカイネット版のマシンXの方が好きだ。
ボンネットにあるコックの作りの細かさやナンバープレートの薄さ等、同じ車両でも微妙に造形が異なっているのだ。
劇中においてマシンXのエンジンを始動させるためには3段階の手順を踏まなくてはならない。簡単に発砲してしまう拳銃よりも取り扱いが厳しいのだ。
西部署地下のシャッターが開き“緊急発進”する描写が増えたため、エンジン始動の手順は登場初回のみだ。
「ボボン…」と太く響くエグゾースト(―の効果音)。「ファンファン」ではなく「パーポーパーポー」のパト音も特別車両感を出していた。
最初の特殊捜査車両なだけに特殊装備を生かした演出が一番なされていた。それだけに印象が強い。
中嶋選手がロータス91で 国さんが6輪タイレルで走る '83富士スポーツカーフェスティバル
1983年の夏、ロータス91とタイレルP34-F1マシンが2台も走る!イベントが富士スピードウェイで開催された。「スポーツカーフェスティバル'83」
河口湖自動車博物館が所有するF1やスポーツカーや一般参加のスポーツカーを走らせるイベントだ。
今でこそホンダやトヨタが持ちF1を、個人オーナーのクラシックF1を走らせてくれるイベントが開催されているが、当時はF1マシンが2代も走るなど貴重なイベントだった(2台❝も❞ですよ❝も❞)。
本来は帰省する事も無く観戦にも行く予定ではなかったのだが、初夏に盲腸の手術をして静養のために帰省していた。せっかくなので―と、帰省していた地元の友人と出かけたのだった。
友人の車に乗せて行ってもらったのかな?
現地で東京の友人がバッタリ会って合流。互いに「行く」とは言っておらず偶然だった。
Pit-FM78のステッカー
F1をドライブするのは’77年F1日本GPでタイレル007をドライブした高橋国光選手と、’82年にロータスのテストを行った中嶋悟選手だ。
マシンにゆかりのある選手を選んでくれたているところが嬉しい。
サイン会での高橋国光選手と中嶋悟選手
写真に写り込んでいるスタッフのお姉さんが来ているTシャツ等の河口湖自動車博物館グッズを購入するとお2人のサインをして頂けた。
ドルフィンもTシャツを購入してサインを入れて頂いた。国さんは❝赤ペン❞で色塗りもして下さった。
サインを入れて頂いたTシャツは着倒したので、せっかくのサインが薄くなってしまったのだった(今でも残しているが)。それ以降、サイン入りのシャツは着られなくなった。
エリオ・デ・アンジェリス選手のJPSロータス91/フォード
てっきり後に田宮模型本社に展示されたものと思っていたが、違う機体らしい。
タイレルも同様。
6年ぶりに見るF1マシンの走行。素晴らしい。感激だった。
中嶋悟選手がロータス91をドライブ
ワイドなボディで「これぞウイングカー」というデザインでカッコイイ!
サイン写真は近年になって入れて頂いたもの。
パトリック・デパイユ選手のelfタイレルP34/フォード
国さんがタイレルP34をドライブ
古いマシンなのでなかなかエンジンがかからなかった。
こちらは誰?
富士モーターミュージアムのステッカー
トヨタ2000GT
高橋国光選手のスカイライン2000GT-R
「コクピットはキツネの臭いがした」と友人談。
ドライブは違う方
スカイライン走行会
ハコスカ、ケンメリばかり。
マセラッティ 200 SI
近年、マチャアキ・堺正章さんがラ・フェスタ・プリマヴェラ等のクラシックカーラリーに出場している時の愛車もこのタイプ↓じゃなかったかな?
色々なスポーツカーが走行
これにて1983年に観戦したモータースポーツイベント掲載終了






































































































































































