愛惜・石原プロ ~「西部警察」特車サファリ
『西部警察』に登場したマシンXに続く二台目の特殊車両・特別機動車両 サファリ4WD。
「PART1」終盤に特別機動車両隊(特機隊)登場と共に西部署捜査課に配属された。
放水銃や上方に伸びる潜望鏡式レーダー&ビデオカメラ機能が劇中で度々使用されていた。
しかし、登場時に車内紹介したメカの感じからすると使用されていない機能がかなりあったと見受けられる。
サファリは実車を見た事が無い。
最近になって友人が現在保管されている場所に見学に行った時の写真を提供してくれたので使わせてもらうことにした。
ミニカーは20年以上前に販売されたと思われるアオシマ製。
サファリはこのシリーズ最後に入手。経路は20年くらい前にオークションだったように思う。
リサイクル本屋で見つけた2002年に刊行された『Quanto増刊ミニチュアカー大全』には西部警察スカイネット版シリーズが掲載されていたが、サファリは載っていなかったので存在していないものと思っていた。
最初に(?)ミニカー化されたこのシリーズはウインドウが黒になっていて内部は再現されていない。
上部放水銃は再現されていない(内部に収納状態)が、フロント部のメッシュやウインチ等、ボディのスリットが細かく再現されている。
ナンバープレートは「PARTⅡ」中期以降のものに設定されている。
フロントの散水機で霧を発生させ敵の視界を奪う。ルーフが前方にスライドし、2門の放水銃がせり上がると大門団長の出番だ。放水銃で建物の壁をもブチ破り犯人の動きを封じるのである。
車体に設置されているとはいえ、上下左右に手動で動かせるので、放水で的を狙うためにはかなりの腕力が必要になるだろう。
内部カッコイイな~ 放水銃が♡型
内部メカを見ると電話回線傍受等、使われていない機能が多かったと思われる。
防水仕様でここまで作り込むのは大変だっただろう。
コンピューターは装備しているが、現在のようにコンピューター任せではなく❝人間が操作する❞この時代のメカだからこそ魅力的だったのだ。
劇中、名古屋や北海道ロケにも随行して行くが“ただ乗って行っている”だけで、活躍の場があるのはやはり静岡編が最後になる。
特車サファリは❝作戦指令室❞的役割を持っていた割に、他のマシンに比べて寿命が短かったように思える。機動性に乏しく“パトカー”として使用できないからだろう。
J.J.レート選手とマクラーレン勢 & GT2 ’97鈴鹿1000㌔
1997年ポッカ鈴鹿1000㌔は参加車両もドライバーも有名どころ目白押しだった。
ピットウォークでサインを頂いたり(サイン会では無かった)、ナイトラン観たりと❝夏のバカンス❞っぽくて楽しかった。
トークショーやブースでの特別なイベントは無かったが一日満喫できた気がする。当時はイベント無くても楽しむ方法を編み出していたのかも。
4位:J.J.レート/スティーブ・ソパー組/マクラーレン F1 GTR
J.J.選手も好きなドライバーの一人。F1日本GPの際にサインを頂いたり、ITC鈴鹿、’96鈴鹿1000㌔と連続して来日してくれた事も大きい。サウンド・オブ・エンジン等でゲストに来て欲しい方だ。
スティーブ・ソパー選手はJTCC初年にBMWワークスのドライバーとしてシリーズ参戦。2年目にチャンピオンを獲得している。
京商1/64ミニカー FINAマクラーレンF1GTR LM
J.J.レート選手
この年はお会い出来なかった。
8位:P.コックス/R.ラヴァーリア組/マクラーレン F1 GTR
C.グッドウィン/G.エイルズ/S.ヨハンソン組/マクラーレン F1 GTR
ジェフ・リース/アンドリュー・ギルバート・スコット/ジョン・ニールセン組
/マクラーレン F1 GTR
GT2クラス
優勝:P.ガシュ/O.ベレッタ/クライスラー・ダッジ・ヴァイパー
2位:P.チャヴェス/R.ナーン/和田久/ポルシェ911 GT2
和田Q選手が表彰台入り!
3位:松田秀士/J.ベル/T.アーチャー組/クライスラー・ヴァイパ
松田選手が3位表彰台。
C.オイサー/H.ベッカー/H.ブールマン組/マーコスLM600
織戸学/羽根幸浩/河野尚裕 組/クライスラー・ヴァイパー
舘さん来場 1999年頃の大阪大丸「西部警察展」+FN監督の舘さん
1999年頃に大阪・大丸で行われた『西部警察展』。
独身時代に現・嫁はんに会いに大阪に行った際にちょうど開催していたので見に行けた。
当時使っていたコンパクト・デジタルカメラで撮影。まだ画素数が低かった事と、保存媒体の容量が小さかったので縮小して保存していたため画像が粗いのはご了承下さい。
放送最初の西部署メンバーのパネル
『西部警察』はドンピシャ世代なので大好きなのだ。10年くらい前にCSファミリー劇場で放送されたものを選抜してDVDに残していて、今でも度々見ている。
舘ひろしさん来場日だった
舘さん待ちの女性ファンが多かった。
握手会の整理券などとっくの昔に無くなっていたので、遠目に姿を拝見。コンデジのズームいっぱいにして撮影しても小さくなってしまった。
フォーミュラニッポンの監督をされいた時にお会いできていたので、遠くても我慢できたのだった。
1997年にフォーミュラニッポン/ナビコネクションの監督をしていた舘ひろしさん
一つ一つの仕草が、ただ立っているだけでもホントに本当に格好良かった。しかも不自然さが無い。❝常に見られている❞事が身に付いているのだろう。
スターのオーラバシバシでなかなか近寄れなかったが、意を決してサインをお願いしたら快くして下さった。
格好良く爽快な方だった。
鳩村刑事のスズキGSX1100Xカタナ
写真だけでなく、ハト村刑事のカタナが見られて感激。磨かれてピッカピカ。
缶コーヒー付属ミニカー「ヨシムラ・コレクション」の黒カタナをハトのカタナに、
「ハーレー・コレクション」を改造してタツのハーレーにした
大門圭介団長のスーツ
あれだけアクションを展開してきたのに綺麗だった。
特撮ヒーローのスーツのように「アップ用」と「アクション用」があったのだろうか?
西部警察写真集を購入
LARKマクラーレン&フロムAポルシェ再び ’97鈴鹿1000㌔
1997年の鈴鹿1000㌔ではちょっと前に活躍した懐かしいカラーリングのマシンも復活した。「夏のモータースポーツ祭り」っぽい特別感があって良かった。
9位:関谷正徳/土屋圭市/中谷明彦組/LARKマクラーレンF1 GTR
前年(1996年)のJGTCにチーム郷が参戦したLARKマクラーレンF1GTR。同じカラーがロングテールでも復活。
’97年のル・マン24時間に参戦。鈴鹿1000㌔には「マクラーレンF1GTRならこの人!」関谷正徳選手を加えたメンバーで臨んだ。
ル・マン1戦のみの参戦と思っていただけに、鈴鹿でも観られるのは嬉しかった。特にドリキンさんのドライブなので。
レース終了後の花火と関谷正徳選手
日本人初のル・マン24時間レース優勝ドライバーでありながら、国内でマクラーレンF1GTRでレースする機会が無かったので❝関谷選手のマクラーレン❞でのレースが観られる貴重な機会だった。
土屋圭市選手
この年のル・マン参戦後くらいからサインが「ドリキン」タイプから「漢字」タイプに変更されたように思う。
LARKのお姉さん❤
13位:C.ローゼンブラド/C.ブシュー/R.ケレナーズ組/ポルシェ911 GT1
Gr.C時代に岡田秀樹選手のドライブで一世を風靡したのがフロムAポルシェ956。GT1時代に蘇った。
石原プロ解散⁉ 昔、小樽「石原裕次郎記念館」に行ったな
7月16日付けで「石原プロモーション」解散が発表された。
「いつかまた石原プロで映画を」を合言葉にしていただけに、夢を成し遂げずに解散するのは残念におもう。
どんな男臭い映画を作ってくれるのか楽しみにしていた。
かれこれ四半世紀前の1993年のGWに北海道旅行した際に小樽の「石原裕次郎記念館」に行った。
当時勤務していた会社が保養所契約しているトマムに行く前に、札幌に住む友人に会って車で連れて行ってもらったのだ。
ドルフィンは『太陽にほえろ!』『西部警察』真っ只中の世代なので、北海道に行くなら故・石原裕次郎さんの記念館には行ってみたかった。
時間の都合もあったので無料区画だけ観る事にした。
裕次郎さんの映画界TV界への功績が伝わってくる。まだ西部警察車両の展示は無かった。
寮生活をして一緒に『西部警察』を観てきた友人と記念館を回れて感無量。
ドルフィンがベネトンを、友人がレイトンハウスのジャケットを着ていた。5月でも北海道は寒かった。
パネルの前で友人と記念撮影した
平成5年5月2日のスタンプを押している
記念館は2017年8月31日、惜しまれつつ閉館した。再び行く事はできない。
ショップから裕次郎プリントのサッポロビールを親父に送った
’87年鈴鹿8耐 シュワンツ選手のヨシムラ/モリワキ/国武舞・清水國明さん/お姉さん達
「今年の鈴鹿8耐決勝は7月19日」―と、あれだけCMしていながらコロナ感染対策のために延期になってしまった。
本来なら鈴鹿から未明に帰宅。入浴し就寝。日曜日は月曜日からの仕事に供えて静養。写真整理しながら生放送を観るのがここ数年の流れだった。嫁はんは仕事に出ているので気ままに過ごせる。 途中で疲れが出てうとうとしてもいいように録画はしておくのだ。
だぁが、今年はキッチリ仕事だ。
―という訳で
鈴鹿8耐プレイバック・ウィークもラスト
1987年鈴鹿8耐
昔はピットウォークも無ければライダートークショーも無かった。
10月に延期された今年の8耐も同じような感じになりそうだ。単純にレースを観て楽しむ。
ケビン・シュワンツ/大島行弥 組/ヨシムラスズキGSX-R750
辻本聡選手はAMAスーパーバイク参戦中の怪我で欠場。
序盤、シュワンツ選手のライディング中にトラブルでリタイア。
2位:ギャリー・グッドフェロー/高吉克朗 組/ヨシムラスズキGSX-R750
レース残り10分。高吉選手がトップを走行。ヨシムラの優勝が見られるものと期待していた。
まだピットビルが低かったのでグランドスタンドからでもS字まで見えた。
暗くなった中、ストレートを通過したヨシムラ機のライトが消えた! スタンドは騒然。アナウンスが「ヨシムラ転倒~ッ!」を叫ぶ。背後に迫っていたTECH21ヤマハらしきライトがダンロップコーナーを駆け抜ける。
ショッキングなシーンだった。
Pit-FM78のお姉さん❤
❝注目される❞ヒップに文字が書かれている。この頃から単なるハイレグ水着風ではなくデザインや広告効果を考えた衣装が出始めた。
樋渡治/前田忠士 組/モリワキZero-Z750
ホンダCBR750のエンジンを搭載。リアはモノショック主流なっていたが、あえて2本ショックを採用。
予選で前田選手が転倒。怪我により欠場となった。
2宮城光/橋本忠 組/モリワキZero-Z750
8耐史上ふた組目の女性ペア
T・シャープレス/K・コバーン組/ネスカフェ・アメリカーナFZR750
「外国チーム シード」のために予選は通過できたのだが、予選タイムを鑑みて出走を取り止めている。潔い。
チームは2カーエントリーしていて、#25のFZR750をライディンしたのは、若きマイケル・ドゥーハン選手だった! 49位で完走している。
残念ながら写真は撮れていない~ッ!
鈴木淳/ジャン・F・バルデ組/RVF750
お気に入りメッチャ可愛いキャンギャルのお姉さんたち❤ この年はレベル高かったなぁ。
ファミマのお姉さん❤ 小柄で無い胸が逆に可愛い(失礼)
ショウエイのお姉さん❤
綺麗でスタイルいいし最高~ッ!
同年に鈴鹿で初開催したF1日本GPでは、TECH21、ファミマ、ショウエイのお姉さんがモービル1のキャンギャルとしてチームになっていた!
最高チームじゃないですか!!
ダンロップの望月知子さん❤
細すぎずパーフェクトなスタイルで最高~ッ!
グッズショップ前で国武舞・清水國明さんとグレーム・クロスビー選手がお喋り
鈴鹿4耐に出場して人気を博していた国武舞・清水國明さん。
決勝後は友人を愛車・ホンダMVX250に乗せて名四国道を一路名古屋に向けて爆走。
渋滞のテールランプが続いているので「王蟲が怒ってる!」とか言いながら、スリ抜けて走行。日が変わる前には名古屋に到着したのだった。
今思い起こすと肝が冷える。
ガードナー組不発! ’87鈴鹿8耐 ホンダ勢と本田美奈子さん前夜祭
本来なら第43回 鈴鹿8耐のTOP10トライアルと鈴鹿4耐決勝が開催されていた。
4メーカーががっぷり四つに組み合っていた事だろう。
今年、ヤマハがファクトリー参戦無しを表明したのは、コロナ不況を見越して予算を削減したためだという素人考えを持っている。MotoGP費を増加の煽りもあるが、8耐はファクトリー参戦してくれていただろうと。
今後しばらくは2019年のような4メーカー激突は見られないのかも…。
天気は回復してきたのでコンディションは良かったかも。
―という訳で
1987年鈴鹿8耐プレイバックパート2
ワイン・ガードナー/ドミニク・サロン組/ロスマンズ・ホンダRVF750
ポールポジションを獲得し、8耐3連覇濃厚と見られていた。
スタート直後こそ順位を落としたが、すぐに首位を奪取。
決勝でのガードナー選手
昼頃、あまりに暑かったのでプール
に行った。
小一時間ほど涼んで帰ってみると「ガードナー選手がいない…」。
ドミニク・サロン選手が転倒し、ピットで修復してコース復帰したものの再転倒。リタイアになったらしい。
ロスマンズのお姉さん❤
レイバンのガードナーモデルのサングラス発売記念のステッカーとレイバンのお姉さん❤
ショウエイのガードナー選手ステッカー
鈴鹿サーキットクイーンのお姉さん❤ 浴衣バージョン
ニール・マッケンジー/マルコム・キャンベル組/ホンダRVF750
ホンダ・ファクトリー勢は相次いでリタイア。
11位:八代俊二/木下恵司 組/TERRAホンダRVF750
ロスマンズ・ホンダからWGP500ccクラスに参戦していた八代選手は、木下選手と組んでHRCから参戦。
味の素ホンダ&TERRAのステッカー
36位:阿部直人/宮崎祥司 組/ブルーフォックスCBR750
後にT.T.F1チャンプ、8耐2位を獲得する宮崎選手がブルーフォックス入り。
12位:徳野政樹/三浦昇 組/SEEDホンダRVF750
土曜日の晩には映画『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』の最終シーンの公開撮影が行われた。
主演の本田美奈子さんと宇梶剛士さんが来場して撮影が行われた。
前夜祭として映画撮影用ライブを兼ねた本田美奈子さんのミニライブが行われた。
「ミナ! ミナ!」と声援を上げるファン役としてお客さんがエキストラを務めた。もちろん 出たがりのドルフィンもエキストラに参加した。
―のだが、ポジション取りが悪く、後にビデオで確認すると頭しか映っていなかった…。
本田美奈子さんのライブを観られた事はこの大会一番の思い出だ。
スタンドでライブが始まるのを待っていると、背後に何やら気配を感じた。
振り返ると、HRCの木下恵司選手と宮崎祥司選手が連れ立って観覧に来ていた~ッ!
色紙やサイン帳は持っていなかったので、メモ帳にサインを頂いた。
木下恵司選手と頂いたサイン
宮崎祥司選手と頂いたサイン
宮崎選手はこの時初めてお会いした。
コカ・コーラのお姉さん❤
鈴鹿8耐が延期になったので…1987年鈴鹿8耐 TECH21ヤマハ初優勝!
新型コロナ対策で延期になってしまったが、本来なら鈴鹿8時間耐久オートバイレース・ウィークに突入していた。
ドルフィンも金曜日、土曜日観戦。日曜日は疲れを癒しながらTV生放送観戦の予定でいた。半年前から宿も確保していた(やむなくキャンセルしたが)。
きっと当日の行動計画を考えワクワクして2~3時間寝られず、きっと午前3時くらいに家を出発していたかもしれない。
梅雨の時期なので雨対策を考えていたことだろう。
多くのロードレースファンの方々も同じだろう。
延期になったとは言ってもまだまだ予断を許さない感じで、いつ中止や無観客開催になるかもしれない。
―という訳で、
1987年の鈴鹿8時間耐久オートバイレースをプレイバック!
8耐観戦も4年連続4回目。
前年は欠席した東京の友人も観戦にやって来た。ドルフィンの愛車・ホンダMVX250に2人乗りして金曜日の朝に鈴鹿入り。ドルフィンよりも体が大きな友人。彼の荷物は彼が背負い、自分の荷物はタンクに固定した。完全に後ろ荷重で、発進の際は気を付けねばウイリーしてしまうほどだった。
そんな状態で名四国道をトラックの合間をすり抜けて往復した。今思えば友人の命を預かっていてよくそんな運転が出来たものだと芯の臓が縮み上がる。
宿泊はゲート前に野宿だ。
ヘルメットもシンプソンだったので、30㌢くらいあるシンプソンのステッカーをデイパックに❝縫い付けて❞使っていた。
入手経路は覚えていないが2枚持っていて、その内の1枚を今でも残している。
そのデイパックにカメラ等必需品を詰めて観戦していた。
鈴鹿サーキットクイーンのお姉さん❤
他にも浴衣バージョンがあった。それはまた後日に―。
神様ケニー・ロバーツ選手の参戦も無く、4回目の観戦ということもあって❝感動❞が薄れていたかもしれない。
レース写真よりも「キャンギャル・オンステージ」の写真の方が多く残っている。
いや、レース写真も多く撮っているはずなのだが❝成功❞している写真が少なかっただけなのだ。
逆に「キャンギャル・オンステージ」がイベントとして成立。現在レーシングシアターがある辺りに、鉢状地の中央にステージがあった。客席は草ぼうぼう。ここで行われていたので写真が撮り易かった。
イベントステージで紹介できるほどキャンギャルの数も激増していた。
ル・マン式スタート&1周目
優勝:
マーティン・ウイマー/ケビン・マギー組/TECH21ヤマハYZF750
平忠彦選手はWGPフレンスGPで転倒して負傷。鈴鹿8耐は「監督」として参戦。
奇しくも自分が走らないレースで優勝を遂げてしまった。
ケビン・マギー選手が最終ダブルスティントでトップのヨシムラ・スズキをジワジワと追い詰める。
最後まで諦めない姿勢が最後の最後に大逆転をもたらすことになった。
ヤマハYZF750はホンダのプロアープのような片持ちリアウイングアームを採用。残念ながら市販車へのフィードバックは無かった。
TECH21カラーのリアホイールが映えてカッコ良かった。
3代目TECH21のお姉さん❤
3位:チーム・ラッキーストライク・ロバーツ・ヤマハYZF750
ジョン・コシンスキー選手
翌’88年から全日本ロードレースとWGPにスポット参戦を始める。
カル・レイボン選手
ケニーロバーツ監督は来日せず。ガッカリ…。
ラッキーストライクのお姉さん❤
遊園地側でも小規模なキャンギャル・オンステージが行われた。
遊園地時計台の下。
配られていたショウエイのエディローソン選手ステッカー
8耐で有名になったKISSのお姉さん❤
プレイバック14年鈴鹿8耐 KAGAYAMA & SERT GREEN & EVAトリックスター
本来のスケジュールなら第43回鈴鹿8耐・公式テスト2日目。翌日から予選が始まるところだ。
Twitterに上がってくるテストの様子を見て、明日からの鈴鹿行きに胸躍らせていた事だろう。きっと2~3時間しか寝られない。
今年は梅雨真っ只中。太陽が顔を出さなくても蒸し暑くて汗かきまくりといったところだったはず。ポンチョ着ても汗でぐっしょりって感じかな。
―という訳で
鈴鹿8耐プレイバック・ウイーク
2014年鈴鹿8耐(テスト)
テストの観戦リポはブログにも書いているが、その頃はまだミニカー専用ブログだったため横の「テーマ一覧」にスレッド立てしていなかった。
当時はまだ近鉄と近鉄特急を乗り継いでの鈴鹿行きだった。朝一番に出発しても平日だとバスの発車時間が悪く鈴鹿到着は9時頃。ところが、その時間に到着しても遊園地のゲートオープンが10時だったりするのだ。「せっかく早く来たのに…」と、ゲート前でブラブラしている他なかった。
決勝3位:Team KAGAYAMA/スズキGSX-R1000
チーム結成2年目の加賀山選手が2014年に招聘したのはMoto2ライダーのドミニク・エガーター選手。❝活きの良い❞新進選手をMoto2に求めた目の付け所が斬新だった。
注目のドミ選手だったが、観に行ったテストはMoto2参戦のために不参加。Team KAGAYAMAで走る姿は見られなかった。
加賀山就臣選手
芳賀紀行選手
この年もTeam KAGAYAMA/スズキで8耐参戦。
スズキ・エンデュランス・レーシングチーム(SERT)/GSX-R1000
SERTも来日してテストに参加。スズキ本社からも応援スタッフが来ていたらしい。
エルワン・ニゴン選手
ダミアン・カドリン選手
生形秀之選手
ファンサン・フィリップ選手が負傷のためにテストに参加できず、マシンセッティングを進める❝助っ人❞としてテストに参加。
Team GREEN/カワサキZX-10R
藤原克昭選手
この年限りで現役を引退。藤原選手の本気走りを観るのはこの日が最後になってしまった。
渡辺一樹選手
EVA 初号機 シナジーフォース トリックスター/カワサキZX-10R
井筒仁康選手
出口修選手
グレゴリー・ルブラン選手
本来なら本戦前テスト開幕 / 二連覇634ハルクプロ 2014年鈴鹿8耐 ホンダ勢&ヤマハYSP
本来のスケジュールなら第43回鈴鹿8耐の本戦前第2回公式テストが始まっていたはず。
2019年から全チームが来日してテストできる本戦前の水・木曜日に第2回公式テストが行われるようになった。費用面での負担が軽減できるし、コンディションも本戦に近いので参加チームにとってメリットがある。
しかし、観戦する側にとっては本戦に焦点を合わせて休みを取るが、流石に水曜日からは無理。せっかく全チームそろって長時間走行してくれるのに観られない悔しさがある。
―という訳で
鈴鹿8耐プレイバック・ウイーク
テスト1日しか観に行けなかった2014年鈴鹿8耐。
残念ながらこのテストに参加していなかった選手の写真は撮れていない。
写真は2014年からコンデジ・サイバーショットをメインに撮影しているが、8耐テストに関してはコンデジ撮影に不安があったので、デジタル一眼+望遠レンズも併用して使用していた。
ただ、望遠はスチールカメラのものでデジタル一眼との相性がイマイチ。撮影後に画像調整しなくてはならない不便さがあった。
勝優:
MuSASHi RT HARC-PRO/ホンダCBR1000RR
マイケル・ファン・デル・マーク選手
前年に鈴鹿8耐初参戦で高橋巧選手、レオン・ハスラム選手とチームを組んで初優勝を遂げた。
14年も同メンバー同チームで二連覇を達成。
テストはマイケル選手しか走行していなかった。巧選手はMotoGPテストに、レオン選手はスーパーバイク世界選手権(WSBK)のために不参加だった。マイケル選手は当時はまだスーパースポーツ世界選手権(WSS)に参戦していた。
今でもイケメンだが、ちょっと前も丹精でめっちゃカッコイイ。
F.C.C. TSRホンダ/ホンダCBR1000RR
秋吉耕佑選手
決勝は雨で「秋吉選手の独壇場になるか?」と期待したが、まさかの転倒。
ジョナサン・レイ選手もWSBK参戦のためにテスト不参加だった。
ロレンツォ・ザネッティ選手
WSSを戦うロレンツォ選手が第3ライダーとして登録後の初テスト。
au&Teluru・Kohara RT/ホンダCBR1000RR
伊藤真一選手
ドルフィンがロードレースを観ていた第一期の’80年代後半のスター選手が走っていてくれて嬉しかった。
再び8耐観戦するようになってまだ2年目だったので、知っている選手が少なかった。
長島哲太選手はMoto2参戦のためテスト不参加だった。
渡辺一馬選手
Honda Team Asia/ホンダCBR1000RR
ジョシュ・フック選手
今やEWCチャンピオンとなったジョシュ選手もホンダ・アジアから参戦していた。
4位:MONSTER ENERGY YAMAHA with YSP/ヤマハYZF-R1
中須賀克行選手が全日本JSB1000クラスに参戦しているヤマハYSP RacingTeamを母体に編成。翌年のヤマハファクトリーチームに繋がっているのだろう。
中須賀克行選手
ブロック・パークス選手
当時は現役MotoGPライダーで、インタビューを見ているときからドキドキワクワクだった。
中須賀選手とのチームは2年目。
ジョシュ・ブルックス選手
英スーパーバイク世界選手権チャンピオン。
後にヨシムラからも8耐参戦する。











































































































































