鈴鹿8耐が延期になったので…1987年鈴鹿8耐 TECH21ヤマハ初優勝! | CLUB24-にいよんー

鈴鹿8耐が延期になったので…1987年鈴鹿8耐 TECH21ヤマハ初優勝!

 新型コロナ対策で延期になってしまったが、本来なら鈴鹿8時間耐久オートバイレース・ウィークに突入していた。

 ドルフィンも金曜日、土曜日観戦。日曜日は疲れを癒しながらTV生放送観戦の予定でいた。半年前から宿も確保していた(やむなくキャンセルしたが)。

 きっと当日の行動計画を考えワクワクして2~3時間寝られず、きっと午前3時くらいに家を出発していたかもしれない。

 梅雨の時期なので雨対策を考えていたことだろう。

 

 多くのロードレースファンの方々も同じだろう。

 延期になったとは言ってもまだまだ予断を許さない感じで、いつ中止や無観客開催になるかもしれない。

 

 ―という訳で、

 1987年鈴鹿8時間耐久オートバイレースをプレイバック!

 8耐観戦も4年連続4回目。

 前年は欠席した東京の友人も観戦にやって来た。ドルフィンの愛車・ホンダMVX2502人乗りして金曜日の朝に鈴鹿入り。ドルフィンよりも体が大きな友人。彼の荷物は彼が背負い、自分の荷物はタンクに固定した。完全に後ろ荷重で、発進の際は気を付けねばウイリーしてしまうほどだった。

 そんな状態で名四国道をトラックの合間をすり抜けて往復した。今思えば友人の命を預かっていてよくそんな運転が出来たものだと芯の臓が縮み上がる。

 宿泊はゲート前に野宿だ。

 ヘルメットもシンプソンだったので、30㌢くらいあるシンプソンのステッカーをデイパックに❝縫い付けて❞使っていた。

 入手経路は覚えていないが2枚持っていて、その内の1枚を今でも残している。

 そのデイパックにカメラ等必需品を詰めて観戦していた。

 

 

鈴鹿サーキットクイーンのお姉さん❤

 他にも浴衣バージョンがあった。それはまた後日に―。

 神様ケニー・ロバーツ選手の参戦も無く、4回目の観戦ということもあって❝感動❞が薄れていたかもしれない。

 レース写真よりも「キャンギャル・オンステージ」の写真の方が多く残っている

 いや、レース写真も多く撮っているはずなのだが❝成功❞している写真が少なかっただけなのだ。

 逆に「キャンギャル・オンステージ」がイベントとして成立。現在レーシングシアターがある辺りに、鉢状地の中央にステージがあった。客席は草ぼうぼう。ここで行われていたので写真が撮り易かった。

 イベントステージで紹介できるほどキャンギャルの数も激増していた。

 

ル・マン式スタート&1周目

 

優勝:

マーティン・ウイマー/ケビン・マギー組/TECH21ヤマハYZF750

 平忠彦選手はWGPフレンスGPで転倒して負傷。鈴鹿8耐は「監督」として参戦。

 奇しくも自分が走らないレースで優勝を遂げてしまった。

 

 ケビン・マギー選手が最終ダブルスティントでトップのヨシムラ・スズキをジワジワと追い詰める。

 最後まで諦めない姿勢が最後の最後に大逆転をもたらすことになった。

 

 ヤマハYZF750はホンダのプロアープのような片持ちリアウイングアームを採用。残念ながら市販車へのフィードバックは無かった。

 TECH21カラーのリアホイールが映えてカッコ良かった。

 

3代目TECH21のお姉さん❤

 

3位チーム・ラッキーストライク・ロバーツ・ヤマハYZF750

ジョン・コシンスキー選手

 翌’88年から全日本ロードレースとWGPにスポット参戦を始める。

 

カル・レイボン選手

 ケニーロバーツ監督は来日せず。ガッカリ…。

 

ラッキーストライクのお姉さん❤

 遊園地側でも小規模なキャンギャル・オンステージが行われた。

 遊園地時計台の下。

 

配られていたショウエイのエディローソン選手ステッカー

 

8耐で有名になったKISSのお姉さん❤

 

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