アメリカンなカラーリングのGTR ’98JGTC富士テスト 日産GTR&シルビア勢
1998年8月の富士戦に向けたJGTC公式テストをFISCOに観に行った。
この頃は平日休みだったので本戦は行けないが、逆にテストは行く事が出来た。行くのはFISCOメインだが。
走行時間も長いので車を使って❝なるべくサーキットらしくない❞撮影ポイントを探して回った。
ドライバーの方は❝外❞から見た状態も分かるようで、写真を見たらサーキットのどこかすぐに分かるようだ。
しかし、トップに↑掲載した写真は、影山正美選手にサインを頂く時に「え? これどこ?」と言われたくらいだった。嬉しかった~。
エリック・コマス/影山正美 組/ペンズオイルNISMO GTR
今までの国内レースに無かったアメリカンなカラーリングが衝撃的だった。珍しくて何枚も写真を撮ってしまった。
この年のシリーズチャンピオンを獲得。
エリック・コマス選手は翌年もチャンピオンを獲得した。
鈴木亜久里/影山正彦 組/NISMO ZEXELスカイライン
星野一義/黒澤琢弥 組/カルソニック・スカイライン
長谷見昌弘/田中哲也 組/ユニシアジェックス・スカイライン
木下みつひろ/藤村満男 組/エンドレス アドバンGTR
木下選手は小柄だがファイターで好きだった。
木下みつひろ選手
GT300
近藤真彦/青木孝行 組/NISMO Jr. ザナヴィ・シルビア
翌年にマッチさんにサインを入れて頂いた。
近藤真彦選手がGT300に乗ったのはこの年限り。最高位は2位表彰台。
福山英朗/大八木信行 組/ダイシン・シルビア
福山選手にサインを入れて頂いた。
8月22日は「やあ!にゃんにゃん」の日 愛猫ねるたん10歳になりました
8月22日は「やあ!(8) にゃんにゃん(22)」の日。我が家の愛猫ねるたんの誕生日にしている。
ねるたんは生後1か月弱くらいでルンペンしているところを保護したので、正確な誕生日や種類が分からない。そこで我が家に来た今日を誕生日にしている。
避妊手術しているし室内飼いなので、10歳でも子猫ようなしぐさを見せる。
顔こそ黒くはなっていても、子猫の頃の表情そのまま。
階段は元気に上り下りしているし、秘密基地にしている天袋(押入れの上の部分)にも上っている様子。
それでも寝ている時間が長くなっています。
我が家に来た頃―警戒心が無くなり我々がいても寝落ちするようになった
来た頃はほぼ白だったので、こんなに顔が黒くなるとは思いませんでした。
夏場はベッドの足元部分で1日寝ています。
夜寝ていてたまに蹴ってしまうと噛みついてきます(泣)。ねるたんにしてみたら「あたちの寝床にねかせてやってるんでちよ」といった感じなのかも。
ねるたんのおかげで我が家は笑顔を頂いているのデス。
昨晩、TV『どうぶつ投稿ランド』を見ていて、ねるたんがやってきた日の事や脱走した日の事などをしみじみ思っていました(「思い出す」というほど忘れていた事はいないので)。
まぁ、昔のことでちよ
袋があったら入って確認するでち
ごはんはアダルトターキー食べてます。チキンよりアレルギーが出にくいらしいので。
我々の食事時になると匂いか気配で気付くのか、やってきておかかをねだります。
「ちょーだい、ちょーだい」と❝招き猫❞するので、かわいくてついあげてしまうのです。
手から食べるのが好きなようで、カリカリ用の器に入れてあげても反応はいま一つ。
おかかちょ~だいッ!
ねるたん、いつまでも元気でいてね。
寒くなったら一緒に寝ようね。
スーパーカー目当てで8年ぶりに観戦 2007鈴鹿1000㌔土曜日予選
1999年のF1日本GPを最後にモータースポーツ観戦から足を洗っていた。
ミハエル・シューマッハ選手の引退&鈴鹿サーキットでのF1開催が最後になる2006年。大阪に転居していたこともあり「近鉄で行けるから」と、7年ぶりに鈴鹿サーキットに足を運んだ(詳しくはまた別の機会に)。
一緒にレース観戦していた友人の勧めもあり、翌2007年の鈴鹿1000㌔・土曜日予選に行くことにした。土曜日だけだと観戦チケットが安いからだ。
真の目的は併催される『スーパーカー・スーパーカー』だった。
当時はコレクションしたミニカーと実車写真を掲載したミニカーブログを始めており❝スーパーカーの写真が欲しかった❞のだ。
鈴鹿8耐の『8耐BASE』のように教習所のスペースを使って『スーパーカー・スーパーカー』『スカイライン・ミーティング』『フェアレディ・ミーティング』が行われるとの情報を得ていた。
デジタルで写真を撮る絶好の機会だった。
フェアレディ・ミーティング
スーパーGT予選もそこそこに、教習所エリアを満喫した。
ショップが出ていたり、ステージが作られていてイベントも行っていて楽しかった。
鈴鹿1000㌔は毎年こんな感じかと思っていたら、翌年は無かった…。この年だけ特別だったようだ。
スカイラインミーティング
スーパーカー・スーパーカー
決勝日にはもっと多くの車両が集まったらしい。
スーパーGTの午前中フリー走行は堪能。
鈴鹿1000㌔を含め国内レースは8年ぶりなので世代交代が進んで❝全然知らない選手❞がメインで走っていた(笑)。ドルフィンが知っていた❝若手❞が大御所になっていたり引退していたりと浦島太郎状態だ。
スカイラインGT-Rは走っておらず、日産勢はフェアレディZを使用していた。
カメラは当時使っていたコンパクトデジカメのみ持って行った。画素数も小さく、ズームも利かせていたので画像が粗い。
お弁当とドリンクも持って行ったので、チケット代以外は全くお金を落とさない不良客だった。
チーム国光は応援だ!
GT500よりも❝近代スーパーカー❞が走るGT300の方に興味あり。
ピットウォークにも入った
カルソニックZ
宝山トムスSC430
「吉兆宝山って何?」と調べて初めて日本酒と知った。「日本酒がスポンサードしていて珍しいな」と思った。
紫電
かつて富士GCで走っていた「紫電」の名を継いだGT300。市販車ってあったのかな?
ハイレグ水着風キャンギャルのお姉さんが絶滅していた…。
みんな若くて可愛い。
グランドスタンドの様子
この鈴鹿1000㌔観戦を期に、翌年もまた鈴鹿1000㌔を観戦。年々サーキット通いが増えて行ったのだった。
本来なら鈴鹿10H公道パレードだった ハッキネン選手走る
本来なら8月20日木曜日は鈴鹿10Hの公道パレードが行われるはずだった。
開催されていたらこの殺人的な猛暑の中なので、集まった観客もバタバタ倒れていたかもしれない。
10H公道パレード初年度は観に行っていたが台風直撃で開始直前に中止。昨年初めて開催されたが、期待通りの楽しさだった。
昔から別府F2など国内で公道レースが企画されては没ってきた。日本の道路交通法ではレーシングカーが公道を走る事はハードルが高い。
2015年に大阪・御堂筋でF1を走らせたのは画期的だった。
そして鈴鹿10Hに出場するGT3マシンが鈴鹿の市街地をパレードさせるためにはどれほどの苦労があったことだろう。
2019年は元F1チャンピオンのミカ・ハッキネン氏が選手復帰するので一層楽しみだった。
鈴鹿へは何度かゲスト来場してくれたものの、今回はトレーニングを積んで体も絞って昔の格好良さが戻って来ていた。
北欧の王子様再来!
ハッキネン選手、プラマックス・マクラーレン720S GT3で鈴鹿の町を走る
公道パレード当日は蒸し暑い日だった。じっとしていても汗が噴き出して止まらない。
メイン会場になるイオンモバイル鈴鹿行きのシャトルバスに乗り遅れたため、鈴鹿サーキット近くのルートで観る事にした。
❝一般道❞と分かるように、GT3が連なっているように-と撮影。
もっと全車が連なって走るものと思っていたが、メーカー別にバラバラと走って来るので、なかなかパレードっぽい連なりが撮れなかった。
ルートの往復道沿いには数メートルおきにボランティア・スタッフの方々が立ち、安全面に気を使っていた。そして旗を振っていた。
イオンモール近くの沿道には、イベントのスポンサー様のロゴが入った横断幕が延々と設置されている。これを作るだけの金額だけでもかなりかかっているだろう。複数年開催して使用しなければもったいない。
サーキット内歩道橋の上で撮影するのは『GT+』の撮影隊
沿道の柵があったとしても、レーシングマシンの走行をこれだけ間近で見られる機会もそう無い。
まだ出発していない車両があるのに、先頭車両はもう帰って来ていた。
イオンモールでのトークショーやサイン会にも行きたかったな。体は二つ無いから。
公道パレード終了後は、サーキットでピット設営や車検を堪能。
グッドスマイルAMGドライバーのプレス撮影を横から
今年はこの写真を引き伸ばしてサインを入れて頂こうと思っていたのに…。
サーキットでの走行は無かったが、車検やピット設営は楽しかった。
一人でサインを3つも4つも貰おうとする連中はウザかったが、それを差し引いても本当に楽しい一日だった。
来年は開催されることを祈っている。
今年中止になってしまったので サロン/ビエラ組優勝、宮崎/大島組2位 '89年鈴鹿8耐
今年の鈴鹿8耐の中止が発表された。
「外国人選手無しで在日選手のみで開催か?」「無観客?」と色々と考えたが、最悪のパターンになってしまった。
来年は…来年こそは、夏空の下でみんなが思いっきり楽しめる鈴鹿8耐が開催されることを願う。
空前のバイクブームだった’80年代最後となる1989年の鈴鹿8耐。
国内4メーカーが本気を出して勝ちに来ていた。
ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラスに参戦している選手が大挙して参戦してきた超豪華な年だった。
メーカーも選手に「出てくれ」とオーダーできたし、WGPも今ほど過密なスケジュールではなかったので選手も応えてくれた。
WGPでタイトル争いをしていたウエイン・レイニー選手やケビン・シュワンツ選手も連続出場してくれていた。それだけでも観に行きたくなるというもの。
味気ないチケット…
実は前年の’88年は観戦に行けていないので、レイニー選手の優勝は観る事ができなかった。
この年から車で観戦に行った。東京の友人も2人で交代運転しながら車でやってきた。
車で行けると装備が違って来る。カセットコンロを持ち込んで夕食も自炊できた。
普通はバーベキュー等が定番だが、暑いので❝そうめん❞にした。駐車場に水道がたくさんある洗面所/トイレができたのも大きかった。茹でたそうめんを水でシメて冷やすことができたからだ。水でシメていると「あ! そうめん、いいな」と周囲から声が聞こえて来た。
おかずはレトルトや缶詰。
前夜祭の本田美奈子さんと早見優さんのライブの音を遠くで聞きながら食事をしていた。
’89年は土曜日に雨が降ったので写真があまり撮れていない。
遠かったりブレてしまったりと、あまり掲載して見易い写真ではないのでご勘弁下さい。
優勝:BEAMSホンダ・イクザワ/RVF750
ドミニク・サロン選手
予選後、ホテルに帰るドミニク選手と遭遇!
サインをお願いすると笑顔でOKして下さった。
ドミニク・サロン選手のサイン
この年、サインを頂けた唯一の選手が優勝選手になるとは感激~!
アレックス・ビエラ選手
ホンダ・レーシングH・A・R・Tのお姉さん♥
2位:宮崎祥司/大島正 組/an BLUE FOX/RVF750
全日本TT-F1で活躍している日本人ペアの表彰台GETにサーキットも沸いた。
’89年鈴鹿8耐のNo1キャンギャルはanBLUE FOXのお二人♥
新旧WGPチャンピオンコンビ
このコンビをもってしても優勝は容易いものではなかった。
ワイン・ガードナー選手/HRC RVF750
マイケル・ドゥーハン選手
写真は2019年レース・オブ・アジアでサインを頂いたもの
前年、平忠彦選手とペアを組んでTECH21ヤマハをライディングしたドゥーハン選手がホンダに移籍してガードナー選手とコンビを組む。
昨年、初めてお会いする事が出来た。今思い出してもドキドキと心臓が高まる。
ブリヂストンBATTKAXのお姉さん♥
PENTAXのお姉さん♥
中央のお姉さん、好みデス♥♥
旧FISCOで行われた ’98年JGTC富士テスト トヨタ勢
世紀末近づく1998年。当時は平日休みだったのでレース開催日にサーキットに行くことができなかった。逆にテストは開催日を調べてよく行っていた。
8月の全日本GT選手権JGTC・富士戦に向けたテストが富士スピードウェイ(FISCO)で行われたので、愛車・ホンダS-MXで観に行った。撮影ポイントは車を使って移動した。
トヨタ勢は1勝もできない不本意なシーズンだった。
関谷正徳/ノルベルト・フォンタナ組/カストロール・トムス・スープラ
フォーミュラ系のイメージが強いフォンタナ選手のGT参戦は1シーズンのみに終わった。
鈴木利男/ケルヴィン・バート/カストロール・トムス・スープラ
ケルビン選手は’98年シーズンのみJTCCとJGTCに参戦した。
竹内浩典/野田英樹 組/FK/マッシモ・セルモ・スープラ
竹内選手にサインを入れて頂いた
当時は上手く撮れた写真のみ、サインを入れて頂いていた。
土屋圭市/谷川達也 組/デンソー・サード・スープラGT
シリーズランキングはスープラ勢では最上位の6位だった。
ピエール=アンリ・ラファネル/高木真一 組/ESSOTiger Supra
ピエール=アンリ・ラファネル選手
’98年F1最終戦でデビューし、翌年はF1フル参戦するも決勝進出はモナコGPのみ。
以後はJGTCに再参戦。
完全テスト車も走らせていた
GT300
佐藤久実/渡辺明 組/TOYOTA CAVALIER
鈴木恵一/舘信吾 組/TEAM TAISAN Jr. withつちや
宮崎選手鈴鹿初優勝 ’89鈴鹿BIG2&4 TT-F1&ジュニア250
優勝:宮崎祥司選手/anブルーフォックスRVF750
2013年のファン感謝デーにゲストで来られた際に宮崎選手にサインを入れて頂いた
1989年の鈴鹿BIG2&4レース。2輪は全日本TT-F1クラスとジュニア250ccクラスの開催だった。
YouTubeで当時放送されたTV番組を見ると、決勝日は4万6000人の観客が来場したらしい! 4輪はF1で、2輪はバイクブームでモータースポーツブーム真っ盛りの時代だった。
グランドスタンドに向かう通路にはグッズショップがひしめいていた。
予選6番手ながらスタートでトップに立った宮崎選手。レース序盤は独走状態。
一方、三浦選手は追い上げて2番手に浮上。レース中盤で宮崎選手に追いつき、シケイン進入で宮崎選手をパスしたかのように見えたが…。
そのシーンがこちら↓
#2 三浦昇選手/HRC RVF750と宮崎選手の争い
宮崎選手、凄い突っ込みだ!
宮崎選手、首位を堅持。
終盤に再びしかけるも宮崎選手を抜けず、三浦選手は2位。
宮崎選手は鈴鹿初優勝らしい。
#7 斉藤光雄選手/ヤマハYZF750
#55 前田淳選手/ホンダRVF750
#5 宗和孝宏選手/カワサキZXR750
ジュニア250ccクラス
スーパーシルエット・カラーを再現 トミカ50周年記念 日産スカイラインGT-R
昨日、第三土曜日はトミカの新車発売日。
今回はトミカ50周年記念仕様 日産GT-Rが発売になった。
日産自ら往年のスカイラインRSスーパーシルエットをリスペクトしたカラーリングに仕上げている。
これは欲しい! スカイライン・シルエット好きのドルフィンにとっては手元に置きたい一台だ。
土曜日の朝、最寄りの家電量販店Aに行くことにした。
お店のオープン時間少し前に到着。何人か入り口前に並んでいる。車で待機している人もいる。
いかにもやる気満々っぽい手作りelfマスクをして列に並ぶ。
しばらくすると店員さんが回って来た「トミカでお待ちの方、整理券をお持ちでしょうか?」と。何? 整理券とな⁉
「まだです」と言うと、店員さんが「この車種しか残っていないのですが」と、パウチしたパンフを見せてくれた。
GT-Rは残っていない! ガ~ン!! 甘かった! そうか、一人一個とは限らないかぁ…。
気を取り直してもう一軒、家電量販店Bへと向かった。既にオープン時間は過ぎていたので望み薄か。
トミカ売り場に行くと「今月の新車」コーナーにはもう赤い車の箱は見られなかった…。
あ~あ、やっぱり…。ふと横を見ると「トミカプレミアム」のコーナーにGT-Rが数台も残っているではないか! さらには先に発売された50周年記念GRスープラまでも…!
ヨカッタ~! こちらはマニアにはノーマークだったか。
こうして入手することが出来たのだ。
普通のトミカの箱に入っていると思っていたら、プレミアムな印象を受ける箱だった。
ブリスターパックに入って収められている。
細かいカラーが綺麗で格好良い。
シルエットの金で書かれた「4VALVE DOHC RS-TURBO」のところが「24VALVE DOHC V6 TWIN TURBO」とGT-Rに合わせて書かれている。
ゼッケン部分に「50th」が入っている。
トミカのGT-Rと並べて置こうか、スカイラインシルエットと並べて置こうか悩む。
実物車も作られているので、オートメッセのようなイベントで見たいものだ。
追悼 渡哲也さん 男の象徴・大門団長
渡哲也さんが8月10日に亡くなられていたとのニュースを聞いて虚脱状態になった。
『西部警察』が青春時代にバッティングして多大な影響を受けた。
時間帯からか前作『大都会』は見ていなかった。
若い頃の映画作品から❝尖ったナイフ❞のようなイメージがあった。
『西部警察』は渡さんの印象が大きく変わったのだ。明確に渡さん=団長=男の中の男とドルフィンの中で出来上がった。
カラオケでも渡さんの『くちなしの花』『みちづれ』はよく歌う。
『西部警察』終了後に「趣味は焚火」と知った。
ブログで『西部警察』マシンの紹介を書く傍ら「ファミリー劇場」での放送を録画した『西部警察』(好きな話だけ録画)を毎晩寝る前に見ていたところだった…。
ショックで文章が支離滅裂になってしまった。ご勘弁下さい。
渡哲也さんのご冥福をお祈りします。
予約しました
’89 鈴鹿2&4レース F3000&F3 シケイン席が定番だった
ポール・トゥ・ウインの星野一義選手/CABINローラT88/無限
1989年全日本F3000開幕戦・鈴鹿BIG2&4レース。
名古屋に就職していた友人の86トレノに乗せてもらって一緒に観戦に行ったのはいつだったか…。
決勝日の朝、鈴鹿サーキットの駐車場入り口近くは渋滞していた。
するといきなり後ろで激しいクラッシュ音。バラバラと86の後部に何かが当たる響きと振動があった。慌てて降りて見てみると、すぐ後ろで右折車と直進車がぶつかって両車はフロント部が大破。パーツが飛び散って当たって来たのだった。
怖かった~。右折する際は直進車に注意しましょう!
全日本F3000は、前年王者の鈴木亜久里選手がF1に行ってしまったのでチャンピオン不在。
F1をはじめとするモータースポーツブームと好景気の影響で観客が多かった。加えて二輪と四輪両方のファンが観に来るので駐車場は満杯。
お昼は焼きそばとかたこ焼きを食べていたんだろうな。まだ当時は❝外の❞屋台で食べるのと同じくらいの価格だった。いつ頃からか急に値上がりしてから鈴鹿でたこ焼きを食べなくなった。
当時は勝負どころでアクシデントも多く観られたシケイン席で観戦するのが定番だった。
決勝なのでレース展開を楽しむ事を優先にして写真撮影枚数も少なかった。
片山右京選手/Footwork MC-040/無限
ムーンクラフトに移籍。ムーンクラフト製オリジナルシャシーの戦闘力ははローラやレイナードに及ばなかった。
鷲のクチバシのようなノーズが格好良くて好きだったが、シリーズを通してリタイアが多くポイント獲得できなかった。
#26は和田孝夫選手/TENORAS ADVANローラT88/無限
応援していた右京選手の写真が多く撮れている。
片山右京選手とパウロ・バリラ選手/PIAAローラT89/無限
ジェフ・リース選手/伊太利屋 REYNARD 89D/無限
ずんぐりとしたローラより、シャープなレイナードの方が好きだった。
伊太利屋TeamLeMansは外国人選手で2カーエントリー。
エマニュエル・ピロ選手/伊太利屋 REYNARD 89D/無限
'88年から全日本F3000に参戦。’89年も第4戦まで走ったものの、ジョニー・ハーバート選手の代わりとしてF1・ベネトンのドライバーとして抜擢された。
松本恵二選手とシケイン飛び込みでバトルも…
スピン!
シケインでのアクシデントに目が行く、既にリタイアした岡田秀樹選手とファブリツィオ・バルバッツァ選手
バルバッツァ選手は全日本は1年限りの参戦。’91年と’93年にF1参戦することになる。
清水正智選手/トライデントローラT88/無限
鈴木利男選手/CABINレイナード89D/コスワース
利男選手はヒーローズレーシングの所属になっていた。
高橋国光選手/ADVAN LOLA T88/無限
全日本F3
バブル好景気が後押しして参加台数が激増していた時代だった。
3位:#55 村松栄紀選手/GEAR BOX RT33/無限
2位:#1 佐藤浩二選手/SUPER HAKKA ラルトRT33/無限
シケインは接触やスピンによるコースアウトが多かった
舘善泰選手/taka-Qラルト RT-33/トムス
優勝:影山正彦選手/レイトンハウス・ラルトRT33/無限
この年のシリーズチャンピオンに輝く。
影山選手がF3に出てきた時は「萩原光選手?」と思った。影山選手がリスペクトしていた萩原選手のヘルメットデザインを使っていたからだ(頭頂部のAをMに変えていた)。






































































































