CLUB24-にいよんー -131ページ目

何も無い日にサーキットに行ってみる ’85FISCO マツダのテストと星野選手のマーチ/無限

「何も無い日にサーキットに行ってみる」’85年FISCO編

 写真を貼っていたアルバムに日付記載していなかったので、正確な日にちは不明だが、恐らく3月の春休み期間

 お互い地元に帰省していた友人と「暇だからFISCOに行ってみない?」的なノリで、友人の86トレノに乗せてもらい下道使って富士スピードウェイ(FISCO)までドライブした。

 何が走っているのか分からないまま、単にサーキットに行ってみるのはこの辺りが最後になるかも。

 

 マツダがル・マンやJSPCに参戦するための新車・マツダ737Cのテストが行われていた。

 ムーンクラフトデザインのボディに2ローター13Bエンジンを搭載したC2クラスのマシン。C2クラスでの参戦はこの年が最後になった。

 

手前は寺田陽次郎選手かな?

 ル・マンのユーノディエールやWEC JAPANに向けるにはFISCOでのテストは不可欠。

 マツダスピードのロゴが入っているだけの白マシン2台でテストが行われていた。

 

#2号車と#3号車の2台がテスト

 

ドライバーは片山義美選手

 

 

 パドックにはアドバン・カラーの富士GCマシンが止められていた。

 アドバン以外のロゴが入っていなかったので、ヨコハマタイヤテストだったのかも。

 タイヤに芝が付いていたので、マシントラブルでエスケープゾーンに止まったのかも。

 

 大御神レース村のNOVA(だったかな?)のガレージを見させて頂いた。

 星野選手のF2が置かれていた。

 

 ’85年はヨーロッパはF3000規定に移行したため、F2で開催した全日本は❝日本専用マシン❞をマーチ社に発注していた。 

 

星野一義選手のLARKマーチ85J/無限

 前年まで辛酸を舐めさせられてきた「無限ホンダ」エンジンを、日産に了解を得た上でこの年から使用できるようになった星野選手。

 時期的に開幕戦・鈴鹿と第2戦・富士のインターバルにあたる期間ではなかったかな?

 

 ドルフィンにとって初めて目にする無限ホンダの星野車だ。

星野選手のマシンに搭載された無限ホンダ・エンジン

 

 帰りに廃棄処分されるF2のサイドポンツーンをもらって86に積んで帰った。

 助手席を倒して乗せたがリアハッチが閉まらないほど大きかった。

 

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国際色豊かになった ’97フォーミュラニッポン開幕前鈴鹿テスト

 1997年フォーミュラニッポンの開幕前に鈴鹿サーキットで行われたテスト。

 ラルフ・シューマッハ選手服部尚貴選手のチャンプ争いで初年が盛り上がったので2年目も期待が持たれた。

 有望な外国人選手も多数参加してきたので、単なる「国内最高峰」から脱却したような印象があった。

 

鈴木利男選手/かもめサービスwith MIRAI/レイナード96D/無限

 ’95年全日本f3000最後のチャンピオン。

 フォーミュラニッポンに移行してからはちょっと振るわず、この年が最後。

 F2~F3000~フォーミュラニッポンと観て来た利男選手がトップフォーミュラからいなくなるのはショックだった。

 

マーク・グーセン/TEAM 5ZIGEN/レイナード96D/ジャッド

 フォーミュラニッポンとJGTCには’97~98年の2シーズン参戦した。

 

❝速そうな雰囲気❞の二人

 

リスター・ヴィルトネン/TEAM 5ZIGEN/レイナード95D/ジャッド

 3戦走って田嶋栄一選手にシートを譲ることになった。

 

光貞秀俊選手/TEAM CERUMO/ローラT96/無限

 

ホアン・マニュエル・シルバ選手/TEAM CERUMO/ローラT94/無限

 シルバ選手はテストのみで、JTCCにセルモ・エクシヴで参戦。

 開幕戦シートは女性ドライバーのサーラ・カヴァノフ選手に譲ることになる。 

 

ミハエル・クルム選手/オートテック STELLAR/レイナード96D/無限

 

ディランタ・マラガムア選手/TEAM LEYJUN/レイナード96D/無限

 スリランカ出身。全日本F3を経て国内トップフォーミュラに日本を除く初のアジア人選手として参戦を果たし注目された。

 フォーミュラニッポン2年、その後JTCCに3年継続参戦した。

 

テストではクラッシュ

 

川本篤選手/ASAHI KIKO SPORT/レイナード96D/無限

 

三原じゅん子選手

 JGTCに参戦していた三原じゅん子選手が来られていたので写真を撮らせて頂いた。

 その後、JGTCの際にサインを入れて頂いた。

 現在は参議院議員。モータースポーツ議連として振興に働いている。

 

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ジャンプに魅了された ’93年ジャパン・スーパークロス神宮大会

28日総合優勝ジェフ・スタントン選手/ホンダ

 ’93年ジャパン・スーパークロス神宮大会を観戦した。

 ジャパン・スーパークロスは’80年代から開催されていたようだが、TVCMで知ってちょうど東京に住んでいたので行ってみることにした。彼女もTVCMを見てノリ気だったことも後押しした。

 今では乃木坂46の聖地ちなっている神宮球場に会場を特設しているので、公共交通機関を使って小一時間で観戦に行けるという便利さもあった。

 

プレイガイドで購入した味気ないチケット

 土日共通券しかなかった。

 席はエリア指定だったが、どこでどう見えるか分からなかったので「松」「竹」「梅」の「竹」で選んだ。

 一塁側内野席はジャンプも近くで見られたので割りと良かった。

 

記念テレカ(未使用←今では無意味)

 土曜日の方が開始時間が遅く、11月末ということもあり寒かった。

 アナウンスの方が「寒さを吹き飛ばすためにウエーブで応援しよう!」とお客さんを乗せてくれていた。

 球場ということもあり、場内一周ウエーブができて感激した。バックスクリーンで切れそうになっても、外野席の方がタイミングを見計らって続けてくれ、それで一層盛り上がった。

 Jリーグでもウエーブは目にしたが、応援サポーター側で切れるのでスタジアム一周することはなく、とても珍しかったのだ。

 

日付が入った記念ステッカーが欲しかったが、これしかなかった

 引っ越しでパンフレットを処分してしまったので選手名やクラス分けが分からなくなってしまっているので、ほとんど写真を貼り付けただけになってしまっているのでご了承ください。

 

神宮で「ズッキュン♥」ポーズをとったのは、まなったんよりコチラが先

 

レースクイーンはセクシーアイドルのT-BACKS

 寒い時期だったのでハイレグTバック風のタイツを履いていた。

 

 スーパークロスは速さを競うレースだが、ゴール時のジャンプは❝技❞を魅せてくれた。

 特に土曜日はジャンプ中の技術を競う時間帯があり「え? どうなってるの?」「1回転した?」と驚くばかりだった。

 この部分は現在のジャンプ中の技を競うFMX(フリースタイルモトクロス)に進化したようだ。

 

 声援や拍手でしか感激を選手に伝えられないのが歯がゆくて、応援ホーンを買って吹いていた。

 

 ジャパンスーパークロスを観戦に行っていたので、後に大阪城で「レッドブルXファイターズ」が開催された時も「観に行ってみよう」と思ったのだ。

 鈴鹿8耐でのBASE8耐で行われるFMXもとても毎回楽しみだ。

 

 

野球のように風船も飛ぶ

 

「もっとちょうだい‼」

 

 

 

日曜日の夕方

 

 

 

 

 

 サポートレースとしてキッズ・クロス四輪バギー・レースも開催。

 子供でもジャンプするし、重そうなバギーでさえ大ジャンプを披露してくれた。

 

 

四輪バギーも飛びます!飛びます!

 

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星野一義選手最後のフォーミュラ/脇阪寿一選手デビュー ’97年フォーミュラニッポン開幕前テスト

 1997年3月27日に行われたフォーミュラニッポン開幕前・鈴鹿テストを観に行って来た。

 

星野一義選手/TEAM IMPUL/ローラT96/無限

 フォーミュラニッポン元年には開幕戦優勝を果たした星野選手。

 テストでも走行していたが、約1か月後の4月24日にフォーミュラ引退を発表しレース界に衝撃が走った。

 僅かしか撮れなかったがフォーミュラニッポンに乗る星野選手はこれが最後の写真になってしまった。

 一か月前にFISCOテスト(9月7日に記事UP済み)で走行写真を撮っていたので、この時はあまり写真を撮らなかった。後にして思えばもったいなかった。

 

 

影山正彦選手/TEAM IMPUL/レイナード96D/無限

 一か月前に星野選手がFISCOでテストしていたレイナードは影山選手に委ねられた。

 

影山正美選手/NAVI CONNECTION RACING TEAM/レイナード96D/無限

 シーズン後半には表彰台上がり、躍進した年だった。

 

山本勝巳選手/NAVI CONNECTION RACING TEAM/レイナード96D/無限

 

脇阪寿一選手/TEAM ANABUKI童夢with無限/童夢MF308/無限

 前年に全日本F3チャンピオンを獲得した脇阪選手が童夢からフォーミュラニッポン・デビュー。

 デビューイヤーは表彰台に届かず最高4位。

 

菅田将暉さんぽい爽やかな笑顔がステキ 

 

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1997年フォーミュラ・ニッポン 開幕前鈴鹿テスト チャンプ候補トラとデラ

 1997年3月末に行われたフォーミュラニッポン開幕前テストを観に行って来た。

 当時住んでいた静岡から愛車・ホンダS-MXに乗って鈴鹿サーキットまで走った。前日の晩に出発して車中泊したと思う。「泊まりでサーキットに行けるように」とS-MXを選んだのだから。

 平日休みだったのでテストは観に行きやすかった。現地で大阪の友人と合流して行動を共にした。

 ’97年は使用シャシーはローラかレイナード。童夢が1台。エンジンはほぼ無限でジャッドとコスワースが1台ずつだった。

 

高木虎之介選手/PIAA NAKAJIMA RACING/レイナード97D/無限

 フォーミュラニッポンのチャンピオン最右翼、次期日本人F1ドライバーと評されて注目を浴びていた。

 この年はF1進出を踏まえてタイレルのテストドライバーを勤め、F1前座のポルシェカレラカップに出場してサーキット習熟に務めた。

 虎之介選手はピットの外に滅多に出てこなかったので、なかなかサインを頂けなかった。

 

 昨年・2019年の大阪オートメッセのガズー・ブースでのトークショーにゲスト来場された際に「私も静岡出身なので、静清信用金庫のCMに出られていたので口座作りました」とか話をさせて頂いた。「へぇ…懐かしいな。ありがとうございます」と言われていた。

 

 

インタビューを受ける中嶋悟監督

 

本山哲選手/FUNAI SUPER AGRI/レイナード94D/無限

 トップフォーミュラ参戦2年目。

 序盤は型落ちレイナード94Dだったが後に97Dにチェンジ。シーズン最高は4位。

 

ペドロ・デ・ラ・ロサ選手/SHIONIGI TEAM NOVA/ローラT97/無限

 ’95年に全日本F3チャンピオンを獲得し、フォーミュラニッポン参戦2年目。

 シリーズ全戦表彰台を獲得する圧倒的強さでFN二代目チャンピオンを獲得することになる。

 また、同年はカストロール・スープラでJGTCチャンピオンも獲得し、フォーミュラ、GTのダブルチャンピオンになった。

 テストドライバーを獲て1999年にアロウズからF1デビュー。チームメイトは虎之介選手だった。

 さらに2010年にはザウバーで小林可夢偉選手のチームメイトでもあった。

 途中テストドライバー期もあったが、ドルフィンが一時レースを全く見なくなっていた時期を経て再び見始めたらまだ走っていて「息が長い!」と感心した。

 

飯田章選手/SHIONIGI TEAM NOVA/ローラT97/無限

 ’96年に国際F3000フル参戦を経て全日本復帰。

 インター3000の経験をどのように生かすか楽しみだったが、チームメイトに完全に差をつけられてしまったのは残念だった。

 

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1997年3月 ホシノレーシング&NISMO富士テスト 未来の帝王、GT500クラスへ

 ホシノレーシングNISMOのテストがあるとの情報を得て1997年シーズン開幕前の3月13日に富士スピードウェイに行って来た。

 当時は平日休みだったので、決勝レースには行けなくても平日のテストは観に行くことが出来た。しかもFISCOまで下道1時間だったので行きやすかった。

 3月の御殿場はかなり寒い。防寒服を着込んで朝から出かけた。

 

星野一義選手/レイナード96D/無限

 長年ローラ派だった星野選手がレイナードで走行⁉

 リアウイングから察するに、前年の服部尚貴選手のX-JAPAN レイナード!!

 ボディはカルソニック・ブルーに塗装済だが、前後ウイングは赤のまま。

 

本山哲選手/カルソニックGT-R

 前年、ホシノレーシング・パーソンズシルビアでGT300に参戦していた本山哲選手が、遂にカルソニック・スカイラインでGT500デビュー!

 後に「GTの帝王」と呼ばれる男が最高クラスにステップアップした瞬間だ。

 

ドアには星野選手とともに本山選手の名前が入る

 

星野選手からも指導が入る

 

 

NISMOの占有走行枠なのでGT300シルビアN1耐久GT-Rもテスト走行していた。

 

大八木信行選手/ダイシンシルビア

 ’97年用マシンのシェイクダウンだったようだ。

 

 

ダイシンシルビアのコクピット

 

市販車をベースにして車が作られている様が分かる


 

砂子智彦選手/プリンス東京フジツボ・GTR

 

山路慎一選手/ススキレーシングGT-R

 

 

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ル・マン24時間コレクション51号 童夢3年目の挑戦 Dome RL-81

 ル・マン24時間レース・カーコレクション、最新51号は3年目の挑戦となった1981年の童夢DomeRL-81

 3月発売の40号「RL-80」から半年で後継機の登場だ。購入したのも半年ぶり(笑)。

 モータースポーツ誌を貪るように読んでいた頃のル・マン参戦車であり、スーパーカー・コンストラクターだった童夢のマシンなので手元に置いておきたかった。

 実車は見た事が無い。

 

ブリスターがヘニャってる

 外箱を開けるとブリスターの端がヘニャっていた。中の商品には別条ないのでドルフィンは捨ててしまうブリスターがどうであろうと関係ないのだが、ブリスターごと保管している方にとっては気になる所だ。

 出版元のアシェットも号を経て購入者が減ってきているので、細かいところには気をつけなくなってきているのだろう。

 

 「81」は前機「80」の小改良版だけあってスタイリングはほぼ同型。ミニカーを見ても「同じ型でカラーバリエーションが違うだけか?」と思うほど。

 よく見ると車体後部が僅かに異なっていた。後部に大小3つあるNSCAダクトの大きさが異なるくらい。あとはフロントのホイールが異なっている。

 ルーフに立つソフト素材のアンテナの長さが僅かに違っていた(個体差?)。

 

 メインスポンサーは後に日産のGr.Cカーをスポンサードする金属加工機メーカーのAMADA。

 青地に黄ラインという目立つ配色になっている。


 当時のル・マン最高クラスのGr.6規定に合わせて作られている。

 完走した前年よりも好成績が期待されていたが、朝を迎える前にエンジントラブルでリタイアになってしまった。

 翌年からFIAグループ分けが変更になり、主軸マシンはGr.Cへと移行していった。

 童夢はトヨタ・トムスと組んで車体開発を続けて行ったのだった。

 

 Cカー時代の童夢のマシンもスタイル好きだな。

 

 

 

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スカイラインRSターボ初優勝 ’82年RRC富士チャンピオンズ・スーパーシルエット

 大人気を博したスーパーシルエット・レース。やはり日産ターボ軍団3台がそろってからが爆発的になったのではないだろうか。暴走族問題も引き起こしてしまったが。

 一番最後に筑波でデビューしたトミカスカイラインRSターボ。雑誌で見て一目惚れしたほどの格好良さ。今でもロータス79と双璧を成す一番好きなレーシングカーだ。

 トミカスカイラインRSターボを見たくて大阪から静岡に帰省して友人とともに’82 RRC富士チャンピオンズレース観戦に行った。

 

 スーパーシルエット・レース自体が初観戦。

 雑誌で見て来たがシルビアもブルーバードもM1も実際に見ると数十倍カッコイイ! プライベーターのほとんどが使用していたRX-7はマツダがル・マンやデイトナに使用したモデルや、漫画『ドロファイター』のダブルニッケル編でノブが乗っていたマツダ252iっぽくもあって親しみが沸く。

 

長谷見昌弘選手/トミカスカイラインターボ

 スカイラインGT-Rの52勝は既に本で読む❝伝説❞となっていたので、初めてリアルタイムで活躍を追える「レーシングスカイライン」の登場だった。

 市販スカイラインRS自体シャープでレーシングな雰囲気があって好きだった。『西部警察』でもマシンRSとして登場していた。

 「鉄仮面」になる後期型より断然三本フィングリルの前期型が格好良い。

 注目のデビュー戦・筑波では早々にリタイアしてしまったので、富士でのレースが一層注目されていた。

 アフターファイヤーが見られる第一コーナーの土手席で観戦した。

 なかなか炎が大きく吹き上がるタイミングでシャッターが切れなかった。

 

2019年のサウンド・オブ・エンジンで長谷見選手にサインを入れて頂いた

 

2016年のスーパーGTテストで長谷見監督にサインを入れて頂いた

 ドルフィンがミニカーを集め始めた時にはエブロ1/43ミニカーは絶版モデルでオークションにすら出てこない希少品だった。

 ラジコンのカウルにもディスプレイにもなるミニッツレーサーで初入手。初めて1/43スケール以上のミニカーだった。

 

レース後、車検場でマシンを間近で見ることが出来た

 

星野一義選手/ニチラインパルニッサンシルビアターボ

 日産・ガゼールターボとほぼ同型(流用?)でリアウイングが装着された。インパルのホイールに目が行く。当時このホイールモデル憧れだった。同級生の何人かは「車買ったらインパル履く」と言って実行していた。

 登場当時はリアウイングは無かったと記憶する。

 スカイラインやブルーバードに比べてコンパクトに見える。

 レースでは長谷見スカイラインとトップ争いをしていたがトラブルでリタイア。

 

 

 

2位:柳田春人選手/コカコーラブルーバードターボ

 朝の予選時は前日にクラッシュしたのかリアがFRP地剥き出しのままだった。

 決勝までには綺麗に塗装されていた。

 この時はまだエアロに試行錯誤している武骨感があった。赤一色というのも重く見えた。

 翌年あたりからもっとシュッとしたスタイルになる。

 柳田選手は最初はガンメタのガゼールターボに乗っていた。『西部警察』でフェアレディZが川越え大ジャンプする「栄光への爆走」で走行シーンが映し出されている。

 ガゼールターボはミニカー化されていないので、是非とも発売して欲しいものだ。

 

2019年のサウンド・オブ・エンジンで柳田選手にサインを入れて頂いた

 

#77 戸谷千代三選手のレノマスペシャル253をストレートでブチ抜くターボパワー

 

3位:長坂尚樹選手/オートビューレックBMW M-1

 F1前座のプロカーやGr.5レースで活躍していたBMW M1。日本に持ち込まれた時は勝ちまくっていた。

 

2019年のサウンド・オブ・エンジンの際に長坂選手にサインを入れて頂いた

 間近で見ると意外に大きかった。少し丸みを帯びたウエッヂタイプのボディラインがとても綺麗で、流石はBMWと思わせるマシン。

 

古谷雄史選手/RSハラダ71カローラ

 

石川仁選手/ユアーズスポーツRX-7

 

スーパーシルエット・レース

フォーメーションラップ~スタート

 スタートは第一コーナーの土手スタンドで見ていたが、ゴールシーンが見たくて全員ダッシュでグランドスタンドに移動した。若かった!

 おかげでスライライン初優勝シーンを見ることができた。

 

優勝:長谷見昌弘選手/トミカスカイラインターボ

 

マシンから降りた長谷見選手を待ち構える多くのカメラマン

 見たかったスカイラインシルエットとその優勝が見られて感激した。

 

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’88年F1日本GP フェラーリ、タイレル、リアル、アロウズ

 鈴鹿サーキットでの開催2年目の1988年のF1日本GP

 それまで210ミリズームレンズしか持っていなかったが、300ミリ望遠を日本GPの時だけ知り合いから借りることができた。前年よりはアップで撮影できたが、初めて使ったので明るさが取れず、シャッター速度優先で撮影したので写真が暗くなってしまったものが多い。

 ところが、現在再プリントしてみるとネガ退色が進んで割りと❝ちょうどいい❞感じになっているのだ(笑)。

 

11位:ミケーレ・アルボレート選手/フェラーリF187/88

 ’88年も含め3年連続して2位表彰台が最高成績。

 この年限りで長年在籍したフェラーリから離脱することになる。

 

 日本でF1が開催されていない時期-モーター誌を夢中になって読んでいた頃が一番ノッている時だった。イタリア人のアルボレート選手がフェラーリで優勝し、もうとんでもない騒ぎになっている写真が掲載されていた。

 そんな印象があるので、思うような成績が上げられないアルボレート選手に違和感すら感じていた。

 

4位:ゲルハルト・ベルガー選手/フェラーリF187/88

 シーズン16戦中15勝したマクラーレン。以外で唯一の勝利を飾ったのがベルガー選手だった。

 イケメンでもあったので前年の日本GP優勝から日本でも人気が高まった気がする。

 鈴鹿2連覇を狙っていたが表彰台すら厳しかった。

 

 友人が光の反射が「十字」になるクロスフィルターを持って来たので、借りて付けさせて撮影。

 

 

14位:ジュリアン・ベイリー選手/タイレル017/フォードDFZ

 金曜日の晩にホテル近くを歩いているベイリー選手と遭遇。

 

 F1は1年で終了し、日産のGr.CドライバーとしてWECやル・マンを走った。この時は鈴鹿でお会いしていたので応援していた。

ジュリアン・ベイリー選手のサイン

 

12位:ジョナサン・パーマー選手/タイレル017/フォードDFZ

 

アンドレア・デ・チェザリス選手/リアルARC1/フォードDFZ

 130Rでクラッシュ。

 タイヤバリアに突っ込んだマシンを見つめる姿に悲壮感が漂う。

 レース後、グランドスタンド裏に現れた際にサインを頂いた。

アンドレア・デ・チェザリス選手のサイン

デレッィク・ワーウィック選手/アロウズA10B/メガトロン(BMW)

 F2を作っていたトールマンがF1進出の際にワーウィック選手もデビューしたので、トールマンでの印象が強い。

 F1では優勝できなかったが、後にWSPCでプジョーを駆ってチャンピオンを獲得する。

 

 金曜日の晩にボウリング場で遭遇できた。

デレッィク・ワーウィック選手のサイン

ピエルカルロ・ギンザーニ選手/ザクスピード881

 独自開発の直列4気筒ターボエンジンを使用していた。

 ギンザーニ選手の写真がこの年で一番上手く流し撮りが撮れた。

 

アレックス・カフィ選手/スクーデリアイタリア・ダラーラ/フォード

 スクーデリアイタリアはチームとして参戦初年度。

 


ビル大友さん

 少年の頃、この方の文章に胸躍らせていた。F1や海外レースの迫力や情熱が文字から伝わって来た。

 お会いした際に夢中になって読んでいた感激をお伝えした。

 ❝伝える側❞のサインなど頂くことは皆無だが、この方だけはお会い出来た証が欲しかった。

エマニュエル・ピロ選手

 当時、マクラーレンのテストドライバーを務める傍ら全日本F3000にも参戦していた。

 写真を撮らせて頂く所まで行っていたのに、サインもらい損ねていた⁉

 

 この頃、モーター誌が前夜祭「F1ナイト」を企画していた。

 現在、プールがある場所だっただろうか? グランドスタンド近くにあったすり鉢状の土手と中央にステージがもうひとつあった。

 全日本ドライバーもゲストに来られていた。

 

岡田秀樹選手

森本晃生選手

 

 

 

 

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’82年RRC富士チャンピオンズ フォーミュラ・パシフィック/ドラッグ & シルビア・ラリー

2位:星野一義選手/[ixi:z]ラルトRT4/ニッサンLZ14

 フォーミュラ・パシフィックスーパーシルエット・レースがメインの1982年のRRC富士チャンピオンズレース

 スーパーシルエットが観たくて、このレースに合わせて大阪から静岡に帰省。友人3名を誘って4年ぶりに観戦に出かけた。

 

 フォーミュラ・パシフィックはその名のとおり環太平洋諸国同一レギュレーションで開催されたフォーミュラ。マカオGPもFPレギュレーションで行われていた。

 マカオGPがF3で行われることになり衰退・消滅した。

 全日本選手権は’78年~’82年まで開催された。

 トヨタと日産が参戦表明しワークスドライバーが走ったが、トヨタのドライバーはチャンピオンを獲得できなかった。

 

 観戦に行った富士チャンピオンズでは7台しか出走しなかった。

 それでもドライバーはF2の上位陣だったので❝いいとこどり❞という考えもあった。

 第一コーナーの土手で観戦している時に友人と「コカ・コーラがスポンサードしているんだからオロCとかもやればいいのに」「ドムドムとかいいんじゃない? ドムドム・マーチ822とか」「ドムドムだったら上手くいくドムドム♪」とか話していた。

 前の方に座っていたカップルの女の子の方が聞こえていたらしく、笑いを堪えていたのを見て、もっと笑わせてやろうとさらに話がヒートアップしたのを覚えている。

 

長谷見昌弘選手/トミカ・ラルトRT-4/ニッサンLZ14

 

3位:萩原光選手/ADVAN東名マーチ/ニッサンLZ14

 

4位:鈴木利男選手/マルティニ・マーチ81A/トヨタ2T-G

 

フォーミュラ・パシフィックスタート

 

 先行する星野選手をかわして-

優勝高橋健二選手/ADVAN東名ラルトRT-4/ニッサンLZ14

 

ドラッグレース

 RRCはドラッグレース開催を推し進めていた。

 ’84年が初の公式競技とされているので、サポートイベントではあったが日本のドラッグレースとしてはかなり初期の大会だ。

 チューニングショップ等が参加していた。

 「ゼロヨン」で知られていたので楽しみにしていたのだが、ドライバーもまだ公式レースに慣れていないせいか、フライングが多く失格ばかりで白けてしまった

 後に漫画『よろしくメカドック』でドラッグレースが舞台になった時「本当はもっとフライング多いんだよな」と思いつつ読んでいた。

 

サポートレース

 スピン多発。

 

おまけ

 レース観戦後、そのままの勢いで「フェスタ静岡」を観に行った。体力あったなぁ。

 永らく静岡市で行われた大きなイベントで、西城秀樹さんや河合奈保子さんがゲストに呼ばれていた。アニメ『ちびまる子ちゃん』にも描かれた。

 そこで展示されていたサファリラリー4連覇した日産シルビア

 

ステージでは河合奈保子さんが「夏のヒロイン」を歌っていた

 

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