衝撃 YARTヤマハのブロック・パークス選手が引退!
MotoGP、ワールドスーパバイク、世界耐久選手権で活躍したブロック・パークス選手が引退を表明した。
ドルフィンが再び鈴鹿8耐を観に行くようになった2013年には既にモンスターエナジー・ヤマハYSPで走っていて、毎年参戦していた。8耐を代表する選手でもある。
せめて「今シーズンを最後に引退」として、鈴鹿8耐も走って欲しかった。
鈴鹿8耐のトークショーで「パークス選手、今までありがとう!」と集まったファンの拍手に包まれる—そんな情景であって欲しかった。
パークス選手、レースを楽しませてもらってありがとうございました‼
The rider who represents suzuka8h
I'm shocked in retirement report.
It was wrapped by fan's clapping in a talk show of suzuka, and I wanted you to be the grand finale.
Parkes player have them delight a race, and thank you very much‼.
Please run through Japan.
2013年鈴鹿8耐
MONSTER ENERGY YAMAHA -YART/YZF-R1
2014年鈴鹿8耐
MONSTER ENERGY YAMAHA with YSP/ヤマハYZF-R1
テスト日に初めてお会い出来た。当時は現役MotoGPライダーだった。
2015年鈴鹿8耐
MONSTER ENERGY YAMAHA - YART/ヤマハYZF-R1
2016年鈴鹿8耐
YART Yamaha Official EWC Team/ヤマハYZF-R1
2017年鈴鹿8耐
YART Yamaha Official EWC Team/ヤマハYZF-R1
2018年鈴鹿8耐
YART Yamaha Official EWC Team/ヤマハYZF-R1
2019年アジアロードレース
YAMAHA RACING TEAM ASEAN/ヤマハYZF-R1
’19年にはアジアロードレースにも参戦。雨の中のピットウォークでクリアファイルにサインを頂いた。
とても素敵な表情をカメラに向けて下さった。
2019年鈴鹿8耐
YART Yamaha Official EWC Team/ヤマハYZF-R1
テスト日に集合写真撮影現場に遭遇!
2月22日はにゃんにゃんにゃんの日
2月22日はにゃんにゃんにゃんの日-ということで、我が家の愛猫「ねる」たんです。
寒い日が続いていますが❝冬の楽しみ❞は❝愛猫と一緒に寝る❞事ですね。
猫の体温は温かく、加えてねるたんの毛は細くて柔らかいのでとても気持ちが良いのです。朝、布団から出るためには並々ならぬ決意が必要なのですよ(笑)。
ねるたんは生後1か月くらいでルンペンしていたところを保護してきました。
以来、室内飼いで他の猫とも会う機会が無いためか❝鳴き方が違う❞のです。いわゆる「ニャ~ン」ではなく「ア~ン」と鳴きます。近所で飼っているにゃんこさんとは明らかに鳴き方が違うのです。
―なので、我が家では人間後に訳すときには語尾に「~でち」と付けています。きっと他の猫が聞いたら癖のある言葉になっているはずなので。
ねるたんは餡子(あんこ)好き
中でも「赤福」は大好きで❝ねるたんのために❞鈴鹿に行った際には赤福を買って帰ります。
臭いで分かるのか「早く開けるでち」と催促します。
仕事から帰ると必ずやってきて「お帰り」の挨拶とスリスリをしてくれます。その姿に癒されています。
ところが着替え始めると❝伸び❞をするように見せかけて襖(ふすま)をバリバリ。これが日課になっているので部屋の襖はボロッポロ。
今でこそ歳を取って天袋に駆け上がらなくなりましたが、若い頃は天袋を「秘密基地」にしていたので、駆け上がる際に蹴る襖もボロッポロ。
着替えた後は撫でてコミュニケーションを取り、しばらく遊びます。
いつまでも元気でいてほしいな。
てへぺろでち
我々が食事をする時には必ず「おかかちょ~だい」とおねだりに来ます。
「今食事中だからちょっと待ってて」と言うと、黙ってず~っと座って❝圧❞をかけてくるのです。
サンデーロードレースNGK杯 インターJSB1000/ST1000
サンデーロードレースNGK杯 インターJSB1000/ST1000
この数年はサンデーNGK杯が年内最後の鈴鹿行きだったが、2020年は12月にスーパーフォーミュラがあったので「鈴鹿納め」にはならなかった(笑)。
10月に変更となったスーパーGTからのMFJ-GP、NGK杯、スーパーGTと、全て天候に恵まれた。雨や寒さに凍えることが無くて本当に助かった。
JSB1000/ST1000レースは赤旗中断により2ヒートになったので、結果は総合順位。
優勝:中村敬司選手/C.C.F横井EG速心keizy38CH登録
2位:黒木玲徳選手/GOSHI Racing
3位:#15中村修一郎選手/B-LINE Racing with TKm
ST1000シリーズチャンピオン
NGK杯では紅葉していた駐車場の樹も、次のスーパーフォーミュラでほとんど散っていた
シリーズチャンピオン:岩谷圭太選手/DOG HOUSE&シーベル
新庄雅浩選手/山科カワサキ・オートレース宇部YIC
全日本ST1000や鈴鹿8耐にも参戦している新庄選手。好きなライダーのひとりだ。
佐藤太紀選手/山科カワサキ・オートレース宇部YIC
予選3番手:鈴木孝志選手/Taira Promote Racing
田尻悠人選手/GOSHI Racing
↓ドルフィンは毎日数粒飲み続けて花粉症が楽になりました
つちやHOPPY & エヴァRTアウディ ’20スーパーGT鈴鹿300㎞
本来なら5月開催のスーパーGT鈴鹿戦だが、2020年は秋・10月末に観客を入れて「スーパーGT鈴鹿300㎞」が開催された。
土日とも朝夕は冷えたものの天候に恵まれてとても良い観戦日和だった。
伊勢湾対岸までハッキリ見えるほど澄んだ秋の空気
HOPPYつちやPorsche
松井孝允選手
松井選手と佐藤選手は昨年の大阪オートメッセでお会い出来たのになぁ。今年はオートメッセ開催されずに残念。
オートメッセを最後に秋までイベントやレースは開催されなかった。今年は?
佐藤公哉選手
HOPPYのお姉さん♡
エヴァRT初号機 X Works R8
ショーン・トン選手
佐々木孝太選手
’98年JTCC開幕前・富士テスト ドライバー顔写真付き/ドリキンさんのサイン愛車に
JTCC最終年となる’98年の開幕前・富士テストを観に行った。
当時は公式アナウンスは無かったものの、当てずっぽうではなく走行日程を確認して出かけるようになっていた。平日休みだったのでテストには行けたのだ。
3月の富士はとても寒かったが天気が良かったので助かった。
ギャラリーはとても少なかったので、お昼休みなどでドライバーの皆さん快く写真やサインに応じて下さった。
土屋圭市選手/ADVANチェイサー
トヨタに移籍して2年ぶりにシリーズ参戦。
ドリキンさんがドライブしているだけでカッコ良く見えてしまう!
超人気選手なのでなかなかゆっくりお会い出来ないドリキンさん。テストに参加されるというのでとても楽しみにしていた。
ドリキンさんにチーム国光のエアロを付けていた愛車S-MXのウインドウにサインを入れて頂いた
JGTCではチーム国光を離れていたが、元祖チー国ドライバーのドリキンさんは絶対・必須・欠かせない存在だった。
ドリキンさんのピットの近くに車を停めておいてお願いしたのだった。
土屋武士選手/ADVANエクシヴ
野田英樹選手/TRDチェイサー
海外でのレース活動が長く、日本のトップカテゴリー(FN、JGTC)への参戦は初めてになる。
JTCC開幕前テストには参加していたものの、シリーズにはエントリーしていなかった。野田選手のJTCCドライブシーンは珍しいかもしれない。
’90年末に一回お会いした事があったが、サインや写真を撮らせて頂いたのは今回が初めて。
走行写真へのサインは後日フォーミュラニッポン開幕前テストに頂いたものだろう。
金石勝智選手/ウェッズスポーツエクシヴ
松田秀士選手/シムス インプレッサワゴン
ボルボがBTCCでステーションワゴンで成功を収めた事から、インプレッサのワゴンの使用に至った模様。
完全にプライベーターが一から仕上げていったので思うように熟成できなかった。
トヨタ勢の走行時間とは異なる時間帯を使って走行。
トラブルでマシンがストップ。走行は中止になった。
↓ドルフィンは毎日数粒飲み続けて花粉症が楽になりました
ほぼトヨタワンメイクになった'98年JTCC開幕前テスト ドライバー顔写真付き
Gr.A時代が終わりトヨタ、ニッサン、ホンダ、マツダの国内4メーカーに加えBMW、オペルが参戦して1994年に華々しくスタートを切った全日本ツーリングカー選手権JTCC。多くの国内選手が参加していた。
国際レギュレーションを採用していたのでBMWがワークス参戦してくれて一層の盛り上がりを見せていた。
-が、年々付加パーツが加わったり日本独自のレギュレーションになって行った。
海外からの参加が無くなり、メーカーの開発費用の高騰によりニッサン、ホンダは撤退してJGTCに移行。’98年にはプライベーターのスバル以外はトヨタのワンメイクになりシリーズに終止符を打った。
JTCC最終年となる’98年の3月頃に行われた開幕前・富士テストを見に行った。
参加ドライバーも少なくギャラリーもほとんどいなかったので(寂し~ッ)、トヨタ全ドライバーの写真撮影とサインを頂くことができた(写真へのサインは後のテスト時に)。
ほとんどのマシンがまだ車両塗装が行われていなかった。
関谷正徳選手/ESSO TOM’S チェイサー
’98年シリーズシャンピオンを獲得。
JTCC初年と最終年にチャンピオンになった。
ハッキリ覚えていないが、この角度は第1コーナー下ってS字に入る辺りで撮ったのかな?
愛車・ホンダS-MXに折り畳み式自転車を乗せて行って、サーキット内を自転車で移動していた。
ケルビン・バート選手/ZENT TOM’S チェイサー
BTCCで走っていた選手。
日本でのレースは1年限り。菅生戦で優勝している。
竹内浩典選手/デンソー セルモ チェイサー
立川祐路選手/デンソー セルモ チェイサー
前’97年の全日本F3シリーズ2位。フォーミュラニッポンへはスポット参戦を果たしていた。
JTCCは'98年デビュー。ドルフィンはこのテストで初めてお会いした。
もの凄い美青年!
中性的というかガラスの少年というか…。
ルベン・デルフラー選手/ DoCoMo Exiv
谷川達也選手/TRANPIO ZIPPO EXIV
↓ドルフィンは毎日数粒飲み続けて花粉症が楽になりました
'98年フォーミュラニッポン開幕前テスト 道上MC/脇阪&金石アグリ/山西&コロネル中嶋
世紀末も近い1998年のフォーミュラニッポン開幕前・鈴鹿テスト。
当時のシャシーはローラかレイナード。ここに年式が加わる。エンジンは無限MF308のみ。チューナーによって特徴が異なっていた。タイヤはブリヂストンのワンメイクだった。
道上龍選手/JACCS MOONCRAFT M.S.P/レイナード96D
チーム国光の第3ドライバーとしてル・マンやJGTCを走った道上選手がフォーミュラニッポンにフル参戦になったので期待していた。
現在のようにグシャグシャっと書くサイン(笑)と違って丁寧だ
金石勝智選手/AUTOBACS RACING TEAM AGURI/レイナード96D
TEAM AGURIの'98年シーズンはローラで戦ったが、開幕前テストでは前年使用のレイナードだった。
脇阪選手と金石選手
脇阪寿一選手/AUTOBACS RACING TEAM AGURI/レイナード95D
山西康司選手/PIAA NAKAJIMA RACING/レイナード97D
トム・コロネル選手/PIAA NAKAJIMA RACING/レイナード97D
全日本F3チャンピオンを経てフォーミュラニッポン・デビュー。
翌'99年にはフォーミュラニッポンチャンピオンを獲得する。
世界ツーリングカー選手権WTCC~世界ツーリングカー・カップWTCRの選手として日本開催の鈴鹿サーキットにやって来ている。
↓ドルフィンは毎日数粒飲み続けて花粉症が楽になりました
'98年フォーミュラニッポン開幕前テスト フォンタナ&本山のル・マン/野田セルモ
1998年の開幕前-たぶん3月だったと思う―に行われたフォーミュラニッポン鈴鹿テスト。
休日の関係で本戦は観戦に行けないが、その分テストにはよく行っていた。
友人がやっていた影響で撮影した写真に金ペンでサインを書き入れて頂いていた。それまではサイン帳だけだった。
ノルベルト・フォンタナ選手/LEMONed Racing Team Le Mans/レイナード97D
’96年から’98年までフォーミュラニッポンにフル参戦。初来日当時からF1昇格確実視されていた。
’97年にフォーミュラニッポン参戦の傍らザウバーから4戦F1にスポット参戦した。
-なのでこの年は❝F1ドライバー❞の肩書があった。
再びF1参戦するかと思ったが’97年シーズンの見に終わった。
フォーミュラニッポンでは各シーズン1回は優勝していた。
本山哲選手//LEMONed Racing Team Le Mans/レイナード97D
’96年にフォーミュラニッポン・デビュー。
FUNAI SUPER AGURI時代の2年間は表彰台1回だけだったが、チームルマンに移籍して覚醒。この年’98年のフォーミュラニッポンチャンピオンを獲得することになる。
以降、毎年チャンピオン争いを展開し通算4度王座に輝き一時代を築くことになる。
この年のマシンカラーはレモンイエロー。開幕前テストではウイングのみがイエローだった。
野田英樹選手/COSMO OIL RACING TEAM CERUMO/ローラT98
イギリスF3~国際F3000~インディ・ライツと海外で活動していた野田選手。’94年F1ラスト3戦に出場。
この年に日本のトップフォーミュラ・デビューした。
今はJUJU選手に会いたい♡
川本篤選手/ASAHI KIKO SPORTS/レイナード96D
田中哲也選手/BE BRIDES RACING/ローラT95
ツーリングカーのイメージが強い田中選手だが、4シーズンに渡りフォーミュラニッポンにも参戦していた。
フル参戦したのは’98年のみ。
石川朗選手/BE BRIDES RACING/レイナード94D
↓ドルフィンは毎日数粒飲み続けて花粉症が楽になりました
1998年フォーミュラニッポン開幕前鈴鹿テスト マジョーラIMPUL/NOVA/5ZIGEN
鈴鹿サーキットで行われた1998年フォーミュラニッポン開幕前テストに行った。
当時の愛車、ホンダS-MXにもチーム国光エアロとウイングが付いていた頃だ。S-MXで静岡から鈴鹿まで行った。大阪の友人と現地集合してテスト観戦した。
朝から観られるように前日の晩に出発して車中泊していたかもしれない。そのためのS-MXなのだから。
グリーンランプでテストが始まる
当日は朝のうちは雨が残っていた。
雨が降っていたのでピットビル3階席から写真を撮っていた。
星野一義監督/MAZIORA TEAM IMPUL
フォーミュラを降りたとは言ってもGTには乗っているので、まだシュッとしている。
テストとでさえギラつき感がある(後の監督としての鬼迫と違って選手のギラつき)。
チームウエアではなく、普通の防寒ウエアなところもシブイ。
黒澤琢弥選手/MAZIORA TEAM IMPUL/ローラT98
金ペンが薄いが黒澤選手のサインが入っている
この年は日本ペイントがスポンサーに付き、光の当たり具合で色が変化する分光性塗料「マジョーラ」のロゴが入るとともにマシンもマジョーラ・カラーになって綺麗だった。
その効果もあってかマジョーラが流行った。トミカでもマジョーラカラーのセットがあった。
影山正彦選手/MAZIORA TEAM IMPUL/ローラT96
開幕前テストにはマジョーラカラーが間に合わず、ブルー地にIMPULのロゴが入った'97年カラーのままだった。
ブルーのマシンは影山選手のヘルメットのブルーに合っていて良かった。
取材を受ける影山選手
影山正美選手/SHIONOGI TEAM NOVA/ローラT97
シーズン中に頂いたNOVAのステッカー
ラルフ・ファーマン選手/SHIONOGI TEAM NOVA/ローラT96
後に―2002年にフォーミュラニッポンのチャンピオンを獲得。翌年ジョーダンからF1フル参戦を果す。
―が、その頃ドルフィンはモータスポーツから離れていて、ファーマン選手がF1乗ったくらいしか知らなかった。
マーク・グーセン選手/TEAM 5ZIGEN/レイナード97D
'97年から2年間日本で走った。
フォーミュラでは’98年の2位が最高位。
脇阪薫一選手/TEAM 5ZIGEN/レイナード96D
読書に全集中・再び
会社の鬼滅大好き女子から借りてきた。
2冊だけならすぐ終わると思っていたが、ほとんど文字なのでなかなか読み終わらない。
これ読んだらまたコミックスを読み返したくなってしまう。
























































































































