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8月22日は愛猫「ねる」たんを保護して我が家に来た日。数字ゴロを取って「やあ(8)にゃんにゃん(22)」の日にしています。
最寄り駅近くで保護してきたので正確な誕生日が分からず、来た日を誕生日としています。
今年で11年になります。もうおばちゃんの域。
恐らく生後1か月も経っていない仔猫がルンペンしていました。ルンペンしていた時が恐怖の日々だったのでしょう。今でも急に音がするとビクッとしますし、人が怖くて家の外に郵便屋さんや宅配員さんが来るだけで逃げ隠れてしまいます。
来てからようやくウチに慣れた頃
顔は黒くなりましたが、表情は全然変わらず仔猫のまま。
来た時にはこんなに顔が黒くなるとは思いませんでした。
1~2年は体色が冬には物凄く濃く、夏場はまだらに薄くなっていましたが、近年は落ち着いてきました。
冬は布団に入ってきてドルフィンと一緒に寝ています。
暑い夏場でも体をチョットだけくっつけてきて寝ていたりしています。
いつ頃からか頭頂部の白毛部分にハート♡型が出るようになりました。
常時ハート型になっているものではなく、耳の位置によって毛が寄ってできあがるものみたいです。写真に撮るタイミングが難しいのです。女の子らしくていいですね。
頭頂部にあるハート♡型
最近では寝ている時間が多くなりました。
それでも時々❝秘密基地❞の天袋にはふすまを駆け上がって入っているようです。ふすまはもうボロボロ…。
階段も元気に上り下りしているのでまだまだ元気です。
帰宅すると「おかえり」もしてくれます(TOP写真は一昨日のもの)。
気に入らない事があるとガツッと噛んできます。しかも❝生身❞の部分を狙って。
ドルフィンの手首・足首は生傷だらけです。
それでも我が家に笑顔をもたらしてくれるねるたん。彼女のおかげで日々の気持ちがとても助かっています。
帰宅後は「我を撫でよ」と、気が済むまで背中や頭を撫でるのが日々のルーティン。撫でていると笑顔になり口角が上がって❝よだれ❞がタレてきそうになります。
いつまでも元気でいてほしいと願っています。
仔猫の頃にアレルギーが見えたので、カリカリはアダルトターキー↓を食べています
8月19日…「バイクの日」に今年の鈴鹿8耐中止が発表された。
オリンピックもやったし、海外勢はワクチン接種済んでいるので11月なら開催できるかな~? と一縷の望みを持っていたが「やはりか…」という残念な気持ちでいっぱいだ。
代替に全日本特別レース開催してくれないかなぁ。
本来の鈴鹿8耐開催日に振り替えられた全日本ロードレースMFJ-GP
今回は6月の鈴鹿8耐テストでMuSASHi RT HARC-PROのCBR1000RR-Rをライディングした二選手。
JSB1000
レース1:2位 レース2:4位
名越哲平選手/MuSASHi RT HARC-PRO.Honda
高橋巧選手、水野涼選手の跡を継ぐ選手らしい速さとしぶとさを纏ってきた名越選手。
レース1は6番手スタート
中須賀選手に続き2位を獲得。遂に覚醒!
SP忠男ヘルメット対決だ。
このロゴにはつい目が行ってしまう 昔F1スポンサーだったので
ST1000
6位:榎戸育寛選手/SDG Motor Sports RT HARC-PRO
鈴鹿クラブマンレース インタープロト・プロ
インタープロトシリーズは専用設計のマシン「kuruma」を使用するが、それだけではなくチューンしたスープラやサーキット専用車レクサスCCS-Rのクラスもある。
ピット内で整備されているマシンの排気音が良い音で「かなり速いのか?」と思わされた。が、実際は純粋レーシングカーで軽量の「kuruma」には及ばなかった。
レースはスーパーGTやS耐のようにクラス別になっていた。
石浦宏明選手/CERUMO CRA
インタープロト・ジェントルマンのスターティンググリッドに向かう石浦選手
石浦選手には昨年のスーパーフォーミュラの写真と―
このスーパーフォーミュラが最後なんだなぁ。寂しい…。
スーパーGT・ZENT GR Supraの写真にサインを入れて頂いた
片岡龍也選手/NAVUL
片岡選手はチョットだけ姿を見かけたが、ちょっと横幅が…。
阪口良平選手/NAVUL
阪口選手に昨年のスーパーGT・ADVICS muta 86 MCの写真にサインを入れて頂いた
荒聖治選手/ASP Racing
荒選手にお会いできたので「サインよろしいでしょうか?」と尋ねると「もちろん!!」と応えてくださった。その力強い言葉がものすごく嬉しかった。
昨年のスーパーGT・Studie BMW M6の写真にサインを入れて頂いた
ピットにはレース使用車とは別にスープラとCCS-Rが置かれていた。新規ユーザー獲得のためのデモ車?
トヨタ・スープラ
レクサスCCS-R
CCS-Rは「Circuit Club Sports Racer」の略でサーキット専用車ということ。
カーボンボンネットやウインドウで軽量化されている。
どのカテゴリーのレースで走っているのか分からなかったが、インタープロトでも使用されていた。
2013年にトミカ化されている
全日本ロードレースMFJ-GP
JSB1000
レース1:リタイア レース2:9位
秋吉耕佑選手/MURAYAMA・TJC・RT
場内放送によると、秋吉選手自らスポンサー獲得に奔走したらしい。
レース1では予選4番手と好位置を獲得。速さは衰えていない。
6月に行われた鈴鹿8耐テストではイエローが入ったヘルメットにオレンジのツナギだったが、MFJ-GPでは一新。渋いカラーリングのヘルメットと村山運輸のイメージカラー・青のツナギになっていた。
レース1は4番手グリッドスタート
MURAYAMA・TJC・RTのピット
ST1000 27位
芦名秀美選手/MURAYAMA・TJC・RT
走るラーメン屋さん。「中華そば太平楽」って近くにもあるのだが、行った事無いんだなぁ。
本業の傍ら全日本戦に出場、しかも結構年齢いってるから凄いな…。物事に対する熱意が違うのかなぁ。
グッドスマイルカンパニーから発売された1/43ミニカー、サンダーボルトSV01改。村上もとか先生のF1漫画『赤いペガサス』の主人公マシンだ。
13,800円とめっちゃ高価。だが昔から欲しかった1台なので速攻で飛びついてしまった。
ミニカーの勢いがあった頃は京商1/64シリーズで「赤いペガサス・シリーズ」をやってくれないかな? と願っていたが叶わなかった。
’70年代に発売されたポピニカは既に入手困難。ガレージキットが売られていたが納得がいくように作ることは自力では無理。
15年くらい前にミニカーショップロムのショーケースで特注品のSV01改が売られているのを見た。当時でミニチャンプスの4~5倍の価格が付いていたのでとてもじゃないが手が出せなかった。
価格麻痺した今でさえ高額だったが「この機を逃しては」との気持ちが大きかった。
パッケージもサンダーボルトカラー
憧れのマシンをようやく入手した喜びがあった。
だが、ミニカーを見ると全体的に空白感があった。それもそのはず、架空タバコメーカーであるBIRTON以外のスポンサーロゴが全く無いのだ。ノーズのシェルもタイヤメーカーもNGK、KYBも全て無い。
大手ミニカーメーカーはもちろん、廉価版のF1マシンコレクション等でさえも細かなロゴが入っているのだから拍子抜けだ。
キャラクターものを手掛けるグッドスマイルカンパニーなので、そこまでの版権は無理だったのだろうか?
これはもうデカールを自作するしかないか!?
タイヤメーカーに関しては「タイヤテスト版」と言ってしまえば済んでしまう。
しかし、リアタイヤ前のカウリングの造りを見るとタイヤがブリヂストンに変更された後の仕様になっている。デカールを自作するならブリヂストンにしなくてはいけない。
更にケン・アカバは「日系英国人」なのでネーム上にある国旗も日の丸とユジオンジャックの二つあるのが正解。ところがミニカーでは日の丸しかない。作った方は原作を知らないのか?
ミニカー自体は原作同様、美しいプロポーション。露出したコスワースDFVエンジンやリア駆動系が造られている。
サイドスカートも台座に接するくらいまでに設置されている。
ボディ側面のラジエーターは印刷ではなく立体的に作られている。リアウイングを止めるネジ3個も原作のまま。
フロントサスペンション根元のカウルは本当に空力良さそうに見える。
ケン・アカバがコクピットに座る
風防はクリアではなレジンボディに着色
ケンのフィギャのヘルメットがマシンに対して一回り小さい気がする。
近年F1のようにドライバーを守るサイドプロテクションのようなカウルになってしまっている。
白/赤の日本ナショナルカラーのSV01だが、実際にこの配色だと知ったのはレコードジャケットだった。
少年サンデー誌上ではカラーページではなく、あってもマシンの配色が分かるものではなかった。コミックスもコミックのコマを使った独特の色使いだった。コミック用書き下ろしカラーではなかったからだ。
イメージ的にケンのヘルメットは黒、マシンも白/紺かなと思っていたので「赤」と知った時には違和感があった。
SV01、SV11も続けて発売して欲しい。
―あ、でもこんな高額だったらそうそう買えないので1年に1台の発売ペースでお願いしたい。
1985年8月に富士スピードウェイ(FISCO)で開催されたRRC富士チャンピオンズF2。
夏休みということもあって決勝前の木曜日に、友人と彼の愛車スプリンター・トレノ86で裏道通って観に行った。良く走る車でのドライブは楽しく、自衛隊演習場の中を通る道では一面にススキが青々と茂っていて爽快だった。「バイクで来ても良かったね」と話していた(友人がヤマハRZ250、ドルフィンがホンダMVX250に乗っていた)。
パドックまで車で行けるので木曜日を選んだのだった。
高橋国光選手/ADVANマーチ85J
ウイングカー時代の流れでコクピットが前方に置かれている
「ここは赤で塗っておいてね」と言って書いて下さった国さんの丁寧なサイン
当時のサーキット(FISCOや鈴鹿)ではピットから直接ピットロードに出ることができず、一旦ピット裏を通ってコントロールタワー脇からピットロードやコースに出なければならなかった。
ロベルト・モレノ選手/ADVANマーチ842 HONDA
前年、史上最強F2と誉れの高いラルト/ホンダで欧州F2を席捲し、F1経験もあるロベルト・モレノ選手が全日本第4戦から参戦開始。「凄い選手が日本に来た」と会えるのを楽しみにしていた(’84年鈴鹿JAF-GP練習日に一回会っていたが)。
サイン帳に頂いたロベルト・モレノ選手のサイン
下↓は2017年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンで写真にサインを入れて頂いたもの
アルバムに貼っているプリント写真↑に比べてネガ退色してしまっている。
ケネス・アチソン選手/ADVANマーチ85J HONDA
日曜日のRRC富士チャンピオンズで優勝。
’81~’82年の鈴鹿JAF-GPにスポット参戦し、F1経験もあるアチソン選手がこの年から全日本で活動を開始した。
ケネス・アチソン選手のサイン
萩原光選手/WALTER WOLF RACING MARCH 85J
濃紺にゴールド、赤いロゴのウォルターウルフカラーがとても美しく格好いい。若くてカッコイイ萩原選手のイメージにピッタリだった。
’85年から丸晶興産が「レイトンハウス」ブランド名を使用し始め、萩原選手のマシンにもロゴが入っている。レイトンハウス=「No16」。
萩原光選手のサイン
松田秀士選手/ポカリスエットウーン85J
義兄であるビートたけしさんの援助を受け『ビートたけしのスポーツ大賞』でシティターボレースに参戦していたのでTV露出機会も多かった。
’84年の全日本F3で1勝を挙げてF2にステップアップ。
後にインディカーシリーズや全日本GT選手権で長きに渡り活躍するようになる。
初めて頂いた松田秀士選手のサイン
全日本ロードレースMFJ-GP
JSB1000
津田一磨選手/BabyFace Powered by YOSHIMURA
SUGOでの第3戦ではポールポジションを獲得した一磨選手。
鈴鹿での活躍を期待していたが土曜日午前中の予選で転倒。どうやらマシントラブルが原因のようで、マシンから火が出たとの場内アナウンスがあった。
午後の決勝には出場してくれたらいいな―と、願っていたのだが…。
BabyFaceは全日本参戦チーム中で最近所チームだったと今年に入って知った。これは応援せずにはいられない!
一磨選手も度々この地に来られていたのか!
BabyFaceのファクトリー
日曜日のピットビューイングでの一磨選手
次に鈴鹿で走りを観られるのは8耐の時。
今回の分まで思いっきり走って頂きたい。
関西系メーカーが多くスポンサードしている
ヨシムラの心臓を支えるBabyFaceのパーツ
日曜日にパラパラっと雨が降ったくらい
ST1000
3位:伊藤勇樹選手/YAMAHA RACING TEAM ASEAN with 伊藤レーシング
主戦場のアジアロードレースのシリーズが開催されないために伊藤レーシングからスポット参戦。これは嬉しい。
日曜日の決勝では予選9番手スタートから3位表彰台を獲得。ポテンシャルの高さを見せてくれた。
8耐も楽しみにしている。
公式予選終了のクールラップで手を振って応えてくれた
伊藤レーシングのピット
今から36年前の夏-1985年8月11日に富士スピードウェイ(FISCO)で開催されたRRC富士F2チャンピオンズレース。
夏休みということもあり、レース前の木曜日に「そろそろ走ってるんじゃない?」と友人と愛車・86トレノでFISCOに行ってみた。
朝一番からのガチ観戦ではなく、昼前位に到着しパドックで整備されているマシンを見て回り、午後からの走行て帰った。のんびりとしたものだった。
決勝は雨天だったらしいが、この日は夏らしい良い天気だった。
星野一義選手/LARK 85J
パドックを移動するダミーホイールを履いている
当時のF2はフラットボトム化され、ディフューザーが大きく跳ね上がっている
走行はヘアピンまで行かずピット上から撮影。
F2の直線は速い!
この日に頂いた星野一義選手のサイン
今よりも細かい気がする…
それまで色紙にサインを頂いていたが、保存にがさばるのでこの日からサイン帳に頂くようにした。
と分かるのも、多くの選手がサインに日付を入れてくれていたからなのだ。
サイン帳のTOPはもちろん星野一義選手。
中嶋悟選手/EPSON 85J HONDA
長谷見昌弘選手/佐川急便スピードスター
ジェフ・リース選手/Sebring Yamaha
この年から全日本F2に参入したヤマハOX66エンジン
新規参入したから機密にしなくちゃならない―と、囲って隠すような事はせず、フツーに見えるところに置かれている大らかな時代だった。
カッコインテグラ
パドックにあるガレージにはニッサンのGr.Cカー・マーチ85Gが運び込まれていた
ガレージ内にはシルビアターボCニチラもあった
1977年から少年サンデー誌で村上もとか先生が描いたF1漫画『赤いペガサス』。レース漫画のバイブルだ。
少年ジャンプ誌で『熱風の虎』を描いた村上もとか先生がF1漫画を連載している―と友人から聞いて「輸血リレー」くらいから読み始めて夢中になった。
日本のサンダーボルト・エンジニアリングがBIRTON(バートン)タバコをメインスポンサーに1977年F1GPにフル参戦したというストーリー。
エースドライバーはバートン推しのロック・ベアード選手。セカンドは日本人ドライバーが候補に挙がったが、オーナーの会田氏が選んだのは日系英国人のケン・アカバ氏だった。設定からリアル!
実在の人物が登場する作画も「劇画」と呼べるほどリアルに描かれているところが素晴らしい。フルネームで呼ばなくても誰かと分かるほどだ。
ケンはイギリスでレース活動中に観客を巻き込むクラッシュを起こし、ドライバーを辞めてF1メカニックとして働いていた。テスト走行しているところを観た会田氏の目にかなった(昔はテスト嫌いなドライバーが多かった)。
やはりこの2台と一緒に撮影
後に語られているが当初ケンはシーズン途中で死ぬ予定だったらしい。
描かれている各グランプリでは❝いつ死んでもおかしくない❞ような描かれ方をしていて、ケンにはいつも死の陰があった。
その陰が払拭されるのがSV01改が登場するモナコGPではないだろうか。人気が出てケンが延命しチャンピオン争いをするようになる。それでも最終回ではチェッカー後に死んでしまうのではないかという不安もあった。
モナコGPからSV01のデザイナー、トム笠原氏やフーテン娘(死語ww)キャンディ・ウッドロングが登場し、ストーリーも明るい感じになる。
同時期にレコードも発売(イメージソングとB面に架空日本GP実況)されて、SV01改を運ぶポーターを運転する小原メカニックが曲の一節を口ずさんでいる。
モナコに行ったらケンのようにサンドイッチ片手にF1コースを歩くのが夢だった。
友人は新婚旅行をF1モナコ観戦ツアーにして行った際に、F1コースを歩いて来たらしい。
サンダーボルト・エンジニアリングは開幕戦をフェラーリ似のSV009で参戦戦するがSV01と大きくスタイルが異なるのでデザイナーはトム笠原氏とは異なるのではないかと思っている。
スポーツカーノーズのSV01も素晴らしいデザインで格好良かった。
実際のF1GPでロータス78・79が活躍する中で、ウイングノーズにワイドボディに変更された「改」の登場となる訳だが、この時はまだボディ底面を使ってダウンフォースを得る❝ウイングカー❞のシステムが知られていなかったためSV01はフラットボトムなのだ。
その証拠にボディ側面にライジエーターを配置している。サイドポンツーン内にあるのはオイルクーラーなのだ。
シリーズ終盤にはケンのチャンピオン獲得のため潤沢なバートンの資金をバックにウイングカーの新マシン「SV11」が急遽投入されるが、SV01改はシーズンの大半で使用されたマシンだ。ケンと新加入のペペ・ラセール選手が幾多の名勝負を展開した。
余談だが、その昔、A・S・ダ・シルバ選手がイギリスF3チャンピオンを獲得しF1に上がってきた時に「リアル ペペだ!」と思った。
モナコGPは6巻
『ドロファイター』連載時に頂いた村上もとか先生のサイン色紙
少年サンデー誌上で「漫画家先生にファンレターを書こう」という企画があった。
ドルフィンは『赤いペガサス』『ドロファイター』のファンである事はもちろん、誌上企画でマツダ787B(ドロファイターのダブルニッケル編に登場)に同乗体験した村上もとか先生が「ロック・ベアードに似ていました。ご自身がモデルですか?」という内容を書いたと記憶している。
この企画でサイン色紙を頂いたのだ。
サイン色紙を入れて送られてきた小学館の封筒
ダブルニッケル編
分かる方にはバレてしまうが、TOP写真のSV01改ミニカーの背景にしているのはコミックス最終の14巻。
描かれているのはSV11なのだ。
度重なる引っ越しで手元に残しているのは初版で購入した14巻だけなので。
愛蔵版も購入したが、社会情勢に合わせて台詞が変わっているところがあったので手放してしまった。