裏の裏は表 -58ページ目

えいさ

久しぶりにカラオケに行った。

友人と久しぶりに会い、夜遅くの待ち合わせだったので

朝までコースでカラオケに行ったため、6時間も歌い放題だった。


ジェロに凝っているので海雪から入った。

そんで新しい曲から、アニソン、バラエティー、グループサウンズなど

二人だからこそできる冒険的な選曲で歌えなかったら途中で止めるなど。


そしてわかった。

最近の曲は聞いただけでは歌えないことが。

ちょっとでもわからない部分があったり、

外れたりすると、もうわかんなくなる。


そしてあんまり聴いたこともなくとも記憶にある曲は

昔の曲とはいえ歌いやすい。

それが例え演歌であっても。


二人なので、選び切れず間が空くときに、

隣の部屋から、青春ですか?みたいなお堅い集団なんだろうかという

童謡や、心にしみるような歌声が聞こえてきたので、

ちょっといたずら心でエッチな歌を熱唱。


聞こえただろうか?


締めは海雪をもう一度だったんだけど、

もう少し時間があるとのことで、

なぜか愛の賛歌で終わるみたいな…


次はジェロの新曲えいさを歌いたい。

さて次はいつなのだろう?

なんせ、数年ぶりのカラオケだったので、

次回まで覚えていられるかどうか…


え~え~えええ~え~え え~い~さ~とびたーっておゆき~

金銭感覚の狂い

最近、PCを買ったことで金銭感覚がマヒしてきました。

カード決済って難しいですね。

購入したところにより、すぐに引き落とされたり、

そうでなかったりとまちまちで。


今、いくらあるかという基準をどこにするかということがわからなくなり、

ちょっと高額な買い物しようと思っても、

今ある額が所持している額面であるかどうかわからなくなってるし。


大きな買い物以上に、コートの予約をしている身としては、

これはジャブのように後から効いてくることも。

なんとか給付金ってのも、ちょっともらっても、

後に税金あげられたら、もらった以上に払うこととなり、、

結局損になりかねないな…。

敵の敵は味方ではない

DVD3枚借りてみた。その感想文を見た順に。


「クローバーフィールド」

謎の怪物がニューヨークに上陸。

公開当時、なんとかこの怪物の正体を見たくて海外のサイトでなんとか発見。

豚顔に細い手足が印象的だったが、映画館で見たいと思わなかったが、

ホント正解だった。


3Dゲームなど長時間やってると、なんだか酔った感じになる。

この映画も、誰かが撮影しているハンディカムの映像という視点なので

途中で気分が悪くなった。


突っ込みどころもあるけど、アイデアとしては悪くない。

ゴジラ映画を、ブレア・ウィッチ・プロジェクトのようにしただけで

なんとなく、臨場感はあるものの怪獣が都合よく襲ってきたり、

主人公たちの行動が都合よく展開されたりというとこで

興ざめしてしまったところもあった。


個人的には、バッテリーがそんなに持つのかということのほうが気になったが、

結局はどうなったかわからないが、この一帯を吹き飛ばしたんではないだろうか?

これは、他の作品にも言えることだが、短絡的だなって思う。


「真・北斗の拳ラオウ伝 激闘の章」

これはいいね、男泣きできる作品だ。

懐かしさも半分あり、ここでこのセリフがいいんだよなーなんて思いで見てた。

声優が、有名俳優を使っていて合う合わないの議論は差し置いて、

絵も原作に近いのでテレビアニメ版より、数段気持は入り込みやすい。

雲のジュウザが出なかったのは残念だけど、南斗五車星のくだりは

北斗の拳のクライマックスでも結構すきな部分であった。


結構、この作品や現在放映中のラオウ外伝で

原作にはなかったエピソードを埋めているが、

リュウがラオウと誰の子かわからずじまいであった。

ユリア?トウ?この作品のオリジナルキャラレイナ?

ん~謎だ。

そいえば、この作品のレイナはシティーハンターの北条司だと

エンドクレジットに載っていた。殉愛の章では気がつかなかった。


「AVP2」

エイリアンVSプレデターの2作目。

なんで地球で戦うのかってとこはさておき、

1作目ですごいでかいクイーンと戦ったのに、

今回はプレデター型エイリアンがボスだけど、

存在感がない上に夜が舞台ってこともあり、

暗くて何がなんだかわからないというのがあり、

グレードダウンのような気がした。


ここで面白いのは主人公がいじめられてた相手に、

あわや殺されそうになったのに、

エイリアンが現れた途端に、一緒に逃げるところ。

やっぱ、同じ人間としてそんな怪物に対しては、

いじめなんてなくなるのかね?

いじめがあるところには、そんな敵をつくってはどうか?

敵の敵は味方になるかどうかわからんが、

少なくとも、得体のしれないものが現れた時は

一致団結するということなのだろう。


この作品はあくまでエイリアンとプレデターが主役なので

「24」のミッシェル以外は有名な俳優も出ていない。(ミッシェルも有名かどうか微妙だけど)

二者択一で街から出る派と、街の中央で救助を待つ派にわかれて

最後は街の中央にいた人たちは爆弾で一掃される。

この辺、クローバーフィールド同様にアイデアがない…

プレデター1作目もエイリアン1作目もなんとか生き残るために

アイデアを駆使して戦うというものだったのに。


最後にまだ続くような終わり方をしてるのが気になるが、

多分、どこかで前作のような興行的収入がなければこのまま終わらせることも可能という

どこか中途半端な終わり方でもあると思う。

なぜなら、地球に残るエイリアンもプレデターもいなくなったし、

また新たに来たとか、いたとか無理な設定にするしかないはず。

解釈3

自分解釈最終回。

人について。


最近、思うのは人というのは最初に入った情報に従うということ。

初めてあった人の印象は自分が見て、その人がいい人そうみたいなことを感じても

付き合っていく上でいろんな表情や、考え方を知ることでその人の情報が構築される。


そうして行く上でも、新たな一面が出ると意外だと感じてしまうようだが、

それは情報としてなかったことだけのことだと思う。

特に成人に対しては、その昔の育ってきた環境は、家族だとしても

知らない部分ってのは多分にできるはずだから。


話はもどって、構築された情報に意外性というか、

他の面を他の人から情報が入ったとき、

その話を最初は信じられなくとも、

ちょっとしたことをきっかけに、そういう面もあるのかなと感じたら、

他の人の情報もあながちウソではないのかもと思うことがある。


もしその情報をしらなければ、うがった見方をしなかったどろうけど、

他の人のイメージが植え付けられ、信じられない情報が

なんとなく真実味を醸し出すのだろう。

2面性ってのは、誰にもあるはずなわけで、

それを好意的にとらえるか、悪意的にとらえるかに分かれてくる。


ま、だいたい自分最初に感じたイメージが変わることは

悪意的にしかとらえられないことが多いと思うのだけど…

たとえば、Aの人に対しやさしいイメージを持ったとしても、

Bの人から悪意のあるイメージをインプットされ、

Aの人と意見が食い違ったときなどに、そのBの意見が正しく思えてくる。

AとBの中だけで成立することでも、情報がインプットされたことにより、

違うイメージが植え付けられ、実はAとBの間にだけしか存在しない感情が

情報を聞いた人にAのイメージがよりBのイメージに近くなるというような。

恐らくいじめなんてのはそんな感じで始まるのだと思う。


アイドルが誰かと付き合っていたら、

裏切られたと感じる人達なんかわかりやすいんじゃないだろうか?

その場合、Aというアイドルのイメージを

Bというマスコミにこんなことしてるんだぜみたいな情報がインプットされ、

アイドルのイメージが壊れてしまうみたいな。


自分の経験上、笑って近づいてくる奴は信用するなってのがある。

それは全く知らない人って限定だけど。

昔、訪問販売や、勧誘員にだまされたことがある。

ニコニコしてて最初はとても感じがいい。

話をすると、何かと親身な感じで契約させられるのに疑いを鈍らせる。

しかし、少し時間がたつと自分の愚かさに気づきクーリングオフしようものなら、、

そいつの顔はもう怖いくらいに顔が違う。

目が笑っていないとはこのことだと知る。


自分は頭のいい方ではないので、そういったことを見抜けはしない。

だからこそ何度も騙されそうになったりするのだけど。

昔、ネゴシエーターという映画で、身内が信用できなければ、

見知らぬ他人を信用するみたいな台詞があったが、

100%人を知るというのは無理なわけだし。


今、ネット等で友達からの悪口を知ったりすると、

見たこともないネット上の人が優しくしてくれれば

その人のことを信用するかもしれないが、その人の顔は見えないということを

忘れてはいけないような気もする。その人の目は笑ってないかもよ。


だんだん何を言いたいのか自分でもわからなくなってきた。

ただ、どこかでみんなの態度が変わってきたと思ったら

そう思うようにしているということ。

イメージが打ち消されるということは、

まだ、情報が少ないか、嫌われてるかのどっちかだし、

信用は簡単に構築できないが、

簡単に失うことができるのも信用であるということ。

解釈2

こんなことを書くと頭が変なんじゃないかと思われそうだけど、

宇宙ってどこまで存在するのか?


その前に、宇宙人っているの?って話。

少なくとも、幽霊の存在より明確にいると断言できそう。

前回の解釈で霊の存在が脳に何らかの信号が伝わって

見ているものだとしたらと仮定つきだけど。


ただ、宇宙人って存在がどこまで宇宙人とみなすかってことにもよる。

タコ型?小人型?もしかしたら魚の形をしてるけど、

知能があったら宇宙人?宇宙魚じゃなくて?ってなるので、

光のような無形でも意識が存在すればそれは宇宙人としても

認識できたりして…


少なくとも地球の人間が考える宇宙人が存在するかどうかは不明なわけで、

人が想像するだけいそうな気もするし、そこまでいないかもしれないし。

未来人ってどんな形なのだろう?

人間の形を保っているのだろうか?

もしそうなら、今の人類は最終形態に近いといえる。


よく、宇宙を舞台にした人間(地球人ではない)が出てくる物語は、

わかりやすく人間の姿をしているが、もしかしたら宇宙に移住できても

人間の姿は永遠に変わらなかったりして。


何次元という理論があるけど、

自分はよくわからないが、

少なくとも今人間が考えられる以上の世界は存在するわけで、

そこから考え出すと、宇宙は無限であり、

その宇宙の果てを考えるのは無駄なことなのかもしれない。


でも、こう思う。

宇宙の果ては無なんじゃないかと。

その無に実は飲み込まれていずれは宇宙そのものが消えてなくなるというのが自分の解釈。

しかし、また宇宙は現れて、そしてまた消える。


なぜなら、銀河や、太陽系も同じように生まれたように思えるから。

ビッグバンが起こって、渦を巻くようにチリが固まって星になったように、

それはいずれ中心に飲み込まれ、中心に集まったエネルギーは

また膨張して爆発してそれがビッグバンになるような感じで繰り返していそう。


なんかのテレビで、宇宙の大きさを計算で出したっていうのがあったけど、

それは無意味だと思う。それを証明する方法がないしね。

人間の創造を超えるだけのものはありそうなので、

究極の無限は無だと仮定すれば、上記のような考え方もまた然り。


ちっぽけな人間が考えることが愚かかもしれないが、

自分でこれが答えだと納得したいだけかもしれない。

解釈1

最近、ひとりでいる時間が多く、

なにかと考えが頭の中を駆け巡る。


そこでテーマを3つに分けて自分の考えを自分の解釈で紹介。

まずは第一弾思想について。


ちょっと前に、小さい女の子が神として選ばれたという記事を見た。

人間なのに神様?では神とは何者か?

自分の考えは神とは人の頭の中にいるということ。


人間は未知なるものに対し、何かと神格化したがる。

たとえば日本でいうと妖怪などがその類で、

鵺という生き物が創造されているが、

実は不気味な鳴き声をする鳥を勝手に想像した姿が、

サルの体に前足は獅子、虎の下半身で尻尾は蛇というありえない姿に。


そう考えると、かまいたちなんかも自然現象だし、

今でこそ科学的に証明できるものが昔は恐ろしい存在として

鬼や、妖怪の仕業としていたのかもしれない。


幽霊などは脳が微弱な電気信号で働いているなら、

テレビや、携帯などの電波が飛び交ってる現在では

何か見えるのもうなずける。


それこそ、そういったことを利用すれば、

霊能力だとかうそぶいて神様さえ作り出せるかもしれない。

洗脳といったものができるなら、神様を信じ込ませて

人を操るといったマンガの設定だって、

あながちありえないこととは思えない。


神様が人の形や、動物の形、人間が想像できる形であるなら、

それは神様ではなく、人間が考えた神様として崇めたいものであるのではないだろうか?

という考え方に至ったのである。


人間は都合の良いときだけ神様に頼ろうとするのは、

神様がいないということをどこかで分かりながら、

神様という存在でもいないと、どうにもならないという自己暗示なのではと考える。


だからこそ、宗教や思想といったものは、

人間の都合で考えられたもので、

人間の頭の中にこそ神が存在すると思う。

何々教の人からみれば、それは邪推な考え方だというかもしれないけど。

原因はどこにあるか?

時々、色んな事件などでこう思うことがある。

原因はどこにある?なぜその事件が起こることになったのか?


ドラマなんかである事件が起きて、犯人と被害者の立場に分かれたとき、

その被害者の家族なり、知り合いなりが仇を討つ。

そして、それが犯罪まがいなことであったら、その仇討ちをした方は

犯人として扱われる。


まず、事件が起因とするなら、その事件を起こした犯人が原因で、

そいつが事件を起こさなければ、その後の犯罪もないわけで…。


よくいじめで、いじめられる側にも原因があると聞くがまったく違う。

もし、いじめられる側がいじめる側の気に入らないことをしたから、

いじめるんだとするとしても、いじめる側がそれを判断することが間違いだ。

さらにその報復としていじめという方法で、周りをも引き込み

集団的な行動により、気に入らないという原因以上の行為にはしる。


前置きが長くなったが、最近うちのチームで会話が減った。

ちょっと前の出来事に起因するだろうことが予想されるが、

もしかしたら、この裏ブログの存在がバレたのかもしれない。

過去の日記をもしチームメイトが知ったら

さぞかし腹立たしいだろう。


しかし、自分を正当化するつもりはさらさらないが、

その原因をつくったのはチームメイトの方でもある。

チームメイトに対し、意見を聞きながら進めたことも、

その時は何も言わないのに、後から後から何かと言ってくる。

正直嫌気がさしたのはこっちが先だ。

今まで我慢してきて、なんとかしようとしてきたことも

一方的に反発されては進みようがない。


今まで強引なまでに進行してきたことも

チームの方向性を一方に向かわせるためだったけど、

それが嫌な人もいるかもしれないが、チームを存続するためには

必要なことだと理解してくれてるのだろうか?

少なくとも4チームに所属していたが、そのうち2チームは

なぁなぁ続けていたのが原因ですでにチームとして機能していない。


別にこのチームでなくともできるので

辞めてもいいんだけど、もしかしたら一部の人はそれを望んでるかもね。

この日記の存在を知った人は特に。


最近はチームのユニを着ない。

それを気に掛ける奴もいない。

それどころか、他の奴もチームユニを着ない。

もうチームとしてはすでにバラバラなのかもしれないが、

このチームでフットサルができなければ、

やる場所がなくなるということで我慢してるのかもしれない。


理解者がいれば少しは楽になるんだが、

理解してほしい人が実は一番遠い存在だったりして。

答えを急ぎすぎる人々

最近、1から5までの段階を踏まなければいけない事柄を

1の段階で5の否定をされることが多い。


例えば、会社等で先輩から作業の内容を聞いて、

自分の今まで勉強していたことで理解できない場合、

それを否定するだろうか?

必ず、その作業には1から5の段階を踏まなければならないと

教えられたら、それに納得は行かずとも、

やってみて、納得していくはずだ。


なのに、経験が少ない人に、経験豊富な意見が否定されるというのは、

その人から嫌われてるか、信頼されていないということのなのだろう。

実際、他の人を通して自分の意見を言ったところ、

その他の人の言葉として捉え、自分の意見は相変わらず否定された。


なんだか失望感が増した。

何もわかってないのに、表面的な判断だけで正しい、正しくないの判断するのは

その人が理解をするということをすでに拒否してるからなのだろう。

嘆き

燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや…


この言葉を吐きたい。


言葉が足りなかったとはいえ、

ちっぽけなな思慮で言葉尻を捉え、

その言葉の意味の深さを考えられぬ雀ども。


何もしなクセに、事が始まってから文句を言う。

文句を言うなら自ら行動を起こせ、

そして今よりももっとよい方向に進ませてみせよ。


それが出来ないなら何も発するな。

何も考えるな。後で後悔するな。


経験とはかくありがたし。

もし、上のレベルであれば、もっとよき方法を見出してくれるだろう。

同じレベルで考えられる者があれば、同意をしてくれるだろう。

下のレベルのものは経験不足を認識しないだろう。


地デジにしてまで見たい番組がない

地デジにしてまで見たい番組がないという記事を見た。

札幌国際大学教授が書いているらしい。


NHKは嫌がらせのようにアナログって右上に常に表示される。

民放は番組の最初の数秒だけなのに。

まったく持ってNHKはイライラさせるのが上手い。


記事では白黒からカラーに変わった時代を例にとり、

カラーでなくとも放送自体は見れたが、

アナログは放送自体がなくなることで、

現在のハードは使えなくなるが、

見たいと思う番組はないと指摘。


しかし、見たい番組ってのは視聴者がえり好みした結果であって、

見たくなければ見なきゃいいという選択肢もある。

大学の教授ってことはそれなりに歳はいってんだろうけど、

まったくもって、自分好みの番組とはどんなものなのだろうか?

それは世間一般視聴者が見たい番組なのだろうか?


最後に、地デジ普及にはハードより、ソフトで

そのことにテレビ局が気づいてないとつづっている。

ソフトなんて選択肢でどうにでもなること。

インターネットだってあるし。

それこそ、今はケーブルだの、スカパーだので

多彩な番組があり、DVDで映画だっていつでも見れる。


自分は同時に3局の番組を見ることがある。

内容は中途半端でしかないが、見た気になれる。

ドラマとかだと再放送とかするし。

結局、自分が今の番組を見て楽しめるかどうかだと思う。


それこそ、オリンピックやっても興味のない人にとっては、

その影響でつぶれる番組もあって迷惑だと感じてる人もいると思う。

また、この競技は面白いけど、この競技は面白くないなど

人それぞれだし。


確かに、ハードがよくてもソフトがつまらなければハードの普及は伸び悩むだろう。

ゲーム機がいい例だ。

そんなに最近の番組が気に入らないなら、

ノスタルジックな番組をDVDで堪能すればって感じ。


それに、地デジにすれば少なくともスカパーを見れる環境が整えられる。

Jリーグが好きな自分にとっては、今まで我慢してきたんだし。

この人どんだけえらいんか知らんけど、自分の視点でしか語ってないような気がする。

世間についていけず、愚痴りたい年頃なのかね。