長らくサボっていたブログをひさびさに稼働。どうも書く量は読む量、映画なら見る量に比例するらしい、と、今更ながら、思うわけだが、確かに、読書がおろそかになっていたのは否めない。

今読んでいる本、読みたい分野を整理してみる。


今興味のある分野は、


○グローバルヒストリー

日本史のアクティブラーニングの本を読んでいたら、ぶち当たったキーワード。山川の「グローバルヒストリー入門」をばぁーと読了しましたが、平たくいうと、世界各国の比較はもちろん、歴史をさまざまな切り口から分析する学問のようですね。たとえば、ヨーロッパ優位に描く世界史をアジアの視点から描くとか。中国の一帯一路なんかも、この文脈から語られているのかなあ、と、妙に納得。日本では学ぶことの少ない地政学的視点も養えるのではと、注目しています。


○小説

長らく止まっていた大菩薩峠を、第8巻から、冒頭からちょっと読んでみる。

とにかく大峰を登るがごとく、長い長い作品なのである。しかも未完w


な、な、なんと、面白いのだ、道庵先生(^^)


っていっても、この作品を知っている人にしか分からないだろうが、この方はお医者さんなのだが、いきなり寄席が始まったかのような語り口なのである。


泉鏡花もそうだが、口語りすることを想定して、書かれた作品なのではないか?


声に出して読もう〜


続く


母校での教育実習が終わった。夢のような3週間で、今でも、神様からのプレゼントのように思えるし、次に活かしてね、と激励されているようにも思える。

現役の高校生の時は、日本史選択のため、とうとう授業を受けられなかった、腕利きと評判だった世界史の先生の授業を何度となく参観、近代のロシアとアメリカ史、朝鮮史、東南アジア史を、高校生に戻ったかのように、味わいつくした。

地理の授業は、歴史の出来事の内容そのものよりも、深い真実を語ることがあることを実感。土地の地形や都市計画には、とある時代を生きてきた人々からの深い知恵が込められている。このことを次代に引き継いでいくことに、社会科教育の新しい可能性を実感した。

中学生の公民の授業では、教師と生徒の対話、考える授業が本当に実践されていることに驚いた。子どもたちは、大人が考えている以上に、社会の動きに興味を持っている。その子供たちの無邪気とも言える好奇心をたしなめながらも、温かく見守る、私が見た教師の在り方は、私の教師の在り方に今後も影響を与えつづけると思う。

日本史の授業実習では、私のライフワークである演劇を導入した「企画授業」を行い、生徒からも評判が良かった。そして、歴史で学んでいることは現代にも通じるどころか、我々ひとりひとりの遺伝子に組み込まれているのだ、というメッセージを、すべての歴史の授業において、教師が伝えていくべきだと覚醒するに至った。「企画授業」の追究と実践は、まだまだこれからの課題だが、今後の私の授業の中に常に取り入れたい要素である。

担当したクラス、部活動を通じての生徒とのふれあいも、また思い出深い。

男子校生ということで、不器用な生徒が多かったが、積極的に関われば、それなりに通じることを実感した。3週間という短い期間ではあったので、心を開くというまではいかなかったと思うが、最後に頂いた、生徒からのメッセージが書かれた色紙に書かれた熱い言葉、みんなでとった集合写真、とある子から今後の人生について相談されたこと、私は一生忘れないし、常に私の心の励みとなるだろう。

教育実習前は、やりきれるだろうか、とか、面倒くさいとか、今思えば、後ろ向きで、教職課程を履修し続けることにも疑問符があったが、教育実習を経て、あきらかに意識が変わった自分がここにいる。教育実習を通じて関わった先生、生徒の考えや思いが、私の身体に埋め込まれたかのようだ。

これからも、そうたやすい道ではないが、とにかくやりがいのある道である。日常の授業指導に加え、社会科地歴公民の教員課程修了、社会科教育、とりわけ新科目の「歴史総合」を通じた「企画授業」の研究、勤務するフリースクールでの演劇部活動の顧問としての活動、そして、ライフワークである、新陰流剣術の弘流。40半ばにして、これだけ豊かな人生が送れていることに、感謝しかない。

久しぶりのブログ。三十代後半から、歌う機会がめっきり減った。会社勤めをやめて、人付き合いが少なくなり、夜の光にもまどわされなくなったせいだが、大勢で飲む酒は歌があるのがいい。こんなご時世で、ますます消えてきそうなのが、歌垣文化。歌うことで、友情を確かめる、はたまた生きる悲しみを癒す、そして、惚れた女性を振り向かせる、そんな粋だった時代はもう来ないのだろうか?

映画「歌行灯」は、伊勢桑名の芸者街が舞台作品であるが、とにかく歌が街中にあふれている。桑名といえば、桑名の殿様。

「おい、何か歌え。桑名の殿様だ」という酔客の声が今にも聞こえてきそうだ。


うまい酒と粋な歌。

歌垣文化の復活を期して、今日もあゆむ。

昔々、演劇をやってたときに、いつも同じ演技をする役者のことをスタンプと呼び、演劇の師から、強く戒められたものだ。僕はあまり言われた事はなかったが、最近になって、スタンプの意味がわかるようになってきた。


武術にしろ、授業にしろ、常に新しい要素を取り込んでいかないと、成長もないし、つまらない。植物に水や肥料をやるように、毎日コツコツと、日々新しく。

なんか最近行き詰まっている気がしたのは、全てがスタンプになっていたせいだろうか。今さら、生活に刺激を求める必要はないが、あたりまえと思っていることでも、まだまだ新しさがあるはずである。


人生って、むずかしいだが、実はシンプル。

少しスッキリした気がする。

新年一発目から、少し日が空いてしまったが、紫式部日記と並行して読んでいた、楳本捨三氏の「日本の謀略」を読了。作者の名前は、おそらく、多くの方が聞き及びないものだと思うが、大学在学中、戯曲(演劇上演のために書かれた作品)を書き、昭和10年代に、満州へ、本格的に執筆活動を開始、多くの戦記を書いている。また、モンゴル帝国の英雄、チンギスハンについての小説を書いている点でも興味深い作家である。

さて、本作「日本の謀略」は、明石元二郎から、中国機密工作、インド、ビルマ独立工作、そして、陸軍中野学校まで、日本の謀略戦に触れた作品であるが、全部を取り上げると、ボリュームが多くなるので、本日は、明石元二郎。

明石元二郎といえば、日露戦争のさなか、ロシア国内、さらに、ロシアの属国の不満分子を扇動することで、ロマノフ朝を混乱に陥れ、日露戦を優位に進めることに貢献した人物である。明石は「落花流水」という遺稿を残しているが、ロシアの歴史、政治体制、思想の分析はもちろんのこと、ロシア国内だけでも、7つのロマノフ王朝不満分子、さらにフィンランド、ポーランド国内のロマノフ王朝に対する不満分子を調査分析、挙げ句の果てには、革命運動に加わっている主要人物についても細かく分析しているのである。このような情報収集と分析を経た結果、自分がロシアに対し、どのような後方撹乱、諜報を行い、策を練ったかについてまとめた、いわば、近代史における一大兵法書といえる。明石の諜報活動は、日露戦争に大きく貢献、目覚ましいものであったが、ロシアの軍事スパイも暗躍する中で、さまざまな団体、人物の意向をとらえながら、日本の意図する方向に貢献する流れを作ることは、知力だけではなく、研ぎ澄まされた感覚も要求される仕事であったことがこの書の記述からもわかる。不平分子の首領は、その活動とは裏腹な立派な肩書を持ち、社交界のパーティーに出席することすらある。明石が不平分子の首領と特定して、接触をはかっても、簡単に正体をあかすことはしない。なんらかのつながりを通じて、安全な場所を選び、ついに会ったとしても、簡単に自分たちの正体を明かしたり、ましてや、情報を漏らしたりはしないものである。明石の立場からすれば、相手がロシアのスパイである可能性も踏まえつつ、相手から情報を引き出すよう交渉するのである。これを戦いと言わず、なんといおうか。当然、不平分子のそれぞれの主張思想が折り合うよう、何度も交渉、会談を行うこともいとわなかった。参謀本部の要人に「明石の働きは、10個師団の働きに等しい」とまで言わせた明石の草の根のような活動は、やがては、第一次ロシア革命の民衆蜂起につながり、ロシア軍隊は、国内の鎮圧に力を削がざるをえず、ロシアの満州戦線撤退を余儀なくされたことが、日露戦争の和平につながったのである。

この書は、今ではすっかり「謀略戦に弱い」と言われる日本に、かつては、頭を絞って、敵を撹乱し、欺き、自国の優位を得ようとする人物がいたのだということを示す書だと言える。明石元二郎が、日露戦後、日本に帰ってきた時に、出迎えたものはいなかった。スパイの悲哀といおうか、昔も今も、影の存在なのだろうが、その裏にあるインテリジェンスと美学を、また、後日、別のテーマで書いていきたいと思う。

新年早々、手に取った本は、「紫式部日記」であった。道長から無茶振りされても、即座に返歌できる才を持ち合わせ、それがゆえに、他の女房から嫉妬されるのを恐れつつ、出過ぎた真似をしないでおこうとする式部のあり方はなんだかいじらしく思う。出家しようと思えども、世の中の目もやはり気になる。生きづらさからくる虚しさは、どの時代も変わらない。昨年からだらだらと読みつつ、ようやく完読したが、登場人物、作中の和歌や言葉を細かく味わいながら、再読したい。なにより、服装に関わる描写が色彩豊かで。興味深い。敦良親王出生五十日の節では、装束の色合わせがよくなかった、などと言ったファンション批評のような描写もあり、いやいや、社交界は今も昔も、女性の目が厳しいようである。


公家女房晴れの装い | 日本服飾史男子の束帯にあたる成年婦人の朝服で、宮中の正装である。唐衣裳姿ともいわれ、今日俗に十二単と呼ばれている。このような姿は平安時代中期、十世紀後半には成立したと考えられる。これは中後期、十一・二世紀頃...リンクcostume.iz2.or.jp



知人に、岡田英弘なる歴史家がいることを教えていただき、年も押し迫る師走、氏の著書を読み漁る日々、ただいま「世界史の誕生」をほぼ読了。昨年からこの騒ぎの最中、山川出版社の参考書やインターネットを通じて、世界史の学習を進めてきた。それまでやってきた日本史の学習の知識が、世界史を想像する上に役に立つと感じた部分もあるにはあったが、いやいや、氏も指摘する通り、日本史を含めた東洋史と、西洋史の間には大きな差異があり、ここに、日本人が西洋史を理解する困難があるのだ。さらに、東洋史において、氏は、遊牧民がユーラシア大陸を支配してきた歴史について書いており、あのモンゴル帝国が中国はじめ、その後現れた国家に大きな影響を与えている姿を描く。日本人に身近な、隋や唐でさえ、実は、鮮卑という遊牧民族の国家であることは、南北朝時代からの流れを見れば、当たり前なのだが、意識できていなかった。

他にも、突厥、ウイグル、契丹、遊牧民ではないが、ラストエンペラーで有名な清を建国した女真族など、幼き頃、学習漫画で出会った中国の歴史の多彩さは、実に胸躍るものであった。世界史だけでなく、日本史を考える上でも、このユーラシアの歴史の雄大さを意識しなければ、何も語れないのではないか。

今後はモンゴル帝国の世界史における功罪について研究するか、「日本史の誕生」のテーマであった倭国から日本への転換について掘り下げるか、ちょっと悩んでいる。ひとっとびに、遊牧民いっちゃってもいいんだが、こういうことにおいては、割と慎重なタチではある。

今、な、なんと、大映がかつて制作した、陸軍中野学校の映画を、YouTubeで全シリーズ見ることができる。

陸軍中野学校市川雷蔵主演リンクyoutube.com


陸軍中野学校とは、太平洋戦争中にあったとされる陸軍の諜報機関で、平たく言えば、スパイ養成機関だ。映画では、中国や米国方の諜報機関と、諜報戦を展開、身分や国籍を偽るのはお安い御用、巷でちょっと話題になっているハニートラップもバシバシかましつつ、軍事機密情報を盗み取る。60年近く前の映画だが、現在でも、国家機密、企業機密級の情報漏洩がたびたび問題視されており、まさに時世にあった映画といえるだろう。

主演は、言うまでもなく、市川雷蔵。冷静沈着、感情に振り回されることなく、任務遂行にのみ、己の心を尽くす、献身的な姿勢は、人の生き方として、実に見習いたい。小津映画のころから好きな、上官役の加東大介も相変わらずの存在感。小川真由美、小山明子なと、各シリーズ、女性陣も花を添える。年末年始の楽しみとなった。



新陰流稽古の話。前回の稽古で、右横下方からの打ちを、小太刀(短い太刀)で抑えるという稽古をした。武術やったことない人にとっては、短い太刀で抑えるなんて、と思うかもしれないが、たしかに勇気はいる。新陰流では、打つ、打たれる恐怖を克服しなくてはならない、という諌めがあるが、この克服に時間がかかる場合もある。

さすがに、長年やっているのと、新陰流は、撓(しない)に袋をつける独特の道具を使うため、怖いと思うことは少ないが、それが故に、打たれても平気という心持ちでいるのはどうだろうか。これが、木剣、そして、真剣となると、触れただけで、大怪我、もしくは死さえありうる。

やはり、肉を切らして、骨を打つ、ではなく、触れさせない、打たせない意識を作ることが大切。

やはり、間詰りなんだよな、と思う。

相手の間合いに入るように見せて、その実、入らない。


塾の仕事以外に、ロボット教室の仕事をやっている。主に、小学生相手で、ロボットの組み立てから、動きの仕組みを学び、プログラミングをして、論理的思考を学ぶ、というと、聞こえが良いが、これが完全に体力仕事。静かに組み立てやってくれればいいが、教室中を走り回るわ、ボール投げるわ、椅子を積み上げるわ、絵は描くわで、どこにパワーがあるのか、最初の頃は、収めることが全くできず、パニックになって、怒ってしまうこともあった。怒ってはいけないんだな。あんまり怒ってると通じなくなる。ばしっと一喝。間違えていることは、間違っているとしっかり伝える。今でも翻弄されることが多いが、子どもとの接し方を肌で学ばせていただき、また、子どもから元気をもらう日々である。それにしても、最近コロナの影響か、かまって欲しがる子が多い。今日も、僕のこと、ずっと見ていてね、って甘えて、その上、いじられまくる 笑 なんだかとてもいじらしくもなるが、最近は、そんな子どもたちを受け止め、笑顔にするのが、僕の役割なんだな、と感じている。