《手話歌サークルフェルマータ》
~フェルマータはボランティア音楽団体
「きらきら湘南」の活動の中の一つです~
ピアノ・歌・手話歌・音楽講座
♪プロフィール♪
(前回のお話はこちら)
レオポルトは、息子の才能は神から贈られた
奇跡なのだと真剣に受け止めていたので、
この奇跡を世に知らしめる事こそが自分の
聖なる義務なのだと考えていました。
そして熱心な信者でもあった彼は、神から
与えられた息子の才能を埋もれさせてはなら
ないという強い使命感を持って、これまで
自分が必死に頑張ってきた宮廷音楽家の職務
を半ば放棄するような形になっても仕方ない
と割り切り、長期間仕事を中断してでも幼い
子ども達を連れてヨーロッパ各地へ演奏旅行
に行く事を選びこれに心血を注いだのです。
自分は子ども達の教師となり協力者となり
管理者になるのだ!と決意し、位置づけ
した訳ですから、彼自身の音楽活動が衰退
していったのは当然の事です。
しかし彼は、それを全く後悔はしていません
でした。
本音を言えば、作曲家としての自分の才能は
同時代の著名な作曲家たちと比較すると、
明らかに劣っていると、自分が一番認識して
いたからです。
彼が完全に作曲活動を止めたのは、1762年の
ウィーン旅行以降からになります。
この時彼はこう思ったのです。
レオポルトは、このまま自分が作曲活動を
続けるより、この唯一無二の才能を完全に
自分がプロデュースして世に伝えていく事
の方がずっと有意義な人生だ!
と自分の存在意義をはっきりと見出し、
彼はまだたった6歳の息子に対して既に、
完全に自分を超越した存在!と認めていた
ので、音楽家としての自分の野心を捨てて
これからステージ・パパになる
という道を
選ぶ事にはもう何も躊躇はありませんでした。
実際、この後から彼は歴史上で最も成功した
ステージ・パパとして名を残していくのです
から・・
と言う訳で、レオポルトは最終的にはザル
ツブルクの宮廷楽団の副楽長までは昇進
出来ましたが、結局ここが彼のキャリアの
頂点で、当時の社会体制では、この程度の
職位ではいくら宮廷に仕えていても自動的
に爵位が授与される事などもなく、彼は
生涯一般市民であり続けました。
また、
決意後の彼は、楽団内で演奏家というより、
演奏会の度に人員の手配や楽譜の手配など
事務的な事をするいわば楽団マネージャー
的な仕事を与えられる様になりますが、
既に割り切っていた彼にとって、これは寧ろ
都合の良い仕事で、逆にこれを利用して、
彼は息子の宣伝活動のノウハウを身につけて
いきます。
レオポルト・モーツァルトの最大の業績は
息子モーツァルトの才能を発見し、それを
大事に育て上げ、彼に当時世界最高だった
音楽教育に出会う機会を与えた事。そして
才能を伸ばす事に徹底し、現在に至るまで
歴史上比類のない作曲家として息子を開花
させた事なのです![]()
さて、ここまでの話を振り返れば、
確かに彼のこの決意というものは、今まで
様々な体験をして自分の人生の目標を探って
生きてきた好奇心旺盛なレオポルトにとって
は、自らのエネルギーを十分に満たす事が出
来る何より彼がずっと探し求めていた自分の
目標となる魅力的なものだったはずですが、
しかしその反面で、これは自分の目的の為に
今後の息子の人生を巻き込んでいく事にも
なるという事には、彼はまだ全く気付いて
いませんでした。
だから、息子の神童ぶりを披露するのに、
幼い息子の目を隠してピアノを弾かせたり、
貴族が持ってくる難曲の数々を息子に初見で
弾かせてみるなど、見た目にはまるでパフォ
ーマンスショー的な要素を入れ、息子を貴族
の前である意味見世物にした事や、更に才能
を最大化させようと、休息も惜しんで息子の
教育や練習に励んでいた事などにも、特に
何も感じてはいなかったし、表面では魅了さ
れたように褒めちぎる貴族達が実は陰では、
あれは見世物親子だね!と冷笑し合っていた
事も、自分は熱心な教育者なのだ!と、レオ
ポルトが自負している事も、優雅に暮らす
貴族達にしてみれば、逆にその厳しさは異様
で、息子を完全管理するだけのただの馬鹿親
と見られていただろう事もあまり彼は気に
とめていなかったのです。
ただそんな彼自身、これがどんどん加速する
につれて、自分の本来の目的を見失い、少し
ずつ何かがズレ始めてきてしまった事には
気付いていたようでした。
勿論これは、旅先で怖ろしい天然痘が流行
った事や、過酷な長期の旅で自分達の体調も
悪くなったからという外的な経済的事情も
引き金になっていて、詳しくはレオポルトが
ザルツブルクの友人ハーゲナウアーに宛てた
手紙を読めば、一家が旅行中本当に金銭的に
苦労していた様子はよくわかるのですが、
でも、それが引き金であっても彼の頭の中で
日増しにお金という文字が大きくなり始めて
いった事は事実です。そしてその結果、
息子の天才ぶりを宣伝し、未来を担う音楽家
として名声・地位を確立する為には、やはり
資金が必要ではないか!とばかりに、
目的が次第に、息子の才能を金銭にしていく
営業活動の方に傾き始めてしまった事は、
目的志向の強いレオポルトらしからぬ過ち
でした。でも、一概に彼だけを責めるのも
酷なのかもしれません。
何故なら、レオポルトがこう思い始めてしま
ったのも致し方無い部分もあったからです。
例えば、息子のロンドンでの3時間の演奏会
の収益は、レオポルトの年収の実に8年分で
あったし、イタリア旅行では金銭だけでなく
更に高価な衣類や、宝石なども報酬として
もらえたし、ミラノやローマ、ナポリなどの
大都市では、演奏会を聴きに来るのは裕福な
貴族ばかりでしたから、何も求めずとも、
当然の様に旅費を賄う以上の収益が簡単に
得られてしまっていたからです。
だから仕方なかった・・というのもおかし
いのですが
・・・レオポルトはだんだんと
報酬の額を演奏会の選定基準とし、その都度
手紙で金額を確認し安値での演奏については
拒否するような営業的ステージ・パパに
なっていきます。
そう、彼は名声と報酬を同時に得ようとつい
欲をだしてしまったのです。
そしてやがて時が過ぎると、これが原因と
なって「お父さんは神様の次に偉い!」と
ずっと信じていた息子との間にも衝突が起こ
る事になります。
いや、その兆候は旅の後半の頃から少しずつ
表れてはいました。
それは最後のイタリア旅行中の事でした。
この頃思春期を迎えていたヴォルフガング
は、現地の本格的なオペラや恋愛に関する
イタリア人の自由な思想に憧れ、また自分
の音楽的センスにもかなり自信を深めだした
夢多き少年に成長していました。
そして、
年頃になった事で、もう旅行に参加が出来ず
ザルツブルグの家で母と留守番する様になっ
ていた姉ナンネルには、現地の報告とばかり
にイタリアの自由な環境を綴った手紙を彼は
よく書くようになっていました。
親愛なるお姉様、
イタリアの女性はとても美しいです![]()
昨日会ったお嬢さんは飛び切りの美人で
羽の様に柔らかなドレスを着ていて、
そのふわふわに触ってみたい誘惑に
かられましたよ
・・・
彼女の歌うアリアはとろける果実の様に
甘く、その高音は心に刺さって強い響き
を放っています![]()
私は毎日イタリアの女性との出会いに
ときめくばかりです![]()
ところが、偶然息子の手紙読んだレオポルト
は、息子に対して露骨に嫌な表情をすると、
強い口調で、
仕事と音楽の勉強にだけに集中するように![]()
と言い渡し、その後は彼を一層厳しく管理
するようになったのです。
レオポルトは、息子が実際に誰かと深い仲に
なるようなデートや交際をする物理的な隙間
を全く与えないように注視しました。
でも、そう言われた息子の目がこの頃から
尊敬から怯えに変わり始めていた事には
彼は全く気づいていませんでした。
過干渉とは、例えば親が子供の意志やプライ
バシーを尊重せず、必要以上に考えや行動を
コントロールしたりする、干渉し過ぎる子育
てのあり方のような事をいいますが、
この様な場合には、子どもの自立心や自律性
の成長を妨げ自己肯定感の低下や依存的で無
気力な性格を導いてしまう事もあるので、
勿論親は注意しなければならない事ですし、
また、これは親子関係だけでなくパートナー
間だったり、職場などでもよく起こりうる事
なので、これがあらゆる場面で起きてしまう
事もまた知っていなければならない事です。
何故これがそんなによく起きる事なのか?
と言えば、
過干渉してくる側は、相手に良かれと思って
する行動なので、その根底に
「相手を失敗させたくない・・」
「相手を自分が助けたい・・」
という純粋な思いやりの気持ちがあるから
なのです。ただそれがそのうち自分の不安
の方が先行してしまい、相手を自分の一部の
様に捉えてしまったり、または相手の意思を
尊重せずに先走ったり、時に相手の選択の
自由まで奪ってしまったりもするので、
これが問題行動へと変わっていくのです。
子どもでなくても、自分が考えようとする前
に度々「ああしなさい、こうしなさい」と
指示を出されてしまうと、その人は常に誰か
の指示を仰ぐようになってしまい、最終的
には自分で物事が決められない人になって
しまう事だってあります。
(今まで自分の夢に向かってとにかく
まっしぐらだったレオポルトのあのパワーが
息子の管理へ突進しちゃったんだ・・)
何事もパワフルに、そして完璧を求める
レオポルトですから、凄い事になっていたの
は事実でしょう。
でも知っていてもらいたい事は、この様に
親が過干渉になってしまう場合は、たいてい
親自身が過去に大きな失敗をして深く傷つい
ていたか、自分は完璧でなければならないと
いう強いプレッシャーの中で育っていたり
していた事が多いと言う事なのです。
この心理の根底には不安があるので、
子どもにまで同じ思いをさせたくない!
という強い気持ちが、逆に完全管理の方向へ
と移行してしまうのです。
(レオポルトが頑張ってやっていた学問や
音楽の世界では、彼が貴族出身でなかった事
で資本もコネも情報ももらえず、結局どれも
本人が望むような成功が出来なかったしね。
息子を自分と同じ様な中途半端な人生
に
させたくなかったのかもしれないね~)
何となくレオポルトの人生を振り返って
見ると、彼の気持ちもわかりますよね。
何をやってもいつも中途半端なんだと、自分
自身が一番自覚していた彼だったので、
息子と自分を重ねしまって、夢を息子に託し
たくなってしまったのですよね・・
(大学を退学させられたり、宮廷楽団に
入っても結局のところは無給の人数調整員
だったっていう過去は、本人はあまり口には
しなかったけど、いつも意欲的だった分、
心の奥ではけっこう傷ついていたのかも
しれないなぁ・・・)
では、次回はいよいよ最終回です。
成長した息子と過干渉に走ってしまった
レオポルトの悲しい別れとその結末です。
【過干渉された音楽家シリーズ】
☆お願い!もう何も言わないで欲しい・・
☆親の干渉には裁判で対抗する!!
モーツァルトの伴奏動画人気です![]()
歌の自主練ツール![]()
♫歌曲の伴奏が450曲
イタリア歌曲の伴奏
196曲録音![]()
コンコーネ50、25、15番
もあります。
ドイツ歌曲も150曲以上!!
Schubert、 Schumannなど
宜しければ
是非練習にご活用ください![]()
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歌好きな皆様を応援します![]()
伴奏動画はこちらから
☆手話を覚える為の手話歌サークル
『フェルマータ』
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(藤沢駅徒歩6分)
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楽しいです♪
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