《こころとハーモニーの講座フェルマータ》
~フェルマータは藤沢市の音楽教室です~
合唱・ピアノ・声楽・手話歌・音楽講座
♪プロフィール♪
前回からの続きです。
(前回のお話はこちらから)
有名オペラの3大初演失敗と
という話しがありますが、
これは『蝶々夫人』『カルメン』
そしてヴェルディの『椿姫』の事です。
実はヴェルディのこの力作の初演は
まさかの大失敗に終わっていたのです。
その理由には、
彼が娼婦を主役にしたという事で
イタリアの検閲に道徳的に問題視された
という大前提もあるのですが、
一番の原因は主役のヴィオレッタ役を歌った
ソプラノ歌手があまりにも体格の良い
年配女性だったという事にあったようです。
その為、
オペラの最後で23歳のヴィオレッタが
結核でやつれて亡くなっていくシーンでは
聴衆から
などとキツイやじが飛んでしまったのです。
これにショックを受けたヴェルディは
直ぐに劇場のマネージャーに嘆願しました。
若く姿もエレガントな歌手が
必要なのです!!
どうか、どうかお願いします!!
しかし、
そもそもこのオペラ『椿姫』上演については
劇場主があまり乗り気でなかったために
劇場側の演出自体がいい加減で、
舞台の時代設定においても
ヴェルディの意思に全く反した
ルイ王朝時代のロココ風になっていたり
それを気にもせず19世紀の衣装を纏った
歌手達をステージで歌わせたりと
他にもおかしな問題が山積みでした。
ですからこんなやる気のない劇場側では
当然のことながら、
今更キャストの変更など聞く耳すら持たず
結局このオペラ初演は散々な結果と
なってしまったようでした。
しかし、ヴェルディが
この『椿姫』にかけるエネルギーは半端なく
翌年彼はあえて同じ劇場でリベンジします。
そしてこのリベンジでは
自らが全ての中心となって舞台を監督し、
キャストの人選にも立ち合い
舞台リハーサルは入念に行いました。
そしてついにこの年に
『椿姫』は大成功となるのです。
現在では、ヴェルディのオペラ『椿姫』は
世界の各オペラ劇場の中で
最も上演回数の多い屈指の有名なオペラ
となって多くの人々に愛され続けています。
ヴェルディと共に立ち上がる
さて、街人がジュゼッピーナに向ける目は
それから時を経ても全く変わる事はなく、
むしろ逆に厳しくそして危険になって
いきました。
そこでヴェルディが仕事で街を離れる時は
彼女はミラノの実家に身を置くようになり
決して一人でこの街に残らない様に
気を付けていました。
しかし、こんな生活が長々と続くと
さすがの二人ともうんざりとしてしまい
ヴェルディは仕事に便乗させて
ひと時二人でパリに行く事を決めます。
そしてその時に偶然パリで二人が観た舞台が
デュマの戯曲版『椿を持つ女』
だったのです。
私生児を3人持つ彼女は、
このクリティザンヌの悲劇を観た後
(高級娼婦)
彼に静かにこう語り始めました。
この舞台の主人公マリーの話が
私には他人事とは思えません。
彼女の悲しみも苦しみも全て
私には理解できるのです。
人が生まれて生きていく事は
平等ではないのでしょうか?
貧しく生まれて食べていく為には
逃れられなかったマリーの選択は
他人に責められる事なのでしょうか。
悲しい自分の運命を
本人が一番重く背負っているのに・・
今まで彼にも全く話さなかった
彼女の胸の奥にだけに秘めていた思いが
この舞台をきっかけに溢れ出たかのように
彼女は初めて自分の悲しみを
淡々とヴェルディに語り始めました。
そしてヴェルディはこの時決意するのです。
しなければならない
そして自分に出来るその方法は
この物語をオペラにする事なのだ。
タイトルを提議に変えて・・・
どうか、私にも手伝わせてください。
この日から『二人の椿姫』が始まります。
先ず二人は、
作曲に専念する為に街人から距離を置こうと
ブッセート近郊のサンターガタの農園を買い
移り住みます。
とにかくこのオペラの制作だけに
集中したかったからです。
第二幕は一緒に暮らす二人を
引き離そうとする
彼の父ジェルモンとヴィオレッタ
の重要な会話のシーンにしよう。
この時ヴィオレッタは、
ジェルモンに何と言うかな?
ずっと彼とここで暮らしたい彼女は
『過去は存在しません。
私の悔い改めにより
神は過去を消してくれたのです。』
ときっぱりと言うと思うわ
でもきっとジェルモンはこう言うのよ
『男は今あなたを崇拝していても
それは時と共に薄れていくでしょう。
あなたに慰めなどありません。
なぜなら天はこのような結びつきを
決して祝福しないからです。』と・・
『一度道を踏み外した女は、
例え神に許されていたとしても、
最後まで人が許してくれないのね。』
と悲しそうにジェルモンに言うわ
そして自分達の別れを決意する・・
ただ、ヴェルディには
二人を引き離しにくるジェルモンの気持ちも
理解は出来ていました。
そこには当時の時代背景が
大きく影響していたからです。
フランス革命後のパリでは
ブルジョア階級の人々の結婚というものは
自分達の『家』の地位と名誉のための
社会的結びつきという意味でしかなく
『愛』など全く必要とされていない
『家』の単なる枠組みでした。
つまり言い換えれば、
仮に息子が娼婦と結婚などしようものなら
その一族もろとも社会から追放されてしまう
というような恐ろしい時代だったのです。
だから、彼の中でのジェルモン像は
決して単純な悪人にはせず
保守的な紳士である反面偽善的な父親
として描かれました。
マリーが死んでいく時は
たった一人で寂しそうだったわ。
だからせめてこのオペラでは
ヴィオレッタの最期の時には
そこに彼が戻って来てくれて
・・・そして
ジェルモンにも来てもらいたいの。
何で?
最後だけでも
幸せに天国に行ってほしいの
嬉しそうに彼女は二人にこう言うのよ
『È strano!(不思議だわ)
道を外した女でも、悔い改めれば
神は私を受け入れてくれるって!
私はついに天国へ行けるのよ!』
って・・・・
私生児を持つ人間は
この街に住むべきではない
結婚もしないで
一緒に暮らすべきではない
ジュゼッピーナを苦しめた街の人々の
このべき思考ですが、
もし、街の人々が
この考え方に支配されていなければ
彼女の人生はきっともっと違った物に
なっていた事でしょう。
~すべきでない
~しなければならない
この様な思考は知らぬ間に恐ろしいほど
自分や他人を縛り付けてしまうからです。
では、
どのようにしたらこの思考から
離れられるのでしょう?
(う~ん、そうだな?
この思考が働くときって
『これ絶対にやらなきゃいけない』
とか、
『それやってないとダメ』って
よく言ってるよなぁ・・
もしかしたらこういう強い言葉が
良くないのかも)
そうです
つい口にしてしまう自分の言葉の癖に
気づく事って大事なスタートですよね。
そして更にその言葉を
もう少し細かく分析する事も重要です。
・事実はいったいどれなのか?
・どこからが自分の意見なのか?
・何故そう感じているのか?
歪んだ思考にならない為には、
何でも鵜呑みにして人の意見に流されず
先ずはこのように
自分の頭の中で分析してみる事で
誤った思考に走ってしまう自分を抑え
また同時に
違った考え方を見つけられるようにも
なれるのです。
(そうか
行動する事や結論を出す事にばかり
つい目が行ってしまいがちだけど、
先ずは改めて目的を冷静に考えてみる事が
大事な事なんだね。
そしてちょっと視点を変えれば
ちゃんと自分で考える事もできるんだ)
では、次回はこのお話の最終回です。
この『椿姫』の制作によって
長年ずっとこらえていた自分の感情を
やっと外に出す事が出来たジュゼッピーナに
とても大きな変化が表れてくるのです。
(続きはこちらから)
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