フェイスブックでの情報開示はやめまして、もっぱらブログでの記録管理的な状況報告になっています。この程度が心地よい感じがします。
さて、昨年は道外レースとして秋田県にかほ市のオリンピックディスタンス(51.5キロ)に参加しようと申込しましたが、直前のぎっくり腰で参加できずに秋田にフェリーで行ってきただけでした。今後は、ぎっくり腰にならない腰づくりが肝要と反省しました。
また、サロマウルトラマラソンは、前年に父がなくなり参加できなかったことから、改めて参加し、釧路マラソンクラブの皆さんの応援に励まされ、何とか完走できました。今年は、トライアスロンに専念しようと思いましたが、釧路マラソンクラブのサロマ参加グループの勢いに押されて、今年も参加を宣言してしまいました。
また、前回遭難しかけた釧路・浦幌ランを改めて挑戦しようと思っています。退職まであと1年余り。退職後には釧路・札幌ランに挑戦したいと思っていますので、その準備です。今度は遭難しないようにしないと。
今年は、トライアスロンのミドルに挑戦します。それに向けてスイム、バイクの練習もバランスよくやっていかないとならないと思っています。
<令和2(2020)年の目標>
目標①体重を60キロ台、BMIを22にして、それをキープする。
目標②ミドルのトライアスロンを完走する。
目標③北海道マラソンをまた完走する。→今年は中止のため保留。
目標④故障しないようにストレッチを怠らないようにする。時々門木さんに揉んでもらう。
目標⑤厚岸60キロラン、釧路・浦幌70キロランにトライする。
目標⑥サロマ100キロを完走する。
<令和2(2020年の予定レース>
3月15日 白糠町ロードレース大会(10キロ)→申込済
5月17日 帯広の森アクアスロン大会(スイム1500m→ラン12.7km)
6月28日 サロマ100キロウルトラマラソン
7月末 苫小牧ハスカップトライアスロン(スイム1500m→バイク40km→ラン10km→51.5キロ)
8月23日 北海道トライアスロン(スイム2000m→バイク116.9km→ラン21.7km→140.6キロ)
10月 浦幌70K(また、札内の浜を見に行きたい・林道で遭難しないように)
本日はサロマの申込日です。
今日の午後8時からサロマの受付開始です。とりあえず参加できる前提で過去の練習履歴と今後の予定を作ってみました。
平成25年
1月:41キロ、2月:30キロ×2回、3月:40キロ×2回、4月なし、5月:22キロ、20キロ、60キロ(阿寒本町往復ラン)、6月:51キロ(KMCサロマ対策ラン)、44キロ(音別→釧路ラン)→サロマ本番11時間55分で無事完走!!
平成30年
1月なし、2月:40キロ×2回、30キロ、3月:40キロ(白糠ロードレース→帰宅ラン)、4月:25キロ、60キロ(厚岸ラン)、5月:60キロ(阿寒本町往復ラン)、6月:51キロ(KMC対策ラン)→父急逝で欠場
平成31・令和元年
1月、2月なし、3月:40キロ、26キロ×3回、4月なし、5月:20キロ×2回→ぎっくり腰、6月:50キロ(KMC対策ラン)→12時間48分で何とか完走!!
令和2年(3月以降は予定)
2月:40キロ、3月:40キロ×2回、26キロ、4月:60キロ(厚岸ラン)、5月:60キロ(阿寒本町往復ラン)、6月:50キロ(KMC対策ラン)→何とか完走希望!!
それと忘れないように、本番の時にはキネシオテープで腰に縦2本、横3本をガラスの腰を守らなければなりません。ふくらはぎもキネシオで守ります。それとたいがあさんに薦められたこむら返り対策用のメガフォースも持参します。
いずれにしても今晩8時に速やかにアクセスできるように頑張りましょう!!
釧路マラソンクラブ標茶テレーノ・ランと忘年会
昨日の12月1日(日)の午前9時半に東釧路駅前集合になっていた釧路マラソンクラブの忘年会兼練習会。
標茶町テレーノのバスが東釧路駅にお迎えに来ていて、それに乗ってテレーノに。こぎれいな建物。荷物を置いてスタート。
踏切を越えて、少し行くと上り坂。結構つらい。前回のクラブ練習会15キロ走で持久力がなくなっていることを痛感したが、今回は山本クリニックで処方してもらった薬を飲んでいるので、その効果を試してみたかった。
釧路マラソンクラブのブログからお借りしました。スコップさんご了解ください。
序盤は好調だった。走れているという感触があり、前回はビリケツだったが、今回は中位で走れた。12キロちょっとで中茶安別のセイコマを折り返して、徐々につらくなってきて、走り続けることができなくなってきた。
これも借りました。ご了解ください。
残り8キロの辺りの給水を出発してからはなお辛くなり、残り4キロ地点くらいで並走していた橋本さんに大きく離され、私たちの少し後ろを入っていたタカヤさんとエミさんにも離され、時々立ち止まる状況になってしまった。とても浦幌ランのときのように遅くても走り続けられた持続可能な走力がなくなっていたことを痛感した。
今まで速くはないが、長い距離を走るチカラはあると自負していたが、ここ最近はそれもかなわなくなっていた。
思いつくことは、最近は外を長く走る事の頻度はほぼなく、アクアでのマシンランで1時間10キロのみだったのが原因かもしれないと思った。
あとは喘息のこと。まずは、今後、土曜日の午後に30キロ走を入れてゆっくりでも長く走れるチカラをもう一度自信ができるようにしたいと思っている。それで走れれば喘息のせいではないのでいいが、仮にそれでも長く走れないようであれば喘息のほうの治療に、より専念しなくてはこのままいろいろなレースに出ることはできなくなると思っている。
ただ、今年のサロマでは70キロまで平気に走り続けられたので、その時とはまったく違うのはやはりその時にやっていた長距離走を今はまったくしてないのが原因かなとも思っている。
そんなことを考えながら、なんとかテレーノに戻ってきて、すぐに温泉に入った。それほど広くはないが、広さは鶴居のTAITOくらいで、TAITOよりも濃いモール温泉って感じ。ただ、露天風呂はあるが、サウナと水風呂がないので、身体を整えるにはもう少しだと感じたが、泉質がいいことが一番で、また来てみようかとも思った。
その後、宴会室で始まる前にビールジョッキに生をいただき、始まる前にエンジンがかかってきた。おいしそうな料理だったが、あまり食欲が出なかった。これも走りのせいかなとも思っている。その後、13人の宴会は楽しいひと時を過ごすことができた。残念ながら参加できなかったナオキさんからのビールの差し入れ。参加された方からの差し入れもあり、ごちそう三昧だった。
午後2時ちょっと過ぎに開始し、午後5時過ぎまでの3時間を過ごした。順番に来年の抱負を語り、本当に楽しかった。
毎年、長距離走をして、サロマの話をして、一人ひとりをウルトラの世界にご案内するなんとも素晴らしいクラブだと再確認することができた。ひとえにスコップさんがクラブの柱になってくれていることによるもので、感謝に堪えない。このクラブが永遠に代を重ねていくことを望んでいる。
鬼さんの発言に都度大笑いし、帰りのバスの中でも炸裂していました。みなさん、楽しいひと時をありがとうございました。
また、来年も参加させてもらおうと思いつつ、練習に専念しようと改めて誓ったのでした。
釧路マラソンクラブブログからいただきました。スコップさんご了解ください。
初ピーチ京都弾丸ツアー(2)
2 京都の紅葉を前回の平成29年度と異なる寺社を見学する(北野天満宮、東福寺など)。
京都初日は午後3時に関空に到着し、午後5時頃に京都駅に到着。一度、ホテルに行って、まずはチェックインする計画。ホテルは大浴場のあるホテルを物色し、いつもルートインを予約するが、とれなくてアパホテル京都駅堀川通を確保しました。1つ難点はベッドがセミダブル1つのみ。まあ、私たち夫婦はミニサイズなので何とかなるかとチャレンジしました。結果、何とかなりました。
さっそく荷物を置いて、初日の予定の北野天満宮へ。ここは、菅原道真公の勉学の神様。天神様ともいわれています。豊臣秀吉が大茶会を催したところです。ここも紅葉が目的です。お土居(おどい)のもみじがライトアップされています。行って知ったんですが、お土居とは、秀吉が京都の中と外を区別するために京都の町を囲むような万里の長城のように土手を作ったそうです。このお土居の内側を洛中、外側を洛外としたので、例えば、このお土居の内側にない、伏見は地元の人は「あそこは京都ではありゃしまへん。」と話すんですと。NHKの日本人のおなまえ京都特集で言ってました。
以前はぐるっと囲ってあったそうですが、今はところどころに残っていて、北野天満宮のお土居が有名だそうです。行ってみると、お土居の上について、それから紅葉を見ながら下に降りて、川沿いを歩きます。紅葉の美しさもすばらしいんですが、本当に大きな木がところどころにあって驚きます。ここでお茶菓子をいただいてバスで帰りました。
北野天満宮に行くときは西洞院バス停から50番のバスで行きました。満員でした。途中の二条城のプロジェクションマッピングが今年はじめて今の時期にやっているためのようでした。帰りは203番で京都駅まで帰って徒歩でホテルに5分くらいで戻りました。ホテルのすぐ横にセブンイレブンがあって、翌日の朝も早いのでコンビニで朝食用のパンと牛乳を買って戻りました。
翌日は、はじめに東福寺の紅葉です。京都駅から8番線でJR奈良線に乗って、東福寺駅で下車。たくさんの人が降ります。8時半開門なので、それに間に合わせるように7時半ころに着いたんですが、駅を降りて、道路の下をくぐって、表示に従うと左折になりますが、ここは無視して、まっすぐ行って、交番を左折し、北門につきます。ここを突き当りまで行って、霊源院につきます。ここを右折し、しばらくいくと日下門につきます。ここには警備員もいて、入るとすぐに大きなお寺の建物が見えます。すでにたくさんの人が開門をまって並んでいます。すでに500人くらいはいたでしょうか。入る前にトイレにいって並びました。たくさんいる割にはスムースに入ることができました。しかし、あんなにいた人が中に入っているのですから、中は立錐の余地もない満員電車状態です。太陽の光を浴びながら、臥雲橋で上に見える通天橋を仰ぎながら紅葉を眺めます。その後、下の窪地である洗玉潤に行き、再び登って通天橋に行きます。ここもすばらいい景色です。しかし、二つの橋とも混雑するため、撮影禁止になっていますが、だれもお構いなしです。係員のお兄さんが撮影は禁止ですと言っているそばでみんなスマホで写真をとっていました。ほぼ40分くらいで退場。
夕食は大丸京都店の裏側の錦町市場の入り口近くにある「桃屋」という串、ワイン、おばんざいの店です。3500円のコースに飲み物別で頼みました。湯葉の刺身、おばんざい、つくり(まぐろ、はまち、もうひとつ)、西京焼き、生麩の串など串5本、釜飯、モナカアイスでした。コース以外で、息子夫婦がちょっと前に京都に行ったときにおいしかったと言っていた鯖寿司をいただきました。はじめて食べましたが、京都人のソウルフードだそうで、本当においしかったです。ビール2杯と城陽酒造のたれくち酒をいただきました。この酒は絶品でした。店員の対応もよかったし、外まで見送ってくれましたので。
3 長谷川等伯・久蔵父子の絵を智積院で見る。
次は智積院です。地図では近いので、歩いて行こうと思いましたが、タクシーで移動しました。正解でした。タクシーでも10分くらいかかりましたので、歩いたら30分はかかったと思います。
智積院の目的は長谷川等伯の楓図とその子供の久蔵の桜図の本物をみることです。長谷川等伯は今の石川県七尾市の出身で、石川県立七尾美術館では定期的に長谷川等伯の絵を展示しています。実は私も4代前が七尾市の出身なので、とても親近感がわいており、ファンになりました。安部龍太郎の「等伯」という本があります。これを読むと、等伯の軌跡、久蔵のこともよくわかります。参考までにAmazonのサイトを添付しておきますね。↓
等伯は七尾から当時の狩野派が隆盛を極めた京都にでてきます。狩野派とは一線を画し、千利休などと懇意になる中で息子の久蔵とともに、狩野派を競う絵の流れを作り上げました。競い合った両派ともに、若くして狩野永徳が亡くなり、長谷川久蔵もなくなるという悲劇もありながらのドラマがあります。
等伯が好きなのは、絵が本当に美しいからです。狩野派も当時は巨木の松を襖いっぱいに書き込む手法が有名ですが、長谷川派はそれとは異なり私の私見ですが、美しい絵なんです。一度見てみてください。
智積院には宝物館があって、そこに等伯と久蔵の本物の絵が展示されています。一見の価値ありです。
絵を見た後は、庭を見に行きました。庭に面した畳の部屋は本当にあずましい場所で、とても落ち着きました。うとうと寝ている観光客もいました。今回の旅行でここが一番落ち着いたような気がします。
4 二条城、京都御所(蛤御門)というポピュラーな観光地に行く。
5 足腰の神社である護王神社をお参りし、お守りを購入する。
その後、二条城にタクシーで移動。二条城は茶人であり建築家である小堀遠州の作です。今回、京都旅行に行く前に小堀遠州について書いた葉室麟の「孤篷のひと」を読んだもので、関心がありましたし、ここは平成29年に京都に行った時には、大政奉還150周年でしたが、寄らなかったのでまずは行ってみようと思っていきました。まずは広いただただ広い。明治維新までは将軍家の京都の本陣のような場所でしたが、明治維新後は天皇の居所になったので、襖の取っ手の飾りが三つ葉葵から十六菊になったということが書いていましたし、実際そうでした
葉室麟著「孤篷のひと」↓
その後、場内の売店でうどんを食べて、タクシーで護王神社へ。護王神社は京都御苑の西側に接しています。足腰の神社で有名で、私たちが行った時にも女性ランナー4人組が来てました。和気清麻呂が祭主の神社のようでした。道鏡事件で失脚した清麻呂が鹿児島に流されるときに足がなえてしまったときにイノシシが現れて清麻呂の足が回復したことからイノシシが祭られています。中にはカリンの木があって、喘息回復も祈願できるそうです。今後のランナー人生を全うできるようにお守りを購入してきました。今回の私の買い物はこれのみです。
護王神社でお守りを購入し、向いの道路に渡って、京都御所の西側にある蛤御門から御苑に入ります。ご存知のとおり蛤御門は明治維新の際に薩長が戦った場所です。薩長同盟を結ぶ前で、犬猿の仲だった薩長が御所を守る薩摩に対して長州が戦ったもので、蛤御門の変、又は禁門の変ともいわれています。門の随所に鉄砲の弾痕が残っているのには驚きました。
ここから京都御所に入るために2,300メートル歩いて、清所門から入ります。ここは入場料はかかりません。宮内庁所管の施設のため、門のところに警官がいます。また、入場すると、入場証を渡されてはいります。すぐ右側に案内所があり、売店もありました。その隣にトイレがあったので、長時間になることも考えてトイレに行きました。
そこから、本当に広い建物を見て回りました。紫宸殿や健礼門など本当にお金がかかっている建物があります。そそくさと出てきました。
そこからタクシーに乗って大徳寺に移動です。
5 大徳寺の小堀遠州の菩提寺である孤篷庵を見る。
大徳寺には20以上の塔頭があります。
※塔頭(たっちゅう)は、禅宗寺院で、祖師や門徒高僧の死後その弟子が師の徳を慕い、大寺・名刹に寄り添って建てた塔(多くは祖師や高僧の墓塔)や庵などの小院。
そのすべてが拝観できるわけではなく、今回は特別拝観として、黄梅院(織田信長の父・信秀の追善供養のため創建された小庵)、総見院(織田信長の菩提を弔うため、豊臣秀吉によって建立された塔頭)、興臨院(室町時代創建で禅宗建築の代表作)が紹介されてました。このほかに、高桐院が紅葉で有名です。それと孤篷庵を見ようと思ってました。
ところが黄梅院、大仙院に入ると、ガイドの方がいて、本当に丁寧に説明してくれます。したがって時間がかかり、拝観時間が4時までということを知らず、時間超過で、総見院も高桐院も拝観できませんでした。総見院には信長の木造があり、見たかったんですが、見られませんでした。京都旅行の目的が紅葉だったので、高桐院に行けなかったのは致命的でした。
この段階で腰痛の奥様は歩くのも難渋しています。残すは孤篷庵。ここは大徳寺の西のちょっとはずれにあり、ちょっと歩きます。ここは拝観謝絶なので、中には入れないことはわかっていましたが、建物を外側からだけでも見たいと行きました。
ここは先に書いた小堀遠州の菩提寺で今も末裔の方が住んでいるのか管理しているのかしているようでした。ほとんど見えない状態でしたが表札がありましたので。
小堀遠州は前記の小説を読ん知りました。千利休、古田織部に続く茶人で、多くの作庭をしています。徳川家の旗本でもないのですが、江戸幕府の要職に就き、将軍家光の茶会などを開いたようです。
ここで、奥様の腰痛は限界に達し、タクシーを拾って京都駅にお土産を購入に行きました。ここも店の外までお客さんがレジ待ちしてました。
大方お土産を購入してから夕食会場に向かいました。
2日目の夕食は平成29年度に来た時にも行った「すき焼き炭火焼き居酒屋 北斗」です。おいしかったです。
、
初ピーチ弾丸京都ツアー(1)
女房の多忙な仕事の合間を縫って、2泊3日で京都に行った。
今回の目的は、
1 ピーチに乗ってみる。
2 京都の紅葉を前回の平成29年度と異なる寺社を見学する(北野天満宮、東福寺など)。
3 長谷川等伯・久蔵父子の絵を智積院で見る。
4 大徳寺の小堀遠州の菩提寺である孤篷庵を見る。
5 京都御所、二条城というポピュラーな観光地に行く。
6 蛤御門を見る。
7 足腰の神社である護王神社をお参りし、お守りを購入する。
8 バスや地下鉄の公共交通機関を体験する。
である。
1 ピーチに乗ってみる
釧路空港から関西空港まで1日1往復でLCCのピーチが飛んでいる。格安航空ということで、今回は2泊3日ということもあり、荷物を制限してシンプルピーチという一番安いコースを選択し、行くこととした。これで行くと、片道運賃と空港使用料と座席指定料を含めて6千円程度。空港使用料の価格差で往路は2人で12,000円で、復路は13,000円だった。したがって、2人での飛行機代は25,000円という片道料金のような格安さ。改めてLCCの威力を感じた。したがって、飛行機の中は満席状態。お祭りでもあるのかな的な状態であった。
振り返って、初ピーチでわかったことを今後利用される方の参考のために書いてみる。まず、釧路空港からは12時正午発である。最近の釧路空港の駐車場の満車状態を考慮し、早めに出発し、空港には10時50分頃に到着。しかし、既に駐車場は満車状態。係の方に誘導され、駐車場の入り口の反対側にある無料駐車場に案内された。しかし、ここもあと、5台程度で満車になるような状態だった。車を停めたあと、とぼとぼ空港まで歩いてどこで受付するのかを確認したら、空港内の1階の向かって左側手前に無人機が3台ほど置いてあった。質素というかシンプルというかLCCだなあという感じ。その無人機の手前には荷物の重量と大きさを図る計量器がおいてあり、7キロを超えないように、また、大きさも確認できるようになっていた。私はフードバレーでもらった袋みたいなバッグだったから大きさも重さも難なくクリアしたし、女房は、このためにイオンで買ったピーチの手荷物オッケーの大きさの引きずるバッグを買っていたので大きさは問題なかったが、重さは微妙にオーバーしていたので、私のバッグに移し替えてクリアした。イオンのバッグ売り場の方に釧路空港は緩いですが、関空は重さとか厳しいですよと言われていたので、できるだけお土産とか着替えとかは郵送で釧路に送ろうと思っていた。
受付は11時10分からと表示されていて、その前に多くの搭乗者が列を作っていた。11時10分から順番にその無人機に向かってなにやら手続きを始めている。勝手がわからず、後ろの若い人に事前にピーチから送られてきたメールに表示されているQRコードを無人機にあてればいいのかと聞いたら、慣れているのかその若い人はそうですよ~と軽く返事をしてくれた。私の順番になり、そのスマホに来ていたメールを表示し、QRコードをその無人機にあてると、搭乗者の名前がアルファベットで出てきて、名前の頭にある□を押すとチェックがされて、手続きを進めばレシートの大きいのがビローって感じで2枚、私の分と女房の分が出てきて、受付を完了した。
そういえば、ピーチの予約をするときは、スマホでしたが、まあ、パソコンでもできるが。まずは3つのコースを選ぶことになり、当然コースによって金額も変わってくる。今回は前記したとおり、荷物を少なくして手荷物で乗ろうと思ったので、一番安いシンプルピーチにした。これはあらゆるサービスがない。座席も指定すると有料。指定しない選択もできるが、2人でばらばらにいくのはどうかとも思い、指定した。片道一人500円程度だったと思う。指定する場所は一部広い座席もあるので、それは確認して少しでも広い方がいい場合はそちらの席を指定すればいい。私は広くなくても大丈夫だった。また、飛行機に案内されるのは、横がA~Fまで6人分の座席があり、まずはAかFの人とそのつれあいが案内される。その後にそれ以外の方が案内されるので、何らかの理由で早めに機内に入りたい人はAかFを座席指定のときに選べばいい。
まあ、座席と座席の間は狹いのは仕方がない。でも我慢できる程度だった。
釧路空港発12時40分→関空15時15分と2時間35分の我慢。でも、それほど我慢する必要はない気がした。
関空につくと、第2ターミナルにつく。ボーディングブリッジはなく、飛行機からタラップで降りて、人の流れに従って進み、ターンテーブルのあるスペースにつく。私たちは手荷物のみなので、そのまま外へ。すぐに玄関があり、玄関を出て右へ行くと2番停留所で券売機があり、そこで往復リムジンバス券を購入する。往復割引があり、片道2600円程度が2100円程度になる。2人で8500円程度だった。ここで注意しなければならないのが、京都駅からの関空までのリムジンバスは予約が必要である。私は今回電話で京阪バスに聞いて、予約したら、その電話で2C、2Dという座席を教えてくれた。その番号を復路のリムジンバスチケットに私は2Cと、女房は2Dと書いておく必要がある。
リムジンバスは20分おきに出るが、飛行機で荷物を預けないで、ちょっと早めに行けばグッドタイミングで早めのバスに乗れた。往路はチケットは下車のときに渡す。席も自由だった。第2ターミナルはそんなに乗る人がいなかった。5人程度。しかし、次の停留所である第1ターミナルではわんさか乗って、ほぼ満席状態になった。約1時間半程度で京都駅八条口に到着。ちょっと酔った。帰りはトラベルミンを飲んでいたので大丈夫だった。
帰路について書く。
リムジンバスの乗り場は、京都駅の八条口だが、駅の北口から南北通路をとおり駅の南の方にでて、向かって左側の近畿大学だったかのホールがあるところの前である。駅南口の駅を背にして向こう正面のなか卯があるところにも停留場があるが、ここは伊丹空港行きのバス停である。
また、1時間半程度乗って、第2ターミナルに着いた。降りてすぐに入って右側にあるトイレに行った。さて、搭乗手続きをしようと思ったら、バス停からすぐに入ったターミナルは国際線ターミナルで、国内線は国際線ターミナルの外から向かって左側にあって、来た時と同様に同じQRコードをかざすと、同じQRコードなのに今度は帰りのレシートみたいなチケットが出てきた。
手続きを完了し、そこで、今度は係員がいて、重さをチェック。女房のバッグは7キロをオーバーしたが、私のバッグが4キロくらいだったので、あわせて14キロ以下だったので、通してくれた。その後、金探で、今は上着も脱ぐようになったんですね。釧路空港でもそうだった。難なくクリア。奥に進み、売店があったので、ちょっとお土産を購入し、さらに奥に進むと、いっぱい人がいる体育館くらいのスペースに出た。ここが待合スペース。奥にはトイレもあった。帰りは10時発→釧路空港に12時着。2時間と偏西風のおかげで若干早いようです。これまた、AとFの方と、その連れ合いが優先搭乗し、飛行機内へ。
釧路空港に到着し、一路東屋愛国店に行って、カシワそばを食べて帰ってきたことを実感しました。
今回はピーチの体験特集でした。参考になればと思います。
空飛ぶ電車というだけあって、本当に安く気軽に旅行ができるようになったなあと実感しました。
また、これに乗って、今度は四国まで讃岐そばと金毘羅さんにお参りに女房と行きたいと思っています。
次回に続きます。今度からは観光編です。
なお、荷物は手荷物は2つまでオッケー。例えば1つは旅行用のガラガラ引くものと、肩掛けバッグという感じ。でも2つ合わせて7キロ以下でないとならない。
HelloTalk 「ハロートーク」という言語アプリについて
上の画面はハロートークの画面です。
私は平成26年7月5日からロシア語教室に通っています。毎週土曜日です。
既に5年目に突入しており、その向上の遅さは明らかです。
が、とりあえずロシア語検定4級という初級クラスの試験には合格しました。
次は3級ですが、遅々として進みません。
毎回の教室の冒頭に、最近の出来事を一人ずつ順番に先生から聞かれます。
これをロシア語で回答しなければなりません。
上記の出来事も先週の土曜日に我が家の庭にある山ぶどうを収穫し、ジャムを作ったことを報告しました。
しかし、文章は自分の拙い文法力と単語力で作らざるを得ず、本当に正解な文章なのか不安でいっぱいの中、
先生にお話しをしていました。
そんなある日、拙いロシア文を訂正してくれるアプリを発見しました。
このアプリはフェイスブックのように日々の出来事を学びたい言語で書くことで、
このアプリでつながっているネイティブスピーカーに訂正してくれるというすばらしいアプリです。
それで上記のはじめのロシア文が私が書いた文で、その文章を長押しすると日本語に翻訳してくれて
その下に自動的にでてきます。変な日本語訳です。
コメント(5)の下にグラポというロシアの方が添削してくれています。
赤が間違いの部分で線で消してまして、緑が添削後の正しい文章です。
コメント(5)というように何人かのロシア人の方が添削してくれていて、正しい文章が完成しています。
本当にアップすると、たちまちのうちにチェックが入ります。
今回は、ノリリスクのグラポさん、モスクワのアレクサンダーさん、エカテリンブルクのエレーナさんでした。なんか急にグローバルになった気分です。
このため、ロシア語教室には安心して通うことができるようになりました。
私も時々変な日本語をなおしています。
ネイティブスピーカーによるチェックなので本当にすばらしいアプリです。
世の中も本当に便利になりました。
もっとロシア語が上手になるようにがんばります!!
TOKYOアスリート
この前、来年の東京オリンピックに向けたアスリートの取組をNHKが科学的に分析して今後の活躍を見通す番組であるTOKYOアスリートを見ました。
水泳の男女のキャプテンである瀬戸大也選手(25)と大橋悠依選手(23)の泳ぎ方を水中にカメラを入れて解説してました。
瀬戸選手はバタフライの呼吸を通常は毎回するのが一般的なところを2回に1回の呼吸にすることで、推進力を高める方法で小柄ながらも速い泳ぎにしているとのことでした。水泳のメダリストの松田選手が解説してたんですが、通常は息が続かないので2分の1呼吸はやらないとのことでしたが、瀬戸選手は独特のキックでそれをカバーしているとのこと。
それが呼吸をしないときのキックを通常よりも弱くすることで辛さを緩和しているとのこと。こういう些細な研究と練習が大いなる結果をうみだすんだなあと感心しました。
それと瀬戸選手が速いもう一点は腕を立てて水を後ろにやる量を高め推進力を高めているとのこと。なるほど~と思いました。
一方の大橋選手は、常にケノビの練習を繰り返し、フラットスイム泳法により効率的な泳ぎを高めていったそうです。腰もあまりぶれないようにし、手を入水するときもバシャバシャしないように入れてました。とてもきれいな泳ぎでした。
これらトップアスリートの見本を少しでも目標にして自分の泳ぎを見つめなおしながら頑張って、少しづつ速くなれるようになりたいものです。
そういえば、大橋選手がなかなか勝てなかった大学時代に病院に行ったら、ひどい貧血と診断され、先生から、よくこれで泳げたねといわれたとのこと。貧血が運動に大いなるブレーキになるんだということがわかりました。
私も以前貧血の薬を飲んでいました。そういう視点ももっておくことが必要なんですね。
トライアスロン夢計画
平成17年(45才)にサロマ100キロウルトラマラソン(13時間制限)を12時間57分56秒で初完走し、平成19年(47才)には北海道マラソン(当時は4時間以内)に3時間58分52秒で初完走し、高い高いと思っていた2つの目標を達成することができました。
自分は次は何を目標に頑張るかということを思いながら、この時点で次なる目標を模索していました。
このころから、次はトライアスロンに出たいという希望を持ち始めました。
それで、息継ぎもできないので25メートルも泳げなかったため、まず、平成19年2月から鳥取温水プールの初心者水泳教室に週1回通い始めました。毎週溺れるように泳いでたくさんプールの水を飲みながらも、4月には何とか息継ぎができるようになりました。
翌年の平成20年(48才)に帯広アクアスロンのミドル(スイム800メートル→ラン6.5キロ)をほぼビリケッツでしたが、かろうじて完走できました。プールから上がった時は本当にうれしかったです。
平成21、22年に足底筋膜炎でほぼ走れず、平成23年に道マラ(制限時間5時間くらい)で何とか完走しました。
この間走れなかったため、自転車を平成21年に購入し、自転車の練習にがんばりました。
平成24年(52才)には帯広アクアスロンのロング(スイム1500メートル→ラン13キロ)をほぼスイムはビリケッツで多くの観衆の中帯広の50メートルプールを1人泳いできました。恥ずかしかったけど、プールから上がった時は多くの拍手をいただき、感激し、頑張ってよかったことを思い出します。
同じ年に第6回大雪山忠別湖トライアスロンinひがしかわ、いわゆるオリンピックディスタンス(スイム1.5キロ→バイク40キロ→ラン10キロで計51.5キロ)にはじめて参加しました。足のつかないダム湖で初めて泳ぎました。この大会には事前に初心者を対象に試泳会が開催され、これに参加し、びくびく足のつかない湖を泳げるようになりました。この大会もかろうじて3時間25分11秒で完走しました。
平成25年(53才)のときに小樽アクアスロンに参加し完走しました。
平成26年(54才)のときに再び帯広アクアスロンのロングに参加し完走しました。
平成27、28年は仕事が忙しくほぼレースには参加できませんでした。
平成29年(57才)には忠別湖のトライアスロンに参加しようと思っていましたら、残念なことに前年が最後の開催となり、急遽、道内で唯一開催となった苫小牧ハスカップトライアスロン大会in勇払に参加しました。ヨットハーバーの中のスイムは海なのでしょっぱいのと、視野が効かなくて厳しいスイムになりましたが、好天に恵まれ、3時間5分22秒の自己新を達成しました。
平成30年(58才)には、友人のオオノさんから誘われ、そろそろミドルの大会に出たい気持ちもあったので沖縄の伊是名島の大会である、いぜな88トライアスロンに申込しました。飛行機代もかかるのでかなり逡巡しましたが、案外に飛行機代もかからないことも判明し、宿の手配はオオノさんに任せっぱなしというお気楽ツアーでしたので、わくわくしながら申し込みました。が、残念なことに当日台風がやってきて中止になり幻のミドル参加となりました。ミドルでも大会によって距離が異なり、いぜなはスイム2キロ→バイク66キロ→ラン20キロの計88キロでした。
もう一つの道外レースは青森の日本海側の鰺ヶ沢で開催される鰺ヶ沢トライアスロンで、これはオリンピックディスタンスで、きれいな海と津軽富士と称される岩木山のふもとを走るものです。スイムは湾内をグルグル泳ぐので選手が泳ぐと砂が巻き上がるせいか見通しが悪くなっていました。海はやっぱりしゃっぱいという感想を持ちながら、途中、頭をたたかれてゴーグルがずれて海水が入り、目が真っ赤になりました。バイクはゲキサカで足をやられ、次のランには痙攣して足が動かなくなるという初めての経験をしましたが、何とか制限時間2分前に完走できました。3時間58分15秒でした。
そして、平成31年というか令和元年(59才)には海がきれいなレースを探していたら秋田の象潟トライアスロンのスイム会場は遠浅で渚百選に選ばれるほどの景勝地とのこと。申込みをし、7月の参加を楽しみにしていましたが、5月に起こしたぎっくり腰が治りかけでサロマ100キロに参加し完走できたのはよかったのですが、腰の痛みが悪化し、7月の秋田行きにかろうじて何とかなるかと思っていましたが、車の長いドライブが祟ってぎっくり腰が悪化し、スイム会場で少し泳いでから会場を後にしました。とても天気もよく本当に残念でした。また参加したいとおもう会場でした。
それで来年。
今度は新たな挑戦としてミドルの参加を考えています。
8月の北海道トライアスロン。数年前にアイアンマンという鉄人レースが行われましたが、継続を期待されましたが、ミドルという形にかえて現在に至っています。飛行機代もかけずにミドルに参加できるということで、ここでミドルの完走を果たしたいと思っています。
しかし、このレースは、スイムは2キロと普通のミドルの距離で、ランも23.1キロとフルマラソンのほぼ半分でいいのですが、バイクがロングが国内で最も長い佐渡トライアスロンAで190キロなんですが、半分なら95キロくらいになるのがミドルなのに、この大会のバイクの距離は139.6キロと長く、バイクが苦手な私にとっては厳しいレースになりそうです。この約140キロとは釧路市から帯広市までが123キロなので、それよりも長い距離を走らなければなりません。今後はバイクの練習にがんばろうと思っています。
さらに来年は帯広アクアスロン、ハスカップトライアスロンにも参加を予定しています。北海道トライアスロンが第一目標です。翌週が北海道マラソンなんですが、参加できるかどうかは今後考えようと思っています。
再来年には、ロングに挑戦したいと考えています。
一つは沖縄の全日本トライアスロン宮古島大会。スイム3キロ→バイク157キロ→ラン42キロの計202キロ。海がとてもきれいと評判で、国内トライアスロンの中で一番人気のあるレースです。
もう一つは、全日本トライアスロン皆生(かいけ)大会です。皆生は日本トライアスロン発祥の地で、鳥取県米子市の温泉街です。夏の暑い最中に開催されるレースで距離もさることながら暑さとの大会でもあることで有名です。なお、スイム3キロ→バイク140キロ→ラン42.195キロの計185.195キロです。バイクがちょっと短めですが、暑さがあるだけに容易なレースでは決してありません。
いずれの大会も抽選で決まるので、早く申し込んでもだめです。過去の実績や意気込みが物をいうらしいです。実績のない私にはどうなるか不明です。
そういうことで、宮古島か皆生に再来年は出たいので、宮古島の申込期間が来年の10月1日頃から11月30日頃で、12月下旬に内定します。これで当選したら宮古島にいくこととし、皆生はその翌年にすることとします。かりに宮古島が落選したら、皆生の申込をします。申込期間が2月20日頃から3月いっぱいで、4月下旬に内定が決まります。こんな感じでいずれかのロングに挑戦したいと思っています。
そういうことでミドルで実績をさらに高めるために考えているのが、佐渡国際トライアスロンBです。Aはロングレースですが、Bはミドルレースです。佐渡も国内有数の超有名なレースですので、その雰囲気を感じてみたいと思っています。なお、スイムは2キロ→バイク108キロ→ラン21.1キロの計131.1キロです。
このほかに五島長崎国際トライアスロン大会というかつて北海道トライアスロンと同様に国内ロングのアイアンマンだった有名なレースもあります。いつかは参加してみたいと思っています。
また、オリンピックディスタンスですが、ぎっくり腰で参加できなかった秋田象潟トライアスロンにもう一回参加してみたいとも思っています。
今後、トライアスロンへの挑戦が続きます。ぎっくり腰にならないようにストレッチをしながら、バイク、スイム、ランに頑張ろうと思っています。
そういうことで、今回から表題の「サロマ・アゲイン」に「ロングトライアスロンへの挑戦」を加筆しました。新たな目標をもってだらだらとした練習に喝を入れることが目的です。
第2回つるいホーストレイルラン
昨日アクアトピアで中村さんに会った。
今度、10月につるいで馬のトレッキングコースを走る大会があるとのこと。
今年が2回目で20~30人規模の本当に小規模の大会だそう。
私も参加しないかとお誘いを受けた。
実は参加しようか迷っています。
当日は娘が帰省するので、一緒にいたいというのが第一。
もう一つは今年初めて参加した旭川市のカムイトレイルランニングで途中でこむら返りになり、
走れなくなりリタイヤした苦い過去があるので、トレランに参加するのを躊躇しています。
でも、鹿追トレイルランのフェイスブックに掲載されている情報を拝見すると、https://www.facebook.com/554384901282649/photos/a.554774317910374/2229867990400990/?type=3&theater
「馬の持久走であるエンデュランスのコースを利用して馬のコースを人も走ってもらおう!と始まった企画。
昨年は晴天のなか山あり谷あり絶景ありとなかなか行けない鶴居を堪能していただけたことと思います」
と書いています。
この「絶景あり」が見てみたいと単純に思っています。
ちなみに開催内容は、
1 日時 令和元年10月14日 午前9時スタート
2 受付 午前8時から8時45分まで
3 開会式 午前8時45分開始
4 集合場所 鶴居村球技場(道道53号沿い、茂雪裡川横)
5 コース 約20キロ 詳しくは当日発表します。
6 参加料 ①500円(ランのみ)、②1000円(ラン+入浴)、③3000円(ラン+入浴+昼食)
7 申込 両角携帯 090-8903-9624 10月8日までお願いいたします。
8 その他 可能であれば飲み物、補給食は持参でお願いします。給水は、ポイントごとに設置予定ですが携帯された方が熱中症予防となります。
以上です。
上記内容は主催者の許可をもらってませんので、詳細は主催者にお問い合わせください。
北海道マラソンと低ナトリウム血症
報告が遅れました。今年の北海道マラソンも腰痛に苦しみましたが何とか4時間44分58秒で完走できました。まずはよかったと思っています。
当日は、気温も高くない18度でのスタート。これは快適なフルマラソンと思いきや、スタート地点で待っている間に雨も降り、後半には徐々に熱くなり、水をかぶるようないつもの北海道マラソンになったような気がしています。
サロマのときと同じキロ6分ペースで走りました。サロマの時はこのペースで70キロまで厳しい感じがなかったので、このペースでゴールまで行けるだろうと思っていました。
しかし、20キロ地点だったでしょうか。もはや厳しい状況になり、なぜだろうと思いながら重い足取りで新川通を走り続けました。どこまで行けば折り返しになるのか、あらかじめ調べずにきたので、いつまでたっても折り返しにつかない精神的につらい走りになっていました。
いつものように私設エイドもたくさんあって、コーラやスイカなどをいただき、感謝をかみしめながらなんとか走り続けました。
折り返しの直後にはごろうさんとさっとちゃんが応援してくれていて、あまりの私の遅さにもう行ってしまったと思ったとのこと。この時いただいた声援とコーラは格別でした。たくさんの応援に応えようと頑張りましたが、快走というレベルにはまったく至りませんでした。
なぜだろうと帰宅後に、ある本(「アイアンマンのつくり方」彦井浩孝著)をチラチラ見てたら、72ページに「「低ナトリウム血症」-水分補給の落とし穴」という項目がありました。
「1998年8月のアイアンマン・カナダでは、猛暑と高い湿度がトライアスリートを苦しめた。このカナダのレースでは水分補給に細心の注意を払っていた。しかし、水分補給を十分に行っていたにもかかわらず、実際にはラン後半から頭痛、吐き気に襲われ、ついに歩き始めた時には方向感覚さえ危ういといった状態に陥っていた。ゴール後のメディカルテントで約3時間にわたり、6本の点滴を受けた。」
「このとき私が苦しめられたのは、脱水ではない。神経質になりすぎたばかりにかえって過剰となった水分摂取によって引き起こされた「低ナトリウム血症」だった。発汗量を上回る水分摂取が血液中のナトリウム濃度を低下させたようだ。通常は少々飲みすぎても速やかに尿として排泄されるが、運動中は得てして排泄が遅れる。」
「体重の軽い人ほど低ナトリウム血症になりやすく、これは体重が軽いのに重い人とおなじように水分を摂っていたからだ。加えて、レース時間の長い人ほど低ナトリウム血症になりやすい。」
また、あるサイトhttp://www.fun-run.tokyo/recovery6.html で低ナトリウム血症についての記載がありました。
・暑い時のレースでは1時間に水分1リットル摂取し、塩分3グラムが補給が目安。
・遅めのランナー、身体の小さいランナーは1回50~100ミリリットル
・ポカリスエットなどのドリンクでは塩分補給が間に合わない(1リットルで1.24グラム)。
・OS1では1リットル当たり2.92グラムあり、今年の釧路湿原マラソンで倒れた人にOS1が支給されて介抱されたとのことでした。
・梅干しは小ぶりので1個1グラム、大きめので2~3グラム。梅干しがいいかもしれません。
・塩飴は1個で0.2グラム程度と少ない。今回の道マラでも私設エイドで塩飴が提供されていましたが、塩分摂取には少ないかもしれません。
・スイカに塩をかけてもらったり、おにぎりに塩をかけてもらうのもいいと書いていました。
今回、はじめての経験で、通常フルマラソンの時間ではトイレにいかないのですが、今回は3回くらい尿意を感じてトイレに行きましたが、ほぼ小便はでませんでした。でてもかなり茶色の小便でした。変だなあと感じながら走っていました。
上記のとおり、当日、私の身体の中で水分が適切に排出されなくて体内のナトリウム濃度が低下したことで、調子が悪くなったような気がしています。
今までの道マラで塩分を積極的に摂ったことはなかったので、こういう事態を招いたと思われます。今後は、積極的に塩分補給をするようにしようと大いに反省したレースでした。
その後も腰痛も治っておらず、何となく調子がでない状況です。今回の道マラで今年のレースは終了なので、しばらく養生しようと思っています。最近毎日ストレッチに勤しんでいます。ぎっくり腰になるとその後のレースの予定がまったくだめになるので、今後は自分の身体の手入れも練習の内と考え積極的にストレッチをしようと考えています。
いずれにしても当日応援していただいた皆さんに感謝申し上げます。
道マラ予定
とうとう今度の日曜日は北海道マラソン。
既にサブ4を目指さなくなった時点でお祭り気分の参加になっているが、今年は唯一のフルマラソン。
今年は幸い猛暑の道マラではないようだが、いつも裏切られ当日暑くなることがままあります。
気を抜かず、30キロまでは淡々と抑え気味に走って、最後まで走り切れるようにしたいものです。
さて、予定です。
土曜日の午前中はロシア語教室が正午までなので、そのが終了後に釧路から札幌に向かいます。
まっすぐ大通公園に行って、受付をし、すぐ帰れるように職場へのお土産を購入し、実家のある厚別に向かいます。
当日は、車で駅北口に駐車し、徒歩で大通公園へ。釧路マラソンクラブのみんなが集まっているだろうビッセの辺りに着替えてから向かいます。
レース終了後は、いつも応援してくれる母と妹とともにビッセでケーキセットを食べて、車に乗って釧路に帰る予定。
午後3時ころ札幌発で、午後7時半頃釧路着予定です。本当は1泊する予定でしたが、月曜日に会議が入ったので、レース終了後直帰しなければなりません。居眠り運転に気を付けて休み休み帰ります。
完走できますように。








