⑱辺野古沖の事故と北区小学校の火事
※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。
・辺野古沖転覆事故
参考動画
〇辺野古転覆 引率教師語る「胸中」 関西テレビ 2026.9.14 22:00
個々人の責任追及は裁判所に任せておきたい。この事件が今後、再発しないようにするには学校風土、特に教員集団の在り方、組織風土における問題点こそがしっかりと究明されるべきであろう。現場にいた教員が抱える、組織の一員としての立場と個人としての良心との板挟みの苦しさを察せられないわけではないが、組織の膿を出し切るためには、それ相応の痛みを教師たちは引き受けていくほかない。
深く究明されるべきは個々人の過失以上に同志社国際の教員組織の在り方である。この問題は教師個々人の主観的感想をマスコミがどれほど問いただしたとしても解決の道からはほど遠い。常識ある人間ならば誰であってもあらかじめ想定できていたはずの事故の危険性をなぜ、経験豊かな教師たちが完全に失念してしまったのか…当該校における教員集団の意思決定の在り方に大きな問題が潜んでいるに違いない。おそらく教師たちの呆れるレベルでの「馴れ合い」と「役割分担」の合理性を装った仕事及び責任の「丸投げ」の連鎖が招いた悲劇ではあるまいか。
教師集団の馴れ合いと無責任体制を生み出しただろう組織の在り方にもっと深くメスを入れるような報道をマスコミには切望する。
◎「グダグダ」「誠意がない」同志社国際高校の説明に保護者ら憤り "沖縄での修学
旅行中止”発表 教員の事故死も明らかに【辺野古沖転覆死亡事故】
MBS NEWS 2026年8月31日 5:18
この学校法人、根本から腐っている。
◎2022年度 辺野古コース【実施1年目】
辺野古ボート転覆事故遺族日誌 2026/07/31 4:33
ここでもスカート姿の高校生が映っている。大きく揺れるボートに無防備なこの姿で女子生徒を乗せて良いはずがない。あたかもジェットコースターのように、もっぱらスリル体験を売りにする、しっかりと安全設計されたアトラクションとこの無防備で命がけの研修とを混同したような「平和学習」には疑念しか覚えない。
なぜ、この企画が継続されてきたのか、しっかりと検証すべきだろう。
◎2022年度 辺野古コース【実施1年目】
辺野古ボート転覆事故遺族日誌 2026/07/31 1:44
ただ単に「楽しかった」という程度の生徒の感想を聞くため、無防備な生徒たちを危険なボートに乗せている…その犯罪性を引率教員はまったく気づいていない。
◎2025年度 辺野古コース【事故の様子】
辺野古ボート転覆事故遺族日誌 2026/07/31 5:51
視聴するのに辛い場面がある。何のためのボートの操縦体験だったのか…疑問だらけである。相変わらずスカート姿の女子生徒が映っている。生徒たちを襲った波の高さも確認できる。授業ではまずこの動画から視聴させたい。
◎「猛省しなければならない」辺野古転覆事故の特別調査委が会見 同志社国際高の
研修旅行中の事故で報告書提出 THE PAGE(ザ・ページ) 2026/07/31 9:37
事故当時の状況がいかに異常だったかがよく分かる。死亡した船長や引率教員の異常さは特に突出していてまったく理解に苦しむ。こうした異常を許容し、生み出した同志社国際高校の学校風土もまた明らかに異常であったはず。当事者意識の欠落した無責任体制を長く続けてきた学校側の責任は極めて重大であろう。
ただ「猛省」を迫ってみてもおそらくほとんどまともな反省は期待できないレベルの教師集団であると私は考える。そうでなければこれほど酷い無責任な手抜きをいつまでも行えるわけがない。また告発された校長、学年主任、引率教師らが、いまだに学校に在籍している、という常軌を逸した無智厚顔さもすでに度し難いレベルにたっしている。同校での不祥事を続発させない、との遺族の願いは、おそらく告発された教師を含めた教職員の全面的な入れ替え無しでは到底、かなえられまい。
◎「危険はあの日突然現れたわけではない」辺野古転覆事故 亡くなった女子高校生
の家族が初めての会見 刑事告訴は「葛藤の末の決断」【news23】|TBS
TBS NEWS DIG Powered by JNN 2026/07/31 5:37
事故当時の波の高さや乗船中の様子が確認できる映像資料は、この事故を考える上で欠かせない貴重な資料の一つ。この映像があるからこそ生徒たちの安全を守ろうとしてこなかった教師たちの職務放棄ともいえる無責任な引率がなぜ何年もの間続けられてきたのか、その原因解明に役立つ資料の公開も、切に求められることになる。学校の牢固な隠ぺい体質を改めていくためにも、裁判を通じて教師たちの所業が詳細にわたって公に明らかにされていくことを期待したい。
◎【辺野古転覆事故】「真相明らかに」 遺族が記者会見 学校側含めた刑事責任追及
へ 産経ニュース 2026/07/30 12:06
学校長以外に刑事告訴された学校関係の人物が学年主任と引率教諭であったことがわかる点で重要な映像。ここを曖昧にしている報道は基本的にどれも信用できない。
◎【辺野古沖転覆事故】武石知華さんの遺族「子どもの命がずさんに扱われることの
ない未来を」初の会見で思い語る 校長ら11人を刑事告訴 刑事責任を問う
MBS NEWS 2026.7.30 8:37
この声が同志社国際高校の校長や教師たちに届く日は本当に来るのだろうか。とりわけ乗船しなかった引率教師や学年主任に届いてほしいのだが…
◎辺野古沖転覆事故 遺族側は「刑事告訴」学校側の安全管理は…海保が同志社国際
高校を家宅捜索 読売テレビニュース 2026/07/28 7:00
ただの「事故」ではなく、「事件」というニュアンスがいよいよ強くなってきた。教員ならばこの事故の悪質さはすぐに理解できるはず。校長以外に告訴された学校関係者とは誰なのか、その中に引率教員は含まれているのか、引率教員は4月以降も学校で勤務を続けていたのか…問うべきことは数多い。告訴によってこの学校の問題点が洗いざらい表に出されてくることを願う。
参考記事
〇【速報】生徒死亡の同志社国際高校側がコメント「深い哀悼の意」「生徒の平穏な生
活を取り戻せていない 対応が十分でないことをお詫び」辺野古沖船転覆から半
年…“教育の適切性”検討まとまり次第会見の意向 MBS 2026.9.16
…「この度の事故の背景については、安全管理と教育の適切性の問題点の両方を明らかにすることでその全容を解明できると考えており、記者会見での説明は、教育の適切性に関する新たな検討委員会の検討結果がまとまり次第、おこないたいと考えております」とのこと。
この学校法人の無見識かつ厚顔無恥ぶりには呆れ果てる。本当に「安全管理と教育の適切性の問題点の両方を明らかにすることでその全容を解明できる」のだろうか?むしろ論点外しの自己保身、ただの言い訳にしか聞こえてこない。
辺野古沖の事故の際に見せた引率教師たちの、通常ではありえないほどの杜撰な対応ぶりからは、長い年月をかけて心の底まで沁みついてきた惰性の恐ろしさを感じてしまう。この学校の場合、安全管理を本当に実効性のある適切なものに変えていくには「安全管理マニュアル」の作成や改定程度では済まない、もっと大胆で抜本的な改革が必要だろう。
もちろん人事の大幅な入れ替えは必須だが、それだけでは再発を防げまい。結局、どんなに優れた人材であっても多くの場合、朱に交われば赤くなる。私たちは学校という場が持つ同調圧力の強大さを決して侮ってはいけない。無批判にも「赤くなる」ことこそが教師の成長…と勘違いされがちな学校現場は決して少なくあるまい。
教師の置かれている環境を土台から変えていくべきなのだ。特に意思決定のシステムや人事システムに大ナタを振るわなければこの学校の組織風土は寸分も変わるはずがない。これは学校単体では不可能な取り組みであり、おそらく学校法人全体の改革を前提とされるべきものだろう。
高校の管理職や学校法人としては「改革」という名の危害が自身に及ばぬよう、事故の本質から目を背け、問題を軽視して、ただひたすらトカゲのしっぽ切りに励むことでこの問題から逃げ切ろうとしているのかもしれないが、そうは問屋が卸さぬ…と考える。いかがか。
〇同志社が「安全管理室」を設置、安全対策やマニュアル策定 辺野古沖転覆事故で
産経新聞 2026.9.
よくもこれだけの責任逃れを性懲りもなく繰り返せるものだ。誰か一人でもまともな人が法人の上層部にいれば、転覆事故は防げたはずなのだ。真っ先に学校法人が取り組まなければならなかったのは、学校長ら教職員の辞任であり、4月段階での校内人事の刷新である。それすらできなかった法人側は前校長らと同罪であり、やはり幹部らの総入れ替えが必要だったはず。トカゲの尻尾切りで済まそうとするから、末端の教師が自殺に追い込まれたのではなかったか。
上層部の無責任体制が招いた悲劇はまだまだ続くに違いない。安全マニュアルの策定や「安全管理室」を設置する前に、まずは安全管理のできない法人の上層部と高校の教職員らを刷新すべきなのだ。まともな学校運営ができない人々に、これ以上、時間を与える猶予などない。
〇同志社国際高校、今年度の沖縄研修旅行を中止 保護者説明会で説明
朝日新聞社 2026.8.31
学校側はどうしてこんなにもトンチンカンな対応しか取れないのだろう。「説明会の出席者によると、同校側は告訴された教員の配置を換えると説明したという。」と記事にある。愕然とした。4月早々、真っ先に実施されるべき配置転換がいまだ行われていなかったのか…本来ならば3月段階で教職員の配置換えは出来たはず。校長を含めて、学年主任や引率教員たちにはどう見ても明らかに想像力と責任感の大きな欠落があったのだから…そのことは内部にいる教師ほど本来ならば気付いていたはず。
もちろん教師たちへの分限にかかわる処分は時間をかけて事実関係を精査したうえで慎重に判断すべきである。しかし、当該学年の教師たち自身、転覆事故への反省の念は多少ともあったはず。であるのならばせめて3月段階で、当該学年集団は解体されていてしかるべきであろう。それは当該学年集団が自ら管理職に申し出るべき筋の話でもある。しかし当該学年集団にそうした動きは無かったようだ。もう、この段階でこの学校はオワコンではあるまいか。
学校組織全体がここまで常識が欠如しているとは驚き呆れるほかない。今更、一部の教師の配置転換ではこの学校が健全化される可能性は皆無だろう。
〇「学校は刑事責任を問われない…そんな前例にするわけにはいかない」亡くなった
武石知華さんの遺族が会見 辺野古沖転覆事故
FNNプライムオンライン 2026.7.30
高知県の小学生水死事故で校長や引率教師の刑事責任が厳しく問われたように、学校もまた刑事責任を問われる事は教師として肝に銘じておくべきだろう。
〇同志社国際高生徒にも「教育中立性」問うアンケート 同校運営の学校法人、辺野古
沖転覆で 産経新聞 2026.7.29
この学校の対応が根本的に間違っている、という印象は一層、強まってきた。この件で学校として最優先で取り組むべきことは、学校、特に当該職員たちがなぜ生徒たちの安全確保を最優先して動いてこなかったのか、その原因を教師たち自らの手で解明し、追及することであったはず。また管理職ら、学校運営にあたる者たちもまた自らの手で修学旅行の準備段階から事故当日にいたるまでの教師集団の詳細な動き、判断の根拠などを徹底的に把握しようと努めることが急がれていたはず。これは当該教師らによる責任転嫁、過失の隠ぺいなどの動きを早期に封じる上でも、本来ならば管理職側として真っ先にとるべき行動だったはず。
ところが、校長や職員らは重大事故を学校法人や京都府教育委員会、文科省の調査に事実関係の確認をあたかも他人事のように実質的に丸投げし、主体的に反省する意欲の欠片すら見せることがなかった。ただ単に外部の調査に協力する、という教師として無責任、無気力極まりない受け身の姿勢にひたすら終始してきた、との印象は免れまい。校長らによる保護者への説明が極めて曖昧で焦点のボケたものになってしまった要因が、そもそも校長らに教育の当事者としての自覚が大きく欠如していた点にあることは間違いない、と思うのだが、いかがか。
にもかかわらず「生徒たちの安全確保」という最優先すべきテーマから世間の目をそらさせるかのように、文科省や一部のマスコミの動きに便乗して「平和学習における教育の中立性」という別種の問題に、学校側はいち早く話題を転じてしまおうとしている…違うだろうか。
もちろん「平和学習の中立性」を問う側面も必要だろうが、今はあまりにも無責任で職務放棄とすら見える当該教師たちの動きをもたらした原因追及を学校として最優先させるべき段階だろう。この自省する姿勢が明確に表に出てこない限り、保護者や生徒たちの間にくすぶっている学校不信は決して拭えまい。またこの状態のままでは私学としての学校の個性と自治を守り続けることは不可能だろう。
こうした不手際の連鎖はこの学校の教師集団の間に、何事にも「生徒任せ」「他人任せ」「業者任せ」の校風が蔓延している証拠ではあるまいか。残念ながら遺族からの刑事責任まで校長らが問われる段階に至ってしまった背景には、辺野古基地移設反対派側の問題に論点をすり替えようとするかのごとき校長、教師集団の当事者意識に欠ける、姑息さ、責任逃れの姿勢がいまだに無反省のまま、放置されている現状が続いていることへの遺族の強い苛立ちがある…違うだろうか?
〇<独自>辺野古沖事故 引率教員、死亡生徒の顔と名前一致せず 遺族「ずさんす
ぎる」産経新聞 2026/7/6 17:41
「生徒を引率した同校の女性教師が知華さんの顔を知らず、身元確認ができなかった」という。また「引率教員は救急車に乗っても保護者の私たちに連絡をしてこなかった」と保護者も証言している。これで果たして「引率」の名に値するのだろうか。この引率教師たち、まるで折悪しく事故現場に出くわしてしまった無関係な観光客、ただの傍観者、下手をすれば被害者側であるかのような振舞である。
…辺野古漁港に設置された防犯カメラ映像を確認するかぎり、救助された生徒が次々と搬送される中で、引率教師とみられる人物2人や平和丸の船長とみられる男性が、生徒の安否確認などを行った形跡はうかがえなかった…
遺族は「引率教員がバスに乗る前、船に乗る前に点呼していれば、顔と名前ぐらい担当していなくても一致するはず」と指摘している。察するに当該教師はおそらく自分の担当するグループの名簿すら持参しておらず、船に乗る前にも生徒たちの点呼をとっていなかった、さらには事故後ですら点呼を取ろうとしなかった…ということになろうか。仮にそうだとしたら、引率教師としてまったくあり得ないレベルの無責任さを露呈しつつあることになろう。
この二人は本当に旅行団の一員だったのだろうか?この二人は一体、何をしに沖縄に、辺野古に来たのだろう。救急車に同乗した程度しか仕事をしていなかった、とすれば事はあまりにも重大である。修学旅行は決して業者丸投げで行われる教師たちの慰安旅行ではない。
当日の朝、引率を突然に割り振られたのだから、点呼を取らなくともよい…という言い訳はもちろん通用しない。ピンチヒッターだからといって生徒たちの安全確保、安否確認を怠ってよいはずもない。
この際、徹底的にこの二人の事故当日の行動をできるだけ詳細に調べていく必要があるだろう。特に乗船グループに対する事前、事後の点呼の有無だけではなく、どのような事前指導をバス等での移動中にしていたのか、乗船中はどこにいて何をしていたのか、事故後、どのような働きかけを生徒たちにしていたのか、誰とどのような連絡を取り合っていたのか、加えてこの二人の修学旅行における役割分担の詳細と帰途につくまでの実際の行動もまたできるかぎり明らかにすべきだろう。
通常、修学旅行に際しては「旅のしおり」のようなパンフを事前に配布し、詳細な日程や持ち物、ホテルの部屋の割り振り、乗車するバスの号車、見学別のメンバー等がすぐに確認できるようにしている。この二人の教員が引率時に持参していた資料を提出させ、そこに引率の際の注意点がどの程度書き込まれていたのか、もまた第三者の目で確認しておくべきだろう。
これだけのずさんさを露呈したからには、この学校全体の修学旅行に対する取り組みの甘さ、とりわけ生徒の安全確保に対する無関心さが長期にわたって教師間に広くはびこってきたと考えるほかあるまい。この際、過去10年ほど前までさかのぼって、詳細にこの学校の修学旅行の取り組みを見直し、問題点をできる限り細部にわたるまで徹底的に洗い出すべきだろう。
また旅行団の役割分担の適正さが気になってくる。特に辺野古コースの役割分担、人選の理由、学年主任、学年団の判断基準が問われる。転覆した際に生徒たちの救助に当たれないような女性教師を敢えて引率させてしまった責任は決して軽くない。「船の転覆は想定外」といった間抜けな言い訳は誰だってもう聞きたくあるまい。
◎なぜ「異論」が出ない? 教員の相互不干渉が蔓延か…同志社国際高校・辺野古事故か
ら考える「学校ならではの風土」の問題点
東洋経済オンライン 妹尾 昌俊 2026.6.21
学校独特の組織風土からの分析は必要不可欠の視点であり、大いに参考となる。異動のほとんどない職場での「なれ合い」と「個人商店の集まり」のような相互不干渉の組織が生み出す議論の不在。これが客観的に見ればあり得ないレベルでの無責任な「引率」をも生み出していたことは確かに推測できる。
とは言え、辺野古での「引率」教員の職務放棄ともいえる無責任さはあまりにも突出していないだろうか。「生徒と一緒に乗船しない」に加えて、あろうことか、生徒たちの様子を逐一、確認せず、点呼すらしない…これが仮に事実だとすれば、教師個々人の資質にまで言及せざるを得ないほどの問題行動である。
仮にそうだとすれば、学年集団の責任の所在、個々の教師の責任がいまだに表に出てこない、という現状は隠ぺいそのものと疑われても仕方あるまい。ところが現場の実情に疎く、無責任さばかりを丸出しにする校長だけが表に出てしまうことによって同校の社会的評価はむしろ地に堕ちかねず、結局、同校生徒や保護者における学校運営への不信感が強まる一方となっているように見える。
修学旅行における事故、特にコース別の研修に分かれる場合の事故責任は、実際には計画を策定し、教師の役割分担を決定した学年主任らに大きくのしかかるはず。旅行の細部までよく知りもしない校長がわけ知り顔で会見の場にしゃしゃり出るから、このような大失態をまねいているのではないのか。せめて生徒たちや保護者会の場では最大の当事者責任を負うべき教師たち(当日、「引率」した教員と学年主任は特に外せまい)が、一定の説明責任をも果たすべきだろう。
旭川女子中学生凍死事件などでもそうであったように、校長や教頭が世間の矢面に立って釈明すればするほど、かえって隠ぺいが強く疑われることになりかねない。事件、事故に至るまでの詳細な経緯を知る教師たちを、校長は身を挺して庇っているのだ…という表向き麗くみえるポーズに隠れて、実際には問題を内々で矮小化し、誤魔化そうとする…こうした管理職や教育委員会のずる賢さに騙されてはなるまい。
〇<独自>引率教員と船長、生徒の安否確認せず 防犯カメラ映像入手 辺野古転覆3カ
月 産経新聞 2026.6.17
仮にこの報道が事実だとすれば、引率教員の罪は極めて重くなる。そもそもが生徒たちと乗船すらせず、加えて事故後において「生徒の安否確認せず」…は教員として絶対的にあり得ない行為であり、驚き呆れるほかない。これはどうみても「引率」の名に値せず、多くの教師たちの間に業者丸投げの無責任体質の蔓延を疑わせる。特にこの二人には引率教師としての職務の完全な放棄の疑いが極めて濃厚となってくる。やはりこの学校、管理職にとどまらず、教員組織全体に根本的な欠陥がある、としか思えない。
今回の修学旅行の実態解明だけではなく、同校のこれまでの校外学習時において、はたして「引率」教師たちが、実際にはどのような「引率」をこれまでにしてきたのか、少し過去を遡って、徹底的に検証していく必要性まで感じる記事であろう。
ぜひ、この件に関しても第三者委員会の綿密なる報告を待ちたい。
〇同志社国際 高2研修旅行先は「未定」 学校説明会も中止 沈黙する学校に保護者も不
信感 産経新聞 2026.6.15
…沖縄県名護市の辺野古沖で船2隻が転覆し、同志社国際高(京都府)の女子生徒(17)らが死亡した事故から16日で3カ月となるが、学校側から対外的な説明はほぼなく、保護者間で不信感が広がっている。同校の平和学習を巡っては文部科学省が先月22日に教育基本法違反を認定。ずさんな安全管理などを理由に京都府が私学助成金の減額を検討する事態にもなった。SNSでは根拠のない誹謗(ひぼう)中傷もあり、保護者は「事実と異なる情報は否定し、説明してほしい」と話す…学校側は第三者委が調査中として、積極的な発信や説明は行っていない。同校のホームページによると、4、5月の学校説明会なども中止とした……安全管理面での不安も根強い。「どうしてこのような事故が起きたのか。問題を指摘する教員がいない体制は変わるのか。そうした点の説明を急いでほしい」…3月の保護者説明会以降、保護者に対する説明会は開かれておらず、学校側から簡単なメッセージが送られてくるのみ。保護者は「私たちへの説明が全くされていない。もう少し丁寧に説明すべきだ」と訴えている…
この学校の問題点は責任を負うべき管理職らを含む校内人事刷新への言及が学校側に一切無い、という点に集約できるだろう。第三者委員会の調査報告を待つまでもなく、安全管理に対する無責任体制を続けてきた学校側の体制転換を即刻、図るべきであった。むしろいまだに第三者からの指摘を待っていること自体が学校としての責任感の決定的な欠如を物語っている…そう保護者から糾弾されても仕方あるまい。
3月時点で管理職らが一斉に退陣し、完全に一新された陣容の下で安全管理体制の構築に全力を注ぐため、次年度の研修旅行を含め、すべての校外学習を一旦中止する…この程度の決断すら即時にできなかった点が悔やまれる。
〇 同志社国際高等学校の研修旅行等について(これまでの把握事項と文部科学省の見
解)令和8年5月22日 文部科学省
学校側が辺野古の平和学習に関して本来、事前に行うべき学習、とりわけ安全確保にかかわる事前指導を完全に放棄し、船長らに丸投げしていたという恐ろしい実態が明らかになりつつある。どうみてもこれは平和「学習」という名にまったく値しない、ただの手抜き、他人任せの行楽に過ぎまい。教師たちによる事前指導の内容があまりにも空疎すぎて生徒の学習にはほとんどつながっていないことが察せられる。
これはやはり生徒の自主性を完全に無視した、大人たちの恣意ばかりが貫徹された奇妙な「何か」、ではないか。これは沖縄の活動家のための宣伝に一方的に利用される材料と化した何か、であり、同時に、修学旅行に名を借りた教職員のためのお気楽な娯楽観光に過ぎないのではあるまいか。
むしろ沖縄の平和学習の価値を貶め、沖縄を愚弄するだけの、くだらない「行事」と化していたのではあるまいか。そしてそのことを一切、自覚せず、反省することもなく長年、続けてきた学校の責任はたとえいたましい犠牲者を一人も出していなくとも、すでに重大なものであり、学校法人としての存続すら、問い直すべきレベルの無責任過ぎる怠慢ではないのか。
文科省が分析している通り、人事異動がほとんど行われない私学職員のなれ合い体質がこうした杜撰さの土台にあるのは間違いあるまい。やはり土台から腐っている組織であり、学校解体もやむを得ないレベルなのかもしれない。
◎【辺野古転覆】偏った情報を一方的に…「もはや平和教育ではない」遺族が投げか
ける根本的な疑問 ダイヤモンド・ライフ編集部 2026.5.31
遺族の学校に対する疑問の多くは私と重なっている。学校側はこの疑問に対して誠実に答えていくべきである。また他の学校がこの事故を他山の石として今後の教訓に活かしていくためにも、できるだけ包み隠さず、かつ詳細で具体的な報告が公表されるべきであろう。
〇文科省、学校法人同志社を指導 辺野古事故、安全管理「不適切」
共同通信 2026.5.22
この報道自体には何の価値も感じない。このような事故を二度と繰り返さないために文科省が何を問題視し、学校の何をどのように指導したのか、そして学校側が何をどのように問題視し、具体的に何をどのように教訓として活かしていくのか、私たちにはまったく不明である点で、日本の教育界全体にとってもほとんど意味不明な報道であろう。
文科省が学校法人に指導を加える事は余りにも当たり前すぎて、この程度の空疎な内容を現段階で速報として仰々しく報道する意義が一体どこにあるのか、むしろ問い質したい。
なぜ、これほどの杜撰な修学旅行が繰り返し実行されてきたのか、その実行に誰がどのように関わっていたのか、校長や引率責任者に個人的な責任は無いのか、旅行計画を事前に検討する学年会議ではこのコースについて一体どの程度まで検討が加えられたのか、引率教員らはなぜ、これほどの杜撰な計画を見過ごしてきたのか…等、問うべき点は多岐にわたり数多く存在している。もちろん、これらに関してはいずれ第三者委員会などによる調査報告がまとまり次第、私たちにも公表されるだろう。
教師たちがこの事故を機に修学旅行、遠足、部活動の遠征などについて児童生徒の安全に対する配慮を徹底できるようになれるのか否かは、あくまでも事故に至るまでの経緯への詳細な検証とその報告が出てからの問題。詳細な事実関係が十分につかめていない現段階での文科省の指導なぞは、表向き「仕事してます」感を演出するだけのポーズに過ぎない。こんな演出ごときにマスコミが仰々しく速報を通じて反応する必要などあるわけがない。
参考動画
◎【辺野古事故】現場映像入手 生徒らを遠巻きに眺める引率教員の姿も
産経ニュース 2026/07/03 17:33
後発組の引率教員(男性)は生徒たちが続々と救出されてくる間、何もしていないように見える。その時、彼が何をしていたのか、詳しい説明が求められよう。また遭難した生徒たちの引率教員(女性)が初めて防犯カメラに登場するのは犠牲者の救急搬送の時である。救急車が到着するまでの間、救出された生徒たちが大勢いたが、彼女はそれまで何をしていたのか、これもまた詳しい説明が求められるだろう。
この二人の説明は決して校長の口を介することがあってはなるまい。保護者への説明会の時に自らの口で時間をかけて詳細に説明されるべきであった。この現場にいなかった校長が訳知り顔に教員の対応に関して曖昧な説明をしたことは欺瞞であり、責任逃れそのものであった。保護者や生徒たちから不信を買ったのは当然である。
〇教員は乗船せず…状況明らかに 生徒死亡の高校会見 沖縄・辺野古 船2隻転覆2人死
亡【スーパーJチャンネル】(2026年3月17日) ANNnewsCH 3:24
教員が一人も乗船していなかったという驚くべき事実が明らかとなった。そもそも女生徒の存在から見ても、また2艘で20人近くの人数から見ても各船に一人ずつ、せめて二人くらいは教師として乗船すべきであろう。ところが教師は一人も乗船せず、であった。呆れるほかあるまい。最悪の事態を前提にして生徒の安全確保を図るべき通常の教師の思考からすれば、まったくあり得ないレベルの大失態であり、最優先すべき安全面の配慮を疎かにした学校及び引率教員たちの責任は極めて重大である。
沖縄への修学旅行ではかなり昔のことだが、高校生が潮に流されて死亡するという痛ましい事故があった。以後、マリン体験のほとんどを禁止する高校が出てきたのも個人的には頷ける現象であった。実際、私の経験ではホテルのプライベートビーチですら、生徒だけで散策することを禁じていた高校も20年近く前にはあった。
当然、沖縄修学旅行の事前学習として海の怖さや海の危険生物、ハブへの注意などに関してもかなり詳細に触れてきた過去がある。生徒の安全を第一に考えるのが普通の教師のはず…ただ、進学校ばかり経験してきた教師の中には、ややもすれば「大勢の命を預かっている」という認識から来るはずの緊張感を欠き、教師自身がお気楽な行楽気分で引率している方が散見されたことは残念ながら事実である。
もしかすると当該高校、私学でそれなりの進学校であるとすれば、聞き分けの良い生徒たちの存在によって教師たちがすっかり油断してしまい、生徒の安全確保に関して相当程度、散漫になっていたのではあるまいか。
◎【小型船2隻が転覆】 現場海域では波浪注意報も「急な突風と横波」か 女子高校生1人
と70代船長が死亡 沖縄・辺野古沖 日テレNEWS 2026/03/16 3:45
あってはならない死亡事故であろう。当然、船を乗せた側の過失責任は重いが、学校側の責任も決して軽くはない。この動画では女生徒たちがスカートで船に乗り込んでいた可能性をうかがわせる場面が出てくる。仮にそうだとすれば指導にあたった教師たちの責任もまた厳しく問われることになるだろう。
加えて修学旅行に際しては大抵の場合、事前に教師たちが下見をすることになっている。少しでも危険が予想される場合には特に念入りな報告が校長らにも届けられているはず。一体、どのような報告があったのか、まず確認すべきだろう。
個人的には20年余り前、沖縄修学旅行の引率でグラスボートに10名余りの生徒たちと乗り込んだ記憶がある。確か12月頃だった。風が強くて波もかなり高く、船が大きく揺れて少し怖かったのを覚えている。ただし馬力のある観光用の少し大きめのボートなので、転覆する危険性はさほど高くなかったように当時は感じた。
今回、転覆した船はそれよりも小型船であり、揺れは相当激しかったに違いない。船体の左右のバランスを保つべく、乗員を左右均等に配置していたとしても、大波で急激に船体が大きく傾いてしまえば、船べりを掴んでいた手が離れ、乗員は左右どちらかに偏って移動してしまう危険性がある。実はグラスボートの場合、中央に海底を覗くためのスペースがあるため、結果的に人が突然片側に移動できないよう中央部で仕切られており、船体がバランスを崩す危険性も少ない。しかし、今回の船はそうした仕切りの無い、普通の小型船に過ぎなかったようだ。
つまり今回の船は波の状態によっては転覆する危険性が決して小さくはなかったと素人でも簡単に推測できるものであった。ならば、教師たちはせめて事前に生徒たちへ、イザという時に備えて最低でも上下ジャージ姿で乗り込ませる指導をとっておくべきだった。学校長の会見では海や船の事はよく分からないのですべて専門家=船長に判断を委ねていた、との発言があったが、教師としてあり得ない発言である。航空機の飛行に関してならば教師が責任を持てないのは分かるが、船の航行に関して教師がまったく分からない、では大人としての道理が通るまい。責任逃れも甚だしいのだ。
もちろん、当日の天候を踏まえれば、船長は万が一を考え、出航を諦めるか、より安全な航路に変更すべきだったに違いない。とはいえ、引率教師たちもまた転覆の危険性を予知し、少なくとも事前に生徒たちへ何らかの注意を促す程度の指導はできたはず。たとえば上下とも全員ジャージに着替えさせる、という厳し目に見える指導であっても、それが結果的には生徒たちに転覆の危険性を予め察知させ、お行儀の悪い一部の生徒たちによる船内での危険行為を予防することにも多少は役立つはずである(もちろん事故に遭った生徒たちはおそらく全員お行儀が良いのだろうが…)。
この事故、知床遊覧船のケースとは違って、船長や船を所有する団体などへ全責任を丸投げできる案件では決してない、と思うが、いかがか。
参考記事
〇同志社国際高校が校外活動の自粛を決定 辺野古転覆事故巡り 危機管理マニュアルに
多くの不備、京都府が要請 ABCTV NEWS 2026.4.28
京都府として当然の判断であるが、学校側のコメントには相変わらず事態の深刻さを理解できていない、酷く危機感の欠けたピンボケぶりが窺える。
…高校は27日、「全行事の点検及び再発防止策の策定が終わるまで校外活動を自粛する」と、保護者に連絡していたことがわかりました。高校は、校外活動をできる限り早く再開できるよう、努めたいとしています…
とのことだが、この学校が今、目指すべきことは断じて校外活動の再開などではあるまい。その言葉を口に出す前に取り組んでおくべきことは数多くあるはずだ。学校や教師たちの安全意識の緩みが一体、どんな理由で生じていたのか、原因の追究は厳格に行われるべきである。さらに校長や教師たちの責任を一体、どこまでどう問うていくのか、こちらも決しておざなりにできる課題ではあるまい。また二度とこのような事故を起こさない体制をこれからどう作っていくのか等々、学校が検討し、解決すべき課題は山積している。
最優先すべき生徒たちの安全確保を、第三者からすれば呆れるほどのレベルで蔑ろにした学校…この際、組織の膿を徹底的に絞り出す覚悟が学校法人側には求められている。ろくに生徒の命を守ろうともしなかった学校が校外学習再開、などという極めて不謹慎で余りにも暢気すぎる発言をして良い立場にあるわけがない。
◎辺野古転覆事故「リスク<教育目標」学校の重い罪
東洋経済オンライン 東洋経済education × ICT 2026.4.8
総論としては内田先生の指摘された通りである。論点が良く整理されていて大いに参考となる。ただしこの学校の体質には内田先生が指摘する以上のレベルで見過ごしできない、組織的問題があるように思えるのだが、いかがか。
修学旅行の引率、という職務に伴う責任の大きさに対する教師たちの考え、思いが余りにも浅過ぎるようで元教師としては唖然とするほかない。安全に対する学校側の事前指導にも大きな欠陥があったことはこれまでの報道内容から見てほぼ間違いないだろう。
生徒たちへの安全配慮に思いがほとんど至らない…生徒たちの命を預かっていることから生じるべき緊張感の欠片も感じられない…この教師集団が抱える組織としての病状は相当、深刻であると感じる。ただの油断、平和ボケ、という言い訳は決して通用しないはずだ。もしかすると学校全体が、既に解体的出直しを必要とする段階となっているのかもしれない。
〇<独自>私立高の修学旅行先、東日本18都道県で8都県が把握せず 平和学習に監督
が及ばず 産経新聞 2026.4.2
これはビックリする記事である。高校の修学旅行先の変遷は時代の流れ、流行も反映していて興味深いデータであろう。そのデータが公立高校に偏っている都道府県があるのは残念である。
かつて修学旅行先と言えば関東ではもっぱら京都、奈良であった。もちろん歴史学習を主眼とし、寺社の見学がメインであった。やがて教育困難校では歴史学習をメインにすることの難しさから次第に東北、長野などへのスキー体験を加えたものへと旅行先を変えていく学校が目立ち始めた。また困難校ではない高校も、京都・奈良方面に加えて大阪・神戸、特にUSJをコースに加える高校が増えていった。同時に奈良での宿泊を辞めてしまった学校も多くなった。
さらに修学旅行における飛行機の搭乗への制限が緩和されると、関東では2000年代から沖縄や九州への旅行が急速に増えていく。特に沖縄は困難校を含めて多くの高校が旅行先に選ぶようになった。
今後は私学の無償化が進み、多くの公立高校が淘汰されて私学が大幅に伸長する時代になると見られる。旅行の安全確保のためにも、修学旅行に関して都道府県はすべからく私学にもきちんとした報告(事前、事後とも)を求めていくべきだろう。
◎辺野古転覆事故】女子生徒死亡の同志社国際の保護者が怒りの告白 学校側の船長を
信頼の釈明に不信感 「学校と信頼関係が結べるのか心配です」
NEWSポストセブン 2026.3.31
…「去年の夏に学年主任と担任2人が沖縄に視察に行ったそうです。それなのに3人とも今回の船には乗らず、見てもいなかった。海上からの見学は2023年に始まり今回で4回目ですが、教員が(1日)2回の航行に同乗したのは2024年だけだったそうです。今回、引率した教員2人は波浪注意報が出ていたことも知らず、それで出航した。
先発した船に乗るはずの教員は24日の報道では『体調不良』とのことでしたが、25日の説明では『乗り物酔いするから乗らなかった』。後発の船に乗るはずの教員は乗らなくても大丈夫だと思ったから乗らなかった、と。仕事をする気がなかったとしか思えない」…
この学校の教員たちにはどうやら責任感の欠片も無さそうだ。次々と判明してくる教員の振る舞いには驚きを禁じ得ない。ただただあきれ果てるのみ。同じ教員とは思えないほどの無責任さであろう。おそらく修学旅行の下見に行った3人はタダで行けるラッキーな観光旅行としてひたすら旅行業者の接待を楽しんだだけではあるまいか。
徹底的にこの学校の教師集団における安全に対する取り組みの問題点を洗い出し、修学旅行や学校運営のみならず、教師採用のあり方(もしかすると同志社の卒業生に偏っているのでは…)まで根本から見直すべきであろう。低レベルの「馴れ合い」ほど組織を腐敗させるものは無いはずだ。
〇沖縄・辺野古沖 船転覆事故 過去にも教師乗船せず出航 テレ朝NEWS 2026.3.25
案の定、この学校は過去にも同じ過失を犯していた。おそらく生徒と乗船しないことが教師の職務放棄とほぼ変わらぬ極めて無責任な行いである、という共通認識すらここの教師集団内には存在していなかったということだ。大人としての良識の有無が疑われる、というほかあるまい。この学校の危険性に対する鈍感さ、無責任体質を育んできた教師文化には空恐ろしささえ、感じてしまうのだが、いかがか。
敢えて厳しい言い方をすれば、生徒たちの命を預かっている、という真摯な職務に対する恐ろしいほどの無知、慢心、怠惰がこの学校には浸透してしまっている…
今後はなぜこのような無責任体制がこの学校で存続しえたのか、しっかりと究明する必要があるだろう。そしてこの学校が自らの無責任体質を完全に改められる間、この学校の遠足、修学旅行は全面的に中断されるべきである。
とはいえ以下に列挙されている通り、日本の学校事故を省みる時、児童生徒の安全確保に対する配慮の欠落が日本の多くの学校で生じているような印象を受けるのは私だけではあるまい。だからこそ人権意識や防災意識、設備すら欠損だらけにもかかわらず、どの学校も平気で避難所を引き受け、結果的に避難民を苦しめてきた、受け入れ能力を度外視して多様性尊重のもと障がい者や外国人を普通の学校で無制限に受け入れてきた、津波に際しては大川小学校などの悲劇を生み出した、校庭に数えきれないほどのクギを放置してきた、批判をよそに人間ピラミッドによる死傷事故を平気で繰り返してきた…違うだろうか。
この事故が物語るのは日本の学校教育の綺麗ごとの裏に隠されてきた本質的なうさん臭さ、欺瞞そのものではあるまいか。そしてひたすら教育予算をケチってきた日本政治の本質的な貧困が学校教育の欺瞞、偽善性を生み出してきたのではあるまいか。
〇「辺野古沖の抗議船転覆に思う 市民団体と学校の安全意識」 東浩紀
Yahooニュース 2026.3/24(火) 17:30配信
確かに私もこの事故をきっかけにして沖縄における米軍基地への反発や平和学習自体を貶める発信が急増しているように感じている。そしてこの事故の本質は安全への配慮義務に欠けた団体と学校の問題にあり、東氏の指摘するように、反米基地闘争や平和学習全体を否定する材料に利用することは許されまい。それは事故から得られる教訓を捻じ曲げ、ひたすら政治利用せんとする扇動家のやり方である。
私としてはあくまでも元教師としての観点に立ち、このような学校事故が二度と起きないよう、重要な教訓をここから得たいと切に願っている。そのためにも学校側の安全意識の様相を深掘りしたい、という考えのもと、発信している。改めて言うまでもないことだが、沖縄の米軍基地問題は現在においても極めて深刻であり、未解決の部分もまだまだ大きい。また沖縄戦の悲惨さから私たちが学ぶべきことは多く、沖縄修学旅行に平和学習を取り入れるのは高校教育の一環としてごく当然の内容ともいえる。以上の点はこの件をめぐる議論の前提として決して見誤ってはなるまい。
◎引率教員の不在は体調不良のため 他の教員も代理で乗船せず 同志社国際高が釈
明 産経新聞 2026/3/24
代理だから乗船せず、というのは何一つ釈明にはなるまい。代理だろうが何だろうが、引率教員が生徒たちと乗船することはマストである。自分たちだけ安全な場所にいて、生徒たちばかりを危険な目に遭わせてしまった責任は余りにも重大。
あらかじめ決められていた教員がなぜ二人も同時に体調不良になってしまったのか、代理の教師たちはなぜ乗船しなかったのか…元教師からすればかえって強い疑念と不信感が次々と湧いてくる。
仮にやむを得ない理由があって教師たちが乗船できないのであるならば、波浪注意報が出ていた状況を踏まえて生徒たちだけの乗船を中止する、といった大人としての判断も十分有りえたはずである。生徒の命に係わる重大な判断を安易に船長らに丸投げする…といういい加減なレベルで教員らが判断をしたとするならば、彼らも校長と同様、教師として、大人としてまともな責任感があるとは思えない。
やはりこの学校、教員集団、どこかが狂っているに違いない。もしかするとこのコースを始めた時から現在に至るまでの間に、教師が乗船しなかったケースが複数存在していたかもしれない。また旅行前、このコースの下見を繰り返し、教師たちはしてきたはず。下見の際、教師たちは乗船したのか、乗船したとすればどのような報告が引率教師らに提供されてきたのか…早急にその実態を過去にまで遡って調べ、保護者たちに納得できるような、具体的かつ詳細な説明を学校側は行うべきだろう。
学校側は事故現場で誰がどのような判断をしたのか、判断の根拠も含めて詳細に説明する必要がある。とすれば保護者への説明会ではもはや校長だけではなく、引率教師たちによる釈明も求められるべきだと私は思う。
◎「平和丸」船長の男性、記者の呼びかけに応じず 辺野古沖転覆で11管が実況見分
産経新聞 2026.3.22
この件に関する報道のあり方にやや違和感を覚える。もちろん船の運航に関わった団体の責任は極めて重大であり、報道各社が責任追及を続けること自体はマスコミとして当然のことではある。しかし、高校側の安全に対する認識の甘さにも、もっと鋭い追及が行われてしかるべきではないのか。
加えて学校が沖縄での平和学習を重視していることに疑問を持ち、批判する文脈での発信も目立っている。特に辺野古への基地移転を反対する勢力への攻撃材料としてこの件が利用されている傾向には危うさを感じる。
この件で学校関係者が重点を置くべきなのは、この件の教訓を生かして同じような事故の発生を未然に防ぐことだろう。今後の修学旅行のあり方を考える上でも、元教師の私としてはそこに徹底的にこだわりたい。
なぜ、教員は生徒と一緒に船に乗らなかったのか、7つのコースにどのような教員を引率者として配置したのか、事前の引率計画はどのようなものだったのか、旅行団のトップは計画に対してどのような点検を事前におこなっていたのか…学校関係者として知りたいことは山ほどあるのだが…私の疑問に答えてくれるような報道がいまだになされていないように見えるのは極めて残念である。
◎辺野古転覆 学校側の甘い安全対策浮き彫り 船長任せ、教員乗船せず、「抗議船」説
明なく 産経新聞 2026.3.20
平和学習の内容に関する疑義は確かにあるが、ここでは詳細な内容や意図、事前学習からの流れが不明なので言及しない。ただし抗議船に乗ることと平和学習とは必ずしも直結しないし、平和学習という高尚な目的の陰で慎重に慎重を重ねるべき安全への配慮が教師側に欠けていたことはもはや疑いようがあるまい。
平和学習の具体的内容をしっかりと把握できていない校長の釈明会見は、どこか漠然とした言い訳ばかりで、他人事のようにしか聞こえてこなかった。結局は管理職として安全への配慮が大きく欠落していた、という印象だけしか伝わらなかった。これでは事故の原因究明と再発防止に役立つ具体的な情報が余りにも少ない。
今後は引率教員の責任者が事前にどのような安全確認をしていたのか、詳しい報告が必要とされてくるに違いない。なぜ小舟への乗船という安全への配慮を要するコースに38人もの生徒を割り当ててしまったのか、なぜ、たった2人の教員しか引率させなかったのか、なぜ、教員は乗船しなかったのか、教員の配置の決定、役割分担はどのような考えのもとに決定されたのか、旅行団の団長(副校長?)及び学年主任はどこまでこのコースの内容を把握していたのか、安全への配慮を教師たちへどこまで求めていたのか、特に乗船組の引率を任された2人の教員のおよその年齢と性別、水泳能力の有無についても学校側はしっかりと隠すことなく公表すべきだろう。
◎修学旅行に絡む児童生徒死亡、20年間で全国で計22件 同志社国際高マニュアルの不
備は 産経新聞 2026.3.24
高校側のマニュアルがどのようなものであり、なぜ、教員が生徒たちと一緒に乗船しなかったのか、等が報道を通じて詳細に明らかとされない限り、この事故は今後の教訓とされることなく、瞬く間に忘れ去られてしまうだろう。そして残念ながら高校側の修学旅行における安全確保に関わるマニュアルは私の知る限りいまだに報道されていない。なぜ、学校事故の教訓がこれまで生かされてこなかったのか、その理由がこうした表層的報道のあり方や学校側の自己弁護的、自閉的姿勢にも見え隠れしているのだろう。
…医療費や見舞金が給付される「災害共済給付制度」。この制度を運営するJSCのデータベースによると、平成17年~令和6年度に学校行事中の事故で死亡見舞金を支払った事例は計87件あり、このうち修学旅行は計22件…と記事にある。JSCという組織のデータ(日本スポーツ振興センター「学校等の管理下における死亡見舞金の状況」)を参照しなければ、学校教育下での死亡事故の統計はほぼほぼ確認できない点にまず大きな問題があるだろう。つまり、報道側や学校側が自らの手でよほど積極的に学校事故の事例や統計を探さない限り、事故の教訓を学ぶことは出来ないのである。ここには厚生労働省と文科省と縦割り行政の弊害もあるのかもしれない。
「校庭に放置されるクギ」問題や「人間ピラミッド」問題などがこれまで長らく放置されてきた背景にも、学校事故の統計や事例集が多くの教師たちにしっかりと共有されてこなかった、同じような構造があると私は感じている。
このような状況下では、修学旅行などの学校行事における安全マニュアルが漠然としたものになりがちなのは当然である。具体的な事故の事例と統計が示されないままでの抽象的な注意点の羅列が説得力をもつはずはない。
沖縄ではカヤックなどでマングローブの湿地帯を見て回る体験学習が人気となっている。波のほぼ無い浅瀬が多く、命の危険まではあまり無いだろうが、それでもカヤックの漕ぎ方や転覆した際の対応などは業者から事前にそれなりの時間をかけて指導されている。当然、救命胴衣は必須である。修学旅行におけるカヤックの死亡事故はこれまで報告されたことはあるのだろうか。おそらく無いはずだ。
マリン体験は沖縄修学旅行においてこれまでも生徒たちにとって大人気コースとなっており、それだけに学校側は安全確保に対して細心の注意を払ってきたはずである。業者側もそれなりの事故事例と教訓を共有してきたに違いない。
今回はそうした観光業者ではない団体が、安全性に大きな問題のある小舟で、しかも波浪注意報の出ている外洋に出てしまっている。加えて元教師としては驚き呆れることだが、教員が一人も乗船していない。
これほど杜撰なコースを学校側は何ら疑問を持たずに設定し、何年もの間見直すことも無く漫然と繰り返してきた…そのこと自体がそもそも常識的な安全マニュアルから完全に外れている、余りにも非常識で無責任な行為であることはもはや疑いようが無い。これは生徒の安全確保を最優先すべき学校としてあるまじき大失態である。
ならばなおさら学校側の安全への配慮を欠いたコース設定は、その意思決定の経緯の詳細を含めて公開されるべきである。そして多くの学校の教訓となるよう、その情報はしっかりと共有され、末永く記憶されていくべきではないのか。
◎小中高校の死亡事故456件、7割が国に未報告…文科省が指針改定で学校の調査
対象や方法を明示 読売新聞 によるストーリー 2024.2.27
○小中高校での死亡事故報告が不徹底、盛山文科相「改善が望まれる」…今年度内に
指針改定へ 読売新聞 によるストーリー 2024.2.27
悲惨な学校事故がなぜこうも繰り返されるのか、これまで幾度も疑問が呈されてきたが、その都度、教育委員会や校長から事故発生の原因究明と再発防止に努める、との聞き飽きた形式的な声明が打ち出されてきただけ。
今回、その背景はいまだボンヤリとしているが、しかし学校教育の闇の奥がわずかながら透けて見えてくるような衝撃の事実が判明したようだ。
死亡事故ですらそのほとんどが国に報告されておらず、事故防止の教訓が学校現場で広く共有されることすらなかった…尊い命の犠牲が長きにわたってほとんど学校現場に生かされることなく徒に埋もれてきた…この事実が何を意味するのか、誰しもが考えれば考えるほど学校、教育行政側の対応に見られるあまりの無責任さ、杜撰さに怒りは収まらなくなるに違いない。
記事では学校の忙しさが未報告の理由に挙げられているが、この件に限ってはその手は通じないだろう。間違いなく学校業務の優先順位の第一位は児童生徒の安全確保であり、その命を守ることである。まして死亡事故ならば文科省への報告が必須となるのはもはや疑問の余地無し。また当然のことながら学校教育には死亡事故がつきもの、といった時代遅れで無責任極まる野蛮な認識は今時、世間の共感を得られるものではない。
通常、学校での事故による児童生徒のケガが発生した場合、関係するクラス担任や顧問などの教師は学校保健の手続きのために、事故の発生場所、日時、状況、経緯、考えられる主な原因…などを所定の用紙に記入して保健室へ提出するように義務付けられている。私としてはその後、用紙は学校保健の手続きだけにとどまらず、コピーされて関係部署に送られ、学校事故の統計などの資料に有効活用されているものと考えていた。
もちろん学校保健上での全国的統計はこれまでもなされていただろうが、同時に事故の多い体育の授業や運動部の指導、体育祭などにそのデータは事故再発防止のためにしっかりと活用されているものとこれまで思い込んできたのだ。
一体何のための書類作成だったのか…完全に裏切られた気分である。
体育祭などでの人間ピラミッド、騎馬戦、特定の部活や体育の種目でなぜこうも執拗に重大なケガや死亡事故が繰り返されてきたのか、その反省が十分に生かされてこなかった理由の一端はこれでハッキリと示されただろう。冷静に振り返れば確かにこれまでの学校現場では事故発生の状況や原因についてのまともなデータが完全に不足しており、教師間でのデータの共有はほとんど無かったといって良い。もちろん当事者であった自分の認識の甘さ、迂闊さは遅ればせながら深く反省すべきである。
一般教職員、さらには教育委員会や学校管理職にある者たちの児童生徒の命、安全に対する認識と関心の欠如がまずは指摘されよう。さらには学校側の落ち度を探られないよう、事故発生の本質的要因を探られないようにするための姑息な隠蔽体質が学校教育村の隅々まで蔓延している…ということに改めて気付かされる。
こうした教育行政の古くて閉鎖的な体質が他方で学校でのイジメをもはびこらせ、教師による暴言、体罰、シゴキを温存させ、終いには組織ぐるみでの事件の隠蔽をはびこらせてしまった大きな要因なのはもはや疑いようもあるまい。







