㊷高校社会科における授業評価アンケートの試案

 

はじめに

 自身の授業を受講する生徒たちに年度末、アンケートを用いて授業の評価をしてもらっている教師は少なくあるまい。しかし本来は各学校、各教科である程度まで統一した用紙を用いて生徒たちによる本格的な授業評価を年に二回程度、所属する教師全員に対して行うべきである。当然、目の前の教師を評価することに抵抗を覚える生徒がいるだろうから、調査のタイミングは授業が無くなった学期末が適切であろう。学校全体で授業評価週間を設けて十分な時間をとり、クラス担任や副担任を中心にしっかりと取り組ませるのが理想だろうか。

 おそらく年度末は様々な業務が集中するので調査のタイミングとしては夏休み前と冬休み前がベストだろう。すなわち年に二回、実施することで教師各自の授業改善に資するようにしたいものだ。生徒たちには先生方の授業がより楽しく、分かりやすく、役立つものになるよう、生徒たちの誠実な協力を求める…といった内容で調査の目的をアンケート用紙の前書きに示しておくべきだろう。

 ただし教科によってはどうしても質問項目を変えるべきケースが出てくるだろうから、ここではあくまで高校社会科の授業評価にかんする調査案を示すにとどめる。なお調査結果の利用上の注意点は終わりの方で触れることにしたい。

 

・調査内容のポイント~観点別評価の具体例~

 授業評価はまず普通の通知表と同じく観点別評価が最適であると考える。授業評価の観点は私の独断と偏見に基づき、大きく三つに分けて論じてみたい。

 年間を通じて授業が「楽しい・面白い」、「分かりやすい」、「役に立つ」という三条件をほぼ満たすものならば生徒の授業満足度は間違いなく高いに違いないと考えるが、いかがだろう。特に「楽しい・面白い」は授業成立のための必須条件であり、加えて残りの観点の内、一つでもプラスに評価できれば十分合格点とみなすべきではないか。もちろん三つの観点はどれも重要なのだが、必ずしも一つの授業で三つの条件をすべて満たすほどの必要は無いと考える。面白くて分かりやすい、ないしは面白くて役に立つならば好ましい授業として十分、及第点と見なしたい。

 一つ目の「楽しい・面白い」とはお笑い芸人のような、絶妙な「しゃべくり」のテクニックや話の面白さへの評価ではなく、あくまでも授業実践者としての評価観点であるべき。したがって生徒には授業中の余談の面白さを一切、評価の対象としない旨を調査の際には予め徹底させたい。ここではあくまでも授業内容と展開の仕方に評価対象を絞り込むべきである。

 「楽しい・面白い」の観点には授業のテーマやネタ、資料自体の斬新さ、ユニークさ、面白さが含まれる。教科書的なテーマや陳腐な資料を用いたありきたりの展開よりも、意外性のある切り口で問題の本質に深く、多角的に迫れるような、独自の資料を用いたユニークさのある授業こそ、他の教師からも高く評価されるべきだろう。そうした授業はそれだけで生徒の興味関心を強くひきつけるため、評価点を高めに設定したいものである。さらに今、話題になっている事象とうまく関連付けて展開することも生徒の興味をひく上で好ましいだろう。

 「楽しい・面白い」は生徒の授業への参加度を高める上で大切である。逆に生徒にとって授業への参加度の高い展開は授業の満足度をかなり高めるだろう。生徒の多くはひたすら先生の話を聞くだけの、受け身を強いる一斉講義形式の授業を嫌う。受け身の授業ばかりでは誰であっても一定の集中力を保つことすら難しいのだ。逆に自分なりの意見表明の機会を数多く設けた参加度の高い授業は生徒の主体性を引き出し、自己表現欲求も満たされる点で授業の「楽しさ」「満足度」が倍増してくるだろう。

 生徒から意見を活発に引き出すための雰囲気作りも大切である。そのためには教師や生徒たちが少数意見を軽視しないことに加え、対話的議論を通じて多様な意見を引き出す教師側の様々な工夫が欠かせない。また生徒に知識ばかりを問う発問を繰り返していると一部の生徒しか発言しなくなるだろう。多くの生徒が自ら考えたくなるような、刺激的で良質の発問が出来るかどうか、がこの観点での授業の成否を決すると言っても過言ではない。なお引っ込み思案の生徒からも次々と意見を引き出すには予め綿密に設計されたアンケートを用いることがきわめて有効となる。

 もちろん授業中、適宜、討論やアンケートを用いる展開は教師側に多くの工夫と努力を強いる。しかし様々な観点から見て極めて有効な取り組みであるのは経験上、確かである。実際、この評価観点は今後、一層推奨されていくと思われ、とりわけ配点を高くして評価すべきものと私は考える。

 「楽しい・面白い」授業は生徒たちの印象や記憶に残りやすいはず。したがって記憶に強く残った一コマ分の授業のテーマを生徒たちがどれだけの数、覚えていて記述できるのかも重要な指標となるだろう。4単位の講座で夏休み前と冬休み前に調査を実施するならば、それぞれ記憶に残った授業のテーマをクラス平均で5つ以上、挙げられればその授業はおそらく大成功の部類に入るはず。3つから4つならばそこそこの成功と言えるだろう。しかし2つ以下は残念ながら授業の面白さに多少の問題ありと見なして良いだろう。授業評価アンケートの結果が概して良好であったとしても、生徒の記憶に残らないのならばそもそも授業としてはほぼ効果なしと判断されてしまいかねない。いくつ授業テーマを思い出せるかは重視したい評価ポイントとなるはず。

 強く印象に残る授業では概してネタに対する驚きや感動が多くの生徒たちに見られる。感情を強く揺さぶられるネタ、意表を突く驚きのネタは授業の「面白さ」に直結するだろう。そうしたネタを探すのは実際、簡単ではなく、ベテランでも大いに苦労する。ぜひともこの点は高く評価すべきだろう。

 授業の「分かりやすさ」もいくつかの観点から評価したい項目。まずは教師の言葉遣いや難解な用語の解説が丁寧であることは「分かりやすさ」の重要な条件となる。また抽象的な事象や複雑な事柄を絶妙で具体的なたとえ話に置き換えて説明する能力も問われてくるだろう。当然、プロジェクターなどの視聴覚機器を適宜用い、文字資料に偏りがちな社会事象の説明を効果的に補う様々な工夫・努力は欠かせない。

 生徒一人一人の実態に合った学習を可能とする工夫は「分かりやすさ」において特に大切となる。つまり個別最適化学習の機会が頻繁に設けられているか否かが問題。これは「面白さ・楽しさ」と重複するが、授業中のアンケートの設問次第では個々の生徒の理解度をある程度まで探ることが出来る。また対話的議論の積み重ねと自説補強のための調べ学習によって他者と自分の考えとを徐々に整理できるようになることも生徒にとって十分「分かりやすさ」につながる。

 「役に立つ」とはもちろん授業内容が今すぐに役立つ、ということばかりではあるまい。今すぐに役立つとは限らないが、少なくとも生徒たちの近い将来に向けて役立つかもしれない情報を効果的に提供する義務が教師にはあるだろう。特に進学や就職関係の詳細な情報提供は政治経済の授業では必須となるはず。また学生として、労働者として、家庭人として、児童生徒の保護者として今後、いずれは必要とされるだろう心構えや知識は特定の教科や科目を超えて繰り返し、授業で取り扱うべきものである。私が社会科授業のネタとして心理学や学校教育、労働者の権利、少子高齢化、差別などの問題を重視しているのも、この点と深く関わっている。

 さらにグローバル化が進む現在、日本文化の特色と欧米との違い、地球環境問題や国際的な紛争などを知ることは切実に必要とされているだろう。ただしこの分野は教科書的に扱うとあまりにも網羅的となってしまい、深い思考力を養うことも、インパクトのある面白い展開に持ち込むことも難しくなるに違いない。この分野は欲張らずに特定のテーマに絞り込んで掘り下げていく、事例研究的な展開を志すべきだと考えるが、いかがだろう。

 ※参考記事

  ◎Z世代が選んだ「将来役に立たないと思う教科トップ10」 3位「理科」、2位「図

   画工作」、1位は? J-CASTニュース の意見 2024.4.9

   8位の道徳よりもはるかに役に立たない教科として社会科が4位に評価されている点に現在の授業

   内容と授業方法の致命的な欠陥が現れているのだろう。ただの暗記学習にとどまっている限り、

   社会科の授業は児童生徒にとって苦痛でしかあるまい。記事を読ませて授業で議論させると面白

   いだろう。

 

・調査方法と統計処理のポイント

 教科ごとのアンケートに答える生徒の負担を軽減するためには短時間で終えられる記号選択式を多くすると良いだろう。一番、簡単に答えられるのはおそらく各設問に対して「ア.とてもそう思う」、「イ.どちらかと言えばそう思う」、「ウ.どちらかと言えばそう思わない」、「エ.まったくそう思わない」の四択とし、アを選択していれば4点、イは2点、ウは1点、エは0点といったように、後で表計算ソフトを用いてすぐに点数化できるようにしておくと助かるだろう。

※評価点は抵抗感の強い減点方式ではなく、できるだけ加点方式にしたい。また「ア.とてもそう思う」 

 と平均点に近い印象がある「イ.どちらかと言えばそう思う」とは評価として明らかに大きな差がある

 と考えるので「ア」は「3点」ではなく、敢えて「4点」としてみた。この方が生徒の実感により近い

 結果となるように思う。

 「どちらとも言えない」を選択肢に入れてしまうとあまり真剣に考えずにそれを選択してしまう生徒が多くなりがちなので、折角調査しても教師にとってイマイチ授業改善には役立たなくなる危険性がある。異論はあるだろうが、そうした観点から「どちらとも言えない」を予め選択肢から排除した方が良いと個人的には考える。

 印象に残っている授業のテーマ数の場合、5つ以上記述できた場合は4点、3~4は2点、1~2は1点、0は0点くらいが妥当ではあるまいか。

 なおアンケートの最後は自由記述で授業の感想や授業への注文などを書かせておくと一層丁寧で有意義なものとなるだろう。

 統計処理はまず講座ごとのアンケート回答者数の確認に加え、教師個人における設問ごとの総得点を出し、さらに「面白い・楽しい」、「分かりやすい」、「役立つ」の三つの観点ごとの総得点、全体の総得点も算出しておく。ここまでは授業担当教師の仕事。社会科主任は各教師から集計結果を提出してもらい、社会科教師全員の集計を出す。そして教科全体および科目別の総得点の平均値、それぞれの観点別得点の平均値、設問ごとの平均値を出しておき、結果を表およびグラフ化して社会科教師たちに配布すると非常に分かりやすいだろう。この程度のものでも教師の授業改善には十分役立つに違いない。

 社会科教師の数が少ない定時制のような学校ではここまでで十分であるが、5人以上いるような規模の学校ならば、参考のために最高得点の教師の授業参観を後日、他の社会科教師に奨励するのは今後のために良い試みとなるだろう。

 

・アンケートでの設問例

 回答する生徒の負担と集計・分析する教師の負担を軽減すべく、設問数を出来る限り絞り込む必要があるので、まず回答に要する時間を20~25分程度にして設問数を少なめにしてみた。回答に際してはあまり深く考えずに素早く直観的に答えるべき旨を予め周知させておくと生徒たちの率直な意見が反映されやすいかもしれない。

①「楽しい・面白い」に関わる四択の設問群

 良い意味で強く印象に残る授業が多い

 多くの授業に教師の工夫やアイディアの良さが感じられる

 視聴覚教材や独自教材を適宜、活用して面白さ、分かりやすさに努めている

 プリントなどで独自の資料を使ってタイムリーな話題を扱っている

 対話的討論を通じて生徒たちの意見表明の機会を数多く用意している

 要所でアンケートを用いて大人しい生徒の意見も汲み上げている

 ネット検索などを通じて調べ学習の機会を数多く設けている

 特定の考え、価値観を押し付けてはいない

 多様な見方、考え方を紹介してくれる

  ※太字は他の観点とも深く関わるので倍の配点としても良いだろう。また学校やクラスの特性に応

   じて各設問の配点を微妙に変えることも検討すべきだろう。

②「楽しい・面白い」に関わる記述式設問

 「これまで印象に残っている授業一コマ分のテーマをできるだけ数多く挙げてみて

 下さい。テーマは例で挙げたように簡略な記述で構いません。」

  回答例:「錯視体験」「ブラック校則問題」「イジメ事件の隠蔽」…

③「分かりやすい」に関わる四択の設問群

 説明が丁寧であり、分かりやすい

 たとえ話や身近な具体例が適切に示されるので分かりやすい

 しっかりと問題を理解し、自分で考える時間が十分に用意されている

 本当に生徒が理解できているのか、様々な手段を用いて確認している

④「役に立つ」に関わる四択の設問群

 自分の将来の進路を決めていく上で役立つ知識、考え方を学べている

 家庭人として、労働者として、地域社会の一員として今後生きていく上で役立つ知

  識、考え方を学べている

 国際社会の中で日本人として今後生きていく上で必要とされる知識、考え方を学べ

  ている

 日本社会が今後、どうあるべきかを考える上で役立つ知識、考え方を学べている

 国際社会が今後、どうあるべきかを考える上で役立つ知識、考え方を学べている

 

・調査の実施と結果の利用に際して

 以上、私が提案した授業評価アンケートはあくまでも教師集団による自主的研修の一環に位置づけて実施されるべきものであり、管理職や教育委員会などから強制されて行うべきものではない。またこれを本格的に実施するには幾つかの厳しい条件をクリア出来ていなければならない。特に教師の職務精選が断行され、部活動等の負担が完全に地域社会に移行されていることがまず、最低限の前提条件となる。

 授業こそが教師の本分、との共通認識が成立していないような現状のブラック化した多くの高校ではこうした取り組みはむしろ教師の負担を増やすだけで逆効果を生じかねないだろう。さらに学校が行っている無意味な研修や目標申告などを徹底的に無くことを通じて各教科でのアンケートがしっかりと実施可能になる程度まで、学期末の時間的余裕が確保できることも実施上、不可欠の前提条件となる。

 またこのアンケート案が教師の職務軽減を伴わない中で管理職の得点稼ぎや教員管理の手段として悪用されることは決してあってはなるまい。

 もちろんアンケート結果は教師の授業改善に資することが唯一の狙いであり、特に教師の人事などに影響を与えることも絶対にあってはならない。繰り返しになるが調査結果が管理職や教育委員会に悪用されないよう、結果の取り扱いには十分留意すべきである。

 

 というわけで実際には残念至極ではあるが、今のところ社会科全体でこの調査を実行に移すのは多くの高校では無理であり、百害あって一利なし。明らかに時期尚早だと私は考えている。そこで当分の間、授業改善に熱心な教師が個人的に参考にしてもらえれば幸い…という思いでとりあえずこのプランを示してみた次第である。

 くどいようだが何より急ぐべき改革が教師の職務軽減であることは論をまたない。