§6.125.市原における石造物の聖地その2
今回は高坂の石造物を見ていきます。高坂の集落には昔ながらの道が残っていて要所要所に江戸時代の石造物が残されております。歴史的農業環境システムの比較図で右側下にある玉前神社からスタートしましょう。神社は近年、焼失してしまったのでしょうか、新しく再建されております。写真は再建前のものですので現在の様子とはかなり異なっている点はご承知おきください。
神社から少し坂を上って左手、高坂の集落に入る道の左手のお堂に地蔵が祀られています。玉子型の長円形の整ったお顔は享保時代の典型です。18世紀後半に入りますと倒壊して頭が落ちてしまうのを避けるためなのか、心持ち首が太くなるなどやや寸胴なスタイルが目立ってきます。
高坂の集落内に頭の落ちてしまった地蔵と廻国塔が祀られています。廻国塔供養塔とありますが、墓石ではなく、高坂の人が六十六か国の廻国を成就した記念に建てた石塔であると考えられます。路傍に建てられており、この道が多くの巡礼者の行き交う道であったことが推察できるでしょう。
路傍に祀られた文字塔の馬頭観音:文化12年(1815)
民家の中に入るかのような道に入っていくと庚申塔などが祀られています。
集落から北東方向、二車線の道路に向かうと薬王寺(新四国八十八か所の二十三番)の近くに出ます。
市内の真言宗寺院によく見られる角柱宝塔型の宝篋印塔です。基壇を階段状に複数設けて高層化させていますので、かなり重厚感があります。
安須は道の駅近くに鎌倉街道上総道も通っていて安須や高坂近くの浅井小向、相川、光風台のある中高根、上高根地区にも数多くの見どころがあり、非常に興味深い地域です。この一帯はできれば時間をかけて丹念に見て回りたい、市内でも有数の素晴らしい歴史散策コースですので、興味のある方はぜひ散策してみて下さい。