グリーン車の幅の広いゆったりとした席から窓の外を眺めると、住宅街が広がっている。

 

 

 

J君はいつも私を窓側に座らせてくれる。

 

 

 

 

電柱と電柱の間に張られている黒の電線が何本も目に入る。ここから見える町は、私にとっては新幹線が通り過ぎるときに中から見ているだけの場所。だけど窓の向こう側には数えきれないほどの家々が立ち並び、その一つ一つの家には暮らしている人がいて、それぞれの生活がある。

 

 

 

スピーディに進む新幹線から見ると無機質な建物に見えるけれど、その中にはその家族にしかない温もりがあるのだろう。ボーっと外を眺めながら、そんな考えが頭に浮かんだ。

 

 

 

 

アスカ)

「あっ、そういえば」

 

 

 

「実は、J君に渡したい物があるの」

 

 

 

 

J君のお客様の話を聞いて急に思い出した。J君のために準備していた贈り物。話に夢中になってすっかり忘れていた。サプライズのつもりでウキウキしながら購入していた。J君が好きなブランドのネクタイ。

 

 

 

 

J君)

「え!」

 

 

 

「何だろう」

 

 

 

 

アスカ)

「じゃあ、当ててみて?」

 

 

 

 

いつもと同じように「当ててみて」という言葉が不意に出た。

 

 

 

J君と会話しているときにJ君に対して「当ててみて」と問いかけることが私はいつも好きだった。

 

 

 

 

「昨日、私が何を食べたか当ててみて!」

「私が休日にどこに行ったのか当ててみて!」

「私が仕事で何を褒められたか当ててみて!」

 

 

 

 

会っているときも電話でも、こんな会話が楽しかった。

 

 

 

 

聞かれたJ君はじっくり考えて答えようとしてくれる。だけどいつも外れる。なかなか当たらない。J君は私が予想もしなかった答えを言って二人で笑うことが何度もあった。

 

 

 

こうして問うことで、J君が私のことを少しでも考えようとしてくれるわずかな時間がいつも幸せなのだ。

 

 

 

 

J君に私のことを少しでも多く知ってほしいし考えてほしくて、この質問をいつもしていたのかもしれない。

 

 

 

 

だが新幹線の帰り道では、全く楽しい気持ちではない。それでも、いつもと同じ言葉が癖のように出てしまった。

 

 

 

 

J君)

「なんだろう・・・」

 

 

 

「そうだなぁ」

 

 

 

「どこかに行ったお土産とか?」

 

 

 

 

アスカ)

「ブー」

 

 

 

「違います」

 

 

 

「もう一回だけ回答のチャンスをあげる」

 

 

 

「当ててみて」

 

 

 

 

心が砂漠のようにカラカラで潤っていないのに、いつもと同じフレーズを機械的に繰り返した。

 

 

 

 

J君)

「うーん」

 

 

 

「下着とか?」

 

 

 

J君はお客様に下着やハンカチなどの日用品をよくもらうと教えてくれた。だからこう言ったのだろう。

 

 

 

アスカ)

「ブー」

 

 

 

「違います」

 

 

 

「降参ね?」

 

 

 

J君)

「うん、分からない」

 

 

 

「降参する!」

 

 

 

 

これもいつも通りの会話だ。

 

 

 

 

 

荷物を置いた上の棚からJ君に鞄を取ってもらう。

 

 

 

デパートで店員さんが綺麗に包装してくれた。高級そうな紙のバッグにも入れてくれた。だが鞄の中に押し込むように仕舞っていたために、どちらも紙が寄れてシワになっている。

 

 

 

表側に飾られた青いリボンは可愛いのだが、右上の包装紙が少し破れている。

 

 

 

 

アスカ)

「これ、J君へのプレゼント」

 

 

 

 

J君)

「え、俺にプレゼント用意してくれたの?」

 

 

 

 

アスカ)

「うん」

 

 

 

「前回、J君が私のためにお花を選んでくれて、誕生日プレゼントもすごく嬉しかったから」

 

 

 

 

「お家に帰ってから感動したの。だから私の気持ちを伝えたくて」

 

 

 

この気持ちは本当だったが、購入したときにはまだ「仕事10点」のことは知らなかった。だからルンルンしながら選んだネクタイだ。

 

 

 

今もJ君に前回の贈り物に対して感謝の気持ちがないわけではないが、昨日から様々な思いが入り混じってしまっている。何とも言えない気持ちだ。

 

 

 

 

サプライズで驚かせたい楽しみや、ドキドキは全くない。心は空っぽ。

 

 

 

 

アスカ)

「いつもありがとう」

 

 

 

パリッとしているはずだった紙袋を渡す。

 

 

 

J君)

「おー!」

 

 

 

「アスカちゃん、ありがとう!」

 

 

 

「いつもアスカちゃんは俺のことを考えてくれて嬉しいよ」

 

 

 

「開けていい?」

 

 

 

アスカ)

「うん」

 

 

「J君が気に入ってくれるか不安だったけど、似合いそうな柄を選んだの」

 

 

 

「どうかな」

 

 

 

J君は慣れた手つきで包装紙を開いていく。

 

 

 

J君)

「おー!」

 

 

 

「すごい!」

 

 

 

「かっこいい!」

 

 

 

「俺、こういうの好きなんだよね!」

 

 

 

「渋くていいね!」

 

 

 

 

アスカ)

「喜んでもらえて良かった」

 

 

 

「私なりにJ君に似合うと思って選んだから」

 

 

 

「クールで素敵な色と柄よね」

 

 

 

J君)

「うん!」

 

 

 

「すごくいい!」

 

 

 

「この色、どんなスーツにも合うし」

 

 

 

「会社にも着けていくね!」

 

 

 

「アスカちゃんは俺の好みとか分かってくれてさすがだよ」

 

 

 

 

嬉しそうな表情を見せてくれてホッとした。でも褒められても素直に喜べない。

 

 

 

こんな会話をしながら、さきほどの話が思い出された。J君からお誕生日のプレゼントを受け取って、泣いたお客様のこと。

 

 

 

 

アスカ)

「そう言ってくれて嬉しいけど、J君の好みが分かるお客様もきっといるでしょう?」

 

 

 

「さっきのお客様も、きっとJ君にもプレゼントしたでしょう?」

 

 

 

「色々なお客様がプレゼントするから、いつも嬉しいんじゃない?」

 

 

 

J君)

「もちろん、プレゼントをもらうこともあるし俺のために選んでくれるお客様の気持ちは嬉しいよ」

 

 

 

「でも、アスカちゃんだけは違うんだよね」

 

 

 

「俺の本当に欲しいものや好みを分かってくれているというか」

 

 

 

「やっぱり俺たち信頼関係があるから、お互いのことをよく分かってるでしょ?」

 

 

 

「だからアスカちゃんが選んでくれたものが一番嬉しいよ」

 

 

 

 

アスカ)

(信頼関係・・・)

 

 

 

J君)

「さっきのお客様だって、俺の本音なんてほとんど知らないから」

 

 

 

 

「俺、普段は自分のことをあまり話さないしね」

 

 

 

 

「本当のことなんてほとんど言わないよ」

 

 

 

 

「色々な気持ちを素直に話しているのはアスカちゃんだけだから」

 

 

 

そういうと、J君はニコニコしながら新品のネクタイを綺麗に箱の中にしまった。

 

 

 

 

成功したサプライズに対して、心は何も動かなかった。

 

 

 

突然のプレゼントをしたことで、もう一つ、準備していたプライズを思い出した。

 

 

 

著名なセミナー講師の講座に参加した話をして、J君を驚かせようとしていたのだ。

 

 

 

 

 

アスカ)

「そういえば、もう一つ、J君をビックリさせたいことがあるの」

 

 

 

J君)

「えっ!何?」

 

 

 

アスカ)

「J君、本も書いている○○さんという講師を知っているよね?」

 

 

 

J君)

「うん、もちろん知ってるよ」

 

 

 

「最近もネットでその人の記事を読んだよ」

 

 

 

 

アスカ)

「私ね、○○さんのセミナーに参加したの」

 

 

 

J君)

「おーーーーーーー!」

 

 

 

「それはすごい!!!!!」

 

 

 

 

「すごすぎる!!!!!!」

 

 

 

「きっと高かったよね?」

 

 

 

「ネットで講座の案内を見たことがあるけれど、高額だった気がする」

 

 

 

アスカ)

「そう、すごく高かった」

 

 

 

「でも、思いきって申し込んで参加したの」

 

 

 

 

J君)

「すごい!!!」

 

 

 

「どうだった?」

 

 

 

 

アスカ)

「ビジネスの心構えや夢を叶える方法を聞くことができたよ」

 

 

 

 

全国から参加者が集まるほど著名な人気講師だ。

 

 

 

 

このセミナーの話がきっかけとなって、J君から「仕事10点」の言葉を聞くことになったとは言えなかった。伝えてはならないような気がした。

 

 

 

J君)

「具体的に、どんな話があった?」

 

 

 

 

セミナーの90分間で聞いた話の重要な部分を、端的に説明した。

 

 

 

 

J君)

「どれも参考になる!」

 

 

 

「俺も、そのことを活かして仕事してみるね!」

 

 

 

「アスカちゃんに聞かせてもらえたお陰で、これから本業もさらに頑張れそうだよ!」

 

 

 

 

J君はサプライズのネクタイもサプライズのセミナー講師の話も、どちらも驚き、どちらも喜んでくれた。

 

 

 

昨夜、J君が「俺はずっと俺だから。何も変わらない」と言った。その通り、J君はこの温泉旅行に来る前も、昨日の「仕事10点」の会話があった後の今も、何一つ変化がないようだ。

 

 

 

 

私の脳の中は相変わらずボーっとしたり、ぐちゃぐちゃしたりの繰り返し。

 

 

 

 

 

アスカ)

「私ね、どうしても○○さんのセミナーに出たかったの」

 

 

 

 

「どうしてか分かる?」

 

 

 

 

「当ててみて?」

 

 

 

 

気持ちが込められていないクールな声で問いかける私。

 

 

 

 

J君)

「うーん」

 

 

 

「そうだなぁ」

 

 

 

「アスカちゃんのフリーの仕事でお客様を増やしたいから?」

 

 

 

アスカ)

「ブー」

 

 

 

「違います」

 

 

 

「もう一回だけ回答のチャンスをあげる」

 

 

 

J君)

「うーん」

 

 

 

「その講師が有名人だから、リアルに見たかったから」

 

 

 

 

アスカ)

「ブー」

 

 

 

「違います」

 

 

 

「降参ね?」

 

 

 

J君)

「うん、分からない」

 

 

 

「降参する!」

 

 

 

 

アスカ)

「J君の仕事を頑張って、何としてでも一緒に商品化するため」

 

 

 

「そしてその商品が売られているところを自分の目で見たいと思ったの」

 

 

 

 

今は何も考えられないし混乱しているためそう思えないのだが。セミナーに参加したときはこの気持ちだったから、そのまま伝えた。

 

 

 

J君)

「きっと、アスカちゃんはそう思ってくれていると知ってたよ」

 

 

 

「俺のことを考えてくれて、しかも高額のセミナーまで参加して俺の仕事に生かそうとしてくれて、本当に嬉しいよ」

 

 

 

「俺のことをここまで考えてくれるのは、アスカちゃんだけだから」

 

 

 

「これからも一緒に頑張ろう!」

 

 

 

 

 

セミナー参加は商品化のためという動機はもちろんあった。

 

 

 

しかしそれが本当の理由ではない。

 

 

 

 

私の一番の願いとは。

 

 

 

 

「大好きなJ君に誰よりも褒めてもらいたい」なのだ。

 

 

 

 

いつだってそう。

 

 

 

 

それだけのために必死に頑張ってきたと言っても過言ではない。

 

 

 

 

でもそのことは黙っていた。

 

 

 

 

窓の外に目をやると、沢山の家々から田舎の風景に変わっていた。

 

 

 

 

遠くに寂しそうな山々が見えて、空も雲も次々と目の前から通り過ぎていく。

 

 

 

 

この温泉旅行に来るまで、大好きなJ君に褒めてもらえるなら私はどんなことでも頑張れた。朝から晩まで必死に仕事をした。

 

 

 

 

だが今までの努力の日々が、あっという間に消え去っていく窓の外の景色に重なる。

 

 

 

 

なぜなのかよく分からないが、目の前の風景は虚しさと共に後ろに流れていくようだ。

 

 

 

 

 

 

___________

 

後日談です。

 

 

会話の内容は楽しそうな内容かもしれませんが、私の心は乾いていました。

 

 

本当は言いたいことも聞きたいことも沢山あったであろう場面ですが、頭がうまく回転していませんでした。

 

 

そのような状況でしたので、私にとっては頭に浮かんだことをただ言葉にしているというような会話でした。

 

 

J君はいつもと変わらない様子でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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