宿を後にして新幹線に乗り込む。

 

 

 

グリーン車にはビジネスマン風の男性が数人座っているのが見えた。

 

 

 

ゆったりとした席に座り、J君が買ってくれたペットボトルのお茶をテーブルの上に置く。

 


 

 

私は何を話してよいのか分からない。行きの新幹線での衝撃的な出来事が、ほんの少し前に起きたような気もするしもう遠い昔のような気もする。

 

 

 

J君はスマホをチラッと見てそのスマホをお茶の隣に置く。画面を伏せている。

 

 

 

J君)

「そういえば、俺もアスカちゃんに相談したいことがあるのだけど」

 

 

 

 

アスカ)

「相談?どんなこと?」

 

 

 

J君)

「朝食の時に話した友達の恋愛相談じゃないんだけどさ、先日会ったお客様のこと」

 

 

 

 

新幹線の中で会話をする気になれなかった。しかしずっと無言でいるのも気まずいので、J君が話しを切り出してくれてありがたかった。

 

 

 

 

アスカ)

「お客様のこと?何かあったの?」

 

 

 

 

J君)

「お客様がお客様の誕生日に会いたいと言って、その日に予約を入れてくれたんだよね。だから誕生日のお祝いをするためにちょっとしたプレゼントを準備していったんだ」

 

 

 

「誕生日に予約してくれたら、お客様はプレゼントを期待しているから」

 

 

 

 

アスカ)

「うん」

 

 

 

 

J君)

「お客様が夜景を見たいというから夜景が見えるビルに行って。周りにけっこう人がいたんだけど、そこでサプライズのようにプレゼントを渡したんだよね」

 

 

 

アスカ)

「うん」

 

 

 

 

J君)

「そのお客様は年上の既婚女性なのだけど、旦那さんと仲が冷えていて今は誕生日もお祝いしてもらえないしプレゼントももらえないって言ってて。ここ数年は自分の誕生日に何もせずに過ごしていたんだって」

 

 

 

「だから俺と誕生日に会えるだけでも嬉しいって言ってくれて。夜景が見える高層ビルでプレゼントを渡した」

 

 

 

 

アスカ)

「うん」

 

 

 

J君)

「そしたらさ、お客様が突然泣き出したんだよね」

 

 

 

 

アスカ)

「泣くほど嬉しかったということよね。私はそのお客様の幸せな気持ちは分かるかも」

 

 

 

J君)

「お客様が俺の前で泣く人はけっこういるから、泣くのはいいんだけどさ」

 

 

 

 

アスカの心の中)

(J君の前で泣く人がそんなにいるのね)

 

 

 

 

J君)

「そのお客様は周りの人から見て分かるぐらい泣いていて」

 

 

 

アスカ)

「うん」

 

 

 

J君)

「しかもずっと泣いていて、全然泣き止まなくて」

 

 

 

 

「そのうち周りの人もこっちをジロジロと見てくるし」

 

 

 

 

アスカ)

「そのお客様はそんなに感動したのね。数年間も誰にも祝ってもらえないならよほどJ君のプレゼントが嬉しかったのでしょうね。旦那様が冷たくて何もしてくれないなら、J君のサプライズのプレゼントが相当嬉しかったのではないかな」

 

 

 

「J君がそれだけ感謝されたってことだと思う。お客様がそんなに泣いて喜ぶことはすごいことだと思う」

 

 

 

私も友達や家族や、交際していた元彼にプレゼントを渡したことがあるが、泣くほど喜ばれたことは一度もない。

 

 

 

アスカ)

「私なら誰かにプレゼントを渡して大泣きしてくれたら感動すると思う」

 

 

 

 

J君)

「感謝してくれるのはもちろんありがたいんだけど」

 

 

 

 

アスカ)

「うん」

 

 

 

J君

「俺の立場はどうなるの?」

 

 

 

 

アスカ)

「俺の立場?」

 

 

 

 

「俺の立場ってどういう意味?」

 

 

 

 

J君)

「女性が泣いていたら、周りから見てどう考えても俺のせいじゃん」

 

 

 

 

アスカ)

「J君のせい?」

 

 

 

J君)

「そうだよ。泣いている女性が隣にいたら、泣かせている俺ってめちゃくちゃかっこ悪い」

 

 

 

 

アスカ)

「そうかなぁ。嬉し泣きなら周りから微笑ましく見られていたかもしれないよ」

 

 

 

J君)

「いや、そんなことはない」

 

 

 

「俺が泣かせてるって周りの人に思われてたよ」

 

 

 

「だからお客様が泣いている間、ずっと恥ずかしくてさぁ」

 

 

 

「お客様が泣いている間、頼むからはやく泣き止んでくれってずっとそればかり思ってた」

 

 

 

「お客様が泣いている間、俺の立場もちゃんと考えてよって言いたかったよ」

 

 

 

「俺、周りから見てかなりかっこ悪いじゃん」

 

 

 

 

「お客様には、冷静に周りを見てほしいし、俺が恥ずかしくなるような行動しないでほしい」

 

 

 

 

「本気で止めてほしかった」

 

 

 

アスカ)

「・・・・・・」

 

 

 

 

J君)

「女性って、周りが見えなくなる人多いよね」

 

 

 

「だからお客様と過ごしていると俺が恥ずかしいって思うこと、けっこうあるよ」

 

 

 

「この泣き出したお客様も、もっと俺の立場を考えてほしかったよ」

 

 

 

 

「女性ってどうすれば冷静になって周りを見れるの?」

 

 

 

 

「どうすれば俺が周りからどう見られるかを考えてくれるの?」

 

 

 

 

「アスカちゃんに教えてほしいよ」

 

 

 

 

 

男性が女性にプレゼントを渡して女性が泣くほど感動することは素敵なことだと思った。好きな人に何かを貰って大泣きするほど喜ぶことは人生でそう何度も起きることではない。お互いにとって思い出の一ページに残るような美しいひと時ではないだろうか。

 

 

 

プレゼントを渡すほうの男性も、ここまで相手に喜んでもらえることに幸せを感じるのだと思っていた。

 

 

 

 

私は話の中で「女性はどうすれば気持ちを落ち着かせて泣くのを止めるのか」という相談なのかとも思った。しかし違った。

 

 

 

 

 

お客様が感動して泣き続けている隣で、J君は「冷静になって欲しい」「俺の立場を考えてほしい」「恥ずかしい」「かっこ悪い」と思っていたと聞かされて、「泣いている人の隣で、相手のことよりも自分の立場のことを考えている人もいるのだな」とぼんやり思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

更新が遅くなり申し訳ございませんでした。

 

 

 

後日談です。

 

 

この頃のJ君はお客様の話を聞かせてくれることもよくありました。この時は何気ない会話の流れでした。私はボーっとしていたので頭が空っぽな状態で聞いていました。

 

 

 

前々から「他の女性の前でお客様の話はできないから、アスカちゃんだけに話せる」と言ってくれていたので、お客様のことを話しすのは相手が私だからだと受け止めていました。

 

 

 

しかし今思えば「お客様」「女性」と言っていた話において、その中には私も含まれていたのでしょう。

 

 

 

当時の私は自分は他のお客様と立場が違うと思い込んでいましたから、まさかJ君が話すお客様という言葉に自分も含まれているとは思っていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

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