J君が先に上がった露天風呂。私も続いてお風呂から身体を外に出す。真っ白くて大きなバスタオルで身体を拭いた。先ほど脱いだままになっていた浴衣を着る。久しぶりの温泉旅行のために新しい下着を新調していた。大人っぽい姿をJ君に見せたくて、花模様に刺繍された上下黒のセットだ。

 

 

 

 

歯磨きも終えて荷物も整えた。あとは寝るだけ。

 

 

 

 

一日の楽しかったことがすべてが終わった夜になると、いつもどう振舞っていいのか分からなくなる。J君に何度会っても照れてしまう時間だ。

 

 

 

 

布団に入ったらきっとJ君が触れてきてくれるだろう。それを期待しながらも、イチャイチャしたい気分であることはJ君には隠して平静を装う私。

 

 

 

 

でも今夜はそんな気分ではなかった。

 

 

 

 

広くて綺麗な和室。畳を素足で踏むと足の裏に自宅の床とは違う感触が伝わる。真ん中に背の低いベッドが並んで置かれていて、シングルよりもやや大きな布団が二組並んで敷かれている。ブルーと赤い柄の掛布団。

 

 

 

 

アスカの心の中)

(やっぱり頭が働かない)

 

 

 

 

(それに・・・)

 

 

 

 

(お風呂での話を聞いて、新幹線で話したときよりもさらによく分からない)

 

 

 

 

 

(J君は10点は仕事だけど)

 

 

 

 

(私のことが好きなことは嘘じゃない)

 

 

 

 

(だけどここにきているのは仕事であり)

 

 

 

 

 

(でも両想いも嘘じゃない)

 

 

 

 

頭がボーっとしている私は、ぼんやりしながら赤いほうの掛布団をめくり、真っ白なシーツに包まれた敷布団の上に浴衣のまま座った。

 

 

 

 

いつもならイチャイチャしたくてたまらないのだが。この日はどうでもよかった。というよりも頭がぼんやりしすぎて脳にも心にも靄がかかったままだ。

 

 

 

 

アスカの心の中)

(なんだか、もう考えられない・・・)

 

 

 

 

(今はこれ以上何も考えたくない)

 

 

 

 

(もう全部どうでもいいや)

 

 

 

 

何も考えずにちょこんと座ったまま、何の考えも浮かんでこない。

 

 

 

 

いつもならJ君がイチャイチャしてくれることを期待している顔をしているのだろうから。隠そうとしてもきっとバレている。でも、今日の私は無表情に見えているのだろう。

 

 

 

 

このまま布団に入って目をつぶろうと思った。J君が遅刻してきて時間変更から始まった今回の旅は、J君の予期せぬ告白により私の頭も身体も疲れ果てている。全身がぐったりだ。

 

 

 

 

疲れきっているが眠くはない。身体はどっしり重くて頭が痛い。

 

 

 

 

どこを見ていいのか分からず、私は斜め下の、敷き詰められた畳をボーっと見る。

 

 

 

 

そしたらなんと。

 

 

 

 

驚くべきことに。

 

 

 

いつの間にかJ君が私の近くに来ていたようで。

 

 

 

 

J君から。

 

 

 

 

突然。

 

 

 

 

後ろからハグされた。

 

 

 

 

アスカ)

「キャッ」

 

 

 

 

思わず声が出てしまう。

 

 

 

 

まさか抱きしめられるとは。

 

 

 

 

 

いつもならイチャイチャが始まるときにはJ君の綺麗な指で私の指に触れたり、太ももにそっと手を乗せてきたり。J君と私の甘い夜は繊細にゆっくり始まることが多かった。

 

 

 

 

だが今夜は違った。後ろからJ君の両腕でぐっと包まれ、J君の上半身が力強く私の背中に密着してくる。

 

 

 

 

 

J君は不思議な人だ。私がイチャイチャしてほしくてたまらない時にはそっけない態度をする。だが私が乗り気じゃないと逆に積極的に触れてくる。

 

 

 

 

いつもならJ君がそばに来てくれるのは嬉しくてたまらない。

 

 

 

 

しかし今夜は頭が働いていない。

 

 

 

 

アスカの心の中)

(J君は、今何を考えているのだろう・・・)

 

 

 

 

(J君はイチャイチャしたいのかしら・・・)

 

 

 

 

まるで他人が主人公の映画を見ている気分だ。私に起きていることなのに、ここにいる自分が自分ではないみたい。

 

 

 

 

穏やかだったJ君の息遣いが荒くなっていく。すぐ近くでJ君の吐く息と吸う息が聞こえる。ベッドの真ん中で私の後ろに膝立ちになったJ君は、さらにぐっと私を抱きしめる。

 

 

 

 

私の上半身に絡めたJ君の両腕が、私の顔の下側に見える

 

 

 

 

その手がそっと離れて。J君の綺麗な手で、私の腕に少しずつ触れてくる。

 

 

 

 

そのままJ君は私のうなじに軽く何度もキスをする。J君の唇が、キスをしながら耳や肩に少しずつ移動する。

 

 

 

 

私はイチャイチャしたいと思っていなかったが、J君を止める気力もなかった。頭が働かない。

 

 

 

 

 

どうしてよいのか分からない。それでも時間は流れていく。J君は私に触れることを止めない。

 

 

 

 

J君にの体温を感じながら、目の前を見る。和室の奥に床の間があり、その壁に飾られた掛け軸が目に入る。

 

 

 

 

習字の太字で筆文字が書かれているが何と書いてあるのかは分からない。掛け軸の前に置かれた花瓶は、濃紺でシンプルなもの。そこに黄色い花が活けられている。

 

 

 

 

アスカ)

(この花の名前は何だろう)

 

 

 

 

私は心ここに在らずで、花瓶に意識を向けていた。

 

 

 

 

ボーっとしたままの私。J君が浴衣に手を入れてくる。J君の手で一枚一枚剝ぎ取られていく。いつの間にか私は何も身に着けない裸体になった。

 

 

 

 

私が気づかないうちにJ君も自分の浴衣を脱いだようだ。下着一枚のJ君が、私の身体を少しだけ力を入れて押し倒す。

 

 

 

 

アスカの心の中)

(今から)

 

 

 

(いつものようにイチャイチャするのね・・・)

 

 

 

 

(J君は仕事10点なのに)

 

 

 

(私が特別な女性とはどういうことなのだろう)

 

 

 

 

(でももうどうでもいい)

 

 

 

 

(何も考えられない)

 

 

 

 

(何も考えたくない)

 

 

 

 

(帰ってから後から考えればいいや)

 

 

 

 

ぼんやりとしながらも。

 

 

 

 

J君の唇は今日も柔らかだ。

 

 

 

 

私は人形のようになされるがまま。

 

 

 

 

興奮している様子のJ君の体温とは対照的に、私の心は冷えている。

 

 

 

 

J君はいつもよりも激しく攻めてきた。

 

 

 

 

いつもならJ君に触れられるだけで感情が爆発して、全身が気持ちよくなるのだが。

 

 

 

今夜は何をされても心地よさを感じなかった。

 

 

 

 

私は「あまり気持ちのよくないイチャイチャもあるのだな」と頭の隅で思う。

 

 

 

 

目を閉じてJ君になされるがままに気持ちの良いふりをした。

 

 

 

 

この夜のJ君は、最初から最後まで力強く大胆に、そして情熱的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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