グリーン車に流れる空気はゆるやかだ。ゆったりとした空間で、J君と私は楽しく会話を続ける。

 

 

 

私は右隣にいるJ君の方に身体を向けて、ふざけるように「感情の点数」の質問をした。

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴと、新幹線が高速で走る機械的な音が耳に届く。

 

 

 

 

アスカ)

「J君の今の気持ちの点数はどう?」

 

 

 

 

 

J君)

「今の気持ちの点数ね・・・。そうだなぁ・・・」

 

 

 

 

J君は、何かを考えるように目線を上にやった。

 

 

 

ニコニコしながら数秒後に口を開く。

 

 

 

 

J君)

「今の俺は」

 

 

 

アスカの心の中)

(なんて言ってくれるのだろう?)

 

 

 

 

(ドキドキしちゃう)

 

 

 

 

J君)

「アスカちゃんと一緒にいて楽しいが80点、温泉に早く入りたいが10点」

 

 

 

 

「あとは」

 

 

 

アスカ)

「うん、あとは?」

 

 

 

 

「残りは、仕事が10点かな」

 

 

 

 

 

さらっと言った。J君の現在の感情の点数。

 

 

 

言われた瞬間、よく分からない気持ちになる。

 

 

 

もちろん、楽しいが80点は分かるし温泉に入りたいが10点も分かる。

 

 

 

その次に耳に入ったこと。言われると思っていなかった言葉に困惑する。

 

 

 

 

アスカの心の中)

(仕事が10点?)

 

 

 

 

よく分からない。

 

 

 

 

アスカ)

「あの・・・」

 

 

 

「今の気持ちよね?」

 

 

 

J君)

「そう」

 

 

 

アスカ)

「仕事が10点とは、私にお願いしている本業の仕事のことを言ってるの?」




「今日、私と本業の話し合いをするから?」

 

 


 

J君)

「そうじゃなくて、セラピストの仕事として10点という意味だよ」

 

 

 


 

相変わらずニコニコした表情で答えるJ君。

 

 

 


 

アスカ)

「・・・・・・」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

 

 

「セラピストの仕事としての10点というのは、今のJ君の気持ちのことよね?」

 

 

 



 

さきほどまでの胸に溢れていた高揚感や多幸感が静まって混乱してくる。

 

 



 

J君)

「うん、そうだよ。セラピストとして10点」

 

 

 



J君は、普通に答える。
 

 


 

よく分からない。

 



 

 

アスカ)

「え?」

 

 


 

「セラピストとして仕事の気持ちが10点ということは」

 

 



 

「今、セラピストとしてここに来ている気持ちもあるってこと?」

 

 

 


 

J君)

「もちろん、アスカちゃんと一緒にいるのが楽しくて、アスカちゃんと一緒にいるのが好きな気持ちがほとんどを占めてるよ」

 

 

 

 

「だけど10点だけは仕事として来てるってこと」

 

 

 

 

 

アスカ)

「・・・・・・」

 

 

 

 

アスカの心の中)

(J君は、何を言っているのだろう?)

 

 

 

アスカ)

「10点はセラピストの気持ちで、今ここにいるの?」

 

 

 

 

J君)

「うん、そうだよ」

 

 

 

 

アスカ)

「その意味は、セラピストの仕事だから、私と温泉旅行に行っているという意味よね?」

 

 

 

J君)

「うん。そういう意味になるね」

 

 

 

 

私はまだよく掴めていないので何度も同じことを聞いてしまう。だが、J君が言っていることの意味は分かってきた。

 

 

 

アスカ)

「え?????」

 

 

 

「そうなの?」

 

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って」

 

 

 

 

J君は今までと何も様子が変わらない。さっきまでと同じように普通のトーンで会話を続けている。

隣に座って混乱している私を不思議そうに見てくる。

 

 

 

アスカ)

「それなら、今日は完全にプライベート100点として来ているわけじゃないの?」

 

 

 

J君)

「ほとんどはもちろんプライベートだよ」

 

 

 

「100点に近いぐらいプライベート」

 

 

 

「だけどセラピストとしての気持ちも0じゃなくて、10点ぐらいはあるってこと」

 

 

 

「もちろん今日が楽しいから来てる気持ちのほうが大きいよ」

 

 

 

 

 

アスカ)

「ちょ、ちょっと待って」

 

 

 

鈍感な頭がまだよく分からないままフル回転している。

 

 

 

 

アスカ)

「あの・・・」

 

 

 

「聞きたいのだけど」

 

 

 

J君)

「何でも聞いて」

 

 

 

 

アスカ)

「もう一度聞くけど」

 

 

 

「今日はJ君にとって完全にプライベートじゃなくて、セラピストが10点の気持ちで来ているなら」

 

 

 

「この温泉旅行は、J君にとっては仕事ってことなの?」

 

 

 

 

J君)

「そういう捉え方をすれば、10点だけはセラピストの仕事と言えるのかも」

 

 

 

 

アスカ)

「え?????」

 

 

 

アスカの心の中)

(J君は、突然、一体何を言っているの?)

 

 

 

 

 

アスカ)

「仕事として来てるってことは」

 

 

 

J君)

「うん」

 

 

 

アスカ)

「仕事だから仕事としてお金を受け取って、私と一緒に温泉に行ってくれるということよね?」

 

 

 

J君)

「そうなるよね」

 

 

 

 

アスカ)

「え?????」

 

 

 

「今までずっと、J君にとってプライベートって言っていなかった?」

 

 

 

J君)

「もちろん、ほとんどはプライベートだよ」

 

 

 

「だから今もアスカちゃんの前だからリラックスしてるし」

 

 

 

 

「でも全部ではないということ」

 

 

 

 

アスカ)

「え?????」

 

 

 

言っている言葉の意味は日本語として理解できた。

 

 

 

だが、何かがよく分からない。

 

 

 

 

アスカの心の中)

(J君は、一体何を言っているの?)

 

 

 

 

アスカ)

「じゃあ、J君は今、プライベートの旅行ではなくて仕事なのね?」

 

 

 

J君)

「うん、少しはね」

 

 

 

 

 

突然、何の前触れもなく。

 

 

 

グリーン車の空気の色も重さも、私の目に映る内装の色までいきなりガラッと変わった。

 

 

 

 

 

なぜこんなことになっているのか。

 

 

 

 

 

いつもと同じで、今日も楽しい温泉旅行だったはずなのに。

 

 

 

 

J君は、さきほどから一体何を言っているのだろう?

 

 

 

 

新幹線は速度を変えずに、少しだけ揺れながら私達を運び続けている。

 

 

 

 

 

 

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