石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -47ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 人にお話を訊きに行くときがある。自分ではわからない、経験のないことを物語に登場させたい場合である。


 これが緊張する。ブログを読んでお話ししたい、と思ったり、知り合いの知り合いの知り合い……と辿った方だったりするが、要は全くの初対面、ということが殆どだからだ。

 人見知りの自分にはとても高い壁であり、何か失礼なことを言ったらどうしよう、と、とても怖い。

 

 まずアポを取るところからしてクライマックス級の緊迫感。

 メールでも電話でも、下書きメモを作っては直しを繰り返した後、決死の思いで敢行。

 断られるとかえってホッとしたりする自分の弱さにまたメゲたり。けど、意外なことにおおらかに受け入れて下さる方が多いから、感謝を次のステップへの追い風にする。


 で、何を訊きたいかを具体的にレジメにまとめる。これが割と難航する。

 元々自分、質問が下手。だから相手の方のお答えごとにうまく話を広げていける自信がない。よっていくつもいくつも質問点を箇条書きしてしまうのだが、逆に話が広がってしまったらそれら全部を訊くことはできない。相手がこうきたらこれ、ああきたらそれ、とか想定問答を繰り返しているうちにぐちゃぐちゃになっていく。まとまるのに偉く時間がかかるのである。

 

 それが一応どうにかなると、今度は一人芝居である。

 レジメを見ながら、目の前に相手がいるものとして、声を出して質問してみる。で、相づちを打ったり笑い声を上げてみたり。

 頭の中ではお話ししているという設定なので、本人的には全然普通なのだが、第三者が見たら独り言の危ないオバサンである。

 

 そして前一週間は毎日暇を見つけては発声練習。「あえいうえおあお……」とかのあれである。今更腹式呼吸を意識したりして。

 自分の声が通りにくく聞き取りにくいと自覚がある。だからなるべく相手に不快な要素を与えたくないが為の、付け焼き刃な努力である。

 

 そして、お菓子探し。お話を聞かせて頂くお礼の手土産だ。

 相手の方が仕事場を指定してくるときはお仲間と食べられるような詰め合わせ、男性既婚者なら奥さんの喜びそうな流行のもの、複数の方に訊く時は個別に細かく分けて。

 

 更に場所の下調べ。大抵はあちらのお勤め先か住んでいる場所の近くに伺うことになるが、そこに都合のいい喫茶店とかファミレスがあるかどうか。

あまり周囲に聞かれたくはないから、席がゆったり離れているのが好ましい。録音させて頂くことになるし、また相手の方の声が小さいこともあるので、できるだけ静かなところ。そして長居できる場所。

いろいろと物色した結果、ホテルのロビーがあればそこが一番いいな、と思っている。ないときは、いっそお相手に「近くにゆっくりお話しできるお店などないですか?」と聞いてみることにした。

 

そんなこんなで緊張のその日を迎えるのだが、大抵その夜はハッピーな気分でいる。お会いした方はとても親切に答えて下さり、楽しく座談を終えるのが殆どだから。もちろん知らなかったことを知れたという満足感も大。事前の怖さなど杞憂に終わるのだ。


ただ、自分がその成果を物語に生かし切れなかったせいで、日の目を見なかった原稿が山とある。本当に残念で、申し訳なさ過ぎて、、、こんな自分がそういった親切な方に甘えてお時間をいただいていいのだろうか、と、取材がまた怖くなるのである。

 

(了)

 

 

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 マメだね、と言われることがたまにある。

ものすごくビックリする。自慢じゃないが、自分ほどのめんどくさがりは他にいないのではないかと思っているからである。

 

例えば疲れて帰宅した後に皿洗いが丸ごと山盛り残ってる、なんて想像するだけでめんどくさい。だから食事が終わったらすぐ皿を片付ける。明日の朝食の準備もめんどうだな、と思うとついでにやる。ずるずると弁当の下ごしらえ、何なら晩ご飯のメインまで作ってしまい、鍋まできれいに片付ける。これ、すべて何回にも分けてやるのがめんどくさいと思うが故。

 

 例えば爪切りとかセロテープとか。毎日じゃないけど時々は必ず使う物。それらは使ったらすぐに元にキッチリ片付ける。

 でないと必要な時に見つからず、あちこち探す手間がメンドー。それにかかる想定外の時間がメンドー。見つかればまだしも、結局見つからないとなると、無駄に使った労力と時間への未練たらたら。そしてそもそもそれを使うという最初の目的が達せられず次の機会に、となるのが最高にメンドー。

 だから、使ったら必ず定位置に戻す。我が家はきれいではないが、自分的には整頓はされている、と思っている。

 

 また、ハウスダスト持ちなので、部屋に埃をためたくない。くしゃみ鼻水の度に鼻をかむのが面倒だから。悪化して医者に行くのが面倒だから。よって掃除も割にするし、扇風機の羽根を磨くのもよくやる。

 

 出かける時は、前日から着る物、バッグ、靴、ハンカチちり紙までびっちり準備。朝になってワタワタするのがめんどくさいのである。

 けれど、翌朝の天気がいきなり変わることがある。著しく気温が下がったり、急な大雨だったり。そうなると前日の準備は全て無にかえり、ワタワタの朝になってしまう。

 それを可能な限り避けようとするめんどくさがりの本能が、天気予報チェックに走る。かなりの頻度で見ている。

 

 あれ、こーゆーのが「マメ」と言われる理由かもしれない――そう思ったのは最近だ。

 

 よく考えれば、食後すぐに皿を片付け、翌朝昼晩の準備までするって、それだけ聞けばマメかも。使った小道具をすぐに定位置に戻すのも、お掃除も、前日からお出かけ準備をするのも、一般的にはマメに見えるのかも。


 面倒が後回しになるのが嫌で、先に先に済ます。そうして後は安心してだらけるのが好きなのだ。


 が、すべての気掛かりを済ませ、ようやくダラダラぼーっ、とくつろいでると。

「暇そうじゃない。ちょっとあれやって。これもそれも」と声がかかることがある。

 そりゃ暇です。暇ですよ。暇な時間を作りたいがために全部済ませておいたんですから。

 けれど何だか腑に落ちないながらも腰を上げる。何故なら断ると後がめんどくさいから。


(了)


 

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 どうしてこのピンポイント? という件に、立て続けに出くわした。

 

温泉に行った時のこと。自分の他に、一人だけが入っていた。

泊まりの時は大体夜一回、翌朝一回入る。夜に髪を洗って朝はシャワーキャップ。髪を乾かすのは結構手間なので、朝のこののんびり感が嬉しい。が、その旅館にシャワーキャップの備えはなく、自前のゴムで留めていただけだった。

 

そんなときに限って。

 

自分が湯船に入るのと入れ替わりに出たそのおばちゃんが、シャワーで体を流そうとしたその時。

ノズルが手から滑り落ち、うねっと反り返ったかと思うと、もののみごとにこちらにまっすぐ噴水直撃。

髪、ずぶぬれ。おばちゃん、大恐縮。

「ホントすいません……」て何度も謝られて、「いえいえ気にしないで下さい」と返す以外何ができようか。自分もめっちゃやりそうな失敗だけに、心では「ざけんなよ、バカヤロー」と叫んでも、口には出せん……。

 

ていうか、なぜにちょうど自分の位置に飛んでくる? なぜ朝なの? ちょっとそっちにずれていれば。昨日の夜ならば。何てことはなかった。

 

別の日。コンビニでSDカードの写真を大量にプリントしていた。時間がかかるので、1メートルほど離れた棚に目をやったりしたその瞬間。どこかのクソガキ様がぴゅっとやってきて、プリント機械のメディアボックスの蓋をガチャっと開けやがったのでした。

 

何で? 印刷しているまさにそのときに、それだけはやっちゃダメ、っていう「それ」をやってくれちゃうの? しかも誰なの、君? 

機械は満面のエラー表示、大量の写真やり直し。そりゃ目を離したのは悪かったよ。けど次にプリント待ってるわけでもないあなたが、一体なぜ。

 

そしてまた別の日。疲れて乗った電車がラッキーにも空いていて座れた。徐々に混んでくる間にうとうとしていたら、何やらわめき声が聞こえた。

 

同じ列の5人くらい向こうだろうか、顔は見えない。「何で譲ってやんねえんだ! お前等それでも人間かっ、足怪我してる人見て見ぬフリかっ!」とか何とかそんな主旨だった。

何の騒ぎ? と薄目を開けると、そいつの側から離れたかったのであろう、その当事者らしき30代くらいの女性。杖をつきながらこちらの方へきて……一息ついたのが自分の目の前だった。

 

その男、自身はちゃっかり座ったまままだわめき続け、車内がどんどん険悪になる。で、ワタクシ、潔く席を譲りましたとさ。

断っておくが、自分は決して優しくも親切でもない、むしろ自己チューである。疲れてるから座っていたい、という以上に、こんないたたまれなさに身を置いていたら具合悪くなると思ったからそうした。で、とっとと別の車両へ移った。


こんな理由でごめんなさい、杖の方。自分もつい最近、足トラブルにめっちゃ悩まされたから、しんどさはよくわかる。譲るならもっと純粋に譲りたかったさ……。


で、ふと思う。なぜに同じ車両のそこにアホ男が乗り合わせる? なぜに今? 次の電車じゃなく?

 

やたらに続いたピンポイント攻撃に、もう怒りも愚痴も沸いてこず、笑いさえ出てきた。

まあバイオリズムってあるからね。ついてないときって続くんだよね。

それは短くない年月を生きてきた中で得た確信。で、あとは上がっていくだけなんだよね。

 

(了)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 うちのカーナビには、音楽用と地図用の二つのSDカードが使われている。この音楽用が不調になったので、とりあえずその時そばにあったデジカメに入っていたものと取り替えた。


その後デジカメを使う際に、また元に戻した。で、写真をプリントしようとコンビニへ。

エラーが出た。


あれ、これ音楽しか入ってない方のカードだっけ? と、車のSDカードを引っこ抜いてきてプリント機械に突っ込む。

エラー。


あれれ? 

二枚のSDカードを交互に入れたり出したり。結局最初のカードにちゃんと写真はあった。コンビニ機械が一瞬読み取れなかっただけらしい。


が、車に戻ると、カーナビの地図が表示されなくなっていた! 

ええっ!? 

方向音痴の自分にとっては命取りの現象である。もしや音楽SDカードではなく、地図SDカードの方を引っこ抜いたのか、自分?


 地図用の挿入口へカードを突っ込もうとしたら、ロックされていて入らない。

 ひえ~、どうすんの? 


 ってか、そんな大変なことになるくらいなら、抜く時に「これは地図SDです、抜いてもいいですか?」みたいな確認メッセージ出してよ。

 と焦ってる間にも誰かのせいにすることを忘れず……結局、どうにもならずにディーラーに乗り付けた。


迎えてくれた店員さんに、挨拶もそこそこ怒濤のごとく事件を訴えた。

すると、「見てみましょう……あ、でもやはり僕じゃよくわかりませんね」とな。


何だとー!? 店の者にわからなかったら誰がわかるってんだ! と、泣きそうにキレかけたら、「これうちの製品じゃないので……」と申し訳なさそうに言われた。「お隣のディーラーの物ですから……」と。


ここはズラッと車メーカーのディーラーが並ぶ通り。一つ入口を間違えたライバル会社のお店だった……。

親切に見てくれた上、お土産にティッシュボックスまで下さったこちらの方々に平謝りに謝って、お隣へ向かった。


が、またまた「う~ん」と悩まれる。

「地図SD抜いちゃったんですか?」とイタイ過ちを突かれ「すみません」とここでも平謝り。しかしその後「カード、入ってますけど」と意外なお言葉が。


やはり大切な地図データ。そうそう簡単にはカードは抜けないようになっていた。そして自分が抜いたのは、まごうかたなき音楽用SDだった。


 つ、ま、り。


カーナビの地図が表示されなくなったのは、ただのカーナビの不調。店員さんがピピッと一瞬で直してくれた。慌てたせいで、音楽用と地図用とどちらを抜いたのか自信がなくなっていたが、その点は全く問題なかったのだった。


 ……じゃ、このSDカード騒ぎ、何だったの?


ていうか、このタイミングで不調になるなよ、カーナビ! あのタイミングで不調になるなよ、コンビニ写真プリント! そのせいで、自分は変なカードを抜いちゃったかと反省し、どのカードを抜いたかさえも覚えていない記憶力に怯え、あちこちにご迷惑をおかけし……。


 機械というのは、ふだん機械的なくせに、時にこんな風に不機嫌で人を振り回すのである(怒)。


(了)


 


 


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 子供の頃から現在に至るまで、不思議で仕方ないことがある。

 どうしてその場所に真っ直ぐ着くの?

 

 ある人は、太陽の位置から方向がわかるじゃないかと言う。またある人は、駅を出たら西方面へ○○メートルほどのはずだから、こっちへ歩けばいいと言う。

 

 何じゃ、それ。

 ハッキリ言って、自分の感覚ではこの一言しか出てこない。

 

 西と言われても自分が立っている場所からどっちのことなのか皆目見当もつかないし、太陽は地下に入ったら見えないし、見えてもだからどうなんだ、って話。

 

 初めて行く場所はもちろん、二度目三度目のところでも、久し振りじゃないつい昨日訪れたはずの目的地でも、必ず迷う。ホームを歩く時さえ、途中で進行方向なのか逆向きなのかがわからなくなる。○○メートルなんて距離感覚、自分の中には露ほども存在しない。

 

 これを、世間的には方向音痴という。

 

 人に連れていってもらうから行けないんだ、と思った時もあった。その目的地を知っている誰かが一緒にいて、その人についていけばいいという安心感から周りも道も何にも見ていない。もう一度一人で行き直すと、全く見知らぬ土地であり、初訪問と断言できるくらい何も覚えていない。

 

 が、連れてってもらう云々は関係なかった。

 実家さえ、移転のタイミングが自分が家を出る寸前で半年しか住んでいなかったとはいえ、しかも最寄り駅が改築したとはいえ、……未だに北口を出るか南口なのか迷うほどなのである……。

 

 方向感覚とは、れっきとした才能だ。これに苦慮しない人は天性を持っているということ。自分にはそれが著しく欠落しているのだ……。

 

と自覚してからは、ミニ地図を持参するようになった。分かれ道ごとにいちいち止まっては確認する。東京育ちとは思えないほどお上りさんである。

 こんな自分が車を運転すると、百メートルごとにいちいち路駐して地図を確認。そんな大変迷惑な行為をさんざんやった。近年のカーナビの普及が、涙が出るほど嬉しかったことは言うまでもない。

 

 が、カーナビによっては案内が非常にわかりにくく、よけい迷うという類もある。地図は地図でもGoogleマップはどうも苦手。位置情報も嫌い。

 

 そんなこんなで、何度も迷い、行きつ戻りつして、えらく時間と労力をかけて、時には冷や汗をかきつつ、何とか目的地に辿り着くこともあれば、あきらめたこともある。

 

何だか人生と似てないか。未だに方向音痴であっちへ行って迷い、こっちへ行けなくて止まる。

 

まあ辿り着かなかったらそれまで。迷い道も方向転換も悪くないんじゃないか、と、近年は負け犬の遠吠え的な境地にいる。

 

 

(了)

 

 

 

 

 

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 物語を作ることに関して、長い年月の間に自分の中の取り決めになっていることがいくつかある。


 その1 

設定枚数の1.1倍~1.2倍の長さで書いてから削る。


コンクールの応募や学校の課題などでは必ず制限枚数がある。それに収まろうとするためには、大体このパターンだ。

0.7~8倍の量で書いて付け加えていく、という手もある。が、内容が薄くなって引き延ばし感が見え見えになるので、自分の場合はとにかく持ちネタをガンガンぶち込み、後から不要な部分を捨てたり表現を変えたりして短くするようになった。


ただ、削る方が伸ばすよりしんどい。このセリフは気に入っている、あっちのエピソードをなくすと辻褄が合わなくなる、とかで悩みに悩む。

でも、何とか枚数内に収まったときは爽快だ。それ以前よりずっと明快でテンポもよくなっている……はずだ。


その2

書き上がったらしばらく放っておく。一週間は見ない読まない触らない。締切が迫っている場合でも、最低一日は置きたい。


何故なら、どうしてかエンドマークをつけた後すぐに読み返しても気付かないからだ。明らかな齟齬とか簡単な言い違い、あり得ない変換間違いなどに。視野がグンと狭くなっているのか、どっぷりひとりよがりにハマっているのか、自分で自分を殴り倒したくなるレベルである。


つまり、スポーツでも仕草でもそう。他人目線で見るとすぐにわかる欠点が、自分では見えなくなっている。だからなるべく第三者の目に近くなるように、書き上げた後間を空けてから読み直すことにしているわけである。


すると、ああら不思議。出てくる出てくる、細かなミスから致命的な筋違いまで、OhMyGod! 見なきゃよかった。じゃなくて、こんな物を提出しなくて良かった、と、ちまちま直し始めるのが常である。


ちなみに、一週間と言わず一月も空くと、既にオチすらすっかり忘れている自分に、逆にびっくりする。


その3

寝る前に直しを考え始めない。


布団に入ってから、「あそこはこうじゃないか?」「主人公のセリフはこっちの方が」などと思い始め、「こんなシーンを入れてみたらどうだろう。それに繋げるには……次は旅に出るシーンだっけ?」とか復習したりに至ると、もう止めどもない。そこから派生してああでもないこうでもない、と頭の芯が妙な感じに活性化してしまうのだ。


結果、眠いのに眠れなくなってしまい、その割にウトウトしてるのでメモも取らず、翌日には忘れている。そしてその日1日(または数日)大変な差し障りが出る。特に創作において全くの鈍さの固まりとなって、恐ろしいまでの本末転倒になっちゃうのである。



思い起こしてみればこの3つの他にも法則っぽくなっているものが色々ある。それはまた後日、整理してみたいと思う。


 (了)

 

 


 

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 ソフトバンクホークスのサヨナラ勝ちをもって、今年の野球シーズンが終わった。

 
 ロッテファンの自分としては、そんなものは夏が来る前にとっとと終わってしまっていた。ので、日本シリーズは正直、どっちが勝とうが構わないスタンスであった。判官びいきで「どちらかというと横浜ベイ、まあ頑張れ」くらいな感じ。
 
 ただ、気になったのが「下克上再現!」とのマスコミのあおりである。横浜がクライマックスを突破した時点で連呼され、どうにも違和感があった。
 
 今やすっかり定着したその言葉だが、言い出しっぺの里崎智也さんもおっしゃっている。
 あれは最後まで勝ちきる=3位からの日本シリーズ制覇、という意味合いのつもりだった。だから、横浜がセ・リーグ1位の広島をくだしたというだけでは成ったとは言わないんじゃないかな~、と。
 里崎さんが現役の時に成し遂げたそれこそが、スッキリと「下克上」だと自分も思っているわけである。
 
 そこからパッパと連想が起こる。あれもこれも一言言いたくなる最近の野球用語?が色々。
 
「ノーヒッター」? 無安打に抑えた投手を指すらしい。ピアノを弾く人はピアニスト、スケートする人はスケーター。との認識なので、ノーヒッターというと全く打てないバッターのことに思えてしまう、自分には。
 
「マルチヒット」? 複数安打とイコールな気がしない。2本のヒットでそう言われると盛ってるような。マルチというと多方面に才能のある人が浮かび、従って3本以上の猛打賞くらいのレベルに感じてしまうのだ。

「グランドスラム」? そりゃテニスの四大大会を制することでしょ! 「すごいこと」を指すのは確かだが、満塁ホームランとはどうも趣旨違いな気がしてならない。なら、ハットトリックと言ったっていいように思う。

「選んだ」? 見事四球を勝ち取ったあかつきにこそ「ボールを4つ選んだ」と言えよう。ボール1個見逃す度にいちいち「選んだ」と言われると、どうも腑に落ちない。
 
 更には、CS放送の特定のアナウンサーに限るが。「ロクヨンサンのダブルプレー」をわざわざ「シックスフォースリー」、2-2の「平行カウント」を「トゥートゥーピッチ」との言い換えまでは100万歩譲って理解できるとして、、、カウント3-2を「ペイオフ」と叫ばれた日には、銀行の話でもしてるのかと真面目に考え込んでしまったくらいである。
 
 楽しければ、盛り上がれば何でもいいじゃないか、というご意見もあろう。ゴチャゴチャケチをつけるな的存在になっててごめんなさい。

 結局、こういう違和感にツッコミを入れることも楽しみの一つになっていると気付いた。完全に昭和の頑固オヤジ化している。「オヤジギャル」なんて言葉が昔あったが、今の自分に使うと、それこそ多方面からツッコミの嵐が来そうなのでやめておきます。
 
 ソフトバンクホークスの皆様、ファンの皆様、おめでとうございました。来年こそは井口ロッテが立ちはだかりますよ!
 
(了)
 
 
 
 

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 シナリオを書く勉強を初めて2,3年目くらいの頃。よくやった失敗が、「せっかくこんなに書いたんだからもったいない」と、とりあえずどんどん書き進んでしまうことだった。

 

 例えば、「人前で話すのが苦手な主人公が上手く話せるようになるまで」という話を書き始めたときのこと。人前が苦手、言葉のセンスもない、だから想い人に気持ちも伝わらない。みたいな展開になり、どうやったら恋がうまくいくか、てな悩みを解決しようと奔走し……。

 

ーーあれ? 書きたいと思っていたこととズレてる。違うぞ。そう思った時には既に30枚とか40枚とか書いてしまっていた。

いやいや、せっかくこんなに書いたんだし、もったいない。このまま頑張って最後まで書こう。書くんだ。

そう思って続けてしまう。が、一度芽生えた違和感は消えない。どころか大きくなるばかりで、ついには行き詰まってビクとも進まなくなった。

 

この場合、「人前で話すことが苦手」と「想い人に気持ちを伝えるのが苦手」が根本的に違うということを、自分の中できちんと区別できずに進んだのが間違い。何十枚も書いてから気付いたが、後戻りするのが嫌で無理無理進み、どうにもならなくなった。

 

こういうことが何度もあって身に染みた。方向性を間違ったまま突き進むと、どこかで必ず詰まる。たくさんの時間と労力をかけたものを無駄にしたくなくて、結局更なる大無駄を呼び込むのだ。

 

それがわかってから、違和感を覚えたらすぐに見直すようにした。何がいけないのか。書きたいことからずれていないか。キャラが分裂していないか。設定に無理はないか。

 

本当は書き始める前にそれができればいいのだろう。けれどいまだに未熟な身。大体の方向性を決め、背景や環境を定め、キャラを大雑把に設定したところで始めてしまう。ある程度書いてみないとわからないのである。

だから、いまだに途中まで書いちゃったけど思惑と全然違って途方にくれる、なんてことがざら。書き終わってしまってから、ワケわかんない出来に愕然とすることも少なくない。

 

ダメだと思ったら直す。どれだけ枚数を書いたとしても、終了マークをつけてしまった後だとしても、必要なら全部ボツにして最初から書き直す。失敗を何百回と繰り返した末、その方がより良いものになるという確信を得た。自分の場合、そうやって書きながら整えていくというやり方になった。

 

くどくど長々と書いたが、要するにやってみないと気付けないポンコツ頭なのである。間違った方向性にガシガシ進み続けるのを、「根性がある」という長所と勘違いしていたこともあったおバカなのだ。それは「あきらめが悪い」と言うのに、である。とにかく軌道修正が大事だということだけはよーくわかった。

 

で、今も、直すべきことがひとつある、と気付いた。というか、薄々無理があるかな~、と思っていたけれど、もしかして大丈夫かも~、などと突き進みかけていた。でもやっぱり訂正するしかないと判断。

 

このブログの参加ジャンルのことである。

10/1の記事から理系女子のジャンルに混ぜてもらってまだ1ヵ月ちょいだけど。エセリケジョなんだから、そうそう書けないし、書いちゃいけない。真のリケジョに失礼でもある。あきらめて出直すべし。要軌道修正。

よって脱落、「日記」へ移動します。


以上でした。

 

(了)

 

 

 

 

 

 

 

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 自分は、エセリケジョである。けれども世間的には数字が不得意ではないということになり、よって経理よりなアルバイトなどをやっている。

 そのせいで、お金関係の勘定を任されてしまうことがある。この間もそうだった。

 

 何を隠そう、お葬式。これほど大勢が少しずつ持ち寄って、大金が集まることはあまりない。当日のご遺族はお忙しいし、かといって知らない人に任せるのも不用心。だから遠すぎず近すぎず、の関係のときにお鉢が回ってくることが多い。


 今回は、屋内の結構広々した一室と文具全般を貸していただいて、お茶までつけてもらえた。外は季節外れの凍える雨だったので助かった。以前頼まれた中には、外のテントの下、受付の後ろで薄暗さ&雨風寒さと戦いながら、という場合もあったので、かなり恵まれていたと言える。

 

 けれども。

 個別は三千円とか五千円とか一万円とか。全体で百万を超える量である。それを、香典袋一つずつ開けて、中の封筒を開けてお金を取り出す。受付で書いてもらったお名前と照らし合わせ、封に書かれた金額と中身のお金が合っているかどうか確認。慌てたのか訃報のショックのせいなのか、相違があったり入っていないこともある。もちろん来て下さっただけでありがたいわけなので、指摘したりはしない(できんわ)。こっそりご遺族に伝えておくにとどめる。

 

 ということを百人近く分繰り返していると、指先がつるつるになってくる。指紋もなくなる勢い。用意された文具の中に、メクールはあったが指サックはなかった。自前のを持参しなかったのが敗因だ。

そうなってくると香典袋を開けるのさえ面倒になる。そんな中で最も腹が立つのがあれ。

水引きである。

 

お香典を差し上げたことがある方ならわかると思うが、親しかったりお世話になったりした方宛だと、ちょっと良い目の袋ーー水引きのついたものを選ぼうという気になる。

これは、封にお金を入れ、香典袋でそれを包み、それを上から輪ゴムのように留める仕様。が。水引きの大きさが封筒ピッタリすぎて、しかも伸び縮みするものではないので、留めるのも外すのも結構な力とコツがいる。

 

で、それだけの量をこなしていると、封を開けてお金を出して、封筒だけ戻して香典袋に包み直す、の前後に水引きをぐいぐい引いて外し、水引きを力任せに押し込んで留める――という二手間が加わるのが、相当苛つく。一つ終わって次の封を手にした時、水引き付きだと殺意さえ芽生えてくる(いえ、ため息の間違い)。最後にはもう戻す気力がなくなり、セロテープで留めてしまうという罰当たりに及んだ。

 

 マナー的に何が一番上等かは知らない。けれど、経理係的に言えば、水引きなどない、香典袋の中に封筒さえない、お金がそのまま入っているパターンが最も輝いて見えた。

 自分が次、ご焼香する場合は、絶対にそうする。ここに固く決意致します。

 

                                 (了)

 

 

 

 

 

 

 

 

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 誰でも一度は見たことがあるんじゃないだろうか。

 街中のカップル。女性は手ぶら、男が女物のちっちゃいバッグを持っている、の図。


 自分にはあれの意味がわからない。外国のように、見知らぬ女性にも網棚の荷物下ろしなどを普通に手伝う、というマナーにも見えない。重たいから持ってあげているようでもなさそうだし。


 以前、キムタクが言っていた。

 俺はそういうことはしない、なぜならバッグもその女の子のファッションの一部だろうから、というようなこと。著しく同感だ。


自分はそうお洒落が上手な方ではないが、それでも服に合わせたバッグを考える。暗い服なら差し色に赤、荷物が少なそうならちょっと小粋なポシェット、とか。


それを、きっと自分なんかよりよっぽどお洒落であろう今時の女の子が。彼氏とのデートのために気合い入れてめかしこんできたであろう彼女が。


というか、貴重品入ってるでしょ、その中に。いくら一番心を許している相手だって、渡しちゃっていいの? 途中ケンカ別れしたりしたら、財布その中でしょ? 交通費も何も残らないよ? 


自分なら、トータルコーディネートを「きれいだね」と言ってくれる彼氏の方がいい。もっと大荷物の時に自然とそれを手伝ってくれる方がグッと来る。


と、ここまでは女性の視点。自分も一応女性なのだが、ホントに????だ。


男性側はどうなのだろう。やっぱりそれがジェントルなのか? 本気で彼女の負担を減らそうと思ってそうしているのだろうか。


最近は男の子もお洒落だ。彼女のそのバッグが、彼の服装とマッチしなくても平気なのだろうか。

それとも隙を見て、そのバッグを持ち去り彼女の持ち金を我が物に、バッグがブランドなら売り飛ばして小遣い稼ぎ……てなことを考えているとも思えないし。


自分がもし男なら、そんなちっちゃいバッグを持ってくれと言ってくる女の子には困るだろう。それをスマートに断る言葉を考えるだけで疲弊しそうだと思ってしまう。


 これが若者の文化なのだ! と言われたらぐうの音も出ない。頭の硬い年寄りだと思われるのは愉快ではないが。でもこの現象に関しては、硬いまんまでいいや、と思ってしまう。


もしかして、あれなんでしょうか。カップルなんだぞ、という意思表示(見せびらかしとも言う)。

女ならバッグを持ってくれる男がいるんだぞ、と、男なら持ってあげちゃう彼女がいるんだぞ、と。


まあ、そういう優越感みたいな意味なら、どの世代でもある。それがこういう形になるのが今風なのかあ。……という納得の仕方で……合ってる?



(了)

 

 

 

 

 

 

 

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