石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -46ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 朝の眠気を振り払うためにコーヒーを一杯。仕事あるいは書き物の作業に集中力が切れてコーヒーを一杯。お酒の酔いを覚ますためにコーヒーを一杯。

 

 どれもよくやる。ただし私の場合、胃がもたれる&トイレが近くなり過ぎるといった理由により、一日二杯までと決めている。どのタイミングでその二杯を取るか、非常に悩むところだ。

 

「違いがわかる」ような舌を持っている訳じゃない。コンビニの百円コーヒー、もしくはスーパーにある一人用ドリップコーヒーでも全然大丈夫な人間だ。だから、本当に眠気を払っているか? 本当に集中力の回復に繋がっているか? 酔い覚ましになっているか? と聞かれれば、そんな気になる、という程度の答えしか返せない。

 

 学生時代は紅茶しか飲まなかった。それが、いつのまにか外食では必ずコーヒーを頼むようになった。休憩のたび自分で淹れるのも必ずコーヒーで、紅茶だと刺激不足と思うようになったのはいつからだったろう。

 

 ここ10数年、カフェ巡りが趣味の一つになっている。我が家の近所、カフェ天国なのだ。

 ゴージャスなパンケーキが売りのA店、ワッフルがイケてるB店、ハワイアンカフェC店、本格コーヒー&タルトタタンがイチオシのD店、新装のオーガニックカフェE店、こだわりの牛乳を使った絶品ソフトクリームのあるF店など、ローテに困るほどだ。

 

更に最近、自治体が「カフェ特集」なるスタンプラリー的な冊子を出しているのを発見した。で、早速昨日、その中でまだ行ったことのない店を訪ねてみた。

住宅の一角の、洞窟のようなおしゃれな外装。それを見ただけで小躍りしてしまった。中はコーヒー豆の袋がそのままインテリアになっていたりする、居心地の良いスペース。トマトカレーランチが酷暑にものすごくマッチして蘇った。これにコーヒーが合う。即座にリピーターになる決意を固めた。

 

 もしかするとこの趣味は、「コーヒーを飲みたい」というよりは、そういう素敵な空間に身を置きたい、ということなのかも知れない。「カフェ」なる分類にはそういう雰囲気を感じる。パリとか外国のオープンカフェに憧れるのもその延長かも。「美味しいコーヒーを出してくれるお店は素敵におしゃれで落ち着く」気がするのだ。

 

なわけで、いわゆる「コーヒー好き」を自称するにはおこがましいレベル。「恋に恋する」じゃないが、仕事中の一服にしても「コーヒーを飲むと頭が冴える」気がするので、「コーヒーを飲みたくなる自分はすごく頑張っている」気がする……だけなんじゃ?

 

けれど、あの苦み、あの香り、あのほっこり感。こんなエセコーヒー好きでも、欠かすことは考えられない飲み物である。(了)

 

 

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 今、パソコンで文章を書く人は、やっぱり大多数がワードを使うのだろうか。


私は一太郎派である。もしかしたら絶滅危惧人種かもしれないが、どうしてもワードに乗り換えきれずにいる。


メール添付で送るときなど、大抵一太郎は断られるので、そこそこワードも使う。でも、どうも使い勝手が嫌いで、完全移行ができない。


たとえばページ設定。20×20行で設定しているのに自動的に勝手に19とかになったり、急にページ最後の12行が空行になったりする。

私はそんなことは望んでいないのに、よかれとワケわかんない調整をしてくださる。


今何行目の何文字目かを知りたい時がある。でもワードは全体の文字数を示してくれるだけで、一見してそれがわかる表示はない。


三文字下げをよく使うのだが、そのたびにインデントをマウスで操作しなくちゃならない。キーで何とかならんのか。


一太郎ならそんな嫌がらせをされることはない。ワードに慣れている方からみれば、初心者レベルの、ちょっとしたことですぐ解決できる悩みなのかもしれない。が、ワードというのはこれらをどうにかしようといろいろトライするときに、ものすごく当たりがつけにくいのだ。


パソコン内蔵の一太郎の前は、ワープロ機器を使っていた。一太郎は、ページ設定にしろ、タブにしろ、他社であろうとワープロというものを使い慣れていたら「この辺をいじってみればどうにかなるだろう」という想像がしやすかった。当たりがつきやすかった。だから移行してもそんなに戸惑わなかったのだ。


そういうわけで、結局いまだ基本は一太郎で打って、それからワードに変換する。修正があれば一太郎で直してからワードに変換して上書き。そして細かいズレをそのたび直す。これがめちゃくちゃめんどくさい。


コピペすればいいかと一太郎→ワード、ワード→一太郎と両方やってみたが、前者はまあまあうまくいく。けど、後者。どうもワードは何やら文字裏の設定まで持って行くような感じ(実際はどうなのか知らないが、そんな重たさ)で、一太郎へのペースト作業自体にも時間がかかるし、やっとできたと思ったらページ設定は崩れるし文字の大きさは変わっちゃうし、散々。


だから一言二言の修正なら直接ワードを直してしまったりして、時間をおいてから一太郎を開いたら、その修正が反映されてないバージョンでビックリすることもある。


やっぱりワード一本にしぼれば一番楽なのだ。管理も修正も。

でも、ものすごくキライ。

よくセットになっているExcelはとっても使いやすく好きな表計算ソフトである。パワポも大好きだ。

なのに、なぜこうもワードとは相性悪いのか、私。そういう方、他にもいませんか。。。


(了)

 


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 今更だけど、漫画「ちはやふる」にハマっている。百人一首のカルタ取りで、主人公の千早が天性の「耳の良さ」(=「感じがいい」というらしい)を生かして強くなってゆく話である。

 

 こういう部活が高校にあって、その大会なるものも結構体系立っているというのを初めて知った。ちょっと驚きである。毎年かるたクイーンの決まる中継は見ていたが、それは特別な試合だと思っていた。

 

それでも実は自分、経験者なのである。エッヘン。

 

とは言っても、希望者だけがそれらしく学内で勝負、という、つつましい感じの、まあ高校時代の思い出作り的なものであるが。一応、ペアで源平合戦という形で、作戦を練って臨んだ。いやあ懐かしい。

もちろん、一応百首覚えた。いや、百首の、上の句の出だしと下の句の出だしだけだけど。これだけでも今考えると自分自身を尊敬してしまう。

 

「ちはやふる」のコミックスには、表紙の返しに毎巻一首が挙げられ、解説がある。それで巻ごとにその上の句だけを見て下の句が出てくるだろうか、と試してみた。すると……。

驚くべきことに、結構覚えていた。もちろん瞬発力もないし、他の句とごっちゃになってるのが大半だが、「むすめふさほせ」の一字決まりと自分の好きだった何枚かは、ちゃんと出てきたのである。

へえ。やるじゃん、私。

 

昔から記憶力には自信がなかったので、意外だった。しかも、意味を抑えて覚えたのならともかく、「立ち別れ」→「まつとし」とか、「風そよぐ」→「みそぎぞ」とか、全く歌は分断、ただただ記号のように暗記。よくぞまあ頭に入ったものだ。

逆に下の句を見て上の句を連想、なんて練習もしたっけ。今は棒暗記なんて世界で最も嫌いなものであるが、このときは結構楽しかった覚えがあるので、若さとは不思議である。

 

歌謡曲でも、その年齢の頃までのなら歌詞をソラで歌えたりする。2番だってそこそこ大丈夫。ベスト盤ブームの今、じっくり聴いてみて今更「こんな歌詞だったのか」と知ってビックリすることもある。

 

社会とか理科とか、嫌いだった科目の、歴史の年号だとかナントカの法則とかもそうだ。さっぱり意味を思い出せなくても、言葉だけは結構出てくる。

 

何歳かを過ぎた頃から、これが全くダメになった。意味を考えながらでなくちゃ頭に入らない。で、そういう風に理屈で覚えたものはあっという間に抜けていく。欠片も残らない(涙)。

 

そう思うと、若い頃の「詰め込み教育」はそう悪くないと思うのだ。もちろん行き過ぎは問題だが、あの年頃には入る。入ったら残る。

 

 だから、学生のみんな、今のうちたくさん勉強しておきなさいね……と、親なら言うだろう。自分が言われてた頃は「うるさいなア」としか思っていなかったけどね。(了)

 

 

 

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 先週の訃報が信じられなかった。出演作が多いせいか、テレビを点ければいつでも会える、と思える女優さんだったから。


 野際さんの印象は、いつだって有り余るくらいのパワーと輝き。享年81歳と聞いて、そのギャップに愕然とした。


 おそらく私と同じ人は多いだろうが、野際さんを初めて認識したのは、「ずっとあなたが好きだった」の冬彦さんの母親役である。


 着物を優雅に着こなし、その装いに合う上品な立ち居振る舞い、言葉遣い。だからこそ、息子可愛さの余り嫁へ向けられる憎悪が、どれだけ恐ろしく見えたことか。見た目がとても素敵な分、内面の歪みを際立たせたのである。


 57歳という歳で「見た目が素敵」を演じられるのは、内から出る魅力をも放つ役者さんだからだろう。この年頃は、上っ面だけきれいにしても「素敵」にはならないだろうと思うから。


 その後も「ダブル・キッチン」「誰にも言えない」「スイートホーム」「私の運命」など、最近の「やすらぎの郷」に至るまで、そういうインパクトがどの役にもあった。

 元アナウンサーということもあってインテリな面も出せるし滑舌も良く。頭の硬い役でもコミカルな愛嬌がのぞいたりして、ご自身の性格が表れていたのではないかと思う。


でも、私が一番覚えているのは、「SMAP×SMAP」のビストロのゲスト。

調べてみたら、もう20年以上も前のことだった。これは、希望の料理をオーダーし、SMAPのメンバーに作ってもらうというコーナー。


野際さんは、ハンバーガーを注文。お皿に載っていてナイフとフォークで食べるタイプの。記憶があやふやだが、海外で食べたそれが忘れられないとかいう話だったように思う。


この時点で「さすが野際陽子」と思ったものだ。この年代で、こんなおしゃれなこんなカッコイイ、そしてこれほど似合う注文をできる女性はそういない。


それがあまりに印象的だったため、私はその後「ナイフとフォークで食べるハンバーガー」のお店を探しまくった。

マックやロッテリアでなく、お皿の上に、パンの上半分がひっくり返されてオニオンリングやサラダと共に添えられた、お肉がステーキみたいなやつである。


今ほどネット検索も充実してなく、扱う店も多くなかった。それでもどうしても食べたい一念で見つけたそのお店、今もお気に入りで通っている。訪れるたび野際さんを思い出す。


近々また食べに行こう。そうしたらきっと思う。

こういうものを何十年も前に、海外がそう近くもなかった中で、現地で口にした。

野際さんの演じた役から発せられる芯の強さは、そういうことと無関係じゃないだろうと。


 心からお悔やみ申し上げます。(了)

 

 

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  年々、時間の経つのが速まる。最近じゃもう単位はマッハである。


週ごと、月ごと、季節ごと、やりたいことが半分もできないうちに過ぎていく。こないだ夏が終わったと思っていたらもう梅雨入り? なんてことばかり。嫌になる。


時間の感じ方に違和感があるのは、気まぐれな「時間の女神」が、楽しい時間や退屈な時間の長さを操作したり、時間の使い方がこなれてきた年齢順に持ち時間を減らしたりしているからだ、という話を書いたことがある。→ 「時間の女神」(エブリスタ投稿)


が、そういうファンタジックな理由ではない、ということに最近気付いた。


先日、人間ドッグで引っ掛かった項目の再検査を受けた時のこと。予約したにも関わらず、2時間待たされた。

そこでうつされたのか、気管の調子が悪くなって咳が止まらなくなりまた病院へ。ここでは大して待たされはしなかったが、それでも検査、治療、会計、ドラッグストアへ回って薬の購入、と、通院の往復合わせて3時間はかかった。それで疲れて仮眠……結局どちらの日も丸1日潰れてしまったのだった。


歳がいくにしたがって、細かい雑事とでもいうべきことにかかる時間が増えている。なのにこういったちょいちょいの面倒が積もり積もって圧迫されていることが計算に入っていないのである。


例えばスポーツしようとしても、若い頃は始めて終えるまでがかかる時間だった。それが今は、準備運動、整理体操、アフターケア(マッサージやらアイシングなど)全部合わせて倍はかかる。


どこかへ出掛けるときも、忘れ物やガスの消し忘れが気になって帰ってきたりする時間が余分。出がけのハプニング、例えば予定の服がほつれていたなどの事態にも弱くなり、替えの服をさっと選べずに時間が過ぎて行く。


 化粧にしてもノリの悪さや隠したいもののために余計に時間がかかり、手や肌のかさつきやかゆみの実害に対応するためのハンドクリーム塗りにも要する時間は増え……(え、若くてもフツーにそのくらいやりますか。そうですか……

髪や歯や目のメンテナンス頻度も若い頃の倍々だ。


簡単な原理。

要するに、使える時間の絶対量が絶望的に減っているのだ。だからできると思っていたマスト事項が未遂のまま過ぎてしまう。そして時間だけがトップガンの飛行機のごとく飛び去っていって焦るばかり。


ならば同じ絶対時間があれば同じくらいの成果があげられるはず。


……とも言い切れない。

 能率も集中力も、昔より格段に落ちている。気分転換のお茶やコーヒーの回数が目に見えて増えた。ついでにドラマ録画を見たり本を読んでしまったり。

ああ、バカ。私ってバカ。

「時間の女神」のせいでも何でもない。


こうなると……年初に今年の目標を掲げるなどするときは、自分の頭で思う1年ではなく半年または3か月でできることを掲げる……くらいしか対策を思い付かない。()

 

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 5/23の日経新聞のエッセイを読んだ。ああ私と真逆だな……と自分の殺風景な感覚を改めて悲しく思った。

 

 岸本葉子さんのそのエッセイは、歯ブラシについて語ったものだ。

 毛先の細さといい当たりの柔らかさといい、理想の使用感の歯ブラシに既に出会っている。が、別のを買ってきて試してみては落胆するそう。

 なぜなら、その理想の歯ブラシ、欲しい色のものがないから。リフォームで洗面所を白のタイル張りにしたので、それに合わせて白か透明にしたいのだという。

 

 これだ。私にはこのお洒落感が足りないのである。

 

 季節の行事ごとに部屋の飾り付けに凝る友人がいる。四季を楽しむ感性がとても豊かでうらやましい。


 対して我が家の内装は1年中殆ど変わることはない。小物も元々あまり置かない。掃除の手間が嫌なのである。感性とか色の統一感より、埃→掃除→面倒の重みが勝つ。

 良く言えば「見た目より実の重視」……になるのかどうか。

 

 最近新調したテニスラケットを握ったときに、同じことを感じた。

 テニス歴は一応もう○十年になる私だが、衝撃の事実に気付いた。自分でラケットを買うのは初めてだ!

 

 ウッドしかなかった時代に始めてから今まで、持ったマイラケットは何とたったの2本。最初は親に買ってもらい、次は親のお下がりをもらった。

 

 別に不服はなかった。初心者の下手くそがカッコイイ最新のラケットを振っていても様にならないと思っていたのだ。いつか上手くなったら買えばいいやと。つまり大して上手くならなかったのでその機会もなく、ウエアにしても同じ。Tシャツにジャージで平気だった。

 

 世の中の女子は「あたしカッコから入るタチで」と初心者でもプロ顔負けのスタイリッシュな出で立ちな方が多く、自分、女子ではないな、と思ったものだった。

 でもこれも、精一杯良く言えば「見た目より実の重視」の性格と思っておく。

 

 以前、転居に当たって、それまで仲良くしてくれた方からお餞別をいただいたことがある。薬箱だった。今でも愛用していて、素敵な贈り物だったと感謝している。

 

 ただその時に「あなた、流行り物とかブランドとかより中身重視の人だから、こういうのがいいと思って」と言われた。

 私をよくわかってくれていてとても嬉しかったと同時に、ちょっと情けなさを感じたのも覚えている。洒落っ気や飾り気や潤いの全くないこのまんまでいいのか、と。

 

 冒頭のエッセイを読んで思ったのは、私なら迷わず色より理想の使用感を取るということ。

 結局「実を重視」は変わらずにきてしまったようなので、取り敢えず花でも飾ろうかと思う今日この頃である。(了)

 

 

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 今更ながら、最近になってツイッターやインスタグラムを使い始めた。が、その中身より、何かに似てる似てると気になって、思い当たったのが、ケヴィン・ベーコン・ゲームというものだった。

 

 ケヴィン・ベーコンというのは私の大好きな俳優さんで、片っ端からその出演映画を観た時期がある。

 

 彼の若い頃は、「フットルース」の青春高校生や「フラットライナーズ」の医学生などの爽やか路線だった。

 

 もう少し大人になると「アポロ13」や「アフリカンダンク」「トレマーズ」などのかっこよかったりコメディだったり。

 

「JFK」のゲイあたりからクセ役になり、「告発」ではシリアスな受刑者、「激流」「インビジブル」などのやっつけられて当然的な小悪党、「スリーパーズ」で極悪看守、「フロスト×ニクソン」での切れ者大統領補佐や「狼の死刑宣告」で息子の復讐に走る父親とか……

 

 もうそれはそれは多種多様の役柄をこなす味のある役者さんである。あまりに好き過ぎてここまでの説明が長くなり、失礼。

 とにかく本当にあちこちの映画に主役脇役を問わずたくさん出演している。共演者も多い。それゆえ、このゲームに彼の名前がついたらしい。

 

 そのゲームとは、ケヴィンとのつながりを指数で表すというものである。

 

 彼と共演したことのある俳優さんは「ベーコン指数」が1、例えばジュリア・ロバーツ。彼女と共演したことのあるリチャード・ギアは「ベーコン指数」2となる。で、ギアとどこかで共演した誰かは3。

 こうして辿っていくと、ハリウッド俳優はほとんど「ベーコン指数」が3以内なのだそうだ。

 

 これはSix degrees of separation=六次の隔たりという、世界の任意の2人は6人を介せばつながるという、何だかムツカシそうな理論が元になっているとか。

 これがビジネス上応用できると指南している記事もあり、確かにツテのツテを辿っていけば、6回くらいで求める情報を握っている方に出会えるのかも、と思えたりする。

 

 で、今更始めたツイッターやインスタグラムの話であるが。

 これ、気になる発信者さんにフォローという名の登録をしておけば、知りたい情報や見逃したくない告知などが自動的に流れてくるので、とっても便利。

 

 でも、発信者さんが発信したものだけでなく、その方がフォローやいいねしたものまでが、こちらへ知らされてくる。

 趣味や好みが似ているだろうということで「こっちも登録したらどうですか?」とオススメとして紹介してくるシステムになっているのだ。

 

 その気になれば、辿って辿って発信者さんがどういう好みでどんなつながりがあるかが丸わかりになる仕組み。

 いいような、何かちょっと怖いような。そんな風にモヤッとしているため、今のところ私は情報受信以上にはなかなか進めないでいる。

 

 辿って辿って「ベーコン指数」を数えられる世界と似ているような気がしたわけなのだが。

 俳優さんでもない方をそこまで追いかけてしまえていいのかと、ちょっと躊躇してしまう自分は、時代遅れなのだろうか……。(了)

 

 

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 テニススクールに通っている。

運動不足、メタボ対策、ストレス解消……とにかく体のためを思ってのことである。遠い昔の学生時代にテニス部だったし、運動は苦手じゃないので週1回の楽しみになっている。

 

けれど――こんなだっけ、自分?

すぐに息は切れる、上達はしない、どころか下手になってるとすら思う。

はいっ、毎回ゼロからやり直し!」とばかりに技が一つも上積みしていかない。

 

また、毎度毎度違う箇所が痛くなり、痛みが引くのに優に1週間はかかる。……それでも汗かくことに意義がある、はず。体に良い影響がある、はず。

 

ところで、テニススクールは月4回、前払いの月額制である。都合が悪い日時があれば別のクラスに振り替え可能。ただしそれは翌月いっぱいまでに取ること、というのが決まり。また、所属クラスで皆勤すると、特典としてもう1回どこか好きなコマに参加できる。

 

さて、仕事とかの都合で振り替えが立て込んでしまうことがある。その前月に皆勤賞の1回分をもらったときに限ってそんなことになる。

筋肉痛の回復を考えて、出来れば中1日は空けたい。そのようにスケジューリングするが、「ご希望日時は満席でして」と断られることもよくある。何とか月曜と水曜と金曜と……なんてギリギリ5回分消化できると安心したところ、急に葬式が入ったりする。仕方なく中1日の法則をあきらめて連チャンにする。

すると、何やら今までとは違う肘の痛みが走ったりして。治らぬうちに連日の猛特訓となる。肘は更に悪化する。

 

痛い右腕を冷やしながら左手でコーヒーを淹れてぶちまけてしまう。その後始末に結局右手を使わざるを得なくなる。

アイシング用サポーターで引っかけて落とした小物入れから塵やゴミが散る。左手で不器用に掃除機を引っ張り出すと、飛び出してきた筒に足を引っ掛け青アザ出血騒ぎの悲劇も起こる。

 

耐えられず翌月のレッスンを休もうとしても、そうなると使い切らない振り替え分が消滅する。先払いしたお月謝、1回とてフイにはしたくない。

肘、肩、腰、足首。どんどん痛いところが増え、それでも無理無理密度の高いスクール通い。休むとまた振り替えが詰まるから、鬼の形相で休まない。

 

……これは運動不足解消どころか運動過多では? 

体に良いのか? とてもそうは思えない。

ストレス解消? かえって溜まってる気がするんですけど。

 

そうしたどん詰まりは、月4回全て欠席の無駄払い。そして長期離脱。

 

楽しくて体に良いはずのテニスライフで、なぜこんなに追い詰められているのだろう、私。

何かを間違えている。 

 

                  (了)

 

 

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 プロ野球はロッテのファンである。

 

5/12現在、9勝24敗、勝率2割7分3厘。ちなみに首位の楽天は勝率7割3分3厘。

 

チーム打率は1割8分7厘、9人のスタメンのうち5人までもが1割打者だったりする。ちなみに他のチーム打率は大体2割5分を超えている。

 

防御率、つまりピッチャーが取られた点数を9回に換算したものは、4.59、けど楽天は3.03。

 

ホームランはどこも25~34本は打っているというのにロッテはたったの13。盗塁は、足の速い選手が揃っているというのに最多のソフトバンク26に対してわずか5。

 

もちろん全てが最下位で、当然ながら順位もビリ。明日にも自力優勝が消えるかというひどすぎる状況。

 

腹が立ちすぎてネットの某コメント投稿欄にハマってしまった。

これがかなり面白い。もう皆さん、自虐ギャグのセンスがありすぎ。

「死神ってる」とか「同情するなら星をくれ」とか「ここに毎日悪口書き過ぎて疲れた」とか。うっかり延々読みふけってしまう。(書き込みはしていない……これほどのセンスないから)

 

この週末は、同じように半端なく成績不振の5位の日ハムさんと対戦。「お互い大変ですな~」的に和やかな勝負になるかと思いきや、蹴散らされ、散々な5連敗。あちら様の不振投手、不振打者を蘇らせまくっている。

 

あれは采配ミス、あの凡打はひどい、さっきのエラーはないよねえ、などとケチをつけてばかり。

いいな、どこそこチームの○○さんはよく打って。××さんはナイスピッチで。と羨ましがってばかり。

日頃のストレスを、大好きな野球観て発散――のはずが、最もストレスの原因になってるではないか。

 

去年は録画までして見てたスポーツニュース、今年はほとんどスルー。

 

大体ねえ。今年わざわざCS契約をグレードアップしたんだぞ。

加入してた「コンパクト」というコースが、ロッテ主催試合放映チャンネルを含まない。だから「スタンダード」という全試合を観られるコースに変更。手数料三千円と月額数百円の上乗せを惜しまず、手続きも結構面倒だったのに……。

 

その苦労をものともせず、大抵試合序盤でテレビを消す。

たま~に勝つ時もあるが、何故か平日のデーゲームだったりして、どうして観られない時だけ勝つ? と、また腹立たしい。

 

勝敗を決めるのがお仕事なのだから、負けることもあるさ。でも負け方ってものがある。「負けてもこんなすごい試合を観られたんだから満足」と思わせて欲しい。昨日なんかホームラン7本も打たれて15-1の大惨敗。

そんなん、観てどうする。

 

 でもねえ……もしかして今日は違うかも。ひょっとしたら今日は勝っちゃうかも。と、淡く期待して毎日開始時間にテレビを点けてしまうのだ。悲しいロッテ愛。(了)

 

 

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引っ越しても引っ越してもついてくるものがある。

音。いわゆる騒音。

 

子供の頃に住んでいた家は、真横が高速道路だった。常にエンジン音と、ときどき右翼の張り切った音楽が通り過ぎていった。

おかげで周りに結構な雑音があっても勉強に集中できるくらいの鈍感さは身に付いた。

 

その後何度か転居したが、どういうわけかやたらに高速道路と消防署に縁があった。

 

消防署の場合、救急車、消防車の出動サイレンは仕方なし。けど付録がついてきた。

犬だ。

サイレンに刺激されるのか、それが鳴るごとに声を上げる。一匹が吠えるとそこら中のワンちゃんどもが共鳴し、遠吠え合戦になる。昼となく夜となく。

 

署内業務の響き方もなかなかで。点呼、体操の掛け声、出動時の注意事項の唱和、訓練の梯子の上げ下げ音。

いや、真剣に取り組んでくれているのだから、騒音とか雑音などと言ってはいざって時にバチが当たる。我慢我慢。

 

おかげでウーウー鳴ろうがワンワン言おうが一二三四の掛け声が響こうが、そこそこ眠れるくらいの鈍感さは身に付いた。

 

そんな密かでささやかな自信が、このところ、マンションの大規模修繕という行事で失われかけている。

 

ドタバタ何かを運んだりカンカン足場を渡るくらいは全然気にならない。ヘッチャラヘッチャラ、と笑って原稿を書き進める。

 

が、バリバリバリバリ、とドリルが壁か柱かを割ったり形作ったり砕いたりしてるような……実際は塗料を剥がす音だったらしいが定かではないーーそれが物凄いのだ。

テレビの音も、同居人の声も、タイマーのアラームさえもかき消える。

とてもじゃないが、そんな部屋で原稿なんかまとまらない。

 

これまで培った鈍感力についての自信は粉々に砕かれ、私はスゴスゴ近所のファミレスに避難。

ドリンクバーもあるし、座り心地のよいシートに広いテーブル。家より捗るかもしれないとほくそ笑み、パソコンに向かう。

 

ところが、隣の四人掛けにママ友軍団が座った。

後ろには関係がよくわからない中年背広男とジーンズの美人の二人組。

 

こういう開放スペースは、聞きたくなくても話がぜーんぶ聞こえてくる。

誰やらそこにいない人についてテンポ良く発展する噂話、プレゼンのような声高らかな仕事の愚痴。

 

物語を作る上で、どこかのシチュエーションに使えそうな、でもステレオタイプでない生の声が、あっちからもこっちからも。

 

 やっぱりここでも集中できない。

 だってこういう雑音への鈍感力は養われてなかったんだもの……いや、というより、これは雑音じゃないのかも。だから耳が傾いてしまうんだ。うん、そうに違いない。(了)

 

 

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