引っ越しても引っ越してもついてくるものがある。
音。いわゆる騒音。
子供の頃に住んでいた家は、真横が高速道路だった。常にエンジン音と、ときどき右翼の張り切った音楽が通り過ぎていった。
おかげで周りに結構な雑音があっても勉強に集中できるくらいの鈍感さは身に付いた。
その後何度か転居したが、どういうわけかやたらに高速道路と消防署に縁があった。
消防署の場合、救急車、消防車の出動サイレンは仕方なし。けど付録がついてきた。
犬だ。
サイレンに刺激されるのか、それが鳴るごとに声を上げる。一匹が吠えるとそこら中のワンちゃんどもが共鳴し、遠吠え合戦になる。昼となく夜となく。
署内業務の響き方もなかなかで。点呼、体操の掛け声、出動時の注意事項の唱和、訓練の梯子の上げ下げ音。
いや、真剣に取り組んでくれているのだから、騒音とか雑音などと言ってはいざって時にバチが当たる。我慢我慢。
おかげでウーウー鳴ろうがワンワン言おうが一二三四の掛け声が響こうが、そこそこ眠れるくらいの鈍感さは身に付いた。
そんな密かでささやかな自信が、このところ、マンションの大規模修繕という行事で失われかけている。
ドタバタ何かを運んだりカンカン足場を渡るくらいは全然気にならない。ヘッチャラヘッチャラ、と笑って原稿を書き進める。
が、バリバリバリバリ、とドリルが壁か柱かを割ったり形作ったり砕いたりしてるような……実際は塗料を剥がす音だったらしいが定かではないーーそれが物凄いのだ。
テレビの音も、同居人の声も、タイマーのアラームさえもかき消える。
とてもじゃないが、そんな部屋で原稿なんかまとまらない。
これまで培った鈍感力についての自信は粉々に砕かれ、私はスゴスゴ近所のファミレスに避難。
ドリンクバーもあるし、座り心地のよいシートに広いテーブル。家より捗るかもしれないとほくそ笑み、パソコンに向かう。
ところが、隣の四人掛けにママ友軍団が座った。
後ろには関係がよくわからない中年背広男とジーンズの美人の二人組。
こういう開放スペースは、聞きたくなくても話がぜーんぶ聞こえてくる。
誰やらそこにいない人についてテンポ良く発展する噂話、プレゼンのような声高らかな仕事の愚痴。
物語を作る上で、どこかのシチュエーションに使えそうな、でもステレオタイプでない生の声が、あっちからもこっちからも。
やっぱりここでも集中できない。
だってこういう雑音への鈍感力は養われてなかったんだもの……いや、というより、これは雑音じゃないのかも。だから耳が傾いてしまうんだ。うん、そうに違いない。(了)