石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -41ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 長いこと物にならない文章を書き続けてきて思ったことがある。たとえ物書きとして日の目を見ずに終わったとしても(いやまだ諦めてないけどね)、そのおかげでいっぱい恩恵をもらってるなあ、という。

 

 例えば、自分の場合、入口はシナリオ学校だった。そこでは書き方はもちろん教わったが、「映画をたくさん観なさい」と何度も言われたシナリオ学校に入るきっかけとなった内館牧子さんのエッセイにも毎日1本以上は観たとあった。

 

 右も左もわからなかった自分は、とにかく言われる通りやろうと思った。それまで年に1本くらいしか観なかった映画だが、取り敢えず週に5本とノルマを決めた。映画館でなくビデオでも良しとした。

 本当は内館さんと同じだけ観たかったけれど、自分の生活サイクル的にはそれが限界だと思ったので……結局はそれでも追いつかず、年200本ほどにとどまってしまったが。

 

 これが本当に栄養になった。物語を書くための構成とかセリフの勉強というだけではなく。

 世の中にはこんな問題があるなんて知らなかった、こんな些細なことでもドラマになるんだ、海外ではこんなにも日本と習慣が違うのか……等々。

 自分がどんな傾向の作品が好きなのか敬遠したくなるのかも浮き上がった。

 更に、ひいきの俳優さんもできて、その出演作を優先して選んでは更にお気に入りの出演者を見つけたり。今では勉強を飛び越えて、嫌なことがあったときにはこれを観る! みたいな心のオアシスになっている映画もある。

 

 それから、自分は人見知りである。昔からの仲良しならともかく、特にどうという理由もないのに感覚的に何となく、というよくわからない壁を作ってしまうことがある。このせいで知り合い以上友達未満、といった方は実に多い。

 

 それが、物を書くために、確かあの人こんな趣味あったよなとか、あんな経験あると言ってたっけ、とかの記憶から、勇気を出して聞いてみる。するとめちゃくちゃ親身になってくれたり、実はすごく話が合うことがわかったり。

 青い鳥ってゴロゴロ転がってるんじゃないか。今まで自分は自分で世界を縮めてたんだなあ、と感じられたのも恩恵だと思った。

 

 その延長とも言えるが、知らない方への取材。初対面の第一印象に自信無さすぎの自分としては、失礼があったらどうしようとガチガチに緊張はするし、こんなこと聞くなんてバカかと思われるかも、と憂鬱にもなる。あまり踏み込まれたくない防波堤バリバリの方もいらっしゃるし。

 

 けれど、こちらの拙い話術から意図を汲み取ってくれて、ご自身の経験や知識を惜しみ無く話して下さる方がほとんどだ。ラッキーだったのかもしれないが。大抵の方は、ご自分を平凡だから面白い話はできない、とおっしゃり、逆に聞いてもらって嬉しい、と喜んでくださったりするのだ。

 

 そういうものなのか。そう思えたことは、物を書くことにだけでなく、新しい出会いを怖がらなくなったという風に役立ってきたように思う。これも大きな恩恵だと思っている。

 

 また、何度も何度も何度も読み直し書き直しをする習性がついたので、このメール全盛時代、誤爆をあまりせずにすんでいる……はず。いや自分がそう思ってるだけかもしれないが。いやいや酷いメール受け取ったことあるし、と苦笑いしている方、うぬぼれを笑ってやって下さい。

 

 とまあ、物事には無駄なことなんてないよね、と思いながら毎日を送っている。

 しかしこれは目的を諦めた達観ではない。まだまだこれから。作った物語をいろいろな人に読んでもらいたいという夢は続く。

 

(了)

 

 

 

 

 

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 ドラマの中のこと。

    作家が、万年筆で原稿用紙にタイトルを記す。そして本文をサクサク書き進め、直しもなくそのまま最後まで行って完をつける。

 

 あり得ない。


    自分がダメ出しを山ほど食らっては直しばっかりしているひがみから言っているのではない。

 

 どこかの博物館で、夏目漱石だったか宮沢賢治だったかの直筆原稿を見たことがある。たくさんの赤が入っていて、付け加えようとする文言がはみ出ていたり、二重線で削除された文章があったりと、直しに直した跡があった。その原稿用紙は感動するほど汚れていた。名文学はそうやって生まれているのだ。(どちらの文豪だったのかという大事な記憶が欠落しているところが大反省点である……)

 

 ともあれ、それは現代の人気作家さん達だって変わらないと思う。伝えたいことをより強く、より簡潔に、あるいはより流暢に伝えようと試行錯誤を繰り返すわけである。


 なのに、はびこっている原稿用紙への万年筆一発書きOKドラマ。それを書いている脚本家の方だって、一度だけ書きなぐりっぱなしの後、さっぱり直さないなんてことはないと思うのだが、なぜそこにリアリティを出さないのか不思議である。

 

 他にもあるあるステレオタイプなシーン。

    雨なのに傘を差さないで外に飛び出すとか、水道捻るの間違えてシャワー出しちゃったのに止めないとか、ずぶ濡れにしたい意図はわかるが、フツーやらねーだろ(怒)!    と突っ込まれること必至。も少し視聴者を納得させるようなひねりがほしいと思う。


    帰宅してそのまますぐ食卓につくお父さん。え?    手洗いは?    うがいは?    てゆーか、ネクタイ外して背広着替えて部屋着でくつろぎたくない?


    冷蔵庫開けたまま、あるいは牛乳を注いでる最中に、何かを思い出してボーッとしてしまう主人公。いや、とりあえず冷蔵庫閉めて!    牛乳こぼすのすぐに止めて!   叫びそうになる。

 

 お仕事ドラマで転勤とか左遷になった登場人物が、段ボールで私物を運んでいく。

 自分、結構異動や席替えはあったけど、段ボール経験は一度もないんですが。それ、普通なんですか?

 

 別にバリバリにリアルな必要もないと、結構好き勝手な空想が折り混ざった話を書く物書きモドキとしては思うわけで。

 ただ、視聴者側に立って見ることの方が多いものだから、そういうつまらないことに引っ掛かかるとのめり込めなくなる、というのは凄くよくわかる。

 

 ドラマとは、ノンフィクションは別として、嘘を見せて笑いなり涙なり何かしらの感情を起こすものである。だから、一番つきたい嘘にたどり着くまでは、つまらないことで挫折させないよう気を付けなくてはならない。そういうシーンに出くわす度、胸に刻む。

 

(了)

 

 

 

 

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    学生の頃からよく捻挫した。スポーツだったり、階段踏み外したり、ただ歩いてるだけのときでも。


 捻挫までいかなくても、グキッとくじくことはしょっちゅうで、慣れっこになっていた。手当ては氷でがんがん冷やす。その後、湿布&固定。腫れと痛みが引いたらおしまい。と、ひどくても1ヶ月位でどうにかなっていた。

 

しかし3年前のこと。どうにもそんなもんじゃすまなかった。

 

そもそもはテニスで左足が地面に引っ掛かって捻った。足首はみるみる倍々に。歩行もままならぬ。何とか医者へたどり着くと、冷やして固定して、といつものパターン。けれどそれだけでは終わらなかった。

 

病気ではないので、いろいろマスト事項があり、出歩く。足首を固定した状態で妙な歩き方をする。それがたたってか、ふくらはぎの肉離れを引き起こした。これは初体験だった。

それ、一生知らないままでいたかったくらい痛い。毎朝ベッドから立ち上がるときに、ワニに噛みつかれたかと思うほど。松葉杖必須。足首自体はほとんど治ったのに、このやっかいな肉離れがおさまるまでに3ヶ月ほどを要した。

 

ようやく歩くのが苦にならなくなったので、飲みに出た。その飲み屋を一生恨みたい。洗面所までの廊下途中にあり得ない段差があって。足も治りかけ、気分も上々、ほどよく酔っていた自分、そこを見事に踏み外したのだった。

 

せっかく左足が治ったというのに、今度は右足。華やかにぐんぐん膨らんだ。再び医者にかかり、一からやり直しである。だけど今度は肉離れはないだろう、と高をくくっていたら、またもワニである。そんな初体験、二度も要らないから!

 

どちらかというとこの右足の方が重傷で、4ヶ月。その後も治ったんだか治ってないんだか、歩き方がわからなくなってしまい、何かがおかしい状態がしばらく続いた。

1年ほどかかってようやく気にならなくなり、おずおずとジョギングなどを始め、こわごわテニスを再開。現在に至る。

 

ところが、ここ今にいたって右の腰がおかしい。どうもあまりに長いこと変な歩き方をしていたのが飛び火したらしく、骨盤が歪んでしまったようで……2年経って発症。歩くと何かがひっかかり唐突に膝まで突き抜ける痛みパンチがやってくる。またもお医者通いである。

 

若い頃は、慣れすぎて捻挫を甘く見ていたが、この3年で見直した。躓く、滑る、踏み外す。捻挫様を招くこれらには要注意。

 

 これからの季節、星空とか花火とか上を見なくてはならない行事が目白押し。しかし心してかかるべし。足下には危険がいっぱいだ。今の自分、座右の銘は「下を向いて歩こう」となっている。

 

(了)

 

 

 

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 毎朝読んでいるお気に入りのブログがある。「なんでもいい」という、高校生のたろうくん、小学生のじろうくんの二人のお子さんを持つurashimaさんの、楽しい毎日を綴ったものだ。

 

 大笑いしたりクスッと笑えたり、ときにじーんとしたりする。ところが、こればかりは笑い話じゃない、と前のめりになった記事があった。

 今年4/27の「記憶力衰え系」という記事である。urashimaさんの悲しい行動のお話である。

 ↓こちら

 

 urashimaさんは、とあるスーパーでお買い物をしていたという。レシート合計2500円で500円のキャッシュバックがあると聞いて、ドラッグストアの方が安いシャンプーなどをそのスーパーで購入。後日また何か買い足してキャッシュバックを完成させようと思ったということで……

なのに、何を血迷ったか、サッカー台にてたまたま財布の中に溢れていたレシートを捨てる気になった。で、対象期間の物も捨てて帰ってしまった、と。

 

 魔が差したというか。どうしてこういう時に限って財布を整理したのか、と、とても切なかっただろうと想像する。

 

 で、これを読んで私も悲しい出来事を思い出したのである。「記憶力衰え系」というより、「思考回路迷走系」という感じだが。

 

 車で出かけようと、家から5分ほど離れた駐車場に向かい、ちょうど半分くらい来た時。キーを忘れたことに気が付いた。めんどくさがりの私、もう一度道を引き返すのがとてつもなく億劫だった。そして名案がひらめいたのだった。

「このまま駐車場まで行っちゃって、車で家の前に乗り付けて取りに行けばいいじゃん!」と。

 

 何を勘違いしたんだか。

 車の前まで行ってドアが開かない、という事態になって初めてようやく自分のおバカさに気付いた……。

 

 この思考回路。メビウスというかクラインというか、迷走……どっか故障している。もともとあちこち不具合がある不良品ではあったが、最近とみにオンボロになったと感じる。

 そして、それは確実に「記憶力衰え系」にも通じている。

 

何年か前のこと。出かける時に家の鍵がない。いつも同じ場所に置いているはずなのに……と真っ青になって家中探し回った。それでもない。クタクタになって座り込み、鼻をかんでゴミ箱に捨てた。と、そこに入ってるではないですか、鍵!

 

ええええー? 一歩間違えたらゴミに出してたよ。いつなんどきどうして捨てたんだ自分! 全く記憶にない~危険極まりないじゃないか、バカバカバカ。といった経験。

 

他にも、最近届いた謎の郵便物。映画の試写会招待券だった。「当選」とのことだが応募した覚えが全くない。全くないが、しなきゃ来ない。……したんだろう。たぶん、した。したような気がする。

 

 ま、これについてはちょっと嬉しかったからいいか。

 

(了)

 

 

 

 

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  物書きというと、一般的には小説を書く人のことを思い浮かべると思う。

 

 でも自分の場合、最初に勉強したのがテレビドラマのシナリオ講座。それまではシナリオというものを読んだことがなかった。その講座で紹介された「月刊シナリオ」「月刊ドラマ」等の雑誌で初読。正直な感想としては、「読みにくい」だった……。

 

 小説に慣れていると、シナリオというのは形式も表現も違う。その違和感が読みにくいと感じさせるのだろう。

 

シナリオというのは設計図であって、俳優さんが演じて、スタッフさんの演出や編集を経て、ドラマ(または漫画)になって初めて完成形。だから、俳優さんの表情や表現、構図やテンポや音楽。そういうのが揃っていないので、読み手にはまだまだ不親切な状態なのである。

 

 具体的には、ト書きとセリフで構成されているのがシナリオ。シーンは柱と呼ばれる○で始まる場所を記す行から始まる。

例としてはこんな感じ。

 

○学校(夜)

   はるかと旬、恐る恐る一歩を踏み出す。

   木造の廊下がミシリと音を立てる。

はるか「しっ、静かに」

旬「えっ、オレ?」

 

 ト書きには、「はるかは、ドキドキしていた。旬は、怖がっていると思われたくなかった」みたいに絵で表せないことは書かない。ト書きは、景色とか人物の動きとか、客観的事実を書くものなのである。気持ちを表したければこんな感じ。

 

床が音を立てるたびに小さく悲鳴を上げるはるか。

旬「な、何怖がってんだよ、お前」

声が裏返っている旬。

 

のように、セリフとアクションでその心情を読み手に伝えるような書き方をする。

 

初心者の頃は、ここに結構躓いたのだが、慣れてくるとこれが面白い。

 「怖い」「寒い」「嬉しい」を、「ビクビク歩く」「腕を何度もさする」「両手を挙げて雄叫びを上げる」などと書いて読み手に人物の感情を想像させる。この間接的な感じがクセになる。


 もちろん、きっと書き手により様々で、自分が漫画原作をやっていた頃は、とにかく漫画家さんに意図が伝わる書き方ならよいとされた。

 ただ、コンクールなら、これを守らないと「こいつシナリオってものを知らない、基礎知識がない」とか判断される可能性が高く、損になるだろうと思われる。

 

 でも、その間接的な感じが、読みにくさに繋がっている気がする。それで気後れしてしまうことがある。

 コンクール応募作を書き上げるたび、自分以外の誰かに読んでもらいたい。視野が狭くなって気付かなかったことを第三者の目で指摘してもらいたい。そう思うのに「シナリオって読みにくいからなあ……」と申し訳ない気持ちがあるので躊躇する。ただでさえ忙しい皆さんに時間を取ってもらうのに、小説ならまだしも、と思ってしまうのだ。

 

J、おずおずと分厚い紙の束をAに差し出す。が、すぐにひっこめる。

Aさん「なあに? どうしたの?」

J「あ、いや何でもない……」

 

 なんて……思わせぶりに読んで欲しいオーラを発するJの1シーンでした。

 

(注)スミマセン、ト書きは三文字空けで書くと習っています。このblog、ちょっとうまく書式がハマらなくてずれてしまっていることをご了承ください……。


(了)

 

 

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 たとえば、家族が使ったハサミを元の位置に戻さない。あるいは会社の上司に無理難題を押しつけられる。理不尽な理由で彼氏にフラれる。どれも度合いに差はあるだろうけど、イラッとくる腹立たしい一件である。

 

 どんな人でもムカツク状況を経験しない人はいない。そんなとき、皆さんはどうやって折り合いを付けているのだろうか。

 

自分の場合、実に単純明快である。

「ネタにしてやる」。この一言に尽きる。

 

自分で経験したことほどリアルに重みを持って書けるものはない。しかも腹が立ったことほど共感も得やすい。

 

そうなると、これほど胸がすく対処法はないと言える。自分で書く架空の世界なので、そういう輩にこてんぱんな天誅を下してやる展開が可能なのだ。いまだ実現はしていないが、その作品が多くの人の目に入る状況になれば、その本人が見て「自分がモデルだ」とわかり青くなる。そんな復讐もできるわけである。ざまあみろ、と高笑いである。

 

そうやって苛立つ案件を洗い出すようになってから、まあ出遭うこと出遭うこと。今の時代、おかしな人が多いし、おかしな出来事もおかしな制度もおかしな慣習もやたらにある。あらら、ネタの宝庫すぎ。物書きもどきにとってはこれほどオイシイことはない。

 

腹の立つことがある度、メモして「ふっふっふ」とにやける。そんな風にやり過ごしていると、まあ精神状態もよくなる。解決するために何か手を打たなくてはいけない場合は別として、お酒やらジムやらで憂さ晴らしをするよりも安上がりである。そして落ち着く。心が安定する。何があっても自分にはこれがある、と思える拠り所があると強い。不条理や不可思議と思えることに出遭っても、余裕を持っていられる。

 

だからなのか最近、「優しそう」とか「穏やかだね」と言われることが増えた。そのせいか、周りからの人当たりがよくなったような気がする。それに反射するように自分もそうそう殺伐とはしなくなった。つまり腹が立つことが減った。

 

あ。そしたらネタがなくなっちゃう。それはマズイぞ。

さあさあ。腹立たしいこと寄ってらっしゃい。

 

(了)


 

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 最近、二度手間三度手間になってイラッとすることがある。いや別にそんな大ごとではないので、流せば流せるのだけど。

 

 例えば、健康ランドとか温泉宿などの服や靴用ロッカーの鍵。鍵穴に差し込もうとして入らなくて上下ひっくり返してもう一度。これでも入らなくて、あれれ? と思いながらもう一度ひっくり返して(つまり元通りにして)ブスッと行く。初めにもっと思いきり差しときゃよかった、と後悔しながら。

 要は鍵のどっちを上にして入れればいいのかわからないのだ。ちなみに家の鍵は上下どっちでも大丈夫なのでこういうストレスはない。

 

この一見大したことのないちょっとしたもやもや、結構出くわす。

 

 USBがそれだ。メモリにバックアップするとき、マウスを繋ぐとき、スキャナーやプリンタを接続するとき、ブルートゥースのイヤホンを充電するとき。ケーブルの端をパソコンに差す際、上下をよ~く見ないと拒否される。こういった精密機器の場合、歪んだり何かが折れたりしたら被害が大きいと思われるので、とても気を遣う。ちなみに自分、USBメモリには上側に目印のシールを貼った。

 

カード類も怖い。SDカードは通常のものならまだしも。スマホに出し入れするマイクロSDなんか、どっち向けに入れていいのか本当に困る。最後に一押しする必要があるけれど、もし逆向きで強引にそれをしてしまったら。その後の煩雑なリカバー作業などを思うと、今からめんどくさくて憂鬱になる。不器用さに拍車のかかった最近は、そのちっこいカードを指でそっとつまむことすらなかなかの難題だというのに。

 

ああ世の中の物体が小さくなっていくからついて行けないんだわ……と嘆いていたら、そればっかりではなかった。

 

我が家のお風呂の給湯口。別に小さくはない。たぶんよくあるタイプの、丸いステンレスのカバーがあるやつ。それを取り外して掃除した。

さてお風呂を焚こう、とはめ込もうとしたら……入らない。丸いからどこが正常位置なのかがわからない。グルグルグルグル回す。ああもうテキトーでいっか! と力づくでバコッと押し込んだら……湯張りを始めた途端に激烈噴水状態に。あちこち飛び散って湯船にお湯が溜まらない。でも外そうとしても無理無理はめ込んだのでビクともしない。

……水道屋さんに来てもらった。やっぱりちゃんとした定位置があるということだった。

 

てわけで、今の時代、上下がわからない物が溢れ返っている。それをちゃんと確かめる手間、しくじって原状復帰にかかる時間、積もり積もって結構なことになっている気がする。

上下色分けするとかハッキリ「上」「下」と書いてくれるとか……何かないですかね。

 

 

了)

 

 

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 書くに当たって一番苦しい時期。それは何もやることがないとき。あくまで自分の場合だが。

 

 今まさにそれである。並行で書いていた複数の物語に、どれもほぼエンドマークが付いた。ホッとして達成感にしばし浸っていた。

 が、その間も次を書かねば、と思ってはいた。なのに期限があるものがしばらくないのでダラダラしてしまっている。

 

 ぐっちゃぐっちゃだった部屋の書類を整理したり、溜まりまくった録画を見まくったり、接骨院や目医者で体のメンテナンスに励んだり。

その合間でもいいから何かネタを考えろ。頭はそう命じるのだが、これが全く何も浮かんでこない。

 

以前このブログで、時間を効率よく使うためには細切れ時間にネタを膨らませ、アイディアをまとめ、まとまった時間が取れた暁には叩き台の何十枚をガンガン進めるのだ、と書いた。書いておきながら、今、まとまった時間があるのにやることがない。アイディアが出ない。出ないのよ~~!!! 叫びたくなる。

 

おかしいな。一月前には課題やら卒業制作やらでめっちゃ書く時間が足りなかった。その上バイトが決算期で忙しいわ、体調崩すわ、唐突に遠出の予定が入るわ。でもその隙間を縫って、3つも書き上げたのだ。直しはこれからするとしても、取り敢えず叩き台が書けたのだ。よくやった、自分。拍手。と思えるほど。

 

今はヒマである。全くアイディアが出ないので、やることがないのである。

 

書きたい思いはあるのにネタがない。いや、ないわけじゃないけれど、最近気付いた。


自分が「これを絶対書きたい」というヒリヒリするような飢餓感、追い立てられ感。そういうネタでないと、書き上がった後にあまりの不出来にガッカリする。気持ちが入っていないことがこれほど見え見えになるものなのかと唖然とする。

自分に取って、気持ちを込められるネタは何なのか。それを掘り起こすのに苦労する時期が定期的にやってくる。今回は1年ぶりくらいか。

 

日常で、不思議だったり腹が立ったりしたこと。通りすがりに聞こえてきた面白いセリフ。新聞で読んだ社会問題。そんなことを書き留めたメモはあるのだが、それがどうにも機能しない。膨らんでいかない。自分の何かとシンクロしてこない。これが、一番苦しい。

 

もちろん、書いているときに進まなかったり時間がなくなったり扱える度量がないことに気付いてグッタリするのはとても辛い。

でも、何を始めていいのかわからないのはもっと辛い。始めることさえできれば、何を調べようか、どんな切り口にしようか、どう展開しようかと、芋づる式にやることがうじゃうじゃ出てくるのに。そうやって勢いづいて書いている最中は、しんどくても楽しいのだ。

 

早く行きたい、その境地へ。

……ああ、ネタ何にしよ。早く出てこ~い。

 

 

(了)

 

 

 

 

 

 

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 球春到来して早一ヶ月ほど。今年は少し、前のめりである。

 

 自分のひいきチーム、昨年は酷かった。先制されればズッシリ重く、追いつけないうちに引き離される。点を取る気配すら漂わず、たとえ取れても焼け石に水程度の反撃。

 珍しくもこっちが先制すれば、必ずと言っていいほど逆転され。だから先発ピッチャーは1点も取られちゃならない重圧から崩れ、すると勝ちパターンの中継ぎは使えないのでぼかすか打たれる。エラーもてんこ盛りで大敗。

 

 ……みたいなパターンばかりだったので、開始15分ほどで「今日も終わった……」とテレビを消すことが殆どだった。ちなみにこの予測が覆ったことはほぼなかったシーズンだった。「どこが筋書きのないドラマなんだ!」と世界の中心でもないところから叫びまくった。

 毎年足を運んだスタジアムも、去年は一度も訪れることなく。全くもってつまらない一年だった。

 

 が、今年は何だか違うぞ。

 

 新人が二人スタメンに名を連ね、活きがよい。触発された従来メンバーも負けじと打つ、守る、走る。

 まだ4月なのに去年の勝ち星に並んだ投手もいる。抑え陣も機能している。

 4,5点くらいのビハインドなら、ひょっとしてひっくり返すかも、との期待感で目を離せない。

 

 いいなあ、こんな風にワクワクできるのって。疲れて帰ってきてもチャンネルを合わせて勝利を信じる楽しみ。結果的に勝てなかったとしても、「もしかして」と思わせてくれるドキドキ。そういうのがあるのとないのじゃ、毎日がまるで違う。

 

 たかが野球、されど野球。

 

 それが野球じゃなくても、サッカーでもカーリングでも、ドラマ鑑賞でもあるいはケーキやお酒でもいい。誰だって不満やストレスのない人はいない。マスト事項だけの毎日じゃ辛い。一見無駄に見えても、これがあるから乗り切れる、っていう趣味は大事だと思う。

 

 自分にとっては野球がそれ。

 ちなみにCS加入やグッズの購入、スタジアム入場代、現場での飲食等々、結構お金かかります。しかも一試合3時間平均。自分のひいきチームはどうやら野球大好きらしく、4,5時間の長丁場もざら。結構時間も取られます。

 

 でもこんなにワクワクしてガッカリして、大声出して毒も吐ける。ストレス発散には最高だ。ちなみに不甲斐ない去年のような負け方をされると逆にストレス倍増というリスクはある。

 

 ま、喜怒哀楽がギッチリ詰まっていることは間違いない。しばらくそのうちの怒哀しか感じさせてもらえなかったので、今年はその分倍の喜と楽をいただきたいと思います。


 ……と、きれいに終わるつもりが、ただいま4連敗の怒哀中。今にもテレビを叩き壊しそうです……(泣)。

 

(了)

 

 

 

 

 

 

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 ヒモ、◎、パンチ。これが投稿準備のための自分の三種の神器。

 

 シナリオや小説のコンクールに応募しようとする場合、もちろん原稿を仕上げるのが最も大事。でもその後、発送するまでの作業が、意外と手間暇がかかる。

 

 まずやっかいなのが、本文以外の添付事項である。

 氏名住所経歴などの個人情報は今までの投稿分からコピペすればよいが、梗概=あらすじは難敵。

 大体が800字制限だが、50~60枚のシナリオなどの内容をその長さにコンパクトにインパクトをもって収めるのはなかなか手強い作業なのだ。

 時間を置いて見直すとひどい出来なことが多いので、直す時間を確保するため早めに作っておくようにしている。大体が本文がラストまで辿り着いた時点でざっくりあらすじを書き殴る。で、本文にああだこうだと直しを入れてどうにか提出できるな、と思った後にもう一度それを見直す。これだと一から書き始めるわけじゃないので心の負担がまるで違う。

  

 で、やれやれ提出物が揃った、と思うわけだが、その後がまためんどくさい。

 

自分の場合、まずページ設定を詰め詰めで下書きしているので、募集要項の書式に直す。そのときに、「っ」「々」などが行頭に来ないよう禁則処理してあるか確認。改行などでの崩れがないかもチェック。

更にヘッダフッタを消す。「――」「……」などの二マスで一組の物の間が空かないよう変換。そうして印刷。誤字脱字の確認。

 

 ここで三種の神器その1のパンチが登場。しかし自分のはちゃちい代物なので、一度に10枚以上の穴空けができない。地味に9枚ずつガッコンガッコン空けてゆく。

 そしてその2、◎の出番。空いた穴の補強シールである。ただ、50枚以上ある紙全ての裏表に貼るのはさすがに面倒なので、上から5枚下から5枚だけに貼る(根がケチなせいもある)。

 そしてその3、ヒモを通す。その結び方も、投稿初心者だった頃はテキトーだったのだが、最近ではハウツー動画が出回っていて、その通りに二重にかっちりやるようになった。

 

 こうして仕上がった応募作品一式を、レターパックに封入。大体360円のもので収まる。昔は簡易書留で送っていたが、この方が安いしポストで出せる。

 ただし、応募要項に「書留に限る」と注意書きがある場合はそうする。レターパックが書留の要件を満たすのかどうかわからないので。郵便局の人に訊いてはみたが「そう注意書きがあるなら書留をお薦めします」とのお返事だった。そうすると郵便局へ出向く必要があるので、更に時間の余裕を見ておかなくてはならない。

 その投函をもってようやく投稿が完了するわけである。ーー脱力。

 

 この作業に、毎回半日は費やす。だからあまりギリギリまで原稿に手を入れていると、せっかく書き上げたのに発送する時間がなくなってしまう、という悲しい事態になることを、長い経験の中で覚えた。

 今ではこの作業、ルーチンと言えるほど普通にこなせる。それほどに投稿慣れ(だけ)してしまっていていいのか……との疑問がありつつ。


 でも最近ではネット投稿というところも増えた。これまで述べてきた印刷以降の作業が全てパス出来るのだ。

 何て楽なのだろう。出し終えたポストに思わず一礼二拍手してしまう解放感がないのは寂しくもあるけれど。

 

      (了)

 

 

 

 

 

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