長いこと物にならない文章を書き続けてきて思ったことがある。たとえ物書きとして日の目を見ずに終わったとしても(いやまだ諦めてないけどね)、そのおかげでいっぱい恩恵をもらってるなあ、という。
例えば、自分の場合、入口はシナリオ学校だった。そこでは書き方はもちろん教わったが、「映画をたくさん観なさい」と何度も言われた。シナリオ学校に入るきっかけとなった内館牧子さんのエッセイにも毎日1本以上は観たとあった。
右も左もわからなかった自分は、とにかく言われる通りやろうと思った。それまで年に1本くらいしか観なかった映画だが、取り敢えず週に5本とノルマを決めた。映画館でなくビデオでも良しとした。
本当は内館さんと同じだけ観たかったけれど、自分の生活サイクル的にはそれが限界だと思ったので……結局はそれでも追いつかず、年200本ほどにとどまってしまったが。
これが本当に栄養になった。物語を書くための構成とかセリフの勉強というだけではなく。
世の中にはこんな問題があるなんて知らなかった、こんな些細なことでもドラマになるんだ、海外ではこんなにも日本と習慣が違うのか……等々。
自分がどんな傾向の作品が好きなのか敬遠したくなるのかも浮き上がった。
更に、ひいきの俳優さんもできて、その出演作を優先して選んでは更にお気に入りの出演者を見つけたり。今では勉強を飛び越えて、嫌なことがあったときにはこれを観る! みたいな心のオアシスになっている映画もある。
それから、自分は人見知りである。昔からの仲良しならともかく、特にどうという理由もないのに感覚的に何となく、というよくわからない壁を作ってしまうことがある。このせいで知り合い以上友達未満、といった方は実に多い。
それが、物を書くために、確かあの人こんな趣味あったよなとか、あんな経験あると言ってたっけ、とかの記憶から、勇気を出して聞いてみる。するとめちゃくちゃ親身になってくれたり、実はすごく話が合うことがわかったり。
青い鳥ってゴロゴロ転がってるんじゃないか。今まで自分は自分で世界を縮めてたんだなあ、と感じられたのも恩恵だと思った。
その延長とも言えるが、知らない方への取材。初対面の第一印象に自信無さすぎの自分としては、失礼があったらどうしようとガチガチに緊張はするし、こんなこと聞くなんてバカかと思われるかも、と憂鬱にもなる。あまり踏み込まれたくない防波堤バリバリの方もいらっしゃるし。
けれど、こちらの拙い話術から意図を汲み取ってくれて、ご自身の経験や知識を惜しみ無く話して下さる方がほとんどだ。ラッキーだったのかもしれないが。大抵の方は、ご自分を平凡だから面白い話はできない、とおっしゃり、逆に聞いてもらって嬉しい、と喜んでくださったりするのだ。
そういうものなのか。そう思えたことは、物を書くことにだけでなく、新しい出会いを怖がらなくなったという風に役立ってきたように思う。これも大きな恩恵だと思っている。
また、何度も何度も何度も読み直し書き直しをする習性がついたので、このメール全盛時代、誤爆をあまりせずにすんでいる……はず。いや自分がそう思ってるだけかもしれないが。いやいや酷いメール受け取ったことあるし、と苦笑いしている方、うぬぼれを笑ってやって下さい。
とまあ、物事には無駄なことなんてないよね、と思いながら毎日を送っている。
しかしこれは目的を諦めた達観ではない。まだまだこれから。作った物語をいろいろな人に読んでもらいたいという夢は続く。
(了)
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